第149話:航空技術者は未来の開発方法を基に、これまで自国には全く無い手法でもって中型爆撃機を作ろうとする
計画書を書き綴って4日目。
ほぼ全ての項目について書き終えることが出来た俺は、改めて内容を再確認しつつ、一連の計画書を印刷する手続きを行おうとしていた。
内容を改めて見直してみると、現代の皇国らしくない開発手法だなと思わされるな……
その手法はまさしく、未来の先取りそのものと言えたが、決して未来過ぎるというものでもなかった。
これより20年の歳月を経て、未来の航空機開発において不変的なものとなる開発体制が存在する。
それは、皇国においては"設計主務"または"主任設計担当者"と呼ばれる者が、開発において絶対的権限並びに権力を有するということだ。
開発中の航空機においては、製造メーカーの役員やCEOといった者達よりも、主任設計担当者の方が絶対的な立場を有する。
これは完全に不動なものとしなければならない。
世界で覇権を争う航空機メーカー全てがこの体制だ。
ヤクチアの設計局ですらそうなのだ。
そうしなければ迅速な開発体制が整わず、ただただ人件費が嵩んで機体は売り物にならなくなるような高額なものとなるだけ。
航空機製造メーカーにおける社長や役員が設計に口を出せるのは、実際に開発のスタートが切る前の段階にて、運行会社に売り込みをかけることが出来そうな"売れ筋"とも言うべきプランを練り上げて運行会社に提案することぐらいだ。
後は人員や資金の調達。
そして需要と供給に見合った適切な規模の製造設備を確保した上で、製造から保守、管理までを調整する立場に留まる。
この時、実現可能性のあるプランを練るために主任設計担当として抜擢されるような優秀な人材とは常にコミュニケーションを取り、どのような航空機を自らのメーカーが作れるのかを詰めていくのである。
その上で運行会社が求めた航空機を作り上げていくというのが航空機製造の基本。
従来までの俺がやっていた航空機設計においては、この部分については達成されていた。
最初に陸軍上層部が求める航空機をそれなりに伺いを立てながら突き詰めていく。
俺の場合は列強たる諸外国に負けないための絶対的なカタログスペックを重視した上で銃座の搭載などを拒否することなどはあったものの……
百式輸送機など多くの機体群においては彼らが求める性能を最低限満たした上で、それ以上の目標値を設定して開発し、その上で量産にまで漕ぎ着けている。
こちらから提案をすることも多々あるが、彼らが"不要"と判断したものを強引に開発するような真似はしていない。
軍用機開発においては当然にして軍上層部こそが一定以上の発言権を持つ。
旅客機における運行会社と同じ立場だ。
こちらは提案をし、絶対に不可能と言うべき部分ないし分野においてのみ拒否することが許されるのみ。
メーカー側の役員、CEOなどが口出しするような真似は一切許されない。
実は現時点の皇国においては、四菱や川東など、いくつかのメーカーはこれができていなかった。
本来の未来において、一郎は零を開発する際に役員などからも振り回されて最終的に体調を崩してしまうほどだ。
この傾向が未来にまで続くからこそ、MRJは迷走した。
YS-11の頃は辛うじて押さえ込めたのは、四菱を押さえ込めるだけの多種多様なメーカーのエースたる人材がそれぞれ発言力を保ち続けたからだ。
座席から操縦桿、スイッチ類の配置に至るまで、この手の部分において一定以上の裁量を持つのは顧客側と主任設計担当者のみ。
まず顧客側に開発を提案した時点で、こういった部分は大半を顧客と決めてしまう。
その後の変更は、よほどの事が無い限り認めない。
一度スタイルを決定した後は、後は開発を行うだけ。
これこそ正しくかつ素早い開発が行える組織体制であるのだが……
これが可能なのは現時点では陸軍のみである。
残念ながら、海軍は一度決定したスタイルを何度も崩すことが当たり前で、さらにメーカー側も口出しする隙も生じてしまい、後期に至れば至るほどグダグダな状態となっていった。
戦中後期において陸軍だけが単独で開発を行った機体は次々に投入できていたのに、海軍が混じった共同開発が全く上手く行かずに遅れてばかりだったのもこれが原因だ。
そのせいで……皮肉にも、運用が非人道的で開発側と距離をとっていた兵器ばかりが完成に漕ぎ着けてしまうというようなことが発生したりもした。
だから俺は、零をとりあえず緒戦においてまともに戦える状態にする際、一切の口出しを許さなかった。
百式輸送機など、両軍が求める機体も最初に機体のスタイルを決定してからは、メーカーの役員等から何を言われても一切聞く耳を持っていない。
そして一郎は俺の姿を見ていたのか雷電にて同様の方法で開発体制を敷いたが……
結果、雷電は迅速な配備へと繋がっている。
これが正しいんだ。
長島大臣や山崎の社長は俺のやり方に非常に肯定的な姿勢であるわけだが、航空機開発はいかんせん精度と速度が求められるがゆえに、一度迷いが生じたら計画遂行は不可能となりうる。
山崎のエース設計者が常に自由にやらせてもらっているのも、山崎は他社より出遅れているという現実から目をそらさずに開発を促進させるため、主任設計担当者が非常に強い立場であることを認めていたからだ。
大戦後期になって山崎が巻き返し始め、四菱が迷走し始めるのは必然だったわけである。
この最も不変かつ一般的で、より現代的な開発体制は当然にして踏襲する。
その上で、今回は開発中のジェット戦闘機以上の体制とする。
ジェット戦闘機の際、俺はあくまで技研の職員の力を借りて詳細設計をある程度まで行った上で、メーカーに部品だけ供給と組立てだけするよう命じるような形で開発を行った。
メーカー自体でも当然詳細設計を再検討して突き詰めたりなどしたが、メーカー側が大規模な設計変更をすることを許してはいなかった。
ジェット戦闘機においては冒険は出来ない。
ほぼ100%生産体制を強いて量産にまで移行せねばならない。
対第三帝国を見据えた場合、主力となって実際に戦闘を行わねばならない可能性が十分にある。
新型ジェット戦闘機の敵ではないMe262ですら、レシプロ機にとっては脅威以外のなにものでもない。
ジェットにはジェット。
それ以外で優位に持ち込む方法は無いからこそ、そうせざるを得なかった。
ゆえに、まるで点線をペンでなぞるようにしてメーカーの得意分野をブロックごとに切り分けて各部の開発を任せた。
おかげで来年までに試作機は完成する目処が立ち、すでに1/1モックアップは完成済。
だがこれが上手く行ったのは、俺が未来を……そして各企業のありとあらゆる軍すら知らぬ情報を把握しているからに過ぎない。
普通に考えればこれほど危険な真似もないだろう。
企業の選択をミスれば一気に崩壊して開発が頓挫しかねない行為だ。
本来の未来における深山は、長島が調達しようとした部品がメーカーの選定に失敗したことで開発の遅れに繋がってしまったと言われているが……
針に糸を通すような……他社からしてみればハイリスクな行為を平然とできるのも、俺にとってそれがリスクマネジメント可能な範囲の選択に過ぎないからである。
今回はもうそれは通じない。
未来を見据え、元より同じ手法でやる気もないが、各構成部品の大きさが従来機とは比較にならないだけでなく、20年は軽く先を行く航空機を皇国の現時点での工業技術で作ろうなんて大それたことをやろうというのだ。
命じて創れるようなら、本来の未来において負けるはずが無い。
そもそもが、新型ジェット戦闘機のような開発手法を続けていけばいずれ躓く。
命じられるままに造るだけで考えることやめてしまったメーカーは"創る"という行為が出来なくなっていく。
なにしろMRJが迷走した原因の1つが新型ジェット戦闘機と似たような手法を選択したことであり、荒波に揉まれる結果となったからだ。
MRJにおいては、設計を四菱航空設計局とし、製造を四菱重工業複合体とした。
なんのことはない。
普通に見ればヤクチアの一般的な航空機開発法に過ぎない。
だがヤクチアと、かつて皇国と呼ばれた者達は文化も人種も異なる民族。
ヤクチアも知らぬ大きな落とし穴がここに存在していた。
四菱航空設計局。
この名前をただ見てみるだけなら、四菱重工業複合体よりも同列か、ある意味で上にも感じなくも無いように思える。
実際、ここに所属する設計者達は重工業複合体の者達よりも一段上のエリート的な立場にあった。
……一方、この設計局に所属する事務方の大半の認識は「重工業複合体からつまはじきにされてこんなところに飛ばされた――」……かのような意識を多くの者が共有した、強烈なコンプレックスの持ち主が多数いた。
中間管理職たる設計に関与しない者達からすれば、図面も引くわけでもない立場で特段開発に強く関わるわけではなく……
従来までは、ただただ軍から指示を受けて開発者達の人材管理をするだけの状態は、ありとあらゆる工業分野に精通して日々様々な製品を送り出していく重工業複合体とは一段も二段も低い位に位置するイメージがあり……
つまるところ、航空機開発における普遍的な体制そのものが、彼らの不満を蓄積させたのである。
はっきり言ってしまえば無理解の極みであるわけだが、軍用機をライセンス生産するための各所開発をするだけの機関だった四菱設計局からは、従来の航空機開発というものが盲目的で見えてこなくなるもので……
実際には例え独力開発に至っても、立場はそう変わらないというのがわからなかったのである。
しかし、軍から指示を受けてライセンス生産だけをすることを強いられた状況から、全く新規の旅客機の独自による開発計画が立ち上がるようになってある種の機運が生じると……
彼らは"ここで実績を残すことで大手振って重工業複合体に戻ることが出来る"――などと思い込みはじめ、その実績たる「名を残す」ことを目的に設計者達に介入し始めるのであった。
例えば、世界の多くの航空製造メーカーならば多少なりとも設計的介入があることは事実。
ところがこれは、介入する側もまた"設計者に近しい能力をもった"者達だから可能なことなのであり、いわゆる747の誕生のきっかけとなった運行会社にいた経営者達のような者達だから許された行為であって……
ヤクチア流の適正試験の積み重ねから振り分けられて生まれた中間管理職達に、そのような能力は一切無かった。
彼らは理系ではあるが、理系なだけで物理学1つ出来ない。
力学1つ解説できない。
製造方法の違いがコストにどのような影響を及ぼすのかすら解説できない。
にも関わらず、コンペやプレゼンにて矢面に出るのはいつも彼らだった。
設計者は常に裏方にいて、彼らがまるで"自分達が作っている"――かのように、表舞台で語ろうとするのである。
そして高らかにコンペやプレゼンであることないこと説明したことで、その矛盾の解消のために設計者に無理強いを行うわけだ。
原因はヤクチア流の適正試験にある。
旧皇国地域では命じられるままに適正試験を行ってはいたが、ここで重視されたのは"一般教養"であり、専門知識に対する適正が皆無でも"理系的一般教養"さえ満たせば、この手の航空設計局などに入ることが出来てしまうせいでこうなったのだ。
物理学にはセンスが必要とは、アインシュタインら多くの物理学者などが語るところでであるが……
旧皇国地域の勉学は"一般教養"を重視したことで戦後を境に"考える"よりも"覚える"ことばかりに比重が置かれ、例えば数学分野の適正試験においても"あらかじめ決められた解答に対し"、"あらかじめ定められた方式でもって解く"という、数学的能力を伸ばすのに全く供しないような教育ならびに試験が施され……
その結果、答えがそこにはなく、むしろ"式"を見出さねばならない工業分野の、研究、開発分野においては使い物にならない人材が平然と最重要工業分野の設計局に入れることが出来てしまうようになった。
無論、設計局もバカではないので本当に設計者として能力のある人材を確保したいわけだから、この手の連中は事務方とする一方で、専門学校などにおいて物理学を専攻して学習していた者などを積極的に局に取り入れた上で、彼らを中心に設計者として重用して組織体制を維持していた。
だが、皇国においては各分野全てに精通するということで大学などの卒業者の方が"上"という認識が生まれ、結果的に「工業分野にて使い物にならない事務方は設計者より立場が上」などという、資本主義社会の下でこのような事になったら間違いなく国力が衰退すると言えるかのような負の共通認識が生まれてしまう。
"俺には教養がある"
"俺は最低限の物理学も試験にて合格した"
こういうのは政治や公務においては通用するし、むしろ政治活動においては詳しすぎても足かせになると言われるほどだが……
実際に"モノを創造する組織"においてこの手の人材は、自身の立場以上の行動をする上では邪魔者以外の何者でもない。
しかし前述したような上下関係の認識によって設計者は無理強いをされると逆らえない環境となってしまっており、四菱航空設計局においては主任設計担当すら形骸化する自体へと陥っていた。
一応、設計者の中には大学や大学院にて研究者として名を馳せていた者も少数存在したが、こういう突出した人材は各工業分野で奪い合いとなるだけでなく、国の研究所などに引き抜かれていくので中々数を増やせない状況にあった。
いつの世においても多勢に無勢。
少数では抗うことなどできず……
設計者自体もそれが問題だと"考える"ことが出来なくなっていた。
命じられるままに作ってきたのが、これまで漠然と存在していた仕事場環境でもあったからだ。
そしてこのエリート意識ならびに上下関係による認識は、製造を行う四菱重工業複合体にもあった。
重工業複合体においては設計は全て"下部組織"たる四菱航空設計局が行っており、全ての責任は"四菱航空設計局にある"という認識が横行。
その結果、どう見ても間違っている設計構造であっても、あーだこーだと言われて摩擦が生じたくもないし、関与を深めて責任を丸投げできなくなることを恐れ、無言を貫くようになる。
その上で、重工業複合体の下請けとなる部品供給メーカーに対しても無用な混乱が生じないよう圧力をかけ……
部品供給メーカーに対しても「何もクレームを付けるな」――と、どう考えてもおかしいだろうというような構造の部品の製造を強行させたのである。
その結果が、人を乗せてまともに飛べないとヤクチアの技術者ですら憤慨する航空機へと繋がったわけだ。
俺はこれを許さない。
いや、許さないだけではない。
未来永劫、主要航空メーカーをこのような最悪の悪循環に落ち入らせない。
そのためにはまず、現状の俺の立場で主任設計担当者として正しい振る舞いを行っても"軍より強要されたから"――がまかり通らないよう、改めて組織を整えることとした。
そこで、今回俺は表向き主任設計担当者という立場をとらないこととする。
今回の立場は"総監督官"である。
軍はあくまで計画遂行を監督するだけ。
開発はメーカーが主導する。
実際には基本設計は行うので事実上の主任設計担当者ではあるが、主任設計担当者は別の者とする。
そのために先輩にあたる"人物"を呼ぶのだ。
彼のリーダーシップ能力は四菱においても突出している。
そして生前、何度も四菱の状況を憂いながらも改善を目指そうとした。
彼の手記には戦中から手を出しておけば……なる後悔が綴られているが、今こそ、その時に違いないと考えている。
零の各部負荷計算などを行った人物。
現首相の血を有しながらもエンジニアであった男。
彼こそが連山の主任設計担当者。
絶対的な権限を持つと同時に、全ての責任を背負うこととなる者。
彼を中心に、各メーカーの精鋭たる設計者達を各部門における主任担当者とし、同じく強い権限を与える。
開発において中間管理職など一切関与させない。
技術説明にあたるコンペやプレゼンにおいては、主任担当のみが行う。
作り手の聖域は絶対。
管理職には一切の介入を赦さない。
管理職こそが裏方。
その上でまずやることは、すでにほぼ終わっている基本設計の再検討。
そして各部を担当するメーカーとのすり合わせ。
今回は冒険する。
ゆえにメーカーがどの部位を担当するかは、ジェット戦闘機と異なり、あらかじめ決めるようなことはしない。
ここは主任設計担当者と、メーカーごとの主任担当者が協議の上で決定する。
だから翼を四菱や山崎が作るとなっても、それを受け入れる。
一方、各種分野においては努力目標を設ける。
設計時においては基本的にどんどん重量が増大してしまうのが常。
この是正のために、あえて軽量化を目指した目標値を各分野にて設けるのだ。
これは基本設計に長けた者だけにしか出来ない。
もともと、基本設計を行える者というのは突出した計算能力の持ち主。
設計者の中で生え抜きだけが基本設計に関与することが許される。
今の俺がその立場を許されるのは、未来の情報を知るからでしかない。
ゆえに各種ブロックごとにおいてどれだけ軽量化が可能なのかは、構造力学などにも精通していなければならない基本設計を主とする主任設計担当にとっては、知っていて当然のことであり……
適切な努力目標を設定して、それが達成するよう挑戦していくわけだ。
一般的にはこれは最初に示したカタログスペックに近づけるための努力であり、カタログスペックを達成するための努力だが、状況によってはさらなる軽量化も不可能ではない。
主任設計担当すら見えてこない部分が詳細設計を行う者達に見えてくるということはままある。
この辺りも今回は俺がやってしまっているが、新たな設計主任担当に再検討してもらうことにしている。
彼は現時点で新型アルミ合金にも精通し、構造力学に突出して長けた実力者。
谷先生のごとく改良点を見出すかもしれない。
特に胴体においては不安が多い。
深山を改良するにあたり、俺は胴体径を細くした。
必要最低限に留めたのは軽量化だけではない。
胴体を構成する巨大構造部材について、当時の長島は製造するだけの技術力を有していなかった。
だから俺は彼らが本来の未来における連山でやった以上に細くした。
こうすることで、これまで彼らが開発並びに製造に漕ぎ着けた機体規模と同程度の構造部材となり、製造が可能となると考えたためである。
その目論見は見事に成功した一方、最悪の居住性となってしまった深山はパイロット達から居住性に関しての評判が極めて悪い。
冗談抜きで未来における宇宙船並みである。
これは深山改となることで多少改善する見込みはあるものの……これまた多少でしかない。
一方の連山は最低限未来におけるリュージョナルジェット並の胴体径となる。
つまり、皇国の工業技術的には相当厳しい挑戦となることが予測される。
この部分において高い精度の部品としながらも、重量も軽量化できうるものとするのは容易ではない。
どのメーカーが担当するかで状況が変わってくることだろう。
ここで重要なのは連携だ。
参画する企業それぞれが出し惜しみせずに持ち前の技術力を発揮するだけでなく、平時であればライバル関係ともなるメーカーがそれぞれ連携できなくてはならない。
各セクションにおける設計状況は透明化が必要。
ゆえに今回、俺は拡張予定の調布基地を利用することとした。
深山はもともと東京市内においては立川に着陸できる規模ではない。
ゆえに運用においては調布基地を利用することとなっていた。
この調布基地には深山を格納するためのハンガーを建設する予定があるだけでなく、様々な各国の航空機を収容しておくためのハンガーがすでにある。
この中で最も大きい1番ハンガーを使い、設計室を作ることにした。
なぜ巨大ハンガーを利用した大規模な設計室を作るか。
別に規模の大きい設計室だけなら立川にも作れるはずなのに……と思うかもしれない。
理由は設計図にある。
今回、詳細設計図に関しては全て原寸大1/1仕様のものを用意させるからだ。
これは設計状況の透明化と、もう1つを意図したもの。
従来まで、皇国の設計図というのはある程度の大きさの部品までにしか原寸大のものを用意していない。
一定以上の大きさの部品は縮尺設計図である。
こいつが度々問題を起こした。
そもそも設計図に描かれている図柄というのは、実際の実物と形が異なるということが多々ある。
理由は縮尺する際に小数点などを切り上げたり四捨五入して製図するわけだが……
設計図というのは図面に描かれた寸法の数値こそが重要で図柄はお手本でしかない。
だから、製造を担当する技術者達は数値どおりのものを作ろうと努力する。
しかし数値の見落としや、数値を正しく見ていなかった……そればかりか匠が独自に改良を施してしまったなどの影響により、完成した部品が真に求めたものとは違うということが多々ある。
同じ設計図を用いたのに製造メーカーごとに互換性が無かった本来の未来のホ5も、設計図の数値表記がいくつか抜け落ちていたのが原因の1つ。
こういうのは完成時における公差を拡大する要因となるので認めさせない。
航空機というのは公差が重大事故を引き起こしかねない一方で、部品が多いので公差は絶対に解消できない。
それこそ、部品数が従来より大幅に減ったはずの787ですら、組み立て最終局面ともなると生じた公差によって部品が組み込めないというような事態が多発する。
それはリベットの打ち込み方によって生じたミクロ単位の外板の歪みなど、様々な小さな要因の積み重なりによるものであるが……
設計時においては公差が生じても構造上全く問題ない部分と、公差が生じてもある程度の許容量を赦せる部分……
そして一切の公差を認めない部分にわけて設計分けをし、組み立てる順番すら決めているのものだったりする。
ボルトやネジを組み付ける順番すら指定しているものなのだ。
これらに関して徹底していても、半世紀先の未来においてすら解消できないのが公差というもの。
公差というのはいかに小さくしていくかが設計者と製造を行う技術者達の腕の見せ所であると言える。
元より公差を全面的に許容できる構造とすることも可能ではあるが、それらは重量増大などを招くゆえに銃器ならまだしも航空機においては一定の部分以外においては基本的に許容しない。
こういった問題は実寸大設計図を用いなくとも新型ジェット戦闘機においては機体規模が小さいのでどうにかなっていたのだが……
連山は機体規模が段違いに大きい未来において中型爆撃機に分類される存在。
部品供給時においても問題が生じないようにするため、全て実寸大の設計図を用意させる。
その上で、全ての部品には記号と番号を振っておき、製造ブロックごとに記号を統一。
別ブロックの施工にあたる者ですら、落ちていた部品を拾った際にどの部位なのか一目でわかるようにしてしまう。
そしてこの実寸大の設計図は巨大なハンガーに機体のシルエットを描いた上で重ねていくことで、設計状況の進行度合いがわかる……すなわち設計状況の透明化が促進されるというわけだ。
これは実は王立国家方式である。
王立国家はランカスターなどで同様の手法を用いた。
部品を製造する工場においては壁面に巨大な実寸大設計図が張り出され、作り出された部品が実際に設計図通りなのかすぐに目視にて確認することが出来た。
それこそ幾千もの部品を作っていると、技師達は次第に設計図の数字を見ることなく完璧な部品を作ることすら可能となったという。
全てはすぐさま確認できる実寸大設計図が製造現場のすぐ近くに張り出されていたがゆえ。
ランカスターがあんなにも複雑な編み物を編んだかのようなフレーム構造でありながら大量生産できた背景には、部品製造から組立てに至るまでの全てにおいて実寸大設計図を用意していたからだ。
これは最終組立工場においてもそうであっただけでなく、試作機を製作する前の開発段階からそうだった。
詳細設計が一先ず完成した場合、実寸大設計図を作って機体を模したシルエットの部分に張り出していく。
シルエットは三面図方式であり、角度ごとに設計図を用意し、そこに実寸大設計図を貼り付けていくのだ。
こうすることで各部門がどういう形状の部品を作っており、どこまで開発状況が進んでいるのか一目でわかる。
これは未来においてはコンピューターを用いて管理するものだが、そんなものは現代において存在しない。
各部の詳細状況がわかれば、それぞれの部門の者達はそれを見て自身の設計を改めることが出来る。
無論、軽量化の上で発生した問題なども、これがあればすぐに協議を行って改善していける。
"あそこに余裕があるんじゃないか"――といったようなことが一目でわかるのだ。
情報共有を1つの空間で適切に行えるのである。
また、各分野ごとに達成状況を細かく数値化。
これも張り出す。
この数値化作業は管理職が行って徹底管理し、設計者達は必ず毎朝この状況を確認してから業務に入らねばならないようにする。
これは遅れている者達に発破をかけるのと同時に、進んでいる者達の意欲を向上させる効果がある。
一定以上遅れている場合は、まずメーカーの主任担当が協議。
原因を探り、可能であれば他分野への協力も求める。
最悪は他分野から一時的ないし開発が終了するまでの間、恒久的に人材を呼び込んできて開発速度が一定となるよう維持。
MRJの場合は各分野の連携など一切とれていなかっただけでなく、他分野が一体どんな設計をしていたのかそれぞれの担当者がわかっていなかったが……
航空開発においてそんな稚拙な事はさせない。
「あそこは長島が作ってるから、責任は長島にある」――などというようなことはさせない。
遅れた責任は連帯責任だ。
メーカーは関係ない。
開発チームは1つのチーム。
各人の肩書きにメーカー名があるだけだ。
開発を行う上では一心同体。
そのために開発時においては何度もレクリエーションを行い、連帯感を高めるよう配慮。
気さくに話かけられるよう、休憩室なども大きく解放して作り上げる。
守秘義務は外部に対しては存在するが、内部では全ての情報をそれぞれ共有。
メーカーの壁はここにおいては取り払う。
そうやって出来上がってきた詳細設計図においては、出来上がった部位からどんどん構造部位の製造を開始していく。
間に合わないんだ……そうしなければ。
製造が終わった部位からどんどん強度試験なども行っていく。
強度試験の状況を見ながら他部位を調整。
場合によっては既に作り上げた部品も見直すこともある。
これはもうサッカーやラグビーをやっているようなものだ。
ボールをパーツに例えると、設計チームは製造チームにどんどんボールを投げていくことになる。
問題が生じた場合などはパスを設計チームに返してくる事になるが、部品製造者達はどんどんパーツを作り、試験を行って強度等に問題が無ければ試作機の組み立ても始めていくのだ。
ボールは航空機の形をしていなくていい。
MRJでは全てが終わるまで次の段階に移行しなかったことが問題視されていたが、こんなのどんどん計画が遅れていくだけだ。
それこそブロックの設計が終了したらその設計者達は手すきの者になるんだから、遅れているブロックに編入なんてことも可能なのに設計だけやってたらいつまでたっても終わりはしない。
出来上がった試作機だっていざ飛ばしてみたら問題が出てくるもの。
ある程度大型な航空機なんていくつもの部分において問題が出てくるのが当たり前だが、その是正だって簡単じゃない。
完成した試作機においては問題を全て洗い出してから状況の改善に挑んでいくものだが、なぜかMRJは1つ問題が起きると一歩下がって設計を見直したりしていた。
そんなことやっている間に大戦が終わり、ヘタをすると皇国の国旗は赤くなってしまう。
総監督官としてそれはさせない。
どんどんパスをして、最終組み立てが終わった人が航空機の形となったボールをゴールに入れるないしタッチダウンさせる。
そして航空機の形となったボールはゴールの先へ飛んで行くのだ。
本計画においては設計者だけで2000名以上。
この一筋縄ではいかない難題を皇国の精鋭たる技術者達と、"未来のものづくり"の双方でもって達成する。
まずは全ての計画書を計画遂行の上で重要な役割を担う者達に渡し、調布基地に開発現場を整えることとしよう……