第159話:航空技術者は新兵器を拝見する
「も、もちろん陸軍上層部からの意見や意向を踏まえての提案でありまして、我々がそれを強く望んで掛け合ったわけではありません」
「……上層部はなんと?」
「なぜNUPの前照灯を輸入して使うのか……その理由がわからないと。出来れば全て国産でも補えるようでないといざという時に調達出来なくなる恐れがあるのではないかとの事でした」
「ふーん。なるほど?」
一見すると、とても正当性のありそうなご意見を上層部が述べたようにも感じるが……
恐らくは己のプライドの部分が強く影響した可能性が高いのは言うまでもない。
前照灯。
つい20年前までは馬車時代とそう変わらぬ灯油ランプが当たり前だった。
しかしあまりにも暗すぎる事から新たに西部時代の鉱夫などがヘッドランプとして用いたアセチレンガスランプが主流となり、皇国国内の自動車のランプと言えばつい最近までこちらが主流。
2590年代に入ってようやく白熱電球を用いた前照灯が使われ始めたといって良い程度だ。
問題は皇国で現在主流となっている白熱電球式の前照灯は、寿命よりも先に明るさが減退してしまう弱点を抱えていたこと。
これをどうにかしなければならないため、俺は前もってNUPからジープ用のシールドビームを供給してもらうよう手配していた。
それが本当に上層部からしてみて気に入らない行動だったのかは定かではないが……
京芝に話を持ちかけるぐらいの不安を抱かせた可能性は十分にある。
従来の白熱電球式の前照灯の最大の欠陥。
それはフィラメントとして用いた素材が徐々に熱によって昇華していく際、電球内側のガラスに張り付いて光量がどんどん減退していく点にあった。
一般家庭用の安物白熱電球と異なり、自動車用はより長寿命とするためにタングステンを用いたものとした結果だ。
タングステンをフィラメントとして用いない場合は寿命の短さが半端ではなく、すぐ交換しなければならなくなってしまう。
安物の白熱電球といえばこの手の代替素材だが、より長寿命を目指して試行錯誤された結果、フィラメントの素材として最優秀とされたのがタングステン。
こいつはカンガルーやコアラのいる国の研究者が見出したものの、当初発明されたものでは脆くすぐに破損してしまうため寿命を全うする前に壊れることが問題視された。
きちんと使えば寿命自体は完璧ではあったのだ。
これを改善したのはG.I。
本当に驚くべきことだが、この辺りの電球関係に関しては蛍光灯といい、実用型の開発に成功して真っ先に販売までこぎつけるのはG.Iだけなのだ。
しかし、販売直後からこのタングステン方式の電球には相次ぐクレームが入ってくることになる。
2570年に発売が開始されたタングステン方式のものは、長時間使用すると寿命を迎えるかなり前の段階から、電球のガラス内側にタングステンが張り付いて電球が黒く汚れてしまうことが消費者により批判された。
光量の落ちた時点で交換すると安物電球と殆ど差異がなくなり、そもそも黒ずむ電球自体の見栄えが極めて良くないのである。
すぐさま改善しなければならないと考えたG.Iは、約3年の間に試行錯誤した結果、ガスを封入することで一定の改善がなされることが判明。
さらにガスを封入して完全密封することでより長寿命となることも確認。
これにより、白熱電球の一種の完成系の1つとなったものが2573年に発売され、今日まで高級白熱電球として皇国内でも販売されている。
すなわちタングステンフィラメントによるガス密閉型白熱電球の代名詞ともなっている、G.Iと京芝が販売するマツダランプこそがそれだ。
後にタングステンフィラメントは特許切れとなると相次いで他メーカーでも採用することとなるわけだが、寿命が従来の数倍に向上したことで、ようやくガスランプの代替として採用することが出来るようになって現在に至り……
自動車用途では当然にして寿命の長さが求められるので高級品電球では当然となったタングステンフィラメントの白熱電球だけが利用された。
しかしそうなってくると無視できなくなってくるのがこのタングステンの蒸発による黒ずみである。
ある程度改善されたとはいえ、それでもある程度でしかなかった。
光量の低下は自動車用途においては命の危険も伴う欠点であるため、さらなる改善が迫られるのは当然のことであった。
より明るく、より遠くへ。
より長寿命で、最大の欠陥たる部分の解消へ。
すでにモータリゼーションが始まっていたNUPでは、この新たな前照灯の開発が2580年代には始まっており、つい2年前に開発に成功したのがシールドビームである。
仕組みは簡単。
従来までは電球の外側に反射鏡と光量調整用のレンズを仕込んでいたが、この電球側のガラスを取り払ってレンズと反射鏡のみとし、内部にガスを入れて完全密封するのだ。
言葉では簡単だが、レンズと反射鏡の大きさから封入するガスの量が半端なものではなく、しかも白熱電球自体はその名前の通り熱による放射現象を用いた発光のため、温度変化によるガスの膨張や収縮に対応せねばならず、必要となるシーリング技術は相当なものなのである。
しかも前照灯はその用途からして車のもっとも風を受ける部分に配置することとなりうる。
空冷にも使えるほどの風が常に正面から吹き付ける中、一部が大気によって冷却されることで生じる外気との温度差もまた密閉状態を崩壊させる要因となりえた。
電球の場合はガスの封入に適した形状にガラス形状を整えればいい。
反射は考慮せず、光はフィラメントを通して全方位に近い形で照射される。
だがシールドビームではそれを反射せねばならず、適切な反射鏡とレンズ形状を考えると、おのずと形状が限定された。
その上で密封しなければならないので製造難易度は極めて高い。
どれだけ高いかって、ジープを鹵獲した皇国が自力でシールドビームを完全に製造可能としたのは、手に入れてから14年もの月日を要しているほどだ。
その間に皇国が作れたものといえば、ハロゲン方式では割とポピュラーな形態の1つであるセミ・シールドビームのみ。
完全な密封状態を実現出来ないのを逆手に電球のバルブ交換を可能としたものだ。
ガスケットを用いて螺子式の締め付けリングで圧着を試みる方法だったが、残念ながら完全な密封とはならず白熱電球方式ではシールドビームにあらゆる点で劣っている。
それでも野球のナイター中継に使われたり、飛行場の着陸灯に使われたりするほどの明るさには出来た。
これは劣る光量を出力で誤魔化していたとも言える。
このように2617年まで作れないほど、シールドビームとは極めて製造難易度が高い存在なのだ。
一方で鹵獲したジープのシールドビームを即座に研究するほど、このジープに搭載されたシールドビームの性能は高かった。
何しろ真っ暗闇の中で光の幅13mで、70m先の小鳥すら完全に視認できるほど明るかったのだ。
どれだけ明るいかって、あえてハイビーム状態を維持してそれを皇国兵に照射して目をくらませるほどだ。
皇国陸軍の報告でも敵軍の軽車両は光学兵器を装備しているなんて書かれるほどの光量を誇っていた。
その光量7万5000カンデラである。
それを45wのシールドビームライト2つで達成している。
明るさの度合いでいえば海軍が用いている500wの白熱電球を用いた探照灯のサーチライトと変わらん。
現時点においてこれほど光量の高い前照灯など他に存在しない。
ジープのシールドビームが優れている点は何よりもたった2つで可能としていることなのだ。
当時のNUPの自動車なんかは大量に前照灯を装着して走らせるなんて当たり前だったが、コストや整備性を考慮すると2つがベストと考えたNUPは、たった2つで軍艦の探照灯クラスの光量を可能とする前照灯を作れとメーカーに命じた。
そしてメーカーは驚くことにシールドビームを少し改良しただけで45w×2の構成でそれを達成できるようにしてしまったのである。
おまけにこいつは水を被ろうが泥を被ろうが簡単には破損しない信じられないほどの耐久性を誇っていた。
まさにジープの車体に相応しい前照灯でもあったのだ。
この時代ではハッキリ言ってオーパーツの領域。
10年は先に進んでいる。
もし仮に手に入るなら、これを採用する以外に何があるというのだ。
皇国の既存の前照灯なんて、残念ながら20m先を照らせるかどうかといったところ。
当時の歩兵の記録にもジープの前照灯だけがライトだと言うならば、我々の前照灯はたいまつでしかないのであろうかといった技術力差を嘆く報告が残されている。
だから俺は、こいつを新型戦車に埋め込んで使うことを当初より想定していた。
実験車両はまだ夜間での運用を想定していないので装着していないが、すでに装着状態の図面も提出している。
後ほど改修を受ける予定だった。
現状では申し訳ない程度に前照灯としても使われている白熱電球が車体に1つだけ取り付けられて夜間でのちょっとした移動に使える程度になっているに過ぎないが……
後ほど真夜中でも元気に前進していけるようにしようと思っていたのである。
量産型では全面的に採用することは心の中では決めていた。
たいまつと称される従来方式ではなく、恐れられた存在をあえて用いることによる威嚇。
そして夜間走行での安全性の確保を目的として。
しかし陸軍は味方になりきれていない国からのみ供給を受ける体制を気にかけたのだろう。
俺は平然とこいつをヘリの着陸灯兼サーチライトとしても採用予定だったのだが……
光量だけで言えば相当な部類の蛍光灯。
これに代替できないか、話を持ちかけたのかもしれない。
だが、これでは――
「――無論、京芝さんの所も蛍光灯の弱点については把握されているんですよね。破損しやすいという以外の部分における」
「勿論です。北海道や極東地域でそのまま使うには……」
理解はしているのか……いや、販売する上では認知してなければ問題があるか。
蛍光灯は化学反応を用いているわけだが、実は外気温が低いと反応が鈍る。
光量の低下だけじゃなく、-15度以下となると点灯自体が怪しい。
一応、蛍光灯自体が熱を持つのでいったん点灯できれば時間経過で少しずつ明るくなっていくものの……
氷などが付着した状態ではそれすらも維持できるか怪しい。
おまけにすぐに点灯しないという弱点も前照灯としては問題となりうる。
車内においては真冬でも一定以上に暖かくできるから問題ない。
だが車外だとなるとな。
エンジンからの排気ガスを一部持ち込んでくるという手もなくはないが……妙な設計変更もしたくは無い。
あえて何も改善案は述べないことにしよう。
「対策は考えておられるのですか」
「検討はさせていただいております。白熱電球と同時に用いるといった案など、いくつか試案しておりまして」
「現状そのまま前照灯として採用するというのは出来ません。車内は構いませんし、コスト増加に目をつぶればむしろ効率的だとは思いますがね」
「いくつか方法を考えて見ます。時間を下さい」
「あまり時間が無いかもしれませんよ。いざ作るとなったら大量生産。そう簡単に図面を引きなおすことは出来ないですから」
「……深く心に刻んでおきます。それで実は前段階の意味合いも含めてこういうものも作ってみたのですが……」
まるでセールストークだな。
いつになったら終わるんだ。
このまま一日中蛍光灯の押し売りに対応する気にはなれない。
「今度はなんです? 申し訳ないが私もそんなに時間がある身ではないのですが」
「最後に見せたかったものです。こちらを見ていただけませんか」
そういって外に出ることを促す京芝のエンジニアに従い、外に出てみるとそこには妙な形状のものを手に持った技術者の姿があった。
なにやら透明な筒を左右の金属パーツで挟みこんでいる。
透明な筒の周囲には細い金属の棒が数本囲い込むかのような状態で補強されていた。
筒だけでは耐久性を確保できないのであろう。
金属のステーのような棒もまた両サイドの金属パーツで挟み込まれている。
そして挟み込む金属パーツの一方からはケーブルが延びていた。
この色合い……なんだかとってもG.Iって感じがするが。
銀色の金属パーツがまさにそんな感じだ。
京芝らしくない。
だがなんとなく想像がついたぞ。
これはもしや――
「作業灯ですか? 蛍光灯の」
「ご名答です。これはG.I製のものですが……じつはこれをより改良したものを今日は持ち込んでおりまして……こちらです」
先ほどと比較すると信じられないほど細身となった構造の作業灯を京芝のエンジニアは手元のカバンより取り出してくる。
透明な筒のカバーはG.Iのものでは中空の円柱だったが、新しく京芝が作ったのは半円のハーフパイプ状であった。
これを蛍光灯を守るカバーとし、「 ] 」の形状となった金属のケースに蛍光灯を装着し、その上にカバーをかぶせて用いる極めてコンパクトかつ細身の作業灯としている。
カバーがかぶせてある反対側はベルトが装着しており、まるで古の侍が刀を背負うがごとく作業灯を背負えそうな印象である。
「既存の作業灯は暗いし持ち運びが難しいです。ですがこちらはかなりの明るさでありながら持ち運びが容易となっております。戦車の整備などで使えるのではないかと……作ってみました」
「まあ戦車側には電源が取り出せるようになってますし、取り出そうと思えば大量の電力を供給できますからね……便利ではあるんでしょうね」
「色も変更できます。最大24色製造可能です」
何に使うんだそんなの。
いや、待てよ……やり方によっては夜間発着のハンドリングに応用できるか?
夜間着陸の誘導灯にも活用できるかもしれない。
容易に移動可能というのは利点かもしれないな。
「面白そうなものではありますね。例えばそれは4Fモデルのものも作れるのですか?」
「信濃技官は4Fをご存知なのですか……社内でも限られた人間しか周知されていない製品なはずなのですが」
「まあウィルソン氏とも交流がありますから」
あえて自然な返しをすることで疑念をもたれないようにするが、4Fモデルはさすがに妙な言葉を口走ったかもしれない。
まあもう遅いのだが。
「4Fモデルですか……一応試してはみます」
「夜間走行時の部隊状況確認用とか、色分けされていれば便利かもしれませんね。まあ採用するかは戦車学校の者達などが使ってみてどうするかにゆだねることにしましょう。開発を続けるかは任せます」
「承知致しました。では全力でやらせていただきます!」
もはや狂気だな。
このまま民主主義と資本主義を継続した先の時代の皇国の営業の姿を垣間見たような気がする。
きっとこんなんなんだ。
新しいものを売りつけようとするサラリーな営業マンというのは。
目の前の彼は技師でもあるのだが、一方で営業担当でもあるかのようだった。
わからなくもない。
現状において独壇場を築けるのだ。
特許が切れるまで誰も追随できない。
白熱電球は特許切れを起こしてから他のメーカーに追随されてしまっている中、さらに先行するには蛍光灯というところなのだろう。
だから技術者ですら売り込みに精力的なのだ。
俺は言葉の通り、採用するかどうかは戦車学校の生徒らなどに試してもらって決めてもらうようにしよう。
こちらから採用と言う事が出来るほどのものでもない。
必要かどうかは戦いに赴くために真剣に運用方法を見出そうとしている者達に判断してもらう。
それが技術者の立場として正しいはずだ。
◇
京芝の技術者が去った後も、俺は戦車の状態が気になっていたのでしばらくの間車内を確認する。
戦車学校の生徒や教官達は昼休みに入っており、周囲には誰もおらず一人だけだった。
これはある意味で安心だ。
妙な独り言を呟いても怪しまれない。
特に気になっていたのが照準具。
再び砲塔内に入った俺はすぐさま砲手の位置に体を運ぶ。
車内の狭さは許容範囲内。
移動するだけで体勢に無理が生じて筋肉がつるということはなかった。
さっそく砲手の座席に座ると、これまで設計図の状態ででしか見ていなかった照準具の現物が目の前に現れる。
恐らく名づけられるならば三式とされるであろう算定具ならびに照準具。
本来の未来における二式二型算定具と、この三式算定具ならびに照準具についてはその構造が変わらない。
本来の未来にて確認した設計図そのままとなっている。
こいつの照準を合わせる仕組みはこうだ。
今、俺の目の前には5つのメーターが並んでいる。
それはまるで未来の自動車のメーター類に類似する並び方だが、そのうち3つにおいてはそれぞれ可動する指針が1本内蔵されている。
そして中央位置には赤い印が施してある。
これは半透明となっており、裏側から電球で光らせて赤く発光させるのだ。
照準あわせは、この発光している部分を指針で覆うことで合わせるのである。
それぞれの指針はXYZを表しており、基本はこれを合わせれば十分。
のこり2つは砲塔が水平にあるかどうかの表示と、気圧計である。
どちらも誤差修正等に用いるものだが、車体の傾き具合や気圧等は当然計算のうちに入れており、指針の中央位置は内部数値上では絶えず変化し続けており、指針に合わせるだけで砲塔は理想位置を向くようにはなっている。
それだけでは補いきれない部分があるために2つのメーターが別途すぐ近くに配置されているのだ。
ちなみに砲塔が今何度を向いていて、迎角はどの程度かというのは一連のメーター類の上の位置にあるメーター類から確認できる。
なんだかまるで航空機関士が座る航空機のコックピット座席のようになっているが……
一応従来通りの照準器による確認も可能だ。
だが、基本的に目視射撃は行わない。
放つ瞬間に目視に切り替えて命中を確認するといった程度。
それでも適切に目標を補足できていれば当たる。
さきほどの試験ではこの指針だけをみて砲塔を操作していたのは間違いなかった。
そうでなければあんなにすばやく照準修正など行うことが出来ない。
まあ口頭でもそう述べていたものな……
しかし現物ははじめて見たが、思った以上に完成度が高いシステムだ。
さすがわずか数ヶ月で幾多ものB-29を打ち落としてきた信頼と実績ある照準具及び算定具である。
俺はこいつが第三帝国の照準具を超えているのではないかと思っていたが……
超えている。
間違いない。
実は第三帝国にもこのような照準システムは存在するのだ。
あちらの名称では「コマンドゲレート」と呼ぶ。
これは本照準システムと同様、様々な地点から入手した敵座標をアナログ式のジャイロ等を駆使したコンピュータで解析、その上で3つの指針を用いて照準補正を行おうとするものである。
中央位置に豆電球のあるメーターの中で、指針でもって豆電球を覆う。
3つの指針が全ての豆電球を隠せば照準設定が完了しているということになる。
ただ、こいつは気圧や砲自体の傾きまで検知してなかった。
なぜなら元々固定砲台向けとして開発されたからだ。
傾きは事前にアナログコンピューターの設定を調整して計算するようにしていた。
頻繁な移動など考えていなかったからだ。
移動式の場合も砲自体を水平に持っていけるように砲台側の台座の調整で済ますようにしていた。
こうすれば複雑な計算をせずに済むので、照準精度がより向上すると思われた。
だが実際は当時の技術者が傾きもきちんと算出するようにしておくべきだったと述べるように、簡略化しすぎて完璧な照準精度を維持することが出来ないものだった。
前線の兵士がそう簡単に設定を調整できるわけがないし、完璧な水平状態を作り出せる保証も無い。
それでもレーダーや音波を組み合わせた一連の測距器と合わせて従来と比較しても信じられないほど高い命中率の野砲並びに対空砲とすることが出来た。
それだけ人間の目視による照準というのは頼りにならないものだったのだ。
極一部の異次元とも言える空間把握能力を持つ者を除いて……
どうしてそこまで敵の位置を完璧に割り出せるのかと言いたくなるようなエース級の砲手がいるならば、このようなシステムがなくとも命中させれることだろう。
だがそんなの何人もいないからこそ、第三帝国だって照準補正機構を作ったのだ。
ただし、戦車には内蔵できていない。
戦車に搭載出来たのは電子及び音波の測距装置まで。
理由は傾きが検知できないからなのと、機器のためのスペースが無かった事。
ついでに言うと皇国のものはその計算においては電子的な0と1の反復による二進数の計算が可能な簡易的な電子計算回路を一部用いてたことで大幅に小型化されていたが、あちら側はすべてアナログに頼っていて規模が大きいので搭載など不可能なのである。
ある程度小型のもので、かつ最初からそれを見越して作り上げた新型戦車のようでなければ搭載は難しい。
砲塔周囲を見回しても、まさにそう思う。
砲手の空間が完全に閉鎖された窓の無い戦闘機のコックピットのようになっているのは、そのための専用設計を施したからに他ならない。
未来の戦車はHUDとかも駆使するのでここまで砲手の座席が計器だらけになることはないが……
今の時代でそれを目指そうとするとこうなるわけだ。
周囲のスイッチ類やつまみなどの制御機器の多さも半端じゃない。
三式算定具は元々高射砲のためのもの。
ゆえに風向き変化も想定している。
風向きの入力によって照準計算を補正できるための制御機器類もきちんと存在する。
問題は風向きなんてどこで計測するのだという話なのだがな。
高射砲なら適切な位置に風向き計測用の観測器を配置するのだが、戦車は常に移動するものなので設置が極めて難しい。
だが、観測できないわけじゃない。
だからこそ、この手の制御機器はそのままだ。
オミットする理由は無い。
後は自動照準補正まで出来上があれば……あるいはといったころ。
戦車学校の生徒と思われる青年は掘り下げて説明してなかったが、自動照準システムまで搭載できれば、上手くいけば1両の戦車単体で敵を常に捕捉し続けた状態を保って攻撃できるようになる。
本戦車は外部からの射撃諸元だけではなく、自らに搭載された機器でも射撃諸元を算出することが出来るからだ。
そこまで完成すれば強敵相手でも乗り切れるはずだ。
◇
砲塔の状態をあらかた確認した俺は、車内後部へと向かう。
当初よりどうしても盛り込みたくて、元クルップの技術者らとも何度も協議を重ねた上で何とか導入できたものを確認するためだ。
後部ハッチである。
ボギー式サスペンションを採用する本戦車は、なんと信じられない事に車体下部に脱出用ハッチが無い。
これはそのようなものを設けると皇国の技術力では川を渡る際などに浸水する恐れがあったのと、ターンテーブル方式の関係上、そのようなスペースが無かった事による。
だが万が一の脱出路は確保したい。
そこで設けたのが後部ハッチであった。
これが無いとまともに脱出できない。
人一人が身をかがめながら出るような程度の大きさしかないが、それでも真後ろから出入りすることを可能としている。
まあできれば脱出するために用いる機会は皆無であってほしいのだが……2箇所から出入りできる分、すばやく乗降可能だ。
ハッチの開閉は油圧式で上下に分かれている。
片方は油圧で持ち上げるようにして開き、もう片方は油圧で扉を閉じた状態を維持するようにしており、いざという場合は油圧を切れば自重で開くように設計しておいた。
つまり上部が破損しても這いずるようにして出入り可能だ。
これが無ければ重量をもっと軽くできたという話も無くはないが、100kg以上重量が増えるとわかっていてもどうしても導入したかったもの。
聞いた話では戦車学校内では大変好評だという。
負傷者が出た場合に素早く再編を行えるなど、利点が多いからだという。
また、搭載する砲弾を減らしたりなんだりすれば2名ほど定員を増やすことも可能だ。
後部ハッチ付近にはきわめて狭いが、体育座り状態ならば1名人が乗り込んだ状態とすることが出来る。
意味があるかどうかはわからないが、もっとも安全に最前線に人を運び込むことが出来るということである。
これも設計はきちんとしていたもののハッチ開放の動作その他心配だったが……特に動作に問題もなく、普通に開くようだ。
油圧関係について皇国の技術では不安があったのだが……2597年頃から積極的に茅場などに様々な開発を促してきた影響で技術力が向上したのだろうか。
後は戦車砲を載せるだけ。
なぜか開発が遅れているらしいが……どうなっているのだろう。
もはや戦車砲を待つだけの状態にあるというのに。
やはり確認しに行くべきか。
西条に聞いてみよう。
この後、京芝によって投入されることとなった作業灯は、一部の陸軍兵士がその形状やカラフルな光源を面白がって夜になるとチャンバラごっこをして娯楽に興じていたことがままあった。
そしてその戦時中の噂を聞きつけ、実際に興味本位で当時のNUPの兵士が撮影したカラーフィルムを手に入れたとある映画監督は、その光景からあるものを見出すのである。
「そうだ! 最新鋭の映画にこんな感じの光の剣を出してみよう。きっと映像栄えするはずだ」
後の宇宙戦争シリーズを象徴する武器の誕生であった。