第17話:航空技術者は双発戦闘機の要求性能をまとめ、いざ開発に挑む
俺が今一番不安なのがXP-38。
本来の未来を変え、皇国が星型エンジンをこさえて600kmを達成したのがつい先日のこと。
ただでさえ航空機の速度が上昇していることに怯えたNUPが繰り出した答えこそがP-38だ。
その試作機たるXP-38の開発が始まったのが今年である。
間違いなく本来のP-38よりも高性能化が求められる所だろうが、NUPとの敵対をしなかったとしてもより高性能化したこいつが王立国家で活躍した事によって第三帝国との戦況が変わると後々の戦況が読みづらくなる。
P-38は元来、勝手に皇国の航空機の性能を過剰に評価し、高速化が著しいと踏んだ皇国と第三帝国の航空機に対抗できるよう開発されるわけだが、この理由としては本来の未来ならば今年の6月6日に達成される第三帝国のHe100V2の存在が大きい。
時速634kmに達するこいつが軍用機であると聞いたNUPは最高速度記録だけを参考に640kmを目指すわけだが、皇国にもそのような戦闘機があるのではないかと考えていた。
実際は過大評価だったことでその後の開発方針に変化が現れたりしたとされる。
余談だがこの広報にだまされて皇国やヤクチアはHe100を購入してしまう。
手に入れたソレは武装されただけのレース機体であり、過激なセッティングや戦闘行為を無視したような仕様によって双方共に第三帝国に騙されたとすぐに気づく。
といっても機体が速度を出す仕組みなどを学ぶ学習機材にはなった。
ところが……現在の我が国はHe100に先んじてキ35をこさえて600kmに挑み、第三帝国より先に陸上機による時速600km越えを達成してしまった。
それも当時未来がないとされていた空冷星型エンジンでだ。
この頃、液冷エンジンを開発した国こそ、次の戦争に勝てると言われていたのは割と有名で、最終的には7:3ぐらいで空冷エンジンを運用するNUPですらも液冷エンジンを熱心に開発していた。
なので、事実を隠したままの方が間違いなくNUPの戦闘機開発を遅らせられるので西条には黙っておいて欲しいとお願いしていた。
にも関わらず、皇国陸軍は西条による制御が効かずに海軍への当てつけとばかりにこの件について公表してしまい、公式記録として認められてしまう。
達成以降、特に第三帝国の技術者が連日のように立川に訪れるようになったのだが、中には共和国やアペニン、NUPの技術者も混じっているほどだ。
一体これがどれほどの影響をXP-38に与えるかがわからん。
NUPも液冷か星型かで紆余曲折を経て迷走したりするのだが、空冷星型一辺倒でこられると魔物のようなエンジンが登場しかねない。
P-38が高性能な空冷エンジン搭載機となってしまう可能性だってある……
当面のライバルはP-38と見ているが、大幅に性能が向上されては困るのだ。
立川に訪れたそれぞれの国の技術者は、互いに違う着眼点を持ちながら技研に注目していた。
第三帝国としては、やはり我が師である谷二郎が発見した層流翼型を搭載していたのかと思っていたようだが……
残念ながら一郎がこさえた翼であり、やや残念がっている様子があった。
ただ、この際に実際に谷二郎と面会したらしく、ヘタするとHe100がさらに高い速度記録を出してしまうかもしれん。
また、本来は顔を見せなかったNUPの技術者が尋ねてきたという事は、過大評価ではなく現実評価としてNUPが認識しているのは間違いない。
NUPが注目したのはエンジン関連。
エンジンだけでなく、エンジンの廃熱処理や排気ガスの処理方法だった。
キ35を見られたのは正直怖い。
第三帝国の技術者はFw190と同じ処理方法のエンジンカウルに関心していたが、NUPの連中は野獣のような眼光でキ35を見ていたからな。
この時点でのNUPは翼に対する流体力学の法則こそ我が国と同じだけの発見をしているが、他の部分では劣っている。
零に大敗を喫したことで血眼になって挑むようになるわけだが、それが早まってもらっては困るんだ。
実際、P-38は王立国家が用いても第三帝国の機体の最高速が優れていたのでそこまで高い戦果は出せなかったが、それが変わるとなると……同じく対抗できる戦闘機が必要となるな。
ただ、NUPの技術者が訪れたのは悪い事ばかりではなかった。
B-17用の排気タービン"B-2"が手に入ったのだ。
本来なら戦闘後に鹵獲したモノしか手に入らない排気タービンを早期に手に入れたのは、キ35の技術公開に対する交換条件として陸軍が俺の意思を汲んで求めたものが排気タービンだったからだ。
キ35は開発中の一式戦ほど先進的な胴体構造とはしていない。
一郎の件もあってあえてそうした。
だが、エンジンカウルの処理などについては先進的で現時点での第三帝国と並ぶものがある。
それだけのものを公開するのだからと対価として要求したものが排気タービンだった。
やつらは"どうせ皇国には作れまい"――と、簡易な設計図や特許情報ごと我々に渡したが……お前らのその判断は失策だったな。
この技術を実際に解析する連中はタービンを製造したメーカーであるG.Iが手塩にかけて明治の頃より育成した皇国人技術者だ。
しかも、こいつら何気に簡易ではない本物の設計図すら手に入れてきやがった。
B-17の排気タービンを解析しようと芝浦タービンに持ち込んで1週間後。
どんな調子かと芝浦タービンの研究室の様子を見てみれば黒板に貼り付けられたブループリントを見て背筋が凍ったぞ。
一体誰が許可したのか知らないが……
もしかしたら本来の未来でも、現時点で実物がないだけで所有していたのかもしれん。
本来の未来ではこの子会社を陸軍に召集したことで排気タービンを実用化するわけなのだが、メーカーの技術者を招集してみたところ、半年でまともに稼動できる排気タービンが作れたんだからな。
親会社がそんな会社な時点でそれだけの可能性を皇国の企業の技術者が秘めているのに気づいていない。
この辺りは軍との繋がりを戦後まで最小限としようと考えているG.Iが様々な情報を隠しているからだろう。
赤狩りによってヤクチアのスパイを一掃するまで、彼らはNUPと共同歩調はとらないんだ。
まあ、京芝で開発された技術については、全てG.Iに提供する包括ライセンス契約を結んでいるせいで改良生産に成功してあんまり高性能化させてしまうとあっちで採用されてしまうようになるが……
例えば、それを量産できるのが我が国の京芝なら軍需生産で利益を出せるので利点であるし、何よりもあちら側の性能限界が読めるという利点もある。
なので、ジェットエンジンについてまるで上手く行かないので、技研では現在これを解析して量産することを目指している。
原因は俺の持つ知識を京芝の子会社が再現できないこと。
芝浦タービンと呼ばれるこの会社ですら新鋭技術すぎてどうにもならない。
ただ、小型タービンの製造などについては上手く行ったので、P-38にも採用される排気タービン"B-2"をコピー量産してしまおうというのが現在の目標となっている。
これがどうも上手く行きそうだ。
合金関連については京芝の子会社が普通に作れる。
ジェットエンジンについてはコンプレッサー内圧力が高すぎてどうにもならないのだが、排気タービンはそこまで高圧ではないのだ。
まあ現時点でできることぐらい後に集めた当時の研究資料から知ってたことだ。
一応、開発中の一式にも搭載可能な余剰スペースを用意しているが、これとハ43を組み合わせたらどうなるか見ものだ。
ただ、この時点での排気タービンは高空性能を確保する一方、低空性能がおざなりとなってしまう。
必ずしも性能アップとはならない。
西条らにもこの事を説明した上で一式は万能な戦闘機とはせず、今後開発する戦闘機を基盤にそれぞれの戦闘機に役割を持たせて戦術的に運用することを求めた。
特に若いパイロットほど一撃離脱戦法に理解があるのだが、西条ら陸軍上層部からは双発機について2つの方向性に挑んで欲しいことが提示された。
1つは速度は640km台で妥協。
運動性を確保し、高空性能をそれなりに確保した機体とする方法。
爆撃機の迎撃と偵察、対地攻撃、戦闘爆撃、夜間戦闘に特化したものとしており、運用方針や性能はP-61に類似する。
何気にあの機体は失速しにくく、皇国の戦闘機に負けない運動性があった。
最高速を犠牲にして手に入れたソレは被撃墜率を下げたという。
夜間戦闘に必要な電探についてはすでに開発が進行している。
勝敗論について認知した西条が開発に前向きにならないわけがなく、わざわざ矢木と宇多の双方を招集してまでやってもらっている。
さすがに電子関係には弱いので技研の別の部署に任せているが、現時点でそれなりのものが出来ており、当初より電探は双発機に搭載されることが決定された。
単発機にも搭載できるのだが、それはおいおい改良されてから検討することとしている。
ただ、このプランにおける双発機は普通に夜戦だけを考慮したものではないのだ。
運動性能に劣る600km台の攻撃機などを迎撃する要撃機としての運用を考えている。
航続距離を長くしやすい双発機では最高速さえ妥協すれば運動性はどうにかなる。
それこそ、P-38の後期型が油圧エルロンを搭載して機体の頑丈さにかこつけて凄まじい運動性を発揮したように双発機の設計次第では600km台ならば高い運動性を保たせる事は不可能ではない。
油圧関係の技術は我が国でもそれなりに発展していたのに、やはりというか当然のごとくエンジン性能の低さのせいで見送られた経緯がある。
皇国の場合、先進国として各所技術がきちんと芽吹いてきていたのにエンジンが全ての可能性を刈り取ってしまったという側面がある。
今回の未来では最終的にハ44でR3350と真正面から戦う予定なぐらいで、エンジン性能については大幅に盛り返しているので可能性の芽を潰さずになるはずだ。
現状ではハ33を採用する双発機はもしかするとハ43に開発中に変更となってしまうかもしれないが……
排気タービンがあるだけでも、ハ33なら2機で最終的な馬力は3000馬力以上に達するのでかなりの性能となる。
このプランにおいては後は機体構造をどうするかだ。
もう1つのプランが運動性を最小限とし、最高速を740km台にまでもっていく方法。
ハ33では心もとないので、このプランではハ43の搭載を当初より考慮するか、航続距離を犠牲に機体を小型化させて強引に700km台に到達させるかといった所。
後者はほとんどキ83だ。
百式司令部偵察機すら完成していない現状でこのプランはある種無謀とも言える。
キ108のような中途半端な攻撃機となりかねない。
双発機は今回山崎も競合開発に参入しており、恐らくキ96のようなものを提示してくることが予想できる。
将来的にキ108を大幅に超える攻撃機となるかもしれないが、やはり俺としては今後の土台とするため、百式司令部偵察機を戦闘機化したい。
目指すは皇国製P-61。
あれこそ、現時点で皇国が最も求める双発機であるのは間違いない。
よって西条に説明した性能はこうだ。
・ハ33ないしハ43を装備し、排気タービンを装備した双発攻撃機。
・最大速度は高度6000mで時速換算640km以上。高度9000m以上でも600kmを可能とする。
・高度5000mまでの上昇力として4分30秒未満。
・上記性能を満たし、20mm機銃を機体前方に四挺装備。携行弾数250発×4以上を積載するスペースを確保する。
・運動性能などは諸外国の戦闘機、特にNUPや第三帝国の航空機を凌駕しつつ、B-17などの爆撃機の高高度迎撃が可能であること。
・開発が始まったXP-38を確実に1:1のキルレシオにて倒せる機体とすること。
・航続距離はハ43においても増槽を用いて5000km以上を確保。
・当初より電探を装備。夜間戦闘などの使用が可能なようにし、電探の可能性を証明する。
・搭乗者は1名。後部機銃などは一切装備しない。
・1000kg程度の積載力を確保し、攻撃機としても活用できるような設計とする
これを聞いた西条は"どこの国でそんなものを作ろうとしているのだ"――と、やや苦笑いしていたが、本来の未来における陸軍が要求するスペックを大幅に超過した化け物である。
この話を受けた参謀本部はあまりにも非現実的と考えたのか海軍にその件を相談してしまったらしいのだが、海軍すら"いくら有能な技師が現れたとて馬鹿げている"ーーと高笑いしたという。
笑うなら笑え。
キ47と名づけられたこの機体。見事形にしてみせる。
山崎のキ45には負けんぞ。
◇
「信濃ぉ。山崎の技術者が泣いてたぞ。お前こんなの本気で四菱でこさえようってのか。俺も下りたいぞ」
中山の嘆きはまさに山崎の社内の状態を表している。
本来のキ45は山崎が陸軍より開発を依頼され、キ38の発展版としてこさえるもの。
後に屠龍と名づけられる二式複座戦闘機だ。
屠龍は山崎が生み出し、後にキ96やキ102といった双発機の開発母体ともなる存在。
ただ、こいつが搭載するのはやはりというかハ25なのだ。
百式司令部偵察機の完成度を見た山崎は、ハ25による双発機開発を早々に諦める。
これによってハ33を装備したキ96が誕生し、キ102と繋がるわけだ。
だが、現状ではハ33またはハ43を搭載して作れることになっているが故、山崎なら上記機体はそこまで難しいものではない。
俺は屠龍もどきの設計図を持ってきて意見を求める中山に対し、選択と集中を促す。
やはりというか当然のごとく山崎は後部機銃などを設けていた。
この時代の双発機は長距離を飛行するからと交代要員の必要性を考えて2名以上を搭乗させようとする。
さらに防御武装が必要だとばかりに機銃類も搭載しようとする。
皇国は"機銃があれば打ち落とせる"とばかりに本来の未来では強制する。
そんな事したら無駄に胴体が長くなって重くなって大変な事になる。
俺は西条にパイロットは1名と主張していたが、1名とした場合の解決方法も知っている。
こちらがキ83の前身となるようなものをこさえたのに対し、屠龍もどきを作られては困るので、中山にはきちんとどういう方向性とすべきか伝えておかねば。
山崎にはキ108を大幅に性能向上させた存在を作ってもらいたいのだ。
双発戦闘機の可能性を広げられるからな。
「いいか中山。山崎の技術者にこう伝えろ。無駄なモンは一切付けるなとな。この後部機銃など一連の無駄な装備は一切不要だ。山崎ならもっとシンプルに、もっと突き詰めた機体が作れる。ハ43を搭載すれば山崎なら俺が提示した厳しい要求の機体が作れるんだ。双発攻撃機に後部機銃や操縦者の交代要員は要らん。もっと突き詰めろ。もっと小型化しろ」
「そんなに要素を削り取るのか?」
「ああ」
「でもよ、信濃。長時間飛行するってのに1名で大丈夫なのか?」
「百式司令部偵察機用に四菱がこさえた試製自動操縦装置がある。山崎に譲ってやるよう伝えとくよ。それと、疲れにくい操縦桿としてハンドル型にしろ。これだけでだいぶ違う」
なぜ百式司令部偵察機があそこまで双発機として見出されたのか。
それはこいつにP-38と同じく疲れにくいハンドル型操縦桿と、そして信じられないことに自動操縦装置まで搭載されていたからである。
これは海軍のものではなく、陸軍が独自に調達してきたものだ。
海軍は昨年の時点ですでに自動操縦装置を開発しているが、陸軍も皇暦2600年までに実用化する。
そして試作品は百式司令部偵察機に搭載されており、二型、三型に至るまでに改良されていった。
元はどこのメーカーのものを解析したのかはよくわからないが、少なくとも長時間の水平飛行が可能な代物だった。
このあたりは俺の門外漢で、技研の他の部門がいつの間にかこさえてメーカーに製造依頼しているパターンだ。
照準器とかと同じだな。
三型に改修される際に空力特性が変わって自動操縦装置の精度が落ちたとされるが……
少なくとも一型の時点では"案外楽に飛べるので不要"――と言われながらも稀に使われて評価されていた。
こういった必要となるものを取り付けてそれら以外をすべて排除する。
そうしなければ双発戦闘機は形とはならないんだ。
単発戦闘機より自由な設計ができる反面、運動性や機動性の確保が大きな制約と障壁となっている。
無論、俺に排除することへの迷いなどない。
「俺はそうする。西条閣下にもそう言った。NUPも開発中のXP-38とやらはそうする。王立国家がこさえていると650kmで飛ぶと噂の謎の木製の双発機があるそうだが、アレも武装は搭載しておらんとのことだ」
「お前諸外国の事情に本当に詳しいな……どこから仕入れてくるんだ」
「皇国を守らんがために奮闘すると、囁いてくれる奴らがいるのさ……」
適当に誤魔化しつつも中山に求めたのは、モスキートやXP-38を超えていく存在。
F7Fやキ83を最初からこさえようってわけじゃない。
我々の技術で出来るからこそ可能性を示すのだ。
翼、胴体構造、全てを煮詰め……そして作る。