第147話:航空技術者は指摘を受けた一方で助言する(後編)
内容追記。
長くなってしまったので分けました。
それは数日前の事。
久々に技研に訪れた一郎は、一冊のファイルをこちらに見せてアドバイスが欲しいと申し出てきた。
そこに記述されたのは海軍による零に代わるもう1つの戦闘機計画である。
雷電の成功により艦上要撃機を手に入れることなった海軍。
彼らはこの雷電を地中海に派遣することをすでに決定しており、先行量産型雷電はすでに20機ほど完成していたが、一切の迷いなく全て前線に持ち込む予定であった。
地中海周辺に現れるであろう第三帝国の新型機……Fw190への対抗馬とするためだ。
また、大西洋にて苦渋を舐めさせられた対爆撃機への対応も兼ねる。
現状において速力で大幅に他を圧倒する雷電はおそらく十分な働きをしてくれる事だろう。
しかしある程度の高度まで飛行可能な雷電を手に入れた一方、海軍の主力たる零は元の設計がゆえに拡張性も無く苦しんでいた。
ただでさえ魔改造が施されて生まれ変わった零は、排気タービンを搭載する余裕がもはや無い。
高空性能は皆無である。
これは対ヤクチアには十分だが、Bf109にすら上を取られる状況となっており、持ち前の運動性にて十分勝負は展開できたが……今後の戦いについていけるかどうかには不安が生じていた。
かといって今後の主力たりえる重戦闘機ならば陸軍が開発中。
新たに重戦闘機を開発した所でさして意味はなく、陸軍との協定の関係上、明らかに競合してしまうような運用の似通った戦闘機の開発は許されていない。
新型のレシプロ戦闘機は相当に重いが王立国家が新規開発したブラダを用いれば油圧カタパルトにて飛ばせる。
ゆえに艦上戦闘機としてフック等取り付ければ運用できるので、そちらを配備すれば良いだけだった。
しかし海軍としてはどうしても自助努力にて主戦力たりえる高性能戦闘機を作り上げたかったようなのである。
そこで"競合しないレシプロ戦闘機"というものを今一度考え抜いた末、陸軍に開発計画を却下されないような妙案を思いついたのだ。
それこそが……「高々度進攻戦闘機」であった。
本来の未来にて海軍が川東に"陣風"などと名づけて作らせようとした機体と同じ類のものだ。
この陣風に関しては川東が紫電改の開発に成功したため、後に紫電改の高高度飛行可能版とする案も浮上して迷走しはじめる。
しかし、紫電改の量産と並行してさらに新たな戦闘機の開発を行い、かつ量産するというのは川東のキャパシティをオーバーするものと考えられた。
前述する陣風は、そもそも一から開発するために時間がかかりすぎると再検討がなされるようになる。
その結果、海軍では迷走の果てに川東だけでなく四菱、長島の二社を加えた三社に「二十試甲戦闘機」という形で計画を立ち上げて起案書の提出を命じることとなるのだが……
その際の海軍の当初検討案は3つあった。
1.川東には紫電改をベースとしたもの。
2.四菱には烈風改として計画が進められた機体をさらに改良したもの。
3.長島にはキ87をベースとしたもので、指定するスペックを達成した機体としたものとせよと指示を下していた。
その性能は高度1万mにて最高速度705km、最高到達高度は1万3500mというもの。
本来の未来においてはどう考えたって実現不可能な存在である。
これを実現化させるために海軍は排気タービンを装備させた本来の未来におけるハ43、ハ44、ハ45どれでもいいので最も優れたエンジンを選んで用いて達成しろと命じてきていた。
三社に対し、検討した上で現実的な案を改めて提示せよと押し付けたのである。
そして最終的に長島と四菱の考案した計画が優秀と考えた海軍は……
なんとまだ試作機が作られ始めたばかりの烈風に対し、本来のハ43排気タービン装備型を乗せて高高度戦闘機としたものを、長島と四菱双方による共同開発という形で作り上げようとするのである。
いわゆる「烈風改」と呼ばれる機体である。
一郎が戦後自身の出版した書籍で述べた局地戦闘機型……メーカー内通称名"仮称烈風三速"とはまた異なるもの。
こいつが烈風改だと勘違いされたことで、戦後しばらくの間、皇国内外における架空戦記などに登場する烈風改とは上記機体なのだからと勘違いされ……
本来の"烈風改"があたかも「烈風改ではない、本来存在した烈風改を超えるもの」――みたいな扱いによって"架空烈風改"という形で登場をする事が多々あった。
しかし実際には局地戦闘機型とはハ43を搭載しつつも排気タービンは装備しないタイプ。
エンジンをハ43の一段三速スーパーチャージャーとしたもので、烈風改ではないのである。
本物の烈風改は排気タービン装備型であったのだ。
勘違いされる原因となったのは、こいつに型式名A7M3と名づけて烈風改をA7M3-Jとさせたこと。
海軍はこの局地戦闘機型も同時開発させようとしていたので非常にややこしいのだが……
烈風改は名前こそ烈風改だが、一郎の設計図案を見る限りほぼ一から作り上げようとした別物で、実際には改なんてものではない何かであったりする。
おおよそ烈風から流用できた部位は3割程度。
完全に別の機体と言えた。
さすがにあまりにも気が遠い話。
なので、一郎達はまず早い段階で作れる"仮称烈風三速"を目指したのである。
この機体の出来具合によってはこいつのエンジンを載せ換えて烈風改としてしまう……だからこそ型式名をA7M3とし、もう片方をA7M3-Jとしていたのだ。
ようは最初から構想上の烈風改など作る気などなかったのであり、烈風改とは海軍が計画した烈風改とは別に"仮称烈風三速"からエンジンを載せ変えた"仮称烈風改"というべき存在がまた別にあり、そちらの設計図も残されている。
メーカーとその技師が当時そんな事を考えて行動にまで移していたのだから、これが戦後の各分野にて理解を深めようとする際に、さらなる混乱を招いた事は言うまでもない。
……あの頃もしそんな計画が陸軍内にて立ち上がって俺が主任になれと言われたら翌日には首を吊っていただろうな。
一郎らの胆力には敬服ものである。
どう考えても無謀な数字な上、同時開発である。
キ87を完成させられたとしても不可能に近いものを、まだ試作機すら出来上がっていない機体をベースに作るなどと……冗談も大概にしろと言いたくなる。
まあ、今ならどうかといわれれば……
開発中のキ63の翼を延長するだけで達成できてしまう。
将来の状況を見据えて各所にて前倒しの策を講じた結果である。
もし同じような機体を作れといわれてもそう難しくは無い。
正直言うと開発が遅れ気味でやや苦しい状況だが……それでも列挙された二十試甲戦闘機としての目標スペックならどうにかなる。
当然にして、今の世界の海軍はそんなことぐらい知っていた。
キ63の到達高度が1万2000m程度まであることぐらいは、陸軍が示した各種データ数値から逆算して割り出せる。
ゆえに今回提示したのはあの頃の二十試甲戦闘機よりかもっと高い目標が設定されていた。
一郎に作れと命じた航空機はこのようなものだった。
高度1万3000mにて最高速度740km
最高到達高度1万6500m
俺から言わせれば「一体どこでTa152の情報を手に入れてきたんだ?」――などと、言いたくなる数値だが……
おそらくは噂される第三帝国の新型主力戦闘機Fw190の性能から逆算し、その改良機がこのように発展するのではないか想定した上でのものなのだろう。
その対抗馬となりうるものを目指した戦闘機を作れと、そう四菱に命じ……
そして、その主任担当として一郎を選ぼうとしていたのだ。
この性能ならば確かに開発中の機体とは競合しないから陸軍が開発を却下し辛い。
よくもまあ次から次へと陸軍を出し抜いて自らの自尊心を形にしたものを企画するなと感心してしまう。
そのバイタリティには素直に脱帽すらするが……
ここでこの計画をつぶした場合のリスクを考えると後々に響きそうだった。
よって俺が直接西条に中止させて欲しい旨の意見は出さない事にした上で、一郎に素直にアドバイスを行う。
本当は開発中の重戦闘機の改良プランとして高高度戦闘機を作りたかったのだが、ジェット戦闘機が1万5000mまで上昇可能な事から上の者たちが難色を示すと思って凍結した、いくつかのアイディアがある。
それらを彼に渡してしまうことにした。
そこで手渡された資料にあらかた目を通したところ、四菱はこの機体を「試製烈風」と名づけているようだ。
深山といい、こういうのは変わらぬものなのだな。
つくづく未来の情報を知る者としては、心をくすぐられるような妙な気分にさせられる。
俺としてはその後ろに改と付けてやりたくなるが……まあいい。
それで、海軍案ではハ44ないしそれに匹敵する2000馬力以上のエンジンを装備した機体とし、掲げた目標を達成せしめる機体を求めている。
武装は20mm機関銃4門。
場合によっては30mm以上のものを装備することも検討。
航続距離は可能であれば零と同等程度であるとされた。
基本は艦上機とされているが、場合によっては艦上機に限定しないとしているのは……
海軍もさすがに相当な要求性能を理解しての事なのだろう。
一郎いわく、現在四菱ではハ43を原案にどうやら本来の未来において存在したハ43を目指したエンジンを開発中であり、この新型エンジンを搭載することも検討中なのだという。
出力は一郎いわくタービン過給にて2300馬力以上。
ハ44に勝るとも劣らないエンジンであるとの事だった。
また、エンジンに関しては可能であるならば液冷の方が空力的に有利となるため、スピットファイア改良計画にてようやく実証試験モデルが出来上がったばかりの変態仕様マーリンや……
ようやくグリフォンという名前を手に入れたばかりの新型エンジンの入手、並びにライセンス生産からの搭載というのも検討している様子だった。
確かにグリフォンに例の二段過給+吸気タービンを搭載すると2300馬力は間違いなく出るだろうから、考え方としては全くもって間違っていない。
グリフォンをライセンス生産できれば……の話だが。
しかし無難なのはやはりハ44だろう。
マーリンは明らかに出力不足。
開発中の新型エンジンがいかほどのものかわからないが、ハ43をベースに様々な部分に手を入れたとて、ハ44には敵わない可能性が高い。
一番無難かつ高性能に仕上げられる可能性が高いのだったら、迷う事なくそれを採用すべきだ。
それをベースに翼は重戦闘機に採用したものと同じくスーパークリティカル翼とする。
ただし、高高度戦闘機としてアプローチするならばこうだ。
「えっ……こんな薄い翼にしてしまうんですか? まるでキ35のような……」
「高高度で飛行するからこそ、採用できる翼なんですよ――」
高高度飛行するにあたってもっとも無難な翼。
それはともかく薄くて空気抵抗が低く、それでいて翼の表面積のあるもの。
すなわちグライダーのような翼である。
空気の薄い高高度は、高度が上がれば上がるほど翼の厚さがネックとなる。
翼とは上面で空気を圧縮し下面でその逆に減圧することで、翼自体を空へ向けて吸い上げるがごとくして揚力を生むもの。
けれども高度が上がれば上がるほど上面での圧縮能力は落ちていく。
その一方で翼正面の前縁などで受ける空気抵抗は低空よりかは気圧が低くなるので、影響度合いが相対的に低くなる一方で……
ただでさえ大気が薄いのにも関わらず、前縁でぶつかって運動エネルギーを失った層流と呼ばれる存在は、いわば負の意味では強力な運動エネルギーを持っているものへと変化しており、こいつが極めて不快な現象を引き起こす。
何が言いたいかというと、ただでさえ大気密度が薄く保有するエネルギーが低い中、動体にぶつかってエネルギーを失った大気は、その密度が濃い状態で層流となって纏わり付いており……
周囲の薄い大気はそこに引っ張られるようにして吸い寄せられていくわけなのだが……
その層流は運動エネルギーを持っていないので、外から翼表面へと大気を引っ張った際、気圧を一定とする働きにより周囲の運動エネルギーを削ぐ効果を発揮し、ただでさえ稼ぎづらい翼上面の圧力をさらに減退させる効果を生じさせる。
ようは層流は揚力を生むための圧力を分散させるという、ふざけた働きをしてしまうわけである。
層流は高度が低ければ気流をぶつけて吹き飛ばせなくもないが、1万3000m以上となると大気の密度が薄すぎて吹き飛ばすのに必要となる運動エネルギーが足りない。
一方で層流は長い間、翼表面にへばりついたままとなる。
何か衝撃でも与えない限りずっと悪影響を与え続けるのだ。
これを防ぐにあたっては、翼本体を長くして層流で失われた分を補うという方法があるのだが……
それならば薄くした方が効率は上昇させやすい。
生じる層流を減らすことで、その分、翼の上面で得られる圧力を上昇……すなわち揚力を上昇させられるからである。
しかし軍用機においては空中機動等を行う関係上、翼の耐久性は必要になる。
高迎角をとった際には気流によって押さえつけられるだけでなく、Gそのものが翼本体にかかるからだ。
また、攻撃を受けて翼自体の能力が低下することも加味せねば、多少の攻撃を翼に受けただけで即失速して回復できずに墜落するような……軍用機として失格と言える航空機となりかねない。
そうなると、従来まではどうしても素材の関係で分厚いものとせざるを得ず、高高度飛行を行うためには単純にとにかく全幅を長くする他なかった。
しかし、これを攻略できうる素材があるのだ。
メタライトである。
こいつは正直言って亜音速帯の航空機ならば現時点で最高峰の素材だ。
炭素複合素材が手に入らない中では、新型アルミ合金すら越えうる資質を備えている。
実際にこれで作られた翼を持つF6Uは、時速800km以上で8G旋回を行っても、あんなに薄い翼の両端に増槽を付けても全く問題がなかった。
さすがにそれ以上の速度となるとフラッター等が発生してしまい、耐久性を担保できないとの事だったが……
黎明期のジェット戦闘機に採用された素材は伊達ではないのである。
一定以上の周波数を伴う振動が続くと、メタライトは接着面こそ無事だがバルサ板を重ね合わせたバルサ板本体が疲労によって崩壊してしまうために、将来性が無いとされ消えていくこととなるのだが……
実はこの素材がF6U以降に採用されなかった本当の原因は、他にもう2つ短所があったためだ。
超音速時の熱量に耐えられるような素材ではなかったのと、もう1つ。
それはミサイルだ。
当たり前だが、メタライトは木とアルミ合金を張り合わせた戦中に存在した複合素材。
耐火性はどう足掻いても限界があった。
ミサイルが主流となったことで、新たな時代の幕開けとなったジェット戦闘機世代にとって燃えやすい素材なんてものは採用できるわけがない。
焼夷弾などに対しては延焼しないように工夫することである程度対処できても、さすがに超高熱の熱輻射を振りまくミサイル攻撃は広範囲に及ぶ衝撃と熱による破壊。
通常のアルミ合金よりよほど脆弱だったのだ。
それが、この素材が技術史の闇に葬られた理由。
しかし本機においては十分採用する余地があった。
従来まで、俺は翼にメタライトを使おうとは思ってはいなかった。
百式襲撃機の改良プランにおいても、機体後部には採用するが尾翼は金属製としていた。
これは飛ぶ領域が高射砲が届く範囲であり、高射砲の攻撃がミサイルと等価なためにメタライトの弱点を突かれる可能性が高いためである。
だが高射砲が届くのは精々1万3000m程度。
1万6000mまで飛んでしまえばほぼ効果は無い。
敵戦闘機の機銃程度ならば十分に耐えられる防御力がある。
ならば、むしろ翼を信じられないほど薄く形成しても必要となる耐久性を確保できるメタライトは理想の素材と言えた。
……だとするなら深山や連山に採用できるのではないかと思われそうだが、残念ながら大型機において発生する微振動や状況によって、重量から来る特定箇所にかかる強烈な過負荷に対して脆弱な素材で、局所的な利用ないし小型戦闘機にしか向かない素材であることがわかっており……
深山に関しては現状にて局所的に用いているので、今後も一部において用いる一方……連山においては使いたくとも使える素材ではなく用いる予定は無い。
いわば高高度戦闘機だからこそ、初めて使えるものとなっている。
F6Uはあの翼で試作機が1万4400mまで飛んだ。
あんな小さな翼だが、逆に薄く整えることで意外にもかなりの高度まで飛ばせたのだ。
しかもメタライトはその仕組み上、リベット接合とする必要性が無い。
F6Uは当時としては信じられないほどツルツルした表面であり、翼の空気抵抗の低さは当時としては突出したものを持ちえていた。
言うなればモスキートのような木製型航空機に近い要素を持ちつつ、両側をアルミ板で挟みこむので木製特有の腐食に極めて強い複合素材なのである。
戦闘機の胴体表面の処理をやや苦手とする四菱においては、これ以上に無い素材。
俺が新型戦闘機にてメタライトを翼に採用しなかった理由は、上記に合わせてさらに攻撃機版も作りたかったからではあるが……
高高度飛行版として開発中の重戦闘機を改良する場合はメタライトを迷うことなく採用する予定だった。
それこそが俺が持つアイディアである。
主翼には翼端にシックルのような鉤爪のような水平形状のウィングレットを取り付けてしまい、まるでレース機のように仕上げてしまっていい。
徹底的に空気抵抗を減らしてしまう。
もし一から作るというなら、翼だけでなく機体後部もメタライトでいい。
唯一尾翼を除いて全部メタライトにしてしまう。
金属部分はエンジンからコックピット周辺まで。
こうすればアルミニウムの使用率が低くなるため、金属を節約できることを長所として陸軍を説得しやすくなる。
簡単な概算でも零の1/3程度しか金属部品は使わない、極めてコストパフォーマンスの優れた、エコな皇国向けらしい機体に仕上がる。
俺としても、このような高速戦闘機がどれほどの評価を与えられるのか、かねてより興味を持っていた。
もともとこのアイディアは、やり直す以前の頃、仮にNUPなどと戦う場合に量産効果を向上させつつ性能を最大限に引き出すためにと考案したもの。
皇国にはキ106なる疾風の主要部品のほとんどを木製にした機体があるのだが……アレを傑作機として生まれ変わらせられないのかと比較的若い頃に考えていた末に思いついたものである。
そのアイディアはすでに別の形で実行に移してすらいる。
それも一郎のいる四菱の者達と共にである。
四菱が開発した襲撃機において実際にこの発想に挑戦し、成功を収めているのだ。
現在試作機が完成して実証中の百式襲撃機二型は、陸軍の承認を得て量産一歩手前となっているが、こいつの胴体後ろ半分はメタライトだ。
実証機は実戦投入されているが、軽量化された分だけ運動性が向上したと評判は上々。
また整形しやすいメタライトによってカタログスペックに近い構造になったことで飛行性能は全体的に向上。
おまけに修理においては、接着剤と木材とそこらに転がっているアルミ板だけでいいので整備性も上がったと言われており……
元々胴体前半分は鋼で殆ど航空系アルミ合金を使ってはおらず、さらに従来まではそれなりに消費されていた胴体後部におけるアルミ合金を排除した上で性能を維持したことは陸軍から非常に高く評価され……
百式襲撃機は今後大量生産するにあたり、皇国国内で製造するものは全て二型とすることがほぼ確定的な状況となっている。
いわば、四菱はすでにノウハウもデータも持っている状態だ。
おまけに工作機械など一連の製造ラインすら持っている。
つまり考え方としては、重くなり熱量のある動力部周辺から防御力を確保したい人が乗る空間の一部は従来の航空機と同じ作り方。
後ろは尾翼以外、主翼すらもメタライトにする極めて異質な航空機となる。
百式襲撃機における成果をさらに発展させてしまおうというわけだ。
「――堀井さんはキ35で薄い翼に拘った。軍用機にだってそういうものが出来ればとおっしゃっていたではないですか。軍用機とは割り切った性能ならば王道を外れた設計でも構わないんですよ」
「……燃料タンクは胴体内ですか?」
「無論です。胴体径の太さよりも翼の抵抗増加の方がよっぽど最高速度に影響することはご存知のはず。そこは新型重戦闘機と同じく太くしてしまっても、メタライトならば十分に軽量化できうる」
「……信濃技官。いくらかデータをいただけませんか。それで1つ……設計してみたいと思います」
「いいですよ。メタライトは仕組み上、前縁フラップなどを装備させにくいですが……翼自体の全長を長くすれば離陸時において問題が生じる事は少ないでしょう。ロールレート確保のために翼両端付近にスラットを装備する程度ならば問題ないですし、それならば――」
「海軍が求める運動性を手に入れた上で、高高度を飛行できる戦闘機が作れるというわけですね」
「ええ――」
零と同じように悪戦苦闘するのではないかと不安にかられて技研に訪れた一郎であったが、俺の言葉に安心したのかいくつかメタライトや翼関係の技術に関して記したノートを渡すと足早に技研を後にしたのだった。
その姿を見送った立場としては、残念ながら一郎を連山の開発に参画させることは出来ない。
彼は海軍が保有する予定の大戦中最強を誇るレシプロ戦闘機において主導的役割を果たす事になるのだろう。
だから俺は代わりとして、従来までは一切声をかけなかった人物に声をかけることにした。
その男は航研にて俺の先輩にあたり、そして俺の今の上司である西条とも縁が深い男……深いどころか血縁すら有している西条の次男であった。
彼の力によって四菱の現体制すら改めて連山を達成する。
そう決心し、日が沈まぬ立川の地にて、組織体系を記した計画書を書き始める。