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航空エンジニアのやり直し ~航空技術者は二度目に引き起こされた大戦から祖国を守り抜く~  作者: 御代出 実葉


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236/342

―皇国戦記260X―:8話:新戦力による圧伏1/4

「――そろそろ頃合かと思ってね。今日君を呼んだのは他でもない。先日渡した資料は目を通していただけたかな?」

「見るには見ましたよ。率直に申し上げてずいぶん詳しく調べられていたなとは思いましたが」

「そうか。あれが我が国が現状集められるだけ集めた航空技術情報に関する報告書だ。君はあれをどう見る?」

「私はただの首都建築総監でしかありませんので……さして意見を申し上げる立場にはありません」


 それは唐突な出来事だった。


 世界各国が開発に精を出す新兵器に対して行き詰まる戦略論。

 連日にも及ぶ軍内部での混乱は拍車をかけ、総統閣下はついに頭がおかしくなってしまわれたのか……


 これまで都市開発と称して主として党内に関係する建築ばかり関与していた人物に向けて、第三国の技術関連における意見を求めたのである。


 執務室警備を行う私としても閣下がもはや誰も信じていないのではないのかと疑いの目を持たざるを得ない。


 専門家でもなんでもない人物に向けて、閣下は従来なら国家機密として秘匿すべき情報を全て渡した。


 無論、首都建築総監は当初よりその行動に否定的だった。

 彼は自らの立場を弁えている紳士だ。


 そう簡単に軍事に意見を述べてさらに混乱を増すような真似はしたくなかったのだろう。

 だが、閣下はそれを許さなかった。


 今や閣下はゲーリング元帥を閑職に追いやり、自らが航空戦略について手綱を握ろうとしている。

 もはや閣下は現職の航空機総監すら信用していないのは明らかで、航空機関連の開発についてはすでにミルヒ元帥に関与の余地は残されていない。


 新型エンジンの戦闘機から何からなにまで、航空機開発の配分その他全て閣下がお考えになられている。


 だが他者を頼らぬ統制に限界を感じたのであろう。


 そこで彼を呼び寄せたのだ。

 あろうことか、全くの門外漢の建築家にだ。


「それで、件の皇国の新型重戦闘機とやらは飛んだのですか?」

「ああ、飛んだ。間違いなくだ。映像の撮影にも成功している。追ってフィルムを渡そう。まずはこの写真だけでも見てくれんか」

「それでは失礼」


 何を言っても聞かぬ閣下に根負けしたのか、建築総監は示された写真を手にとる。

 暗殺等生じないように執務室内を警備する私からも遠目からその写真の姿が見えたが……一見するとその機体は従来の百式戦闘機となんら変わらぬような姿に見えなくも無かった。


「大きいですね」

「わかるのか」

「操縦席から見えるパイロットの頭部と機体の大きさが従来の皇国の戦闘機の比ではありません。相当に大きい」

「やはりさすがだ。私の見立ては間違ってはいなかった」


 認めたくは無いが、日ごろ建築で目を慣らしている影響なのであろうか……彼は一介の軍人ですらそう簡単には見抜けぬ新型機が大型重戦闘機だと看破した。


 そうか、そうやって測ることが出来たのか……


「……これが最高速度700km/h以上で飛ぶという皇国の最新鋭機なのですね」

「そうだ。武装は20mm以上を4門。最高速度、運動性、共に皇国陸軍上層部のお眼鏡に適うものと言われている。今後我が国の主力となる現時点でのFw190より全ての面で勝っているらしい」

「2000馬力以上の動力部を装備しているならばそうなのでしょう」

「なぜそれが皇国だけで可能だったのかがわからんのだ。どうしてだ! 諸外国が苦しむ中、どうしてあの皇国が、かような戦闘機を生み出すことが出来たのだ!」

「私も資料に興味があって多少は調べさせてもらいましたよ。それで理解できたことがあります」

「なんと! 是非聞かせてくれ! 今は嘘でも参考になる話が聞きたいのだ!」


 閣下が笑顔を見せるのは久々だ。

 どうやら相当にこの男に熱心な様子。

 どれほどの実力なのか……耳を傾けてみるか。


「例のエンジンは長島製です。この長島という企業は四井物産の仲介を経て、NUP、王立国家、そして我が国を含めて技術者を派遣し、その技術を吸収しておりました」

「うむ。すでに2年前の段階で我が国からは追い払ってやったがな」

「それを行ったのはあくまで我が国だけです。王立国家との交流などは続いています。例えば、もはやありえぬ事だとは思いますが……かの国が王立国家やNUPと戦を行ったというならば技術の吸収は出来なくなっていたことでしょう。しかし、現時点でも彼らは貪欲に第三国からノウハウをつまみ食いするかのごとく得ている状況にあります」

「ノウハウだけでどうにかなるならば、皇国だけが2000馬力を大幅に超越するなどと、ふざけた出力のエンジンを手に入れられるはずがない。おまけにこのエンジンは86オクタンでもまともに動くらしい。NUPが一時期オクタン価を低く押さえ込めば高出力エンジンが皇国に生まれることはないだろうとした予想は完全に崩れた。君は一連の状況についてどう考える?」

「長島が特に多くの技術者を派遣したのが王立国家のブリストー社です。このメーカーはかつて長島にエンジンを供給し、さらにライセンスも与えた過去があります。そして私の見立てでは、このエンジンの進化系が新型重戦闘機に搭載されているものではないかと」

「なんだとぉ!? 何を根拠にそう述べるのだ!」


 先ほどまで穏やかだった総統の表情がみるみる曇っていく。

 戯言ならば即刻退出願おうと言わんばかりだ。


 恐らく彼に渡した資料にはそのような詳細について記述は無かったため、妄想の類だと考えておられるのだろう。


 今もっともそういうのから逃れたいと考えている閣下だ。

 そう簡単にその手の話を聞く気は無いのであろう。


「私が私自身の友人の手を借りて入手した写真がこちらに」

「これは?」

「ブリストー社の新型エンジンです。名をセントーラスといいます。そしてこちらが先日閣下が私に渡してくださった件のエンジンの概略図面です。似てるとは思いませんか?」

「ぬ!?」


 遠くから見てもはっきり類似点があることが確認できた。

 セントーラスとは一体なんだ。

 現時点で高出力な18気筒エンジンが王立国家にも存在するというのか。


「このセントーラス。原型はジュピターだそうです」

「ジュピター……ジュピターだと!?」

「かなり見た目も変わっているので技術共通点も無いように感じられますが、間違いないそうです。何しろ王立国家の友人からのお話ですからね。建築家だからこそ教えてくれた情報ですよ。メーカー直属の人間が教えてくれたものなので信頼に足ります。閣下もジュピターについて皇国との関連性をご存知なのでは?」

「確かブリストー社がライセンス生産を許したのが他でもないそのエンジンだったな……それを改良した存在が長島によって作られ、陸軍が採用しなかったという話を一昔前に聞いたことがある」

「風の噂では、そのライセンス生産を行ったジュピターを18気筒化させたのが例の新型エンジンであるとのことですが、だとするならばセントーラスと新型エンジン…ハ44といいましたか、双方が兄弟なのも納得がいくものです」

「兄弟? つまりはどういうことなのだ」

「現時点でセントーラスの出力も2000馬力あるとのことです。量産に向いていない設計な影響で量産されてはいないそうですが……既にエンジンとしては完成しているとのこと。ここまでの技術力を持つブリストー社の技術者が長島に技術提供を行い続け、正味4年もの間、交流が続いていたのであれば……皇国だって2000馬力以上発揮するエンジンが作れて不思議ではないのでは? ベースエンジンが優れていたんですよ。ジュピターはオクタン価の低い劣悪な燃料でも酷い工作精度でも所定の馬力で動いたと言いますし……その優れたベースエンジンを生んだ親元と交流を続けていたのですから、時間さえあれば全ては解決する問題だった。それだけではないかと」

「そうか……そういうことか」


 私の友人の話では、星型エンジンの出力増強は、ある時期からシリンダー数を増やさないと厳しくなってきたということだった。


 1シリンダーあたりから得られる出力というのは現用の技術では力学的限界があって、単純にシリンダーそのものを増やす方が出力増強は可能なのだという。


 皇国が出力増強を目当てに信頼性の高いエンジンをベースに18気筒化して、どの国と戦争が起きても戦える戦闘機をこさえた背景には、皇国の工業力の不足からそのままでの出力増強は不可能だからだったという話は、友人だけでなく軍上層部の者達も口々に述べていた。


 その上で、シリンダーをただ増やしただけだと構造的に無理があるのか、信頼性の落ちるエンジンが多々あるらしいということも聞いたことがある。


 どのエンジンのシリンダー数を増やせばより高出力かつ軍用に耐える信頼性を獲得できるのか……それが現在世界各国どの国も直面している状況なのではないかとのことだったが……


 ジュピターはそういう意味では傑作エンジンだったということなのか。


 我が国はNUPばかりに目を向けていたが、それは失敗だったのか。


「私が知る限りの情報だと、2000馬力を超える出力を得ているベースエンジンはこの世に3つしかありません。Fw190のエンジンを製造したメーカーが一度最新鋭技術にて14気筒で組みなおした搭載エンジンの再18気筒化に大苦戦しているという話を聞きましたが、おそらくベースエンジンがよろしくないためです」

「この世に3つ……?」

「サイクロンとジュピター……そしてワスプです。知り合いに頼んでヤクチアの技術情報を取り寄せましたが、ヤクチアにはサイクロンを原型としたM-71という18気筒の空冷エンジンが存在し、こちらが2000馬力程度発揮するとのこと。そして同じくサイクロンを18気筒化させたのがNUPが密かに技術情報をよこしてきたR-3350です。NUPにはこれとは別に傑作エンジンと称されるワスプを18気筒化させたダブルワスプなる存在があるそうですが……一連のベースエンジンの技術は我が国に入ってきてはいなかった。我々が選択したのは……」

「ホーネットでは駄目だというのか?」

「多くの星型エンジンというのは14気筒までならばどうにかなるのでしょうが、シリンダー径とボア×ストロークというのは相当分に影響するのでしょう。2000馬力を超える18気筒エンジンというのは特定のシリンダー径のもの以外成功していない……四菱のハ43も渡された資料を見る限り2000馬力は無理だそうじゃないですか。ホーネットでは駄目なのでしょう。ハ43はホーネットとはまた違うエンジンだそうで、実際のベースはヒスパノらしいですが……そちらが駄目だということは、共和国などから技術を奪い取っても無駄だという事。今からでも参考とすべきはサイクロンかワスプ……ということになるんでしょうか」

「今更NUPが技術を渡すと思うのか。政治的な関係は未だ続き、我々は密かに石油精製機器の入手も果たしてはいる。86オクタン以上で戦えることが保障されたとはいえ、それ以上の手助けはもう無いだろう。戦局を決定的なものとしない限り」

「ならばM-71を検討されるべきです」

「こちらで量産する余裕はない。我々は基本的には液冷で行く。Fw190もそうする。M-71はあの忌まわしい男が供与に応じない限り検討の余地は無い」

「だとしても可能な限り生産するエンジンの統一などはすべきです。皇国がわずか2種に絞って全ての命運を握らせたように……」

「3種だ。その2つはあくまで航空機用。もっと脅威なのがもう1つあるではないか」


 Cs-1か。

 私のような立場ですらも、その名を覚えられるほど日々様々な人間によって列挙される。


 実用型タービンエンジン。

 それも現実的に数年以内に実用化可能とされた遠心式ではなく軸流式。


 一体どんな手を使えば、こいつを大量生産して汎用エンジンとして採用できるのか。


 あの皇国が、爆熱を制御して信じられぬほど小型のタービンエンジンを作れるなどと……誰がこれを予想できた。


 それだけではない。

 かのエンジンの寿命は我が国で実験用として作られたタービンエンジンの試験モデルとは比較にならないほどに長い。


 数百時間単位でノーオーバーホール。

 我々はわずか数分の起動でエンジンが焼きつくというのにな。

 一体何が違うのだ。


「そういえばCs-1なんてものもありましたっけね」

「まだ戦場で目立ってはおらん。だが私にはわかる。長年培った経験、歴史の歩み、そして五感が訴えてくる。あの国は間違いなく大量生産して我が国に牙を向く。足音が聞こえるのだ……私には」

「資料を見る限りでは皇国国内で年間1200基ほどの製造が可能で、NUPではその5倍以上が可能とされるとか。しかも大量生産のための工場の新設も決まったそうじゃないですか。タービンエンジンとやらはそんなにも将来性があるのですか?」

「ある。その根拠も我々が握っている」

「確かに聞けばワクワクしてくる性能ではありますよ。特定の燃料に依存せず粗悪な燃料でも高出力で稼動可能、潤滑油はさておきエンジンオイルが不要、小型、軽量、高出力……唯一の弱点は燃費」

「我々はその夢の存在に未だ手こずっている。想像を絶する熱量を制御できない。耐熱合金を駆使しても稼動時間に限界がある……にも関わらず、Cs-1は稼働時間だけでなくあの頭の固い皇国軍人ですら目を輝かせる特長があったのだ。王立国家内で流通していたヘリコプター用の整備マニュアルで、ようやくこの忌々しい存在の恐ろしさを理解した……信じられんことだが……Cs-1はアルミ合金製だ」

「それはすごい。耐熱合金に関する技術で出遅れていた皇国が、なぜCs-1の生産力がある程度確保できたのか今納得がいきました。あれほどまでに加工が容易なアルミ合金で作られていたとは」

「加工を施せば対腐食性を与えられるアルミ合金は皇国でも大量生産が可能な代物。どういう魔法を使ったのかは知らん。だが、アルミ合金製であるがゆえに実用化した後の量産は極めて円滑に行えた。ならば我々も……とはいかなんだがな」

「駄目だったんですか?」

「数秒もせずに溶けたよ。アルミ合金でタービンエンジンを作るというのは、氷で内燃機関を作ろうとしているのと同じことだとうちの賢い技術者達は述べている。現実にソレに襲われているが、王立国家の整備マニュアルは我々を混乱させようとあえてバラ撒いたものだと譲らん」

「頭の固い技術者達だ。思考の停止は全ての停滞を招く。改善が必要なようです」

「そうだ。止まってはいられんのだ! 我々は! 敵は足を止めてはくれんのだよ! 見ろッ! 奴らはさらに一歩踏み出した!」


 バンとたたきつけるように机の上に差し出したのは、一枚の写真であるようだった。

 何やら何かに乗っかっている新型ヘリコプターらしき姿が見える。


 何に乗っかっているか、こちらからだと見えない。


「こちらは新型機ですか?」

「恐らくな。ヘリコプターの新型だ。航空省から最初にこの報告を受けたとき、私は彼らが私を騙そうと画策しているのではないかと思った。彼らの目はまっすぐで清らかだが、未だに私はこの現実を受け入れられない。こいつは一体何に着陸していると思う?」

「軍艦に見えますね」


 軍艦だと。

 いや、回転翼機は垂直離着陸可能なもの。

 ただの軍艦で総統閣下が恐れを成すことはないはず。


 恐れを成すほどの何かが写されているらしい。

 

「そう、軍艦だ。単なる軍艦ならば恐れたりなどしない。我々も似たようなことを挑戦しているからな……そこにある艦の大きさについてわからないか?」

「うーむ。人との対比からすると全長は100m少々。軍艦としては小さい方かと」

「駆逐艦だよアルベルト。陽炎型14番艦、谷風だ。竣工が6月まで遅れたのは突如皇国海軍の宮本がヘリコプターを離着陸できるよう後部の改修を命じたためらしい」

「駆逐艦……よくは存じませんがそれが何か問題なのですか?」


 残念ながら建築総監は艦種による航空機搭載の影響度合いについて理解が薄いらしい。

 とんでもないことをやろうとしていることは私にすらわかるのだが……


「従来の軍艦は航空機搭載能力が限定された。離着陸性能の問題あってのことだ。甲板を持たぬ艦では離陸できんので積めても水上機といったところで、NUPなどが駆逐艦に水上機を載せてみたりしようとしてはいるのだが……この機体の回収のために一旦その場で停止してクレーンなどで吊り上げねばならず、極めて効率が悪い。仮に積んでも戦闘力増強はわずかといった程度だった。本格的な空母以外で航空機を搭載したとて、搭載機の性能も低くさして脅威にはならんのだよ」

「なるほど? しかしヘリコプターならば垂直離陸等ができるわけですし、戦闘中の離着陸などが出来て確かに便利ではありましょうね」

「ただのヘリコプターならば脅威とは見ない。そのヘリコプターの後部に積まれている存在を見たまえ。何に見える?」

「魚雷に見えますね」

「航空魚雷だ。800kgほどある皇国海軍の九一式魚雷と思われる。その写真のヘリコプターは一体いくつ抱えているように見えるかね?」

「3本ほどは」


 3本……三発だと!?

 ようやく閣下が正気を失いかけた理由が理解できた。

 バカな。


 本当にそんな状態で飛べるのか。


「その通り。3本だ。既存の艦隊攻撃用の航空機がおおよそ1本装備できれば上出来な航空魚雷を3発も装備しているわけだ。しかもそれを駆逐艦が艦載機とした? 何の冗談だ」

「水上機などでは不可能な所業なのですか?」

「不可能ではないが、現実的にそれが駆逐艦搭載用となると、かなりの無理が生じる。我が国にはHe115という雷撃可能な水上機があるが、全長は17m以上ある。とでもではないが駆逐艦に搭載できるサイズではない。皇国には2発搭載可能な飛行艇があるらしいが、そちらもエンジンは四発で相当な大型。共和国で鹵獲した単発機のLate298という機体ですら水上機としては大型で駆逐艦に積めるような代物ではないし、魚雷自体も大型を搭載できない。一方で、名前もわからぬこの新型機ときたら、10m少々でありながら三発も装備しているわけだ。宮本司令官殿が工廠に無茶を命じてまで作るだけの価値はあったことだろう」

「しかし随分と後部に余裕がありますね。元からそういうことも検討されていたのでしょうか」

「後部には元々掃海具などを搭載するスペースなどがあったらしい。それらは全て撤去され、ヘリコプターが離着陸できる簡易的な甲板へと置き換えた。しかも宮本は何も陽炎型だけで運用しようという腹積もりではないらしい」

「どういうことですか?」

「これを見ろ。谷風と同じくポートサイドで停泊中の他の皇国海軍の駆逐艦だ」


 さらに写真を机から取り出して示す閣下の額には汗が浮かんでいた。

 それなりに量産されてすでに運用体制が整っているのか。

 そんな化け物が……


「先ほどより小さい……?」

「報告によれば神風型駆逐艦の神風だそうだ。全長100mしかない。四番砲塔を撤去して同じく後部に搭載可能な着陸甲板を設けている。どうやら宮本はどの駆逐艦の艦種ならば有効に扱えるか試したい様子であるようだ。統一した艦種ではなく、異なる駆逐艦で試そうとしている様子がある」

「何を目的としているんです?」

「旧型艦の対潜能力の大幅な向上や攻撃精度の向上など、全方位で艦の性能を底上げできるようにしたいのだろう。そのための支援機なのだ……恐らくな。それだけでなく、奇襲攻撃等も視野に入れた配備と思われる。足の速く発見されにくい駆逐艦を単艦運用して輸送艦隊を攻撃したり、潜水艦部隊へ打撃を与えたいのかもしれん。ともかく、運用法は無限大だ」

「ヘリコプター自体が艦攻になるんでしたら、さぞ強いでしょうね。というか、爆弾も搭載できるんですか?」


 突如写真のある部分を指で示し始めた建築総監はなにやら見つけた様子だ。

 爆弾を積載していることは言葉で理解できた。

 ……魚雷が可能ならば爆弾も可能なのは想定の範囲内ではあるが……


「ああ、神風側には800kg爆弾を3発積んで着陸試験を行ったらしいな。ただ、ゲーリングを含めて多くの将校は艦爆としての運用には懐疑的だ。肉薄の上で爆撃できるほど対空防御兵装はヤワなものではない」

「パフォーマンスのために搭載したのですか? 何のために」

「未だにヘリコプターという存在がいかほどに強力なものなのか理解せぬ身内のためだろう。従来までの艦爆が250kg爆弾1つ積むのに苦労していた所、海軍最大重量の800kg爆弾を3つも抱えて着陸したとあっては、日ごろ無能・無理解と叫ばれる皇国の一部の海軍兵ですら理解を改めるしかあるまい。恐らく内部では相当の反対運動もあったはずだ。だが、この姿をその目にしたならば、その瞬間を境にして黙ったことだろう。皇国の駆逐艦はその日より重艦爆や重艦攻とも言えるような何かを手に入れた。そこらの水上機よりよほど小型なのに大きな航空甲板を必要とせず駆逐艦に搭載できる化け物だ。宮本は既存の全ての駆逐艦にこれを搭載する腹積もりであるらしい。これで我が至宝の潜水艦隊は迂闊に皇国の駆逐艦を攻撃できなくなった。どれほどの被害を蒙るかわからん」


 800kg爆弾を三発……積載量は2.4トンを上回るというのか。

 通常ならば大型の爆撃機でなければ不可能だ。

 それを駆逐艦の艦載機とするなどと……ヘリコプターにそこまでの可能性があったとは。


 一体海軍も空軍もどうやって対処すればいいのだ。

 聞きたくなかった……そんな情報は。


 回転翼機は従来の航空機とは違う。

 従来の航空機から雷撃をしようとすれば、常に前進を強いられて照準を修正するのも困難を伴う。


 敵の進路を予測しつつ雷撃するには肉薄する必要性もあるが、命中率を高めようとすれば対空砲火の危険が常に迫ってくる。


 だが回転翼機はいわば空中に浮かぶ旋回式の魚雷発射管そのもの。

 照準修正は従来の航空機とは段違いに容易で、その場で停止できるのだから敵の対空砲撃の外からゆっくりと照準を定めて打てばいい。


 敵の砲撃が届かぬ場所から狙撃を強いられる従来の駆逐艦よりよほど接近して攻撃が可能。

 しかもこれほどまでに小型の航空機となると目視での確認は遅れるかもしれない。


 我が軍の艦艇へのレーダー搭載は遅れている。

 巡洋艦では未搭載のものもある。

 奇襲を受けたらひとたまりも無いぞ。


「我々には無いのですか? このようなヘリコプターは!」

「急かしたことで何とか形にはなったFl282というものがある……軽巡洋艦ケルンで運用を行おうといろいろ試していたものだ。だがこいつは航続距離は170kmほどしかなく、行動範囲は精々50km程度。積載力も大したことはなく、最高速度も150km/hほどしかない。あっちは積載量2500kg以上ほどあり、その上で最高速度は王立国家共同での比較試験でソードフィッシュを追い抜かすほどには速かった。航続距離も数百kmにも及ぶとされる。しかも高い運動性を誇るソードフィッシュと編隊飛行が可能なほどの運動性能もある……」

「あの我々がてこずっている、遅すぎて既存の航空機では逆に落とせないなどと言われるソードフィッシュですか?」

「空中静止できるのだからそこは問題ない。だがソードフィッシュが引き離そうと旋回しても常に金魚のフンのごとく取り付いていたという。Fl282が皇国のヘリコプターより劣ることは承知の上だったとはいえ、ここまでの性能差を見せ付けられるとはな」

「NUPが見ていたらさぞ驚愕したことでしょう」

「見ていたとも」

「え?」

「一連の様子を目撃していたのは我々ではない。情報をよこしたのは他でもないNUPだ。おたくにはそういうことが可能な機体や技術などは無いのかと問い合わせてきた。素直に皇国にすがりつけと言ってやったがな。さすがにポートサイドに迂闊に近づけるほど監視は甘くない」

「なんと……」


 閣下は未だにNUPと関係を持っているのか。

 しかしNUPも我々に情報をよこしつつ技術提供を求めるとは……求めたくはなるが、Cs-1はあちらでも生産しているし、皇国のヘリコプターの一部部品はNUPで製造されているのではなかったのか。


 一体どういうことなんだ。


「奴らめ、着陸時の様子を見ていたときにシュトラウスのツァラトゥストラはかく語りきの導入部がにわかに聴こえてきたなどと抜かしおった。写真だけでなくカラー映像もあるが、レコードと合わせてご覧下さいなどとレコードまで添えて……冗談にも程がある!」

「彼らは実際に一戦交えるわけではないのでまだ余裕があるのでしょう」

「我々は一連の存在の脅威に晒されているがな。このまま行けばこういった兵器が次々に投入されてこちらに襲い掛かってくるわけだ。そこで私はアルベルト……君に頼みたい」

「私はただの建築家ですよ?」

「いや、君には才能がある。従来の将校共では祖国が保たん。君に軍需省と航空省を任せたい」


 本気か。

 本気なのか総統閣下は。


 我々軍属では固定観念などに毒され、もう駄目だというのか。

 そこまで追い詰められているというのか!?


「大変申し訳ありませんが、縦に首を振ることが出来ません」

「真剣に考えてくれ! 我が国のために! 出来ることがまだあるはずだ。大きな波が襲い掛かってくる前にまだ何か手立てがあるはずなのだ!」

「といっても、Cs-1が手に入るような事もないのでしょう? どうやって対抗馬を出すというのですか」

「手に入れても再現出来ん。構造に未知の力学が関与している。何しろ本家本元の開発者が王立国家で自身のCs-1を皇国以上の状態に仕上げることが出来ないというのだ。あの国が施した何かがわからぬ限り、Cs-1はモノに出来ない……その施した心臓部は皇国ででしか製造できておらんのだ。それがNUPすらも苦しむ理由だ」

「タービンエンジンがここまで恐ろしいものなのは理解できました。ゆえに我々も挑戦する他ないでしょう。しかしそれだけでは足りません。生産効率の向上や規格の統一など、やるべきことはすべてやるべきです」

「その為に君の力が必要なのだ! しばし時間をやろう。私は君の答えを待っているよ。1、2週間ほど考えてそれでも駄目だというなら諦めるが……これは君自身のためでもある。君の家族や親戚が一生苦しい想いを抱えながら奴隷のような生活を強いられるかもしれんのだ。ここで負ければ我が国は永久に立ち上がることはない。生まれながらに敗者の烙印を押され、通りがかる他国の者達に謝罪しながら道の端を歩き、肥溜めのような場所でのみ生活を許されるような地獄が待っている……その地獄のような屈辱から逃れるために、今一度我々は戦いに赴いているのだ。それをあんな東の海の黄色人種共に……」

「3000年不敗の国とおっしゃっていたのは他でもない閣下でしょう。まさしくこれが不敗を誇る理由そのものなのではないのですか。あの国の者らは電気という存在すら知らぬ頃に王立国家と一戦交えたことがあるというじゃないですか。東亜で唯一王立国家が侵食できなかった国ですよ。修羅場をくぐって来たのは一度や二度ではない。伊達に列強国に名を連ねていたわけではないということです。やるなら内部だけでなく外部での工作も行わねば……」

「NUPの大統領は傾きかけている。より自国の利益となる国の味方となると最初から一貫した立場をとっていたが……今一番利益を与えているのは皇国だ。恐怖も同時に植えつけてくれてはいるようだがな」


 恐怖か……それでも我々との比ではないだろう。

 西条がこの期に及んで血迷ってNUPと戦う未来など見えない。


 仮にあったとしてもこの戦の後。

 しかしそれも互いに血を流す戦いとなるのかどうか怪しい。


「知っているかアルベルト。皇国がレンドリースしているモノが何かを」

「いえ」

「奴らは航空機などの主要兵器について殆ど所望しておらんのだそうだ。B-17などの爆撃機こそ求めてくる様子でNUPもあれこれ理由をつけて出し渋っているそうだが、それ以外の航空機を求める様子は微塵も無いという。求めているのはラジエーターなどの構成部品と、航空機用のアルミ合金用の原材料やアルミ合金そのもの、それら以外はM4戦車と各種歩兵用装備のみ。あとは別途に大量の食料品など。大統領はあれこれ求めてくるのだろうと身構えていたら拍子抜けしたと同時に恐怖を感じたそうだ。戦力は自力でもって整えられると、必要なものは小物類や歩兵火器で十分だと。想像以上に皇国の戦闘力は高かったらしい。他に必要なものは全て購入や契約を結んで正規に取り揃えている。何でもかんでも欲しがったヤクチアや王立国家とは違う」


 元々皇国が王立国家やNUPに向けてけん制していたのは資源関係だったのだから、当然にしてレンドリースでもそういったものが中心となるのは予想がつくものだとは思うのだが……


 大統領はそういう認識ではなかったということか。

 戦車についてもそのうち解決しそうな気配もあるそうだが……


「民族的に考えても、そういう人種なのだろうとは思いますが」

「だとしても、それでいてこういった新兵器を次々を投入してくるわけだ。奴らに足りなかったのは技術理解とそれらを適切に配備する政治手腕を持った政治家と戦略家……西条にはどうやらその力があるようだ。私は見くびっていたのかもしれん。だが、もう過去を振り返っても遅い。未来に目を向けるために君のような冷静で、先入観や固定観念がなく、それでいて状況に対処できる人材を私は求めている。海軍戦力が壊滅してからなどでは遅い。間に合わなくなる前に抜本的な改革を施す」

「……真剣な検討は致します。ですが回答につきまして期待しないでいただければ。無論、その回答具合によって私の立場が変わらぬことも保障していただきたい」

「当然だ。君は我々にとって大切な人材なのは言うまでも無い。返答が思わしくなかったという程度で首を切ったりなどはしない。見くびらないでくれ」

「……ジークハイル!」


 建築総監は最後の総統閣下の言葉にやや不満そうな表情であった。

 去り際の唇をかみ締めた姿が今でも脳裏に焼きついている。


 この仕事は何がつらいかといえば、現実を常に突きつけられることだ。

 各々の人間性が垣間見えるだけでなく、国々の情勢も把握できてしまう。


 それでも私は何1つ口にすることはない。

 誰かに口聞きでもすれば、遠くない未来に背後から撃たれることになる。


 感情も、思想も、意見も……全ては私の中に留め、明日もひたすら軍務に勤めるのみ。

 周辺警護とはそういう者だけが任される仕事なのだ……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 総統閣下はリアクション芸人にて最適… [一言] 紅茶の国やNUPなんかの現場の反応も見てみたいですね
[良い点] ベル47クラスの軽ヘリを飛ばせれば上出来すぎる時代なのに、ベル212並みのオーパーツヘリが投入されたせいで各国がSAN値チェック不可避になってますね。 ロ号単発型の時点で既に初期型UH-1…
[良い点] 800kg爆弾もしくは魚雷を三発……積載量は2.4トンを上回る ジェットヘリコプターとはね。 この年代に登場したら、そりゃあ驚かれるでしょうね。 それだけの搭載能力の余裕があるなら 性能も…
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