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第157話:航空技術者はシャフトを追加することを否定し、ギアを追加しようと目指す(中編)

 設計室にこもった俺は中山には見せていなかった報告書を改めて確認する。


 それはG.Iによる報告書であった。


 そこには二軸式のジェットエンジンの評価試験モデルの稼動に成功した報告と、もう1点新型燃焼室の燃焼実験に成功した報告が記述されている。


 新型エンジンは着々と完成に近づいていた。

 3年以内に量産化し、2605年までに各兵器に投入したい考えである俺にとって朗報以外のなにものでもない。


 基礎技術さえあればそれを再現できるのだ……彼らは。

 無論G.Iだけでそれに成功したわけではない。


 評価試験モデルを作ったメンバーには皇国人も4割近く含まれている。

 共同出資企業の者達の中から本国G.Iに出向した者達である。


 新型エンジンは皇国の施設だけでの開発は難しく、本国でさらに優秀な開発者と共に開発が継続されていたようだ。


 その辺りは開発成功を優先して自由にさせていたが……上手く行ったらしい。


 だからこそ俺は、新しい挑戦のための意欲がわいてきていた。

 それは……ギヤードターボファンの開発である。


 ギヤードターボファンエンジン。


 恐らくはターボファンエンジンの1つの完成形だ。

 少なくとも今後200年を視野に入れた場合はそうだ。


 ギヤードターボファンとは何かというと、ターボファンの1段目たるファンを減速ギアをかませて回転数を調節したもの。


 なぜこのような機構が必要なのか……それはそもそもなぜターボファンエンジンというものが存在するのかという点についても含めて考えねばならない。


 ジェットエンジン……またの名をタービンエンジンと呼ぶこいつは、早い話が筒の中で圧力を高め、その圧力を開放することで推力を得ている。


 この圧力を高めるという方法の1つがタービンと燃焼というわけだ。


 ターボファンが登場するまでのジェットエンジンにおいては、外からただ流入してくるだけの大気を低圧、高圧のタービン双方でもって圧力を加えつつ、燃焼させたガス……もとい燃焼室をその中間的部位に押し込んで膨張させて推力としていた。


 この場合、流入する大気というのは気圧と速度の二つに応じて変化する。


 当然にして速度が速ければ速い方が、圧力が高ければ高いほうが効率は上昇する。


 ただし速度においてはタービンへの抵抗が増加していく影響から、一定以上においてはむしろ効率が悪化する。


 また、タービン側にぶつかっていく大気の量が一定でなければ当然燃焼も一定にならないため、エンジンの効率が悪化するばかりか不完全燃焼などを起こしてエンジンの稼動そのものを停止しかねない。


 おまけに速度が速いということは燃焼を吹き付けた混合気が完全に燃焼しきる前に燃焼室を出て行くことを意味しており、不完全な膨張は推力変換効率を低下させてしまう。


 ゆえに速度が速い方が良いといっても、一定までで限度があった。


 事実、これからおよそ15年間ぐらいのジェットエンジンは吸気した酸素のうち、わずか1/4~1/5程度しか燃焼させられていない。


 それ以外は全て混合気または酸素として排出されてしまうのだ。


 俺がやり直す直前ともなると、次世代のジェットエンジンは燃焼をするために吸気した60%以上は燃焼活動に用いられることを考えると、いかに非効率なのかがわかる。


 ちなみに現時点で開発中の新型エンジンたるCs-2及びネ0-Ⅱは吸気した酸素のうち43%~44%を燃焼しようと試みるもの。


 燃焼効率は従来比100%を超えていて、倍っていうレベルじゃない。


 この時代においてはばかげた数値とも言えるが、ちょっとした燃焼室の改良でもこういう数値は達成できるものなのだ。


 事実、ターボファンエンジンが出た頃から燃焼率は40%近くにまで達しており、43%~44%というのは今より約30年後のジェットエンジンと同水準。


 現代の技術を70年先を行く知見でもって強化すればこの程度はどうにかなると考えているからこそ、開発にまい進しているわけである。


 一方で一定量の気圧かつ一定量の安定した速度による大気の供給……すなわち吸気さえあれば実はタービンなんて存在は不要で、内部構造だけで圧縮して燃焼して推力に変換することも可能でもある。


 これがいわゆるラムジェットエンジンやスクラムジェットエンジンと呼ばれるものだ。


 が、こんな均一かつ一定速度の大気の流れなんて空中に存在しないというのが現実。

 実際には圧縮するためのタービンに向かう風すら一定ではなく不安定。


 これらをどうにかする場合、方法は2つある。


 1つは流れ込む大気を均一化する構造物を仕込むことだ。


 例えばターボジェットエンジンの傑作と呼ばれるJ-79は静翼……すなわち一切回転しない非回転翼とも言うべき構造体がエンジンの最も手前に配置されていた。


 これは可変ピッチ式で、速度に応じて空気流入量を調節する。


 いわば後のターボファンエンジンに繋がる極めて重要な技術で、過度期のものと言って差し支えない。


 本機においてはターボファンエンジンをまだ作る事ができなかったことを逆手に取り、ファンを回転式ではなく固定翼の可変ピッチ方式とすることでターボジェットエンジンの効率を最大限に高めようとしたもの。


 実はF-4戦闘機はあの特徴的なエアインテークの後ろにさらに気流を調節する機構が存在したのである。


 しかもそれはエンジンそのものに搭載されていたのだ。


 そもそもがあの固定式のインテークが後付されたのは、G.Iが当初は「エンジン側だけでどうにかなる!」――と言い張っていたからである。


 実際はどうにかならなかったのでインテークにあんな構造物が後付されたのだ。


 むしろあんな比較的単純な構造物でF-4がマッハ2級戦闘機となれたのも、この可変静翼と呼ばれるエンジン構造体のおかげである。


 J-79が完全なターボジェットエンジンとは少々違うとG.Iが主張するのは、この構造体の存在がゆえ。


 言うなればターボファンならぬターボフィンと言っていいものかもしれない。


 といっても、これをもっと効率化できれば……ということで最終的には回転翼としてしまい、ターボファンとして発展していくわけだが。


 正直なところ、この時点ですでにターボファンはすでに実用化されており、当時のG.Iの技術的限界による妥協であるものの……


 今後を考えればJ-79の可変静翼は注目していくべき構造体であるのは間違いない。


 さて、2つ目のそういった構造物を設けるのとは別に均一な圧縮を目指す方法。


 そのもう1つとは、圧縮するタービンの出力を流れ込む大気を無視できるほどに大幅に向上……すなわち回転速度を引き上げ、さらに燃焼温度を上昇させて膨張させて推力とすることだ。


 しかし前者はまだしも後者においては燃料噴射量を大幅に増大したりなどが必要だったり、構造的耐熱強度を保たせるのは尋常ではなく技術の壁としての高さは半端じゃない。(一応、燃焼温度は燃料の噴射量が低くとも上げることは可能であり、未来の戦闘機はそうやって燃焼効率を上げているが、それもこれも部材の耐熱性能次第)


 そもそも燃料噴射量を増やすとはすなわち燃費の悪化を意味するが、出力を伸ばしたいならそれこそアフターバーナーと考え方は同じで吹き付ける燃料を増やすだけでも十分達成できるのだ。


 だが航空機は大気の抵抗と戦いつつ高速・高効率化を目指すもの。


 機体はより小型である方が有利だし、小型であれば当然燃料タンクの積載量は限られる。

 こういった矛盾と戦うにあたり、ターボジェットエンジンでは限界があった。


 さらにいうと、ここまでの考え方においてはある部分を見落としていた事に技術者達は次第に理解するようになっていく。


 それこそがターボファンエンジンの誕生の理由であるわけだ。


 各種研究が進み、日々進化するジェットエンジン。

 しかし各所試験を行っていたところ、ある部分において極めて非効率な状況が発生している事に気づく。


 それが噴流、すなわちノズルの先の部分だ。


 当時からある程度わかっていた熱力学において、そこがウィークポイントであることに気づくのに時間はかからなかった。


 超高熱化した排気ガス。

 こいつが適切に空中において推力を発生させていないのだ。


 原因は簡単。

 気圧差と熱伝導の仕組みを考えればいい。


 一見して後方にのみ排出されているように見える排気ガス。

 しかしこれが高圧かつ高熱だとどうなってしまうのか。


 物質というのは特定の状況下にて均一になろうとする特性がある。

 これは圧力、すなわち運動エネルギーの差だけでなく熱エネルギーもそうだ。


 熱エネルギーが顕著だとどうなるか。

 より低い温度の大気はより高い温度の大気から熱を奪って均一化しようとする。


 この時、運動エネルギーも同時に吸い込んでしまう。


 すなわち、ノズルから放出されたエネルギーは不規則な大気の流れ……速度帯によっては衝撃波ともなりうる不規則な波動となって分散していき、後方へ向けてまっすぐに推力を向けていたいのに、実際には正しく後方に向けて推力を発してはいない状態となるのだ。


 これを正すならば、排気するガスは低温であればあるほど高効率になりうると言える。


 しかしそう簡単に熱量なんて下げられるわけがない。

 燃焼温度は高ければ高いほうが不完全燃焼を押さえ込めるからいいのに、いざ放出する場合は低温の方が良いなど、なんたる矛盾か。


 一応、ターボジェットエンジン時代全盛期の頃から当時の技術者達はこいつを改善しようと試みてはいた。


 例えばノズルから外へと放出する前にエンジン内部にて圧力を一定量逃がし、断熱膨張させることで温度を下げ、放出時における効率低下を防ごうなどとしていたのだ。


 圧力が高ければ高い方が推力は増すにも関わらず圧力を逃がして断熱膨張させる空間を作るのは、高すぎる熱量によるロスと、もう1つ高速すぎる気流によって生じる衝撃波が正常に機体を前に押し出す力を生まない事に起因していた。


 機体の現在の速度に対して速すぎる気流は、対気速度差により衝撃波となって分散してしまう。


 正常に運動エネルギーとして後方へと伝わるには押し出す力も重要だが、押し出す際に均一に後方へと気流を送り込みたい。


 つまり機体の現在速度に合わせて気流の速度も調節したいのである。


 ゆえに一連の機構を仕込むことで一定程度の改善は見込めるようになったのだが……残念ながら一定量程度でしかなかった。


 速度に合わせて適切に圧力が逃がされるわけではなかったし、エンジン内にて生じる気流の流れも一定ではない。


 そこを固定式にして圧力を逃がしたって、ある速度では高効率だがある速度では非効率となりうる。


 そこは最終的にこの考えを発展させたものが誕生する。


 可変式のノズルこと、業界用語にて可変式ラバール・ノズルなどと呼ばれる形で制御されるようになるわけだが、それこそが現代の戦闘機のノズルである。


 速度が低い時にノズル径が広がり、速度を上げるにつれ閉じるのはノズル内で気流を圧縮して噴流の速度を向上させているためだ。


 一般的な未来の戦闘機のジェット噴流はノズルを広げた場合はマッハ0.5~0.6程度になるよう調整されている。


 これを閉じることでマッハ0.8~1.0以上へと噴流の速度を向上させ、適切に後方へと推力をもたらすのである。


 だがこれで解決するのは推力によって生じる衝撃波だけだ。

 熱量の緩和を果たしたとはいえない。


 熱量の緩和は最重要課題と言えるほどの推進効率のロスを生じさせている。

 それすら無視できるほどの高速領域を常に航空機は飛ぶわけではない。


 この問題は航空機の加速力と直結していた。


 そんな時、日夜ティータイムで紅茶を血液や脳内にまで循環させていた王立国家の技術者はこう考えるようになった。


 "エンジン手前にファンを設けて流れ込む風流を調節しつつ、その風流の一部または大半をノズルのある後部にまで流し込んで排気ガスの温度を下げてしまえば熱量によるロスを一定以上防ぎつつ排気ガスそのものの分散をも防ぐことが出来るんじゃね?"――と。


 ファンで生じた一定温度の大気はコアエンジンと呼ばれるターボジェットエンジンにて発生した高熱のガスを純粋に周囲に存在する大気よりも高速で流れていくがゆえに押さえ込みつつ、混ざりこむことで分散を防止して推力とすることが出来るのだ。


 "おまけにこれならエンジン全体の冷却も同時に達成できてまさに一石二鳥。エンジンの過剰発熱も防げるんじゃね?"――これぞ"ターボファンエンジン"誕生の裏側である。


 幾多もの発想の折り重なりの上で王立国家の技術者達ヘンタイが思いついたものこそこれだったのだ。


 後の世界初のターボファンエンジンこと"コンウェイ"である。


 正確に言えば分散を遅らせるというのが正しい表現かもしれない。

 伝導する熱を自身のファンによって生じさせた気流が遅らせることで、航空機を前に運ぶ十分な力を発揮しつつ、役割を果たした排気ガスを航空機の真後ろで分散させていく。


 それが当初のターボファンエンジンに求めた仕事であった。


 ちなみにこの時の彼らには可変ノズルという考え方はなく、固定式のノズルにて最大効率を達成しようと考えた結果、今日の旅客機の航空機の大半が装備するターボファンエンジンというものが誕生するのである。(というか、この着想を得た時点にてそんなものは存在しない)


 しかし彼らはそれを実行に移し、ターボファンエンジンというものも世に送り出そうとするあたりで気づいてしまう。


 "もしかして……ファンの効率を上昇させることができれば、ファンだけでも大規模の推力を発生させることが出来るんじゃね?"


"いやむしろターボプロップと同じでファンがメイン推力でいいんじゃね?"


 それこそがターボファンエンジン誕生後からそう間をおかずに登場した高バイパス比ターボファンエンジンである。


 当然、この考え方についても一番最初に気づいたのは紅茶で脳内を満たした技術者達だ。


 バイパス比とはターボファンエンジンにおける指標の1つであり、ファンによって生じる空気の流入量と、コアエンジンに流れ込む空気の流入量の比率を表すもの。


 高ければ高いほどファンの方が仕事をしているという事になり、比率次第ではプロペラ機といって変わりない。


 しかしここには大きな落とし穴があった。


 より大量の、高い推力の大気を効率的にエンジン内に押し込む場合、ターボファンのファンというのは大きければ大きいほど仕事をする。


 それこそ、ファン自体の推力を発生させる仕事だけでなく、大量の大気を小さな径のタービンに押し込もうとすればするほど内部圧力は高められるので、より少ない燃料で高い推力を得ることが出来る。


 だがしかし、ファンを巨大化すればするほどある問題が起きる。


 それは抵抗と効力だ。


 燃焼する前の低圧タービンにおいては大体そのサイズから1万回転前後が高効率で仕事をする。

 一方で手前側のファンというのは最高効率を目指した場合、その1/3で良いのである。


 だが、軸が直結していれば当たり前の話だが両者共に回転は同回転となる。


 この同回転というのに各構造物は耐えられない。


 なぜなら、そのままの直結構造においては重要なのは燃焼室に圧縮した酸素を送り込むタービン側なため、ファンの回転数はタービンの圧縮効率に引っ張られて回転数を上げなくてはならないからだ。


 無論、段階的に構造材を発展させていけば達成できるのだろうが……ファンは巨大化すればするほどその遠心力は強くなり、より頑丈なシャフトが必要となってしまう。


 また、速度が上がれば上がるほど巨大化したファンにおいてはターボプロップエンジンと同様、ファンブレードの一部にぶつかる気流の速度が音速に達して抵抗が大幅に増加してしまう。


 ゆえに速度は上げられない。


 そうなるとタービン側の効率は必然的に落ちる。

 この状況を変えたのは多軸式ジェットエンジンの登場によってである――

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