番外編15:とある軍事ジャーナリストの追憶(後編)
35式主力戦闘機。
各国が第四世代型戦闘機というもののあり方を模索する中、先行してF-15を出した我が国は大恥をかいた。
F-15を第四世代と呼称して世に送り出した我々は、この35式主力戦闘機に第三世代へと蹴り返される事になる。
F-15が第三世代の枠の中から出ることを許されなかった原因は、35式にそこそこのステルス性が付与されている点から始まる。
しかもそのステルス性に関わる部分は多くが流体力学に基づく機体形状に起因するもので、根本的なステルス性能自体は後に出たF-22には劣り、F-35にもやや劣るものの……F-22と比較するとむしろ形状的には優れている部分も多い。
例えばF-22ではインテークからエンジンノズルまでを逆ハの字形状としている。
これはその部位にレーダーを照射すると逆ハの字があらぬ方向へとレーダー電磁波を反射して誘導するからである。
しかし、これでは空力的にはむしろマイナス要因だらけで乱流を生む構造と言えた。
インテーク周辺こそ逆ハの字でも、エンジン周辺は円を用いた一般的な構造としておきたい。
35式主力戦闘機はこの点において大きく前進していた。
やり方はF-35やSU-57などと同じ。
手前側に構造体を設けて反射し、エンジン側真下を通過するよう電磁波を導けばいいのである。
ちょっとした小さな構造部材でも反射で角度を変更してやれば、後は空間的な距離さえあればレーダー電波はあさっての方向へと向かう。
そうすることで主翼のある中央部分以降は空力的な最適形状とすることが出来るのだ。
こういうことをF-15の時代に平然とやってくるのが皇国なのである。
特に35式主力戦闘機の場合、この1つ前の機体がそこまで大きく周囲から一歩踏み出た性能ではなかっただけに「Mr.信濃もさすがにこの時代までか」――などと言われていてしばらくした後に出てきた戦闘機だったので……その大きな跳躍には驚かされた。
本機には三次元推力偏向ノズルもウェポンベイも備わっている。
これは事前に皇国空軍が実験機として登場させていた実証用実験機に備わっていた構造だ。
さすがのMr.信濃もいきなりそういうものを出すような勇気は無かったようだが、三種の実験機で得たフィードバックを本機には十分投入できている。
むしろF-15を出せた頃、我々はすでにフライバイワイヤの技術を得ていたのに、F-15のコストがさらに増加することを嫌って避けたのは失敗だったと言える。
皇国はそこそこのステルス性……
それも近代改修によって電磁波吸収素材の性能が向上してF-35に十二分に並ぶ性能を施しながらも……
フライバイワイヤ、それに伴うCCV設計、推力偏向ノズル等を活用した短距離離陸能力といったものを主力戦闘機に落とし込む事に成功した。
こと機体外観はもはや説明が難し過ぎるほどに四式主力戦闘機から進化している。
まずこの機体……Mr.信濃は高翼配置だというのだが、外観だけを見たら中翼配置に見える。
通常、高翼配置といったら主翼の位置はパイロットの操縦席……大体パイロットの首ほどの高さの位置に翼が配置されているはずだ。
それがこの機体ときたらパイロットの腰のあたりの位置に主翼があるのだ。
これではまるで中翼配置である。
いや、エアインテークを見ない場合、本機に関しては低翼配置だ。
完全に主翼と尾翼の位置の関係が低翼配置の戦闘機と変わらない。
にも関わらず、本機は翼の下にエアインテークがあるのだ。
なぜなら、四式譲りのエンジンを主翼に吊り下げる構造を踏襲しているからである。
高翼配置とはエンジンより主翼が真上にあることを言うわけではない。
胴体構造の上部に翼を配置することを言う。
低翼といえば通常は胴体真下だ。
現代の最新戦闘機は、多くが中翼配置になりつつある。
これは元々中翼配置の方が空気抵抗をより抑えることが出来、速度面にて有利だからだ。
一方でMr.信濃は運動性確保がしやすく安定性の高い高翼配置に拘った。
ここに関しては我が国も同じで、我が国でも低翼配置の戦闘機は非常に少ない。
しかし中翼配置だとエンジンダクトの位置等を考えると構造に無理が生じる。
エンジニアの腕の見せ所な一方、ここに脆弱性を抱えた戦闘機は多い。
Mr.信濃は翼内部の構造部材の形状について絶対に妙な形を導入しないのが信条だから、低翼配置も中翼配置も嫌った。
ここに戦闘機開発に遅れが生じる重大な落とし穴があるのだと彼は過去に主張している。
彼曰く、炭素複合繊維などが進化してさらに三次元で金属を整形できるならインテグラル構造として中翼配置にするのはアリだとの事だが、それが出来るようになったのは本当に最近の話。
だから彼の場合は自らの発想力で中翼配置のような高翼機を作った。
主翼がエンジンを吊り下げる構造なのは四式と同じく整備性確保のため。
胴体前部ならびに主翼は滑らかにエンジン後方へと向かって滑り降りるような角度が付けられている。
そして主翼側から吊り下げられたエンジンは、胴体後部において主翼の後端とエンジンの中心線の位置がほぼ同じ程度の高さ(若干高い)。
つまりエンジンノズルの位置は完全に機体の中心線側にあるということだ。
もはや芸術品である。
機体後部を見ればどう見ても中翼配置。
しかし機体のメインフレームを見れば高翼配置的な処置でこれを達成している。
こうすることが出来たのも自身が開発に大きく関わった新型ターボファンエンジンがエンジン径が小さいながらも従来のターボファンエンジンを大きく凌駕する出力を得ることが出来るよう作り上げた部分も大きいが……
主翼より少し下側にオフセットされた水平尾翼がエンジンの完全な中心線の位置に配置されているのは、彼の頭脳や技術理解がF-35やSU-57などの領域まで手が届いていたからであろう事は言うまでも無い。
水平尾翼をエンジンの中心線に配置したかったのは、水平尾翼を稼動させたりする構造体を仕込んでレーダー反射能力を向上させたかったからのようだ。
しかも全遊動式の水平尾翼は垂直尾翼と並んでモーター駆動。
このモーターが外部からの電磁波を吸収して乱してしまう効果を生むので、油圧などと比較してメリットしかない代物なのだという。
実際F-35もランディングギアやウェポンベイ以外全てモーター駆動となっていたが、35式戦闘機においてはフラップ類などは油圧のまま。
だが油圧部分はランディングギア周辺に限定的に使われているので従来よりも空間的な余裕を大きく取ることが出来……
同じく構造物を減らして空間を生むフライバイワイヤと相まって本機の近代改修のしやすさを後押しする原動力となっている。
そして本機はフライバイワイヤとした事で更なる外観的特長を生んだ。
エンジンのインテークがそれぞれ独立しているのだ。
まるで東側諸国の戦闘機である。
しかしSU-27などと比較するとエアインテーク自体はさらに細く横に面積の広いものとなっており、もはや大戦後の第一世代戦闘機のようにエンジンが翼内部に仕込まれているようにも錯覚する構造となっている。
当然ステルス性能的にこれは有利であるのは間違いない。
あのSU-57よりさらにインテークの全高が低いのだ。
これはMr.信濃による研究により、エアインテークはダイバータレス式とする場合、全長を制限しても全幅を確保することで十分な能力を確保できるという研究結果に基づくもの。
実際問題F-35といった新型のダイバータレス式インテーク装備の戦闘機はインテークがかなり狭い。
F-35のインテークを機体真横から翼にペタリと貼り付けるようにしてみれば35式主力戦闘機となる。
B-2を裏返した構造とも言えなくもないか。
おかげで本機はブレンデッドウィングボディともなっている。
両サイドのエンジンとエンジンの間には十分な間隔が設けられ、中央にメインのウェポンベイが左右2つある。
これもMr.信濃らしい設計だ。
武装も主翼から吊り下げる。
邪魔なものは翼に内蔵しない。
ウェポンベイはあくまで蓋やパイロンのようなフレームでしかない。
主翼が武装を吊り下げるのだ。
主翼がエンジンを吊り下げるのだ。
積載能力を最も向上させ、戦闘時における重心変化を最小限とする。
F-14も目指した形をウェポンベイという方向性で完成させた。
ウェポンベイに関する重量増加を防ぐためにエンジンを左右に離してそういうことを成し遂げたのである。
ウェポンベイの扉形状を複雑化させず、パカッと両サイドが観音開きになる方が重量的には効率がいいし、おまけにウェポンベイを開く際の構造を複雑としないことで不具合を発生させ辛くする。
機体の重心にウェポンベイの中心を設けることでドッグファイトに巻き込まれても対処しやすくする。
考え方は四式の頃から全く変わっていない。
いや、35式主力戦闘機に関して言えばその配置図はキ47にすら類似している。
あの頃から彼は変わっていないのだ。
キ47と35式主力戦闘機を並べてもまるで別物。
しかし多少なりとも工学技術に精通する者ならその密接関連性に気づくことが出来る。
高翼配置の翼に吊り下げるように配置されたエンジン。
実際には吊り下げられてはおらず、あの時代の標準的構造に過ぎないが……
キ47の水平尾翼を取り外して、双胴の胴体後部に尾翼をそれぞれ配置してみよう。
すると近づくではないか。
キ47も胴体中央付近に武装を吊り下げていた。
これが一番適切な処置だとMr.信濃は軍上層部に言い切ったが、そのスタイルは一貫している。
35式主力戦闘機においてはインテーク側面にサブウェポンベイも設けられているが、ここに短距離空対空ミサイルが片側2発入るようになっていた。
中央のウェポンベイには中距離空対空ミサイルなら片側4発で合計8発。
F-22より若干積載量は多い。
その上で35式主力戦闘機は当然のごとくバンカーバスター等を装備可能な点でF-22に勝っている。
F-22にもバンカーバスターの搭載計画は立案されたが、諸事情により結局実行に移されなかった。
35式主力戦闘機は実戦で使わなかっただけで、搭載は可能で訓練時に使用している。
機体内にバンカーバスターを2発。
ステルス性を犠牲に機外にさらに2発装備可能。
この機体がマルチロールファイターであることを思い出させてくれるに足る重装備が可能だ。
……まあ実戦で攻撃機として対地攻撃なんて1回も行ったことが無く、35式主力戦闘機が配備された頃は特に戦う相手もいなかったので……この手の装備はゲームでしか活きないのだが。
だが、こういう対地攻撃武装はこれまた四式譲りであると言える。
四式から始まったMr.信濃の歩みはこの35式主力戦闘機となって全てが帰結するのだ。
いや本当、あの当時私はまだ生まれていなかったのだが……イーグルショックなんて呼ばれる事件に発展したことだけは歴史の教科書にも載っているので良く知っている。
35式主力戦闘機が出た際、こういう皮肉が新聞に掲載された。
「そもそもがF-15開発時に利用され、プロパガンダ的に持ち上げられた"例の映画"はステルス戦闘機だったのに、なんであの映画を例に出して予算を獲得しておきながら、F-15のような機体に仕上げたのか」
例の映画というのは東側で開発された架空の超音速ステルス戦闘機Mig-31を、NUPのエースパイロットが強奪しに行くという内容のものだ。
前半はスパイ物、後半はアクション物。
その中に登場するMig-31は原作ではマッハ5だったが、映画内ではマッハ3.5と現実的な数字にされた。
そしてここからがイーグルショックにおいて重要なことだが……
この映画を作る際、Mig-31をデザインしなおすときに映画スタッフはMr.信濃に声をかけ……信濃氏はそのオファーを受諾してしまったのである。
その結果、Mig-31は"構造だけなら本当にステルス機"と呼べるものとなり、Mr.信濃いわく構造部材などを削りだせない形状なだけのステルス戦闘機となったわけだが……
その機体外観は35式主力との類似点がそれなりにあった。
だから後日、NUPの議会内においてはその点にも触れて「強奪しに行くべきは皇国だ」――と強烈に皮肉られた。
F-15は開発当時莫大な開発資金を投入していたが、F-14との類似性からその必要性について何度も政府内の議題としてあがったものである。
開発プロジェクトには何度も疑問が投げかけられていた
我が国もそんなに経済的に余裕があったわけではなかった。
その際、F-15はF-14よりもいくつの点においても優れており、第四世代というべき機体なのだと軍やメーカーは胸を張った。
わずか3年後にF-15は35式主力戦闘機によって第三世代側に蹴り返される事になってしまったけどね。
F-15は本当にプライドの塊としか言いようが無い。
同時期に小型の超高性能な高圧縮比率のターボファンエンジンをG.Iがこさえていたのにそれを採用しなかったり、フライバイワイヤをなぜか採用していなかったり。
様々な思惑が絡まった結果、完成度は高かったが皇国を追い抜かすという掲げられた目標を達成できない中途半端な機体となった。
結果、皇国を追い抜かすというのはF-22までお預け。
F-22ではついにプライドを捨てて主力の制空戦闘機のエンジンメーカーにG.Iを採用し、大きく巻き返したのだが……コストに大きな差がついていた。
皇国はコスト上昇を抑えるために様々な方向性からアプローチしていたが、F-22の価格はあっちの4倍もするのである。
カタログスペックだけ見過ぎていたといわざるを得ない。
しかもあっちは信頼できる友好国やプライドよりも実利をとる国に向けてノックダウン生産やライセンス生産を認めており、第四世代戦闘機ながら総生産機体数は3000機以上。
皇国の戦闘機はいつも2000機以上も量産しているわけだが、戦中に生産された四式よりも生産数が多い機体となった。
第三世代以降では世界第二位の生産数を誇る。
まあそりゃそうだ。
誰だって欲しいだろうよあんな機体。
機体外観だって格好良すぎる。
主翼は四式からさらに進化していて、ダブルデルタ翼のようなクリップドデルタ翼だ。
LERX部分をさらに拡張。
浅い後退角の前縁と、より角度のついた後退角のある前縁のものを組み合わせており、その先に主翼がある。
主翼にいたるまでに後退角度が二段階変化し、主翼を合わせて三段階も後退角に変化がある。
SU-57も似たような構造となっていたが、LERXは可動しない固定式。
そして何よりもSU-57と比較して浅い後退角の主翼が目を引く。
その角度34.32度。
F-35の34.11度に匹敵する数値だ。
生前、Mr.信濃は「後退角は浅ければ浅いほどエンジニアとして優れる――」と述べていたが、これを達成するためにこのような主翼になったのだといわれている。
LERX部分が事実上のもう1つの翼なのだろう。
超音速飛行時においてはこちらが大きく役目を果たすとのことだ。
いわばこれは可変しないが可変後退翼と同じ考え方。
飛行時に受ける衝撃は胴体に近い方が強くなる。
この部分において乱流を抑制できれば超音速飛行時における主翼部分の抵抗を最小限と出来る。
そもそもが超音速飛行時の衝撃は胴体や翼付け根において発生して主翼側へと広がっていくもの。
ここを抑制し、翼側の働きを向上させたい場合は……これが正解なのだろう。
終戦からわずか30年。
ライト兄弟が飛んでから70年ぽっち。
皇国はもはやそんな所にまで到達していた。
そしてさらなる第五世代戦闘機。
アクティブステルスが施されるといわれる最新戦闘機こそがつい最近開発開始発表された機体だ。
機体はさらに洗練された。
35式戦闘機より1つ前の世代の戦闘機から皇国ではリベットを廃止してボルト形式としていた。
これもステルス性確保のため。
こと35式主力戦闘機においてはボルトのネジ穴部分の大きさをレーダーの反射よりも小さくするために加工を施すほど徹底していた。
レーダー波長よりネジ山が大きいとレーダーがボルトで反射してしまう。
それを防ぐためにボルトのネジ穴を小さくするのである。
おまけに35式主力戦闘機ではより適切な位置にボルトを配置するようフレーム部分も当時のスーパーコンピューターにて計算して作っていた。
ボルトをなるべく減らしつつ構造を頑丈にさせるためにはボルト位置の適切化は必要不可欠。
しかしF-15やF-35ですらそこまで拘っていないのにも関わらず、35式ではここも拘っていた。
おかげで構造の詳細設計はかなり苦労したというが、もはやその苦労も必要ない。
皇国はボルトもリベットも捨てた。
局所的にボルトは存在するが、ファスナーレスを全面的に採用したことで機体はプラモデルのように簡易的な構造となった。
40年以上も主力であり続けることが出来た35式主力戦闘機のおかげで、じっくりとじっくりと研究開発に注力できた結果だ。
基礎技術から少しずつ煮詰め、35式戦闘機まで続くMr.信濃などが残した思想をブラッシュアップさせている。
まだ外観すら完全に公開されていないが、高性能なECMポッドでレーダー電波を阻害するのはSU-57などと同じ思想。
もはやステルスはアクティブステルス時代へと入ってきているのだ。
35式主力戦闘機では三位一体化構造が胴体前部分と主翼、そして胴体後部、そしてエンジンその他動力部の3つで構成されて四式より進化していた。
新型機も同様に三位一体化構造を目指すが、各部のブロックはフルインテグラル構造なのだという。
油圧も徹底的に排除され、ランディングギアだけとなるらしい。
しかもランディングギアはユニット形式で油圧ポンプとタンクが独立。
巨大な油圧タンクや配管などは完全に廃止されるそうだ。
全くもって震えがくるな。
どんな機体になるんだか。
きっと今よりさらに平べったくなるぞ。
現状でも相当に平べったいのに、今度は全翼機的な要素まで入ってくるかもしれない。
私はこういう発想の基となる部分が四式には隠れており、四式設計時のMr.信濃の発言や資料にその形跡があるのではないかと考えている。
彼は絶対に現代の時代にまでその発想が到達していたはずだ。
そうでもなければ、これほどまでに長い間、戦後から40年という長い期間において最前線にて最新の技術を施した精密機器たる戦闘機の開発などしていられない。
35式主力戦闘機は彼が戦闘機として最後に開発した機体となったが、その後も彼は民間や軍事双方の面において先進的な技術を誇る機体や機構などを生み出している。
そして皇国にはどうやら……彼が最後に挑んだ新兵器が別途開発中のようだ。
いずれその兵器についても私の雑誌で扱うこととなるだろう。
その日を廃刊せずに迎えるためにも……四式についてさらに掘り起こさせてもらおうか。
自衛隊が開発しているF-3っぽい戦闘機を信濃がいなくなった後の新型にしたかったのに、本家がCGとかで公開しちゃったら展開が先の先に進むまで待っていられないじゃない!
……ということで出さざるを得なかった35式。
自衛隊の最新型は当時の航空自衛隊におけるプレゼンを聞いて想像していた筆者が想像した35式をさらに上回るっぽいが、果たして実現するのか。(本編中では後継機として扱っています)