第162話:航空技術者は音を静める(前編)
「あった、これだ……」
技研の俺の仕事スペースとなっている設計室の片隅にて、これまでに頭から忘れてはならないと2597年からコツコツと書き溜めた構造や計算式、その他技術情報をまとめた書類を仕舞い込んでいる頑丈な金庫から、必要となる技術情報を書き留めたファイルを取り出す。
そのファイルは非常に分厚く、まるで辞書のごとく片手では支えきれない程の重量があった。
皇暦2601年の7月中旬。
俺は西条との協議を済ませたその日には技研に戻り、依頼された技術開発のうち1つについて今まさに始めようとしていた。
そのためには、金庫の中にあった"とあるファイル"を確認しなければならない。
ヘリコプターの静穏関係について書き留めた技術ファイルを改めて見直しておく必要性があったのだ。
あまりにもやるべきことが多く、何かを失念したままだと大変なことになるためである。
正直言ってこいつは本当に後回しにしたかった。
後5年ほどは放置して、その先でいいだろうと思っていた。
現段階でそれを実現するのは強引かつ手段を選ばない方法であれば不可能ではない。
だが、それに費やす労力は尋常ではなく、そもそもちょっとやそっとで達成できるものではないのだ。
静穏ヘリコプター。
こいつは俺がやり直す前年にその基本骨子が出来上がった。
しかし、それはありとあらゆる方向性からヘリコプターの各部品を見つめ直し、それこそ次世代ヘリコプターというものを1から作り上げるような方法で組み上げていったもの。
これこそが俺がやり直す前に航空技術者として最後に携わった航空機開発であり、老体に鞭を打ってまでユーグの明日を見て挑戦した技術開発だった。
そう、やり直す前の俺の航空技術者としての最後の仕事は固定翼機ではなかったのだ。
本来の未来におけるF-35の設計にも関わった俺は、F-35Bの技術開発に関与した結果、ヘリコプター関係のメーカーの目に留まり……
F-35の開発がドン詰まりで事実上の凍結状態となってチームが一時解散となった後、最後に取り組んだのが2668年に基本骨子が出来上がった静穏ヘリコプターだったのである。
当初はそれまで回転翼機に関与したことが無かったので不安を抱いていたものの……ユーグの技術者達は俺を暖かく迎えてくれ、待遇にも環境にも一切不満など無かった。
むしろここで多くの技術について知見を深めることが出来た。
特に試作機1号が誕生間近の風力発電装置のプロペラ技術など、その多くがこれらの開発で培った知識を基にしている。
プロペラ機がまだ全盛期である今の時代において最新鋭かつ10年後20年後を見据えたローターなどの一連の技術開発に関与できたのは、本当に幸運であったと言う他ない。
俺は他の皇国の亡命者らなどと共に彼らと1つのチームを組み、己の腐りかけた脳をフル活用し、最終的に約30年間達成できていなかった静穏ヘリコプターという存在の基本骨子をわずか5年で練り固め、あとは試験機の開発だけという所まで持っていった。
ただ、それがいかに困難を伴ったのかについては……2597年に意識や記憶が飛んできた際に改めて一連の航空関係技術情報を喪失しないようにと書き留めたモノを見た上で再認識させられている。
技術情報を全部まとめたら百科辞典のようなファイルが出来上がっている時点でよくわかるってもんだ。
ヘリコプターの静穏化というのは、ちょっとやそっとの付け焼刃的対処では静穏化の達成など不可能。
それらをすべて押し込んで機体を1から創造することが必要だったのである。
スーパーコンピューターによる研究と解析、そして実験の繰り返しの果てに、案外やるべき事は非常にシンプルで「この発想は無かった」――な、技術であることに気づかされるわけであるのだが……
機体開発の制約ともなるような部分が多くあり、さらに一連の開発で1つの結論も導き出してしまうこととなったのだ。
――真に静穏化を達成した上でのヘリコプターの完成系とは、シングルローター方式である――
これこそが、最新鋭のスーパーコンピューターによるアルゴリズム解析や各種研究の果てにユーグの技術者達と共に出した結論。
俺がシングルローター方式に拘る理由でもあり、シングルローター式ヘリコプター以外をヘリコプターとして認めたくない理由でもある。
ファイルを改めて眺めながら当時彼らとそんな話をしてことを思い出しつつ、改めて年代別に技術情報をまとめた索引に目を通す。
静穏式ヘリコプターの開発は2640年代から。
主にユーグを中心に開発が盛んになっていった。
なぜヘリコプターという存在が確立した2610年から約30年もの間に大きな動きが無かったのかというと……
その間に、シングルやタンデム方式など、ヘリコプターそのものだけでも様々な形式が特許などの影響により考案されていってヘリコプターの雛形ともいう形の模索が終わらなかったのと……
ヘリコプターも必要となる特定の分野において、競合相手となる存在もまた多種多様なものが発明されて投入され……それらの動きが収束するまでにこれほどの時間がかかったためである。
それは旅客……すなわち人の輸送だ。
2640年代にいたるまで、ヘリコプターが有効活用出来る離島などへ向けての人員輸送では、ホバークラフトや水中翼船といった高速船の他、俺がやり直す直前の頃においても未だに生きながらえている水上機などいったものが担っていた。
しかし滑走路整備の促進や、規模の小さい空港でも運用できる短距離離着陸が可能となるようなターボプロップ形式の少人数旅客機などが発達するに従い、高速船の需要は低下。
これらは航空機によって淘汰されていき、物流も旅客も航空機に立場を奪われることになる。
だが、そんな中でですらヘリコプターというのは着陸場所を選ばないという最大の長所から、滑走路整備費用等の負担が極めて少ないなどの理由で注目され続けていた。
なによりも、ヘリコプターというのは存外ランニングコストというものが低いのだ。
それこそ無理に水中翼船やホバークラフトを維持し続けるよりかはよっぽど安い。
そんな安いにも関わらず、西側で中々浸透しなかった最大の理由……それが騒音だ。
本島と離島における湾岸施設で、かつ周囲に人気がない場所のみを往復するならいざ知らず、着陸場所を選ばない特性を殺す最大の要因こそが騒音だったのである。
これこそがヤクチアを中心とした東側に対してユーグやNUPでヘリコプター旅客輸送という市場が中々確立しない最大の理由だった。
旅客ヘリコプターが当たり前に存在するヤクチアについては、騒音という存在なんてものは合理性を盾にクレームの一切が当局によって揉み消される。
それこそ人民が騒音被害を訴えれば「経済の円滑化において騒音など蚊の羽音にも劣るものだ。労働に集中せず心を無に出来ないからこそ、ちょっとした雑音に意識が向くのである!」――などと一蹴される程度の話である一方……
ユーグやNUPでは訴訟沙汰になりかねず、反対運動などが即提起されて優秀な輸送手段であるにも関わらず否定されてしまうのである。
といっても、騒音被害についてはそれがストレス要因になりえる科学的根拠もあるだけでなく、難聴を煩うなどの後遺症を負いかねないことを考えると、そこは冷静になって当然だ。
なにしろ当時のユーグやNUPのヘリコプターというのは音のやかましさに定評があった。
ここに当時の実験結果を記憶から掘り起こして記した、世界各国のヘリコプターの機種ごとの騒音関係における解析情報があるのだが……
騒音レベルは至近距離で110dbなど当たり前。
特にやかましいものとなると騒音レベルは125dbをオーバーすることすらある。
うるさいうるさいと定評があるF-4戦闘機ですら120dbと言われる中で、この騒音は尋常なものではない。
ここまでとなると耳栓が無い場合、長時間その環境に晒されれば三半規管が炎症を起こして平衡感覚を失う可能性すらある。
120db以上なんてのは、やかましいと言われた頃の4発ジェット旅客機のエンジン極至近距離において感じるかどうかの騒音で、あとはジェット戦闘機が周辺を低空飛行で通過する際にその領域に達するかどうかってな所。
それを大きく凌駕するというのは反対運動の十分な理由となるし、俺も日常的にそんな騒音が鳴り響く所で居を構えるには抵抗がある。
……が、実はここに面白い情報もあったりする。
――ヤクチアのヘリコプターの騒音は最大でも100db弱――
そう、あの旅客ヘリコプター大国ヤクチアー……なんとこの国の平均的な汎用ヘリコプターの音は、騒音レベル的にはユーグやNUPと比較して1段階下に位置する程度に静かだったのである。
作り手も気にしていないわけではなかったのだ。
かの国が旅客ヘリコプター大国となっている最大の理由の1つに、苦情を訴える人民に対しては音が我慢できぬなど反逆者かとばかりに詰め寄るような強硬姿勢である一方で、その裏で開発陣営にはローター部分などの駆動状況の解析を行わせ、それなりにやかましくないヘリコプターというものを作る努力も怠らなかったのだ。
2640年代にて開発速度が大きく進んだのは、まさに極一部の国がヤクチアとの関係を断ち切って一連のヘリコプターがユーグ周辺にも飛来するようになったことも関係しており、静穏化など出来るわけも無いといわれていた中で、東側勢力がそれなりに努力していた様子を確認して技術的に可能と認識を改めたことにも起因している。
そしてそれだけでなく、多くの騒音公害の統計データなどにより、仮に騒音レベルを至近距離90db程度、10mほど離れれば60db未満程に出来れば、市街地上空を低空飛行していても苦情レベルは抑えられることが判明しており……
これら一連の研究情報は高速鉄道等の建設整備や車両開発、空港整備等で既に大規模に活用されていたため、ヘリコプターについても改めて見直そうという動きが活発化していったのである。
これにはユーグ各国も積極的に研究開発費用として国家予算を投じていたが、それだけ性能と運用コストのバランスが取れた、優れた航空機としてより活用を促進したい存在だったというわけだ。
俺はユーグの技術者が静穏ヘリコプター開発時において掲げていた合言葉が特に好きだった。
――真に空飛ぶ車とは、ヘリコプターである――
これは航空機の1つの形態として確立せしめたヘリコプターを無視して、わけのわからぬ自称「空飛ぶ車」の発明合戦を背後で行われる状況を根底から覆し、ヘリコプターの代名詞を空飛ぶ車としたい技術者達によるスローガンのようなもの。
彼らは皇国語で「空飛ぶ車」と書いてヘリコプターと呼ばせたいのだ。
そして最終的に、この90db級にまで静穏化するための技術骨子は完成させることが出来たのである。
俺があの世界からいなくなって10年以内に、その技術を投入したヘリコプターは量産されるであろう。
ヤクチアがそれらの技術ごとユーグを焦土にさせていない限りは……
さて、そんなヘリコプターだが、当然にして静穏化するにあたって一番最初に着目されたのはローターである。
主として尋常でない騒音を出している中心的存在となっているのはローターだ。
こいつが騒音を出す原因を改めれば90dbなんて軽いのではないかなんて思われたのだ。
しかし俺は研究終了後の状況を知っているので、彼らの当初の目算がどれだけ甘いものだったのかを理解している。
ローターそのものの形状を見直した程度で音を静かに出来るのは、今から70年後あたりでですら精々4dbが限界。
これがスーパーコンピューターが導き出した答えである。
必死こいてローターの形状、すなわち翼の断面形状から翼そのものや翼型そのものを見直しても、2660年代の最新の中の最新技術を駆使してわずか4dbしか改善できないのである。
ローターの素材から何から何まで見直して、ローターの形状を整えたといった程度ではそれが限界ということだ。
じつはこれ、2640年代に入る約10年前ほどの段階でNUPは気づいていた。
彼らは当時のコンピューターで演算した上でローター形状の見直しを試してみたが、それによって達成できたのはわずか3db。
3dbのために当時の技術ではヘリコプターの製造価格が爆発的に上昇する点から、彼らは「静穏化は不可能」――と結論付け、そしてヘリコプター発展の道を自ら閉ざしたのである。
この時のNUPの理解では、本来の未来における山田式風車のように一機種ごとに静穏のための空力的特性を持つ特異な形状を施せばならぬと考え、それが部品の共有といった製造コストの低下とは矛盾した行為となることに足元が竦んでしまったのだ。
実際には一定の範囲で部位ごとに必要となる計算式を見出すことで一連の問題についてある程度までは解決可能というのが研究終了後における結論ではあったが、NUPがそう理解してしまうのも無理はないほど設計において制約が生じるものではあった。
一方のユーグ。
俺も最終的に参加することとなるユーグ勢は、決して脚を進ませることを止めなかった。
特に現在は完全な敵国である元第三帝国であった国は、自らが史上初のヘリコプターというものを開発した自負もあって極めて積極的。
自分達があの時点でそれを達成していれば、ヘリは軍用や救難などの一部の運用に留まらなかっただろうといった後悔や、ヘリコプターを航空機の1つのあり方として浸透させたかったというフォッケ博士の遺言などから必死であったのだ。
例えその1歩が全体の進行具合から見たら半歩どころか1mm進んだかどうかであっても、彼らは足を前に進ませることををやめなかった。
最終的に彼らもローターの形状そのものだけでは最大4dbが限界ということに気づくのだが……
一方で、彼らが2652年からNUPの者達と協力して開始したローターの作動状況の解明によって判明したブレードと渦の相互作用……
航空研究分野にて「Blade Vortex Interaction」を略して「BVI」と呼ぶ、ローターによって生じる騒音の各種流体力学的作用と、それらの気流の動きを予め予測するための3つの計算式は、最終的に90db弱を完全に可能とするヘリコプターの開発の道筋をつける。
まず、彼らが何をやったかというと、回転時のローターの動きをローター側に小型カメラを装着して検証してみたり、特殊な風洞実験が可能な施設にて様々な状況下におけるローターの動作状況の確認を行うことで検証した。
その結果、BVIには主に4つの種別分けが可能なことが判明する。
1つは並行BVI。
これは気流に対してローターが並行にぶつかった際などに主として生じる騒音。
ヘリコプターにおいては特にこの音がローターにおいて生じる最大騒音となる。
ここで驚くべきなのは、この並行BVIにおいて特に騒音が大となる事象は乱流をローターブレードが切り裂いた場合ではなく、ローターブレードのすぐ真下辺りをかすめた際に生じるものだ。
これは現在の……いや、俺がやり直す直前頃の流体力学なら当たり前のことなんだが……今の時代だとやや理解が遅れている分野となる。
ローターブレードというのは当然にして翼だ。
ゆえに空気を切り裂くようにして気圧差を生じさせて揚力を生む。
この時、乱流の渦がローターの真下を通過したらどうなるか。
通過した後で当然にして大気は力学的要素によって気圧差を解消しようとするわけだが……
本来なら翼そのものを上に持ち上げる翼下面の圧力というのは、当然翼が通り過ぎた際に、翼上面を通り過ぎた気流との合流を果たそうとする。
つまり生じた乱流はローターを下面を通り過ぎると一気にその渦が上へと開放され……強烈な破裂を生じさせるのだ。
その破裂した大気が一部では音速を超えているため、とてつもない破裂音となるのである。
ローターブレードに切り裂かれた場合、乱流自体が小さくなる。
よって流体力学の心得が無い者だと、ローターによる騒音というのはローターと気流がぶつかった音こそが騒音を生じさせていると思いがちだが……
確かにそれによって生じる騒音も存在するものの、実際にはあの耳障りなバタバタバタバタという音の最大の要因となるものは、このローター下面を並行に滑っていく、自らが生み出した、あるいは大気中に存在する乱流そのものだったことが発覚したわけだ。
これこそが、ローターそのものの形状をちょっとやそっと弄った程度では根本的な騒音の解決にはならない最大の理由である。
下を通過する乱流を、ローター……すなわち翼の形状だけでどうやって乗り切るというのだ。
そいつらは翼の真下を通り過ぎて騒音を生じているというのに。
乱流を予測してピッチ変更でもして常にローターにぶつけて制御してみせる?
仮に本当にそんなことをしたら姿勢制御に大きな問題が生じる。
安定飛行が出来なくなる。
そんな簡単な話になるわけがない。
NUPが早々にあきらめて一時期ふてくされていた時期が生じた理由がわかるだろう。
もちろんNUPだって諦めたくはなかったが、この事実を知ったら殆どの人間なら白旗を挙げる。
しかしBVIには他にも3つ存在しており、これらも同時に鑑みて制御しなければ騒音の抑制とはならない。
残り3つのうちの1つが垂直BVIだ。
これはどういうものなのかというと、主に進行方向とは反対方向だったり、ローターブレードで推進力や揚力を生じさせた後において生じる次の仕事までの翼としては休眠時間中ともいえる状況下にて生じやすい不規則かつ不安定性の高い乱流によるもので……
空気の渦がブレードの上面に垂直に降りかかってくる時に生じる騒音だ。
すこし説明が難しいが。渦の記号をここに示そう。
๑←これを仮に渦とする。
ローターブレード
↓
ローターブレードの回転方向→ ― ๑←渦の進行方向
図解としてはこうなる。
渦はブレードに乗り上げるようにして回転しながらブレード上面に激突する時、その渦はブレードに対して垂直となる可能性があるのがおわかりであろうか。
こいつが実際にブレード上面に垂直で激突し、川で石を投げた時に生じる水きりのごとく跳ねるようにして連続した乱流並びに騒音を生じさせるのだ。
こいつは技術者の中では不規則かつ不安定で気流の強度も弱く対処しやすい乱流として考えられており、そもそもが主として発生源となるのは自らのローターそのものであることが多く、どうにかなると思われた気流だ。
これと似たようなものに斜めBVIという、並行と垂直の中間的な存在もあるが……
多くの場合、渦は回転しているものなので中間的なものもって当然。
ローター設計の際に計算式を組む場合はもちろんこの要素も加味する。
ヘリコプターの場合、ローターブレードは絶えずピッチ変更を行うのでこういう可能性も普通に出てくる。
そして最後の4つ目が直交BVI。
こいつはブレード先端で生じる、交差した乱流を生じさせることで発生する乱流だ。
交差状態を図で表すとDNAの二重らせんの構造を真横から見たような状態となる。(DNAとの違いとして、実際に乱流が交差している)
ちなみにブレード先端によって生じるため、シミュレーション的に乱流をCGなどで可視化した場合、真上から眺めると円環構造ともなっている。
これら一連の事象については特段の対策を行わない限り、むき出しの単純構造テールローターであった場合はテールローターでも発生しうる。
特に、テールローターの配置によってはメインローターで生じさせた乱流をテールローターが拾うこととなり、さらに騒音が増大した。
ここまで説明すれば多くの者が理解できるであろう。
並行BVIの状況をみたらある結論に辿り着くはずだ。
そう、いかにも並行BVIが生じやすいバートルやチヌークなどのタンデムローター方式ヘリコプターというのは、その騒音を抑制する方法がほぼ皆無であるということを。
連鎖的にメインローターで生じた乱流がテールローターにおいてですら騒音を生じさせているのに、それらの解消がさらに難しいどころか増幅させる構造をしているバートルやチヌークがやかましいなんて当たり前だったのだ。
おまけに言えば、あいつらの至近距離にて120を軽くオーバーするやかましい騒音の最大の原因は、ほとんどがこの並行BVIによるもの。
交差するローター同士の中間的位置にて、チヌークを例にすれば真後ろのローターの真下を通過する乱流こそ、あのバタバタとやかましい音の原因だったわけだ。
そして多くのシングルローター方式ヘリコプターにおいても、適当に配置したテールローターが音をやかましくしていた原因だった。
ヤクチアのローター配置は、実はそれなりに考えた上で行われていたのだが……
西側のヘリコプターというのはこのBVIへの対策を研究する間、重心点ばかり気にしていてテールローター配置は割と自由だと思われていただけに、その解消に挑もうとした際に制約が生じたのは相当な負担に感じたことだろう。
ただでさえ重心点で悩むヘリコプターにおいて、テールローターの配置すら考えねばならないなんてことは、いかに静穏ヘリコプターという存在が遥か高みにあるのかを容易に知らしめる。
その前の段階でNUPが気づいて躓いた並行BVIについては、ローターブレード形状だけでは解消不可能に近いものであったのだ。
一応、ローターブレード形状にも意味はある。
並行BVIが生じる理由はローター形状もそうだが、ローター重量によるローターピッチ変更速度の遅延も影響していた。
つまりローターブレードの軽量化と併せてローター形状を整えれば、多少は改善するのである。
そこにNUPが挑戦して出せた成果が3dbしかなかったことが、彼らを絶望の淵に追い込んだのである。
だが、彼らが躓いた後の状況を俺は知ってる。
BVI解消のためのデータは、俺の頭の中と今まさに手にするファイルの中にちゃんと記述されているんだ。
では一体これらをどうやって解消していくかというと、こうだ――