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第154話:航空技術者は嫌悪するほど危険な存在だからこそ手を抜かない(前編)

「はあ……」


 吐く息によって顔の近くにある車の窓が白く染まる。


 これが一体何度目のため息だろうか。


 皇暦2601年7月上旬のある日の夕暮れ。


 俺はこの日、交渉事の難しさ以上に、あの航空機製造会社はやはり一筋縄ではいかないという事を思い知らされた。


 交渉自体が暗礁に乗り上げたわけではない。

 一先ず、技術者の派遣自体は決まった。


 問題は、派遣されても欲しい技術情報が手に入るかどうか……これが不透明であるということだ。


 CEOウィルソンは本件において極めて正確な、自身が把握している情報を包み隠さず提供しながらこちらとの商談に臨んだ。


 対してこちらは向井氏の補助を受けつつも、まずは"発電可能な原子炉"の基礎技術についてチラつかせた上で相手を揺さぶった。


 その揺さぶりに対してCEOであるウィルソンは、その技術情報が金塊よりも価値あるものだとは認めつつも、状況によっては外交問題になりかねないがゆえに詐欺話を持ちかけることは出来ないとした上で、このように述べたのだった――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「Mr.ナオイ、そしてMr.シナノ。もしこれが単なる民間企業同士のお話でしたら、私はきっと大丈夫だとばかりに大船に乗った気分でいてくださいと貴方方の背中を押した事でしょう。しかし本件で仮にそれが壮大なペテンであったことが判明したら、我々は会社が傾きかねない責任を負うかもしれない。きっとMr.ナオイのことだ。ものすごい保証金を契約に付帯させてくることは容易に想定できる」

「おっしゃる通り。本日商談は"例の件"も絡めた話ですのでね」


 ここでいう例の件とは当然にして集の鉄道の株取引に関する商談を表している。


 本件はその枠組の中に原子炉関係の技術と引き換えにこちらが求める技術もとい技術情報の提供を盛り込む算段で向井氏は当初より動いていたのだった。

 

「私も皇国人との商談においては誠実でありたい。だからこそ正直に述べますが……実は我々もね、開発中の新型機たるB-29の本体をこの目にしたことは無いのですよ」

「ほう?」


 まあ、秘密工場とまで呼ばれたシアトルの製造工場において、エンジンのプロペラなど、細かい部品単位の開発を任されているだけのメーカーの人間が、そう簡単に組み立てを行っていく区画に出入りできないのは予想できなくもない。


 ただ、電子部品を含めて主要部の製造開発を任されているメーカーだからこそ、ある程度の把握は出来ているものと思っていたが……違うのか。


 特にG.Iは心臓部たる部分においてはエンジン本体を除き、主要構成部品のほぼ全ての製造を担っているはず。


 設計図関係においては爆撃照準レーダーやらなにやら、G.Iのマークはそこら中にあり、検品と称して組み付けを行っている現場をウィルソンは度々視察していたという情報資料を本来の未来において入手しているのだが……あの資料は捏造されたもの?


 いや、もしや試作段階より先、量産段階へと移行した後の話なのか。


「私が直接目にしたのは機体後部の垂直尾翼部分と、翼に組みつけられる直前のエンジン、そしてコックピットブロックのみです。しかし皇国の皆さんが欲しいのは胴体そのもの……だとすると現状、私の力をもってしてお見せできる領域ではない」


 そういうことか。


 それは違うんだよなあ……


 見せられないんじゃなく無いのさ。


 あいつの胴体開発は重量の関係からものすごく迷走していて……現時点では仮組みの骨格に金属外皮を貼り付けて耐久試験を行っている程度の開発状況。


 ある存在が手に入るまで、B-29の胴体はまともな形とはならない。


 そうか……わかったぞ。


 ウィルソンを通してそのことが判明したら、開発の遅れによって計画が凍結されかねないわけだから……見せるわけにはいかない。


 つまり胴体以外を普通に見せているということは、現時点で胴体がまともに形になっていないことによる政治的な理由が原因であり、完成後は出入り可能な区画である可能性はある。


 ここは本来の未来にて手に入れていた資料の信憑性を信じたいところだが……


「――こちらとしては、あちらで何をどうしているのかについて情報だけはかなりの所まで把握しているんですよ。ただ、説明だけ聞いて再現できるならば世界の航空機の胴体表面は全てがNUP並のクオリティで作られていることになる。情報だけではどうしようも出来ない」

「例えば設計図や何の素材を使っているのか……みたいな情報だけでは意味がないと?」

「その通りです。何か非公開の秘密がある」


 B-29の構成素材や組み立て方法についてならば設計図等を本来の未来において入手したため、かなりのところまで知っている。


 まず金属外皮……業界用語にてスキンと呼ばれる存在は70年以上先の時代においても普遍たるアルコンにて2024-T3と呼ばれるもの。


 いわゆる超ジュラルミンである。


 こいつは皇国でもほぼ同品質のものを再現できていて、皇国が製造した航空機にも使われていた。


 B-29では外皮に主に使われたが、2024-T3自体は極めて汎用性が高く、70年先の未来においても新型機に対して構造部材として用いる例はあり、軽量化を度外視するならば全ての部位をそれで賄うことが出来るともいわれる高性能な航空用アルミ合金なのだ。


 そんな2024-T3はわずか6年前に新規開発されたばかりの新型の超ジュラルミンで、元々はDC-3のために新規開発されたものであるのだが……


 その組成表はすぐに表世界に出回ってしまっており、おまけにさほど製造難易度が高くなかったので、各国は良心があるならばライセンス契約を結ぶ等して量産し、自国の航空機に用いた。


 一方、この2024-T3が容易に出回った件について遠くから状況を静観していたビル社長は危機感を抱く。


 2024-T3の汎用性の高さと、その性能に対する価格との釣り合いの優秀さは多方面から見て脅威。


 各国の航空機の性能を一段階引き上げるだけの力がそれにはあった。


 そのため、以降も登場するであろう新型合金が2024-T3を超えうるものならば、安易に出回るべきではない――という結論に達する。


 以降、ビル社長の会社はアルコンと手を組み、新型アルミ合金は容易に世界に出回らないよう、NUP本国政府とも手を組み、あの手この手を駆使して新型合金が出回ることを防ぐよう行動するようになるのだが……


 そのキッカケとなったのが、B-29の構造部材に使われた7075……超々ジュラルミンだ。


 元々は零の構造部材にも使われたソレの改良版である7075は、本来の未来における零そのものがゼロファイターショックを与えた事も関係し、その運用は極めて慎重となった。


 彼らは軍用での輸出は大幅制限する傍ら、旅客機においては型式認定を逆手にとって7075が世に溢れることを阻止する。


 すなわち、"世界各国で飛ぶ旅客機は7075正規品を用いていないならば、型式承認はしない"――などというような航空ルールを定め……


 さらに、アルコンが規格として定める新型合金は、ビル社長の会社が認めたものだけにする――というような協定に近いルールをアルコンとビル社長の航空会社との間に結び……


 この世に流通するほぼ全ての航空用アルミ合金について、ビル社長の会社はその特性を完全に把握できる立場にあるというような環境を構築することに成功していた。


 無論、これは西側の話であって東側の話ではないが……


 東側……もといヤクチアでは7075を中心とした超高性能アルミ合金が上手く再現できず、チタン合金に手を出して乗り切ろうとする事象が発生することとなった。


 アルミ合金比率が高性能戦闘機ほど異様なまでに少なく、機体重量が嵩む傾向があったのも、ある意味でビル社長の思惑通りであったということだ。


 といっても、7075の前身たる超々ジュラルミンは皇国が生み出したものなので、機体寿命と引き換えに採用する例はあったのだが……


 それはコスト増加や整備性の低下などの遠因となり、運用か性能かの矛盾的選択に板ばさみにされ、長い間苦しめられることとなる。


 7075については……俺個人として、特に2650年代に誕生した規格である"7055-T7751"を独占されてしまったという事実が気になって仕方ない。


 Model777のために新規開発されたこいつは、戦闘機用として考えても20世紀どころか21世紀まで通用するであろう超々ジュラルミンの1つの完成系とも言うべきもの。


 重量に対しての頑強さは7075の初期タイプとは比較にならないほどであり、7075よりもやや高性能だった零とは次元が異なる剛性や腐食耐性を誇る化け物。


 だがビル社長の会社に卸す以外ではぼったくり価格をふっかけるため、世界各国においては大型旅客機を開発しようとする場合、コストが増加するかコストと引き換えに他のアルミ合金を採用して重量が増大するかの選択を強いられることとなった。


 いわば高性能な部材を人質に、大型旅客機の開発を阻止しようと企てたのだ。


 これに対して本来の未来におけるユーグの一大航空機メーカーたるユグバスは、各種製造機体において3割以上の共通部品を設け、大型機と小型機で同じ構造部材を使いまわし、大量生産することで何とか対抗したものの……


 ぼったくり価格さえなければもっと有利に販売競争を展開できたとされる。


 なんてふざけた話なんだ。


 アルコンが価格を見直す場合はビル社長の会社が吹き飛ぶ以外に方法は無いとされ、協定に定められた年間供給量を買い取る契約を守れなくなるような状況下に陥らない限り、その体制が永遠に続く。


 ビル社長の所の会社が吹き飛ぶなんて……


 製造中の主要航空機全てでコメット連続墜落事故のような不祥事でも起こし、さらに新型機のセールス販売が何らかの理由で滞って売買契約が成立しなくなるような状況でも起きない限りありえない。


 それか、スペイン風邪のような病気によって世界経済が停滞するだとか……妄想も甚だしいような事態でも発生しなければ……だ。


 そんな未来があったとしても、俺が生きている間の話じゃない。


 俺はこいつを早い段階にて開発に成功して、2024-T3と同じような状況にさせたいのだ。


 そのため、出来れば国内で開発するのが最も理想的だが、仮にそうならない可能性もあることを考慮して7075のライセンス契約時にその布石は打った。


 今後開発する7075関係アルミ合金については、特定企業との独占的契約を結ばないこと。


 別の規格と称していた新型アルミ合金が実際には7075系アルミ合金である場合は、即座に7075系に名前を改めた上で上記契約を遵守し、どこかしらと独占契約を結んでいた場合は即座に契約を破棄し、その間に生じた不利益を受けた"全ての企業"へ向けて損害を補填すること。


 これを7075開発時の契約に盛り込み、皇国の超々ジュラルミンを提供した上での新型アルミ合金の開発依頼とライセンス契約を結んだのだ。


 おかげでライセンス契約については相当揉めたものの、彼らは渋々それを認めた。


 噂じゃビル社長の所の会社がB-29に使いたいがために、契約関係のゴタゴタで大量生産に支障が出るのを嫌って圧力をかけたのが押しの一手となったのだという。


 特定の企業との独占契約を結ばないというのは、こちら側が不利になることでもあったが……


 B-29を開発中のメーカーとしても7075は是非使いたいはず……


 というか、使わなければ開発が頓挫しうるほどの新型合金が皇国系企業に独占されて使えなくなるリスクを回避できるため、必ずこちらの背中を押して大局を見誤るというのは想定していたが……


 予想通りの動きを示したといえる。


 これで一先ず7075-T7751の入手手段に大きな制約を課されるかもしれない未来を潰せたはずだ。


 将来において開発したい新型戦闘機において困る事はなさそうだ。


 ただ、これはあくまで企業間のお話。


 旅客機の場合は型式証明があり、そして型式証明に関しては政治的事情が絡む。


 民生利用においてはいくらでも潰す余地は残されている。


 そこは国際社会における発言力がものをいう世界。


 NUPが世界の警察を名乗って縦横無尽に好き勝手できない環境ならば、平等な認証制度にもっていくことは不可能ではない。


 全ては、今後の世界各国の奮闘次第。

 つまり大戦が終わった後の状況次第ということだ。


 そんな本来の未来においても様々な界隈の者達の思惑に翻弄され続けた7075が登場したことにより、B-29はようやくまともに開発が進むこととなるわけだ。


 現時点ではそれが無いので、胴体の設計すらおぼつかない状況。

 軽量化しなければならないのに重量増大に泣き、苦しんでいるといった所。


 といっても7075の開発が評価試験段階では終了しており、近々大量生産が始まるとのことなのでこちらも近く解消される見込み。


 それが上手く行くならば……しばらくの期間の後に見せてもらえるのか?


 いや、駄目だ。

 それでは間に合わない。


 そもそも俺が見たいのは7075の成型方法や7075の加工処理ではなく、2024-T3を用いた金属外皮の組み付け方法だ。


 何をやっているかは大体把握できている。


 大型工作機を用いて非常に大きい押出材によって成型された部品を用い、それを組み付けていくことで公差を最小限に留める。


 だがこれは深山等で皇国も試みており、実際に試作機がようやく飛び始めた深山だって一部はそのような方法で外皮を組み付けて作られていた。


 外皮と構造部材が一体化した部品、これまでよりも非常に大きな一枚板による金属外皮。


 これらを適切に組み付ければ公差はこれまで以上に大きくならないはずだった。


 それでも深山はベコベコ。


 一体何が違うというのだろう。


 考えられるのはリベット組み付け時における熱変化への対応だ。


 ここに1×10mのアルミ板があるとしよう。

 このアルミ板全体を熱して10度加熱する。


 するとアルミ板はどれほど膨張するか。


 約2mmだ。


 わずか10度で目視できるほど大きさに変化が生じるのだ。


 このように多少の温度でも変化が生じ、その上熱伝導率の高いアルミにおいてはリベットを打ち込むための穴をドリルにて開ける際にも気を使う。


 摩擦熱で加熱しすぎると瞬く間に周辺に熱が広がって膨張。


 本来開けるべき部分とはやや離れた場所に穴が開き、温度が下がって収縮が生じた後で実際に構造部材たあるストリンガーと呼ばれる部分にリベットを打ち込むと、そこから歪が生じて凹凸が発生する原因となる。


 B-29の場合、外板において穴を開ける場合は温度上昇を一定以内とするため、1回の作業におけるドリルの稼働時間に制限を設けた。


 例えば3秒ドリルで穴を開けたら、その後10秒は冷ますというような事をやっていたのだ。


 熱伝導率の高さから連続で付近の場所に穴を開けていくというような事も厳禁とされていた。


 これも熱量が上昇しやすく誤差が生じやすいアルミ合金ゆえである。


 今の時代にまともな温度センサーなどない。

 基本的には現場の職人が手で触れて確かめていくしかない。


 だが、ラジエーターに使われるぐらい放熱力も高いアルミ板は指で触れている間にもどんどん温度が下がっていく。


 経験と勘だけでどうにかなるものではない。


 それらも加味して判断できる、超一流の職人一人だけで大量生産が可能だというなら無視できるが、そうじゃない。


 未来においては全自動で温度センサー等を駆使した作業機械やロボットアームがやるような作業なのだ。


 ゆえにB-29では非常にわかりやすいイラスト付きのマニュアルにて、ドリルの稼働時間と冷却時間を設けていたが、それだけではなくドリル本体を制御用の回路を内蔵した配電盤と接続し、一定以上の秒数を連続で回転し続けないよう電源をカットしてしまうように制御して運用していた。


 さらにマニュアル内にて穴を開ける順番も完璧に決めてしまい、デジタル的な手法にて徹底的に公差を最小限度にしようと勤めていた。


 これらは生産効率は下がる一方で、歩留まりの発生を抑制できる点では利点となる。


 実際の現場ではわかりやすいイラスト付きマニュアルの影響で新規に雇ったシアトルの女性工員達ですら、3週間もすれば他の職人と変わらぬ作業が出来、総合的な生産効率はむしろ増したと言われている。


 ここは全面的に採用する予定だ。


 ゆえに深山よりかは改善されるはず。


 皇国人には抵抗感もあるかもしれないが、俺は以前ロ号のヘリコプター作業用のマニュアルとしてイラスト付きのものを作り、現場の整備員達に配布するよう促した。


 その甲斐もあってかロ号の整備に関してはエンジンの特殊性こそ指摘されるものの、現場にて十分な整備が出来ているとの報告が上がってきている。


 やっている事は地方病対策や結核病対策と同じ。


 地方病だって「俺は地方病博士だ」というようなイラスト付の解説本を出していたのだ。


 皇国だって同様の方法で周知性を向上させ、徹底した現場での行動を促した例はある。


 今後は新型戦車も含めて全てこの手法で運用する一方、運用だけでなく製造という分野にも広げる。


 しかし、それだけではまだ配慮が足りない。


 10度変化するだけでも目視できるほどの変化が生じるというのは……


 これはつまりアルミ外板の場合、作業工場の気温を一定に出来なければ夏に組み付ける場合と冬に組み付ける場合だけでもかなりの差が生じてしまうことになるのだ。


 ゆえに施設内は基本的に一定温度で保たねばならない。


 B-29を製造する上では密閉されていた工場内にて、気温を一定にエアコンで調節しつつ組み立てていたとはいうが……ここは未来の航空機でも同じ事なので連山においては踏襲する予定だ。


 深山ではそれをやっていなかったのは凹凸が生じた原因の1つで間違いない。

 こちらも深山改では同様の手法で品質を向上させる。


 これだけでもまだ足りない気がする上、当時の製造環境がわからぬが故に見落としている部分があるかもしれない……


 だからこそ、俺は実際に組み付ける作業方法や作業時に気をつけている点や、その他、表向き公開されていない表面処理方法などを探りたいわけである。


 当時……もとい現在におけるNUPの航空機の多くはリベット周辺でのみ凹凸が確認されることが多い。


 これはつまりリベットを差し込んだ際に生じた熱量変化による膨張と収縮による歪みそのもの。


 逆を言えばこの部分以外は完璧に処理されていた。


 B-29には妙な単語がある。

 「-16度」「溶剤」


 組み付け時において-16度の溶剤をぶっかけていた?


 いや、それはむしろアルミ板が収縮しすぎて公差が広がる可能性がある。


 この正体を知りたい。


 未来の航空機では確かに冷やした特殊な充填剤を穴の中に押し込みつつ、そこにリベットを挿入する。


 こうすることで挿入後のリベットは熱膨張によって適切に板と構造部材とを繋ぎ止めることが出来る。


 Model747が開発された前後あたりから業界で当たり前となった手法だ。


 だがこれは高度に自動化された作業機械によって行うもので、充填剤の温度管理などもアナログでは厳しいものがある。


 そもそもその充填剤が-16度なんて温度も必要であった記憶も無い。


 最悪はキンキンに冷やした充填剤を使い、未来の技術の模倣を行って調節するとしても……


 もっとシンプルで現在の時代に見合う対応方法があり、B-29から707以降の旅客機にも使われていたはずなんだ。


 長い間航空機の製造プロセスに関われず、再び関わり始めた頃にはある程度時代が進んで充填剤の時代となってしまった影響もあり、残念なことに未来の情報ばかり頭に押し込んでいるがゆえ、稀にこういう中間的な過渡期における技術を知らないというのは非常に情けないといわざるを得ない。


 俺が知る技術は2620年代中盤以降に誕生し、2630年代以降普遍となったもの。


 2605年以降、約20年以上の空白期間がある。


 それらを埋める資料もある程度は入手しているが……完全には補完しきれていない。


 一連の技術は当時の情勢の影響もあって殆どが非公開の秘密であり、後の時代においては不要となって現場で用いられることは疎か語られる事もなくなり、時代の波に消えていったものたち。


 だが、それらは"今"必要なんだ!


「――B-29の外皮の組み付けには間違いなくビル社長の会社だけが持つ機密技術があります。それを知りたい。私にはもう1つアイディアがあるが、そちらとどちらが優れているか……比較せねばならないのです!」

「といっても、多くの技術者の方々をお連れしてシアトルへと向かうというのは一筋縄にはいきません……Mr.シナノだけならば何とかなりそうではあるのですが……」

「彼は優れた技術者であるが、設計が本分です。実際に作業を行う技師達が見なければ意味が無い。ウィルソン氏もそこはある程度理解されておられるはず」

「そうですね。うーむ……何か断りにくい理由でもあれば……そうだ!」

「何か浮かんだのですか?」

「いえね。ふと、野球の事を思い出しましてね」

「野球?」


 突然何を言い出すのかと思えば、全く想像もしない野球なる単語に肩の力が抜ける。


 野球と航空機。

 一体何の関係がある。


 次に出る言葉があまりにふざけた話ならば、恐らく憤ってテレビ放送できないような言葉を並べたであろう。


 だがウィルソンの提案は理にかなったものだったのだ。


「我が国と皇国との国際交流試合。メジャーリーグと皇国のプロリーグとの試合があるじゃないですか。その試合はシアトルでも行われます。国際交流試合に呼ばれた方の中に無茶を押し通せるキーとなる御方がいらっしゃるではないですか」

「……まさか陛下ですか?」

「なんということを……」


 さすがの向井氏も引き気味の様子であった。

 当たり前だ。


 陛下を政治の道具にするなんて、とてもではないが我々には恐れ多い事。

 さも簡単に言い出すあたりウィルソンCEOは皇国人を完全に理解する領域にまではいたっていないようだ。


「無論、今の話は失礼は承知の上で申しております……」


 さすがにこちらの表情を読み取ったのか、自らの立場を弁えぬ言動に謝意を示すウィルソン。

 ただし、話はそのまま続けた。


「現在、陛下は現地の査察もある程度行われる日程が我が国の政府内にて組まれていて、我々の会社にも実は声がかけられているのですよ」

「ふむ。まあ、G.Iの工場なら皇国にもありますし、京芝との関係からも機密情報の大半は共有されてしまっていて漏れだすものもこれ以上ありませんしね」

「然り。いわばその中にビル社長の所のシアトルの工場見学も含めてしまうというのはどうですか。無論、我が方からソレを提案することなどありません。提案されても困るお話です。ですが……皇国側から……もとい皇国の王たる陛下の他ならぬお願いであれば……見学と技術交流の場を設けざるを得ないかもしれない」

「Mr.ウィルソン。それは、確実とはいえないでしょう?」

「提案されれば確実に持っていくように促すことは、現在の民間企業連合体力ならば不可能ではありません。つまり、航空機の外板について興味を抱いているのは技術者ではなく陛下であり、技術者は通訳を介して陛下にその件をご説明するために呼ばれている……こういう算段ならどうです? 陛下はModel307を購入し、政府専用機として実質専用機としてお乗りになられている。その307と比較して自国の航空機の凹凸がかねてより気になっていた……だからこそ」


 ウィルソンCEOの言い分はわからなくもない。

 Model307について陛下は高く評価し、周辺国に宣伝すらしていた。


 そのおかげで座席を一般的な旅客機型へと改めた307は本来の未来以上に売れてしまい、破格の金額にて皇国にセールスを持ち込み、皇国は307をさらに購入する契約すら結んでいる。


 ここには307がB-17の旅客機版に極めて近い存在だったという軍事的な理由もあったのだが……購入時においてメーカーは陛下に対し、他にも何か出来ることなどあれば……といったような恩を感じているようなそぶりを見せていた。


 それを利用しろと?


 もしそれが自然な成り行きならば抵抗感は無い。


 だが、他者に促されて陛下がそのように行動なされたというならば……姑息な手段に感じて気が引ける。


 陛下は道化ではない。


「……残念ながら我々から陛下にお願いすることはできません。そういう立場にありませんから……皇国民の多くは」

「そうですか……ですが、皇国側の希望を叶える場合はそう多くの手段も無いものかと。まあ、1つの案だと思っていただければ。現状では説得はきわめて難しいですが、そういう方法もあるとだけ」

「頭の中には入れておきます」

「無論、我々も何もしないわけではありません。本当にそれが確実となるよう手段を講じるつもりです。もちろん、そのために必要となる対価も求めたいところですが――」

「そうですなあ。まずはこちらから何が提供できるかも改めて確認してもらい、それでも尚、陛下の件も絡めなければならないというならば、また日を改めてということにいたしましょう。なあ? 信濃君。それでいいかい?」


 向井氏は最初にチラつかせた情報だけでは相手を揺さぶれないと考え、こちらの手札を増やして相手の出方を見極める様子のようだ。


 彼に逆らう理由は無い。


 出来れば今日の交渉は、相手のにボールを渡した状態で終わらせたいのだが、なんとなくだが向井氏も同じ考えだからこそ手札を増やそうとしているように感じられた。


「いいですよ。では、これより皇国が開発中の原子炉についての詳細をご説明いたしましょうか――」


 俺は机の上にブループリントを広げ始めると、静かに悪魔のコアを用いた発電システムについて語り始めるのだった――

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― 新着の感想 ―
[一言] ココで野球ネタ? 背番号14番、伝説のピッチャー 池村某だか沼村某だかが、ベンチでアップしてる予感w
[一言] あの会社が仮に潰れたとしたら世界の航空会社が己の形式証明を押しつけ合う春秋戦国時代が暗黒時代でも到来しそうだな
2020/04/22 20:01 退会済み
管理
[良い点] > スペイン風邪のような病気によって世界経済が停滞するだとか……妄想も甚だしいような事態 妄想が甚だしすぎますね。現実性が皆無でSFとしてリアリティを感じられない設定です。空想的な話は読…
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