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第19話:航空技術者はエンジン改良に挑戦する1

 ――いい音だ! このエンジンは当たりだぜェ!――

 ――どうだ? よく回るだろお?――

 ――カーチスなんぞ屁でもないやら!――


 立川の発動機試験場によるハ43の実証試験を見学しにきていた俺にふとそんな言葉が頭をよぎった。


 なぜかとても好きな映画のワンシーンだ。

 そうさ……皇国もカーチスにこう言わねばならん。


 R3350に真正面からこう言えなければ俺達に勝機はない。


「……何馬力出てる?」

「1660です! まだまだ回りますよ!」

「ハ33の信頼性をそのままに1660出るんだな? 現状で」

「ええ。信頼性確保のために無茶なことは一切しなかったと四菱が言ってました。みてくださいこの連続稼動時間の記録。すごいですよ。ハ33とまるで変わらずに1.3倍になってます」


 桜が散り、夏へと歩み始めた5月中旬。


 ついに俺が四菱に求めたハ43の試製1号機が立川に持ち込まれた。


 自信満々の四菱の技術者が用意したハ43は稼動試験においてハ33に劣らないばかりか、さらに信頼性をあげた状態で我々の前に現れた。


 俺が見学に来る前に陸軍将校の多くがこの稼動試験を見に来たと言うが、中には目から熱いものを流して人目を憚らず男泣きする者もいたという。


 その将校は去り際にこう口にしたという。


 "我々にだって重戦闘機ぐらい作れるのだ――"と。


 元来は陸軍が諦めるしかなかった存在にいよいよ手を伸ばし始めたことを、現場に赴かねばならない指揮官達も感じ取りはじめたのだろう。


 それまで陸軍はずっとエンジン性能に泣いてきた。


 "これが我が国の飛行機だ!"――と泣き叫ぶしかないほどに非力なエンジンばかりであった。


 それがまさに覆る18気筒のハ43はこれでもかとばかりに唸りをあげ、周囲に爆音と強風を巻き起こしつつ、連続40時間以上の運転にへこたれない様子を見せる。


 つい先ほどには長島の発動機部門も駆けつけてハ33を軽々と超えていく存在を目にしたが……


 彼らは意気消沈し、静かに実証試験を遠くから見守るしかなかった。


 ハ45は未だに実証用の試験機すら完成していない。

 むちゃくちゃな目標を立てた果てにそんな差がついてしまった。


 一方、四菱はシリンダー径を増大させないまま、ハ33がもつ弱点である重量面の不利や燃費面の不利など、諸所の部分に目を瞑って単純に18気筒化して非常に信頼性も整備性も高いハ43を作る事に成功。


 現状で1660ってことは……B-2で過給したら最大出力で1820ってとこだろうか?


 二式の設計がこれまた一段と難しくなったな。

 これは時間がかかるかもしれない。


「ところで信濃技官。本日はどうしてこちらに? いつもは試験結果だけ確認していたではないですか」

「ああ。キ43とキ47が順調なので少々時間ができたものでね……今日運ばれてくるエンジンを待っているのさ」

「本日運ばれてくるエンジンですか?」

「何も聞いてないのか?」

「はて?」


 首を傾げるばかりの発動機部門の技師に不安になったものの、ソレは午後に届いた。


 マーリン。

 これこそ俺が欲しかった液冷エンジンである。


 この話を最初に西条に話したとき、情勢からいってどう足掻いても無理だろうと主張していた。


 しかし、ライセンス締結を行わない状況下なら不可能ではないと考え、長島知久平を通して購入をしてもらった。


 長島飛行機。


 じつは山崎の裏に隠れてはいるが、こちらもなんだかんだで液冷エンジンをこさえて何度も試作しては失敗を繰り返している。


 その長島飛行機だが、実は陸軍や海軍に隠れてケストレルなどを輸入することに成功していた。


 そもそもが長島飛行機のエンジン開発とは3つの方法によって行われている。


 1つ。まずは技術者を現地の企業に派遣して基礎技術を教育させる。


 カーチスといった名だたる企業に社員を派遣しては、技術を盗まんとばかりに鍛えさせていた。


 2つ。エンジンを輸入してくる。


 液冷エンジンですらケストレルを筆頭に、ヤンカースJumo、ヒスパノ・スイザ12xといった優秀な液冷エンジンを一連のメーカーから輸入しては、バラして解析するということを繰り返し、日々その構造理解に励んでいた。


 もちろんこれは空冷も例外ではない。


 3つ。国外メーカーの技術者を呼んで指導を受ける。


 キ12の製造に代表されるように困ったらまずは国外に頼る。


 部品を国外調達するのはもちろんのこと、皇国にまでわざわざ呼んで直接的指導を受ける。


 こういった方法によって地力をつけてエンジンを開発したわけだが、長島飛行機のやった事は基本各メーカーのいいとこ取り。


 その時点でそのメーカーの最も優秀な部分を模倣し、性能を向上させようとする。

 だからハ45の開発にあんなに苦労したのだ。


 その点は液冷エンジンでもそうで、彼らはケストレルを基本ベースとしながらヤンカースjumoのごとく倒立V12型エンジンを試作した。


 当然に失敗し、以降は諦める。


 だが俺はこの長島の輸入方法とエンジン開発方法に着目した。


 そもそもが華僑の事変があったにも関わらず、どうして皇暦2597年にケストレルなど王立国家のエンジンを輸入できたのか。


 なぜ長島は未だにケストレルの製造メーカーに技術者を派遣できているのか。


 これらは戦後長島がその秘儀を公開していたのだが、それはあまりにも巧妙だった。


 長島のエンジン輸入方法とは、2つの会社を仲介させて持ち込んでくる。


 1つが四井物産。

 もう1つが現地の貿易企業。


 交渉その他契約ごとは四井物産が担当し、もう1つの企業が理由をならべてかっぱらってくる。


 この時、どういう用途で使うのかとかそういうのは一切伏せて隠し通す力がなぜか四井物産にあり、正規のライセンス契約を結ぶ傍ら、本来なら絶対入手できなさそうな航空機用エンジンを多数輸入してきていた。


 加えて、このルートを用いた技師の派遣についても、王立国家のような一部のメーカーには長島との直接的関係をうまいこと覆い隠して行っていたのである。


 本来の未来ならばすでにこの時点で長島飛行機は空冷一辺倒。


 ケストレルを最後に輸入することはない。


 だが俺はどうしてもマーリンがほしかった。

 初期型のPV-12以外のどのタイプでもいいから手に入れてほしい。


 その願いを受けた長島知久平が取り寄せたエンジンはマーリンII。


 最新鋭だった。

 やるな四井物産。


 さすが皇暦2601年までの間に取り寄せられる兵器を片っ端から取り寄せてきた皇国のザ・交渉人集団だ。


 よくも4基も取り寄せてくれた。


 確かに、現時点なら首都を含めたいくつかの地域ではまだ皇国に批判的ではないとはいえ、航空機エンジンとなると怪しかったから、この状況下でこいつが手に入ったのは大きい。


 この幸運を利用して……ハ40に変わる正立型V12エンジンを作れないか試してみるか。


 ◇


「な、なんですかこれは!?」

「ケストレル……ではないみたいですが」

「そいつはマーリンですよ。皇暦2596年。こいつを搭載した高速試験機は第三帝国との競合試験で負けた。だがコイツのせいじゃない。試験機の作り手がハウカーだったせいだ」

「そんな事ありましたね。アレに搭載してた奴ですか……」


 その設計図を見た長島の発動機部門の者たちはあっけにとられている。


 突然現れたマーリンと、それの改修プランを突如として提示されたからである。


 彼らは空冷ではなく、つい最近まで試作型の倒立V12型エンジンを開発していた液冷部門。

 朝方現れた連中とは別の人間達だ。


 いわば液冷のプロであり、後に水平対向4気筒エンジンをこさえる者達である。


 なんたって彼らはこの時点でアルミ鋳造ブロックの開発に成功しているわけだが……


 これが後に国産初の1000ccFF車に繋がるわけなのだ。


「一体どうするんです?」

「見ての通りですよ。マーリンを油冷にした上でブーストかけて1300馬力相当にして飛ばすんです。貴方方はそれを参考に新たなエンジンをこさえて自分の所の航空機に載せる。無論、上手くいけばですがね」


 黒板に貼り付けられたブループリントにはマーリンの改修プランの簡単な設計図が描かれている。


 オイルパンの拡大。

 それに伴うエンジンオイル量の増加。


 最も大規模に改修するのはシリンダーヘッド部分であり、ここから大量のオイルを吹き付け、熱境界層を破壊して冷却を試みる。


 流体力学を駆使し、逆流防止タービンを用いて元来は冷却水が循環する部分にもエンジンオイルが行き渡るようにし、別途アルミ製のオイルタンクを作ってそちらも常に風流に晒して空冷させてエンジンオイルの熱量増加を防ぐ。


 元々この時代の液冷エンジンはエンジンオイル自体もラジエーターで循環させて冷やしていた。


 それはDB601ことハ40やアツタも同じ。

 そいつを全部エンジンオイルに置き換えてしまう。


 ここに加えて、オイルパンからピストンの裏側にオイルを噴射する機構も追加した。


 これがオイルパンを拡大しなければならなかった要因でもある。


 これは後にとある自動車メーカーが二輪にて試す機構なわけだが……


 元々はNUPがP-38などに導入した液冷エンジンをもっと軽量化した上で安定した性能にできないかと試作して試した機構だ。


 これを実用化できると液冷エンジンは大幅に小型化できる反面、この機構は空油冷みたいなものであり水冷には劣るのだが……


 案外有効な方法だったことがわかっているので試してみる。


 皇国製液冷エンジンの弱点を克服しようというのだ。


 皇国がこさえるハ40やアツタは、本来沸点の高くなるエチレングリコールなどを使わねばならないところ純水を使っていたため、それがラジエーター破損に繋がっていた部分があった。


 沸点の低い水を用いる場合は加圧して調節せねばならない。


 DB601は元々そういう仕組みではあったが、さらに加圧していたのである。


 そんなのラジエーターがイカれぬわけがない。


 ある程度信頼性が向上したハ40やアツタにおいて最後まで悩まされたラジエーター破損の最大の原因はここにあるわけだ。


 これを改善すればあるいは……と思っているのだが……

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