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第154話:航空技術者は嫌悪するほど危険な存在だからこそ手を抜かない(後編)

 ウィルソンCEOに見せた図面。


 それは1/8のサイズとはいえ、原子炉としては実用に耐えうる……それも今より30年以上は先を進んでいる沸騰水型原子炉であった。


 これこそ俺が考え抜いて出した答え。


 全ての状況を勘案した場合、これが現時点においてもっとも妥当な案であるのは間違いない。


 まず沸騰水型原子炉……すなわちBWRとした理由。


 これはPWR(加圧水型原子炉)の技術を渡せば、彼らは本方式を用いて間違いなく原子力潜水艦や原子力空母に手を出そうとするのが明らかであることと……


 現用の技術にて実用化しようものなら10年はかかる代物であるため。


 その圧力の強さから制御が難しく、実証用の実験炉を作ることすら難しいPWRの技術を渡しても、本方式による原子炉は戦中の間は作られないであろう。


 それはつまり、戦後の状況次第では相手側に開発、運用方針において幾分の自由を与える隙を生む。


 現時点において皇国はレンドリース等を受ける傍ら、企業を除外した国家としてのNUP側に対して利益となるようなものを渡せていない関係上、技術を逆手にとってこちらが不利となるような要求をしてくる可能性がある。


 この点を考えると少なくても実証炉ぐらいは作っておける環境の方がいい。


 実はG.IはPWRの開発には半ば失敗していて、この技術を渡しても実用化できない可能性もあるため、案外渡してしまっても問題無いのではないかと思えなくもないが……


 そこにもきちんとした理由がある。


 向井氏がその存在を示唆した直後からG.Iは京芝の幹部や常陸の幹部らとの接触を図った。


 理由は簡単で、この二社が開発に関与しているのではないかとG.Iは睨んでいたからだ。


 現時点で原子力発電システムなんて存在しようものなら、技術力的にそれを誕生させるのは自らの手の内にある京芝か、あるいは常陸しかない。


 ――そう考えたのであろう。


 それはある意味で正解だ。


 本来の未来においても、この二社こそがヤクチア式の原子力発電システムを製造することが許された企業。


 この二社以外で新たに参画しようと考えた企業は皆無な状況にあった。


 沸騰水型原子炉というのは全体の機構は単純だが、構造自体は複雑。


 そしてその運用も複雑かつデリケート。


 ゆえに多方面に強い企業でなければ運用を行うことなんて出来ない。


 俺が思うに皇国内においてはここに四菱を加えてもいいはずだが、京芝幹部の話を伺う限り、G.Iは四菱が兵器製造で余裕がないため、この二社を巻き込んで作るつもりがあるらしい。


 それは仮に陸軍内のみにて研究が完結している状況であっても……ということである。


 この話を聞く前の段階では、俺はPWRの基礎型か……もしくはBWR型のMark1を素直に相手側に押し付けてしまおうと思っていた。


 仮にMark1ならば6年ほど時間を短縮するだけで、今後の状況からして間違いなく誕生するであろう最初の原子炉である。


 実用化された初めての発電用原子炉であるMark1。


 BWRを渡すとしてもこれで十分であろうと、そう考えていたのだ。


 だが、この二社を巻き込んでNUPと皇国で開発しようとするというなら話は変わってくる。


 そしてPWRという選択肢も完全に消える。


 まずPWRについてだが、ヤクチアは自国にてPWRを実用化した後も、皇国地域内においてはBWR型の原子力発電所の建造しか行わなかった。


 これは地震大国である皇国においてPWRは危険すぎると判断したためであり、半世紀以上先の未来を見据えると主流たりえないBWRよりも熱効率……


 すなわち発電効率の良いPWRを選択したくなる一方で、ヤクチアの判断にはそれなりの説得力があった。


 PWR型の場合、ひとたび二次冷却システムが完全に破損して停止すると一次冷却系統までもが制御不能となるリスクがあり、このリスクを回避する方法が70年先においても全く見出されていないためである。


 通常、PWRは一次冷却水と二次冷却水が分離され、圧力容器内を循環して核物質で汚染される一次冷却水は完全に二次冷却水と交わらない一方で熱交換を行うことにより冷却する。


 この時、二次冷却系統が停止すると当然にして一次冷却水は廃熱する手段が無くなるため、そのまま放置するとどんどん高熱化。


 一応、原子炉圧力容器内にも冷却材が充填されているが、状況によってはそれだけでは冷却が不可能。


 熱量の上昇に伴う体積の増加によって圧力が上昇することに伴い、原子炉圧力容器内はさらにどんどん高熱化するが、一応原子炉にも安全弁があり、特定以上の圧力に達すると圧力を逃がす事ができるよう初期の頃からPWR型の原子炉には緊急システム用の安全弁が存在する。


 しかし、原子炉から圧力を抜いた際、圧力容器内が正しい圧力を保った後にこの弁を閉じなかったり……または弁が閉じることができない状況となった場合どうなるか。


 圧力が減少したことで、それまで水の状態を保っていた冷却水は自身が持つ温度が沸点を超えており、水蒸気となって外へ逃げようとする。


 この時、逃げようとする蒸気は循環する正規の順路を一切無視。


 内部の循環機構を破壊または破損させながらも外に逃げようとする。


 冷静に考えればここに"大量の冷水"でも流し込めればなんとかなるように思えるが、一次冷却水の量は総量10万リットル以上にも及ぶ水量であり、それが蒸気となって逃げる。


 当然、生半可な圧力では正常な循環状態に戻す事は愚か、普段は水で満たされる圧力容器内に水を押し込む事はできない。


 この時、仮に制御棒を押し込んでも圧力容器内から水が逃げて業界用語で言う"ドライアウト"と呼ばれる燃料棒が丸裸の状態となる現象が発生してしまう。


 このドライアウトが発生するとどうなるか。


 再び冷却装置が復活しない限り、燃料棒が溶け出すのだ。

 いわゆる炉心溶融……メルトダウンである。


 このように仮に述べると、ある程度化学知識のある者はこう質問するかもしれない。


「なぜ制御棒を押し込んで核反応を停止したのにメルトダウンを起こすのか」――である。


 それこそ、同じ状態になってメルトダウンが発生したスリーマイル原発事故では、炉心溶融に至った原因について当初は不明だったので、物理学界などで物議を醸した。


 多くの者は「制御棒を押し込めば核反応は瞬間的に1%未満になるので、熱量の上昇は止まるはずだ!」――と、制御棒自体が稼動していなかったか制御棒の構造の問題性を疑った。


 しかし実際には制御棒が問題ではなかったことが後の調査によって発覚する。


 当時の状況を再現した検証により判明したこと。


 それは制御棒を押し込んだ後の原子炉圧力容器内においては即座に燃料棒の核反応は止まるが、それまで核反応させている際に発生した核分裂生成物の崩壊現象による崩壊熱によって平時稼動状況の1割近くにも達する熱量が圧力容器内にて生成され、3時間~4時間の間は一切冷める事なく熱量が一定程度保ったままとなるという事だった。


 ようはその1割程度とされても低くない熱量を制御しない限り、圧力容器内の温度はどんどん上昇してしまうわけだ。


 制御棒と燃料棒になんら問題はなかった。


 問題があったとするならば、それを予見して正しく冷却するシステムだったのだ。


 結果的にこの崩壊熱が燃料棒を溶かし、制御棒でも制御しきれない微弱な核反応が発生し……メルトダウンにまで至った――と、そういうわけだ。


 ヤクチアはスリーマイル事故が発生する前の段階からこの状況が十分に予見できていた。


 その上で恐れたのだ。


 散々っぱら広島と長崎の件で憎悪をかきたててNUPに矛先を向けさせていた中、チェルノブイリのごとくPWR型で大規模な原発事故を起こしてしまったら……


 向けていた矛先が己に再び向くのではないか。


 自身はその時点ではあくまで核兵器を戦闘に用いた事はないので、その行為を悪魔の所業と煽り立ててNUPを悪魔の住処に例えて日夜プロパガンダでその思想を植えつけつつも、安全安心な平和利用という大義名分が崩れた後の状況を想定した上で、彼らはPWR型を皇国地域内に持ち込む事は一切しなかった。


 俺はこの思想に染まっているわけではないが……ある程度の正当性を認めている。


 そこら中に活断層があふれている皇国において、一度制御不能に陥ったらメルトダウンに至るような代物では駄目だ。


 一応、PWR型は世界の主力たりえる原子力発電システムであるため、日夜開発が続けられて進化している。


 安全係数的に言えば古いBWR型よりよほど安全だとまで言われる。


 俺もその技術に関してはある程度把握している。


 しかしそれは地震大国を除いての評価であり、緊急停止システム関係が必ず動くことが前提の話。


 航空機事故のごとく"まさかそんな所が止まるのか"――というような事が起きれば全てが崩壊することは製造メーカーも認めている。


 配管が多い以上、常にそれらが破損するリスクが存在していた。


 無論、そのために日夜安全対策は試行されており、二次冷却水の多重化はもちろんの事、二次冷却機構において新たなシステムが考案されたりもしている。


 例えば二次冷却水が喪失した際、通常とは異なる別所から水源を確保して冷水を注入。


 熱交換器に冷水をブチ込んで発生した蒸気を外気へと逃がし、非常に強力な緊急冷却機構とするシステム等は実用化されている。


 これは一次冷却水と二次冷却水が交わらないPWR型だからこそ可能な手段であり、仮に一時冷却機構に破損が生じていた場合、外気へと逃がした水蒸気の中には放射性物質が混ざる事となる。


 もっとも、制御室ではそこを加味し、破損した箇所は停止して破損していない部分だけで冷却を試みるようなマニュアル等は用意している。


 一方では最初にPWRという仕組みを考案して実用化したNUPなんかは"格納容器内で発生した火災を消火するためのスプリンクラーを作動させてしまう"――なんて手法を考えだし、外側から圧力容器を直接冷却してしまうという、その発想は無かったようなものも存在したりするわけだが……


 ともかく多重化により乗り越えようという機運は未来において生じていた。


 だがそれは2630年代以降の話だ。


 スリーマイル事故以降の話だ。


 現時点でそれらを全て再現した上で構築するには極めて複雑すぎて、とても現在の技術でどうにかなるとは思えない。


 現在の技術で作れるPWR型を無理して作って稼動させたとしても、そうなれば拡張性などに問題が生じて後々に遺恨を残す。


 仮に皇国に導入するのだとしても今ではない。


 出来れば原発自体不必要に思うし、徹底的に排除したい。


 しかし世界の情勢がそれを認めてくれない可能性も高い。


 なれば無茶はせずに技術が確立した後の時代に導入するかどうかを任せ、現時点においてはBWR型にてアプローチするのが理想であろう。


 ただし、それはMark1ではない。


 今回俺がウィルソンに見せた原子炉システムはMark1は疎か、Mark2でもMark3でもないという、およそG.Iが本来の未来において作ってきたものとは異なっていた。


 これには理由がある。


 未来において原子力発電関係の技術者内にて、盛んに叫ばれる言葉がある。


 それは「Mark1は欠陥品だ」――という話だ。


 当初こそ完璧無比、全方位で状況を想定して作ったと言われるMark1原子炉。


 なんたってこいつは各構成部品に関する技術書のページが半端ではなく、辞典を広げて眺めているぐらい各分野においていかに全てを検討して作られたかがよくわかるすさまじいものとなっている。


 一つひとつの部品についてどういう効果があって何をするためにそういう形になっているのかを、G.Iは機密とせずにある程度入手可能な範囲で公開しているほどなのだ。


 これがとにかく長い。


 たった1つの取り付け金具にA4サイズの用紙にて285ページも割いているぐらいに長い。


 ありとあらゆる負荷を想定し、各分野にて耐久設計等を行い作った。


 それを解説するためにそんなページとなっているのだ。


 G.Iは真剣だった。


 なんたって核物質を用いて発電するのだ。


 本来は安全なわけがない代物なのだ。


 だからこそ、徹底的な安全性というものを実現化しようとした。


 また、コストパフォーマンスの観点からも長年運用することが容易に想像できるため、各部の耐久性におけるデータは非常に重要な意味を持っていた。


 天変地異が発生して容易に破損しても困るが、運用時においても10年や20年で耐久限界に達してもらっても困る。


 そうそう簡単に格納容器内などに立ち入る事など出来ないほどに汚染されるのがBWR型。

 ゆえに内部機構の頑強さは航空機の比じゃない。


 空を飛ぶための軽さなんて原子炉に必要ない。


 必要なのは徹底的に頑丈で、かつ組み立てだけでなく解体も可能な代物であること。


 構造物としての格納容器や圧力容器なんかは、原子力発電という運用を一切せずにシェルター等で用いるならこの世において間違いなく最強と言えるほど頑丈なものなのだ。


 ゆえにG.Iもある事故が発生するまではとにかくMark1には自信を持っていた。


 しかしある事故をキッカケに、それが全て崩壊する。


 そう、それこそがPWR型の危険性を世に広めたスリーマイル事故なのであった。


 本来なら仕組みが異なるPWR型による原発事故。


 それによってなぜかBWR型の信頼が崩れてしまうというのは不思議に思えるかもしれない。


 しかし、スリーマイル事故にて発生した事象の多くは、Mark1にとって想定外のものだったのだ。


 1つが先ほど述べた核分裂反応によって生じ、圧力容器内に残された残留核分裂生成物による"崩壊熱"によって発生するメルトダウン。


 そしてもう1つが……この崩壊熱の際に生じている高濃度放射線により水の分子が分裂してしまう"水の放射線分解"と呼ばれる化学反応にて生じて発生する水素ガスである。


 実はスリーマイル事故、メルトダウンと同時に被害をより増大させるある現象が圧力容器内にて発生した。


 水素爆発である。


 この水素爆発によって配管内から押し出された冷却水が各所タンク等を破壊。


 このタンクの破壊によって大量の放射性物質が外部へ流失したのである。


 これが完全に想定外だったのだ。


 そもそもスリーマイル事故までの間は、制御棒さえ入れれば完全停止するものと思われていた。


 実際に実証炉等における試験稼動ではそうなっていた。


 だが、それは試験稼動時における運転時間の短さや、実証炉自体が小型すぎてデータが取れずに確認できていなかった事象なのである。


 事故が起きる前の段階においては制御棒には絶対の信頼性があったし、事故が起きた後は制御棒自体に何らかの個別の問題があると即座に疑われるぐらい、見落としていたものだった。


 しかし事故の検証から判明した水素爆発とメルトダウンに至る事象により、G.Iの技術者に衝撃が走る。


 当時のMark1の格納容器は外部に放射性物質を一切流出させないため、完全な密閉構造。


 その上で、水素爆発するなんてことは想定していないので必要最低限の容量として小型化を目指した。


 この結果、もし仮に圧力容器内で水素が発生した場合、Mark1の場合はその構造から圧力容器から水素が漏れ出し、格納容器内に堆積してしまう。


 圧力容器内の配管は発生する水素の量を受け止めきれず、破損させてまで外に逃げるということが計算上わかっていた。


 この際に発生すると思われる水素の量が同じく密閉構造たる格納容器内にも溜まるが、Mark1の大きさを見ても分かるとおり、格納容器の容量がまるで足らず……


 発生した水素は格納容器の強靭なボルトで締め付けられた蓋を多少持ち上げるような状態となりながらも原子炉建屋内に水素を満たすような状況となることが想定された。


 この時、もし仮に水素を爆発させる要因が生じて水素爆発に至ったならば……


 いかな30cm以上もの厚さもあるコンクリートで作られた建屋であっても、内側の圧力に耐えられずに吹き飛び、大爆発を起こす事だろう。


 その爆発がさらに冷却系を破損させれば……もはや手がつけられなくなり、チェルノブイリどころではない重大事故となる可能性もある。


 PWR型の場合、当初より内部から大量の蒸気が格納容器内に逃げ込む可能性を考えて非常に巨大な格納容器として余裕をもっていたのだが……


 内部において強烈な圧力を持つガスなんて生じるわけがないと思われていたBWR型の初期型たるMark1はそのような格納容器ではなかったのだ。


 配管などが長くなると内部構造が複雑化して破損のリスクが増える事から、なるべく格納容器は小さくしておきたかったG.Iは、PWRと比較して非常に小さい格納容器を自慢して宣伝してすらいた。


 しかしそれがスリーマイル事故によって過ちであったことを理解してしまうのである。


 当然、すぐさま対策は考えられた。


 1つが完全密閉構造たる格納容器に後付け工事でPWR型と同様の安全弁を設けること。


 ただしこれは、安全弁を用いればヘタすれば大量の放射性物質を外部に流出させることを意味していた。


 これの一体何が安全なのかさっぱりわからず、PWR型が後の世において世界の主流になったのも、二次冷却水さえどうにかすれば案外どうとでもなる構造だったからなのではないかと思われるが……


 もはやこれは想定していなかった事による欠陥である。


 しかしひとたび建造してしまえば、すぐに解体できないほどに建造コストがかかっているのが原子力発電所というもの。


 各地で稼動している原発がこの頃まだ10年~15年といった所だ。


 耐用年数的にはまだ余裕がある一方で、解体して新型へと置き換えるなど補償問題等考えたら莫大な損失となりかねないし……そう簡単にやれるものではなかった。


 付け焼刃的な対処であっても、とにかく安全対策と称して後付けのシステムを組み込み、なんとかしようとしたのである。


 何とかなったとは思わないけどな……個人的には。


 その上で、BWR型の改良にも着手する。


 Mark2はその状況において生まれたものなのだ。


 このMark2なのだが……実はこいつにも欠陥がある。


 格納容器の容量は一気に1.4倍まで増大したものの、ある欠点を抱えていた。


 Mark2の図を見てみれば一目瞭然。


 万が一メルトダウンに至ると格納容器の真下に圧力を逃がす際などに用いる水が満たされており、高熱の燃料棒が触れると水蒸気爆発を発生させる可能性があったのだ。


 仮にスリーマイルの事故のようにメルトダウンに至った場合において、水素爆発は防げても水蒸気爆発を格納容器内にて発生させるリスクを孕んでいた。


 にも関わらずこのような構造としたのは、緊急時において圧力容器内の圧力が下がり過ぎないように格納容器内にて圧力を調整するためであったのと、万が一メルトダウンに至る可能性があるならば水を抜くか逆に満たすことで調節可能だと思われたためである。


 しかしこれは、格納容器内の圧力調整用の水プール関係の機構が正常に作動する場合のみ。


 この部分が破損する可能性についてまで徹底的に考え抜いていなかった。


 そんなMark2はその危険性が指摘されると様々な部分が多重化されて改良されるものの、改良型に至っては水蒸気爆発すら考慮して格納容器がさらにMark2初期型の1.5倍の容量となるなど、本末転倒な状況に陥っている。


 結局、Mark2では問題解決に至ったと考えられず、BWR型のセールスは伸び悩む事になるのだ。


 そんな最中、起死回生の一手として誕生したのがMark3。


 もはや当初利点であると言われたBWR型の格納容器の小ささなぞかなぐり捨て、PWR型と見間違うかのごとき巨大な格納容器に各種構造物を組み込んだものである。


 航空機や宇宙船と並んで想定外が許されない世界である以上、余裕をもたせる構造が当たり前……


 そこで最終的にG.Iが出した結論がこれであり、格納容器の容量はもはやMark1と比較すると7倍以上、改良型Mark2と比較しても3倍以上の大きさである。


 一方でここまで巨大にした影響なのか、格納容器自体の構造的耐久性はMark1の75%、Mark2の78%となっている。


 つまり2割以上も対圧性能が低いのだ。


 ただし、これをもってしてMark3の安全係数が低いなどと考えるのは早計。


 流体力学を学ぶ人間なら熟知しているだろうが、単純計算で同じ温度の大気で容器の内部が満たされていた場合、容器の容量が2倍となれば圧力は1/2となる。(容積が増えても内部の大気温度に変化が生じなかった場合)


 これを"ボイル・シャルルの法則"といい、ある程度の温度変化までは計算式で表してグラフ化できるわけだが……


 原子炉内における緊急事態においては様々な状況が急激に変化しつつ生じるため、一律に1/8になるので大丈夫だとは言えない一方、熱崩壊によって内部にて生じる水素等の量が同じならば耐久性はむしろ大幅に向上していると言える。


 水素の場合、爆発点に至るにはある程度の大気密度が必要となるため、それよりも薄い状態ならばどうにかなるのである意味最も合理的な解決方法だった。


 とはいえ、Mark3はもはや購入を検討していた国々からは「――なんというかもうヤケクソ気味になってないか?――」


 ――などと言われるほどで、デカすぎる格納容器ゆえにPWRと比較して安全性は高いもののコストパフォーマンス等の問題からセールスはMark2と並んで伸びておらず、世界の主流はPWRとなってしまったのだった。


 ここまでデカい構造物だと1/8サイズにしても相当な大きさとなってしまう。


 これはさすがに採用出来ない。


 一方でMark3と同等かそれ以上の安全性が無ければ、とてもではないが皇国内に採用されてほしくないというのが俺の考えだ。


 そこで今回考えたのが、Mark3とは全く別アプローチにて格納容器を頑強なものとした原子炉である。


 まず格納容器であるが、格納容器自体はキャンティーン型の水筒のような構造となっている。


 ここに一定程度までの圧力に耐えられる金属の外殻を施す。

 これはあくまで金属ライナーであり、内部からの汚染物質流出を防ぐもの。


 内部で生じたガス等による圧力に耐えられる構造とはなっていない。


 実際の格納容器はこの金属ライナーの外側に施した鉄筋コンクリート製のものだ。


 しかも、この鉄筋コンクリートは格納容器というか格納建屋とも呼ぶべきものであり、原子炉建屋と一体化構造となっている。


 これは原子炉建屋そのものが格納容器の構造を保持するようにすることでより格納容器の構造強度を向上させることが出来、耐震性も格納容器と原子炉建屋双方の相乗効果によって大幅に向上するばかりか……


 この構造ならば従来よりも全体構造の重心点を低く出来るため、地震発生時等において圧力容器内の各種機器にかかる負荷を押さえ込む事ができるのである。


 また、金属製格納容器と異なり、各種配管を保持するための支持用の部材が不要となり、配管の配置に大幅な自由度が生まれるだけでなく、より有効にスペースを活用することが出来るようになる。


 また、各ブロックは部屋という形で分離する事が出来、格納容器内での汚染物質を封じ込めることが出来るようになるだけでなく、これらは全て換気や排気等が行えるように空調システムを整えており、例えば水素ガスが内部に発生した場合はブロックごとに換気や排気を行えるようになっている。


 基本的に格納容器内部は水素と反応しにくく爆発を抑制可能な窒素ガスを常時封入して封印状態とし、人は立ち入れない領域とはするが、万が一の場合は建屋全体において窒素ガスを封入可能な密閉構造とすることが出来るのだ。


 無論、建屋全体に排気システムを導入しているので、緊急の場合はベントという形で水素ガスを外に逃がす事も出来るようにする。(最終手段である)


 このようなことが可能なコンクリート製の格納容器は主にヤクチアを中心に研究がなされていたが、皇国地域内においても独自に研究され、従来のBWRを大幅改良する際に金属製格納容器より様々な点より有利との事から次世代型に採用するならばこちらだろうという結論には達していた。


 俺はこの基礎部分たる「優位である」といった情報しか知らないため、大部分は新たに作り起こして設計図を描いている。


 未来の構造力学と流体力学を用いることで何とか形にしたが、このおかげで格納容器の大きさ自体はMark3よりも大幅に小型化した。


 いや、これは正確には正しくないか。


 実際には原子炉建屋自体が格納容器の構造を補強し、格納容器そのものになるのだから、格納容器自体の構造はさらに大幅に巨大化したとも言えなくもない。


 Mark3では格納容器の外側に巨大な原子炉建屋が必要なわけなので、全体構造よりかは小型化しているだけである。


 一応、金属性ライナーに囲まれた格納容器自体の大きさはMark1の2倍であるわけだが……これは改良型Mark2より小さいのである。


 にも関わらず、対圧性能はMark1の12.5倍にも引き上げられているわけだが、これは格納容器全体の構造が金属製ライナーを押し込めており、内部から生じた圧力を強靭な鉄筋コンクリートが押さえつけるためで、まるで未来の戦車の複合装甲のようになっている。


 一方で、内部の構造物が大幅に減ったために内部容量自体は改良型Mark2と同等かそれ以上。


 いわば皇国が従来より得意とする"小型化"である。


 これらの格納容器に加え、本原子炉においては制御棒も一工夫加えている。


 従来までのBWRでは制御棒は水圧のみで駆動する方式だった。


 これは制御棒を駆動させる部分の配管が破損した場合、作動しなくなったり、制御棒が水圧低下により落ちてくる可能性が指摘されていた。


 実際には内部で固定するので一度動かせば落ちる事などないはずなのだが……操作ミス等により制御棒が脱落する事故は何度か起きていた。


 そこで、本来の未来において皇国地域の技術者が考えていた電動機を併用した方式を採用する。


 これはねじ穴を切った電動機と接続されるシャフトに同じくねじ穴を切った制御棒の一部を挿入し、制御棒稼動時には水圧とモーター双方の力により制御棒を稼動させるもので……


 従来の固定する構造を大幅に簡略化した上で脱落する可能性をほぼ無くした構造体としたもの。


 一度動かせば電動機を止めた段階で制御棒は固定化されるのだ。


 水圧はあくまで電動機の動作速度を補助するだけで、電動機だけでも制御棒は遅いながらも動かすことが出来る。


 いわば多重化構造とした上で構造を簡略化しているのだ。


 さらに圧力容器にも手を加える。


 従来の圧力容器内の冷却水は20台のジェットポンプと2台のタービン式再循環ポンプの駆動によって循環していたが、その配管は圧力容器の外側に露出しており、万が一が発生すると冷却水が外に漏れ出して圧力容器がドライアウトしてしまう可能性が指摘されていた。


 これを圧力容器と一体化させた水中モーターを利用したポンプに改め、インターナルポンプとして配管を排除する。


 俺が知る限りの最新の流体力学を駆使したことでこれを可能とした。


 インターナルポンプは格納容器内の冷却水用プールから冷却水を吸い取る形で原子炉内で循環させるが、その台数は現用の技術だとモーター出力が足りないため本来の未来においては10台のところ14台必要となり、14台のインターナルポンプはそれぞれ独立したバーニア制御方式の制御器と接続され、1台でも動いていれば最低限の循環が可能なよう調整。


 圧力容器は俺が知る基礎技術研究の際に描かれた概略図面よりかはやや大型化しているが、システム機構だけは再現できると思われるので採用する。


 これによりドライアウトする可能性を大幅に低減。


 運転時においては内部の温度状況を詳細に確認してポンプを制御すれば内部の熱効率も向上することが可能となった。


 本当は電子的な温度センサーとインバーター制御で自動化が理想だが、そんなもの現時点において存在しない。


 そのため、G.Iのお得意で、かつ国内でも製造可能な技術であるバーニア制御を再び利用する。


 まあMark1でも様々な箇所に採用されていたわけだが……戦車と並んでまたこいつに頼る事になろうとは……


 ともかく、以上がウィルソンCEOに手渡す原子力発電技術の概要である。


 なぜここまで改良されたものを彼に渡すのか……


 それは現在の情勢から、ヘタすると実証炉は皇国に作られる可能性もあるからだ。


 当然にして、実証炉の後の実用化されたものも皇国に作られる可能性がある。


 本来なら俺は眼を背けたい。


 無視して適当なものを渡すだけに留めたい。


 でもそうした場合、万が一Mark1が皇国内地域に建造されてしまったら?


 おまけにろくな災害への対策も施されない状況となってしまったら?


 俺がやり直すまでの間に2回も大地震があり、さらに3回目がありそうな雰囲気すらあったのに、その状況で被災してしまって……大規模な事故に発展してしまったら?


 状況によっては、今の世界を生きる未来の人間は俺を恨むかもしれない。


 "どうして原子炉においては目を背けたまま逃げてしまったのか"


 "なぜ本気をださなかったのか"


 仮にこのまま皇国が存続し、苦労して得た平和をそんなことで崩壊させてしまうぐらいならば……


 徹底して弱点を押さえ込み、大事故への発展を防ぐものにすれば或いは――と考えたのである。


 当然、資料には水素爆発関係の情報も、熱崩壊に関する情報も書いた。


 その上でG.IがPWRより優れているとされた格納容器の小ささも実現できている。


 俺はあくまで航空機のエンジニアであり、西条が議会より去った後の未来において政治に大きく関われる保証などない以上、仮に建造されても不安の種とならないようにする。

 

 それが技術者としてのプライドだ。


 西条が首相の座を降りた後における俺は一国民でしかなく、立場上専門家ではないとされればどれほど声を荒げて批判しようとも通じなくなるのは目に見えているからこそだ。


 仮に新しく建造されるなら常に反対の姿勢を常に示すことになるだろうが、だとしても最初から災害を考慮した状態とすればチェルノブイリ級は防げるかもしれない。


 そんな危険な存在だからこそ、手を抜きたくなかったのだ。


 ウィルソンCEOは一言、本設計図を見てこう述べたのを記憶している。


「――あまりにも完成度が高い……一体誰が……どのようにしてこのような構造を思いついたのですか?――」


 その時の俺は真顔を維持できてたと思う。

 その上で。


「さあてね。わかりませんよ。でも皇国は災害大国ですし、災害を恐れて生きてきた民族ですから、常にその意識は根付いているはずです」


 ――はっきりとした口調にて否定した。


「Mr.シナノからしても、一連の技術に関しては認知しておられないんですか?」

「私はあくまで一介の流体力学系技術者として本日の場にいるだけ。メッセンジャーに過ぎません。しかもこれを渡してきたのは政府の役人であり、誰が一体どのようにして開発したのかもわかりません。それだけの秘匿技術であることをご理解ください」

「しかし、あなたの口ぶりはまるでこれの開発者のようだった」

「まさか。NUPの流体力学系学者でしたら、設計図をみたら同様の解説はできますよ。それだけ書き込まれますから」

「そうですか……」


 やや残念そうな表情となったウィルソンCEOが何を考えているのかはわからなかった。


 俺がそういう開発者だったら良かったのに――とか、皇国人らしくなく嘘をついているんじゃないか――とか、様々な考えをめぐらせたが……回答は出てこない。


 1つ言える事は、今度のMark1は只者ではないぞということだけだっだ――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隣で話聞いていた向井氏の所感が気になるところですな。
[一言] そうか。 信濃がやり直したのは東日本大震災前だったか。
[良い点] いつも楽しく読んでます 流体力学は全くわかりませんが、奥の深い学門なんですねぇ [気になる点] 潜水艦の活躍とかもみたいなぁ どうなったんだろうか [一言] シナノが死んだのが92歳、皇紀…
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