―皇国戦記260X―:4話:博士の愛情込められた駆逐戦車
「――報告致します閣下。アペニンの新型戦車の情報の入手に成功致しました。どうやら皇国のような"想定を遥かに凌駕する"性能ではないようです」
それまで何やら公務で何枚もの大量の書類にサインを施していた総統閣下の手が止まる。
ゆっくりを顔をあげこちらに送る視線は少し力なく感じた。
最近は情報が確かなものでなかったり、これといって重要なものでないと手を止めることなく、こちらを覗き込むことなく相槌を打つだけとなった。
忙しい理由は当然、戦況が思わしくないからである。
それと同時に"とある新兵器"の登場によって戦場へ下す命令をより細かくせねばならなくなったことも起因していた。
「……最初は重戦車として開発がされていたという例の新型か……どうなったのだ?」
「現在の仕様は中戦車級よりかは機動力がありそうな巡航戦車と言えるもののようです。NUPから入手したディーゼルエンジン駆動。速度はそこそこ出るようです」
「7.5cm砲塔のままなのだな?」
「間違いなく」
一歩、二歩前に出て手に入れた資料の束を机の上にそっと置く。
緊張によって執務室の机に近づくと同時に呼吸を止めていた。
最近は鼻息を荒くするだけでも暗殺を疑われて閑職に追いやられることもあるらしい。
権力が揺さぶられていることを自覚しつつある指導者は何よりも己の死を恐れているようだった。
「――やはり全溶接装甲か……当初はボルトやリベット止めで設計されていたが……NUPや王立国家から技術を取り寄せたか。あちらの職人もついに溶接を……」
「元々、彼奴らがタンケッテと呼ぶ豆戦車の頃から溶接導入を画策しておりました故、装甲が全溶接製となるのは時間の問題であったかと存じます」
「そうだな。我々が戦っているのは猿ではなく人の――人と人の闘争であることを改めて思い知らされる。アペニンは"創造力"が劣っていただけで、技師がいなかったわけではないのか」
「我々は一度目の大戦にて、空と空の戦いで彼らと戦火を交えております。彼らの工業技術発達に対する停滞は国内情勢に起因するものです」
「むしろこの程度の性能で収まってくれていることに感謝すべきという所か」
……閣下は以前、将官級を集めてこう述べたことがある。
"我々は技術の一切において劣る事などない。あってはならない!"
"戦車も! 航空機も! 潜水艦も! 砲弾も! 銃も! 弾丸ですらも!"
この言葉は開戦前のスローガンでもあったが、つい最近別の意味で再び閣下によって叫ばれることとなった。
開戦前。
Bf109を含めた戦闘機は諸外国のどの戦闘機より早く、機敏に動け、高い攻撃力を持つとされた。
しかし実際に火蓋を切ってみれば、スピットファイア……そしてあろうことか空冷エンジンの百式戦闘機にすら劣り……
Bf109はドーバー海峡の先に向けての爆撃において付随するボマーエスコートとして満足に帯同することが出来なくなり……反撃の隙を生んだ。
そして再び上陸してきた部隊に対し、最新鋭の戦車部隊をけしかけたところ……
あろうことか当時は過剰火力気味と思われたⅣ号戦車の攻撃を耐えた上で一撃で破壊してくる謎の突撃砲によって苦しめられることになる。
その戦車の写真を見た者は誰しもが戦慄した。
あのほぼ剥き出しの砲塔を覆う装甲カバーに施されたラウンデル……
それはつい先日まで"三号を数台なら供与してやってもいい"――などと、仲違いするその瞬間までは上から目線に見下すことができた戦車後進国のものだったからである。
我々の中では"アハト・アハトショッキーレン"などと呼称されはじめたこの事件以降、閣下は特に新型戦車の開発に緊張感をもって挑んでいる。
相手側の性能を生半可に見積もると、どんな化け物が出てくるのかわからない。
陸軍の中には冗談抜きで"50cm連装砲を搭載する自走砲すら想定すべきだ"――などと述べる者もいた。
さすがに冗談が過ぎるが……
かの国が一歩出遅れた原因はエンジンにあり、エンジンさえどうにかなれば砲塔はどうにかできるというのは我々でも十分認識できていた事なので……
より凶悪な重戦車が此度の戦に出てくるのは必然となった状況の中、甘い見積もりは即敗北へと直結することは連合王国の例を見れば誰しもが理解できること。
そして、王立国家やアペニンとは技術協力体制を敷いているため、互いに新技術を共有し合ってそれぞれの国がそれぞれの国が持つ最新鋭の技術を投影させた新兵器で挑んでくる。
よって皇国の戦車と対等以上のものがアペニンから出てくる可能性も十分にあるのだ。
だからこそP-40の開発について察知した我々がまず警戒したのは主砲であった。
7.5cmなのか8.8cmなのかでP-40の評価は大きく変わる。
最高時速50km台で8.8cm砲を装備されたら現状において対抗できる戦車がない。
開発中の新型戦車は砂漠地帯の戦線には投入できる目処などまるで立っていなかった。
P-40は今後、砂漠地帯まで戦線を広げた際に間違いなく投入されるであろうアペニンの新戦力。
これと皇国で開発中の新型……Type2……二式と呼ばれる重装甲型自走砲……突撃砲とも言える存在が組み合わさった場合の戦闘力は後者の砲であれば跳ね上がる。
それはジブラルタルより先の地域まで手を伸ばすかどうかの戦略方針にすら影響することである。
スエズ封鎖が可能であれば実行できた方が良いに決まっている。
そうすれば皇国が行っている海軍の護衛を伴った通商活動を完全に無効化して王立国家などを兵糧攻めすることが出来る。
連合王国で戦線を維持することも難しくなることだろう。
しかし、デタラメに戦線を広げてP-40の登場を許し、そのP-40が皇国の新型と共にⅣ号すら蹴散らす性能であった場合……
我々は西側地域をそのままの勢いで押し返されて奪還されかねないほどの損害を出す可能性があった。
一先ずその不安は払拭された事になる。
「――ご覧のとおり、P-40の装甲貫通力は1000m台だと100mm未満です。新たに傾斜装甲とした三突ならば十分防げます。問題は例の皇国の新型ですが……情報部からの報告では、量産に難があるのかすでに製造台数を数百台で打ち切る事にしたとの事。いったいどれほどの数が投入されるかは不明ですが、少数ならば何とか……」
「その話はすでに報告を受けているが――ポルシェ博士は製造打ち切り決定の理由は真打にあると見ていた。私もそう思う。断片的に手に入った情報から皇国の新型の構造は稚拙極まりない部分が多く洗練されていない。あれは結局、皇国が重戦車に手を出そうとし、大きく手を伸ばしたその途上にて見出したもの。彼らは回転砲塔すら満足に用意出来なかったが……"重戦車に匹敵するモノ"を手に入れた。あの突撃砲は運用ノウハウ獲得のための急ごしらえの存在であったようだが……かの国の戦車乗りはそれを十分使いこなしていた。彼らによって得た改善点……そこに王立国家などから手に入れた新鋭技術……それらを混ぜ合わせて生まれる回転砲塔付き重戦車は近いうちに出てくる」
「情報がまるで出回ってこないのが不気味です」
皇国がさらなる新鋭戦車を開発している……
それはにわかに我が国内においても語られ始めた巷説ではあった。
しかしその姿は全く見えてくることが無い。
そもそも皇国は"開発している"――といった話すら出していないのだ。
軍内の一部では"開発に失敗しているのを隠している"のだという、一度目は奇跡で二度目は無いという楽観視もされていたが……
ポルシェ博士や総統閣下を含めた多くが"絶対に作っている"――という、謎の確信を持っていた。
理由は皇国海軍が"戦車砲"なる名目で砲身製造を行っているという情報が流れてきたため。
その砲身直径は10cm級とされる。
陸軍は10cm級以上の砲身製造に関するノウハウがないらしいので、10cm以上の砲塔を開発する上では海軍の力が必要であるというのはこちらも把握していたが……
わざわざ海軍が陸軍を手助けするためにこちらを揺さぶる目的で、そのような名目を掲げつつ艦砲を製造する理由など全くもって無いのはゆるぎない事実であった。
得体の知れない戦車の性能はその情報が出回ってきた時より様々な仕様が想定され、新型戦車開発のために利用されていた。
信じられないことに……我々はこれまで先行して一歩出し抜くために戦車を開発していたところ、相手側への対抗のために戦車を作る立場となったのである。
10cm砲は九八式高角砲の流用と見られているが、その威力は脅威と感じるのに十分なものがあったので我々としても身構える他なかったとはいえ……
なぜこうも立場をひっくり返されてしまったのか見当もつかない。
「博士はそれがトンデモない代物なのではないかと予測していた。我々の想像を遥かに凌駕するものではないかと……でなければここまで開発をひた隠しにする理由が無い。西条はジェット戦闘機については未知の存在でもあるがために、実現可能性も鑑みてあえて公開していた。しかしあの男は元来非常に慎重な性格であると言われる。……実現可能性が極めて高い超高性能兵器については公開しない。あの未だに誘導方法がどうなっているのか正体がつかめぬ"ロケット兵器"がそうであったように、あの突然出てきて戦場を一変された"ヘリコプター"がそうであったように、新型戦車もそれに匹敵する何かを秘めているのではないか……とな」
「ロケット式誘導弾を発射し、射程数十kmで超長距離で狙撃してくる戦車……とかですか」
「回転翼を装備して上空から10cm砲にて砲撃してくる飛行型戦車という可能性もある。もしくは、地上スレスレを浮遊して高速挺進可能な水陸浮揚戦車であり、もはや地形など無関係に戦闘が可能な存在……ということもありうる」
さすがに妄想がすぎるのではないか……
そう口からでかかったのだが、水陸浮揚戦車についてはヤクチアなどが開発熱心で、エンジン次第ではそのような兵器も可能だとは主張していなくもなかった。
たしか4年前の話だ。
モスクワの技術者が地上やおだやかな水上を最高時速120kmで走行可能な浮遊式の水陸両用戦車を開発しているとの情報が我々の手元にも入ってきたのは。
まさかとは思うが、もはや皇国が何を繰り出してきても不思議ではない。
そんな雰囲気が漠然と存在するようになっていたのは紛れも無い事実。
ゆえに目の前に佇む指導者が誇大妄想を抱いていると不安になることなどなかった。
そこまで冷静に想定しなければ勝ち筋すら見えてこないのである。
「それで、皇国の新型については変わらずなのか?」
「え、ええ……8.8cmを装備し、100mm程度の装甲を施され……50kmに満たない程度の最高速度を持ち、超信地旋回が可能な一方で回転砲を持たぬ自走砲です」
「後退速度と前進速度が等速とはいえ、地形によってはどうにかなるやもしれん。ジブラルタル陥落後も……やはり攻めに転じるか」
「立場をわきまえぬ発言恐縮ですが、一言発言させていただければ」
「なんだ」
話はそこで終わりと考え、一度視線を落とした総統は再び顔を上げる。
どうやらこちらの言葉をきちんと受け取ってくれるつもりらしい。
私は今日の報告の際、上官から進言してくれと頼まれたことがあった。
最近は将官級と言えども、まともに話に取り合ってくれることは早々ない。
ただ意見を述べるだけの者は全く持って時間の無駄だと全て締め出してしまう。
ゆえに貴重な時間を割いてくれそうな機会のある者ということで、陸軍の立場から託されたものがあったのだ。
それをどうしても渡さねばならなかった。
「仮に砂漠戦を敢行する場合、補給線の構築には最大限の配慮を頂きたく……実は本日私が持ってきたもう1つデータから明らかになったことがございまして」
「見せてみろ」
手で催促する閣下に再び近づき、陸軍が収集したレポートを渡す。
そこには我が国の陸軍による敵軍ヘリコプターの補給活動がどれほどに脅威となっているか示すデータが記されていた。
兵站……もとい補給活動。
戦線を構築する上でもっとも重要な要素であり、これが滞ると戦線を維持できなくなって前線は崩壊する。
しかもこの補給というのが素早い軍の移動を妨げる最大の障壁であり、これを円滑に行えればすさまじい最大級の機動力を歩兵部隊に与えうることができるぐらい重要な要素である。
例えば古代の戦においてはこの補給にとにかく苦労した。
機動力を持った移動手段としては馬が、そして各種物資を運ぶ輸送手段としてはロバ、牛といった家畜類が見出されたわけだが……
大量に荷物を運ぶ家畜類がこれまた大量に水と食料等を消耗するからである。
ゆえに古代の戦の移動においては進軍先を町や村の付近に指定し、あえて重荷となる食料関係を殆ど持ち運ばないことで現地調達を活用しながら機動性を向上させるといったような策が講じられることもままあったものの……
これは相手側が先回りして食料関係の物資を自軍領土内まで運び込めばこちらの補給を阻害することが出来、逆に一気に消耗してしまう諸刃の剣ともなっているハイリスクかつ危険な行いであった。
それでもこのような危険な真似が中世のユーグ各地で横行したのは、食料関係は大変な重荷になるからである。
これらは一度目の大戦の頃ともなると自動車などが誕生したことで大きく改善され、一度目の大戦にて塹壕と合わさって長期間の間、特定の地域でこう着状態が続く原因ともなった。
それでも家畜の代わりに自動車やトラックを用いることになったので今度は調達が容易ではない燃料(もとい弾丸、火薬類)に困り、現在は食料関係よりも燃料関係の補給が滞ると戦場が破綻しかねない状況となっている。
その効率を尋常でないほど押し上げている存在がヘリコプターであることを、ついに我が国の陸軍部隊が発見したのであった。
連合王国内ではある地域を境に戦線が安定せず押し合い圧し合いが続いているのだが……
諜報部隊を送り出したところ、相手側はこちらよりも大幅に少ない人材でもってこちらに対抗出来ていることに気づいたのである。
それを牽引しているのがヘリコプターによる補給であった。
よもや航空輸送がここまで活用され、物資の輸送効率を大幅に向上させているなど思いもよらぬことであった。
従来において航空機とは飛行場が必要不可欠。
よって前線を構築する上で航空機を中心とした先遣隊を先回りさせ、本隊となる歩兵部隊を後から続けさせる作戦を行うといっても、先遣隊の部隊運用は飛行場または仮設飛行場……ないし飛行場として活用できる平地に限定されていた。
ギガントを用いて大規模な機動戦を展開するといっても、何も無い空間に兵士を送り込んだところですぐに弾丸は尽きるし食料やら何やら物資が無ければ即座に疲弊してしまう。
そのため、少数の部隊を陸空併用して動員して先に向かわせ、航空基地などを建設。
その後に本隊となる部隊を向かわせるのが定石とされていたのである。
しかし実際の現場においては機動力の低い戦車などを先行させつつ、機動力の高いトラックなどを大規模な基地と往復させて地上部隊を前進させていき、航空部隊というのは後から続くのが一般的。
着陸地点など早々あるわけがなく、右往左往しているうちに帰還できなくなる恐れもある。
事前偵察を行って平地と判断しても実際は沼地に近いような状態で航空機の離着陸には適さないなど当たり前であったし、先行させるのはややリスクの高いものでもあった。
それでも我が軍はギガントなど、モーターグライダーなどを併用することで開戦当初から現在までに諸外国より非常に機敏な機動戦を展開することには成功しており……時にはリスクを承知で航空部隊を先行させることもある。
とはいえ、航空部隊が先行するなどよほど敵勢力が少ない特異な地形となっている地域に限定されていた。
その常識を回転翼でもって完全に吹き飛ばしたのがヘリコプターであった。
我が陸軍はある時期より連合王国での消耗が異常に増えていたが、その原因の多くが側方など、これまでは進軍が難しく"そこには部隊の展開はないだろう"――と判断されていた方角から奇襲攻撃によってのものであった。
この奇襲攻撃を敢行するにあたり、敵の歩兵部隊を輸送するだけでなく前線基地の構築活動において大変素晴らしい……もとい憎たらしい活躍をしているのが他でもないヘリコプターである。
例えば、連合王国内の地中海協定連合軍の兵士達は行軍の際に殆ど食料を携帯していない例が目立つ。
彼らは水と簡単な食料を2日分程度しか保有していないが、栄養失調などに陥る例は全く見られない。
その要因は、1日の終わりに移動を終えて拠点を構築すると、その場所にヘリコプターが向かってきて補給を行えるからだ。
しかもこのヘリコプターはなんと王立国家本島などから飛来してきており、本島の港で陸揚げされたばかりの食料やその他の物資は、その日のうちに前線の部隊に配給されていたのだった。
いくら本島から連合王国までの距離が近いといっても、従来の航空機を併用した輸送では2日はかかるところ、もっと早い輸送を可能としていた。
我々が本土から3日も4日もかけている間に、彼らは必要なものを適切な場所に即時向かわせることで大幅にその効率を上昇させていたのだった。
例えば運ぶのに3日かかるということは、3日先の状況を予測した状態で運び込まねばならず、実際にはそのタイムラグによってその時本当に必要な物資が届かなかったりして効率が低下する。
しかし陸揚げされた物資を選別した上で求められるものを適切に素早く配給すれば、現場において何が足りないのかはある程度把握しやすくなり、対応も早い。
この効率の高さをフルに活用することで、非常に素早く迅速にそれなりの規模の前線基地を構築することすら可能としていた。
例えば我々がある地点を攻めるために進軍を開始したとする。
その地点に到着するまで3日の猶予があったとする。
彼らはそれを事前に察知できていた場合、その阻害を考えて行動することだろう。
その際、例えば北から背後を狙い撃ちすると効率のいい地形があったとする。
すると3日の間にその地域の北部にて3000人規模の前線基地が構築されており、実際に作戦行動を開始する前までは"進攻可能"とされた進行ルートが実際には"進攻不可能"と判断されかねないほどの危険地帯となっていることがあるのだ。
陸上移動のみでその場所に敵軍が前線基地を構築するには、最低2週間はかかると判断されての行軍だったにもかかわらず、実際に行動に移されて後退を余儀なくされた例が連合王国内の戦場において存在したのである。
これをどうやって達成しているかというと、グライダーを併用していた。
従来であれば着陸時の滑走距離がそうでもないグライダーは使い捨てとしてしまうか、または飛行場付近で陸送して回収が容易な地点……あるいは回収用の航空機が離着陸可能な地点にしか着陸できなかった。
今回のような前線構築の場合、グライダーは使い捨てなので兵員の輸送効率はどんどん落ちてきてしまう。
着陸場所が減ってくるだけでなくグライダー自体の数が減っていくからだ。
しかしヘリコプターによって回収可能となり、素早く付近の飛行場まで運び込めるようになったため、大量のグライダーと一定数のヘリコプターを併用し、物資と人員を一気に送り込んで存在しなかった拠点が突如として現れるのである。
連合王国にて展開する皇国陸軍はこれを"ヒデヨシ作戦"だとか"イチヤジョウ"などと呼称しているが、名づけた意図や理由は不明。
皇国語の"ヒデヨシ"は恐らく歴史上の人物と見られるが、該当の名をもつ人物は皇国陸軍で功績を残したとされる者の中には存在しなかった。
だが、冗談抜きでわずか数日で前線を構築し、さらにはその前線部隊を保たせる能力は脅威以外の何者でもない。
従来までは点と点を線で結ぶ行軍が、ほぼ点と点だけで済むようになり……より奇襲の危険性を考慮した戦略方針とせねばならなくなったのである。
「ふむ……先の連合王国での戦闘で先行する戦車部隊に付随する歩兵部隊と後方の補給部隊が全滅した時の話か」
「その敗因分析のデータですね。まあグライダーだけでなく大きな物資の空中投棄が可能な百式輸送機もかなり活躍したそうですが……連合王国で展開する敵の連合軍部隊は、補給を待ってから進軍するという行動が全く見られない。その理由は、進軍した先にて確実に補給が受けられるからです。1日40km移動したとしたら、40km先でほぼ100%確実に補給を受けられることが可能なので……」
「だからこそ、我々もヘリコプターの開発を行っているのではないか。あれがどれほど優秀なのかなど、戦況をみればすぐにわかることだ!」
総統が怒るのも無理はなかった。
戦場におけるいろはを悉く塗り替え、戦況において大きな影響を及ぼす現状において最大の頭痛の種は他ならぬヘリコプター。
当初こそ数は少なく、機動力も低かったものの……
いつの間にかローターの数が減って機動力が大幅に向上し、日増しに数が増えてきている。
何機か故障して墜落した例はあったが、墜落地点に別のヘリコプターが飛来してエンジンなどを回収していくので、未だにソレがどういう代物なのかさっぱり掴めていない脅威の新兵器であった。
メインローターとエンジンの双方は絶対に渡したくないのか、墜落しても徹底的に破壊するか即座に回収していってしまう。
残った部分に技術的価値はさほどなく、回収しても得られるのはちょっとした金属などの資源程度だが……
それらも再利用が可能なのか他のヘリコプターが連携して回収していくので鹵獲機が未だに一機も存在しなかった。
あちらでもその性能ゆえ、運用において細心の注意を払っているようだ。
だからこそ――
「――ですから、砂漠戦を敢行する場合においてもその点については十分にご配慮を頂きたく――」
「そこはロンメルらに一任している。必要な数だけ航空機を申請しろと命じたはずだ。海上からの補給も滞うことがないように、最大限の補給を保障しよう。多少なりとも西部戦線の補給が滞ったところでスエズが占領できるならば痛みとはならん」
思わず緊張で言葉が出なくなる。
しかし視線を逸らさない。
そのまま顔を向けて硬直した状態を保っていると気づいた。
その目には炎が宿っている。
なんとしてでも皇国を締め出して排除するために砂漠地帯を占領する腹積もりのようだ。
「恐らく将校共が貴様をけしかけたのだろうが……そんな話をもってくるぐらいならば少しでも皇国の情報をつかんで来いと言っておけ。やるべき事はやる。そのためには情報が足りん。まったく……一機ぐらい実働するヘリコプターを捕獲して来いというのだ……」
それなりに正論なので反論も否定も出来ない。
このまま去ろうかどうか考えていると突如背中に言葉が突き刺さってきた。
「失礼! お話中のようですが申し訳ない。閣下、先によろしいですか?」
ひょうひょうとした姿で堂々と胸を張って入ってきたのは……ポルシェ博士であった。
信じられないほど精気に満ちているその姿からは……何か大きな収穫を得て持ち帰ってきたのだという印象を容易に抱かせるに足るもの。
その様子には閣下も関心を示す。
「もう終わりかけていたところだ。博士……朗報かね?」
「私の考えるⅥ号戦車の原案……完成に至りまして設計図をお持ち致しました」
「ほう……思ったより時間がかからなかったな。良かったら貴様も見ていけ。その上で将官共に報告しろ。我々の対抗馬も着々と出来上がりつつあると」
「は……ハッ!」
敬礼をしながら一歩下がると、興奮気味のポルシェ博士が前に出て図面を広げる。
――そこに描かれたのは……戦車ではなかった。
「博士……これは自走砲ではないか。私は戦車を作れと言ったはずだが?」
「申し訳ありません閣下……しかし、いかんせん200mmの装甲の必要性を感じましたがゆえ回転砲塔の装備は難しく、最終的にこの案が最良の選択との結論に至りました」
「200mmだと!? もう1つのメーカーで開発中のⅥ号は100mm超程度というのにその倍か!?」
「例の10cm砲の貫通力から逆算した結果、30度の傾斜付き表面硬化装甲200mmでなければ防げないことが判明したのです。よって本戦車は60t未満としつつ、回転砲塔を捨てることで大幅に軽量化。200mmの装甲でもって耐えながらも71口径8.8cm砲を装備して相手を射抜く駆逐戦車としました」
その時点で戦車名等は考案されていなかったが、間違いなくソレは対皇国において確実に相手より一歩抜きん出ようという姿勢が現れた優れた自走砲に感じられた。
形状はとにかくシンプルで、車体には全面的に傾斜装甲が採用されている。
砲等部分は後方にあり、どうも図面を見る限りエンジンは……
「――博士。なぜエンジンが前方で砲塔が後方なのだ? エンジンを後方、砲を前方とすれば……その分、全長を低くでき、砲の俯角などを大きく取れるのでは?」
「残念ながら我々に皇国やNUPのようなタービンエンジンは組めません。排気タービンこそ実用化に漕ぎ着けたとはいえ……タービンエンジンはまだ途上。ゆえに信頼性の高いガソリンエンジンとし、エンジンの冷却効率を鑑みて前方に配置せざるを得ませんでした。ですが結果的にエンジンが装甲の一部ともなりますので……これなら乗員の安全がより保てます。ともかく一撃は貰っても耐える程度の力無ければ、10cm砲装備の戦車相手では勝負になりませんので……」
「なるほど……なるほどなるほど……素晴らしく合理的だ。タービンエンジンを実用化できないという話は実に聞きたくないが、逆を言えばタービンエンジンを導入できればさらに軽量化できうるかもしれないのか?」
「50t級未満にはなりませんが、600kg以上軽量化出来、その分は装甲に回せます」
「最高時速は?」
「40km程度……ですかね。残念ながらNUPのPCCシステムもありませんし、登坂力も最低限のもの。ですが装甲と攻撃力では負けないものとなるかと」
「……素晴らしい。……む? 貴様ら陸軍は素晴らしいと思わないのか?」
「え、ええ……大変素晴らしいものかと存じます」
突然こちらに話をふってきたので危うく唾が気管支に入って咳き込みそうになるところであった。
迂闊な発言が身を滅ぼしかねないのでとにかく言葉は少なめにしつつ、総統の機嫌を損ねないよう配慮することに徹する。
「そうだろう! よく将校らに言いつけておけ! まずは100台だ!博士、すぐに試作車の開発を! これで皇国の二式自走砲にも新型戦車にも対抗できるな」
「どうでしょうかね……」
「どうした?」
「いえね、最近王立国家の技師の間で……"メインバトルタンク"なる名を触れ回る技術者がいるそうなのです」
「メインバトルタンク? どういう意味だ」
「主力戦車……らしいですが、どこぞより触発された言葉とのこと。どこぞとは間違いなく皇国だと確信をもっております。……私はこの言葉が引っかかって仕方ないのですよ。例えば皇国は新型戦車に重突撃砲と名づける予定らしいとのことですが……仮に別途新型戦車を開発中だとして、なぜ重戦車ではなく"主力戦車"……なのか。これが重戦車ながら巡航戦車などの類などのように運用できる双方の力を併せ持った存在だとするならば、信じられない性能ではないのかと」
主力戦車……ポルシェ博士は一体どこからそんな情報を……今の話、私も初耳だぞ。
博士は独自に情報網をお持ちであるとのことだが、技術者だけが共有する技術情報のようなものがあるのだろうか。
「博士。現用の皇国技術では仮に装甲200mm超ならば60tをオーバーしてしまうと主張していたのは貴方ではないか。60tオーバーで時速60km以上を出すにはおおよそ1500馬力以上必要だ。そんな桁外れの馬力のエンジンを支えるクラッチ類をさすがに作る技術は無いであろうし、仮に電気駆動としても……例のタービンエンジンは大幅に大型化してしまうのでは?」
「確かに、現用から技術的成長がないならば装甲を王立国家で噂の新型装甲である均質圧延としたところで60tを越えるはずです……しかしあちらではタービンエンジンの改良も始まっているとの話ですし、10cm砲を装備し、最大時速60km程度で素早く動く60t級の回転砲塔装備の戦車を作っているのでは」
「仮にそうだとしても、戦法次第で貴殿の設計した戦車は勝てそうか? そこが重要だ」
「ロンメル大将らの運用次第ですが、上手いこと待ち伏せれば……200mmなら貫通できるはずです」
「ならば現状はそれで十分だ。これ以上出遅れるようでなければそれでいい。手も足も出ないというわけではないのだから――」
確かにそうである。
Ⅳ号戦車は事実上、新型の皇国の戦車に手も足も出ない可能性が高い。
しかし博士の持ち込んだものは違う。
ここから我々が再び形勢を有利としていくための足がかりとして……博士の新型に期待しよう。
上官には"ポルシェ博士の設計せし新型は非常に優秀な性能を帯びていると見られる"――と報告だ――
皇国が開発していた戦車がまさか「クロムウェルに匹敵する速力」でありながら「戦時中の連合軍側最大威力級の大口径戦車砲」を装備し、さらに「超重量級戦車」と同等の装甲を併せ持つ主力戦車であったと理解するに至るのは……「主力戦車」と名づけられた真打と実際に相見えてからからのことであった。
さらにその戦車の一部が大戦末期に1500馬力相当の出力を獲得するに至ることなど、この時点での皇国側の戦車開発者達すら知らぬことだった……ただ一人のエンジニアを除いて。