第148話:航空技術者は目標達成のためにとある機体について回想する(前編)
長くなったので題名を変更しました。
「ふぅ……もう夜か」
窓の外を覗くと一段落して今日はここで切り上げるか判断が必要となる時刻となっていた。
もうすでに5時間は設計室に缶詰状態。
一人でどこに行くわけでもなく計画書を書き連ねていた。
少々の倦怠感を感じた俺は付近の床に置きっぱなしにして、いつでも飲めるようにしてある麦茶入りのやかんを取り出し、湯飲みに注いで喉を潤す。
そして外の夜景を見ながら計画書を書いている間にくっきりと蘇ってきた過去……いや未来における情景について改めて考えなおす。
本計画がやや無茶なものとなっている最大の原因こそが、本来の未来におけるある出来事がきっかけであった。
それが頭の片隅に強く刻み込まれていた俺は、本来ならば深山改を早々に開発して少数ながらもそれなりの数を量産した上で戦場に投入すべきなのが正しい開発戦略であるところ、皇国に残されたキャパシティをフル活用することで二機種の開発へと挑む方針をとっている。
……今思い出すだけでも虫唾が走る。
皇暦2650年代後半。
かねてより各地域における工業技術の発展推移状況を見ていたヤクチアは、皇国地域内における工業製品開発にひずみのような速度の低下が生じていることを確認した。
基礎技術、改良技術。
様々な分野においてヤクチア地域内でも高い技術力を誇るかつて皇国と呼ばれた地域。
ヤクチアが西側に対して常に強気でいられたのも、このかつて皇国と呼ばれた地域が多少なりとも影響を与えていたからだ。
たとえば何らかの工業製品ジャンルにおいて○○というものが西側諸国で発展し、大衆に広く受け入れられて流通したりする。
ここでいえば携帯電話や携帯型のパーソナルコンピューターなどが該当するわけだが……
かつて皇国と呼ばれた地域は、こういうものが世に登場し始めると即座に同水準の機器を東側に登場させて広く流通させることが可能だった。
そればかりか西側にも輸出することで外貨を稼ぐ手段ともしていた。
しかし21世紀に入り始める直前の20世紀末頃からだろうか……
各分野においては東亜随一といわれた技術力に陰りが見え始める。
こと華僑地域はそれまで皇国が開発した電子機器を大量生産して東側諸国に売りさばくための工業地帯がいくつもあったが……
この工業地帯にあるメーカーが独力開発できる地力を獲得しはじめ、皇国に頼らずに新製品の開発が可能となって来はじめていた。
特に現在でいう台湾島などの地域を中心として攻勢を強めていた。
ヤクチアはこういった停滞の原因を分析した結果、基礎技術や改良技術を常に研究する傍ら、一方で新規で市場を開拓するような製品群を皇国と呼ばれていた地域に作らせる場合には、本国ともいえる地域からによる許諾制にしていたことが大きく影響を及ぼしているのではないかという結論に至る。
共産主義の下では、新製品の開発を企業の自由にさせてしまうと失敗作などを大量に生み出していらぬ消耗から経済停滞を起こす可能性がある。
ゆえに普段は爪を研ぐようにして技術研究に傾倒させ、状況によって製品の開発指示を出すというのが既に半世紀以上続いていた赤き通例だったのだが……
21世紀を迎えようとしている今、そこを見直すべきだという声が広がり……
その結果あるプロジェクトが2662年に立ち上がる事になる。
それはまるで資本主義的なもので、国外販売まで視野に入れた新たな市場開拓を自力でもって目指すという、この時のかつて皇国と呼ばれた地域にとっては極めて斬新なものだった。
……戦後、皇国は民間機と呼ぶべき存在をヤクチアに取り上げられた。
従来まで、かつて皇国と呼ばれた国の航空業界は基本的に軍用機ばかりを開発してきたのだ。
しかもそれは自力ではなく、一部の技術者が設計局に引き抜かれたり出向する形で参画し、ほぼ言いなり同然でヤクチアの軍用機の開発に関与するというもの。
例えばSU-27なんかは、一体どこに旧皇国側の人間が関与したのかわからない。
むしろ開発に俺も含めた亡命した元皇国のエンジニアが参加させてもらったF-35の方が、よほど皇国が関与したと言えたぐらいだ。
こういった設計局にて開発が終了した戦闘機のみ量産を行うというのが、皇国で示された開発ならびに製造方針であり、旅客機や貨物機などの民間機に分類される航空機の開発や製造は大戦後一度も行った事がなかった。
これにはたった1機だけちょっとした例外があって、軍用の連絡機兼輸送機として開発された機体が旅客機として転用された例がある。
国内用の短距離旅客機としても転用されたものだ。
当時の最高指導者フルシチョフが、国威発揚の一環で特別に許可したものだが……名前を"YS-11"という。
このYSの由来が俺にはまったくわからない。
突然出てきた名前すぎる上、ヤクチア語らしくないコードネームであった。
開発メーカー……もとい設計局の名前から取られたものですらない。
何らかの隠語であることは間違いないのだが、ヤクチアがその名前を却下しなかった事から大した意味はないと思われる。
NUPではこいつを「夢」と「象徴」の皇国語を表したものではないかと考えていたようだが、後にNUPに亡命したとあるヤクチアの元スパイは「輸送機」と「設計」を表したものではないかと、当時の開発者達の会話から推測していた。
一体どういったものが正解なのか知らないが、大した意味ではないというのが大方の識者達の理解である。
このYS-11。
あえて俺は傑作機だとも欠陥機だとも言わない。
問題があるとしたら、どちらかといえば機体ではない。
機体そのものの開発姿勢と開発状況。
こいつが未来において暗雲を立ちこませる原因となっていたことに気づいたのは、俺がやり直す直前になって、かつて皇国と呼ばれた地域の技術者からひっそりと"とある計画"に関する相談を受けてからだった。
皇暦2662年。
かねてより工業分野の発展に影響が生じ始めたことに鑑み、ヤクチアはそれまで許可制としていたいくつかの分野において自由な開発を行えるよう法改正を行う。
さらにそこに付随し、かつてYS-11と呼ばれた"単なる軍用機を旅客運用しただけのようなもの"が、それなりに国威発揚に繋がったことを思い出し……
皇国に新たな風を呼び込むために旅客機の開発を命じる。
従来までは仮に連絡機の開発であったとしても、座席数の指定や機体規模の限定があって、自由な設計ができず拘束されていたところ……
この法改正によって自由な旅客機の開発が許されたかつて皇国と呼ばれた地域は、新たな旅客機の開発計画をすぐさま立ち上げた。
ヤクチアはその機体の国外輸出すらも企み、外貨獲得が出来うる良い機会だということで入念な市場調査を行わせ、その上で現実的なプランを各設計局に求める。
売り手に限定条件は付けず、可能であればNUPのメーカーにすら卸す事も許可していた。
その結果、四菱や長島、そして山崎といった現在においても力のある所がそれぞれ計画書を起案して提出。
最終的に四菱案が最も実現可能性が高いとされ、プロジェクトに大規模な投資が行われる事となったのだった。
ただし、開発計画には若干の修正をヤクチアは命じており、当初四菱が計画した50席による小型航空旅客機の計画は、市場において強力なライバルがあまりにも多すぎるという事から……
NUPやユーグの国内全土を飛びまわれる上で約100席にするという格安国内便を中心とした航空会社への販売を強く意識したプランへと変更させている。
この時点で「何のための市場調査だったんだ?」――って話だが、ヤクチアの方針はなんら間違ってない。
俺も同じプランを提示されたらそういう風に修正させる。
50人規模はビジネスジェットを作るメーカーなどが開発可能な範疇であり、大型ビジネスジェットの胴体を延長するだけで可能な人数。
おまけに2650年代から急速に伸びていたリュージョナルジェット(RJ)と呼ばれるジャンルにおいては、各国が最も力を入れていたのは短距離離陸性能。
より多くの乗客を乗せた上で、より小さな空港からも飛び立ち、国内のどこにおいても快速にて向かうことができる極めて経済性に優れたコンパクトな航空機こそが正しい姿。
ゆえに従来の旅客機には見られない高翼配置とした旅客機は、ターボプロップエンジン機以外の一般的なターボファン型にすら採用されており……
ヤクチアのリュージョナルジェットとしてのAnシリーズなんかや王立国家のBAe146なんかはその典型例と言えた。
特にこの手の航空機というのは胴体を頑丈にしつつ軽量化したいものだから、主脚はなるべく短くしたいところ、そうすると地上高が低くなって低翼配置にしづらくなる。
ことターボファンエンジン径が技術発展の影響もあってどんどん大型化していくあの時代においては、そうそうにポンポンと新型機を出せない航空業界の事情を鑑みてエンジン配置には慎重にならざるを得ないわけであるが……
この場合、離陸性能とエンジン径への配慮を考えたら、ターボファンエンジンの配置方法はほぼ2つに絞られる。
1つは振動、騒音という双方に目を瞑り、主翼などの設計的自由度が高くなるリアエンジン方式+T字翼型尾翼。
T字型尾翼は新型航空機にて検討もしているように軽量化できうる技術ゆえ、他との相乗効果も鑑みてリアエンジンと組み合わせると総合的には軽量化しやすい方式と言えた。
大型機ほどのエンジンもバカデカくなく、重さもそうでもないが故に採用できる。
ただ俺が仮にヤクチアのお偉いさんの立場としてこの案を四菱から示されたら即却下だったな。
まともにフライバイワイヤーすら作って組み込めるのか怪しい上、ノウハウもないのに飛行特性的に不利になるだけでなく、発生する騒音や振動の抑制のための胴体構造設計に相当な努力が強いられるこのタイプは貨物機としては優秀な一方……
ただでさえ胴体後方へ重心が寄ってしまうのに、さらにT字翼最大の欠点であるディープストール対策まで施さねばならないと考えると、ノウハウが皆無なメーカーに作らせられるようなものではない。
俺はそもそもT字翼については2662年時点において今後10年~15年ほどは旅客機に採用すべきものではないと考えていたが、そんな状況下において一度もそんな構造を採用したことがないメーカーに認めさせる構造ではない。
それで、このリアエンジン+T字翼以外のもう1つの方法こそが高翼配置というわけである。
高翼配置+T字翼にするのか、一般的な水平尾翼構造にするのか……
ここはメーカーの力の見せ所だが、高翼配置にしてしまえばとりあえずエンジンの大型化に関する影響は最小限にとどめられる。
まあ窓から景色を覗こうとすると一部の座席が影響を受けてしまうようになるわけだが、エンジン自体がそう大きくないので案外悪くない。
真下の景色が良く見えるので、好きな人はとことん好きだったりもする。
個人的には俺も高翼配置が好きだ。
なぜかって飛行中のスポイラーやフラップの動きを見なくていいからである。
航空エンジニアというのは基本的に搭乗する航空機の座席方針において大きく分けて2つに分かれる。
1つは研究等のために主翼側として主翼の働きが良く見えるようにするタイプ。
もう1つは主翼状況が様々な要因により見ていたくないので、あえて窓側を避けるか主翼が見えない座席に拘るタイプである。
俺の場合、懐にそこまで余裕があるわけではないので基本的に乗るのは格安航空便。
そうなってくると旧式航空機ばかりを見る事になり、見ていて主翼構造の稚拙さにイライラしてくる。
その上、整備不良などは一目見てすぐわかるので、乗っていて恐怖を感じる事もある。
格安航空便では多少の整備不良なんてつき物だが、安全上問題ない範囲であるとされれば普通に飛んでしまうものだ。
時には主翼やエンジン付近に亀裂を発見した事すらあったな。
あの時は生きた心地がしなかった。
当然、降りた次の便において欠航が生じたわけだが、下手をすれば俺の便で大規模に翼が破損して最悪空中分解……
なんて可能性もあったわけだから、本当に今思い出しても身震いしてしまうほどの嫌な思い出である。
高翼配置というのは、こういう恐怖をいくらか緩和させることができるがゆえ、個人的に好きだった。
おまけに高いSTOL性を持つようなタイプは、補助翼などの類の作動機構等が相当に考え込まれているため、その作動具合を見て自身の知識として蓄えるにも一役買っている。
RJにおいては基本的にこういった個人的に好きな高翼配置すら許容される……
もとい運用の制約的な事情からくる需要がゆえに強要すらされるわけなのだが、そんな四菱が提示したのが信じられない事に一般的な低翼配置の双発機だった。
今にして思えば、長島がかつて宗一郎がいた技術研究所と共に発案した翼上面にエンジンを配置してしまう、皇国の暗黒面そのものと言えた方式の方が幾分か良い機体になった気がするが……
四菱は、まず小型の航空機を1つ作ってから中型以上の旅客機に挑む腹積もりでおり、また高翼方式の航空機は、それまで小規模な航空戦闘機ばかりででしか開発してこなかった実績から採用し辛く……
中翼や低翼配置で百式司令部偵察機や百式輸送機といった傑作機を作り上げたという過去の栄光も手伝って低翼配置としたらしいのだが……
正直言って、ヤクチアはよく許可を出してくれたなとしかいいようがなかった。
まじめな話、低翼かつ通常エンジン配置で軽量化とか、リュージョナルジェットではよほどな胴体構造にでもしない限り不可能に近い。(これを見事に完成系にもっていった革命的な機体が存在しないわけではないが)
少なくとも、経験がまるで無い組織が最初に挑戦する胴体構造ではない。
長くなりがちな主脚だけで重量が増大するのに、おまけにこれら重い主脚を支える胴体下部構造とかどれだけ頑強にせねばならないのだろうか。
ヤクチアのお偉いさんが漏らした愚痴を聞くに、彼らは「拡大すれば中型旅客機になるんだ!」――などと夢物語を語っていたようだが……
そもそもが大型機を作るための機体構造を縮小化して小型機に押し込むというのに無理があったのだ。
この時点で誰か止めてやればいいのに、どうやらヤクチア自体は「それでも……それでもかつて皇国と呼ばれた国の技術者達ヘンタイなら特異な機構か何かで解決してくれる!」――などと考えていたらしい。
甘すぎると言わざるを得ない。
そもそも大型機が低配置なのは、旅客運用するにあたってそれが理想位置だという結論を出したから。
航空力学的には、この構造配置は必ずしも優れているとは言えない。
空力的な理想は中翼だが、構造的な理想は高翼だ。
その上でまずエンジン配置だけを考え、主脚を軽量化したいならば高翼配置が優れてるのは言うまでも無い。
ヤクチアが中型旅客機にすら高翼配置のものを作っている理由がこれ。
だが、この構造で大型化していくとある問題に衝突してしまう。
それは、大型機ほど主翼の構造部材たる主桁を胴体内に貫通させねばならないが、そうすると主翼部分だけ天井が低くなる事に繋がり、乗客スペースの天井を一定の高さにできなくなると言う事だ。
重心点の問題上、天井側をカーゴスペースにするという事は出来ない。
重心点が上がってしまい、機体がアンバランスな状態となる。
貨物スペースは下側、乗客の足元側への配置とする以外方法は無い。
しかし例えばここで乗客の導線を考慮した上で天井を高めにしたとしよう。
すると今度は貨物スペースが全体的に低くなって犠牲となる。
貨物運用を一切行わず旅客だけに用いるというならこの方法はアリだし、実際それがほぼ当たり前なリュージョナルジェットにおいては高翼配置でも問題ない。
しかし大型機というのは人だけでなく物も同時に運ぶ事で採算性を確保して運賃を引き下げるもの。
それこそ胴体径を大きくして貨物運用できてしまうようにすれば、多少機材の価格は高くとも利益の相乗効果で採算が取れるほど、航空貨物というのはけっして馬鹿に出来ない分野。
俺がやり直す頃においてはA320はそれで成功を収め、737の強力なライバルとなって急速に格安航空会社の導入事例が増えてきていた。
この問題を最も解決しやすいのが低翼配置なのである。
低配置にして床下をカーゴスペースとすれば、主桁のある空間だけ貨物が乗せられない空間にするだけで済む。
貨物自体は貨物扉を前後に配置して前方と後方から貨物を搭載するだけでいい。
なぜ多くの旅客機において前後に貨物扉があるのかって前後で分離されているからである。
貨物の積載効率を向上させるためのものではない。
機体によっては前方中央後方の3つの区画に分離されていたりするほどだ。
これは旅客スペースでは採用できない設計方法だ。
旅客機においては常に墜落や不時着、故障その他のリスクがつきもの。
ゆえにフェイルセーフが求められる。
仮に高翼配置にして主桁のある部分だけ旅客空間を区切ってしまった場合、炎上したと仮定して後方の扉が開かなくなった時や後方からの脱出が不可能な炎上状況となっていたら、乗客の被害リスクは高まるばかりだ。
どんな状況でも脱出できるようにするには旅客スペースはウォークスルーとし、最後尾の乗客が機首側からも脱出できなければならない。
また、いくつかの扉からの脱出が不可能であっても基本的には90秒以内に脱出できなければならない。
こういった様々な状況を多方面から想定すると、高翼配置は構造上、大型機ではとても非効率だったのだ。
例えば、仮にウォークスルーにするといっても移動速度が低下するような天井が一部低くなるといった構造も脱出等で不利に働く。
……といっても、登場時においては超大型旅客機に分類された747は、実は設計段階において高翼配置も最後まで検討されてはいたのだが。
あれは脱出に必要な時間が影響してオール二階建てに出来なかった当時の設計的限界から、二階スペースの後方に主翼を用意し、貨物スペースをウォークスルーにして積載力を高めるという案も冗談抜きで検討されていた。
その配置でも主翼下の一階席スペースは潰れない。
二階建てという航空機でかつ、オール二階建てではないからこそ採用可能な構造である。
採用されなかった要因は幾つかの理由によるもの。
1つは、2階席はファーストクラスとして当初より運用することを考えており、エンジンや油圧機器のある主翼を配置したら騒音や振動に悩まされる。
もう1つはエンジンがもし仮に脱落した場合、水平尾翼に接触する配置であった事。
内側の2基のエンジンの位置は水平尾翼付近にあり、これが何らかの影響で脱落すると水平尾翼に接触してしまう可能性があったのだ。
そして水平尾翼が吹き飛んだ際に機体尾部が吹き飛ぶと、当時の技術的制約によりせっかくの四重の油圧システムが全喪失しうる可能性があったためだと言われる。
そういえばどこの国の747だか知らないが、垂直尾翼が吹き飛んで油圧全損して墜落に至った事故があったと聞いた。
747なんて完成した頃には皇国周辺に飛んでくる事なんてなかったから、多数の改良が施された初期型の内部構造についてはよく知らないが……
この事故以降に改良されて分散配置される事で尾翼が吹き飛んでも最低一系統ぐらいは残るようになったと聞いている。
改良が施されたのは747SPの後からだという。
俺が知っている747の基本構造は基本的にこの際に同時に改修された機体達。
初期型もその危険性から後に改修工事を受けている。
――と、このように経済性等を考慮すると、どうしても採用し辛いのが高翼配置というものなのだ。
リュージョナルジェットの分野において割と盛んに用いられる高翼配置は、特に離着陸性能において地面効果が強すぎて強風時などにおける離着陸に難がある低翼配置を避けて一番事故が多い離着陸における飛行特性を大幅に改善できうるという利点と……
主桁がそんなに太くならない上にカーゴスペースが必要無いので、天井が低くさせずに済むという双方の大きなメリットによって盛んに用いられているわけである。
いわば低翼配置は実はT字翼と同じく飛行特性的には旅客機として妥協の産物だが、経済性も求められるからこそ採用せざるを得ず、経済性を無視して世界一安全な航空機というものを作るならば自然と形状は高翼か中翼配置となってくるのだ。
21世紀の新型旅客機として開発されている大型旅客機において、どんどん翼配置が中翼に近づいているのも、実はエンジン径の増大だけでなく、離着陸性能の改善も目指しての事だった。
これが可能となったのは偏に複合部材などの発展による軽量化技術の発達と、フライバイワイヤーが基本化して床下の油圧機器などを排除して床下面積を広げることが出来、その分、翼を従来より胴体上に配置できるようになったという点が大きい。
こと油圧システムは今後どんどん排除されていく事になるだろうが、必要となる部分もブロックごとに油圧タンク等を用意した油圧システムパッケージのようなものにして分離していけるわけで……
このおかげで従来と同等のカーゴスペースを確保しても旅客スペースを犠牲にせずに済むようになる。
これは軍用機ではF-35なんかで導入されて旅客機なんかにもフィードバックされていた機構。
そんな状況の中で四菱が示したのは、正直言って計画時点において30年は遅れた構造の低翼配置の双発機。
新しいのは外観意匠における空力特性のみ。
翼配置が低すぎて笑えない。
将来性をまるで考えて無さすぎる。
この構造で何年戦う予定なのか知らないが、長島&宗一郎の所の技研案のように主脚を短くした上でエンジンを翼上面に配置してしまうぐらいの方が、よっぽど将来性がある構造と言えた。
当然こんなのが上手く行くわけがない。
ただでさえ重量が増大してしまう基本構造なのに、ライバルの適切な構造をして軽量化していたリュージョナルジェットたちと争おうっていうのだから。
俺は2680年になっても飛ぶ事は無い航空機だと思っている。
残念ながらその頃まで生きていないだろうが、見届け人があの世に来てくれるなら、ぜひ答えを教えてほしい所。
そもそも短距離離陸性能でも劣る低翼+通常尾翼方式とは、一体どこで運用するのを想定して考えていたんだろうな。
50席時代においては翼を複合素材とすることで軽量化してライバル達に対して有利な勝負を展開すると主張していたが、リュージョナルジェットで重要なのは運用する空港が限定されない事では?
少なくとも俺が相談を持ちかけてきた四菱の設計局の人間から見せられた図面を見る限りは、ヤクチア国内でまともに使える機体ではなかった。
荒地が多いヤクチアにおける舗装も酷い空港にて、まともに着陸できるものではない。
旧皇国地域では何とかなるだろうが、皇国でも地方の小さな空港での運用は不可能。
リュージョナルジェットはそれこそ本来の未来における調布基地から空港化された狭い調布の空港や九州は天草の空港でも運用できるべき機体であるはずだが……
あちらで離島向けに運用されていたAn-148ほど優れた離陸滑走距離は四菱の機体にはなかった。
An-148は不安にかられたヤクチアが同時期に急遽開発計画を発表したリュージョナルジェット。
まず75席の148を開発し、その後胴体を延長した99席モデルであるAn-158を作るとした。
こちらはさすがヤクチアらしく適切に計画が立ち上がり、2664年には試作機が完成。
わずか二機の試作機は600回ほど飛行し、3年かけて型式証明を取得。
最終的に四菱の機体が納入予定だった運行会社すらAn-148を中心に導入することとなり、その上で開発計画が続くAn-158も導入計画が立ち上がる。
これらはあくまで臨時的運用措置で四菱の機体が完成するまでAn-158を中心に運用することとなったのだが……
An-158に対して新型機の優位性が微塵も無いので置き換える必要性を感じない。
An-148は現代的な見事な21世紀の旅客機にふさわしい構造だった。
高翼配置にした上で、天井の高さを均一に整えるために翼自体を胴体上にせり上げてぼぼこっと飛び出させたのだ。
おかげで胴体径を細くして軽量化しても、旅客スペースは犠牲にならない。
この構造は山崎が新たに開発しているC-2でも採用されているが、21世紀を迎えて今後出てくる高翼配置における輸送機や旅客機の新世代機の特徴となるのだろう。
優れた流体力学による設計により、空気抵抗を抑え込んだ上でこれを可能とした。
複合素材をほとんど使わず堅実な設計である一方、機体自体は主脚の長さを短くするといった形で軽量化にも余念がない。
乗降ドアがそのままタラップとなり、どんな空港でも使え、さらに激しい路面の空港でも離着陸可能な頑強な胴体と着陸足を併せ持つ。
これぞリュージョナルジェットの1つの完成系ではないだろうか。
もし仮に俺が設計を頼まれても、まったく同じような機体としていたことだろう。
おそらく俺の場合はT字翼にせずにSTOL性を高めるよう設計し、その上で機体全体の空気抵抗をAn-148ならびに158よりさらに低く調整するよう奮闘した事だろう。
この辺りはあくまで設計者のスタイルだと思われる。
だとしても外観は似通った機体となったはず。
そんなAn-148/158ですら強力なライバル達に対して苦戦している状況なのに、一体全体あの四菱の機体が成功するビジョンなど、どうやったら見えてくるというのだろう。
そもそもが、MRJは機体の構造以外にも多くの問題を抱えている。
組織としての四菱。
そこにも落とし穴があるからこそ、あの機体は当初予定から大幅に遅れても機体がまるで形にならないんだ。
俺はこれがヤクチアによって牙を抜かれたために発生した事象だとは考えていない。
たとえ資本主義国家として皇国が存続しても起こりうる。
これまでの個人による小さな必死の努力と、多くの皇国民達の力を用いて皇国が赤く染まらなかったとしても……皇国人の性格上、起こりうることが予想される。
よって今のうちに手法を確立せねば、半世紀後に戦えなくなる。
だからこそ、"開発プロセス"すらも見直そうと考えているのだ――




