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第144話:航空技術者は自然層流構造式の爆撃機を50年前倒しで生み出そうとする(前編)

長いので分けております。

 太田にて深山や大型機製造について情報収集を行った俺は、不思議そうな表情を浮かべたままこちらの質問に答える長島の技術者をよそに、特に雑談等を行うことなく、そそくさと東京へととんぼ返りした。


 やることは1つ。


 B-36を作ったメーカーかB-29を開発中のメーカー。

 このどちらかに長島の技術者を派遣し、彼らのもつ製造ノウハウを獲得させる。


 その上で、試製連山をもっとすさまじい、海軍が掲げたヴィクターもどきに匹敵する爆撃機とする。


 そのためには彼らをNUPに派遣する方法を考えなければならないため、西条と相談することにした。


 いつものとおり参謀本部へと向かい、彼のいる執務室へと足早に向かう。

 すると執務室の扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきたため足を止めた。


 ◇


「――とても承服できません! ただでさえ陸戦兵器の新規開発が相次いで凍結されたのに、さらに製造中の陸戦用兵器について追加で凍結しはじめるなんて……高射砲、対戦車砲、迫撃砲、歩兵砲、野砲どころか山砲まで……この間までは迫撃砲や歩兵砲に関しては除外すると言われていたではないですか!」


 声からしてそれなりに年を重ねた者であることがわかる。

 間違いなく将官級が陳情している様子だ。


 姿は見えないのでどこの部隊の長なのかは不明だが……


 最近の噂からして一部部隊は新型戦車のワリをくって弾丸すらまともに供給されておらず訓練もままならず……


 おまけに消耗部品の調達も不可能となったので保守整備すら不可能となっており苦しんでいるという話があっただけに、こうなることは予見できていた。


 しばらくこの場にて西条の対応を部屋の外より見守る。


 相手将校が剣や銃を取り出す様子など見せれば即座に背後から制止する。


 俺は冷静に腰にすえた皮製ホルスターの蓋を開くと、いつでも撃てるようモ式のグリップに手をかけ、そしてホルスターから取り出すことなくセーフティを解除する。


「開発中の12cm砲の主要機構部を量産する上で人手が足りんのだ。とにかく技師の数がいる。我が国において、そう多くの種の兵器を一度に大量生産する力などない。追加の措置は訓練学校から新たに訓練用として追加で70両の新型重巡航戦車の発注があったためだ」

「なぜそこまで例の新型戦車に拘るんです。本当に実現するなら大したものだが、実現するかどうかもわかっていない代物だ。そんなのに全てを注いで、いざ出来上がらず海軍のガソリンの件のようになったら――」

「なら他にヤクチアや第三帝国の強力無比な兵器を前に対抗可能なものがあるというのか! 大体諸君らは2年前、重戦車を望む我々に対して何と言った!!!25t以上の重戦車は皇国では製造不可能。国外から技術を導入するか戦車自体の供与を受けるしかない……開発を依頼した我々に対し、メーカーと共に構想を練っただだけで挫折し、白旗を揚げたのは誰だ!」

「そ、それは……」

「私や稲垣大将にとってそれこそ"承服出来ぬ"事だった。お前達は関東軍に所属したことがないのだからわからんだろう! 華僑の地にて歩兵と共に最前線にて八九式で戦った私達が、どれほどの恐怖の中戦っていたのかを! ただでさえ7.7mm機銃でも抜かれる程度の装甲でしかない中、我々にはまともな戦車がそれしかなかったので向かっていく他なかった。当時の我々に突撃戦法以外のまともな運用法なども無い。蒋懐石らがもし、共和国や王立国家から最新鋭戦車をとりつけて向かってきていたら……きっとこの場に私はいなかったことだろう……今でも防御力不足によって負傷した部下の姿が脳裏から離れん。7.7mmの機関銃の弾丸は指揮車両だった私の乗る車両をも容易に貫いた。今私が五体満足であるのは、弾丸が体に命中しなかったというただそれだけに過ぎん。本土へ戻ってきた私がまずやったのは……八九式の倍の大きさたる超重戦車の開発。九五式重戦車すら恐れおののくオイ車の企画立案者こそ私だ!!!それを知らぬとは言わせんぞ!」


 オイ車……?


 オイ車って確か本来の未来において四菱が開発計画を立ち上げていた150t級のゲテモノ超重量級戦車だったよな。


 確か今の世界においては企画倒れに終わったはず。


 企画自体はなされたが、総合面において最近もっぱら重突と呼ばれ始めた戦車が完全に上回っていたからだ。


 あの企画立案者は西条だったのか……知らなかった。


「――このオイ車とともに、どの部隊にも属さない全く次世代の戦車運用のための特殊部隊を作る……その上で他国を圧倒する高性能戦車と突撃だけに頼らぬ的確な運用でもって敵側を圧倒する……それが華僑の地にて死んでいった部下より託された願いだった。そしてそれは形をやや変え、重突と特戦隊という形で実り……ついには私や稲垣大将が喉から手を伸ばすほど求めていた……あの日あの時、死んでいった部下達が描いていた"心より本当に求めていた戦車"が、もうすぐ生まれようとしているのだ。どんな攻撃も一切ものともせず、そこいらのトラック車両よりよほど速い機動力を有しながら、巡洋艦の主砲の改良型をそのまま搭載してしまうという……オイ車の計画時においてメーカーより150t必要と言われた数値の3分の1にも満たない僅か42tという重量で!!! 最高速度50km以上という、あのヤクチアのBT-7と同じ機動力を有するものが! 言っておくがな、諸君らが不可能だと言った戦車は急ごしらえの状態のままではあったが、すでに戦線に投入できているのだぞ! そして重突はすでに100両以上が完成している! 貴様らが不可能だと言ったものが、今ッ目の前にあるではないか! にも関わらず新型の重巡航戦車の開発が頓挫するなどと、どの口がほざくっ!」


 なぜ特戦隊の設立があまりにもすんなり通ったのか。


 なぜ西条がこれほどまでにあの戦車に強い思い入れがあり、俺が当初計画した倍の量産化計画を立ち上げたのか。


 なぜ重突の生産を中止してまで、回転砲塔を持つ戦車に強い拘りを見せていたのか。


 なぜ重突は当初こそ駆逐戦車と呼ばれていたにも関わらず、いつの間にか戦車という扱いではなく自走砲扱いとなり、突撃砲という名に改められたのか……


 全てその言葉で理解した。


 なぜ新型戦車において俺に同調して大口径砲の搭載に非常に強い意欲を見せていたのか。

 声色から涙混じりに怒り狂う姿の裏には、華僑での凄まじい体験が刻まれている。


 西条が求めた真の皇国戦車こそ主力戦車だったのだ。


 俺が元クルップ所属の者達と共に中空装甲を数十年先を行く構造として仕上げ、詳細設計をまとめあげて報告した際、西条ら元関東軍の将官達ほど大層喜んでいる姿を見せたのはそういう事だったのか……


 稲垣大将は俺の肩の関節が外れんばかりに笑いながら「よくやってくれた!」――といってバンバンと叩いていたが、俺なんかよりもよっぽど彼らが欲していたものだったのだ。


 少しでも戦車兵達の損耗を減らしたいと、数学的な計算ばかり考えて高性能戦車を作り上げようとした俺よりも、彼らの方がよほど強い気持ちを抱いていた。


 それを知らずに作っていたとは何と情けない。


「――いい機会だ。特別にお前達にこれを見せてやろう」

「こ……これは実物大模型ですか」

「模型だと? 馬鹿を言うな。試験車両に決まっている。これは試作型ですらない実験車両だが、すでにまともに動く代物だ。まだ砲も乗っかっていないし装甲も施されていないが、完成時と全く同じ重量で全く同じ重量配分となるように施されているトラクタ車両の試験型だ。見てのとおり完成時とほぼ同じ見た目とするように全体構造を整えている。試験のために砲の回転機構まで備わっているが、ハリボテでしかない砲を模した金属筒がこちらに視線を向けた時、私ははっきりと戦術的勝利を確信した。あの不気味すぎる砲塔部分がこちらを向いただけで、どんな手を使ってでも大量生産してみせると心に誓った。道半ばで人生を閉ざされた部下達が、"それだ!! それを作って後に続く者達に渡してやってくれ!”――と、私に叫んでくる幻聴がハッキリと聞こえたほどだ」

「……だとしても2603年春までに800両以上もの必要性は……」

「我々が作れるということは……奴らは作るぞ! ヤクチアも第三帝国も同様に12cm以上の戦車砲を備えた重量級戦車を! そのような戦車を前にして何で挑むというのだ。12cm以上の戦車砲は1000m先の200mm鋼板を容易く貫く。まさか100mm程度の装甲しかないM4で戦えと? 冗談じゃない。私は真に主力となる、それ一台だけで全てが済むような戦車を3000台以上戦地に送り込む。迫撃砲や歩兵砲はレンドリースでもどうにかなるが、NUPは重戦車に対して全く思い入れがない。王立国家は自分達で手一杯……ならば我々は我々の力のみでどうにかしていく他ない。いや、元より真の意味で陸戦の主戦力となる戦車において他の国など頼る気など毛頭無い。我々が生み出した戦車で我々の持つ正義を貫き通す。戦場の最前線の中の最前線で戦う兵器だからこそ、自国の強い意思を秘めたものでなければならない。お前達はそれでも多数の戦車は不要と言うのか? 一体どんな戦略眼でそれを語る」

「我々にだって貴方と同じく部下がおります! 彼らを納得させるには貴方の言葉をそのまま伝えただけでは無理なのです! 職人としての自尊心を傷つけられた技師なども不平不満を述べています!」

「自尊心が傷つけられたなどという、多少の精神的苦痛な程度でいちいち陳情する方が浅ましいわい! このたわけ!」


 言葉と共に聞こえたのは木が破断や折損した際に聞こえる独特の音。


 間違いなく執務室の机か何か、木製ものが壊れた。

 西条が何かを蹴り上げたのだと思われる。


「いいか、今、国が1つとなろうと言う時にお前達はそんな下らない感情をぶつけにわざわざ東京に訪れたというのか! 本量産化計画において海軍も相当な力の入れようであることは存じていないわけではあるまい! 彼らがどうしてあそこまで力を貸すのか知らんのか!」

「い、いえ……」

「ならば教えてやる。このまま行くとジブラルタルが陥落するのは確定的。その後第三帝国はスエズ封鎖まで突き進むこととなるだろう。そうなれば海軍は虎の子の戦力を分断されるばかりか、補充戦力を送り込む事も困難な状況となる。大西洋側は通商破壊作戦のメッカ、第三帝国の高性能潜水艦が横行しており通過は容易ではない。だからこそ比較的安全な航路たるスエズ側から我々は戦力を投入しているのだ。海軍は仮に一時的にスエズが封鎖されたとしても確実に取り返せる戦力として戦車を捉えている。ゆえに戦車の大量生産には賛成の意向であるし、戦車砲の砲塔部分は我々だけでは大量生産できないので彼らの力を大きく借りている所だ。ここまで陸海軍の思惑が一致したことはこれまでに無い。その状況下において君達は自らが掲げた信条をいくらか傷つけられたと言う大人気ない理由だけで、その生産数を減らして陸軍はおろか海軍を含めた皇国軍全体を萎縮させようというのか?」

「むむ……」

「お前達がやるべきはこんな事に貴重な時間を割くことではない。大量に増産される戦車の保守整備その他において十分な余裕をもって対応できる組織作りと、新たな戦車を運用するに足る人材の発掘と育成だ。違うか? わかったならとっととここから出て、不平不満を述べる者達を懐柔する方法を考えろ。一部の部隊において支障が生じている弾丸や武装の不足については、近く横浜港に到着する貨物船によって解決される。今しばらく待てと言っておけ。先に言っておくが、私に従えぬというなら勅命が下るか軍を去ってもらう事になる。本件に関しては陛下も高い生存性を有する兵器と聞いて高い関心をもって見守ってくださっておられる……お前達の協力者が自分達の想像以上に少ない理由だ。わかったら出て行ってくれ! これ以上話す事も無ければ、陳情書を受け取る気も無い」


 紙の破れる音は、陳情書を受け取らぬ非情とも言える強い意志を示しての行動なのだろう。


 破かれたのは間違いなく陳情書だ。


 しばらくすると将官達は背中を丸めた状態で執務室から出てきた。


 彼らは俺に対して特に一言二言ぶつけることすらなく去っていく。


 それが自らの行動を恥じての事だったのか……


 西条の言葉に感化されて自身は納得したが部下に対してどうすべきかで板ばさみとなり俺すらも視界から消え去ってしまったからなのかはわからない。


 そもそも俺は西条の主張した半分の数値で量産しようとしていた。


 それらは様々な場でプレゼンのごとく説明していた数値だったので、俺は無関係と認識していたからかもしれない。


 ともかく貴重な体験だった。

 西条や陳情を行った者達の心情を理解して俄然やる気が出た。


 ようは完成するかどうかといった不安要素などが発端となっているのだ。


 ならば、その完成度の高さによっては彼らも納得せざるを得なくなるばかりか、意欲的に取り組む可能性はある。


 ……それはそれとして、爆撃機についての話をせねば。


 俺は何も戦車のために参謀本部に訪れたわけじゃない。


 ◇


「……信濃か。いつからそこにいた?」

「今しがた到着したばかりです。どうかされました?」

「いや、いい。何でもない」


 疲れた様子で執務室の椅子に腰掛ける近くには、破損した木製の戸棚がある。


 思いっきり蹴ったことで壊れたのであろう。

 壊したのは間違いなく目の前にいる人間だな。


 西条は明らかに処世術を用いて嘘を述べた俺を追及する気はない様子でそのままこちらに話しかけてくる。


「信濃。実は例の重突なんだがな……いくつか回転砲塔を装備させたものを作れないか?」

「と、いいますと?」

「訓練学校から要望があった。新型戦車への転換を早めるために回転砲塔がほしいと。装甲は不要だ。操縦感覚が新型戦車と似ていればいい。出来れば12cm砲を装備したい」

「屋根が無い状態で、かつ速力が新型より幾分落ちても良いというならば可能です」


 重突と後に三式主力戦車と名づけられる存在はいくらかパーツを共有している。


 砲塔リング等を急造するというのも、装甲等を加味しないならば不可能ではない。


 後座長60cm達成のためには屋根を取っ払う必要性があるが……


 訓練用と割り切る仕様ならば、元より回転砲塔搭載も画策して設計していっただけに十分可能な範囲。


 俺はシャーマンを訓練用にするだけで十分ではないかと考えていたが、確かに予め12cm砲による砲撃訓練をしなければ完成した戦車を使いこなすには難しいといえた。


 最初から考慮しておくべき話だったかもしれない。

 こういう所が抜けているから困るんだ。


「それでいい。20両……いや30両ほど頼めるか」

「承知しました。製造中のうち30両の車台をベースに改造します」

「頼む。それで、お前は私に何の用でここを訪れたのだ?」

「実は――」


 ◇


「なるほど。つまり作りたいのはジェット爆撃機で、海軍が提示した試製連山をより完成度の高い案とするために長島の技術者に金属外皮の整形技術について獲得してもらいたいわけか」

「エンジンや機体構造などに関しては1つアイディアがあります。もし仮に表面整形技術を得る事ができず品質に不足があったとしても、私が考える案を押し通して性能低下を覚悟しながら突き進む予定です……なぜなら私が作りたい機体は深山並でして……」

「待て、それは大型爆撃機ではないのか?」


 すかさずとばかりにつっこみを入れてくる西条。

 現状では深山ですら大型の部類。


 それが中型と言われたら驚くのも無理は無い。


「中型です。今後生まれるNUPの爆撃機は全長50mとかになりますから」

「深山ですら巨体と感じるのにさらに大型が出てくるのか。作れたとして、我々で扱える代物か?」

「短距離離着陸も考慮します。1つ……やらせてください」

「設計に関しては任せる。メーカーへの出向については問い合わせするだけはしてみよう。期待はするな」

「それと、本爆撃機の開発にあたっては王立のヴッカース社の力添えも得たいのですが、よろしいですか?」

「長島だけでは無理か」

「G.Iとヴッカース社からは爆撃用コンピューターなどの新鋭電子機器アナログコンピューターを提供してもらいたい考えが私にはありまして、その方がより高性能となります」

「任せる」

「ハッ!」


 西条による言質を取った俺は急いで立川に戻り、設計を開始した。


 それは後に皇国名においては"連山"と呼ばれる超高性能爆撃機となる存在であった――


 ◇


 設計室内に引きこもった俺は大きな黒板にチョークでもって爆撃機の姿を描く。


 まずは機体後部から。


 未来の技術知識がある俺は、本爆撃機においてはジェットエンジンを使うことと決めていた。

 それもターボファンである。


 ターボプロップを搭載する事は当初より考えていない。


 その上で機体構造を頭の中で計算式を巡らせながら描いていく。

 全体構造はアルコンの新型アルミ合金を中心とする。


 すでに完成の目処が立ち、皇国でもライセンス生産の許可が出されたA7075などである。


 B-29やB-36のように軽量化を目的に無理してマグネシウム合金を使うというような事はしない。


 そのような事をせずとも軽量化していけるだけの知識がある上、ジェットエンジンだからこそ出来る方法というのがあるのだ。


 まず尾翼構造だが、後の世においても一般的な後退翼とする。

 垂直尾翼も水平尾翼も一般的な航空機で見られる普遍的な配置。


 すなわち水平尾翼の真上に垂直尾翼が配置される構造だ。

 未来の技術を活用するなら、ここは正直言えばT字翼としたい。


 そうすればその分、後部をより頑丈とした上で機体後部の空間的余裕作り出す事が出来るからだ。


 しかし現用の技術で後部をT字翼とするのは厳しい。

 これにはT字翼における大きな弱点が影響している。


 T字翼。


 未来の貨物輸送機や極一部の旅客機が採用し、電子偵察機の一部なども採用しているこの翼は、垂直尾翼が一枚板である分、水平尾翼の実質的な全幅を短く……


 つまり水平尾翼の面積を減らすことが可能な上、垂直尾翼に後退角を設ければ重心点がより機体後方となるためにその効果を増大させることが可能とされていた。


 取り付け位置に構造体を設けるとLERXなどと同様、垂直尾翼側に大気の流れを強く押し付けられるので垂直尾翼側の効果も増大させることが可能だった。


 水平飛行時においては主翼や胴体で発生した乱流の影響を受けにくいのである意味で理想の配置とも言えなくも無く、適切に作れば一般的な尾翼構造よりも軽量化が期待できる。


 それこそ、短距離離着陸性能を確保する上では最も適切なのはT字翼しかないと言われ、多くのSTOL機は尾翼をT字翼としていたほどだ。


 しかしこの尾翼構造には大きな弱点が存在していた。


 ディープストールと呼ばれる現象である。


 別段この尾翼構造でなくても生じうる現象ではあるのだが、T字翼がより顕著にその現象を発生させるために旅客機での採用は限定的となったのだった。


 ディープストールとは何かというと、機体を急激に機首上げして高迎度などを取った際、航空機がその姿勢から戻ることなく失速してしまうという非常に危険な状態を言う。


 殆どの場合、ディープストールにおいては機首が上がったままさらに上がろうとしてしまう。


 ある領域を超えるともはや完全に翼から気流が剥離して操縦不能となるが、通常ならそこから自由落下しつつ重心の設定などによって自由落下を発生させてその状態から復帰できうる可能性もなくはないものの……


 かなりの高度を一気に落下する上、ヘタしたら尾翼を先頭に落下するケースもあり、その場合は機体の破損は免れないため非常に危険である。


 離陸時において発生した場合はまず助かる事は無く、そのまま墜落してしまう事が多い。


 この現象が発見されてからT字翼においては速度に応じてディープストールが発生する迎角とならないよう防止するシステムなどが考案されて旅客機などに投入されたが、それでもディープストールに起因する事故は後を立たなかった。


 ヤクチアなんかはそれを嫌って本来はT字翼を積極的に採用していきたい貨物機などに対し、あえて信頼性確保のためにT字翼を避けていたほどだ。


 それこそ、後年になって電子制御によるフライバイワイヤーなどが実用化されてディープストールの発生を大幅に抑制できるようになって、ようやく採用し始めたぐらいである。


 こいつをフライバイワイヤーなどが無く、さらに速度に応じて機動を制限させる機構を組み込むのも難しい現代において解消する方法は無くも無い。


 ただしそれは重量増加的な意味合いでも、見た目的な意味合いでも個人的には用いたくない方法だ。


 何をするかというと、T字翼の下に別途専用のフィンを取り付けるのである。


 つまり小さな固定式の水平尾翼をまるでイルカの尾びれのごとく取り付けるわけだ。


 ようは尾翼側がまるで複葉機のようになってしまうのだ。


 この翼は水平飛行時においても負の働きを示し、機体の機首を下げようと試みる。


 T字翼の水平尾翼は逆に正の方向へ整えようと試みる。


 この両者の相反する関係によって機体は水平飛行するが、いざディープストールが起きたら下部の小さなフィンが負の働きを示し、さらにこれは主翼の乱流を受けない位置に取り付けられているので自然と機首を下げるよう働き……


 機体はディープストールを回避してその飛行状態を回復できるというわけだ。


 もし仮にこんな見た目のものを作ってみろ。

 間違いなく後世において語り草になる。


 水平尾翼に安定性向上を目的に多少なりとも上反角をつけた日には、X尾翼とか言われて皇国の暗黒面扱いされて笑われる事だろう。


 例えばSTOL性能を極限まで突き詰めるというならこの構造はアリだろうが、俺は通常時において離陸距離600m未満とするような事は考えていない。


 よって不採用。


 スピットファイアMk.Ⅶとして採用したのと同じような後退角付きの尾翼形状とする。


 当然、水平尾翼は主翼よりも下にオフセットされる。


 なまじ機体がそれなりのサイズだから、殆ど未来の旅客機の後部と変わらないな。


 機体後部の配置図においては爆撃機としてはB-52に極めて酷似しているかもしれない。


 ただ、あっちと違いこっちは水平尾翼や垂直尾翼はそこまで長くない。


 主翼構造や尾翼配置によって十分な仕事をする適切な大きさとしているからである。


 その上で離着陸距離を短くし、かつ飛行時の安定性を確保するために主翼は高翼配置とする。


 というか、内部に爆弾を積載するにあたって低翼配置とすると爆弾倉の設計に困る。


 特に翼を頑丈なものとするには主桁を胴体内に貫通させる必要性があるのだから、重心点を意識したらB-29や深山のように爆弾倉が前後で分断されて運用時において支障が出かねない。


 B-29の場合は当時の流体力学的理解とレシプロ機であったがゆえに翼の付け根の断面構造が大きくなって分断せざるを得なかったが……


 俺が新たに作り上げる爆撃機においては爆弾倉は1つとし、その分軽量化させる。


 よってそういう意味で不利な要素ばかりの低翼配置とはしない。


 エンジンの大きさやらなにやら、いろいろ制限を受ける可能性もあるし……な。

 なので主翼は高翼配置とした上で後退翼とする。


 後退翼とする理由は可能であれば巡航速度を900km以上としたいからである。

 その状況下において安定性を確保する上では直線翼とすることはさすがに不可能。


 俺がやり直す直前の頃ですら出来ていないことを、2601年現在において出来るわけが無い。

 ただし、後退角は約32度とし、その頃の航空機と遜色ないものとするのだ。


 知恵を振り絞り、現用の技術でも可能なように挑戦するのである……

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― 新着の感想 ―
ふぅ…ここまで読めばきっと大丈夫。 過去に何とか振り切ったファルクニーベンポチりたい病が、小説サイトで再発するとは思ってもみなかったぜ… カートのA1xを削除…削…さ…出来ない…だと…
[一言] そういえば二式重突撃砲や三式主力戦車の秘匿名称って何だったんだろ? オイ車のオが大型戦車のオだったって聞いた気がするので、もしかしてオロ車やオハ車だったんだろうか? それともイロハ順でニ番号…
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