第147話:航空技術者は指摘を受けた一方で助言する(前編)
本当は前後編の話となる予定なのですが、少々内容を改変したことで独立した話に変更。
当初後編だった部分の話は近く公開致します。
長いので分けます。
皇暦2601年6月12日
連山と深山改の計画が統合参謀本部にて正式承認。
陸軍上層部は深山改の目標は絶対とするという注文をこちらに突き付けた上で連山の開発も了承した。
ただし、連山計画の実現可能性についてはさすがに疑問符がつき……他メーカーから出向者を募ることとなった。
原因とされたのは2つ。
1つは大型の降着装置。
茅場と組んで開発行う予定のこちらは、油圧関係の機器について疑問符は付かなかった。
一方でタイヤやホイール、ブレーキなどの各種機構を一から調達せねばならず……
ここの開発において大きな障害が生じるのではないかということ。
皇国の航空機は陸海軍内にて大型機とされたものでも従来は二輪方式の降着装置であった。
これを四輪とした上で適切に稼動させることが出来、信頼性も確保することができるようなものとするのは……確かに困難が生じないわけではない。
一応、最悪は設計だけして国外メーカーに部品調達することも考慮しているとは伝えていたが、上層部としては今後の技術発展を鑑みて、計画に大きな支障が出ない限りは国内技術のみで完結すべきと主張していたのだった。
理解できなくもない。
今後さらなる大型機を作ろうという時に、調達した国外メーカーを有する国々が政治的要因で妨害してくる可能性は十分にあった。
なにしろ戦略爆撃機。
抑止力となる一方で使い方次第で非常に強力な戦略兵器である。
いくら同盟関係にある国だって一歩引いた目で見て制止する可能性は0とは言えない。
後の未来においては核兵器に関係しうる技術関係はすべてそういう扱い。
航空機は核兵器ではないが、この機体は運搬する可能性がある。
なので、心配そうな表情を浮かべる将官らへは、最大限努力するとだけ言っておいた。
重要なのは目標達成。
すなわち機体が完成するかどうかではなく、遅くとも2604年冬頃には第三帝国領土内の空域の上を優雅に飛ぶようなものとなっていなければならないのだ。
上層部がいう計画達成とは、機体が完成するか否かではなく、2604年に間に合うかどうか……という意味での達成であった。
すでに"完成する"――という事について疑問符を浮かべることがないというのは、それだけ信頼を勝ち取ってきたからなのだろう。
一方、噂程度で聞いた話では海軍は例のヴィクターのような何かを完全に机上の空論で妄想してでっち上げたような産物としており、連山のスペックが最高速以外すべて目標達成している事に戦慄したという。
各種数値はさすがに無理だと思ったのか、例の案には機体の規模……すなわち全長や全幅、そして重量に関する指定すらなかった。
通常であれば"以内"や"未満"という言葉を用いて制限するところ、もはやどういう航空機になるか想像もつかないので、スペックだけ連ねて箇条書きしてみたということだ。
そのため、統合参謀本部における会議内では、彼らは連山や深山改について何1つとして意見を述べることはなかった。
彼らにとっては既存の技術理解を大きく超越するがゆえ、もはや文句の1つも言い様がない。
しかし求めた性能を達成できぬというならば状況も変わってくることだろう。
例えば長島に作らせた初期構想の連山でも十分に高性能と言えたとはいえ、各種数値はもっと努力出来そうな範囲で収まっている。
もし初期構想の連山の数値を達成できないとあれば、幾度にも渡って基本仕様の変更を求めたりしたことであろう。
本来の未来においてはこれによって流星など、数多くの航空機の開発が迷走することとなり、エンジニアは大いに苦しめられた。
最終的にはメーカー側が海軍の言葉を聞かなくなって独自に進めるようにすらなってくる。
彩雲などがそうだ。
だがこれらは彼らの高い目標とそれを達成できない技術ギャップによって生じた摩擦。
彼らの目標を上回る存在ならば何1つ追加注文など付けないのである。
いわば海軍とはこうやって付き合っていくものなのだ。
これがもっとも良好な関係が築けるということである。
おそらく……彼らの身内の技師が想定していた深山の改修プランでは、深山改となるものがさらに大型化してしまっていたことだろう。
後退翼に関してのデータは技研を通して各メーカーに渡っているが、エンジンを外に配置する発想がなければ翼は大型化せざるを得ない。
エンジンという抵抗物を翼に内蔵した上で揚力を確保するならば翼の表面積が必要となるからだ。
そこをあえて翼外にエンジンを飛び出させて翼を小型化するという発想により、連山は現用の他の技師が思い描く機体よりも全幅が縮まり、全長こそ伸びたが全幅が大幅に縮まって全体はよりコンパクトに纏まっている事には大いに衝撃を受けた事であろう。
聞くところによるとメーカーの一部の技師は常日頃海軍の上の者にこう述べてすらいたとされる。
"何れに関しても技研側が無理だと言ったら無理です"
そういった言葉の意味が浸透してきたのか、海軍が陸軍に求めたのは深山改を陸軍と折半して配備できるようにすることのみ。
連山に関しては最低限3機ほど配備できるよう"努力する"――としか求めなかったという。
彼らはもしかするとそれが完成しないと思っているのかもしれないが……
皇国が皇国であり続ける限り、この機体はどんなに遅くとも2609年頃には飛ばせる。
あくまで2604年末頃までに戦力として投入できるように仕上げるのが大変なだけ。
それを理解する陸軍は冷静かつ現実路線の視点から、もう1つの点も列挙して問題視した。
胴体設計の複雑さを長島だけで処理できるのか……という事だ。
陸軍上層部は俺が深山で胴体径を大幅に狭めた理由について報告を受けて知っていたし、尾翼と並んでそちらが足を引っ張り開発遅延を招いていた事も理解できていた。
にも関わらず新型たる連山は、機体の胴体径が陸上機かつ高速機としてはかつて無いほどの規模の大きさであり、これらの詳細設計を行うにあたり相当な創意工夫が必要だと感じたらしい。
彼らから言わせればA7075といった一連の新素材をいきなり使いこなせるのかといった不安などがあるのだろう。
そこは口には出来ない理由がこちらにはあり、どうにかなる。
一方で構造設計の詳細においてきちんとしたものと出来るのかという話に関しては、確かに俺自身も不安がないわけではない。
ゆえに開発するにあたっては組織編制と開発体系を全く新規の……未来の世界におけるノウハウを用いたものとすることに決めていた。
上層部にはどういう仕組みなのかについては計画書にて触れてはいたが……それでも尚、不安は解消されなかった模様だ。
自分でもわかってはいるつもりだった。
我々の工業力の低さを。
それゆえに苦汁を舐めさせられ、何度も苦しい思いをし……最終的に敗北してしまったことを。
だから従来までは極力冒険せずにある程度背伸びはしても確実に達成可能な構造とし、これを着実に達成してきた。
例えばCs-1だって大量生産は不可能ではあるが国内生産は出来たのだ。
あくまで国外企業と手を組むのは生産量の大幅な向上のためでしかない。
しかし最高速度が900km台かつそれなりの大きさの航空機……その上で冒険した構造をも導入して性能を確保する。
この考えは従来の手法から逸脱するものであり、最初から国外頼りで計画を立てたことで上層部の不安を掻き立ててしまったのは否めない。
それでも背伸びを超えた冒険をしたいのは、その領域の爆撃機でもなければ不安があるため。
すでに運用計画の試案についても俺は計画書で触れていた。
深山改は撃破される恐れと撃破された際の影響も鑑みて対ヤクチアのみに用いる。
一方で連山は当初より対第三帝国を想定し、第三帝国に積極的に飛ばしていく。
爆弾を落とすかどうかは重要じゃない。
飛ばして威嚇するんだ。
あちらが届かない空域に飛ばして敵の首脳陣営を煽る。
NUPがB-29で試したことで第三帝国が大いに混乱して迎撃対策のために右往左往し、一時的ながらも前線の部隊への追加戦力の投入が出遅れ、補給が滞ったりしたように……
連山ではその後Me262やMe163によって混乱が解消された状況下においても、ただ飛ぶだけで相手側の主に指揮系統などを苦しませるために飛ばしたい。
そのためには絶対的な速度と絶対的な高度の双方が必要。
深山改では目指した性能が達成できずに万が一がありうる。
その不安を解消し、その後も20年ほどは戦える爆撃機としたいのだ。
その間に運用ノウハウと製造ノウハウを蓄積、構築。
まだ姿すら想像できぬ富嶽へと繋げる。
大陸間弾道ミサイルが配備されるまで、かつて地上で抑止力を担ったのは爆撃機であった。
俺がやり直す頃にはもはや陳腐化し、その存在自体に疑念を抱く者すら出てきてはいたが……
攻撃機がかつての爆撃機並の積載力と航続距離、そればかりか、その頃の爆撃機を超越する速度を有した時代においても、爆撃機は一定の評価を得ていた事を理解する身としては、大量に配備する必要性は無くとも何としてでも保有しておきたい存在なのだ。
皇国には列強ほどの余裕は無い。
ゆえにB-17とB-29、それに並行してB-36とB-47双方を保有する事など出来ない。
しかしB-47以上のB-47タイプの爆撃機を保有することで、後の時代においても出遅れぬよう力を持ち続けることは出来る。
本来の未来においてTu-16を華僑が貴重な戦力として相当数保有し、俺がやり直す直前でですら今後30年はがんばってもらうなどと話していたように、ジェット爆撃機にはそれだけの力があるのだ。
そしてその後の航空機産業界においても皇国が生き残るために……連山は絶対に現構想のまま実現化したいのだ。
だから俺はこれらの諸々の問題を鑑みて素直に出向者を募れという陸軍上層部の意見に賛成の意を示し、統合参謀本部を後にして技研のある立川へと戻ってきた。
長島で開発をし、他のメーカーに生産を手伝ってもらうかライセンス生産を行ってもらうという当初の企画は早々に頓挫。
陸軍上層部からは百式司令部偵察機といった他の機体の改良などを含めた機体開発やまた別の新鋭機の開発にも影響が生じないよう配慮せよと命じられた上で、リストに計画に必要な人材を記入して提出しろと命じられている。
これはつまり……出向者を募るとはいうが、ほぼ強制的に参画させるということ。
まあメーカーとしてもまたとない機会だからリストを見せてメーカーの上の者達に相談を持ちかければ、本人の意思に関係なくメーカーの指示という形でつれてこられる事になるのだろう。
誰を連れてくるかについてはある程度すでに決めてある。
ほぼどこもエース格を持ってくる予定だ。
唯一四菱を除いて。
今回の計画に一郎は呼ばない。
今現在、一郎には海軍の命令によって新たな航空機の開発計画が立案されており、その主任設計担当の最有力候補として名が挙がっている。
理由はいよいよ先行量産機が完成し始めた雷電が、海軍が十分胸を張るに足る高性能機に仕上がったため。
本来の未来よりか大分ダイエットに成功していた雷電は最高速が大台の693kmに乗っかり、要撃機として申し分無い性能を獲得していた。
試作機では680km台だった一方、塗装に関わる塗料の見直しや徹底的に隙間となる部分を塞ぐといった試みによって、700kmにはギリギリ届かないもののハ43搭載機として最も高速な機体として仕上がった。
海軍はさらに四菱に対してハ44搭載型を検討しており、量産化を早めるためにこちらにシングルタービンまたはB-8ツインタービンを装備させて最高速度を730km台まで引き上げたものを作ろうとしていた。
その上で一郎にはこの雷電改良案も引き続き主任担当として計画遂行する傍ら、新たなる戦闘機開発が命じられたのであった――