第165話:航空技術者は開発を依頼する(前編)
試験飛行の翌日の朝。
俺は長島の技術者に無理を押してハ44の再整備を早朝までに終えてもらい、試製2号機を飛べる状態にまで仕上げてもらった。
理由は……それなりに名を馳せたエースの首を捻挫させる加速力というものが、どうしても気になったからだ。
本日も試験飛行は行われる予定。
本当ならば来年に量産して飛ばす事も視野に入れていた状態から遅れた新型重戦闘機開発計画を立て直さねばならないし……2603年までに量産して前線に届けるのは絶対条件。
これ以上の遅れは許されないがゆえに挽回が必要。
その上でタービン関係において何か不具合を抱えている可能性もあり、どうしても自分で飛ばしたくなった。
無論、単純に最新戦闘機の感触というものを確かめたかったというのもある。
ゆえに本来のテスト飛行の前に1度飛ばす機会を設けてもらい、飛行服に身を包んだ俺は今まさに新型機に乗り込まんとしている状態にある。
春の涼しさが消え、夏へと季節が様変わりしつつある早朝の立川の飛行場内にて、軽快かつ低音な昨日と同じ金属音を奏でるハ44。
乗り込む前の状態からキ63の調子が良さそうなのは伝わってきていた。
その裏には連日連夜働きっぱなしの整備士達の努力がある。
昨日の試験飛行の後、ハ44の消耗品の多くは部品の耐久限界を迎えており、セミオーバーホールが必要な状態となってしまっていた。
これは現状のキ63こと重戦がレース機の素養はあっても戦闘機としては赤点であることを意味する。
ハ43ならちょっと点検して整備すれば再び戦場に送り出せるのとは大きな違いだ。
部品単位で見ればクラックが入ってしまったようなモノは多々あり、無事なのはピストンやシリンダーブロックといった最重要区画のみ。
ここまで破損するとなるともはや工業製品としては失格レベルであり、問題解決が困難であればハ44の採用を再検討しなければならないほどだが……
少なくともそこまでではなかった。
1年ほど期間があれば量産しても問題無いレベルまで持っていけるはずだ。
恐らく上層部は昨日の様子を見てハ44で行くと決心したはず。
試験の前の段階の時点で多少整備性が悪い程度なら陸軍のソフトウェアたる組織力でねじ伏せてみせると西条は言っていた。
元々皇国のエンジンというのは1回飛行するごとに再整備するのが当たり前な程度の品質。
1度の飛行程度では最低限の確認程度で済み、世界水準に追いついたなどといわれるハ43が皇国の基準では異質な立場なだけ。
特にハ43においては二硫化モリブデンを使用しはじめたあたりから、エンジンの信頼性の高さにおいて他の追随を許さぬほどだ。
本来の未来における同年代の主力エンジンだったハ25だってそんな信頼性なんて毛ほども無い。
ハ33こと金星にはそのような素養があったからこそ徐々に注目されていったわけだが……
その間に次期主力として見出されたハ45なんて酷いものだったからな。
着陸して一度エンジンを止めたらそのままじゃ二度と始動しないなんて当たり前だった。
1度の飛行で1度のオイル交換など必須だが、プラグの入れ替えも必要で、ともかく一度降ろしてバラして洗浄して組み直して……ああもう、思い出すだけでも頭痛がする。
だが我が陸軍は、あそこまで酷かったハ45をどうにかして本来の未来における四式戦の稼働率を50%台にまで持っていっただけの地力ゆえに、それが可能だと踏んでいるのだ。
少なくても西条は改良を待たずに量産する腹積もりでいた。
そうでなければ間に合わないと。
その上ではっきり言えることがある。
昨日の夕方から夜に至るまでの整備には俺も参加したが、この程度ならばハ45ほど手こずるものではないと。
あっちの方が遥かに酷い状況だった。
本来の未来におけるハ45については、技研の技術者の立場としてだけでなく防空戦闘機として出撃する四式戦の整備要員として立川から派遣されたので何度もやってる。
エンジンの質がどんどん落ちていくに伴い整備性も落ちていくハ45は、質が低下する前の段階ですら現時点のハ44よりよほど整備に手間がかかった。
もし仮に本来の未来における2605年に重戦と呼ばれるキ63が量産され、各地に配備されていたとしよう。
稼働率は確実に7割を上回るだろう。
何しろこいつは86オクタンでも当たり前に動きやがる。
あの時の陸軍は最低限92オクタンまでなら用意できた。
これなら2300台後半まで出力を上げるのは不可能じゃない。
その状態で稼働率は7割をオーバーできるだけの力が、今まさに目の前で静かに脈打つコイツにはある。
つまり現段階でのキ63は、俺が求める戦闘機としての素養……すなわち俺の中にある基準において整備性や耐久性等に問題は抱えて赤点を取っている状態ではあるが、ハ45ほど酷くはないということだ。
信頼性はこれから底上げしていけばいい。
現時点が限界点というような成長性の見込めぬエンジンなどではない。
得体の知れぬ何かを感じるほどに、こいつには隠そうとして隠しきれぬ覇気のようなものが漏れ出すのを感じる。
それはもはや一度装着したキ63からも感じ取ることが出来た。
こいつは間違いなく傑作だ。
どうやら俺の他にも多くの者がこの覇気のようなものを感じ取っているらしい。
昨日の夕方から夜にかけての再整備には俺も参加させてもらったが、気づくと他の技研の職員も暇を見て整備作業に参加しており、やはり皆が皆、心の中で描いていた真の重戦闘機に相当な思い入れがあることを実感させられた。
ひきつけたのは俺や長島の作業員達が汗水たらしながら必死で作業する姿によるものじゃない。
間違いなく整備されるハ44と、今か今かとエンジンの整備を待ちわびるキ63そのものが引き付けたのだ。
作業の間、こちらに視線が向けられることはなかったからわかる。
作業従事者の視線は俺も含めてハ44の部品とキ63の部品に釘付けだった。
1分でも1秒でもいいから皇国の明日を左右しうる絶対的エース格の戦闘機の心臓部に触れてみたいものなのだ。
九七戦を量産していた頃、諸外国はすでに重戦闘機の開発に着手。
その時点で周辺列強国から軽戦闘機しか作れぬ程度の国と笑われてから4年。
指揮官たる将校も、実際に乗り込むパイロット達も、開発を担う技術者ですらも、思い描いていた理想を現実のものとした機体に惹かれぬわけがなかった。
何しろこいつは現時点にて存在する大型の重戦闘機たるP-47よりさらに一回りは大きい巨体を誇るのだ。
それでいて2年前に速度記録を出したMe 209のような戦闘機と誇張されているだけの名ばかりのレース機ではなく、20mm機銃が搭載され、その状態でしっかりと弾薬も装填された空冷エンジン搭載の戦闘機なのである。
格納庫には技研の各種研究試験のための百式戦の姿もあったのだが、外観こそ類似点が多数あれど、その機体の大きさは親と子ほどあった。
俺からすれば本来の未来で一度黄泉へと還ったキ117が姿を変えて地獄の底から蘇ってきたように感じるキ63。
だが実際にはキ117よりさらに一回り大きい巨体であることに、やや遠くで整備を見守る百式戦の様子から改めて思い知らされる。
そんなキ63にはすでに長島により愛称が名づけられていた――
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「――鍾馗?」
「ええ。長島ではそう呼んでるらしいです。さっき長島の人達から伺いました。最近海軍が戦闘機に愛称をつけ始めているじゃないですか。我が軍もそれに呼応して同様に愛称を名づけようとしてますが、その先駆けとして命名したそうで、半ば決定済みの話だと……」
ある程度の作業を終え、一息いれるために休息していた時のことだった。
すでに夜もふけ、日付が変わる1時間ほど前の時刻にて、ふとこちらに話しかけてきた若い技研の職員により思わぬ事実を告げられる。
一体誰が名づけたのか、キ63はいつの間にか鍾馗という愛称がメーカーである長島により決定されていたのだった。
「ふむ……ところで君は"鍾馗"の名の意味を知ってるか?」
「え? ええ、由来も聞きましたよ。子鬼を片っ端から払いのけた大鬼で、古くから魔除けの神様として祭られているものだとか」
こちらを不思議そうな表情で見つめる若手技師の様子から、恐らくこちらの感情を読み取れぬような、複雑な表情を俺がしていることだけは理解できる。
その名は様々な感情を湧き上がらせるに足るものであった。
鍾馗。
確かに本来の未来においてもキ63に名づけられた名前。
だが俺にはその名前の由来がどうしても引っかかった。
一見すると「疾風」と呼びたくなるような外観をしているこいつが疾風とならなかった理由なら知っている。
そもそもが原因は俺にある。
今俺の目の前にいる技研の若者は俺より後に配属された若手であり、知らぬかもしれないが……
実は先駆けとして命名されたのはこいつじゃなくキ84だ。
どうしても他の戦闘機にその名を譲りたくなかった俺は、海軍が戦闘機に対して命名し始めて陸軍もそれに呼応して機種ごとに名を決めようとした折、新型ジェット戦闘機の名を「疾風」とすることを提案し、上層部においてそれを受け入れてもらっていた。
ゆえに上層部ではすでに「疾風」と呼ばれ始めているわけだが……
先手を打った理由は皇国の真打だけにこの名を授けたったからであり、あえて先に命名して他にその名が用いられることを回避したかったためだ。
一方でキ84に疾風と名づける事以外は特段どうでもよかったので他の機体の命名についてはメーカーや上層部に任せっきりであった。
目の前の青年はキ84には関与してないので機密の影響でその実情を知らないのであろうが、主に「重戦」と呼ばれるこいつが初めて命名された戦闘機というわけではない。
そしてそれがゆえにこいつは疾風と呼ばれることも無いであろうことは知っていたが……
その上で鍾馗の由来について、どうしても喉の奥に引っかかるものがある。
さて、鍾馗というのは神の一種であるわけだが……
従来は力不足で自らを嘆き、自刃したとある官吏を時の華僑の皇帝がその忠誠心と生真面目さに敬意を払って手厚く葬ったところ、大変な恩義を感じてその恩に報いるために地獄の底より大鬼となって蘇ってきて皇帝の夢に出てきたことが誕生の由来とされる。
その時、皇帝は病を患っており寝たきりで悪夢などにうなされていたというが……鍾馗が夢に出てきて覚めた後にはすっかり完治していたそうだ。
何かを感じた皇帝はすぐさまその姿を記録として残して後世に語り継ごうと著名な絵師に鍾馗を描かせたところ、夢に出てきた姿そのものを絵師が描いたという伝説が残っている。
以降はその伝説が皇国にも伝わり、皇国における神の一柱としても認知されている存在。
少なくてもそれなりに教養のある者であれば知っている程度ではあるが……
俺にはどうしても自らを恥じて一度自死し、その後において手厚く葬られた後に地獄の底より恩に報いるがために蘇ってきた鍾馗という存在が、本来の未来におけるキ117と、現在のキ63の姿と重なってしまった。
結局、あの時一度破壊される現場から離れた後で、エンジンだけはきちんと分解した後で処分させてほしいと頼んで分解作業した自分自身とも重なる。
そして解体は誰の力も借りずにほぼ一人でやりきった。
そこだけは絶対に譲れなかった。
俺は皇帝ではないが、ハ44にこだわり続けて来た立場なのは間違いない。
だからこそ、俺にはあの時分解したハ44が大鬼として再び蘇って今に至るように感じてしまう。
鍾馗は機体よりもエンジンそのものに名づけているような……そう感じてしまう。
まるであたかも一連の事情を知っているみたいじゃないか。
名づけ親は誰なんだ?
「そうか……ところで命名者は誰なのか知っているか?」
「存じません。長島の誰かだそうで、長島の技師達もやや不思議がってました」
「はは……」
「何か不都合でもあるんですか?」
「いや、鍾馗というのが自刃したのに地獄の底から恩を報いるために大鬼に生まれ変わったという伝説を知っているものでね……一体何が蘇ってこうなったのかなと思って」
「そりゃやっぱりハ44は一度我が軍が不採用としたハ5をベースに18気筒化したわけですし、その事情を反映しているんじゃないですかね」
「そうか。そうだよな……」
それとなく青年の言葉に同意しておいたが、俺にはどうしてもそう感じることが出来なかった。
ハ5は半分正解としても、今の世界においては単発重戦闘機計画については一度保留させているので、本来の未来におけるキ63は誕生する切欠すら生まれていない。
長島は単発式の重戦闘機計画を一度も立ち上げずに今の今まできているっていうのに、ハ5の経歴を見て鍾馗なんて名づけるのか?
まあ本来の未来におけるキ63ですらも「鍾馗」の名の由来はいまいち良くわかってなかったんだ。
重戦に最初からそう名づけるものと考えていて、俺が深読みしているだけかもしれない。
だとしても俺にはハ44の生まれ変わりとしてキ117を通して名づけられているように感じてしまう。
ある意味で鍾馗の真の意味がソレだと思うのだが、それを知るのは果たして俺だけなのか気になるところだ。
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◇
「――思った以上に機体が軽い。だがこれは……無茶をすると体を痛めるな……」
離陸してすぐさま、俺はある程度速度が乗ったところで機体を左右に振り回してみる。
操縦桿の動きにダイレクトに反応してくれる機体の動きは機敏。
一方で、速度が高速域に乗っかっているため、振り回すとGとなって重さがのしかかって来る。
加速も運動性も従来までの機体よりさらに上を行く。
そう設計したことは設計者だから理解しているが、改めて乗ってみるとGの強さに汗だくになりながら耐える自分の姿に思わず乾いた笑いが出てしまう。
"大昔"に乗った四式戦こと本来の疾風はここまで体力を消耗するほどの機体ではなかった。
本来の未来におけるキ84とは比較にならない。
本物の重戦だ。
それも、格闘戦を挑んでくる相手に対しても戦えるだけの力をもった重戦だ。
振り回す際の操縦桿の重さはほどほどに重い。
だが本来の未来のキ84よりかは重くはない。
そこまで重くせずとも機体の耐久性は問題が無いため、あえてそういうように設定している。
さすがに軽すぎると一気にGが増して気絶しかねないため、操縦桿についてはキ63を設計する際に従来の皇国の戦闘機より多少重くしてはいる。
それでも振り回せる程度には軽い。
ゆえに、振り回しすぎると意識が遠のきかねない危険な挙動を示す。
ともするとさらに重くした方がいいと言われるかもしれないが、その辺はテストパイロットなどに任せることにする。
篠原中尉は「機体重量等を考慮すると適切な重量具合」――と述べていたが、軽いと思う者もいるかもしれない。
少なくともエースパイロットでもなんでもない並の飛行士の立場でも振り回せる程度の重量感に設定された状態にある。
その上で気になるのは……旋回時の振動だ。
思ったより振動が強い。
翼表面の気流の流れを見る限り、工作精度が俺の望む領域にまで達していないせいだ。
700km/hを余裕で超える領域を飛ぶがゆえ、さすがに高速域での旋回において工作精度の低さが無視できなくなってきた。
連山だけじゃない。
こいつにおいても表面処理の精度を上げなければだめだ。
百式戦と比較して旋回時の振動が許容範囲内に収まってない。
水平飛行についても大台に乗っかるあたりで不安定になる。
エンジンだけじゃなく機体も見直さないと駄目だ。
こうなったら継ぎ目処理なんかもちゃんとやるようにしよう。
1つ1つ改善点が見えてきた。
よし、そろそろいいな。
十分に機体を振り回して特に機体の各種動作に問題が無いことを理解した俺は、いよいよ篠原中尉の首を軽く捻挫させた正体を突き止めようとする。
キ63では通常ではスロットル操作に連動してタービン出力を調整するようにしていた。
正確にはタービンの出力が変わっているのではなく、いわゆるブーストコントローラーと呼べるもので、機械式で作動する弁によってタービンの出力を100%エンジン内に注ぎ込むことはせず、一部をバイパスさせて排気側にそのまま回すようにしているもの。
ようはタービン自体は常に最大の性能を発揮しているが、それをそのままエンジンに持っていくだけの耐久性を確保できないわけである。
常に100%の出力にすると出力が高すぎてエンジンが耐え切れないため、スロットルに合わせて弁が作動し、自動で調節しつつ、その開度を手動でも調節することが可能なようにしていた。(第116話:航空技術者はエンジンパワー解決のために軸流式ラムエアタービンを採用する(後編)を参照)
そして機体に組み込まれている一連の吸気タービンともいえる機構はターボラグ自体を大幅に削減できるシステムがゆえ、若干のタイムラグの後にドッカンと加速するようなこともないはずだった。
にも関わらず篠原中尉は「無線の指示通りツマミを動かしたら、予想だにしない加速をして姿勢を乱した」――と述べていた。
ともするとツマミによる手動制御に何らかの不具合を抱えているかもしれない。
俺は昨日の段階で飛行が終わった後、篠原中尉が回したツマミの位置をすぐさま記録。
シールを貼り付けてどこまでの出力を出していたかわかるようにしている。
この場所以上にまでツマミを回せば同じ現象が確認できるはずだ。
操縦桿を持つ手に緊張が走る。
鍛え上げたエースですら首を軽く捻挫する加速力だ。
それよりか身体能力が劣ってる人間だと骨折の可能性すらある。
ともかく前から後ろに反動が来るんだ。
姿勢を前傾姿勢としつつ、体の要所に力を込め、タイミングを見計らってツマミを動かすことにした。
緊張と不安でやや呼吸が荒くなりつつある中、ついに意を決してツマミを一気にまわす。
その時だった――
「ぐぁッ!!」
背中に鋭い痛みが走る。
気づくと背もたれに腰や背中を強打していた。
前傾姿勢が完全に裏目に出てしまったのである。
全身に力を込めていたため、首などは問題なかったが、ジンジンとした痛みと血管を通して感じる心臓の鼓動が背もたれに体が強く押し付けられたことで伝わってきていた。
痛みで呼吸がわずかの間できなくなった後、自らが何をしでかしたのかようやく理解した。
ターボラグを劇的に緩和させるブーストシステムで、ブースト圧を一気に上げたらどうなるのか。
そんなもん、当然にして一瞬のうちにとてつもない出力向上をするんだから、馬力もトルクも一瞬のうちに跳ね上がってこれまでに体感したことのない加速を生むのは当たり前。
中尉が首を痛めたのは、限度というものを知らずに一気にツマミを手動制御可能範囲の限界値に対する8割半まで回したことが原因だった。
つまり反応の良いエンジンと、それを受け止められる耐久性その他が組み合わさったことで、一瞬のうちにこいつはこれまでの常識的戦闘機ではありえなかった加速を果たしたわけだ。
しかも速度がある程度乗った状態で吸気側の出力が排気側より上回るタービン機構の中、タービンから受けた高圧ガスをエンジンの吸気側へ注ぎ込んだらどうなるか。
そりゃもう~の何乗なんて世界の出力の拡大によって怒涛の加速を見せるわけである。
プロペラ自体が大気の壁に阻まれて効率限界を迎える領域まで一気に加速するわけだ。
これが地上で700kmを余裕で超えていた正体であり、従来の排気タービンを止めて吸気側の効率を向上させた特殊タービンを採用して強烈なブースト圧を実現した代償だった。
いや、代償ではないか。
全ては正常に作動し、その上で得られる瞬間的な加速に人間が耐えられないだけだ。
まるで急ブレーキをかけたようだ。
しかし一般的なブレーキをかけた状態とは完全に逆方向へ、まるで何者かが体全体を突如とてつもない力で引っ張ったような力が加わってくる。
この体が叩きつけられるほどの怒涛の加速に対して機体は何も問題がないのか。
当たり前のように飛行を続けられるのか。
……間違いない。
もはやじゃじゃ馬や暴れ馬などと、馬に例えるような領域にいるモノのソレではない。
……これは鬼だ。
ただの鬼じゃない。
鬼神だ。
桃から生まれた人間ごときでは相手になどならぬ。
子鬼なぞ赤子も同然。
黄泉から返り咲いたキ117が大鬼の鬼神になって戻ってきた。
こいつの名は「鍾馗」以外に相応しいものなんてない。
乗れば名の正しさがわかる。
軽やかさとは無縁の、豪力でもって全てを制御しうる……
俺の知るこの時代の皇国が本来なら絶対に手にすることがなかった空飛ぶ鬼神。
必ず量産まで漕ぎ着かせてみせる。
さて……まずはツマミの手動制御について注意を促すようマニュアルを作らないとな……
後、着陸したら湿布を貰ってこよう。
西条に良い報告ができそうだ。