第160話:航空技術者は古き血統を紡ぐ(後編)
久々に心を弾ませる有意義な朝食の時間をすごした俺はそのまま立川から参謀本部へと向かった。
なぜ開発が遅れているのか……その真相を知らねばならない。
不安が募って仕方ない。
この期に及んで100mm程度の戦車砲の採用の圧力をかけてくる人間はもういないはずだ。
以前こそ長10cm砲でもいいのではないかといった声は上層部にあったものの、算定具及び照準具が長10cm砲に全く対応できないことと合わせ、この算定具及び照準具の性能の高さを十分に理解してもらえてからは一丸となって120mm……もとい12cm砲の開発を行えていたはず。
一体何が不調だというのだ。
本来の未来における三式十二糎高射砲はすでに試射の段階まで進んでいたのに。
◇
西条の執務室近くの扉の前にまでやってきた俺はすぐさま扉を開けようとするが、室内から声が聞こえて一旦立ち止まる。
なにやら誰かと協議中である様子だったが、扉が少しだけ開いていたことで中での話し声はハッキリと聞こえてきた。
「首相。ほんまに今一度考えていただけませんか。これが最後の機会かもしれんのです。この機を逃すと二度と取り返せなくなってしまうやもしれません。但馬の畜産に皇国の食肉産業の全てがかかっとるんです! 本当に瀬戸際なんですわ!」
この周辺じゃ聞きなれないイントネーション……近畿方面での方言か。
但馬ということは旧播磨にして現兵庫の但馬地方のことでいいのだろうか。
つくづく思うのは、この頃の西の方面の一部の人らは会話における敬語が達者ではないなということだ。
今西条と語っている人物も敬う気持ちはあるのだろうけれど、相手の感情を逆撫でしかねないような言葉遣いではある。
俺の話の前に西条の感情をあまり高揚させてほしくないのだが……
「仰りたいことは理解できる。ただな、周囲を説得するのがこれほど難しい話もない。私とて国の全てに通用する人間などではないのでな」
「重々承知です。しかし、このまま行くと皇国の畜産は……」
「すぐに返事は出来ないかもしれんが、検討はさせていただこう。この資料は預からせてもらうぞ」
「頼んます! ほんま首相しかおらんのです! 農商務省のお役人さんはこの価値と畜産についてよう理解しとらんのですわ! 田尻号は本当に凄い子なんです! どうか我々に人員と予算と機会を!」
幾度となく床が軋む音は西条に向けて嘆願していた男が何度もペコペコ頭を下げてその重心移動によって生じたものだろう。
4回か5回は頭を下げたと思わしき後で、その男は部屋から出てくるとこちらには目もくれず足早に立ち去っていった。
去り際に「汽車の時間に遅れてしまう」――といったような小言が聞こえてきたような気がしたが、かなり無茶な予定を組んで遥々東京までやってきた様子だった。
現状だとほぼ丸1日かかるものな。
将来的には半日以内に縮めたいところだが……
彼が果たしてその時代まで生きているのかはわからない。
さて、今は誰もいない様子だしとりあえず執務室へと入るか。
「――失礼します!」
「む。今日は客人の多い日だな。どうした」
中に入ると西条は分厚い封筒から資料らしきものを取り出し、中身を確認している最中であった。
ややタイミングを見誤ったかもしれない。
「戦車砲について伺おうと思っていたのですが……それよりも気になる話も耳に入ってきまして……先ほどのは一体?」
「ああ……牛だ」
「牛?」
「私も知らなかったことなのだがな、とっくに滅びたと思われていた純国産の血統が僅かながらに生きながらえているらしい。その中でも特に優秀な血を宿しているらしい種馬ならぬ種牛がいるというのだ。田尻号というらしい。といってもまだ生まれて2年ほど。どうして現時点でそう言いきれるのかわからなんだが……その牛を活用して国産牛……すなわち皇国牛、もとい神戸ビーフを復活させたいというのだ」
「なるほど……」
「といってもな、資料の説明書きは妄想の類と疑われても仕方がない内容だ。農商務省の役人が前向きに検討していても議会に議題として出すことができなかったのは少しばかり目を通せば理解できる。舌の上に乗せると溶け出すだの、歯がなくとも噛み切れるだの、そんな牛肉存在するというのか?」
無論そんな特上肉なんて味わったことはない。
それだけではなく、そもそもそんな肉があるという話も聞かない。
しかし父親などからかつての牛は凄かったということだけは聞いたことがある。
そもそもが――
「自分のような身分ではあるわけがないのですが、首相ならば一度は神戸ビーフというものを味わったことがあるのでは? それらが資料内の記述に近しい特長などを有していたりはしなかったのですか?」
「神戸ビーフは確かに一度以上は口にしたことがある。だが美味ではあるがここに書き込まれたほどのものでもない。といっても、年老いた将校らは年々味が落ちてきていたが、かつては凄かったのだと語っていたのは記憶に残ってはいるのだがな……一体どれほどの者がそれを知っているというのやら」
「うっ……」
「どうした?」
「いや、何か首相のフレーズから記憶の片隅に放り込んだ情報を思い出しかけていて……」
「何か重要な情報なんだな?」
「……恐らくは」
少しずつだがボンヤリと記憶が呼び起こされてきていた。
皇国牛。
かつてその牛の肉質の中でも特上といわれたのは、旧播磨は但馬周辺で肥育された但馬牛などと呼ばれた牛達であった。
まだ皇国が封建社会真っ只中で開国すらしていなかった頃から、この地方では全国各地から上質な血統の牛を集めてきて育てていたのだ。
その中でも特に有名な人物が1名いるらしいのだが、その者が育ててきた血統が開国後の国外の血統と混ざり合うことなく生きながらえさせていたのだという。
その数四頭。
それは粗悪な国外の血統と混ぜ合わせた事で体格こそ良くなった一方で肉質が堅すぎて噛むと歯が抜けると言われ、体格ばかり気にして肉質の向上を考えなかった当時の皇国政府による政策の失敗を挽回する最初で最後の機会だったという。
この四頭は隔絶された但馬の奥地で外部の牛と一切交配されなかった純血の四頭。
そこから純粋な皇国牛を取り戻そうと活動し、中でも特に良質な牝牛から1頭の雄と8頭の雌が2年ほど前に誕生していたが……その1頭の雄の名前こそが「田尻号」だったはず。
田尻号がどうしてそこまで優秀な雄牛とされたのかはよくわからないが……特に優秀な牛とされたかつての牛達と体格や性格などが似通っていたという。
但馬の畜産農家は牛を運動させた後に足などをマッサージして肉質を良くすることが日常化しており、とにかく牛を大切に扱ったことは俺でも知っている話ではあるが……
その日常的なマッサージ行為の長年の積み重ねは、触れただけでその牛が美味かどうかを見分けることが出来る程の領域にまで到達するとのことだ。
わずか2歳でまだ交配すら可能となっていない雄牛にそれだけ期待がされるというのは、彼らからしても自信を持って胸を張れるような肉質を持つからなのだろう。
そうだ、思い出したぞ。
本来の未来でも彼らは皇国牛の復活のためにとにかく手を尽くしたんだ。
食糧難で次々に牛が殺処分される中、彼らは僅か8頭いたうちの4頭を生きながらえさせることに失敗したが、田尻号と4頭の牛はどうにかして2605年まで維持することに成功していた。
一体どれだけの人間がその活動に力添えしたのか想像に難しくない。
犬だろうが猫だろうが食えればヨシとばかりに大量に殺処分され、上野動物園のような場所も動物をことごとく毒殺するほど余裕がなかった時代……
ともすると牛のための飼料をくださいなどとお願いすれば石を投げられるか、ヘタすればそこに牛がいることが判明して食料を目的に狙われる可能性すらある。
そんな中で最重要たる田尻号を生存させた努力は決して並大抵ものでは成し遂げられない苦難であったことだろう。
だが、俺の記憶が確かなら、その努力も数年ですぐに無に帰した。
ヤクチアがそんなものを残すわけがない。
「なにぃ!? 皇国の純血統だと? すぐに殺せ! 反乱因子となりうる!」
――ウラジミールがこのように部下に命じたかは定かではないが、田尻号は残念ながら食糧難を理由とした殺処分とされた。
おかげで皇国の血統は潰え、皇国牛は全滅した。
だがその時の肉は地元で食されたというが、肉を舌にのせるととろけるほどであり、その美味さは天へむけて「美味いぞ!」――と叫びたくなるほどであったという。
間違いなく彼らが主張していたかつて伝説と称された神戸ビーフはそこにあったのだ。
永遠にその機会を失ったが、可能性はあった。
後の時代において研究者が雑誌にこのような言葉を書き記していたことを覚えている。
「――あの時の田尻号と牝牛が生き残っていれば、後は努力次第で皇国牛は復活できた――」
――雑誌内においてはそれ以上の言葉は何もなかったものの、俺にはその後ろに続く文章がはっきりと見えた。
――世界にも轟く皇国牛の存在を永久に葬り、単なる伝説として語られるだけの架空の話としてしまったのは我々の意思ではない――
そのような言葉がなぜか俺には見えたのだ。
そう考えると確かに先ほど訪れていた人物が言うようにこれが最後の機会かもしれない。
俺は食べたことすらないが、西条が見ている資料が偽りないものであることはわかる。
今の状況なら復活させられる可能性は高い。
優秀な血統を残す上で重要な精子の冷凍化については後7年で王立国家によって見出される。
NUPにおける冷凍保存成功の研究報告を見ていた王立国家の研究者は、鶏卵による冷凍精子を用いた人工授精を追試したのだ。
すでに1世紀近くも前から品種改良において精子の冷凍保存技術については研究されていた。
しかしそれらは冷凍化すると死んでしまうのでまるで受精には成功しない。
NUPのシャフナー博士は一連の研究の中、様々な希釈溶液を用いて精子の冷凍保存を試みた結果、偶然にも冷凍保存に成功し、顕微鏡単位で精子の生存を確認したのである。
問題はその人工授精に成功しなかったことだが……王立国家の研究チームは追試という形で冷凍保存そのものが本当に技術として成立するのかどうかを確かめようとしたのであった。
この時、すでに諸外国では失敗するので「冷凍保存」という考え方自体が生物学的にも科学的にも間違っていると否定的だったのだが……
なんと彼らは幾度もの失敗の後、ついに成功してしまうのであった。
それは本当に偶然だった。
彼らは従来までの保存方法であった約5度の低温における冷蔵保存法の長期化を目指して研究中であったグリセリンを用いた希釈溶液を誤って冷凍に使ってしまったのだ。
この時の保存法による保存期間は最大6日程度。
その溶液として研究中であったグリセリンを本来なら別の溶液で希釈して冷凍するところをそのまま使ってしまったところ……なんと冷凍保存に成功するのである。
しかも人工授精にも成功するのだ。
この結果、彼らは後の畜産農業において"革命"と称される精子の冷凍保存法を確立するに至る。
動物種ごとに溶液や冷凍方法の調整が必要だったことが判明すると、鶏卵での成果を基に様々な畜産動物にも手を伸ばし……
鶏卵で成功した際にはまだ研究者として無名であったポルジ博士は、2612年、ついに牛の精子の冷凍保存に成功し、学会でその手法を公表するのだ。
一連の研究の一切を包み隠さず、西側どころか東側にも公開した理由は1つだった。
あの大戦で世界が食糧危機を向かえる中、良質かつ優れた食料を大量供給するにあたり、長年冷凍保存法は求められてきた技術。
王立国家だけが独占してユーグが再び戦乱の地となることも嫌だっただけでなく、あの戦を乗り越えて生存した一人の人間としてこれ以上、戦争の後遺症とも言える事象によって人が飢えて死ぬことを許せなかったのだ。
俺が見た雑誌はまさにその発表に対して後の時代にかつて皇国と呼ばれた地域の研究者が乗せた論文における一部の記述であったのだが、そこには「この技術が伝わった2612年までにあの但馬牛がいればどうなっていたか」――といったような記述が見られた。
あの頃と状況は変わらないとは思われるが、赤く染まらぬならば王立国家との敵対可能性は低い。
2612年の発見と同時に即時手に入れられる技術の可能性は高い。
俺には必要なグリセリン溶液の組成などがわからないので再現はできないのだが……2612年ならば田尻号は年齢的にまだギリギリ種牛として現役のはず。
後は畜産農家のやり方次第。
俺は食べたい。
本物の神戸ビーフを。
舌に乗せると溶けると言われる皇国牛を。
そんなものがあるなら、1月に1度はそのために高級料理店へ行こう。
彼らの努力に対する正当な対価を支払おう。
今しかないというなら……やるべきだ。
「……やりましょう首相。田尻号による皇国牛の復活。そのための予算と人員を用意するんです」
「といってもなあ……この資料には復活するまで20年の歳月を要すると書いてある。20年だぞ。復活した頃に食事として出されても、ほぼ間違いなく仏壇へのお供え物だろうが。遺影の目の前に置かれている姿が容易に浮かぶ。私が直接口にすることなど無いに等しい」
「冷凍法を皇国内で自力で生み出すことができれば早める事は可能です。それに……」
「なんだ?」
「20年は完全復活だと思われますから、10年以内に関係者に振舞う程度の数は揃うはず。10年の我慢をすれば夢の神戸ビーフとやらも現実となるやもしれません」
「ああもう……いいか信濃、最近の私が影でなんと呼ばれているか知っているか?」
「いえ?」
「将軍綱吉以来の"生き物好き大臣"だ。これ以上の皮肉はない。生き物と物好きをかけて皮肉っている。2600年の万博によって生じたハチ公の機運による皇国犬の血統保護からはじまり、馬、鳥……そして今度は牛か。動物は嫌いではないが後の時代でなんと言われるやら。そのうち生類憐みの令も出すに違いないなどと噂されているのに」
「今の時代で笑われても、後の時代では高く評価されるやもしれません」
この後にゲーリングのようにと言葉を続けたかったが、睨まれそうであるし皇国牛に関する予算の取り付けに失敗するかもしれないので言葉は伏せた。
一見して悪政に見えるかもしれない行動は今の時代の人間には評価できないことはある。
後々で振り返ってみて正しかったとされる行動なんて政治ではよくあること。
その時代において正しいと呼べる行動なんてそうそうあるものじゃない。
「よしわかった。じゃあこうしよう。私はお前の若さ溢れる熱い説得を受けて彼らの要望を通すことに決めた。そういう風にする。こうすれば最終責任は私でも、私の一存だけで決めたことにはならん。お前の名前を議会へ提出する企画書にもデカデカと書いてやる」
「はあ……別に構いませんが」
「もしこの壮大な計画に狂いが生じたら、後の時代に笑われるのは私以上にお前になるかもしれないんだぞ」
「あくまで個人の考えに過ぎぬ意見ではありますが……伝統産業、伝統工芸……これらは国家の根幹を成す王立語でいうアイデンティティともいうべき部分です。いわば国家という存在が守らねばならない個性そのものと考えます。文化も血統も一定程度保護していなければ国家としての威厳は潰え、いずれ滅びの道を辿ります。純血統……いいじゃないですか。かつては国外の人間の舌すら唸らされた一大銘柄こそ神戸ビーフなのでしょう?」
「確かに反論の余地の全く無い正論ではあるが……それで自らの実績に唯一の汚点をつけることとなってもか」
「それより自分は本物の牛肉とやらを一度食してみたいので、構いませんよ」
「ぬっ……意外と肝が据わっているな。ならばそれで話を進めるからな。……で、本題はなんだ? このために来たわけではなかったはずだ」
「ええ、実は――」
◇
「ああ、戦車砲の話か」
「なぜ遅れてるんです。本来ならばすでに試射段階だったはずなんですが」
「海軍が全体設計を見て改良点があるといって改良を施している。主に閉鎖機をな」
なんだって?
特に欠陥らしい欠陥なんて閉鎖機にあったように思えない。
何が気に入らなかったんだ、海軍は。
「そう青ざめるな。より高性能になる改良だ。装薬を増やすというのだよ。砲身は我々が開発していた頃よりも頑丈かつ精度の優れたものに仕上げることが出来るようになったのだ。海軍が八九式十二糎七高角砲の改良案として開発された仮称試製一式十二糎七高角砲の基礎技術を土台に、我が方の戦車砲において反動を受け止める戦車の重量に若干の余裕があることから、増装薬化し、これを常装とすることにしたのだ」
「つまり、発射初速が若干向上する……ということですか?」
「計算が確かならば900m/sに匹敵するらしい。895m/sぐらい出るそうだ」
「なんと……」
895m/sってことは現状から40m/sも向上したのか。
そいつは凄い。
王立国家からAPDS-T弾頭の技術を貰えれば1000m/sを越せるのでは?
「もう1つ朗報がある。海軍は本砲の優秀さを理解して高角砲としての採用を決定した。対空砲として活用するということだ。算定具と照準具の性能は彼らも大変良く理解していた。我々が彼らに先駆けて開発に成功していたことに驚きを隠せていない様子ではあったが……」
「自分も未だに誰が照準具を作ったのか知りませんしね。陸軍の七不思議の1つですよ」
「重要なのはここからだ。彼らはその高角砲……つまりは新型戦車砲を活用して自らの陸戦隊で主に採用を予定している新型戦闘車両のデータもこちらに渡してくれた。かなり強引な手法に思えるが……今後もてあますであろうチハを流用した自走砲だ」
西条はそういって机の中から取り出した写真をこちらに向けて掲示してくれた。
これは……十二糎自走砲じゃないか。
十二糎自走砲なのは間違いないが、砲関連の構造がまるで違う。
信じられないことだが、チハの上に三式高射砲のようなものが乗っかっている!?
「砲身などはいわゆる模造品で仮設したものだが、反動制御の影響でそのまま載せても十分命中するというのでな……装甲を被せない状態ならギリギリ動かせる重量に押しとどまるということで陸戦隊で採用するらしい。我々もこれを砂漠戦に投入できるか検討しているが……間に合わなければ四十五口径十年式十二糎高角砲をチハの車体に乗せて自走砲とする」
「これほどまでに剥き出しだと怖いですね」
「十年式十二糎高角砲ならばそうだが、新型戦車砲は元々高射砲だ。遠隔操作で砲撃できる。装填は自動装填で18発まで撃てる」
「そうか……そうでしたね!」
「砲撃の嵐の中で使うのは厳しいが、ある程度の遠距離ならば十分な戦力となろう」
「確かに。戦車砲がこのまま完成すれば撃角30度にて1000mから200mmを貫通できるかもしれませんし、威力としては十分」
「まあ2年以内に投入できるかどうかはわからんがな。優先は戦車だ。このような急造兵器ではない」
「確かに……」
上げて落としてくるとは、何か希望の光のようなものが見えたのに……
「十年式十二糎高角砲タイプはすでに海軍が開発に成功している。我々も近く改造に手を出して砂漠へ送り込む予定だ。果たして活躍できるかは未知数だが……何もしないよりはマシだ」
「それは間違いないです。それで、戦車砲はいつごろまでに間に合いそうですか?」
「8月までには間に合う。後は弾頭開発を進めなければな。王立国家から入手した仮帽付被帽付徹甲弾などの弾頭を自国で生産できなければなるまい。徹甲榴弾だけでは話にならん」
「砲弾関連の開発を行っている研究所へ向けては、私はHEAT弾の飛翔中の回転を抑制する展開翼に関する基礎技術を渡したはずなのですが、開発は進んでいないのですか?」
「試射できる環境が整っていないので試しようがないのだ。開発自体はやっている。まずは8.8cm用で作れと命じたのだが、量産に難があるので8.8cm用は作らんそうだ。一気に12cm砲で採用せなばならんほど我が軍の生産力に余裕は無いということだ」
「そうですか……」
「今は耐える時だ。被害を最小限にしつつ出来ることをやる他ない」
「ええ」
一番苦しいのは俺以上に西条ら上層部なんだ。
俺がここで彼らに対して批判できることなど1つもない。
強いて言うならチハの後継機を作るはずであった戦車開発関係の人間は、なぜ早々に白旗を揚げて開発母体を畳んだのかということだけは批判したいが……
塞翁が馬、結果的にあの戦車が生まれる道筋が生まれたのだとすれば何もいう事は出来ないな。
可能な限り大量に生産。
可能な限り大量に配備。
それさえできれば戦況を覆せるのは間違いない。
今は皇国の職人魂を信じて耐えて待つしかないんだ。
8年後。
まだまだ老いを感じさせないかつての皇国の総理大臣は、自らの誕生の日にて少しずつではあるが復活しつつある皇国牛を味わうことになる。
振舞われた牛は残念ながら規格落ちしたために食肉加工されたものであったのだが……
その肉質はほぼ伝承で語られた真の神戸ビーフそのものであり、かつて皇国の長として大戦中に首相の座でありつづけた男が舌に乗せた瞬間、ゆっくりとその脂は溶け出していった。
それからさらに12年の月日を経て、後の世にて世界に轟く皇国牛は完全復活を遂げるのであった。
皇国牛の再興に精力的だった島根の島根牛や滋賀の近江牛などから徐々に復活の兆しを見せた皇国の純血統は、三重、茨城、鹿児島などへと広がりを見せ、最終的に皇国牛として規格化されるのである。それらの血統の99.5%が田尻号を祖としていた。