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第161話:航空技術者は依頼される(前編)

「しかし今日はお前の方から来てくれて助かった。いずれそちらに顔を出さねばならぬのかと思っていたところだ。忙しいのでなかなか予定を組めなんだが」

「どうかされたんです?」


 俺の中ですでに今日訪れた用件は片付いたので心の中で帰る準備をしていたところ、俺は西条に呼び止められるようにして違う話題があることを聞かされる。


 立川に帰りたいと逸る気持ちを抑えつつ、話に耳を傾けた。


「2つほど技術開発依頼が来ている。どちらも非常に重要性……優先度の高いものだ」


 2つ……?

 2つとは?


 1つなら予想できる。

 間違いなく台車だ。


 110kmを一般的な吊り掛け駆動で達成するのは不可能ではないが、その際の車両の振動は尋常じゃない。


 国鉄のことだからその依頼を俺ともう1名にする可能性は十分にあった。

 その上で俺の中には1つアイディアがあるから、試してみようという気概もある。


 だがもう1つがわからない。

 今のところ軍が求める存在はヘリぐらいだ。


 例の急造仕様の機体(キ71)なら結局溶接作業にやや手間取ってしまったが50機ほどがほぼ完成状態。


 残り30機も骨組フレームまでなら出来上がっている。


 試験飛行も不要だというので今月末までに砂漠地帯や西部戦線を中心に後方とはいえ北部戦線にすら送り込む予定のはず。


 完成して飛行する姿すら見ていないなんて恐怖以外のなにものでもないが、基本構造は双発式ロ号を踏襲しており、そちらの試験飛行で十分データが取れたのだからとばかりにいきなり戦場に持ち込むこととなった。


 双発式ロ号との違いは全長が長いことや吊り下げ重量が増大していることなどだが、これまで吊り下げていた人員輸送用コンテナをより大型化した上で機体そのものに装着できるようになっているため、大人数を一気に運び込むことが可能となっている。


 今にして思えば双発式ロ号で十分だったんじゃないかとも思うが……

 結局急造の双発式ヘリコプターの方は上層部が希望する春までに間に合わなかったし。


 一応は双発式ロ号が春までに間に合っていた上、こちらは不可能に近いとは予め述べていたので特段何も言われはしなかったが……


 一連の努力と双発式ロ号のおかげで再来月には本命の試作型が飛べる算段もついたので果たして本当に例の急造仕様が必要だったかについては疑問符もつく。


 ……といっても、こっちはどう考えても本格的な量産は来年になるので双発式が必要だったのは事実だ。


 さすがにこっちは胴体もしっかり作るのでいきなり戦線投入とはいかない。

 その間を補填する機体としては十分な働きをしてくれることだろう。


 まあ、努力は無駄ではなかったはずだ。


 どちらの機体も性能は満足できるものだったようで、しばらく前に上層部より一連の状況を鑑みた上である程度の余裕があるので今後エンジンは双発式のもののみ製造するという決定が下された通知が来ていた。


 そういうのは全部任せるとしていたが、最初に双発式の依頼が来た時点でロ号だけに絞っておけばよかったと若干後悔も無くは無いというだけ。


 その上でCs-2の件は上層部の一部も認知しているので、エンジン双発による3000馬力超級の中型以上のヘリコプターを所望する可能性は十分にある。


 それこそ陸軍と異なり海軍はヘリの航続距離に不満があるらしいので、Cs-2に換装して吊り下げ重量などを犠牲に航続距離を極限にまで伸ばしたような機体の方が欲しいという話は統合参謀本部などにしているらしい。


 ようはUH-60のような小ぶりながら圧倒的な航続距離を誇る機体が欲しいということなんだろう。

 言いたいことはわかる。


 海洋王国である我が国にとってはヤクチア製の航続距離の短いヘリコプターは極めて相性が悪かった。

 本来の未来における皇国地域の海軍は常に愚痴っていたことが記憶の片隅に残っている。


 一部の大型を除けば、一番運用しやすい中型程度のヘリコプターの航続距離は最大でも1000km少々。

 がんばって1200kmといったところだ。


 だがUH-60ならばペイロードをすべて燃料タンクとすることで最大で2000km程度を飛行可能。

 そんなのが欲しいことなんてロ号の頃からとっくに想定済。


 だから当然、最初の時点でそれを加味してキ73は設計していた。

 胴体の全幅を横に拡幅して燃料タンク容積を増大させ、さらにスタブ翼を新たに装着することで大型の増槽を装備できるようにすることは頭の中に入れて開発をしてある。


 もうほとんど別の機体なのだが、基本設計を流用できるようにしているのはある意味でヤクチア系のヘリコプターに近い。


 何しろヤクチアのMi-8と同じく貨物エリアにも追加の燃料タンクを装備できるように考えているのだ。

 長距離をただ飛ぶのか、何らかの目的でもって運用するのかで燃料タンクの形態を変化させるというのはまさにMi-8と同じ。


 理由はスタブ翼というものがホバリング時において周囲を流れる気流を捉えて機体にあらぬ挙動変化を与えるからだ。


 ただ長距離を飛ぶだけならば大きなスタブ翼を設けて片側2つの計4つほど増槽を装着した状態ででも飛べばいい。


 これで2000km近くの航続距離を保たせることは双発ならエンジン出力が片側1800馬力相当であれば可能。


 だが実際の運用ではほぼすべての状況下においてこのような装備がされていないのは、スタブ翼をのばして増槽を複数装着した場合、ホバリング時の安定性と挙動に不安が生じるため。


 ヤクチアはこの点を理解した上で、Mi-8においては増槽とは別に追加燃料タンクを貨物ペイロード側に装着することができた。


 それこそUH-60のキャビン後部にある巨大な燃料タンクそのものを追加燃料タンクとして後部ハッチ付近の貨物エリアにオプション装備できるのだ。


 通常の燃料タンクは床にあるため、床と追加燃料タンクは直結された状態となるような構造となっている。


 こうすることで実運用においては内部におけるペイロードが無くなるもののホバリング時などに不安が生じないような状態とすることができた。


 長距離を移動しながら救難活動をするのか、偵察をするのか、ただ機体をどこか遠くへ運ぶのか……

 状況によってヘリに必要な性能は異なる。


 それに合わせて幅広いオプション装備を用意することで、用途ごとに多数の機種を開発する手間を省いたのである。


 それこそMi-8なんてスタブ翼による増槽、胴体側面に複数装着する増槽、貨物エリアに装着する追加燃料タンク、スポンソンのような構造物を装着して胴体下部後方に装着した増槽と……どうしてここまで燃料タンクにオプション装備があるんだというほどに存在したのだ。


 それらの使い分けについて説明するとなると、こいつはMi-14と同じく機雷掃討や海難救助を行う場合もあったが、こういった場合においては胴体側面に最大4つ装着可能な増槽を利用することが多い。


 ホバリング性能と重心点の変化を最小限に、積載力を犠牲に航続距離を伸ばしたいためだ。

 機雷掃討や救助のために貨物エリアは空けておく必要性があるので貨物エリアに追加燃料タンクは装備しない。


 一方で長距離を飛行するだけならばスタブ翼と増槽+貨物エリアの追加燃料タンクが活用される。

 水平飛行能力を高め、航続距離を伸ばしたいがためだ。

 ホバリング性能が犠牲になる分、飛行可能距離は伸びる。


 これに対して電子偵察型は機首前方に電子妨害機を装着するため、重心点が前よりに変化するので貨物エリアへの追加燃料タンクと、重心点を下げるためにスポンソンのような構造物を追加した上で装着する増槽が活用された。


 ホバリング性能の維持をしつつ長時間飛行する必要性があり、かつ胴体側面に複数装着する増槽は水平飛行速度の低下や運動性の低下を引き起こすためだという。


 正直ここまでやる必要性があるのかって話だが、汎用ヘリコプターとはこういうものだというヤクチアなりの設計思想が垣間見える部分である。


 まあこの思想を発展させた先にあるMi-24なんかは実質的な失敗作だったりするのだが……

 Mi-8の汎用ヘリコプターとしての性格と特長は間違っていない。


 特に俺はヤクチアのヘリで標準装備となっている後部ハッチについては俺がやり直す直前頃には西側も積極的に導入していった様子から非常に強い拘りがあった。


 皇国で運用するヘリコプターは完全な戦闘ヘリを除いてすべて後部ハッチを備えていたい。

 

 ゆえに仮にUH-60相当の機体を茅場とシコルスキーの共同出資企業たるKYBシコルスキー社でもって開発する上では、後部ハッチを設けた上で最大航続距離2000kmを確保できるようにしたいのだ。


 その場合は機体の大型化も必要で全長19mほどにはなるとは思うが……

 皇国海軍どころかNUPすら積極的に大量購入しうる機体にはなるはず。


「――おい、おい。聞いているのか!」

「えっ、あっ、はい!」

「疲れているならまた今度の話にするぞ」

「す、すみません……少々考え事をしていました。それで、依頼の話でしたよね」

「そうだ。1つは正直言って現状でどうにかできるのか私にはわからぬものだが……ヘリコプターについてだ」


 やはりヘリか。

 まあ元々スーパーアンビュラスなんて名づけられている方よりもさらに大型のものを陸軍ですら所望していたんだ。


 4000馬力以上必要な重輸送大型ヘリなだけに、しばらくの間は実現不可能だと言ったのに、Cs-2の件でそれを3発エンジンにすれば5000馬力超級で目標を達成可能だとでも言う気なのか。


 そんな馬力に耐えられるギアボックスが作れるならやってみろと言いたい。

 作れたとしても重過ぎてヘリコプターに採用できるものではないはずだ。


 西条が改めて求めても勇気をもって断ろう。

 今可能なのは1800馬力級×2の双発機まで。

 三発式は不可能なのだと。


「さらなる新型機をお求めですか」

「違う。既存の機体の問題だ」

「既存の……?」


 想定外の言葉に頭の中が真っ白になる。

 既存の機体に何が問題があったのか想像がつかない。

 まさか航続距離か。


「ああ。あれを最近は国内でも飛ばしているのはお前も承知の通りのはず。実はこの間、議事堂付近で飛ばしていたところ苦情が来た。あまりにもプロペラ音が煩すぎると」

「どなたからです。その程度の苦情ならば作戦運用の一環なのだからと一定の階級の者であればそれを盾に押し殺せるのでは?」

「押し殺せるような者であればわざわざ相談などすまい? わかるな?」


 あっ……そういうことですか。

 つまり議事堂の裏手あたりにいらっしゃるお方からの苦情と……


「千葉からの帰りに浦安を経由して日比谷方面から議事堂の真上を通過したのは失敗だった。当日は急いでいたのだ。いつもならばそれを気にして芝浦方面から遠回りしてきていたのに……配慮が足らなかった」


 西条の表情を読み取るに、陛下ご本人から苦言を呈されたのは間違いない。

 俺も結構前からロ号の音は俺の知る一般的なヘリよりもやかましい印象は抱いていた。


 日比谷から飛べばそれはもう推定90デシベル以上の爆音が陛下の耳元まで届く可能性は十分にある。


 問題はどう言う表現をされたかだな。

 それによって優先度合いが決まる。


「それで陛下はどう述べられたのです。そのご様子では直接なにか申されたのではないのですか?」

「ああ……うむ。婉曲的な表現ではあったよ。西条くんも西へ東へと移動せねばならぬほど忙しいので近辺を飛ぶのも致し方ないことなのだろう――とは。その上で同じタービンエンジンなのだから、調布近辺で飛んでいる新世代実験機ほどとは言わずとも、それに匹敵するように静かならば皇居内の野鳥も慌てて逃げ出して周囲をザワつかせる事もないだろう――との事だ」

「つまり、どちらかと言えば陛下ご本人よりもその周辺の方からの苦情と捉えてよろしい感じですかね」

「陛下はこのような事でいちいち私を呼びつけて激怒したりはせんよ。ご本人としても思うところはあったのだとは思うが、今の状況下を理解せずに述べるようなお方ではない。技術的解決が可能ならばその方が軍に向けられる周囲の視線もやわらかくなるだろうといったような表現をされていた」


 なんとなく理解できた。

 おそらく陛下自身は我慢できる程度ではあったが、周囲が陛下の体面というものを気にして苦情を陛下に申し入れたに違いない。


 まあ、あの方の頭上をあたかも飛んでいるように錯覚するほどの音だから、「何たる無礼な真似を!」――なーんて言う者もいて不思議ではないか。


 その上でそういう輩からも変な目でみられないよう配慮すれば、より陸軍の評価が向上して敵が少なくなるだろうからやってみてほしいと頼んだのだろうか。


 ……というか、陛下は研三をご覧になられていたのか。

 そうでないとおかしいような比較をされているじゃないか。


「ヘリローターというのだったか。あれについてだが……現時点で静穏化できるものなのか?」

「可能ですよ。重量増大や整備性悪化を招くので現時点ではやる気が無かったんですがね。製造コストの増大も間違いなく起きるでしょうし」

「軍用はまあ我慢できるとしよう。民生利用も加味した本土内運用の機体は静穏化しておきたい。でなければ飛行ルートに制限を加えられたりなんだりと運用面で不利益が生ずる。どれほど静穏化できる見込みだ?」

「私の作った、レシプロ機としては非常にプロペラ音が静かな部類であると述べられる百式シリーズと同等かあるいはソレより若干静かなぐらいには」

「本当か!」

「理想値の話なので試してみないことには絶対とは言い切れませんが、未来の流体力学を最大限に活かせば可能です」

「頼む。芝浦への迂回をすると10分~15分ほど余計に時間がかかる。その時間も惜しいのだ」

「かしこまりました。それで……もう1つの依頼はなんです。自分は電鉄関係と予想してますが」

「その通りだ。長島大臣を通して鉄道省より正式に依頼がかかっている」


 だろうな。

 現状で110km出すにあたっては今の皇国で主流の吊り掛け駆動だと振動その他が半端ではなく、線路へ与えるダメージも大きい。


 新聞を読んだ時点で呼び出しを受けるのは時間の問題だとは思っていた。


「――といっても、実はお前を実際にご指名だったのは長島大臣はおろか鉄道省の者でもなかったりするのだがな」

「なんですって? どういうことです」

「海軍だよ。本件には海軍も1枚噛んでいる。我々と同じく海軍も鉄道輸送において石炭不足を理由に輸送遅延が生じていて、優先度を物資に振り分けた結果、人員輸送に大きな影響をきたしているのだ」

「それで電鉄の魅力に改めて気づいた上で、宮本司令がとりあえず技術的困難が生じているならば私に任せればいいだとか言われたのですか」


 こんな時に俺を指名するなんて彼ぐらいじゃないのか。

 もはや宮本司令なんかは困ったら俺に頼めばいいとか本気で考えてそうだし。


「いや違う。当初は海軍だけでどうにかしようと考えていたらしい……海軍の技術者で対応可能な技術者がいたらしいのだ。ところがその人間が技研に恐らく自分と同等かそれ以上に振動学について詳しい者がいると主張したのだ。彼は深山改と連山の翼の設計を見て追試等を行った者だそうだが、例の新型爆撃機二種のエンジン配置については自分の理解を大きく超えた発想であり、それを設計した人間は間違いなく本件において必要な人材だと述べたらしい。結局面子もあって表向き海軍側からこちらに頼むことはしなかったが、その話から宮本らは即座にお前のことだと理解し、その上でその者の意見を汲み取って長島らに頼んで呼び寄せてもらうよう取り計らったのだ」


 なるほど。

 宮本司令が何も考えなく反射的に頼んだのかと思えば違ったのか。


 俺は彼一人だけで十分だとも思っていたが……


 確か試作車両の投入は2602年を目指すだとか、こちらに向かうまでに耳に入ってきた街中で流れるラジオのニュース内にて述べていたっけ。


 急ぎを要するために俺が求められたのかもしれない。


 恐らく海軍は2602年以降の輸送需要の急増を見込んで人員輸送についてはすべて電車にしてしまいたいんだ。


 だから俺の予想では2603年までには神戸~広島間の電化を、2604年までには下関までの電化をしたいのだと考えているように思う。


 神戸~広島間ならば今から手を打てば2年で電化は可能。

 同時に米原から大阪までの東海道線の電化も急がせれば名古屋~広島までの十分な人員輸送能力を確保できることになる。


 そこにとにかく速達性のある輸送手段が欲しいに違いない。

 だから国鉄などと相談の上で110kmという数字が出てきたんじゃあないか。


 現段階の台車技術でも何とかなりそうな数字を……

 非現実的ではない無難な数字を。


 ならば俺は……さらに上を行くッ!


「首相。台車の件ですが受けたいと思います。その上で条件というか、お願いが1つあるのですが」

「私でどうにかできることならば話を聞こう」

「鉄道運転規則の600m条項を現行の600mから700m~800mに変更していただきたい。その上で私は、2603年までに140km/h運行を達成させてみせます!」

「140km/h……だとぉ!? 馬鹿なっ! 現時点で我が国が関与し運行する鉄道の中で最速だぞ! それを狭軌でやるというのか!」


 思わず西条ですら椅子に座ったまま後ずさりしてしまうほどインパクトがある数字だった。

 現時点で狭軌最速の120km運行をさらに超える140kmという数字は、実現すれば狭軌にて世界最速である。


 現状の国鉄の特急電車の最高速から45km/hも増やすというのだ。


 ただし、それを達成する上で邪魔になる要素の排除が必要だった。

 俺はそれを説明しながら700m~800mとしたい根拠を述べる――

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