第160話:航空技術者は古き血統を紡ぐ(前編)
「む……ついに来たかッ!」
皇暦2601年7月11日。
千葉にて新型戦闘車両を見学した翌日の朝。
食堂で朝食がてら新聞を広げていた俺は、新型戦闘車両にも大いに関係する一面記事に感情の高ぶりを隠すことができなかった。
内容は下記のように記載されており、特集記事すら組まれている。
皇国の工業面に大きな影響を与えたのは間違いない。
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『G.Iがトレインリサーチ社を買収、完全子会社化。背後に皇国陸軍との技術交換か』
去る2601年7月7日。
京芝の親会社ともいえるG.Iが路面電車や地下鉄用の汎用制御システムの開発元であるトレインリサーチ社の買収を発表した。
これに先立ち、皇国国内ではトレインリサーチ社がパテント管理を行うPCCシステムを含めた一連のG.Iが関与する技術が無償化され、国内での利用に限り指定した常陸、京芝、冨士電機の三社において自由利用が認められる旨も併せて発表された。
背景にはG.Iと皇国陸軍技術系の研究所との新鋭技術取引があったとも噂されるが、定かではない。
G.Iは本件におけるコメントは企業秘密として一切受け付ける予定は無いとしており、情報公開に関して口を閉ざしたことになる。
このところ全国の電鉄運行会社が注目するPCCシステムに関しては、2年ほど前から皇国陸軍が新鋭戦車に投入することを検討し、各地から技術者を集めて開発が行われていた。
一連の新鋭戦車についての実態は公表されていないものの、量産計画はすでに立ち上がり、全面的な採用に至ったと有識者の間では目下噂され、皇国陸軍内ではついにこれまでの常識では考えられないような超重量級大型戦車の開発に成功したと一部では語られている。
これに鑑み、PCCシステムに関するライセンス料が極めて高額であることが一部の専門家などの間で問題視されていたが、大量生産を行うにあたり決着をつけた形だ。
PCCシステムを管理しているトレインリサーチ社については、かねてよりG.Iなどがその高額すぎるライセンス料が仇となり、せっかくの高性能高機能機構が中々世に普及、浸透していかないことに強い不満をもっていたとされる。
これにはPCCシステム関係に関わる他の製造メーカーの多くもG.Iに全面的に支持し、同意する意思があったとされ、ライセンス料の引き下げ交渉などがNUP本国で行われていたようだ。
今回の買収はこの高額なライセンスをその管理企業ごと技術そのものを買収することにより、ライセンス関係における諸所の問題を見つめなおし、大量受注並びに大量生産に漕ぎ着けて収益性を確保する新たなビジネスモデルの構築を狙うG.Iの経営戦略が影響したと思われる。
特に注目されるのは、G.Iの発表によるとライセンス無償化を認める皇国系の企業の三社の中に事実上の子会社といえなくも無い京芝を筆頭に、冨士電機の名前が列挙されていたことだ。
冨士電機は第三帝国系の企業であるため、敵性国家企業として監視対象にあり、国家総動員法施行後の戦時体制によって第三帝国企業たるS.S社とは既に隔絶された状況の中、さしあたって行える業務などなく経営赤字に苦しんでいたため、冨士電機にとっては朗報も朗報である。
昨日行われた冨士電機の報道者へ向けた記者発表においては、社長が時折涙を拭いながらも新事業として電鉄関係など大型事業により注力していく今後の経営構想を発表していたが、下がり続きで下げ止まりする様子がみられなかった株価も今後は反発が予想される。
なお、ウィルソンCEOはライセンス無償化対象企業に冨士電機を入れたことについては「抵抗器というのは元を正せばどちらもエジソンでの技術であるからして、冨士電機の成り立ちからPCCのライセンス生産を認めるに値する」などと述べているが、技術保護と技術者保護の観点による無償化だけではなさそうだ。
確かに冨士電機の親元の1つともいえる第三帝国のS.S社はこういった抵抗器などを含めて弱電、強電共にG.Iとは基礎技術においてエジソン博士で繋がりがないわけではないが、それだけで救済する理由とはならないはずである。
おそらく関係三社には公開されぬ密約のような契約が結ばれているものと推測される。
さらに本件に併せ、国鉄と近畿鉄道が新型車両の開発計画を発表した。
どちらもPCCシステムを応用した極めて高性能な鉄道車両となっており、新世代新性能電気鉄道車両の存在が明らかになった。
国鉄と近畿鉄道の新型車両については社会面にて改めて解説する。
PCCシステム。
G.Iなどを中心にNUP内におけるモータリゼーションの発展により窮地に立たされた路面電車の新たな性能獲得を目的に開発された新機軸の機構。本システムを採用することにより、優れた起動加速度を獲得し、既存の交通網に対してその優位性を示すことが可能な新型の電気式鉄道輸送車両の実現が可能となる。トレインリサーチ社は本システムだけでなく券売機や切符の規格統一化に至るまでの経営合理化手法をまとめた経営戦略パッケージ販売というものを運行会社向けに行っていた。
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……つまりこの記事を見る限りは、三社は原子力関係の契約を結んだことになる。
まあ、彼らはまだその危険性やら何やらを完全に理解していないのだから、あの世界のG.Iが全く未知の発電システムの開発に皇国企業を巻き込みたいというのだと言われれば、即座にそれを了承してしまうことは想像に難しくない。
無論、その危険性は隠してはならないことは事前に向井氏と共に彼らに条件付けしてはいるが、石炭や石油に乏しい皇国にとってそれを代替する燃料で発電できるという話は朗報に感じるので、危険性があるといわれてもガソリンや鉛程度のものだろうと思っているかもしれない。
そこは西条を通して外側から圧力をかけるしかないか。
それにしても新型車両の特集記事まであるとは、貴重なページに随分枠を裂いてくれるな。
そんなに高性能なものだろうか?
どれ、確認してみるか。
確か社会面と書いてあったな。
見てみよう。
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脅威の高速鉄道。
国鉄新型車両と近畿鉄道新型車両の開発計画発表。
G.Iのライセンス無償化発表の同日。
国鉄と近畿鉄道からは従来の電鉄を大きく凌駕する、極めて高性能な新型車両を開発中であることを明らかにした。
本車両は2599年にNUP内で開発されたブルーバードトレインを参考に、PCCシステムを応用して新鋭技術で練り固めた電気式の通勤車両となっている。
ブルーバードトレインは2599年に登場した際、その起動加速と制動速度の高さが当時世界最速の6.4km/h/sもあることが注目され、異次元の加速性能であることに世界各国が驚嘆した超高性能通勤車両である。
最高速度は75km/h弱とはなっているものの、駅間の極めて短いNUPの地下鉄車両で即座に最高速に達する未来の電鉄としてのありようを示し、これまでの皇国はその栄えある姿を遠くより眺めているだけであったところ……
このたびの無償化によってなんとそれに匹敵する車両が近く皇国にも姿を現すようだ。
国鉄側は「便宜上の数字」として「63系」と名づけた開発中の新型車両に関する情報を公開。
20mという長大な車体に片側4扉という、これまでに無いほど輸送効率に特化した意匠ながら、その胴体構造は溶接式の全鋼製。
これにより従来よりも大幅に軽量化された車体は、MT比1:1の電動車と付随車の構成で機動加速度は4.0km/h/sという脅威の加速性を誇る。
本車両の運転最高速度はブルーバードトレインを大きく凌駕する110km/hを予定しており、一部の関係者の間で「特急より早い通勤用の電鉄が誕生しようとしている」――などと噂されていた新型車両は本車であったことが明らかとなった。
運転最高速度はあくまで必要な場合における最高速度であるため、都市間の通勤輸送時において果たしてその最高速度を出せるのか疑問である部分もなくはないが、PCCが誇る起動加速性能からすれば十分に達しうる速度である。
従来までの国鉄の通勤用車両が1.0~1.5km/h/sなどという数値でしかなかったことを考えると別次元の性能といって差し支えない。
実に加速性能だけで最大で4倍もの能力を誇ることになる。
時間換算では時速100kmまで約30秒。
これまでの最高時速95km/hの国鉄車両が2分近く加速に時間をかけていたのと比較すると比べものにならない。
こういった電鉄車両はすでに30年近く経過したG.Iの抵抗制御器をベースに皇国式としたものを活用してきたわけだが、本新型車両は30年の壁を乗り越えた新たな電鉄の基盤をこれから築くことが期待される。
鉄道省によると今後は本車両をベースに片側2扉の特急用車両や、片側3扉の快速及び急行用車両の開発も検討されているという。
また、一部地域では本車両の快速運用や急行運用も検討されているとしており、これは主に関西地方を視野にいれたものと推測される。
関西地域では数年前から国鉄と私鉄とによる激しい輸送合戦が繰り広げられているが、本車両は関東地域よりも関西方面での運用を意図した性能となっている可能性が高い。
一方で関西地域もそれに軸を併せたかのような新型車両を同日に発表した。
車体長は様々な路線でも活用できるよう17m~18m級とやや短いものの、片側3扉でこちらも輸送効率を高めた仕様となっている。
最高速度は国鉄に匹敵する105km~110kmとされており、起動加速度はMT比率1:1運用で4.0で同じものの、3:2とすることで4.5m/sが可能であると称しており、どうやら加速や最高速はMT比率で変わってくるようだ。
運用時の電動車との構成を路線ごとに調節するとのことである。
こちらもPCCシステム等の一連のパッケージングを採用しているものの、台車においては扶桑工業製の新型台車を用いることを検討しているという。
特に近畿鉄道においては3年前に登場したばかりの当時「緑の弾丸」と称されたモハ1形を大きく凌駕する新型車両の発表となったが、名古屋~大神宮前間を1時間50分で結んでいた同線の直通列車にも新型車両を投入予定であり、現在の1時間50分から1時間35分に短縮される見込み。
本車両について近畿鉄道の社長よりその性能から「ジェットカー」なる愛称をすでに与えられており、同社のフラッグシップ車両の1つとなるようだ。
なお、戦車開発における開発協力企業に対してPCCシステム導入に関する補助金が国から支給される予定であったというのは以前に同紙にて取り挙げたものの、ライセンス料が無償化された現在においてどのような状況になっているかは不明だ。
一連の車両においてはブレーキと加速の両面を片手で操作する新世代形式のマスターコントローラーが導入予定となっているが……
これはNUPの地下鉄車両などで既に導入実績のあるワンハンドルマスターコントローラーと呼ばれるもので、制動と力行を1つの制御器のみで制御する極めて優秀かつ先進的な次世代の制御機器となっているのだが、こちらは別途ライセンス料の支払いなどが必要であることなどから、こういった部分で支給されるものと思われる。
加えて車両は溶接式全鋼製となっている点から従来よりも製造費用が上昇していることは容易に推察でき、PCCシステム用の補助金とは別途なんらかの補助金が支払われる予定である模様。
陸軍は2年ほど前から技術者派遣協力の見返りに鉄道運行会社並びに車両製造会社に対して十分な支援を行いたいと発表していた一方で――
――西条首相はかねてより「焼夷爆弾などの攻撃を受けた場合、既存の木材を多用した半鋼製車体は極めて脆弱であり、今後は車両の内装も含めて延焼の原因となる素材を排除した全金属製の車体しか製造を認めないよう法改正していきたい」――と、鉄道省総帥や長島鉄道大臣などと協議していたが、そのために高額化する費用についても政府が一定程度負担を軽減することは検討していたため、近畿鉄道はその負担軽減を受けて高性能車両の開発に踏み切ったものと予想される。
この近畿鉄道の動きに追随する私鉄もあるようだが、公の発表は行われていない。
今後は関東地域でも同様の動きが広がっていくことが予想される。
少なくとも関西地域については、私鉄と国鉄による人員輸送戦争とも言える戦いの火蓋が切られたことになる。
今後も各地の鉄道運行会社の動きに注目したい。
なお、同日の夜ではあるが海軍軍令部は皇国議会に姫路以降の下関間までにおける山陽本線の全線電化計画を提出。
蒸気機関車から電鉄へと移り変わる本格的な歴史的技術転換が今まさに起ころうとしているのかもしれない。
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「ひゃ……110!?」
「おっ。お前もその新聞記事を見てんのか。凄いよなあ。ただ15km最高速が上がったってだけじゃないんだぜ。加速性能4倍だろ。たまげたもんだぜ」
背後から聞きなれた声をかけて振り向くとそこには同じ新聞を脇に抱えつつおぼんを両手で抱えた中山の姿があった。
普段新聞を他人から貰い受けて読むことはあっても、自分で買うことはしない男なのだが……今朝の記事はよほど知的好奇心をかきたてられたのであろう。
読みまわしが全くされていない、シワ1つないとても綺麗な状態の新聞を抱えている様子がこちらから確認できる。
「今朝ラジオでもやってたぞ。いろいろ技術的な問題があるようだが、狭軌で現在世界最高速ともいえる120kmの特急つばめと並ぶ120kmの電鉄も開発できるかもしれないってさ。技術革新ってもんじゃない。皇国の鉄道は30年は遅れているなんていわれたが、PCCで一気に巻き返しだぜ」
「まあ、3.0km/h/s以上が当たり前になるなら、通勤用や客車列車は蒸気機関車では勝負にならず、電鉄方式が主流となるだろうな」
まるで知らぬような口ぶりだが、俺は知っている。
3.0km/h/sの鉄道とは、まさに皇国が赤の波に飲まれた後に誕生していたことを。
新宿と小田原あたりを走っていたんだ。
なんたって制御器は京芝製だからな。
そいつに使われたバーニア制御の元をたどればPCCであることも併せて知っている。
鬼の加速と称された純粋なPCCシステムが皇国で使える。
それは間違いなく10年は電車関係における皇国の技術水準を押し上げたはず。
あいつの最大の長所こそが、チョッパ制御すら霞むほどの起動加速度に他ならない。
未来の鉄道関係技術者や研究者は口を揃えてこういうほどだ。
「あれはVVVFインバーターでなければ勝てないのだ」――と。
……皇国の電車史が塗り替えられたのは間違いなかった。
こういう話は実にゾクゾクするな。
「長島大臣は200km以上の高速鉄道の話もしてたらしいが、我が軍は西条首相の声もあって国鉄が全線電鉄方式で行く背中を後押しするんだろ。俺も最初は閣下が冗談半分でそう言ってるのかと思ったが……きちんとした根拠あってのことだったんだな」
「俺の技術的理解が間違ってなければ電鉄は300km以上出せる。狭軌ではなく標準軌でなら」
「似たような話を昨日今日のラジオでも言ってたぜ。改軌についてはもう決定事項だろ。来月に提出の5ヵ年計画において、電化と合わせて既存の鉄道のほぼ全てを標準軌で統一するってな話が出てる。数年前は爆撃の問題があるから電鉄は危険だとか言われてたのが、今じゃウソのようだ」
「変電所は山の中に隠せるからな。今や我が国は深刻な石炭不足。電気は石炭以外でも確保できるのだから、電鉄に注力して有事の際を見越して蒸気機関車の余裕を確保しておきたい思惑を持つ集団と利害の一致もあって話はまとめやすかったのだろうさ」
「お前が考えたGPCSも無駄になっちまうかもなぁ」
「知らなかったのか? 俺は電鉄派だよ。GPCSはあくまで目前にある機関車の効率が悪すぎることが輸送効率の悪化を招いていて目を背けられなかっただけに過ぎない」
「そうか……まあ、戦車開発に電鉄メンバーを呼ぶぐらいだし、なんとなくわかる」
中山はからかうように笑っているが、俺は本心を述べたつもりだ。
GPCSはあの時点で効率最悪だった蒸気機関車の見直しのため。
ディーゼル車両への繋ぎであると同時に、ディーゼル車両自体を諦めさせる目的もある。
性能で追いつけないなら、性能で追いつける電気機関車にすべきではないかという議論を生ませる大局観に沿った狙いがあった。
GPCSによって今やC12などの既存の小型蒸気機関車がどんどん改造されていく現状、電車の勢いが強まれば結果的に肩身が狭くなるのはディーゼル方式。
本当に必要な区間は全て電化したい狙いがある俺にとって、一時的にでも蒸気機関車を改良するのは意義のあることだったんだ。
無論、輸送効率は軍事、経済の双方において極めて重要。
強化自体は悪いことではない。
ただ、ずっと気になっていたのはそれで電車開発の機運が鈍ると、本来の未来における電化区間が非電化のままとなったりするんじゃないかといった不安があった。
しかし、そこは電鉄関係の技師……特に鋼の意思を抱いていた技術者の嶋などがその程度で引き下がるとは思っておらず、高速鉄道の全線電車方式という餌を2599年にブラ下げておいて、彼らが前進してくることに賭けた。
西条を説得し、本来の未来において発生した火災事件を教訓に2600年以降の電車は全鋼製にしたいとも伝え、同様の思想を抱いていた彼らの開発意欲をかきたてようとした。
なんたって新聞記事に書いてある西条の言葉は、西条が俺に向けて「全鋼製を導入するにあたり、どう陸軍が納得するような言葉に置き換えるか」――と問われ、俺が考えた意見なのだ。
実際には半鋼製の車両などは空爆ではそこまで苦労してない。
変電所とは真逆の嘘である。
内部に延焼するケースは稀で、空爆の時にはすぐさま運行を停止して車両を人ごと隠して来た経緯がある。
一方で爆撃を受けると間違いなく大変なことになる全木造の客車やらなにやらは10年ほど前からほぼ置き換えられており、空爆の可能性も微塵もないような田舎ででしか運用されてない。
半鋼製を否定したいのは単純に俺の知る未来の火災事件の影響だ。
今後を考えるとヤクチアのパルチザンなどによるテロ活動で燃やされてしまうと大変なことになりかねない。
あの時はヤクチアとは逆方向の資本主義者による抵抗活動によって引き起こされたものだが……今度は赤い方面の連中がやらないとは限らない。
それ以外にも技術的利点から考えると軽量化できるなど未来を向けて技術革新していくならば、それが必要だと思ったからの提案だ。
長島大臣にもあらかじめ計画書を渡していたぐらいだ。(第85話:航空技術者は回転翼機に手を出す)
それでもやるかどうかは、実際に車両を開発する者達と周辺次第。
……間違いない。
63系の背後には嶋がいるはずだ。
彼は長距離電気式鉄道輸送というものをずっと考えてきていた。
各所に売り込みをかけつつ、政治的活動と平行しながら車両開発を行ってきていた。
本件に関わっていないはずがない。
だから110kmなんて目指すんだ。
105kmを出す電鉄がある近畿方面において国鉄が全方位で速度でも上回るための110kmだ。
既存の特急車両が95kmしか出せないのに、それよりも15kmも上回ってくる根拠はただ1つ。
私鉄には負けられない国鉄のプライドと、その背後に間違いなくいるであろう嶋の存在。
俺がもし彼ならばまずは110kmというだろう。
ともすれば120kmとも言ったかもしれない。
高速化の利点はあってもダイヤ編成で困るから最高速は統一しておきたいところ、あえて高い数値目標に設定しようと言い出す人間は国鉄内で限られている。
ただ、実際に開発する上では間違いなく"アレ"が障害となるはずだ。
恐らく近畿鉄道が台車メーカーの名前を出しておきながら国鉄側から発表がないのは……狭軌でどうにもできないあの問題……蛇行動についてどうにかしたいが現状の国産台車ではどうにもならないことを理解しているからだ。
近いうちにこちらに声がかかるかもしれない。
PCCシステムの要の1つである直角カルダン駆動となるだけでも吊り掛け駆動とは比べ物にならないぐらい蛇行動は抑制できるが、それも80km前後まで。
100kmオーバーが簡単ならNUPでもやってる。
NUPから渡って来た台車技術だけではさして大きな進化はしない。
揺れは抑制できない。
やるなら俺だけでなく"彼"の力が必要になるが……110kmどころか200km……いや、300kmを目指すならば絶対に避けては通れぬ道。
こちらから声をかけることも念頭に入れて行動しよう。
さて、まずは朝食を片付けて参謀本部へ向かわねば。
戦車砲の開発遅れの原因を探らねばなるまい。
「ば、バカな……き、君はラビットカーだろ……!? 違うのか!?」
「……違うな。……俺は、ジェットカーだ!! いちいち説明するのもめんどうだ……てめえで勝手に想像しろ……」