第157話:航空技術者はシャフトを追加することを否定し、ギアを追加しようと目指す(前編)
「――20代未満を中心に結核用予防接種を義務化。男女問わず全ての国民、国内の難民含む……ねえ。ずいぶんと思い切った舵取りだな。我らが西条大将殿は」
朝方。
朝食がてら食堂へと向かった俺の目の前に新聞を手に現れたのは中山であった。
よくある光景である。
朝食の時間は被っていた。
このようにして彼は新聞を見ながらこちらの意見を聞いてくるのだ。
稀に興味もある記事についての解説を聞くこともできるが、大半はどうでもいい話である。
ひとつ気になるのは、政府関係の話についてはやや卑屈な態度をとる中山の思想であった。
何か過去に嫌な思いでもしたのだろうか。
「まるで不可能だと言いたげだな。不満があるのか?」
「まさか。素直に驚いただけさ。今の時代において男も女もだなんて中々言えることじゃない。お前はそう思わないのかよ信濃。」
「感染経路はすでにある程度わかってる。主として女工が農村を中心に感染を拡大させてしまっていることを。ここを遮断するだけでも大分変わってくる。首相もとい閣下は突然リベラルに目覚めたわけじゃない。何が正しいかを深く考えてそう決断された。俺はその考えを尊重する」
中山は別に男尊女卑を正当化したいわけではない。
ただ単純に「全ての国民を――」と称して、従来までなら限られた者だけに与えられた特権に近い予防接種を義務化したことに違和感を感じたため、そう述べたのであろう。
半世紀先の事情を知る者としても、今の時代において東亜の国がこのような選択に至ったというのは画期的であるとは思う。
中々周囲がそれを認めるとは思えない。
いわば、それだけ感染源として猛威を振るっているというのが如実に現れている。
これまでは目を背けてきただけなのだ。
その事は彼が手に取る新聞にも記載されていた。
皇国政府は主たる感染拡大原因を出稼ぎ労働者(女工を含む)と断定していた。
極一部の者達が用いる「貧乏病」を従来まで認めてこなかった皇国政府は、その原因の1つが劣悪極まりない環境下にて働く事を強いられた者達によるものだと認めたのだ。
NUPより感染病関係の専門家達を招来してまで本腰を入れてワクチンの大量生産に乗り出したのも、それらが最終的に皇国の工業生産能力に直結するからに他ならない。
一方で皇国の専門家達はNUPの保有する結核用ワクチンではなく、皇国がこれまで培養してきた株菌を増産して用いることを表明していた。
これはある意味で俺が望む結果でもあるが……
NUPからのワクチン株の提供を断ってまで自国のものに拘る姿勢については特段何も言われていないが、どういう理由でその結論に至ったのかは不明だ。
彼らにも俺と同じく何か見えているものがあるのかもしれない。
噂ではNUPのものは効果が薄いからなんて話もあるが、一方で副作用の危険性も低いといった話も聞かれる。
未来を知る者としてはNUPのものでは不十分だと知っているので国産に拘ってほしかったが、その願いは叶ったようだ。
まあ医療分野において絶対は無い以上、これ以上の口出しはしないようにしよう。
重要なのは、ペニシリンを含めた抗生物質に関する分野においても本件と併せて技術提供を受けるということだ。
培養関係は本来の未来と同じく乳業メーカーを中心とすることと決まった。
俺はこれを高く評価している。
本来の未来において皇国の乳業メーカーを中心に培養されたのは、NUPや第三帝国よりもたらされた写真が関係している。
必死の思いで情報収集に当たったペニシリン委員会は、培養中の数少ない写真の瓶を見て"牛乳の成分調整用の瓶"に似ていることを突き止めた。
従来より黄色ブドウ球菌など食中毒に繋がる牛乳の加熱を伴う成分調整。
これのための瓶と抗生物質用の菌の培養の瓶は外観がソックリだった。
また「一定温度で加熱」――などといった技術文書の断片も参考になった。
結果的に本来の未来においてはこういった活動から乳業メーカーを中心に微生物研究は盛んになり、乳酸菌やらなにやら健康食品関係へと繋がる傍ら、こういった抗生物質を中心とした製薬メーカーとして発展していくこととなる。
この流れを俺はなんとなくだが変えたくなかった。
仮に赤の波に飲まれずとも、この方が製薬を専門としているメーカーよりも面倒見が良く、長い間支えてくれるのではないかと考えている。
理由としては、やはりカナマイシンの頃の世界中の製薬メーカーの状況だ。
古くより薬剤を扱ってきた純製薬メーカーは抗生物質を早い段階にて見切りをつけ、研究はごく一部の研究者が続けて何とか繋ぎ止めていたのが俺の知る未来。
しかし、皇国でそれを見捨てずに信じて支えたメーカーこそ乳業メーカーなのだ。
今回、真っ先にペニシリン委員会の要請に手を挙げた大正乳業。
この会社、他でもない「カナマイシン」を国内で大量生産し、世界に先駆けて発売した所なのだ。
もっと言えばペニシリンを含めた一連の抗生物質の生産を行ってきた企業なのである。
そしてこの大正乳業こそが他でもない、他国が見捨ててヤクチアすら見捨てて先細る抗生物質の未来を切り開いた会社に他ならない。
乳業メーカーとしては俺がやり直す頃では第2位であったが、俺の心の中では不動の第一位。
今より続く会社の理念が受け継がれれば、いつかきっと第一位に躍り出ることもあるだろうと思ってはいる。
各種の研究は、他の事業にも大きな影響を与えている。
衛生管理では間違いなく一位だ。
現在は第四位だが、俺が生きている間では無理でも、いずれ信用と信頼を第一に一番上に昇ってくると信じている。
それだけの企業が本来の未来と同じく手を挙げたという意義は大きい。
彼らにとっては戦時下の配給制度などによる統制などによって事業規模の拡大が難しいので、新たな事業を見出したいという思いもあっての事なのかもしれないが……だとしても喜ばしい事なのだ。
昨日受け取った報告書を読み、横から聞こえる中山の話を聞き取りながらふと思う。
このまま戦も後1月程度で無難に終わってくれればいいのに――と。
だが現実はそれを許してはくれなかった。
「……今日は随分と報告書に熱心だな。いつもなら俺の見る新聞ネタに食いついてくるというのに」
「戦車学校から新型戦闘車両についての報告があがってきてる。開発した際に見落とした部分がないか気になるんだ。なにせ車両なんてこれまで作ろうと思った事も作った事もないから」
「例の"重突"か」
「もうその名前が定着しているんだな。まだ正式に決まったわけでもないのに」
「お偉いさんもみんなそう呼ぶ。本命は戦車だから差別化したいんだ。だから俺もそうしてる」
「少し前まで"重戦車"だとか"重駆逐戦車"と述べていたのが嘘みたいだ」
「もう少し胸を張れよ。千葉で評価試験中の実験車の映像を見たら、誰だって本命はあっちだと理解できる。あれこそが俺たちの戦車だ」
もっと明るくなれよとばかりに肩をバンバン叩く中山の姿に対し、こちらは冷静さを保っていた。
気になる情報がいくつも書かれていたからだ。
報告書は重突の単純評価だけではない。
戦車関係の他国の状況も整理した上での総合評価を行った上に、各国の情勢に警笛を鳴らす内容も記されていた。
"第三帝国がヤクチアへ向けて大量の銅の供給申し入れとの情報アリ"
銅。
本来の未来ならばヤクチアはそれなりの資源量を誇り、他国に輸出する余裕すらあった一方、第三帝国ではまともに産出しないために苦しんだ鉱石。
皇国は国内よりそこそこ算出するこの鉱石資源が第三帝国には微小だった事で、幾多の分野において挫折した。
その銅の供給を受ける。
つまりこれは"我が軍と同じ方式の戦車を開発しうる危険性"というものを戦車学校は予見しているのたのであった。
報告書においてはその部分についても認識した上で、現在における重突の評価はこう記述されている。
【速力】
優速。歩兵戦車として十分であり、歩兵部隊との連携も必要十分にて行える。
【火力】
数年前までは過剰とも言えた火力であったものの、現時点においては7.5cm砲が主流となりつつあり、若干優位といったところである。むしろ徹甲榴弾(APHE)を中心として運用せざるを得ない現時点での我が国においては7.5cm砲との火力差は微小か若干劣る可能性もある。長砲身化などの改良を講じたいところである。
【防御力】
現時点で比較対象となる敵性国家の戦車とではズバ抜けている装甲を持つものの、8.8cm砲の直撃を十分に耐えるためにはおよそ700m以上の距離が必要となる。500m未満での距離で8.8cm以上の砲口径を持つ砲撃を受けた場合の被害は甚大ならざると言わざるを得ない。
【総合評価】
2595年頃における我が国並びに我が軍の状況を鑑みると、本車の性能はこれまでの我が軍の戦闘車より飛躍的に向上していることが認められる。他方、先進他国の戦闘車両における技術の成長も著しく、本車が今後いかほどの活躍をしてくれるかは未知数と言える。しかしながら第三帝国Ⅳ号戦車やヤクチアKV-1戦車といった敵国の強力な戦車群に対しては十分以上の働きをするであろう。
一方で整備にかかる煩雑さと燃費に関してはいかんともしがたい。他国の助力も受けた形での徹底した補給戦略を講じない限り、進軍速度は他国の1/3程度に留まる可能性がある。燃料を有る程度選ばずに稼動する発動機の冗長性、エンヂンオイル等が不要である点、揮発性が低く軽油に匹敵する発火しにくさを誇るタービン発動機専用の燃料の優秀さ並びに発動機自体の信頼性は現時点にして十分。後は他国の新型戦車次第といったところである。
――と、このように重突自体の評価は100点満点中75点といったような評価であった。
せめて速力に関しては快速と述べて欲しいところ、本来の未来では快速とされた40km少々の最高速度では戦車学校の者達は満足しない様子だ。
もし本来の未来であるならば間違いなく90点以上の評価だった所であろうが、75点となった原因は本来の未来とは異なる敵と戦わねばならぬからだ。
対シャーマンでは90点以上だったことだろうが、相手はティーガー、ティーガー2、KV-2、IS-2といった化け物重戦車を保有する国々。
近く解体される技術本部と異なり、元より技術本部の評価などアテにしていない騎兵学校から4月より名前を変えた戦車学校は極めて慎重な評価を行った。
この評価、素直に正しいと言えた。
その上で訓練車両を強引に北部戦線を中心に持ち込んだ事で、第三帝国が目覚めて本方式を採用してより強力無比な戦車を作るのではないかといった懸念。
まさにそれこそが、中山におだてられても素直に喜べない理由である。
銅の供給を受けた場合、もし仮に彼らが回転砲塔を捨てて"エレファント級"の戦車を大量生産した場合、重突は本当に戦っていけるかどうか不安だ。
そもそも性能が本来の未来のティーガー1より幾分劣っている。
あれよりも攻撃力と防御力のある戦車をいきなり出されると厳しい。
戦車学校側もそれを理解した上で新型戦車用の実験車両の開発と量産を急ぐよう嘆願した上で、実験車両については下記の評価を下していた。
【速力】
快速。同じ心臓部でありながら速力が大幅に向上する理由は不明なれど、現時点における歩兵戦車としては理想的である。王立国家より供給を受けたクルセイダー戦車との競合試験において加速ではこちらが大きく上回っており、最高速度では劣っていた。
戦場において必要なのは加速力であるため、こちらの方が総合的な速力では優勢であろうと予測される。特に後退速度ですら50km台であるのは特筆すべき長所であり、現時点で最速であるのは間違いないであろう。
【火力】まだ完成しておらず不明。開発部の報告では1000mで200mmの鋼板を貫通しうるとのことだが、実物を射撃した上で評価する。
【防御力】
仮設砲塔による防御試験のデータを見る限り、現時点において本戦車の砲塔部分を正面から貫通するには戦艦を持ってくる他ない。海岸線や湾岸施設を攻略するにあたり、敵軍の軍艦が固定式砲台とされていた場合など限られた状況において警戒すべき程度であり、もはや艦砲以外で直撃による撃破を危惧する必要性無し。
なお、これは前面装甲の話であって、側面の装甲は前面より劣るため、運用においては慎重を要する。
【総合評価】
率直に述べるならば、本車両が我が軍の最新鋭戦闘車両であるという事実を未だに受け入れられない者が多いほど、総合的に極めて高性能である。
引き続き燃料消費の弱点と整備時に特殊技能を有した人員を要する欠点は見られるが、全体的な性能向上はもはや比較対象が見つからない。現時点で優先すべきは本車をいかに大量に生産し、いかに主戦力とすべきかであり、他の兵器開発を中断してまで本車両の量産を優先する上層部の理解は極めて正しいと言える。
本車ならば間違いなく戦場で最前線に立って砲撃を行える能力があり、これは従来より存在した戦闘車両における戦術の幅を大幅に拡幅するものであるといって過言ではない。王立国家における巡航戦車との連携など、戦術運用においては今後我が校において構築していくこととする。
なお、砲塔は一部の機構がすでに組みあがっており装弾等を行える状況にあるが、装填速度の遅さを何らかの形で補填する戦術が必要となると思われる。
――これが未完成で実験車両でしかない、後に"三式主力戦車"と呼ばれる存在の評価であった。
この時点の俺は知らない事だが、この評価は後に各種機器が搭載されてさらに向上するのだが……
現時点では85点~90点といった評価である。
100点を貰うのは、この戦車が改良された後の話だ。
王立国家から元来はセンチュリオン用として開発されていたショックアブソーバー付のホルストマン式サスペンションなどの提供を受けて……
それもこのサスペンションは本来の未来ならセンチュリオンのために開発されたのに、こちらの世界では本車両の改良を目指して開発されてしまった。
王立国家にも後に供与されることとなる本車のサスペンションを見た王立国家の技術者は、センチュリオンの開発と平行してサスペンションに改良の余地があると考え、先行して自国に供与された車両を改造するのだ。
供与時の条件はリバースエンジニアリングなどを厳禁とする――と明記されていたのに戦中の混乱で有耶無耶となってしまった。
まあ装甲その他には手を出さなかった影響でセンチュリオンがいきなりチャレンジャーのような見た目になる事は無かったのだが……
それなりの技術が漏れたことは間違いない。
一方で、そのお礼とばかりに彼らは無償供与という形でショックアブソーバー付のサスペンションの提供をしてきた事により、本車はこれから数年、段階的に進化する。
まだこの実験車両は進化の途上にあり、これは序章に過ぎないのだ。
そんな戦車を素直に評価していた陸軍戦車学校は、本車を"無敵"――だとか"神風"――だとか過剰に持ち上げることはしなかった。
本来の未来と同じ。
慎重に。冷静に。落ち着いた澄み切った曇りのない心持ちによる第三者的視点による評価。
それが彼らの総合評価である。
浮ついているのはむしろ上層部。
千葉の試験車両の状況を見た上層部の将校らの多くは巨体の鉄の塊が現時点で最も高速な部類に入るクルセイダーを上回る加速と運動性であることに感激しきりであった。
彼らにとってはポンと魔法のごとく突如としてその戦車が現れたのだから、有頂天になるのも無理はない。
ただし、最初はソレを"不可能"だとか"幻想"だとか言っていたのは他でもない彼らである。
最初から高い評価を与えて待ち望んでいた西条や稲垣大将は前倒し生産などを望んでいるものの……生産工場などの拡張や増設を考えると厳しいものがあった。
陸戦においての被害は主力戦車を戦場に送り込むまで覚悟せねばならない。
それが技術者として歯がゆい。
どうしてもっと早い段階から他の技術者達は策を講じなかったのか。
そして俺はもっと早い段階で何らかの手を打てなかったのか。
そこが悔やまれて仕方ない。
だがこれ以上出来る事も無い。
慌てず急いで正確に。
今、皇国陸軍に求められているのはまさにこの言葉通りの行動である。
戦車学校も言葉通りに実行していた。
特戦隊の戦車部隊はこの学校内で優秀な成績を収めた者から選抜されている。
少しずつだが、電撃戦や縦深攻撃への対抗が十分に行える次世代の機械化機甲部隊が出来上がりつつある。
部隊が完全に構築されるまでの間どうするか……そこが今の難題。
誰かが命を消費して押さえ込む他ない。
技術者にはもはやどうにもならない領域だ。
敵は待ってくれないのだから出来る事は限られる。
陸戦において俺が出来る事はもう殆ど無い。
未来の強大かつ皇国が望んでいた真の戦力を正しい形で整えるしかなかった。
「――もしかして砂漠戦の件で気落ちしてんのか。自惚れるなよ信濃。この戦はお前が望んだものでお前が始めたことか?」
「いや……?」
突如として真意をつくような言葉を投げかけられ、しどろもどろした態度をとってしまう。
当然、図星であった。
「宣戦布告はたしかにこちら側が行った。だがそれは協定に基づく正当性のある行動だ。協定を結んだユーグの国々へ進攻して宣戦布告したのはあちら側だ。協定を結んだ国々を裏切るなんて出来ないからこその行動だ。望んだ戦いではないのは事実。一方で戦うと決めた以上、これは国民全ての問題だ。全ての国民が責任と責務を背負っている。恨み節を述べるなら国籍を捨てて他の国に移住するべきだ。その国が皇国より平和だなんて保障は全く無い。一体世界のどこの国が今安全だってんだ。NUPか? NUP内は安全だとしても東亜の人間の安全の保証なんてない」
「そりゃそうだが……」
朝から珍しく感情が高ぶる中山の姿に戸惑いを隠せなかった。
ここ最近の気落ちした様子が気に入らなかったのであろう。
絶対に伝えたい何かが彼にはあるのだ。
「――結局、一番平和に暮らせるのは自分達の民族が生まれ育った土地だけだ。その土地が蹂躙されるというなら戦わねばならんのは道理。国家としては当然のこと」
「正論なのはわかっているつもりだ」
「いやお前はわかっていない部分が1つある。お前は強引に徴収されたわけではない者達……つまり現時点において9割以上である志願して兵士になった者達が強制的にそうなったと思っている。そうじゃないだろ。国が持つ危機感を共有して出来る力で何とかしたいと思った末に命の危険すら顧みず入隊してきた英雄と呼ぶべき者達だ。彼らの犠牲は確かに少ないほうがいいが、死を無理強いされているというのは彼らの誇りを傷つける冒涜だ。国の将来を守るために彼らは戦っている。砂漠へと足を運んだ者達は決して状況を悲観してなどいなかった。なんでかわかるか?」
「いや……申し訳ないが俺は彼らを見ていない」
「戦地へと向かった中には俺の同級生もいる。彼らの士気が高いのは……信じているからだ」
「何を?」
「この国には本物がある。ブリキで出来たような情けない戦車じゃなければ、他国より馬力も速力も劣るような航空機ではない、誇張なしに列強国たる正真正銘の切り札がある。今日は駄目でも明日がある。昨日を圧倒する明日がある!」
「……あと2年はかかる」
「俺からすればたった2年だ。5年前、俺はこれでは間違いなく諸外国とは戦えないと思った。速力だけでなく信頼性の欠片もない航空機達。これではどうやって他国に追いつけるのかと。参謀本部がどれだけ立派な発表をしたって現実は20年以上は遅れていた。翌年に正式採用されたチハだって装甲はまだしも馬力は酷いもんだ。唯一の自慢はジーゼルだってだけだ。あれから5年。今俺たちは諸外国の無敵と宣伝される最新鋭兵器と肩を並べてるか、追い越しているんだぞ」
「残念ながらまだ追い越してはいない」
「そうだとしてもいずれ追い越す。風は吹いている。絶対にこの国の土台を崩さんとしがみついて崩そうとする害虫を吹き飛ばす風を。その台風の目こそがお前だろう。一体どれだけの強力な戦力達を生み出してきたと思っているんだ。戦車も、ヘリも、そして新世代戦闘機も。全て設計者はお前だ」
「それは……」
そこまで声にしてその先は言葉が詰まった。
"それは、俺が未来の技術を知っているからだ"――
つい、そう言いかけてしまった。
「いいか、人には役割がある。一人で全部のことが出来るなんてこの国の神話で語られる神様ぐらいだ。お前はスサノオじゃない。技術者であるお前の役目は、神話級の武器を生み出して人々に与える事だ。少なくとも俺は新型戦車に神話級の何かを感じ取っている。あれは数次第で伝説を作る」
「まだわからない。12cm超級の砲は敵国にもある」
「数で上回ればいい。ともかく、技術者たる人間がそんな心持じゃ覚悟して戦場に向かった同胞達に申し訳が立たないだろ。彼らはもっと早く新型戦車が生まれていれば……なんて恨むものか。俺の同級生もお前に礼を述べてくれと言っていた。お前は知らないのかもしれないが、西条大将は戦地に向かう彼らに対して試験車両を見せている。何の勝算も無く向かわせたわけじゃない。後は完璧な完成度の新世代兵器達さえあればいい。それは彼らではなくお前の仕事だ」
「わかってる」
「わかってるなら慢心はしなくていいが胸を張れ。もっと堂々としろ。お前が後ろ向きでは兵の士気を下げる。内心がそうであっても隠せ。まだ若いから感情処理も得意ではないとしても、周囲が不安になる」
「……わかった」
中山の言葉は全て正論だった。
きっと最近の様子が周囲の不安を煽っていたのだろう。
それが気に入らなかったのだ。
俺が不安な様子を見せれば「何か問題がおきているのか」――と周囲を疑心暗鬼の渦に押し込む事になる。
少なくても周囲の前ではそれを隠す必要性があることをすっかり忘れていた。
今牽引しているのは、他でもない自分なのだ。
あの時とは違う。
頼る人間などいない。
頼られる立場になっている。
ならば、堂々としろというのは間違いない。
記憶情報も合わせたらもうすでに100年近く生きているにも関わらず、何をやっているやら。
きっと精神と肉体というのは密接関係性というものがあるのだ。
精神の成長は肉体に刻まれた多種多様な情報も合わさってのもの。
今の自分は最後まで抗おうとしていた80代頃までの自分と比較して劣っている。
それを理解した上で前を向こう。
不安を煽る報告だけじゃない。
彼には見せていないもう1つの報告書には朗報も書いてあった。
だから俺は次の挑戦をする。
「――おっ、ちょっと前の顔つきに戻ってきたじゃないか。そうだ、それだよ。まだ俺らの躍進は始まったばかりだ。いいか、戦の事だけじゃない。終わった後だって次に備える必要性がある。技術開発に終わりは無い」
「わかってる」
「お前が耐Gスーツと呼んでる奴。あれも正直言って素材の選定にものすごく時間がかかっていて開発が遅れ気味だが……俺は後ろ向きに考えていない。絶対に間に合わせてみせるからな」
「ああ……頼んだ」
設計室へと足を運ぶ。
アレの開発のための図面を引くのだ。
それは中山が言う、"終わった後の先"を見据えた技術開発。
今からやるには十分な報告が――G.Iよりもたらされていた。