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第158話:航空技術者は白い光に戸惑う

「――ご覧いただけますか」


 バラバラと木霊する不快な破裂音。


 降り注ぐ雑音の中、静かに動き出す鉄の塔。

 その砲塔は一切の迷いなく、標的と定めた豆戦車に照準を合わせていた。


「見てのとおり、今眼前にある新型戦車に搭載予定の砲塔は上空におりますヘリコプターの目線の先……電探で捉えた目標に視線を合わせています」


 皇暦2601年7月10日

 初めて向かった千葉の射爆場において、やり直す前においては一度も目にすることなかった別名"電子砲"または"電子照準砲"などと謡われた存在の照準具ならびに算定具の動作する姿を目撃する。


 すでに開発中の実験用車両には、以前よりきちんと稼動する砲塔が備えられていたが……


 少し前より砲塔内部にも各種機器が詰め込まれ、いくつかの試験が可能となっていたのだった。


 本日はその搭載された機器である、完成したばかりの照準具と算定具を用いた全く新しい照準合わせの評価試験が行われているのだ。


 当然、開発者の一人としてこいつの搭載に拘った身であるがゆえ、参加を拒否することなど出来ない立場であったし、そもそも拒否する気などさらさら無いので千葉に訪れその状況を見守っている。


 試験を行っているのは戦車学校の指導教官と生徒。

 すでに彼らは本機構による訓練を開始していたのだった。


「まるで自然に照準を合わせたようにも見えますが……これはあくまで手動操作です。中にいる砲手が内部にある計器と合わせて目標に照準を定めているのです。現時点ではね。しかしながら計器だけを見て照準を合わせている以上、照準速度は極めて速いです。目視しながら敵を探しつつ照準をするのとでは比較になりません」


 一切の脚本やカンペなどなく、自身が覚えていることをそのまま自信をもって説明する若き兵士は、恐らく戦車学校在籍の生徒なのだろう。


 明らかに20代前半といった容姿でありながら、淡々と自らに課された仕事をこなしていた。


 現在砲塔内部に何名いるのかは不明だが、砲手は通常運用において1名のはずだ。


 砲塔の制御は基本的に砲手に一任されている。


 設計に変更は無いはずだが、今現在砲手は計器表示だけを見て目標は視認していない。

 まずは計器による照準設定、その後、光学照準器と合わせて誤差の修正等を行う。


 やっていることは未来の主力戦車となんら変わらない

 今我々が生み出そうとしているのが重戦車でもなければ巡航戦車でもないものなのだと改めて思い知らされるが……周囲に意見を挟もうとする将官らの姿はなく、ひたすら黙って試験状況を見つめているようである。


「現時点においては、まずヘリコプターから最も近い標的の座標を戦車の主配電盤に送信しています。ただ、目標として捕捉できるのは最短距離にいる敵とみなした目標物だけではありません」


 言葉の終わり際に合図を送るとすばやい動きによって別の2名の生徒と見られる青年が大きな黒板を持ち出してくる。


 目の前に置かれた黒板には図が描かれていた。


「この図解のように、ヘリコプター側の操作により目標とみなす対象を変更可能。また、送信時には最大4つの異なる目標を設定し、戦車砲塔側へと送信可能です。このように……ね!」


 合図を送るとすぐさま動き出す砲塔。

 やはり一切の迷いがなく何かに向けて照準を合わせた様子だ。


 しかしそれが何なのかがよくわからない。

 植物の茂みに囲まれた何かに向けて、仮設された砲身を向けている様子だが……


「どうです。今手動で即座に目標を変更しましたが、目線の先にいる目標物が見えますか?」


 目を細めて確認してみたが、ひたすらに広がる雑草群しか見当たらない。


「ううむ?」

「ぬぅ……」


 状況を見守る将官らも見えてはいない様子だ。

 よかった。俺の目だけが節穴なのかと不安になったが、普通の人間では見落としてしまうぐらいカモフラージュされている目標物らしい。


「どこだ……む! あの木の下か!」


 誰ともわからぬ一人の男の声によって、ようやく俺も気づく事ができた。


 砲身を向けた先の木の下に、同じく砲身をこちらに向けたチハの姿がある。


 周囲に合わせた迷彩色だけではない。

 砲塔も周囲の雑草と同じものを使って覆い隠している。


 わずかに見える砲身の穴だけが不自然に目立っているだけの状況。


 すぐにそれが敵だと戦場で気づくことは容易ではないはずだ。


「ええそうです。木で覆われた迷彩によって肉眼では相当判別しづらくなってますが……まるで敵の気配を読み取ったかのごとく反応しましたでしょう。これが本機構最大の長所です。もはや砲塔より這い出て、双眼鏡などを通して狙撃の恐怖と戦いながら決死の思いで危険地帯の真っ只中、身を晒すことはありません。今後は空中からの支援によって隠れた敵を判別して十分な距離から狙撃していけます」

「標的の座標はキ70からしか送信できんのか?」

「いえ。ヘリコプターはあくまで手段の1つ。電探と連動した配電盤を設置することが出来れば対象物は限定されません。ただ……」

「ただ?」

「敵目標をより正確に遠方より捕捉するならば、電探の設置場所はより上手に設置することが好ましいです。それこそ周囲に何も無い広い平野にポツンと立つような……例えば、我々が必死の思いで奪還に成功し、作戦成功の象徴ともなっている支線塔などですね。今回はキ70にそのための装置を搭載して試験を行っているに過ぎません」

「ほう……なるほどな」


 生徒と思われる青年は、ずっと俺が目指したかった理想的運用とそのための布石についてまるで知っていたのかのごとく語ってくれた。


 レーダー一式で構成される装置はより高い場所であればあるほど敵を遠距離で捕捉できる。

 支線塔奪還の目的の1つだ。


 照射角度を決めて電磁波を照射すれば……かなりの範囲内において敵戦車部隊を丸裸にし、その上でこちらは非常に正確な照準による砲撃を行う事が出来る。


 ようやく俺の真意が周囲に伝わってくれたかもしれない。


 とくにそう説明せよと指示したりなどしなかったが、機構について理解を深めようとして気づいたのであろう。


 そうだ。

 そういうのも含めて重要な拠点だからこそ、破壊される前にこちらの手中に収めたかったのだ。


「――また、受信側である戦車内における配電盤の周波数を切り替える事で様々な場所より電探の敵情報を受信し、照準合わせをすることが可能となっています。各地域における周波数の決定は戦術運用において要となる要素です。統一感無くバラバラに設定してしまうと……」

「照準合わせで苦労することになるな。運用時に注意を促せるよう肝に銘じて置こう」

「お願いします……それで、本機構は特殊な信号形態ではありますが、一般的なラヂオなどと同様の電波による送受信のため、妨害されることも予測されます。その分、受信領域はかなり広めにとっており、さらに戦車同士でも受信情報を共有できるようになっています」

「部隊長が目標物を指定できるという話だったな?」

「仮に戦車隊長がなんらかの不具合で照準を設定できなかった場合は、他の車両が戦車隊長代理というような立場で目標物を指定することが可能です。隊長専用車というのは存在しません」

「そら量産する上で支障をきたすし、故障などを起こせば逐次入れ替え運用を行うものな」

「ですので、我が校におきましては緊急時において戦車隊長より指揮権を譲渡してもらうことも考慮した訓練をおこなっています」


 ……戦車隊長が絶対ではない。

 これは全くこれまでにない新しい部隊を1から作ったからこそ可能だったことだろう。


 戦車関係の運用において俺は特段要望などを出してはいない。


 しいて言えば戦車を運用する上で邪魔になるような古い考えの持ち主を配属させないでほしいとだけ。


 特戦隊機甲部隊は戦車戦を考える者達を中心に配属され、さらに古い思想に一切染まっていない新しい人材を中心に入校させ、縦よりも横のつながりを強めた結果なのだろうか……


 柔軟な運用思想が根付いている様子が伺える。

 周囲にいる者達は皆若いものな。


 縦社会は形成されにくくなっているからこそ、そうなったか。


 思えば奪還作戦に参加していた卒業生と思われる面々も、殆どが成人を迎えたばかりの青年達であった。


 適格があるとされた者を中心に入校させ、さらに入隊させていっているのであろう。


 若い者が多いのはその分、彼らの将来を思うと気がかりではあるが……優秀な部隊となってくれているならば致し方ない……か。


「うーむ。思った以上の完成度だ。見事なり。防衛戦においては絶大な威力を発揮することだろう……しかし、敵は静止物だけではない」

「もちろん。ですがご安心を。我が軍が開発に成功した算定具は元々、静止物のためではありません。上空1万mを最大600kmの速度で飛行する爆撃機を捕捉するため……本算定具は例えそれが地上であったとしても、高速で移動する対象を捉え続け、正確な照準とするよう計器表示の上で照準補正が行えるよう数値が自動更新され続けます」


 自信をもった声色に周囲に安堵の息が漏れる。

 そうさ……最初から予想できていたんだ。


 敵の成長速度と、襲ってくる爆撃機の性能については。

 最初から開発者達はB-29クラスが襲ってくることはわかってた。


 あの時、数が足りなかったのは……予算や上層部の技術と敵に対する理解、そして慢心、さらには資源不足など様々な事象が絡み合った結果ゆえ。


 今は違う。

 今度は全力だ。


 それが絶対に必要だと口をすっぱくして伝え、周囲の反対も押し切って採用し、さらに大量生産の目処までつけた。


 他の照準器などを犠牲に……陸戦兵装関係は殆どの製造や開発を凍結する可能性をも省みず……


 失敗したら間違いなく首を切られる大博打。

 だが、かつての経験が……悪魔の爆撃機を何度も叩き落した戦果が採用を踏み切らせ……


 そして各種装備の採用から浮かび上がる新型戦車の性能は……西条という男がそれ以外の全てを捨ててでも数を用意する決断を踏み切らせるほどの完成度となる見込み。


 こちらの覚悟を西条は汲み取った上で、間違いなく後の歴史において「皇国陸軍世紀の大博打」と言われて語り継がれるであろう生産方針へと至っている。


 この成果がいかほどか……その片鱗が各種評価試験により少しずつ露になってゆく。

 しかもまだ……本戦車は成長の途上にある。


 後1回か2回、戦中において可能な変身を残している。


 生徒とみられる青年も、そして将校ですらもそれを見逃してはいなかった。


「今後は自動で目標に砲塔が追従するようになると聞いているが……」

「まだ開発中ですが、近いうちに本日のような場を設けることとなるでしょう。示された計器に合わせて砲塔と砲身そのものが連動して稼動するようになります。期待していただければ」

「うむ。とにかく急いでくれ」

「はっ。かしこまりました……それと私は先ほど照準具は元々高射砲として採用予定のものだったと述べましたが、実はその名残もありまして……最後にそちらをお見せしようかと」

「うむ? 高射砲としての機能が備わっているのか」

「これを高射砲と呼べるかどうかは微妙なところではありますが……よし、やれ!」


 合図と共に周囲に鳴り響く甲高い音。

 まるで何かの叫び声のようである。


 先ほどまでの砲塔の作動は発電用の補助動力を用いていたためとても静かであったが、移動を開始するために作動したCs-1により、新型戦車は目覚めの咆哮をこちらに浴びせかけてきた。


 その移動する姿は完全に今の時期における皇国戦車とは別格。


 いや、皇国の戦車だけではないだろう。


 今の時点における世界の全ての戦車をみたって比肩しうる車両は無い。


 速いとは聞いていた。

 だがこれまで動く映像1つ見ていなかった俺にとっても衝撃的だ。

 加速力が半端じゃない。


 未来の主力戦車でもこれほど加速に優れたものなど果たしてあったかというほど。

 主力戦車を知っているはずなのに、その速度に圧倒される。


 動輪の真横に蒸気機関車のごとく噴出す激しい土煙。

 これは自らが巻き上げ、拾い上げた塵のみで構成される土煙なのだ。


 いかにその速度性能が優秀なのかは……土煙の様子だけですぐさま理解できる。

 雲を切り裂くような土煙がその証拠。


 クラッチレスだけじゃない。


 変速そのものが存在しないと言えなくもない超多段制御による加速は、もはや未来に両足を突っ込んでいるかのような優れた加速性能を見せつけ……


 そしてそのまま土を積み上げて練り固め、斜めにバイクレースのジャンプ台のごとく坂となっていた地形へと向かい、そして車体を天に向かってこれから飛び立つかのような姿勢となった所で停車した。


「なんと! 足りない迎角を車体そのものを傾けて達成するというのか!」


 その角度45度以上。

 上り坂の途中で静止した新型戦車は、砲塔の迎え角をさらに整えてあたかも高射砲に擬態するかのごとく射撃姿勢を形成した。


 気づくといつの間にか先ほどまで上空にいたロ号の姿が確認できない。


 無線交信による円滑な行動も可能な練度か……頼もしいな。 


「算定具も照準具も車体自体の傾きをも当然ながら検知して照準補正を行います。ゆえに、高射砲とかわらぬほどの角度を設けても計算自体は可能なのです。そして、新規開発中の戦車砲は平射砲ではありません!」


 青年の熱い解説のさなか、遠くよりプロペラ駆動音が聞こえてくる。


 航空機の接近をにわかに感じ取った俺は音のする方角へすでに視線を向けていた。


「みてください! あんな米粒のような遠くにいる敵目標に見立てた我が軍の戦闘機を、砲塔はきちんと追いかけられています」


 その言葉にすぐさま車両側へと目を向ける。

 砲塔はゆっくりとだが、聞きなれたハ43の音をかなでる対象を捉え続けていた。


 内部の計器を見ながら砲手が手動で制御しているのであろう。

 照準が正確かどうかはさておき、目標に対して追随はしていた。


 最高速度は出していないものの、砲塔は間違いなく目視では厳しい距離にいる百式戦闘機を追いかけている。


「これを自動で追従し、砲撃できるようになれば……航空機を用いた対地攻撃にも十二分な応戦ができるやもしれん。素晴らしい!」


 上層部のある将校が言葉と共に拍手を送ると、他の将校らもつられて拍手を送り出す。


 少しずつ形となり始めた皇国の主力戦車は……完全に陸軍上層部にも認められつつあった。


 最初にこれを作ると言った時に素直に評価してくれたのは西条や稲垣大将達ぐらいで、俺が出す案についていっつも彼らがフォローしなければ1つ1つの案が通らなかったぐらいなのに……


 いざ全ての反対を押し切って作り上げてみたら滑稽なまでの掌返しである。


 まるで"私は最初から出来る子だと思っていた"――などと言わんばかりの言動が目の前で飛び交っているのだが……


 最初から評価して背中を押してくれたのは、華僑の事変で大変な思いをした関東軍メンバーだけだった。


 そう思うととてもむず痒いが……評価されたのであればそれはそれで良しとするしかないか。

 しかしいいプレゼンだった。


 自分で開発しておきながら動く姿をまだ見ていないのかと西条に釘を刺されていたとはいえ……


 威圧感が尋常ではないという評価は間違っていないな。


 この加速と最高速度で塹壕の間を乗り越えながら進軍されたらたまったもんじゃないぞ。

 もし俺がその立場だったら……恐怖で失神するだろうな。


 ……果たして失神だけで済めばいいが。


 ◇


 試験が終了したその日の午後。

 俺は試験に参加していた京芝の技術者に呼びかけられる。


 なにやら見せたいものがあるらしい。

 砲塔内部に何か細工をして、真新しいものを仕込んだとのこと。


 設計に無いものを詰め込まないで欲しいなと思いつつも、事前にある程度の変更は認めており、その範囲内だというので確認を行うことになった。


 改めて近づくとデカい。

 現時点の皇国の戦闘車両の中で最大、そして世界でも5本の指の中に入るであろう巨体を誇る戦車の実験車両。


 まるで象によじ登るがごとく砲塔内部へと入っていくと……


 中は非常に明るく、そして周囲からは見た事があるどこか懐かしさを感じる白い光が差し込んできていた。


「蛍光灯ですか」

「やはりご存知でしたか。ええ。設計変更というのは内部の電灯を蛍光灯にしたことです」


 内部はなんだかんだ戦車相応のスペースしかないため、京芝の技術者は砲塔ハッチから顔を覗かせながら外からこちらに話しかけてくる。

 

「やはり明るいですね。何ルーメンあるんです?」

「今、戦車内に仕込んでいるのは白昼色20wモデルですので700ほどあります。20wの白熱電球とは比較になりません。真夜中でも中は昼真っ盛りといった状態になります」

「変更理由は京芝さんがやりたくて行ったものです? それとも試験中の戦車学校の方々による要望がありましたか?」


 京芝がやったのか、望まれてやったのか。

 ここは重要だ。


 京芝がただやりたくてやったというならば即座に採用したいとは思わない。


 なんだかんだ陸軍との結びつきが強くなって増長している証拠だ。


 なんたって蛍光灯は……安くない。


「無論、戦車学校側からの要望です。白熱電球によって内部に熱が篭るのと……暗すぎるという話をうけまして」


 京芝の技師が嘘をついているとは思えない。

 これまで彼らは嘘を述べたことはないし、そのようなことを述べているような様子もなかった。


 確かどこかの報告書でも内部が広くなった影響で暗いとは言われていた。


 その意見に対して、待ってましたとばかりに仕込んだ新鋭技術なのだろう……恐らくは。


 蛍光灯。

 技術として発案されたのは10年以上前になるが、実用化された現物として誕生したのはわずか3年前。


 生み出したのは京芝ではなく、G.IもといG.Iに招来されたジョージ博士らによって。


 エジソンが白熱電球を開発してから何年経つだろう。

 彼と手を組んで白熱電球の量産化を目指したG.Iは、ある時期にとある会社を買収して以降、マツダランプというブランドで電球系の商品を販売し続けていた。


 エジソンとの関係性がなくなってからも、マツダランプというのはG.Iと京芝などによる最高級電球ブランドとしてあり続けて今日まで続く。


 そして2年前。


 より長寿命。

 より明るく。

 より高効率に。


 それを目指して新たな電灯を模索したG.Iの技術者により、ついに実用型たるソレは開発される。


 開発コードはマツダF。

 最初に生み出したのは30wモデルだが……その後、間をおかずに未来において普遍的となるサイズの40w1.2mモデル……通称4Fモデルというのを生み出した。


 彼らはその1.2mモデルが最もエネルギー的に高効率であると考えており、CEOであるウィルソンなど周囲からは量産できるものではないのではないかと言われていたところ……


 "京芝の技術者だってすぐさま作れる程度だ!"――などと言い切って試作したのは電灯関係の技術史においては有名なエピソードである。


 この"京芝だってすぐさま作れる!"――というのは口から出任せを述べたのではなく本当に皇国人が作れることを理解しての言葉で、高すぎる値段を落とし込むために開発者は最初から主要部品を当時の人件費が安い皇国人達……つまり京芝の技術者達に製造してもらう気でいたのである。


 工作機械は2年前の開発成功段階には運び込まれ……なんと京芝は3ヶ月前から本格的な生産を始めていた。


 それも国外で販売するためだけではなく……国内での販売も視野に入れて……である。


 すでに春頃から生産と同時に販売も開始されていたのだった。


 本国が開発に成功したのは2年前だが、京芝はそこからわずか1年たらずで販売可能な試作品を作り上げることが出来るまでに至り、工作機械などを取り揃えて生産体制を整えた翌年……


 つまり本年には全ての段取りを整えることができたというのは、G.Iの技術者が述べた言葉が嘘ではなかったと同時に皇国人にすさまじい電化製品における適正があったことを表しているが、全くもって恐ろしいことを平然とやってのけている。


 そんな当時の京芝の宣伝ポスターにはこのような文言が記されていたことが記憶に残っているな。


 「明るさ2倍。耐久性3倍。新しい光。美しい光。京芝のマツダ蛍光ランプ」


 ちなみに販売されたのは15wモデルと20wモデル。

 本国では30wが販売されたが、生産コストから皇国内での販売は価格が高すぎて手が届かないであろうことから、30wの販売は戦中においてはされていない。


 一方で京芝自体では試作品として30wと40wの製造には成功している。


 彼らは、G.Iと並んで世界で唯一蛍光灯を作る事が出来る企業となっていたのだった。


 そして試作段階においては各所でデモンストレーションを行い、実は去年開催されていた万博内でも展示されていたりはした。


 他にも本来の未来も含めて法隆寺の2600年記念行事にて法隆寺金堂の壁画を照らす灯りとして使われたり、とある講堂では電灯を160本の蛍光灯のみに置き換えて室内を照らすなど、それが未来の電灯そのものであることを大々的にアピールした。


 特に本来の未来においては開催されなかった万博においては、俺も企画に少しばかり関わった未来の暮らしを題材とした展示の中で蛍光灯が室内灯として使われていたため話題となっていた。


 まあ20w4本の電灯を食卓の上に照らしたらそりゃインパクトは絶大で間違いないだろうな。

 そういえば京芝の幹部からとてもいい宣伝になったとお礼を述べられていたっけ。


 その件について今目の前にいる技術者は知らないのか。


 まるで新技術について何でも詳しいなとばかりな様子だが、未来情報の知見だけじゃなく結構前に触れていたのに……


 まさに新時代の灯火なんて新聞記事で俺も関わったパビリオンが宣伝されたぐらいだったのにな。

 それだけ周囲から期待され、待ち望まれた商品だったのである。


 といっても……本来の未来における当時の陸軍はさほど蛍光灯に興味を示さなかったのだが。


 理由は簡単。

 耐久性3倍……つまり寿命3000時間に対し、価格は白熱電球の10倍以上。


 真っ白い蛍光灯独特の光色は革命的と言えたが、この時点ではまだ数寄者しか買うことはないような超高級品である。


 この時点での明るさは後の未来における蛍光灯の半分しかない上、寿命も1/4しかない程度。


 残念ながらまだ完成度はそう高くなく、俺みたいな未来を知る人間だとお得感がまるでない。


 しかも蛍光灯として使うには別途交換用の照明器具も購入しなければならないのだ。

 この価格が尋常じゃない。


 一応、真空管を用いる機器を流用することで照明器具を自作できなくはないが、それを知っている者は殆どいない。


 それに対して蛍光灯そのものは脆弱。


 ちょっとした衝撃ですぐ割れてしまうし、耐久性3倍といっても品質が安定せず、短いものだと1.5倍程度で寿命が切れてしまうものが多く……残念ながら未来に先走りすぎた製品といわざるを得なかった。


 しかし、この蛍光灯に目をつけた組織がある。

 それが海軍だ。


 海軍においては、かねてより各種艦における艦内の室温の高さによって体調不良となる者が続出。

 衛生問題ともなっていた。


 その原因の1つとして指摘されたのが白熱電球……つまり艦内の電灯だったのである。


 発熱量が白熱電球よりは大幅に低い蛍光灯。

 これに目をつけないわけがなかったのだ。


 そのため、軍艦を中心に採用され京芝は納入することとなるのだが……

 海軍は発熱量が低いという点であることに気づく。


 「もしかして……潜水艦用の室内灯として最適解ではないのか?」――と。


 そう、艦内における酸素管理が重要な潜水艦において、白熱電球は酸素を消耗する欠陥品ともいうべきものだったのだ。


 艦内の明るさは最低限欲しいが、沢山白熱電球があると消耗したくない酸素の消費量が上がってしまう……


 そこで、そういった要素が低い蛍光灯に目をつけ、艦内の室内灯として採用したのである。


 ちなみに京芝の蛍光灯は41年初頭にG.Iから納品された原材料を含めた、ごく限られた素材ででしか生産が行えなかった関係で戦中における最終生産量は5万本弱に留まるが、そのうち数千本が陸軍、残りの4万本以上は全て海軍に納入されている。


 4万本で果たして何年保つのかという話なのだが……少なくても多くの潜水艦の主要室内灯は蛍光灯であったことがわかっている。


 もし仮にNUPと戦っていない場合の年間生産量は4万本ほどを見込んでおり、そのうち2万5000をG.Iへ向けて輸出し、残りの1万5000本を国内向けとして考えていた。


 本来の未来における月生産量は2602年時点で2000本。


 開戦によって目標数値は達成できていなかったが、それでも年2万本以上を達成できていた。


 恐らくは、現時点ではこの倍近くは不可能ではないということである。


 年4万あれば海軍の需要を満たした上で陸軍の需要を満たすだけの数を生産できるが……これは京芝が需要と供給から逆算して定めた生産規模であり、適切に投資すれば生産数の増加は可能なはず。


 まあ戦車用の室内灯として使えるだけの数は揃うのだろう。


 そして納入を理由に生産規模を拡張できる。

 京芝としては採用は願ったり叶ったりなのだろうな。


「それで……ですね技官」

「なんです?」

「実はその……室内用の灯だけでなく、夜間走行時などを想定した前照灯についても提案させていただいてまして……もしよろしければその件についても開発をさせていただけないかと」

「はあ!?」


 一瞬思考が停止した。

 やはり京芝というのは最新技術に貪欲だ。


 彼らは……新型戦車を白い光で染めようと画策していたのだった――

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― 新着の感想 ―
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[気になる点] 自動車のヘッドライトなどに蛍光灯が使われなかったのは、低温時に「点灯しない」「暗くなる」特性があるためで、周囲が0度付近になると器具が温まるまで25度くらいの半分程度の明るさにしかなり…
[良い点] 史実東芝も新分野開拓に貪欲で、50年代以降自動車用にSB型電球やらハロゲン電球やらを日本初で作ってましたが、こちらの京芝も同様にチャレンジ精神旺盛なようですね。 あるいは戦車の実用化で乗用…
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