第148話:航空技術者は目標達成のためにとある機体について回想する(中編)
大変長くなったので題名を変更した上で最新話を投稿
続きます
全ての工業分野において「ノウハウ」とは、組織によって量産された製品における製造方法や加工方法だけを言うのではない。
開発から製造、そして流通に至るまでのプロセス。
そしてそのプロセスを可能とする組織作り。
これもノウハウとして重要な一角を占める。
それこそ今の俺の場合、未来の技術の多くを知る立場であるが……
それは決して"モノの作り方たる設計や製造法"だけに留まらないものだ。
いかに効率的に製品を創り上げるか。
これもまた技術力であると言える。
そういう意味において、未来における四菱航空設計局と四菱重工業複合体の組織運用効率の悪さは最悪であると断言できた。
まず四菱の完成しない機体。
この機体はNUPなどに対して「MRJ」――などと呼称して売り込みをかけている。
Mの意味がまるでわからない。
四菱ならYRJのはずだが、MRJというらしい。
最初に公開してユーグにて宣伝した際にはNext Generation RJと記載していた。
ならばNRJだと思うのだが……よくわからない。
YS-11のYSと同じで気にしたら負けなのだろう。
戦後の四菱の命名法則について気にしてはいけないのだ。
本機においては、まず一番最初の市場調査の段階において躓いていた。
四菱は市場規模が大きいからと50席規模を想定し、これならば開発が容易だろうと考えた。
機体規模がそう大きくないので、開発にかかる負担もそう大きくないとの結論に至った上での判断である。
これには製造を担当する四菱重工業複合体が持つ炭素複合素材などの複合素材分野に関し、世界でも有数の技術力を有しており、この手の規模のリュージョナルジェットにおける航空機が炭素複合系素材で軽量化する傍ら、四菱も得意技術でもって挑戦していけると考えたからだ。
しかし市場が大きいということはより強力な企業がライバルであり、相当な力が無い限り簡単に吹き飛ばされるのが世の常。
四菱は、ヤクチアを中心に複合素材で形成した航空機の部品を製造して卸している自信から可能だと判断したが……その考えの甘さはすぐに崩壊する事となる。
ヤクチアはこの規模においては、サンタ・クルスなどの、かつては発展途上国とされた国々が参入して価格の安さで一気にシェアを拡大していることを知っていた。
経済規模が旧皇国地域にすら劣るサンタ・クルスは人件費が安い。
ゆえに同じく機体価格を共産主義であるが故に調節しやすいヤクチアですら、An-74といった輸出販売をも目指して軍用輸送機から流用した機体で勝負した所、普通に苦戦する状況に陥った。
価格と性能面、そして運用するにあたっての経済性が両立したERJ145なんかは元が軍用機のせいで乗り心地等において劣っていたAn-74では勝負にならなかった。
つまりここに航空機を投入しようという場合、よほど先進的な設計でなければ確実に計画は破綻する。
よほどのコンセプト案が必要だった。
問題はここからだ。
従来の航空機開発においては……こと旅客機市場に投入し、世界戦略的販売をも目指すといった場合、まず開発する前の段階において契約を結ぶのが常である。
これはもうModel 707やDC-8などが出始めた頃からの航空業界の商慣習となっており、航空機を製造・開発するメーカーというのは計画案こそ立ち上げはすれど、契約者も無く航空機を開発していくことはしない。
航空機という存在が極めて開発に関わる資金が必要であるだけでなく、開発に掛かる資金面以外の人員という負担も大きく、そういくつも平行して開発できる許容量はそう多くないからだ。
ゆえに航空機エンジニアというのは、普段から本来の未来におけるヤクチアの全工業分野に対する姿勢と同じく、基礎研究などの地道な努力に精を注ぐ傍ら……
開発から試作、量産にまで至った市場投入済みの既存の航空機の生産・運用・保守・改良の全てにおいて発生する技術的問題への解消を取り組むもの。
いかに最高傑作と言えるべき新型航空機というものが浮かんだとて、それが市場のニーズに合うのかどうか判断することは運行会社側に決定権があり、ローンチカスタマーと呼ばれる開発に踏み切れる発注者がいなければ、その機体は永久にこの世に誕生する事は無いのだ。(基本的には)
逆を言えば、顧客側たる運用会社がその時点の航空業界の常識では信じられないようなコンセプトの航空機を所望した上で契約を結んだ場合には、従来の視点では傑作機足り得ないとされた航空機の開発が行われ、そして世に現れるケースもある。
まさに747がその典型例と言える。
747の場合、運行会社側に経営者含めて航空機開発におけるノウハウがある程度あったため、400人乗りの超大型ジェット旅客機の開発はその時点の技術力で可能と理解していたのと……
将来の需要曲線を見越した経営者視点も併せ持っていたために、通常であれば妄言も甚だしいような過大な要求が可能であり、メーカーの努力によってそれは見事に達成され……
完成した機体の出来はともかく、少なくとも航空旅客機の新時代を切り開く化け物が誕生することとなったのは事実である。
また、当初は767の改良型後継機だった777もまた、顧客のニーズに応えるために完全新規の航空機となったのは有名だ。
あの当時、777などを作り上げたメーカーはともかく保守的で改良案ばかり運行会社に提示していた。
まるで旅客機という存在は707で完成系に至り、もはや弄る部分など何1つなく、傘と同じで稀に747のようなキワ物こそ出てくるが707の系譜を持つ直系の子孫達で十分かといわんばかりの態度に"NO"を突きつけたのは、やはり決定権を持つ運行会社なのだった。
しかしメーカーの苦労はここから始まる。
自らが誕生させた777によって新世代航空機の機運が生じたことで、ライバル達は777に負けぬ航空機をと強烈な追随を見せはじめた事で考えを改め、より真新しい時代を象徴する新世代旅客機の計画を相次いで立ち上げ始めることとなるのだが……
一方で、これまで保守的な思想を持つ社員が一定以上の勢力を保ち続けていた理由も存在することに気づかされるのだった。
本来の未来において307や707を作り上げ、一大勢力となったメーカーは、丁度MRJの計画案が出てきた頃からジレンマのようなものに苦しめられるようになっていくのである。
その原因もすでに俺がやり直す直前に判明しているわけだが、一体何が起こったかというと747や777と真逆の反応を運行会社が示すようになるのだ。
すなわち、いくら新世代航空機を運行会社に提案しても"市場のニーズが無い"――とか、"採算性が無い"――などと言われて一蹴されるのである。
メーカーはまず、あまりにも旧式で707の血が濃すぎる737を代替する双発式小型ジェット機を提案。
この胴体を延長して中型航空機として発展させていく計画を提案した。
しかし当時A320の猛追を受けた737は諸外国の格安運行会社から広く受け入れられており、そればかりか未だに価格が安いからと、それなりの規模の航空会社からも新規発注を受けるほどの需要があった737に対し……
737の製造を終了させて価格が大幅に上昇してしまう新型機の提案など受け入れられるはずも無く……すぐさまこの計画は頓挫してしまう。
実際には737の製造は華僑にこさえた工場で継続する予定だったらしいのだが、NUP内での生産を打ち切るというイメージが大変によろしくないものだったのである。
737自体はノックダウン生産されていたのだが、NUP内でも引き続き製造が続けられていた。
7E7と名づけられて各運行会社にアピールされていた航空機は結局、当初案による計画は頓挫してしまう。
しかし、運行会社から別の仕様に変更することを命じられて再び生まれ変わるのである。
それが787だ。
787はそれなりに大手の運行会社が手を上げてローンチカスタマーとなり、開発計画がスタートした。
彼らが求めたのは、777ほど需要はない一方で737よりかは需要がある国内路線と、そして長距離国際路線の花形を担う中距離長距離飛行可能な中型双発ジェット旅客機だったのである。
従来までこの手の長距離国際線においては777の一部や、やや古い機種となってきていた767や757といった航空機が担っていた。
大手航空運行会社としては特に気にしていたのが、黎明期の古いタイプのグラスコックピットを持つ767とほぼ全ての757である。
両者はまだ航空機関士が当たり前にいた時代に生まれた2人乗務の旅客機だったのだが、当時こそ、その先進性は評価されて航空業界に大きな影響を与えた一方、777を作り上げる際には古すぎるのでもっと新しいコックピットにしろと言われるほど操縦者の負担が大きい古いタイプのコックピットであった。
労使問題において常にクレームが出てくる両者に関しては、767の300人乗り以上は777で代替できる一方、777は大型機ゆえに保守面などに優れず、かつ離着陸できる空港も限られていた。
運行メーカーとしては200人~250人乗りの、より先進的な中型ジェット機がほしくなってきた、いい頃合だったのである。
彼らが求めたのは、世界のどの路線においても無着陸で飛べる長距離航行性能である。
こと787は約1万6000kmという、爆撃機も真っ青なとてつもない航続距離を有しているわけだが……
この航続距離でもって無着陸飛行を行うことで採算性を確保し、かつ供給過多とならない規模の路線において使える使い勝手の良い航空機を求めたというわけである。
その結果誕生したのは間違いなく傑作機たる先進的な中型旅客機であり、このメーカーがなぜこれまでにおいてシェア1位の立場を磐石なものとしてきたのかがよくわかる一方で……
737を代替できる新世代航空機を誕生させられなかった事は後々において大きな痛手を被る予感がしてならない。
メーカーが提示したのは同距離を飛べる小型機。
787よりさらに需要が無いものの、従来までは乗り継ぎなどがないと飛んでいけなかった地域まで一気に飛んでいけるものだった。
787と変わらぬ信頼性と先進性。
両者を併せ持つ世紀の傑作小型ジェット機たる存在が、残念ながら完全に想像の中の産物となってしまったのは……
製造メーカーが運行会社を振り向かせるための魅力が無かったからに他ならない。
その原因の1つがコスパの悪さ。
コスパの悪さというのは様々な部分に生じており、一例を示すと操縦方法もコストにおいて重要な要素を閉める。
かねてより307のメーカーというのは、機種ごとに操縦方法が異なっていた。
機種ごとに操縦特性も違うのだからと、同じなのはハンドル型の操縦桿だけで、スイッチの場所などは各機において統一が図られていなかった。
その状況を変えようとしたのが757と767。
この両者はほぼ同一といっていいコックピットに仕上がっており、これによってパイロットにかかる訓練費用たる人件費を落とせるだけでなく、他社から引き抜く際においても有利に働くことが考えられた。
しかし757と767はあまりにも挑戦的過ぎる挑戦であったためと、当時の技術的限界からなのか、それ以外の機体に同一のコックピットを採用するといった流れは続かず……
777を開発する頃には陳腐化して更新が必要となり、さらに777自体もやや古いということで787でまたコックピットが変わってしまった。
一連の機体はそれぞれ操縦資格が必要なものであるが、大型機ゆえに限定された運行会社においてでしか操縦訓練を行えない。
ゆえにパイロットが限定されるなどして確保が難しく、運行会社から言わせれば当初の7E7のプランなんて――
「はあああ!? なんでまた操縦方法変えるんだ。LCCってのは他社から様々な理由でやってくる引抜きや中途採用パイロットしかいないというのに、777とすら操縦方法の互換性が無い独自なものなんて採用できるわきゃないだろう!」
――などと一蹴されるのは当然であったと言える。
訓練時においては基本的に旅客運用は許されていない。
ゆえに訓練飛行のために乗員のいない機体を飛ばすなど赤字運用も甚だしい。
無論、回送運用というのはあるので、こういう時に訓練させられるのだが……
完全に新規のコックピットというのは、訓練期間に3ヶ月ほどかかり……
その間、その機体はまったく運用できないので訓練中のパイロットなど会社の負担にしかならないのである。
737の運行総数の多さから考えたら、新たなパイロットを確保するのにも相当な負担を要するだけでなく、中途採用メインのLCCにとっては新型機パイロットが会社に入社するまでのタイムラグの間に737の製造が終了してしまう可能性すら考えうるわけなのだから……7E7に消極的なのは仕方ないと言えた。
しかしその結果7E7から始まる中型~大型まで統一採用するというメーカーの思惑は完全に潰れ、最もパイロット資格取得者が多い737から新世代航空機達を短期間で操縦できるようにして運行会社の負担も減らせるというメーカーの計画は夢物語として散っていったのである。
メーカーがこのような計画に手を出した理由は、当然、より完璧な手法で猛追してくるユグバスという存在に影響を受けたからだ。
A320という小型機を世に出したユグバス。
彼らはA320の時点で完成されたグラスコックピットを導入。
以降登場する新型機全てにこのコックピットを採用。
これがどれほどすごいかって、俺がやり直す直前に出てきた超大型航空機A380ですら短期間の資格取得で済む事だ。
一般的にこれを"相互乗員資格"制度といい、こいつが認められる場合は非常に短期間の訓練で資格取得が可能。
実際に事例として100人少々しか乗れないA318から500人以上が乗るA380に乗り換えたパイロットがいるというが、それすら可能なのである。
自身が不動の地位としたいシェア1位の立場を脅かす存在は、とにかく知恵を絞って猛追してきていたのだ。
ゆえに307のメーカーも同じことがやりたくて計画を立てたのだが、運行会社からは「本当にそうだというなら中型機以上でやって実績を出してから小型機に押し込んでくれ」――などと、真逆の提案をされてしまう始末であった。
そもそもが何度もコックピットレイアウトを変えてしまうメーカーは、すでに信用すらされていなかったのである。
また、ユグバスではそもそも機体そのものがA318からA380において一定以上の互換性を有していた。
それこそA320とA340においては3割近くのパーツ互換性があり、ネジ類なども使いまわせる。
これはいわば、整備を行う整備要員の負担を減らすだけでなく、消耗品の値段が下がるだけでなく一定の消耗品を大量にストックしておいても負債化しない利点がある。
これもコストパフォーマンスの高さを担っていたが、それだけでなくユグバスは新型機導入時に既存機の買取を独自にメーカーとして行っており、中古機をリビルドしなおして他の運行会社に販売するといったプログラムも実施していた。
この時、下取りに出した分、新型機の価格も下げていたりしたほどだ。
ともかくユグバスは運行メーカーにやさしい航空機作りをしていた一方、実際に製造される航空機自体はコスパを鑑みて貨物が乗せられるよう胴体径を太くし、その結果、室内空間も広くなって乗客へも配慮した航空機を世に繰り出していた。
そういったランニングコストの高さの分、航空機本体の価格は高めで、適切な運用がないと赤字に陥りやすい……
などとは言われるが、パイロット確保も苦ではない事から総合面では間違いなく今後台頭してくるのは間違いないメーカーと言えた。
無論、それは市場ニーズをきちんと把握した上で計画を立ち上げ、運行会社からの意見もきちんと聞いてその時必要となる航空機を開発した上でのもの。
運行会社が"いらぬ"――と申すならば作ったりはしない。
747の新型のように立ち消えとなるだけなのである。
対して四菱はというと……100人乗りを作るぞと決めたら、コンセプトから何から何まで全部作り上げ、その上でローンチが一定数取れたら出発という見切り発進を行ってしまったのだ。
彼らが開発を開始した時点では25機を皇国内で運用することが決定されていたのだが……
開発を開始した時点ではその25機の運用をするメーカーの話すら特に聞かず、メーカーに対しては「こういうもん作るから買うか買わないか決めてくれ」――と言い、彼らからの要求に対してはまったく耳を傾けなかったという。
21世紀も迎えて5年。
主導権が運行会社側に微塵も無い航空機はMRJだけだ。
断言する。
MRJだけだ。
運行会社側はあくまで出来上がった物を買うだけ。
その頃のリュージョナルジェットにおいては徹底的な採算性が重視され、乗り心地やら何やらは十二分のものでいいとするような考えはあった。
そのような考えを基に生まれたCRJなんかは乗ってて苦痛なぐらいの騒音。
しかし、そのCRJすら運行会社からの要求を一切聞く耳を持たなかったなどという話はない。
きちんとローンチカスタマーとなった運行会社と各部分で詰め合わせの調整を行っていた。
だがMRJときたら、ローンチカスタマーが決まる前の段階で「照明」や「座席」、そして「座席間隔」や「搭乗員スペース」など全部決まっていたのである。
こんなのは実際に開発がスタートしてから発注会社と調整を行うべきものである所、細かい部分も何もかもその時点で決めてしまっていた。
エンジン配置はおろか、胴体構造に関してですらも運行会社が関わる余地が無かったという。
例えばこれが、従来から販売してきた改良機体であり、改良の余地が全く存在しない航空機だというならありえる話だ。
737と737NGにおいては実際に技術的制約が多く存在した上、互換性も必要とあって最初からそういうものが決められていた。
しかし、完全な新型機体においてここまで最初から決まっていたものも珍しい。
MRJはまだ発注すら始まらない段階で室内の内装関係の発注すら行っていた。
完全に順番が違う。
本来なら多くの運行会社に声をかけ、実際に発注に至るまでは何度も設計的やり直しが行われるのが通常であるのだが……
彼らはもう作りたい機体が完全に決まっていて、それが実現性があるのかも検討せずに運行会社に押し付けようとしていた。
そして多くの運行会社はその実現性があまりも不透明だったために受注はしなかったものの……
なぜかNUPやら何やらで追加で160機ほど受注があったりした影響で、かくして世紀の失敗作の計画は動き始めてしまう事になる。
俺から言わせればコンセプト時点で破綻していた航空機は、この時点でガチッと設計が固められた状態のまま見果てぬ夢へ向かって飛び立とうとするのだ――