番外編1:航空技術者は双発戦闘機を回想する
双発機。
外観こそ特徴が現れるものの、基本的に燃料タンクの配置などの各所設計では各国で似通ったものになることが多い。
つまりある程度テンプレートのような構成が皇暦2590年代後半には出来上がっているのである。
こいつの設計に挑む前に現在世界各国にて注目されつつある双発戦闘機とはどうして生まれたのかについて改めて確認しておかねばならない。
これについてはそもそも戦争とは何かという根本的な哲学に触れねばならない。
戦争とは即ち、国家に必要不可欠な国民の命を対価に暴力的な戦闘を行うこと。
たとえそれが防衛であろうが進軍であろうが、そこについては変わらない。
ここにおける軍用航空機に与えられた役割は下記のようなものとなる。
まずは制空権の確保。
これがなければ進軍などまともに出来ない。
先の大戦で各国が反省したことが1つある。
塹壕戦のような展開となると戦線が延びてこう着状態となり、デタラメに消耗が増えて疲弊していくだけとなることを。
打開策の1つとして戦車が登場した一方、戦車があるから進軍が容易になるなどということはなく、戦車を迎撃しようとするカノン砲などの固定砲台といった存在……
そして航空機が発達した現在はJu-87といった対地攻撃可能な攻撃機(精密爆撃機)といった存在は歩兵にとって脅威であり、絶対に排除しなければならない。
一方で敵陣営が展開する陣地を占領するのは歩兵の仕事。
人型の、人の完全な代替となる存在さえ生まれない限り、歩兵部隊が消滅することはない。
その歩兵部隊をいかに効率的に敵陣に送り込むかというのが各種兵器の仕事であり、戦争の本分でもあるわけだが、航空機の重要な仕事の1つが制空権の確保というわけだ。
陸軍で言えば一式戦や四式戦といった制空戦闘機に類する存在が担当することになる。
次に必要なのが、前述した進軍の障害となる存在の排除だが、これも航空機の仕事。
1年後より始まる2度目の大戦の時点でそうなっている。
砲台、トーチカ、戦車、ありとあらゆる進軍を邪魔する存在を駆逐する。
一連の破壊には全世界共通で2つの存在が担う。
急降下爆撃機という後の攻撃機となる存在と単純な爆撃機だ。
前者は精密爆撃、後者は戦略爆撃を担当する。
ミサイルなどの誘導兵器が存在しないWW2において最も脅威なのは実は戦闘機よりもこいつらだった。
逃げ道を塞ぐために橋を落としたり、道路を破壊したりするのは全てこいつらが担当。
そればかりか際限の無い無差別爆撃を繰り返せば国家はどんどん疲弊していく。
無差別絨毯爆撃には重大な穴もあるがそれはいいとして、ようは歩兵を効率的に進軍させるということは即ち、いかに効率的に爆撃可能な航空機を送り込むかと言い換えてもいいぐらいだ。
だからこそ、現状において皇国陸軍はやたらめったら大量に爆撃機をこさえているわけである。
昨年採用された九七式重爆撃機の生産数は本来の未来ではなんと2055。
現状でも1000近くの機体がすでに量産されてしまっている。
全長16.0m。全幅22mの化け物をそんなにこさえているというわけだが、戦闘機はこういった代物をいかにこれを排除するかというのも仕事の1つでもあり、いかに大量の爆撃機を前線に送り込むのを手伝うかというのも仕事の1つ。
いわば爆撃機とは戦艦の代わりとなった新たな移動要塞なのである。
というか、戦闘機は戦闘機同士で戦うためにいるわけではない。
最終的には爆撃機を戦地に送り込むための仕事をするためにいるのだ。
いかな戦闘機が対人攻撃できたとてその戦果は微々たるもの。
だが戦闘機ですらちょっとした爆弾を落として攻撃するようになったら、歩兵戦力の消耗は加算ではなく乗算されていくわけだ。
しかし、ここに大きな落とし穴が1つある。
爆撃機と呼ばれる存在の大半は積載力さえ担保できれば、運動性はさして重要なものではないのだが、積載力を確保しようとすると燃料スペースが出来て自然に航続距離が伸びていく。
そうするとどうなるか……
航続距離に差が出来すぎてついていけないのである。
原因はどの爆撃機も基本鈍重だが最高速度まで遅いドン亀ではないという点。
そりゃあ補給すれば航続距離はいくらでも伸ばせるが、単発戦闘機時代に空中給油なんて至難の技。
護衛する戦闘機に合わせて地上に着陸していては作戦展開速度が遅れる。
最高速度ならさほど変わらないので戦闘機だけ補給させてなどいると追いつくことが出来ない。
前線に予め戦闘機だけ配置してしまうなんて考えもあるように思えるが、そんな無謀な真似をするとどこからともなく針で糸を縫うように迎撃を目的とした戦闘機が飛来し、大体大敗して虎の子の爆撃機を大量に失うというのは今後連合国も枢軸国も痛感することとなる。
実はすでに皇国陸軍も華僑の事変にてそれを体験している。
にも関らず装甲と機銃を増やせば護衛機なしでもどうにかなるなどと、謎の根性理論でもって強引に突破しようとするわけだが、後にそれが失敗だったとすぐさま気づくことになるのだ。
そして航続距離とは作戦行動可能時間の裏返しであるので、作戦行動時間に差があったら守りきれないのだ。
そこで各国で考案されたのが双発戦闘機だった。
同じ距離を飛べるもので常に同行し、迎撃に出てきた戦闘機を排除しようと試みたのである。
双発戦闘機はエンジンが2つとなるため、単純に出力は2倍の計算。
エンジン出力に余裕を持たせやすかったというのも注目された。
レイアウト上でもコックピット周辺の空力特性を底上げし、最高速度にも余裕が持たせられる。
特に最高速度が求められたWW2開戦当初においては皇国を除いて航続距離を犠牲にしてしまうような戦闘機ばかりが目立っていたため、救世主ではないかと思われた。
王立国家や第三帝国の場合は合理的な設計をした結果、増槽を開発しても積載場所のレイアウトに困るような機体構造となってしまい、余計に双発機の存在に価値が見出されたのだ。
しかし、皇国は若干状況が異なっていた。
我が国は元より単発万能戦闘機論を展開し、そのような航空機を開発している。
理由は島国だからであり、海上戦闘などが多く、敵地に向かうにも海を越えねばならぬので着陸場所なんてそう簡単に見つからなかったからである。
だからより航続距離が求められたのだ。
そしてハ25を搭載する前の戦闘機においてはまるで航続距離が足りないので皇暦2599年頃までは双発機が求められるのだが、2年後を境に燃費のいいハ25を搭載して最大3000km近くの距離を増槽装備で移動できてしまう零や一式の登場によって次第に必要性が薄れていく。
それこそが皇国が最終的に双発戦闘機を持て余した理由の1つ。
しかしここにもう1つの落とし穴が存在していたのだった。
高空性能を確保しやすい双発機こそ、実は対爆撃機用要撃機に最も向いていた存在だったのだ。
各国は当初単なる護衛機として双発機を開発しはじめるが、次第にそれが間違いなのではないかと気づき始める。
その要因となったものの1つが他でもない本来の未来の零と一式であった。
こいつらの作戦行動時間の長さは尋常ではなく、爆撃機の護衛を行えるだけの力があったのだ。
単発機でも設計のやりようによっては行けると踏んだ各国は、例えばNUPであれば最終的に増槽を装備して零と同じだけ飛べるP-51を世に送り出したりするわけだが、護衛機はこういった存在が担うようになり、双発戦闘機には別の役割が与えられるようになる。
そこに最も早く気づいたのは当然にしてNUPであった。
早い段階から排気タービンを実用化したNUPにおいては、護衛戦闘機となる双発機には高空性能を求めたが、それこそが対爆撃機用攻撃機としての性質を持つことに次第に気づいていく。
そしてある機体の登場によって完全に証明される。
先月より開発が開始されたNUPのXF5Fである。
この機体は当初あくまで高速試験機であり、要撃機という扱いではない。
第三帝国が日々更新していく高速試験機による速度記録に対し、いずれ訪れるであろう高速戦闘機との戦いに備えようと当時はまだエンジン性能が高くなかったNUPが対抗案として示した1つの回答だった。
その高速試験機は排気タービンを搭載しながら、空母から発着するからと航続距離を犠牲に最高速度だけを求めて開発される。
そいつが示した毎分約1200mの上昇力で高度6000mまで5分未満という凄まじい可能性は皇国を含めた世界各国に衝撃を与えるのである。
その衝撃自体はNUP自体も受けた。
完成したばかりで高空性能バツグンの爆撃機であるB-17の護衛用として開発されたXP-38なども上昇力についてはすばらしいものがあったが、NUPは最終的にここから双発機に対する結論を導き出す。
それはレーダーなどの装備や重装備にしやすい双発機は対爆撃機用の要撃機として夜間戦闘などに用い、昼間は主に攻撃機の役割を与えるというものだった。
また、航続距離の長さを利用しての奇襲攻撃。通称"侵攻戦闘機"なる種別として様々な機体を世に送り出してくるようになる。
これは航続距離の長さと高空性能を利用し、敵の制空権下における陣地に奇襲をかけ、敵の重要な人物を仕留める狙撃手のような仕事だ。
双発機にその可能性を見たNUPはありとあらゆる場所でこの作戦を導入し、制空権下だからと安心して護衛機を伴わない移動中の爆撃機の大群を殲滅したり、最終的に"海軍甲事件"として海軍大将を暗殺することに成功した。
まさに双発機を最も効率運用して大戦果をあげたのはNUPで間違いない。
裏を返せば、これに対応できる戦闘機が無ければNUPとは戦えない。
ただ結局、それも我が国……特に海軍においてはまともな高空性能と高速性能を持つ戦闘機がいなかったからであって、陸軍は百式司令部偵察機という傑作機を使う事でその手の悲劇に遭遇することはなかった。
というか、そもそもがこいつを海軍が大量運用をし始めたのは皇暦2603年6月。
元より優秀さに目をつけた一部の部隊が陸軍から借り受けるような形で運用をしていたが、前述した海軍甲事件以降に高高度偵察の重要性が高まったことと、何よりもこいつの生存性の高さに目を付けた海軍が要人移動用輸送機としはじめるのだ。
海軍将校はこいつを後に"地獄の中に現れた天使"などと呼ぶが、なぜこいつの影が薄いのかさっぱりわからない。
皇国にも鍵を握る双発機がいたのである。
西条には傑作機とした上で開発進行を見守らせているのだが、一方でそれなりに限界もあることを伝えた。
陸海両軍が百式司令部偵察機を積極的に使うようになると侵攻戦闘機は油断している爆撃機ぐらいにしか戦果を出さなくなる。
まともなレーダー網もないような時代においては目隠しをしたまま海を泳ぐようなモノであり、そうそう戦果なんて出せるわけがないのだ。
かといって侵攻戦闘機を制空戦闘に持ち出せるかと言うとそんなわけがなく、結局、運動性の低さはどうにもならんのでいかな高空性能があっても活躍は限定的だということ。
ことP-47やP-51を開発できるようなNUPにとっては作戦運用上そうなってしまうが、皇国もそうなりうるというのは否定はしない。
絶対に最終的にそのポジションに行き着く。
ただし、武装を施した百式司令部偵察機がそれなりの戦果を出した事から、運動性に問題を抱える戦闘機が多いNUPの状況を鑑みても、護衛機などを守るためと考えても、皇国に双発戦闘機の必要性はあると見ている。
奴らが奴らである限り、こちらが一連のNUPの双発戦闘機を大きく凌駕するものをこさえた場合は間違いなく活躍できる。
ただし、その双発機はNUPのものと同じく爆撃もできる攻撃機としたいというのが俺の考えだ。
いわば双発万能戦闘機論を可能な限り具現化をしたいというわけだ。
出来ない場合は早々に諦めることになるが、それでも最低限B-17を確実に葬れる存在をつくろうと思う。




