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第138話:航空技術者はコストに悩む

 千佳様から陛下のお気持ちに関する話を聞かされた食事会の後、その日のうちに今度は西条に再び呼び出される。


 今が一番重要な時期なのであまり呼び出さないで欲しいのだが……


 俺が必要なほど重要な状況でない限り呼び出さないということなので、何か問題でも起きたのだろう。

 すぐさま赤坂から参謀本部へと向かうことへとなったのだった。


 ◇


「――ヤクチアが何かをユーグ大陸の近海でサルベージしていた!?」

「それも、ビスマルクが沈んだ周辺でな。そして何かを回収していったこともわかっている。ビスマルク本体ではない。ビスマルクの何かだ。想像がつくか?」

「いえ……いや、少々お待ちを。今何か頭の中をよぎりました」


 西条の言葉に何かが頭の中を間違いなくよぎった。

 すぐには出てこないが、ビスマルクとヤクチアの海軍に関連のある存在があることは覚えている。


 思い出せ。

 加賀による攻撃の際、ビスマルクは後部が丸ごと吹き飛んでそれを基点に沈んだ。


 艦橋付近の中央からも火柱が確認できたので船体は中央から真っ二つで沈んでいる可能性もある。


 沈む直前の状況の写真を思い出しても本体をサルベージしたってなんら役に立つとは思えないし、大体ヤクチアがサルベージできるサルベージ用の作業艦なんて保有していたか?


 あいつらがビスマルクから浮上させてまで手に入れたいものか……


 レーダーとか測距用の器具とか……あとは……武装?


 対空砲とか……それと……そうだ。

 主砲だ。

 間違いない。


 ヤクチアにはあの艦がある……


「――思い出しました。クロンシュタット級重巡洋艦ですよ」

「何?」


 妙な単語に自然と疑問を述べる言葉が出たようであり、何かさらに述べようとしたところで西条は思いとどまった。


 下手に意見するよりも、こちらの話を聞いた方が早いとこれまでの経験から学んだのだろう。


 俺はその様子を見ながら一呼吸置いて話を始める。


「例の建造されているのかされていないのか不明瞭とされている巡洋戦艦です。あいつはビスマルクに搭載されたものと同型の38cm砲を第三帝国より譲り受けるはずだったッ! 沈んだビスマルクの主砲は殆ど使われておらず磨けば新品同然。回収して自国の巡洋戦艦に搭載する気なんですよ」

「待て、お前はさきほど重巡洋艦と述べたのになぜ巡洋戦艦と言い直した?」

「ええと……クロンシュタット級に関する情報はどこからかも来ていないのですか?」

「悪いが全く知らん。これより大至急調べさせるが、まずはお前が知っている情報を求めたい」


 クロンシュタット級重巡洋艦。

 本来の未来においては未完成なまま放棄された"巡洋戦艦"である。


 皇国に手痛い一撃を食らわせたシュペーなどのポケット戦艦。

 これらへの対抗も兼ねて建造された高速戦艦ダンケルク。


 そのさらに対抗馬として建造されたのがビスマルク級とヴィットリオ・ヴェネト級……そして本艦である。


 一連の艦はその設計思想と性能が似通っているのは、対抗馬に対して対抗馬として建造されていった経緯によるもの。


 中でもクロンシュタット級重巡洋艦は起工されてからも何度も設計的変更が行われた特異な出自を持つが……


 元々は皇国の重巡洋艦をベースにより攻撃力の高い艦を目指し、当初の設計案ではどちらかといえばシュペーらに近い性能に仕上げられる予定だった。


 大規模な設計変更へと至った理由は、ポケット戦艦の対抗馬として開発がなされたが実際はさらなる上を目指したダンケルクの登場によるもの。


 つまり名前こそ重巡洋艦なんて名づけられているが……実態は装甲をやや犠牲に、速力と攻撃力を保たせた巡洋戦艦と呼ぶべき代物である。


 完成した場合、ビスマルクらと並んで脅威となるのは間違いなかったのだが……


 本来の未来においては38cm砲が届かず、そのまま第三帝国と開戦したことにより完成不可能となり……最終的に解体された。


 だが、現在においては非常に重要な戦力であるのは間違いない。

 ビスマルク亡き後、第三帝国が所有する戦艦は未だ建造中の一隻のみ。


 一方の地中海協定連合軍は高速で航行可能な戦艦だけを見てもダンケルク級、ヴィットリオ・ヴェネト級、レナウン級、金剛型といった艦達がそれぞれの型に対して一隻以上存在し、大西洋上にて通商破壊作戦への対応として奮闘中である。


 海上で勢力を伸ばす上ではいくら航空機が優位性を持つといっても空母と併用して運用されたのではやはりそれなりに強力な立場にいるのが戦艦。


 ビスマルクによって失われた穴を埋めるためにクロンシュタット級の建造を完了させるつもりか。


 思えば加賀での攻撃の際、重防御の部分を避けていた影響で砲塔は殆どダメージを負っていなかった。


 爆撃も併用して沈めれば良かったのだが、加賀を武勲艦として相手にプレッシャーをかけることを優先させすぎたか。


「38cm砲装備の最大速力30ノット……それでいて全長は270m以上あるだと!? 一体これのどこが重巡洋艦なんだ!」

「ですから、ヤクチアがそう呼称しているだけです」


 説明を交えながら覚えている範囲で性能諸元を手元のメモ帳に書き連ねて渡したところ、西条は記載された各所の数値を見て驚きを隠せなかった。


 このサイズで重巡洋艦なわけがない。

 その気持ちは俺もよくわかる。


「大艦巨砲主義が終わったとはいえ……高い速力を誇る戦艦というのは未だに手強い。大西洋では未だにポケット戦艦に翻弄されていると聞く。この状況において戦力が増加するのは避けたい所であったが……」

「残念ながらもう遅いでしょうね。私の失態です」

「あちらにはまともな戦艦などないと聞くから油断していた。信濃、もしやすると他にも建造中の戦艦などあるのではないか?」

「完成しなかった存在なら後四隻ほどは……ソユーズ級というのがおりますが……」

「くそっ、その名前も初耳だ。ユーグ周辺で情報収集に当たっていた部隊は何をしていたんだ! シェレンコフも戦艦については何も伝えて来なかったぞ」

「シェレンコフ大将は陸軍畑の人間ゆえ、陸戦兵器と航空機には精通しますが……彼と内通可能と思われるヤクチアの将校は海軍系の情報には疎いのかと」


 西条は床に音を鳴らすほどの地団駄を踏むが、シェレンコフ大将に怒りをぶつけても仕方ない。


 なんたって海軍情報は海軍の勢力があまりにも弱くてウラジミールすら把握しきれていないんだ。


 現段階においてはウラジミールは各艦の完成度すら詳細に把握できていない。


 海軍の情報のつながりが弱すぎる。

 そんな状況で外部から詳細な情報を収集など簡単に出来ない。


 これは大粛清の影響でもあるが、海軍という勢力が下手に見られていたというのもある。

 そして横のつながりが弱すぎてより縦社会となった結果でもある。


 38cm砲のサルベージだってウラジミールはあくまでクロンシュタット級の完成を急がせただけで、海軍側が腹案を思いついて実行に移しただけの可能性も高い。


「――ビスマルクの主砲があるではないか――」――などと言いそうな男ではあるが、なぜだかそう言い出したような気がしない。


 それぐらい海軍とウラジミールには壁のようなものがあり、ウラジミールは壁の外から拡声器でもって大まかな内容の命令をつきつけているイメージが漠然と俺の中にはあった。


 当時はそういう関係だったと様々な資料にも記載されていたしな。


 だとしても――


「全ての主砲が回収できなかったとしても、1つでも回収されたら怖いですね。クロンシュタット級の建造は最低でも二隻。ヤクチアはリバースエンジニアリングに長けるので、量産される可能性が高いです」

「という事は、巡洋戦艦2隻に高速戦艦4隻か?」

「……戦艦級は主機の開発に手間取って開発中止に至ったので、それが改善されてなければ出てこない可能性もありますが……」

「第三帝国やNUPが技術協力をしている可能性は十分にある。調査の上、相手側の戦力を暴きださねばな!」


 今の総統閣下なら、技術協力はありえるのかもしれない。


 手っ取り早いのがサルベージであったのは間違いないが……サルベージだけをしたとは思わない方がいいか。


 宮本司令はそういった状況を見越して大和に誘導兵器を搭載したいのかもしれないが……


 俺もそろそろそちらの方面にも本腰を入れねばならなくなってきたな。


「――さて、それでだ。実は今回お前を呼び出したのにはもう1つ理由がある。流体力学を学ぶ人間ならば、この写真を見ればそれが何なのかわかるな?」


 西条が腰のポケットより取り出した写真。


 そこには、木製の支柱に支えられた大きなこれまた木製のプロペラが備え付けられた1本の木製の大黒柱によって支えられる小さな構造物が写っている。


 それが何なのかは一目見ただけで判断できた。


「山田式風車ですか」

「やはり知っていたか。さすがだな。この風車、最近北海道各地にて大量に建造されて急増していると聞く。大変素晴らしいものであるそうなのだが……これで電鉄を動かせないかという話が持ち上がってな」

「この風車1つででは電鉄は動きませんね……なんたってこれは発電量300W。電車……電鉄に必要なW数はその1000倍ですから。ですが、この風車を皇国全土に大量導入したいという考えについては全面的に賛同致します」


 山田式風車。

 信じられないことに実話なのだが、これの開発者は当時10歳であった。


 わずか10歳の少年が弱電の分野と流体力学を独学にて学び、そして生み出したのが山田式風車。

 いわゆる風力発電機である。


 当時の北海道において木材などの資源、そしてガソリンなどの燃料は非常に貴重。


 電気さえあれば暖も取れなくはなかったが……


 開拓の最中にある北海道の地にて電線や電柱などそうあるわけではなく、人々は落ち葉や枯れ木を拾い集めて暖を取っていた。


 そんな木材などは家屋や施設に使う以外の使用は許されないと厳命されていた環境で、北海道の地にて生まれた少年はある答えに辿り着く。


 "そうだ……風力発電で得た電気で暖を取ればいいんだ!"――この考えに辿り着いたのはわずか7歳のこと。


 そして完成させたのは3年後の10歳のことであった。

 まだ尋常小学校すら卒業していない頃の話である。


 この頃、通学していた学校においては自由研究なる題目で自由に自己学習してその研究成果を発表する授業があったそうなのだが……


 当然彼はこの研究に全てを費やしており、その発表を行っていたと言われる。


 その自由研究、小学校教師がついてこれた内容だったのか?

 是非その場に居合わせてみたくなる話だ。


 だからこそあえてハッキリ言おう、この人間は一度死んで転生して皇国でやり直している人間ではないのか――と。


 冗談抜きでそうとしか思えない話が10代の頃に満載なのである。


 なんたって彼は12歳の時点で、出生地で、かつ活動拠点にもしていた当時の名寄市の年間予算よりも稼いでいたと言われる男で……


 ありふれた器具と発電用の汎用モーターを組み合わせ、鉋などの大工道具でこさえた自作のプロペラでもって作った風車を各地にて建設して財をなしていたと言われる。


 最も重要なコア部分は本人が作る一方、構造部材となる支柱などの建設は地元の大工でも作れるよう極めて簡素なものとしていた。


 それも熟練工ではなく、日雇いレベルの大工で十分なよう設計し、建設コストを下げていたのである。


 しかも、汎用モーターが戦中手に入らなくなると……自力でモーターを自作してまで建造していったという逸話付き。


 道内では神童と称えられた男が作りし風力発電機は、極めて構造がシンプルかつ丈夫で、そして何よりも作動に必要な風力が初期駆動に風速2mで十分でありながら、以降は風速1mあれば稼動し続ける大変高性能なものだった。


 これらのプロペラは皇国の航空研究所の谷先生の資料などを活用したとの事であるが……


 完成したそれは、木製でありながら80年後の風力発電機と遜色ない発電効率という……どう考えても未来の情報を知りえた者にしか作れない代物なのである。


 あまりにも高効率に作りすぎて、他者には真似できなかったと言われる。


 そのせいで誰も彼の事業と彼の製品について追随することができず、それが結果的に後の悲劇を生む事にすら繋がった。


 この風力発電機、確かに俺も興味はあった。


 しかし陸軍で活用するにあたっての活用方法がそうそう思いつかず、もてあました存在。


 まさか西条の方から提案されるとは思っていなかったが……提案されたからには大きく活用を促進したい。


 それだけの性能があるからだ。


「――といっても、電鉄を動かすのに最低1000基も必要なのだろう?私はとりあえず銚子電鉄をこれで動かせないものかと考えていたのだが……」

「全力運転で1000基ですよ。常に全力運転とは限りませんからもっと必要です。電鉄を動かすには300kWぐらいは必要なんで……それこそ、1基で済ませたいというならCs-1の方が早い」

「なぜだ?」

「1馬力とは約750wだからです。Cs-1の発電量は単純計算750kWもある。実際には様々な部分でロスが生じてはおりますが……十分動かせるでしょうね」


 無論これは変電所が1つで済むような短距離ローカル路線での話。

 電源施設が複数必要になるような長距離の場合は、1基では済まなくなる。


「ということは300Wというのは大したことない数値なのか」

「いえ、日常生活では風呂が沸かせるどころか、やりようによってはクーラーも駆動させられます。電鉄で考えるからいけないんです。住宅1つに1基と考えれば、生活に必要な殆どの電気器具を動かすことが可能です」

「なるほど……そうか……つまり沿岸などの風が常に吹く地域で設置を義務付ければ……」

「まあより家庭内電力消費が多くなる北海道の地でですらありがたがられるわけですから、将来に渡って活躍するやもしれませんね」


 ――などと笑いを交えながら明るい未来の話を語るが、残念ながらこの風車は本来の未来においてはこれより30年ほどしか活躍できず消えていったのである。


 理由は家内制手工業的に作られ続けたことで風力発電に必要な保守が適切になされなかった事。


 シンプルな構造とはいえ、それなりに知識がある者でないと整備など出来ず、ひとたび破損したら修理も容易ではなかったのだ。


 風力発電自体を軽視したヤクチアは魅力を理解せず、皇国側も未来無きものとして追い払ってしまったがゆえに……


 現在においては青年にまで成長した本人が亡くなると同時にロストテクノロジー化して消えていってしまったのだった。


 だが、最後に彼が残した最新型山田式風車「天風」は40年後の最新鋭風力発電機器の技術の先取りであり、その大きさに対しての発電効率は凄まじく……


 正直言って、俺は後の環境問題を見据えても皇国での化石燃料消費量を減らす意味合いにおいても風車の設置を一部の地域にて促進させたいので、今回の話においては非常に乗り気である。


「――ふーむ、大体はわかった。ただ、私はどうしてもより発電力の高い風力発電機に魅力を感じてしまうな。例えばお前が山田式風車を基により高い電力を生むものを作れたりせんのか?」

「例えば100kWの電力を作るのに、半世紀後の風力発電機ですらローター径で20m必要なんですよ。出来ないことはないでしょうけど……難しい話です。それなら、家庭用として大きく広めていって風力発電の認知度を上げたいところです」

「まずは地盤を固めて……か……了解した。しかし、お前の話からすると……このまま導入するに当たっても生産性に問題ありそうな気がするのだが……」

「そうですね。プロペラがやや特殊なもんで」

「それの改良も出来そうか? それこそ一気に大量生産できうるぐらいに」

「性能的な向上ではなく、生産面での向上なら1つアイディアがあります。ただ重要なのは運用基盤の構築です。これが完璧でなければ、優れたる存在なのにも拘わらず滅んでしまう」

「何か提案があるような顔をしているな。1つ企画書を頼む。私としても前向きだという事を念頭に置いた上で、計画を練ってみるがいい」

「ハッ!」


 願ったり叶ったりな状況に足取りは軽く、気づけばいつもの設計室にいて計画書を書き始めていた自分に気づくのだった――


 ◇


 風力発電において重要なのは……開発、試作、量産、運用、保守、改良の全ての段階において生じる技術的問題へ完全に対応できる組織体系……


 即ちソフトウェアの構築に全てが掛かっていると言っていい。


 中でも量産、運用、保守、改良の4点が特に重要で、ただ量産すれば良いだけでなく運用時のサポートと保守・整備の双方、そして製品に不具合が生じていた場合に即座に改良できなければ、運用者は損害だけが蓄積されてまるで役に立たない代物と成り下がる。


 動くことで電気を発生させるわけだから、動き続けることを保証しなければならないわけだ。


 ここはもう、優秀な人材……それこそ向井に匹敵するクラスの経営者でもトップに立たせて市場を立ち上げないと無理だな。


 どういう人材が必要でどういう体制ならば良いのか……それをともかくリーズナブルに提供する方法を模索するしかない。


 必要な人材だけならわかるが、効率的運用が行える人材は別途、陸軍の伝手でもって引っ張ってくるしかない。


 国や自治体によるサポート体制と理解も必須となろう。


 そして組織という名のソフトウェア以上に重要なのがそのコストである。


 山田式風車がこれほどまでに一時代を築いたのはそのコストにあった。

 そのコストパフォーマンスの高さにちなむエピソードが存在する。


 当時、風力発電は一部で「儲かり話」――などともてはやされ、発明家らによる開発競争のようなものが確かに存在した。


 しかし道内において唯一大量に導入されていたのは山田式風車だけ。

 これだけが唯一顧客の需要を生むに足る性能を保持していたのである。


 これほど素晴らしい風車なら補助金を出してでも増やしていこう。


 "ついでに、どうせなら他にも優れたものがないか発掘してみよう。"


 ――そう北海道庁が考えた折、事実上山田式風車に対して補助金を出すことを目的とした公募もとい競合入札企画が行われるのである。


 この時、ライバルとなった風車の価格が実に山田式風車の6倍以上。


 プロペラ径3m以上なのにも拘わらず、平均発電力はわずか80Wに満たなかった。


 一方の山田式風車は現在の貨幣価値にて設置費用200円。


 プロペラ径2mで平均発電量は約150Wh以上である。(これは競合時の設置場所がよろしくなかったという過小評価が原因で、実際には設置場所も吟味されており基本的に150Wh以上出るのが当たり前だった)


 この200円というのは現在の労働者の平均月収が130円前後であることを考えると、給与2か月分に満たない数字である。


 俺がやり直す頃の皇国の金額で設置費用約20万円相当である。


 決して安くはないが、当時の電気料金が10W(電球単位の固定料金)を24時間利用すると20銭だったので365日計算で73円と考えると……


 電球1つ分契約した費用約3年分で、平均発電量150Wh以上もの電力を得られる計算である。

 なんとコスパの高い存在だろうか。


 しかも10年は簡単なゴミの除去や注油などのメンテナンスで十分で、耐用年数15年。

 台風が起きても早々簡単に破損しない。


 仮に15年もの間ずっと発電できたとして、現在の貨幣価値のままだとすると……1日に支払う料金はわずか約4銭である。


 150Wh×24時間/4銭である。

 当時の山田式風車は北海道という地域がゆえに暖を取るために利用された。


 よって複数の家庭が1つの風車を共有利用することはなかったとされる。


 だが、例えば千葉とか静岡、神奈川といった沿岸地域は北海道とほぼ同じく平均風速5mが当たり前であることを考えれば……


 これらの地域では1家庭に1つ設置すれば、電球1つを毎日15時間点灯させられる電力を以降10年は確実に保証してくれることとなるわけなので……凄まじい費用対効果が期待できることになる。


 ただ、これは現段階の話。

 どう考えたって将来を考えたら1家庭1基は必要だ。


 300Wなら家庭内の電灯全てを賄うことは容易だが、例えば電話機やらテレビやらと併用すると割と厳しくなってくる。


 それでも300Wを常に発電できる計算なら、一般家庭の電灯とブラウン管テレビと電話機までなら問題ない。


 そればかりか、俺がやり直す頃に誕生してくる新時代の家電はさらに消費電力が下がっているので、恐らくテレビと電話と冷蔵庫までなら可能。


 そういった点を考慮すると将来性を鑑みれば今から1家庭1つとして広めていき、皇国内でそれを当たり前にすべきであるので、あえてそこを考えないようにし、補助金を出して1月の給与程度に落としてもらうことも考慮しつつ……


 ここからさらにコストパフォーマンスを向上させてみることを考えよう。


 といってもだ。

 西条には語らなかったが、それは案外簡単なことではないんだよな。


 なんたって山田式風車の最大の特徴は固定ピッチ式プロペラであること。


 非常に高効率な固定式ピッチプロペラをあえて採用することで部品点数を減らしていた。


 そのプロペラ効率なんと97.2%。

 あの化け物効率と言われた谷博士設計の航研機が巡航速度で86.8%だったのに?


 どう考えても山田青年は未来人じゃないのか。


 俺が未来の技術でこさえた可変ピッチのプロペラでですら巡航速度94%~95%なのに、木を削っただけで当たり前にこれを達成してきている。


 風速2mから稼動開始で、1mでも稼動し、風速5mで300Wを発電する仕組みなのだというが……


 この全領域で97.2%を出せるというのだ。


 彼はこれほどの能力を誇りながら周囲から航空機系の技術者になることを薦められても一切航空機に対して興味を抱くことがなかったというが……


 史上初の完全防水時計の特許を獲得していたり、流体力学的理解はすでにこの時代のものではないのは明白。


 今回の件で北海道から呼び出すことにはなるだろうが……同じやり直し仲間でないか探る必要性があるのは間違いない。


 それで……一応、プロペラ生産に関しては宗一郎が発明した木製プロペラ自動切削機という方法があり、プロペラ形状に合わせてこいつを改良して大量生産という方向性で考えていて、これが現段階で俺が考える奥の手なのだが……


 あまりに効率が高すぎるものすぎて本当にそれで作れるのかどうか不明だ。


 まあ、大量生産できるなら逆に効率を多少落とすという手もあるし、俺だって95%なら達成させられる自信がある。


 構造を見て97%が難しいなら……2%落として大量生産することを考えよう。


 そして構造においては金属系のパーツを一部増やして小型化させる。


 当初の山田式風車の最大の利点はほぼ全面的に木製だったこと。


 後に改良が進んでいくことで金属パーツが増えていくが、誰でも作れるようにとそうしたのだ。


 ただ、当初の木造式だと全体構造が大きすぎる。

 せっかく風車が小さいのにこれでは設置に困る。


 それこそ俺は屋根の上に設置したいので土台などの構造は見直したい。


 彼もそれを目指して金属部位を増やしていったので、恐らく提案には乗ってくれるはず。


 問題はピッチ構造だな。


 風力発電のネックは強風が吹き荒れた状況だ。

 こういった場合、30年後ぐらいの未来の各国の風力発電は主に可変ピッチプロペラとして乗り切るのが一般的だった。


 だがこれは極めて非効率。

 プロペラのピッチ変更をすれば効率が下がり、発電効率もまた下がる。


 また、プロペラのみによるピッチ変更にも限界があり、強風の度合いが災害級ともなると風力発電機の破損を防ぐために完全に稼動を停止させねばならない。


 そのため、「風力発電は台風などの際に発電できない」――なーんて勝手な当たり前がNUPなどでは語られていたりした。


 それで山田式風車はどうかって?


 ごく普通に動いていたね。


 完全固定式の時代から台風にもめっぽう強かったが、ある時期を境に「可変ピッチ構造」なるものを導入してさらに強くなったんだ。


 今より約20年後に誕生する構造だ。


 この可変ピッチ構造を導入してからそう名づけられるようになった「天風シリーズ」は、風速50mですら正常に300W発電した。


 実際に俺はそれを目にしたことがあるし、実験データも見たことがある。


 ではどうやって台風の中、固定ピッチプロペラ装備の風力発電機が稼動していたのかというと……


 プロペラを持つ構造体自体が上下にピッチアップ、ピッチダウンする「可変ピッチ構造」または業界でいう「フリーヨー」などと呼ばれる構造を採用したことによるもの。


 これはどういうことかというと、プロペラと発電機を内蔵した構造体そのものが上下に……航空機でいえばティルトローター機であるV-22のごとく自由に動くのである。


 強い風を受けると自然にプロペラが上方または下方に動き、まるでヘリコプターのように風を真正面から受けない形で回転。


 この状態で風速55mでも風速5mの時と同じだけの大気の流れを受け止めて電力発電できるようにしていた。


 この「可変ピッチ構造」または「フリーヨー」と呼ばれる技術……


 大規模風力発電では俺がやり直す頃になってようやく導入されていったシステムで「天風」が開発された頃にはどこもこんなシステム導入していなかった。


 なぜか。

 この「天風」こそが、「フリーヨー」と呼ばれる機構の"始祖"だからである。


 これは冗談抜きの事実である。

 彼が獲得した特許が切れた後、世界各国のメーカーが相次いで採用していったからである。


 その際のライセンス料に関してヤクチアは1銭も払わなかったばかりか……他国も特許切れを待って利用し放題だったけどな。


 ようは本当だったならば皇国が風力発電先進国となれる所、その可能性を殺した事になる。


 俺は出来ることならこの構造への改良も考えたいが……それでコストが上昇するのでは話にならない。


 一応、完全固定式かつほぼ全面において木製だった初代から台風には対抗できていた。


 だからこそ北海道庁は補助金を出すに至ったのだ。

 今回は意外と厳しい戦いになりそうだ。


 航空機は効率を上昇させるためにある程度部品点数を増やしても構わないが、発電の分野はコストが上がれば減価償却費が落ちて費用対効果が低くなり、導入する意義が薄れてしまう。


 国家全体で風の強い沿岸地域などで導入すれば、ともすれば皇国の発電にかける諸経費などを削減できてどう考えても国家運営にプラスに働くわけだから……導入する意義を失わせるわけにはいかない。


 実際には家庭レベルでは費用対効果が薄くとも、全体論で考えると凄まじいコストの削減に繋がるのだとしても……


 一般家庭1棟における費用効果が薄いと供給の促進は厳しくなるだろう。


 例えば将来、局地的災害が毎年必ずどこかしらで起きるようになって、停電も当たり前に起きるようになったりするというなら……その意義も見出されるかもしれないんだが。


 まあまずは実物の調達だ。

 木製の方は現物を見たことが無いんだ。


 当時はさほど興味を抱いていたものではなく、気づいた頃には全滅していた。


 殆どが新型の金属製や半金属製に入れ替わってしまっていたからな。


 それに、プロペラ構造については計算書などが残っていなかったのでわからない。

 現物を見て改めて計算書を書き起こさねばならない。


 予算を申請してまずは20基ほど……本州で実験してみよう。

信濃忠清の年齢設定が山田基博氏に近いのは、彼が信濃忠清のモデルの一人だからです。

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― 新着の感想 ―
その山田風車は低周波振動とかは問題にならなかったのかな?
[良い点] 「作動に必要な風力が初期駆動に風速2mで十分でありながら、以降は風速1mあれば稼動し続ける大変高性能なもの」 まるで未来から持ち込んで来られたオーパーツですね。 令和元年に売り出しても売れ…
[気になる点] クロンシュタット級が所々クロシュタット級になってます。
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