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第157話:航空技術者はシャフトを追加することを否定し、ギアを追加しようと目指す(後編)

 当初エイヴォンをベースにコンウェイを開発していたエンジン開発者達は、すぐさま単軸式のエイヴォンをそのまま利用したのではターボファンエンジンは実現不可能な事に気づく。


 その上で第三帝国が開発しようとしていた二軸式ターボジェットエンジンという発想をヒントに、実用型の世界初の二軸式ターボジェットエンジンたるオリンパスの機構をエイヴォンにブチ込んでさらにファンも設けてターボファンエンジンとして完成させようとした。


 それこそが後のコンウェイなのだ。


 よくコンウェイはオリンパスがベースと軍事系雑誌で説明されることがあるが、これは間違いだ。


 ベースはエイヴォンで、オリンパスの二軸式の機構を投入したというのが正しい。


 外観はまさしくそのままだ。

 エイヴォンの全体構造に一部オリンパスの構造が中間部位に仕込まれており、エンジン前面にファンがある。


 ようはターボファンエンジン自体はこの多軸式ジェットエンジンの開発成功から生まれた新世代エンジンだったわけだ。(といっても試験モデルの完成自体はオリンパスの翌年であり、10ヵ月後)


 最初から単軸式で作れるなどと王立国家の技術者は愚かな事は考えていない。


 ようは現在開発中の新型エンジンがその祖というべき構造を持っているとも言えるのである。


 そもそもがジェットエンジンというのは燃焼室の後ろのタービンと燃焼室の手前のタービンとでも効率を考えたら回転数は同一である必要性はないのだ。


 単軸式ジェットエンジンではタービンブレードをそれぞれの区画で形状を整え、その形状変化に伴う圧縮効率だけでなんとかしようとするが、実際にはそんなの限界があって当たり前。


 タービンの構造だけでどうにかできるほど甘くない。


 軸数を増やして回転数をそれぞれの理想のものに変更したほうが推力変換効率は高まる。


 といっても、軸数はそう簡単に増やせない。

 例えば俺がやり直す頃のジェットエンジンの基本は二軸式だ。


 これはターボジェット、ターボファン共にそうだ。

 オリンパスやコンウェイの頃から細かい仕様はさておき、状況はさほど変わっていないのである。


 ターボジェットの場合は燃焼室を中間に前後のタービンの回転速度を調整。


 ターボファンエンジンの場合は単軸式のターボジェットエンジンに別の軸でもってファンを追加したかのような構造が一般的である。


 例えばターボファンエンジンの構造を見ると、1本の頑丈なシャフトに取り付けられたファンを中空シャフト方式であるタービンの集合体たる単軸式ジェットエンジンに差し込んでいるような状態となっている。


 これを人間の手で表すなら、広げた状態で人差し指だけを折り曲げ、その人差し指をグーで作ったもう片方の拳に差し込んでいるような状態だ。


 この時、手がターボファンにおけるファンならば、グーの側がターボジェットエンジンたるタービンである。


 双方の回転方向は基本同一である。


 ターボファンの軸は低速回転し、その外側に中空のシャフトで差し込まれているタービンは超高速回転している構図だ。


 なお、一般的にファンを支えるシャフトはエンジン後部まで延びており、最終端にある低圧タービン側はファンと同一の速度で回転している。


 これは低圧タービンの速度はそこまで高くなくて良いためだ。

 ゆえに厳密には完全に単軸のジェットエンジンにファンを差し込んでいるというわけではない。(極めて近い構造ではある)


 一見すると凄い抵抗がタービンの回転で生じてターボファン側のシャフトを連動させて高速回転しそうなのに、なぜこうしているかというと……


 中空シャフトの間にオイルを潤滑させて摩擦抵抗を軽減させてしまえば、高速回転するタービンの抵抗を0に近づけることが出来るからである。


 加えて長い頑丈なシャフトによってファンを支えることが出来る上、エンジン全体をこの頑丈なシャフトでもって支えているからだ。


 超高速回転するタービンが捩れたり歪んだりをこのシャフトで支えているというわけである。


 一番手前に来るターボファン用のファンはこのようにして低回転とすることが出来、後方のタービンとの回転数を変化させて従来より効率化できるようになり、大型化が可能となった。


 それこそ各種合金素材等の発展は、それなりの航空機の胴体と径が変わらぬ大型エンジンの出現すら可能とした。


 一方で、燃焼効率その他を限界まで高めようとすると、この二軸式ではやはり限界点があることがわかってきたのだ。


 実際には最高効率を目指す場合、先に述べた二軸式ターボジェットエンジンに対し、さらに回転数が異なるファンを追加した方が良いのである。


 速度が一定までならファンはブレードにかかる空気抵抗をバーターにいくらでも巨大化できる。

 一方で巨大化させた場合、より回転数は低い方が仕事をする……というか抵抗や遠心力の関係から速度は増大させられない。


 そうなると二軸では足りないのである。


 当然にして早い段階でこの効率を目指した三軸式ターボファンエンジンというのは世に送り出された。


 だが三軸式ともなると先ほどの二軸式と異なり、各部を支えるオイルの循環機構等を考えると複雑な構造になる上、長く頑丈なシャフトでファンを支えていた構造を短いシャフトで支えねばならず、その製造難易度は上昇する。


 従来よりも回転数の差が大きくなる中で短いシャフトで大きく重たいファンを支えるというのは冶金技術を極めに極めねば話にならない。


 そこで王立国家の技術者が再び思いついたものこそがギヤードターボファンである。


 軸を単純に増やした場合、その軸内で発生する摩擦熱によって生じたロスというのはギアを噛ませてエンジンの重量が増大して生じるロスよりも大きい。


 これに気づいたのだ。


 むしろ減速ギアによって重さをトルクに変換した上でファンを適切に回転させたほうが、圧倒的に効率的であるのだ。


 一応、俺がやり直す頃には発展した冶金技術により三軸式ターボファンエンジンというのはそれなりに旅客機向けなどとして登場してきてはいた。


 やはり二軸式よりかは効率が良いためだ。


 だがこれらというのは、まずタービンブレードが金属ではなく炭素複合繊維だし、タービンブレードが可変ピッチは当たり前だし、燃焼室は電子制御で大気の吸入状況をモニタリングして適切にブロックごとに燃料噴射するような電子制御だしで他にも多種多様な部分で強化がなされたエンジンであり、総合的に従来の二軸式ターボファンエンジンより13%の燃費改善といっても三軸式にしたことで改善できたのはそのうち4%とか5%といった程度なぐらい顕著な差は生じていなかったりする。


 その5%でも大きいからこそ、ロスに目を背けてまで三軸としたのだ。


 その傍ら、三軸を中心に開発してきたエンジンメーカーも多くが三軸には限界を感じており、相次いでギヤードターボファンに開発軸をシフトする状況が生じていた。


 開発の潮流は間違いなくギヤードターボファンだ。

 そう言える状況だった。


 だがこのギヤードターボファンは一朝一夕で作れるものじゃない。


 頑丈なギアにすればするほど重量面で不利になるし、そもそもシャフトをギアで代替して巨大なファンを保持するというのは構造的にかなりの無理が生じる。


 いくら空中でも100kgや200kgなんて数字とは桁が変わってくる前面のファンに常に加重がかかった状態で高速回転させれば……ギアはすぐさま磨耗して役に立たなくなるだろう。


 例えばこれはまったく別の話だが、シコルスキーのとあるヘリコプターでは一時期謎の墜落事故が多発したことがあった。


 これは従来まできちんとオイルの潤滑によって支えられたメインのローターギアがボルトの腐食によって内部のオイルが吹き飛んでしまうことで発生したことが後に判明するのだが……


 8000時間ノーオーバーホールであるローターギアは一度潤滑を失うとわずか7分で磨耗しきってしまう。


 強力なターボシャフトエンジンの馬力にギアは通常では耐えられない。

 このオイルの循環機構等も適切に処理しなければならないのだ。


 当然、最初のうちは巨大なファンなど作れずにビジネス機などを中心とした小径エンジンでのみギヤードターボファンは投入された。


 だが実はこの問題の攻略にはちょっとした裏技があり、俺はそれを知っている。

 だから開発を加速化させる自信がある。


 その裏技とは……ギアの形状を整え、遊びを作ってしまうという手法だ。


 まあその手法が公開されて大手のエンジン開発メーカーの大半が二軸からギヤードターボファンにシフトしたり三軸からギヤードターボファンにシフトしてしまうぐらい、「その発想は無かった!」――な代物だったりする。


 開発のヒントはなんと二輪だったりする。


 意外なところにものすごい技術の攻略方法が隠れていたものだ。


 時は2635年。

 あるレース用バイクが産声を上げた。


 そのバイクには後の世において恐らく俺がやり直した時期より10年先ぐらいには市販車にも相次いで投入されていくクラッチ機構が世界で初めて投入されたのである。


 それこそがバックトルクリミッター……かつて皇国と呼ばれた地ではもっぱらスリッパークラッチなどと名づけられて国外で販売されていた機構だ。


 レースにおいてはギアチェンジはそのまま加速の優劣に繋がる。

 しかしレーサーは必ずしも完璧なギアチェンジが常に出来るわけではない。


 むろんソレはレースの駆け引きの1つ。

 メンタルスポーツたるレースにおいてその駆け引きが面白いと思う者もいるだろうが……


 技術者はレーサーの負担軽減、そしてバイク自体の耐久性の向上も考え、常に前を向いているもの。


 2635年に誕生したそのバイクのクラッチは何と従来のクラッチと異なり、エンジン側とトランスミッション側においてトルク差が生じた際に完全に噛み合わない半クラッチとも言うべき状態を一瞬ながら作り出す状況次第で"遊び"を生じさせる機構を有していた。


 従来よりギアチェンジの難題といえば、レースマシン特有のハイパワーかつハイトルクのマシンのギアダウンだった。


 ギアダウンした際、エンジンはギアの減速比の変化等やタイヤから生じる抵抗、そしてポンピングロスによって負の方向へ負荷がかかる。


 結果的にそれは駆動輪たる後輪に強力な負荷をかけることで、レースにおいてはタイヤが一時的にロックされるに近い状況に陥りスリップしてしまう事すらある。


 この時、クラッチの耐久性次第ではクラッチ破損すらあり、レース用バイクは一定の段階のギアにおいて一定以上のエンジン回転数とすることが禁止されているマシンすらザラにあった。


 一方で、クラッチ同士の応力の伝達を遅らせたり、急激な力の変動が生じた際に噛み合わせを緩めて運動エネルギーの一部を喪失すればどうなるか。


 不用意なロスによるスリップするリスクを減少させるばかりか、クラッチの負担そのものを減らすことが出来る。


 すなわちクラッチの小型化や、クラッチスプリングを弱めることなどが可能となる。


 これらはクラッチレバーの重さを軽減することに繋がり、バイクが頑丈になるだけではなくレーサー達の負担を減らす事へと繋がった。


 そればかりか、やろうと思えばクラッチレスでのギアチェンジをも可能とする。

 通常時でもタイミングが合えばクラッチは不要な自動車。


 例えば通常のクラッチであっても点火のタイミングを一瞬切って、その際に生じる駆動力のカット……すなわちエネルギー損失等によって生じる各部への反動を利用してクラッチに生じる負荷を0に近づけ、その作用を利用してシフトチェンジさせるという事は可能だ。


 これを俗にクイックシフター等という。

 キャブレターでも電子制御されているならば可能な方法だ。


 このクイックシフターを最も合理的かつクラッチに負担をかけずに行えるのがスリッパークラッチである。


 0に近づけるといっても必ずしも0にはならない。


 クラッチを磨耗しかねない行為であるクイックシフターに対し、さらに駆動力を逃がしたり遅らせる機構を仕込むことで一般的なシフトチェンジとクラッチにかかる負担は同等かむしろクイックシフターの方が上回るぐらいに作り上げる事が出来るのだ。


 このバックトルクリミッターの仕組みこそ、ギヤードターボファンエンジンにおけるブレイクスルーだったことに気づいたのは、二輪の市販車に当たり前のごとく採用されはじめてからである。


 強大なトルク変化が生じた際に逃がすギア構造……


 これには航空機においてはコンピューターを駆使した緻密な計算の果てに誕生するわけだが、いざその技術が基礎情報として知れ渡るとどのメーカーもギヤードターボファンにシフトするぐらい、技術難易度はそこまで高くないものだったのである。


 まさに発想がそこに無かっただけだったのだ。


 従来の技術者はタービン側で手に入れた運動エネルギーをファンの回転力に全て変換しようとしていたことで、ギアにかかる負担は絶大なものとなり、製品として世に送り出すだけの信頼性を獲得させることが出来なかった。


 それこそタービンブレードのピッチ変更だけで逃がせる負荷などではないのだ。


 しかしファンを支えるギア側が致命的な破損を起こすトルクを生じた際に逃がすことが出来れば、ギアの耐久性を保ったまま、ギヤードターボファンの利点を最大限に活用することが出来る。


 当然ロスは生じるが三軸式と比較したら微々たるものなのである。


 ちなみにこの機構のギアにて試験的に開発された新型旅客機用のギヤードターボファンエンジンは、試験にて型式取得が出来ない良い意味での重大な欠点を抱えていた面白いエピソードがある。


 それはエンジンの稼動の信頼性が向上しすぎて"緊急停止"が出来なかったのだ。


 ようはより少ない燃料でもエンジンの稼動は可能なことを表すと同時に、ギヤードターボファンの駆動力ロスがいかに少ないかを表している。


 消防車の放水程度ではエンジンが停止しないほどの信頼性は、逆にその信頼性が仇となりちょっとやそっとでは停止できない魔物へと変貌させてしまった。


 最新のエンジンは信頼性が向上しすぎて緊急停止用の何らかの補助的システムが別途必要であるなんていわれるが、故障によって着陸後もエンジンが動いたままとなるとそれはそれで問題。


 けれども、それは物理法則の限界へ挑み、そしてそれを達成したことの証左でもある。

 突き詰めた合理性と効率は、従来までの外的要因では停止しないエンジンを生み出したということだ。


 このエンジンの開発については皇国がエンジンメーカーとして今後も生き残るなら絶対にやらねばならない。


 本来の未来において王立国家は5年後にはターボファンの試験モデルを実用化し、ギヤードターボファンはその10年後にはビジネスジェット向けのものを開発できている。


 そもそもターボファンの発想自体はすでに生まれており、開発の実行に移され無かった要因は今まさに世界各地で行われている戦に他ならない。


 ペースとしては全く遅くない。

 オリンパスは2606年には評価試験モデルが生まれることを考えれば、二軸式ターボジェットエンジンと平行して開発していくべきなのだ。


 俺は当初Cs-1をベースにネ0と名づけたジェットエンジンタイプを、ネ10としてターボファンエンジンを開発しようとした。


 このうちネ0はすでに実用段階。

 一方でネ10は中々開発が進んでいない。


 やはり現時点における皇国の不得意分野たる長いシャフトというのがネックとなり、一向に進まないのだ。


 ならばギヤードターボファンと平行しつつシャフトの問題を乗り切っていくほうがいいかもしれない。


 小径、小型の戦闘機とは別分野の小型軍用機向けのエンジンならば10年程度で実用段階に達するものが出来るはず。


 その間にターボファンエンジンも克服すればいいが……ターボファンエンジンについてはG.Iも出遅れてしまったからな……


 しばらくはターボジェットエンジンで戦うことになるかもしれないことを考えつつも、前を向こう。


 そしてネ10の開発を中止し、Cs-2をベースとした新たなターボファンエンジン並びにギヤードターボファンのエンジン開発を始めよう。


 同時に……J-79の開発者がすでに着想を得ている可変静翼……ターボフィンともいうべきエンジンにも手を出そう。


 いずれの技術も他で応用が効く。

 可変静翼はそのままファンの可変ピッチ構造に進化するし、二軸式ターボジェットは多軸式エンジンへと繋がる。


 未来のエンジンというのは様々に試行錯誤された機構の全部乗せラーメンだ。

 ゆえに開発を行うにあたり、無駄になることなどない。


 描くぞ……新たな設計図を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はぇーすっごい…普段何気なく使ってるものでもやっぱ人の知恵の塊なんすねぇ [一言] それはそれとしてやっぱ紅茶キメてる奴はすっ飛んでるな 見えてるものが違うというか脳の構造が違うんすかね……
[良い点] そっかー バイクでクラッチミスしても壊れないのはちゃんと理由があったんだなー
[一言] 重突の影響を受けて超重戦車マウスの登場もかなり前倒しされそうですね。 1941年に開発が始まったなら、早ければ42年の春には戦場に出て来るかも。 鈍亀とはいえ地上戦でどうにかするのは相当面倒…
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