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第148話:航空技術者は目標達成のためにとある機体について回想する(後編)

 MRJ。


 まず本機においては機体コンセプトからして後の状況を普通の航空エンジニアなら予想できた。


 彼らが提示したMRJのコンセプトは、より太い胴体を採用し、その上でこれまで以上に余裕ある室内空間を提供するというもの。


 胴体構造は真円で、翼配置は低翼。

 エンジンも一般的な吊り下げ方式。


 いわばA320の模倣である。


 この時点ではまだMRJの売り文句はあった。


 先進性のある強力なエンジンを採用することで、重量が増大した面をカバー。


 このエンジンは燃費性能に優れ、CRJやERJ145と全く変わらない。


 その上で極めて高い快適性を乗客に提供するというもの。


 そのための低翼配置と吊り下げ方式。


 胴体延長可能でさらなる大人数をも対応可能。


 この謳い文句に十二分な説得力はあった。


 しかしだ、開発計画開始直後からこの考え方は間違いではないかと言われていた。


 というのも、リュージョナルジェットにおいて最大市場を誇るNUP内においては運行会社間同士における"協定スコープ・クローズ"が存在し、その協定が離陸重量39トン未満で、かつ定員76席未満であった。


 無論これは39トン未満ならば座席を76席にしておけばOKということ。


 軽量化できるならば胴体がいくら大きかろうが問題は無い。


 例えば、最大定員を1クラス100席とし、3クラスにして76席にするという手はある。


 実際、最初はそんな話を運行会社にしていた。


 多くの運行会社においては航空技術に精通している者が少なからずいるので「机上の空論」――と片付けられていたのが実情であるが。


 といっても、重量に関しては四菱が最初やりたがっていた、一体形成ファスナーレス構造なら突破しうる可能性もある数値。


 しかし、これまで全くもって開発に関与したことがない四菱においてそんな冒険できるわけがなく、彼らはすぐさま当初予定されていた先進的な複合材を用いた翼を採用することを辞め、胴体含めて全金属製としてしまった。


 これで軽量化なんて不可能に近いのに、胴体径を大型化したら重量過大になるのは目に見えている。


 そのため、重量増大を想定して次なる行動へ。


 運行会社間協定……スコープ・クローズに関しては"四菱式交渉術"なる手法で突破しようとし、"ルールが問題ならルールを変更してしまえばいい!"――などと、実現可能性あるのか不明瞭なことをやろうとしていた。


 その上で彼らは構造軽量化で何とか乗り切ろうと試みたが、それが旅客機として完全な間違いであることに気づいたのはそれなりに年数が経過してから。


 彼らがそれを理解したのは、いざ型式認定を取ろうと型式認定用の試作機を作っていた最中のこと。


 ヤクチアの統一航空機製造会社の技術者があまりにも開発が遅いので様子を見に来て絶句し、開発中断ならびに大規模設計変更を本国へ求めた所からだ。


 ヤクチアの技術者は詳細設計図を見た瞬間にこう言い放ったという。


「――こいつは民間人を乗せるんだぞ!――」


 あの人を人と思わぬようなヤクチアの人間でですら"一般人を乗せられない"――などと言い切るってなかなか出来ることじゃない。


 太い胴体を諦めなかった事。


 それは重量過大を招いていた。


 しかし最初に売り文句にした快適性は捨てられない。


 それで発注も受けている。


 だから彼らは軽量化と称して構造部材を徹底的に削り落とそうとした。


 その結果、本機体は飛ぶ事は飛ぶが、まともな旅客機ではない代物へと成り下がっている。


 まず本機においては従来の旅客機が飛べた高度まで到達できない。


 従来の旅客機の最大上昇可能高度は1万3000m前後。


 これは国際線向けの大型旅客機が対象だが、ターボファン型のジェットエンジンを装備したほとんどのリュージョナルジェットも1万2500mを運用限界高度とし、1万3000m近くまで上昇可能なようにしていた。


 理由は乱気流などが発生しやすい高度が1万1500m~1万2000mほどであるためで、乱気流等を避けるために高度を上げるため。


 通常は1万500mほどの高度にて巡航する。


 対してMRJの最高高度は1万1900mとなっているが……運用限界なのか到達限界なのかすらわかっていない数値である。


 一体誰がこの高度に決めたのかというと、誰かが決めたわけではない。


 機体が構造上、それ以上飛ぶ事が出来ないだけだ。


 胴体径が太くなるとはつまり、より高度が上昇すると与圧している機体にかかる圧力は一気に増大する。


 当然にして、内包する大気の量が多いのだから外に逃げようとする大気の量も多く、各部にかかる負担も4乗の計算で飛躍的な上昇を見せる。


 この負担にMRJは耐えられないのである。


 つまりMRJは乱気流が起きたら下降するしかないのだ。


 リュージョナルジェットにおいて一般的なアルミ合金を利用して機体を作ろうとし、その上で軽量化なんてやってみようとしたらそうなるは当然。


 しかもヤクチアの技術者が見た限りでは、実際の製造を行っている四菱重工業複合体こと四菱重工は、各部において適切な状況の際の負荷計算こそ行って各部の製造を行っていたものの……


 どこかにひずみが生じたケースや、外的要因によって胴体に小規模でも破損が生じた場合における負荷計算……


 すなわち、フェイルセーフにおいて最も重要な冗長性ある耐久設計を行っていなかった。


 設計は全て「四菱航空設計局」頼り。


 構造について省みるといった事もなかった。


 これはつまり、何かの衝撃で胴体に穴が開いたら一発で空中分解する可能性を十分に孕んでいるといえた。


 かねてより旅客機というのは死と隣り合わせで、いくつもの航空事故を教訓にして今日の安全性を築き上げてきた。


 それこそ新世代機なんて事故はあっても墜落はしないのが当たり前であり、その当たり前を当たり前にするフェイルセーフ的な設計においては、1つのリベットがズレて他の部分に干渉した場合……


 その部位に強烈な負荷がかかっても破損しないようにするのか、破損しても全体においては大きな影響とならないよう他で支えるのか……


 ともかく、こういった多重防御によって1つや2つ破損したって飛行継続できるのが当たり前に作るものなのだ。


 それこそ、長年のノウハウの蓄積はメーカー同士で共有している事すらあり、307や787を作ったメーカーもユグバスも安全面において非常に重要な情報は公開しているもの。


 しかし四菱は"俺達なら下調べせずにそんなの作れる!"――などと、実際に言ったかどうかはさておき……行動としてはそのような方法でもって航空機を作り上げようとした。


 各ブロックの設計はそのブロック部門ごとに完全に孤立化しており、負荷の相乗計算など全くされていない。


 とりあえず正常な状態なら大丈夫であろうという数値で計算、各部がすり合わせなど一切行わずに設計した結果、ただでさえ危ない航空機に成り下がってる癖にさらに性能的に満足に高度を取れない機体となった。


 YS-11の頃はとりあえず世界標準の高度で飛行できたことを考えると、笑えない話である。


 ちなみに同じ最高高度までしか飛べなかった航空機なら知ってる。

 1万1900mしか飛べなくなった機体が世の中にあるんだ。


 西側初のジェット旅客機「コメット」である。


 こいつは当初、乱気流回避のために1万2800mまで飛ぶよう設計されて飛んでいた。


 例の事故以降、耐久性が足りずに運用限界が1万1900mになったのである。


 MRJを一部の識者がコメット級の失敗作というのはこれを根拠としているのだろうが、コメットが完全に失敗作とされたのは例の事故だけでなく、例の事故後において運用最高高度が1万1900mに制限されたのも大きい。


 信じられないことに21世紀の最新鋭ジェット旅客機が、最終的に世紀の失敗作とされてしまった西側初の黎明期のジェット旅客機と同じ程度のものというのは既にいろんな意味でおかしい。


 コメットですら当初は1万2800mの世界で飛ぼうとしていたのに?


 無論、その理由は乱気流にあって、当時の人間ですらプロペラ機にて1万5000mぐらいまで飛べたわけだから、入念な試験飛行で空の状況を確認しての1万2800mであったのに……


 そして最高速度マッハ0.78というのも、太くなった胴体径を処理しきれずに抵抗が増えた影響だとは思うが……


 コメットMk.4の巡航速度が0.75~0.78だったというからほぼ同数値である。


 機体規模はともかく、エンジンを吊り下げただけのコメットだという意見。


 この表現を最初に用いた者は本当に賞賛に値する。


 なぜならコメットはもともとエンジンを吊り下げ方式にする予定だったのだが……


 エンジン吊り下げの技術はNUP(307のメーカー)が主にB-47開発の際に特許を取得して独占しており、当時は採用できなかったという背景があったりするのだ。


 俺が新型機と深山改で用いたいのも、仮に特許として出願せずとも先に採用しておかないと後々に大変苦労するからである。


 メーカーはNUPの航空機においてはライセンス料の徴収なく採用することすら状況によっては許したが、締め出しを画策して他国の航空機にて採用するのは許さなかった。


 後に王立国家のヴッカースが開発するVC-10がああなったのも、この締め出しへの影響が多分に影響している。


 本当は吊り下げたほうが優位なことぐらいわかっていたが、そうせざるを得なかっただけだ。


 王立国家の軍用機を含めた航空機においてある一定年数が経過するまでエンジンを内蔵式にしたのは、そうしたかったのではなく、そうせざるを得なかったから。


 メーカーには悪いが、そこは避けて通らせてもらおう。

 

 ちなみにその人間は王立国家のエンジニアで、かつ航空雑誌のライターだ。


 彼曰く「最新鋭の技術を駆使するだとか、快適な室内空間を与えるだとかは、我々が60年前に作ったジェット機体でも謳い文句にしてはいたが……設計者は紅茶でも飲みすぎてコメットの遺伝子が伝染してしまったか?」――などと、強烈に皮肉っていた。


 そして彼が皮肉った時点でMRJの利点はほぼ無かった。


 計画が開始された同年。


 MRJとは全く別の道を歩む、革命的なリュージョナルジェットが登場していたからである。


 ERJ-EJet。


 俺は21世紀になってから僅か1年で21世紀というものを体感する存在と出会った。


 それがこの一連のリュージョナルジェットシリーズだ。


 この機体、MRJとほぼ同程度な快適な室内空間を有しておきながら、MRJと同規模の機種において7t以上も軽い。


 胴体はオールアルミ合金製でありながら、これまでの常識を吹き飛ばし、ユグバスすらその構造に注目する革新的な航空機となっていた。


 そんな航空機を生み出したのはサンタ・マリア。


 ユーグの航空史において多大なる影響を及ぼしたエンジニアの出身地である。


 本機において、MRJと同等の貨物ならびに室内空間を有しておきながら7tも軽いのは、まさしく21世紀的な胴体構造がゆえ。


 彼らは新型機を設計するにおいて、売り文句にするならやはりMRJと同じく快適性の提供だということは理解していた。


 CRJなどは幾分快適性を犠牲にしており、市場ニーズ的には安価かつ採算性があり、かつ快適性も兼ねる航空機が求められていたのだ。


 MRJが目指した路線自体はそこまで大きく間違っていなかった。


 しかし、その上でぶつかる構造的難題への攻略は容易ではない。


 ERJ-EJetを設計するにあたり、彼らはまず胴体を分割構造とし、707から始まり767あたりまで採用された、2つの半円構造を重ね合わせて作る航空機を考えた。


 ところが、これでは軽量化する上で耐久性に無理が生じ、耐久性を向上させるとむしろ重量過大を招く。


 古い設計もあり、ただそのまま採用するわけにはいかなかった。


 そこで着目したのが、主翼構造周辺である。


 従来より主翼部分は主脚を納めるだけでなく、必要な耐久性を確保して翼の主桁等を設計するため、ボコッと膨らんだ状態にあった。


 この膨らんだ構造そのものが重量増大を招いていた一方で、主桁下部は胴体構造を大きく支えうるほどの頑強さがあった。


 様々な機器を内蔵するための構造部位。


 ここを最大限活用することで他を軽量化することは出来ないのか。


 そこで彼らはコンピューターの計算の果てにある結論にたどり着く。


 "通常より細い胴体径を半円構造とし、その下部にさらに細い胴体を隙間を埋めるがごとく張り合わせ、逆さにした瓢箪のような構造とし、その上で従来以上に大きな主翼下部構造で支える"


 こうすることで、上部胴体は旅客スペースのみ、下部胴体は貨物スペースのみ。


 主桁は貨物スペースのみを貫通するだけでなく、細い半円胴体構造ならばあそこまで外に膨らませる必要性など無いところ、胴体全体の耐久性を真円形状のものと同等とするために、あそこまで膨らませたものとしている。


 あそこまで膨らませながらも構造上の耐久性確保のため、主脚は完全に胴体内にしまいこむ事が出来ないほどだ。


 21世紀の旅客機でありながら、まるで737みたいになっているのは、あの膨らんだバルジ構造がダブルバブル構造の弱点たる耐久性の面において非常に重要な部位であるため。


 このまるで「ふぐ」の胴体下部のごとく膨らんだバルジ構造は、エアインテークを適切に配置することで空気抵抗の増大を緩和している。


 そしてこの膨らんだ下部によって主脚はこの手の航空機としてはそこまで長くなく、軽量化に貢献した。


 この機体が巡航速度マッハ0.82~0.85まで出せるのは、主胴体径が細いゆえに全体の空気抵抗が低く抑えられているだけでなく……


「こけた頬」などと形容される自然層流を意識し、後にユグバスもA350にて採用する機首構造など、全体構造が極めて先進的だからである。


 エンジンパワーが低いのに全ての面においてMRJを凌駕していたのはそのため。


 いかに空気抵抗を低くすれば最高速度は稼げるのかがよくわかるだろう。


 軽量化するなら胴体径は細くする。


 そんなのはエンジニアにとって常識だが、室内空間を確保し、貨物スペースも十分に確保した上でこのような設計としたのは革命的と言えた。


 聞くところによるとユグバスが開発中のA350にも似たような構造が採用されているらしい。


 今後はきっと真円の複合材を用いた胴体構造か、ERJ-EJetのような胴体構造が主流となるのかもしれない。


 複合材の場合に真円となるのは、成型が極めて難しいため。


 例えば787の胴体は真円の円筒状の巨大な型を回転させ、そこに均一かつ極めて高い精度でもって間隔を整えながら複合材をまるでバウムクーヘンを作るがごとく巻きつけて成型していく。


 最終的にはこの部分から窓部分などをくりぬいて作っているが……


 製造方法はそこらのプライベーターのモデラーが、ガレージキットを作るかのようなことを本気でやっているのである。


 「優れた技術は魔法だ」なる言葉があるが、21世紀の発展技術はむしろ「優れた技術はおもちゃだ」と言いたくなる。


 複合材を用いた航空機は拡大させただけのおもちゃといって過言ではない。


 俺がやり直す直前においてこの手法にて胴体を作れたのは、山崎と宗一郎のいたもう1つの技研……そして現在浜松にて"主に楽器を作っている所"のみ。


 三者共に自動車関係技術などから派生していって手にしたもの。


 こと技研は東側諸国で数少ないF1参戦を果たしていたが、こういったレース系のボディ成型技術が応用できたのである。


 ただ、レースカーよりもよっぽど精度が要求される一方で量産されるわけだから……


 歩留まりなど許されない生産性の効率の高さが求められた。


 いわば限られた一部の企業だけが到達できる一種の到達点にある胴体構造なのである。


 これにアルミ合金で挑む場合、対抗するには相当な設計的工夫が必要なのは言うまでも無かった。


 個人的に真円型胴体以外認めたくない立場としても、この機体は革新的な21世紀の傑作機の1つとして賞賛を送りたい。


 この機体は本当に各部が考え込まれていた。


 俺はこの機体に乗りたくてわざわざサンタ・マリアにまで出向いた事すらあるが、コックピットをあえて汎用性のあるビジネスジェットと同じものとして相互乗員資格を適用させているという発想はお見事。


 コックピット構造において独自性を発揮してパイロットを確保させにくくするといったことを生じさせないようにすることで……


 従来まではセレブ御用達のビジネスジェットしか運用してこなかった小規模な運行会社ですら、旅客事業として新たな参入を可能とした。


 この手のビジネスジェットは常に仕事が入るわけではないので不安定。


 定期便運行が行えれば主業務の片手間に安定的な収入を確保できる。


 70人規模の航空便というのは本土から離島へ向けた運行便として需要があるクラスだった。


 そればかりか、この機体はさらに胴体を拡張できうる余地を残しており、120席タイプのものも開発予定だという。


 もはや737の需要すら食おうとしていたが、燃費や整備性その他の面にてこちらの方が優れていたのと……


 パイロット確保の問題についても、NUPなどにおいてはビジネスジェット資格保持者が多く、これまで発掘してこなかった需要を発掘しており、他の運行会社との奪い合いのようなものが発生しにくいという盲点を突いていた点は特筆に価する。


 737の資格保持者は重宝されるのと同時に取り合いになっていたが、こちらはそれこそ専属契約とせずに定期契約を結んでパイロットは普段ビジネスジェットやプライベートジェットを操縦してもらい、必要なときのみ定期便を運行してもらうという方法が可能。



 そのような企業がERJ-EJetを購入して実際に参入している例があるほど、採算性も考慮された機体だったのである。


 しかも小型ビジネスジェットとすら相互乗員資格が適用可能であり、やろうと思えば従来まで趣味で資格を取得していて、休日などに私的に飛んでいただけのパイロット達に副業として飛んでもらう事も可能なのだ。


 パイロット確保で喘ぐ今日の航空業界にとって注目されないわけがない。


 120席タイプの開発ですぐさまローンチカスタマーが見つかった理由ははっきりしていたが……


 実際に乗ってみたところ、主翼断面構造も古臭さを全く感じさせない最新鋭のものだった。


 決して途上国の作った航空機などと馬鹿にしていいものじゃない。


 最新鋭にたる旅客機で間違いない。


 最新鋭を謡いながらも主翼構造が20年以上遅れていたMRJなんかとは大違いだ。


 MRJの主翼断面構造はとりあえず細くした上で一体成型とし、空力的に誤魔化したものに過ぎない。


 俺が連山でやろうとしているものに大きく劣る。


 一体成型で誤魔化してはいるが、主翼断面構造は最新ではない。


 彼らは主翼構造について主に宣伝として"最新鋭のコンピューターを用いた"――とは言うのだが、最新鋭の計算方法には基づいていなかった。


 やったのは従来と同じアルゴリズム計算。


 ウィングレットなど、部位ごとに一定の構造を決めて最適な効率を求める方法だ。


 長島と技研が提示した"ブロックごとに計算する"――という、本当の意味での最新鋭たる計算方式に基づいていない。


 この計算式も従来存在した自然層流翼の設計方式と計算ルールに新たな展望を見出したものであって、的外れな方法ではなかった。


 一方で、彼らは翼を作る上での計算ルールすら独自に生み出して作っていた。


 作ったことも無いメーカーが何も参考にせずに独自ルールの計算法を生み出して落とし込んだところで「創れる」わけがない。


 結果、彼らは翼を薄くする事に拘り、一体成型された翼を採用することで"妥協"した。


 各種特許関連情報を見た限りでは、彼らが敵とすらみなすほどの企業じゃないと見下していたERJ-EJetにすら劣っている。


 だからあんなに翼を薄くしているのにライバルメーカーの最新鋭機達ほど効率が良い翼になってないんだ。


 翼における空気抵抗の効率のよさはともかく"薄くした"の一点張りだが、今日の航空業界で評価されているのは「いかに薄くせず効率を向上させたのか」であるので、完全に向いている方向が異なっている。


 ただ胴体を太くしただけであそこまで最高速が落ちるわけがない。


 それが証拠に、俺がやり直す直前でMRJは主翼において大規模な設計変更が生じていた。


 型式証明を取るだけなら主翼構造の大規模な見直しが必要となるというのは稀。


 おそらく構造耐久性が必要最低限のものにすら達していなかったか、あまりにも翼断面形状が古臭くて、大規模に導入されたヤクチアのエンジニア達によって一から作り直されたんじゃないか。


 少なくとも翼に関して大規模な設計変更が生じてから一切を語らなくなってきた点からして、最初にあれこれ解説していた翼でなくなっているのは間違いないだろう。


 そして設計変更によってどんどん増加する重量からして、軽量化が極めて深刻なレベルで脆弱性を抱えていたとしか言えない。


 胴体部分においてはいくつもの補強が生じていると言う。


 つまるところMRJというのは零戦の失敗から何も学ばず、またもや零戦のようなものを作り上げようとして完全に破綻したプロジェクトだということ。


 零が許されたのは軍用機だからである。


 YS-11の軽量化がなんだかんだで上手く行ったのは、運用最大高度が7500mと現状の半分近くだったからである。


 軍用というのは、運用時においてある程度の部分において目を瞑ることが出来る。


 例えば軍用拳銃であればセーフティがまるで無いようなものも多々ある。


 その分、パーツ点数を削って量産性と耐久性と信頼性を向上させているのだ。


 分野が異なるものの、拳銃のトカレフなんかが典型例だ。


 用いるのはプロなのだから、運用時の工夫でどうにか乗り切ればいい。


 そういう風に普段から訓練させればいい。

 使うのはプロなのだからと、それで乗り切れる。


 しかし航空機、かつ旅客機というのは違う。


 乗るのは老若男女全て。

 訓練された者達ではない。


 最悪パラシュートを背負って乗ればいいような軍用機とは違う。


 何も持たない訓練経験も無い人間が当たり前のように乗るのである。


 その上では、例えば圧力隔壁の一部が吹っ飛んだだけで機体が完全に操縦不能に陥るような構造には出来ない。


 かつてはそれも許されただろうが、747の事故以降、圧力隔壁が吹き飛んだ程度で尾翼の全てを全損し、かつ油圧まで全損してしまうような航空機に型式認証は降りなくなった。


 あの緩すぎると言われるNUPの型式認証ですら、そんなものは許容していない。


 航空機においては一部が破損しても全てが破損することは無いというのが当たり前。


 MRJは間違いなくそういう設計ではなかったのだろう。


 ちなみに俺は一部の詳細設計図を見せてもらったが、機首を見たらピトー管の位置すら間違っている事に即座に気づいた。


 MRJの飛行特性から考えたら怖いなんてもんじゃない。


 実はMRJの飛行特性はよろしくない。


 何を参考にしたのかは知らないが、着陸時の低空飛行においてかなり強めの機首下げ挙動を見せる。


 着陸時の機首下げ。


 ジェット航空機においてはとにかく嫌われる挙動である。


 補正を試みようとすると機首が上下に揺さぶられて最悪失速しかねないが、エンジンパワーを調整し辛い速度域なのである。


 特に着陸時において操縦桿は過度に操作したくないものなのだが……


 機首を上げようと補正するだけでも水平安定飛行が崩れかねない低速において機首が下がるのは、よろしくない特性を持っていると言えた。


 こと低翼機はエンジン出力を下げて着陸を試みるが、ここで失速を防ぐためにエンジン出力を中途半端に向上させると、機首が上がったまま地面効果によって空中に居座り続けて一時的に操縦困難に陥り……


 速度が一定未満となった際に突然機首が下がり、それを補正しようとして尻餅をついて後部を破損なんてことが起こりかねない。


 よくあるケースの事故である。


 ゆえに着陸時においてその体制から機首下げが発生しやすいと言われる三発エンジン機やリアエンジン機などは尻餅事故がよく発生した。


 滑走路は無限の距離を持つわけではない。

 ゆえに着陸する上ではある一定のエリア内にて接地しなければならない。


 つまり進入速度は一定程度にせねばならず、機首下げが発生しにくいような速度にするような事は出来ないのだが……


 着陸進入速度が早めであるという話は、すでに試作機の試験飛行にて機首下げ特性と共に指摘されていた。


 つまりMRJはYS-11以上に着陸に難がある機体である可能性が高いということ。


 おそらく主翼の大幅な見直しも、そのあたりが影響しているのだろう。


 ちなみに機首下げ傾向があるといえば同規模のリュージョナルジェットであるCRJもそうだった。


 この特性だけを理由にCRJを置き換えたいという航空会社が存在していたほどだ。


 だたしこちらはディープストール対策の影響ゆえである。


 CRJはディープストール対策の一環として、エンジン配置を通常のリアエンジン方式より手前にした。


 こうすることで主翼で発生した乱流は尾翼まで届かずエンジンにぶつかるか、エンジンに吸い込まれるようにした。


 エンジンが手前側にきたCRJは機内の騒音がクレームが出るほどやかましくなったが、一方で徹底的なディープストール対策が機首下げ傾向の特性を与えてしまい、旅客機の中では操縦が難しい部類の機体であると言われる。


 低速かつ低高度の場合に若干の機首上げ傾向を示し、離着陸性能が極めて安定的で着陸速度も常識的範囲内なERJ-EJetと比較すれば古い機種なので当然と言えば当然なのだが……


 ERJ-EJetのように巡航飛行時においてはエンジン出力に応じた水平飛行、着陸時等においては若干の機種上げ傾向というのは旅客機では極めて操縦性の高い機体と言える。


 機首上げが強すぎると今度は制御が極めて難しい航空機となるが、そういうものではない。


 対するMRJは、今日において普遍的な航空機のスタイルでありながらなぜか機首下げ傾向。

 他に聞いたことが無い持病である。


 767や757などが生まれた頃以降、この手のターボファンエンジンで通常のスタイルを持つ旅客機で機首下げ傾向なんて機体があるなら教えてほしいほどだが……


 ともかく、MRJはその特性をフライバイワイヤーにて補正していたものの、肝心のフライバイワイヤーの起点となるべきセンサーを内蔵するピトー管の位置が適切でないなど……


 型式取得前の試作機はYS-11以上に乗りたくない何かになっていたのは間違いない。


 ヤクチアもさすがに危機感を募らせたのだろう。

 すぐさま本国から大量の航空機関係エンジニアを招集し、900以上にも及ぶ設計変更を行うことになった。


 こと主翼に関しては全面的な見直しだという。


 それって普通は既存の機体の改良機を開発する際に行う措置のはずなのだが……量産される前に改良機になった数少ない旅客機の1つとなるようだ。


 こういった一連の原因は四菱の体制そのものにある。


 これらを紐解きながら、正しい組織図を作っていくとしよう……


 連山は生半可な手法では作れない。

 今のうちに開発手法を確立しておかねば……到達できぬ夢に終わる。


 そんな事はさせない。

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― 新着の感想 ―
[一言] MRJが無事頓挫との報道がなされましたが、今話読んで理由が理解できた。 こんなんでFAAの型式証明取るとか無理だわ。 事故起こす前に中止できたのは英断と言える。あまりに遅い決断だけどやめられ…
[気になる点] MRJの開発手法が悪く、信濃さんが同じ轍を踏まないようにと誓う、という後の展開に続く導入部分であることはよくわかるのですが、ちょっとボリュームがありすぎたように思いました。
[気になる点] https://ncode.syosetu.com/n3926fe/200/ 誤字報告にて全削除が出来なかったため、下記のように報告いましたが、そのまま修正されてしまってます。 q[←…
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