第135話:航空技術者は反転二軸式スワラ燃焼型改良ジェットエンジンに挑戦する(前編)
基本設計を終えた翌日からスピットファイアの改良が開始された。
ただし、皇国案の利点を現時点の技術的理解により了承しかねた王立国家の技術者チームの意向により、試作機は別途皇国側と王立国家側の双方がそれぞれ開発して競合させることとなった……
どうもあの尾翼構造は奇抜すぎたらしい。
また、急造仕様のMk.Ⅴが一部のパーツを取り替えるだけで大幅に高性能化できるという点にも納得が行かなかったようだ。
元々、本来の未来におけるMk.Ⅶは胴体構造の見直しも含めた大規模な改修によって性能を担保したものであり……
ここまでにくるまでにかなりの時間を消費してまで改良した胴体のコア部分を全否定されかねない改良には、フッカー卿らとしても簡単に首を縦に振りづらいものであった。
今回皇国に訪れるにあたり、技研側から様々な空力的な基礎技術を得た彼らは独自の案を思いついていたようで……
安易な改良よりもMk.Ⅶとして開発中だった胴体のコアを用いることで、俺の案よりも優秀な機体に仕上げられる自信があるようだ。
俺は第三帝国から手に入れた後退翼に関する技術情報を基に彼らに丁寧に説明しつつMk.Ⅴを改良することの利点を説明したつもりだが……
垂直尾翼と水平尾翼の双方というのは飛行安定性に大幅に寄与するものではないというのがこの当時の技術者の理解であり……
エンジンカウル周辺の構造変更やタービンを搭載するにあたっての排気管の設計に関しては高い理解を得られてあちらも採用することになったものの、皇国側と同一設計なのは胴体前半分やタービンなどを収める翼関係だけに留まった。
まあ基本設計の数値ってのは机上の空論に見えることもままあるので仕方ないのかもしれないが……実機で見せ付けるしかないようだ。
とりあえずこちらは新たに長島と立川……そして山崎のメーカー技術者を招集することになった。
彼らは自身のスピットファイアにつきっきりとなるため、こちらにはアドバイスなどを送ってはくれるものの基本的には作業に対するキャパシティが足りない事から、それ以上の作業に携わる余裕がない。
よって皇国案は皇国のメーカーによって達成する。
俺は新たに指定した構造部材を超々ジュラルミンに変更したMk.Ⅴのコアパーツを王立国家に発注。
本当は軽量化できるので構造部材の形状も変更してもいいのだが、量産するにあたって支障が出るほど工場の工作機械や製造ラインなどが特殊であるため、あえて構造は変更せずに発注。
皇国にはスピットファイア製造用の工作機械がないため、翼なども同時に発注。
こちらは一部構造が変わっているものの、Mk.Ⅶは翼構造を大幅に変更したわけではないので特に支障はない。
皇国案では武装として翼にホ5の20mm機関銃を片側に2門……計4門搭載し、機銃1つにつき170発装弾することで680発の弾丸を翼内に装填する予定だ。
現在、皇国では30mmのホ155の開発計画は立ち上がっているもののホ5の生産で手一杯な所もあり、実行に移されていない。
正直ホ5の威力は20mmとしてはやや心もとないので早めに30mmに移行したいところだが、どちらにせよスピットファイアに搭載できる空間はなく、当初よりこちらはホ5×4以上にする予定だった。
現在のスピットファイアはホ5×2門、12.7mm×2門としている。
ホ5はヒスパノより小型かつ軽量であり、弾丸も弾倉が小型なため多少多くは搭載できる一方で、信頼性においてやや懐疑的な視点もあったためか王立国家は4門とはしていなかった。
しかしあえて12.7mmを降ろした方が軽量化できるほどホ5自体が軽いので、その分を弾丸に回して装弾数を増やすのだ。
信頼性に関しても本来の未来においてですら疑われたことがない。
疑われたのは威力がヒスパノより劣っているという事ぐらい。
この部分も弾頭において希少金属を使えなかったことが主な原因で、タングステンを平然と使う王立国家側のスピットファイアは実戦において特段搭載機銃の威力が問題視されていることはなかった。
火薬量が少ないわけではないから当然だ。
あっちで使う分において困ることなどない。
これらを搭載した上で翼の前縁にはMk.Ⅶ用に開発された燃料タンクを装備し、操縦席後部にも同じくMk.Ⅶ用に開発されていた燃料タンクを新たに装備。
元々吸気タービンは燃費改善も果たせる代物だが、性能向上だけでなく航続距離の延長を図る。
燃料タンク自体はそう大幅に重量が増大するものではないため、必要なければ飛ぶ際に燃料を抜いておけば問題ない。
まあ燃料なんて抜けるわけがないんだけどな。
スピットファイアの航続距離は最も長距離を飛べたMk.Ⅷで750km。
これは前述した燃料タンクを装備したタイプ。
燃費が向上したとはいえ、皇国案での航続距離は計算上で860km少々。
1000kmに届かないんだ。
だがこの860kmという距離はFw190と並ぶ。
ここが重要なんだ。
Bf109の敗因の1つはスピットファイアより短い航続距離であった。
後一歩というところで引き返さねばならないという性能的制約の隙を突かれ、帰還中の機体が奇襲されることやその奇襲に対応したことで不時着した機体が少なくない。
Fw190が主力となる今後においてスピットファイアがあちら側に劣るとなると、今後は同様の戦術をあちら側に行使されてこちらが不利となる。
最大速度が700kmに届かない百式戦闘機がスピットファイアを助けるために援護に入ったところで、どこまで援護しきれるか不明。
開発中の新型戦闘機が間に合うまで皇国の苦戦が予想される以上、全方位で勝てる機体でなければならない。
だからこそ……急造にせねばならない意味をもう少々理解してほしかった。
まずはすぐに作れるタイプでもって応戦し、後期型Mk.Ⅸ相当の涙滴型キャノピー搭載機体を開発しつつ、それでもって最後まで戦いきる。
これが理想なのだが……それは皇国案のMk.Ⅶが完成後に王立国家側の意思変更してもらう形でどうにかしよう……
◇
改良型スピットファイアの開発が始まって数日後、俺は群馬は太田飛行場に西条ら皇国の陸軍将校や海軍将校らと共に訪れていた。
訪れた理由は深山である。
ついに1号機が完成した深山は本日が初飛行。
神主を呼び、祈りを捧げた後に太田飛行場より現時点で皇国最大級の大きさを誇る爆撃機は……周囲の期待を裏切ることなく無事に飛行することに成功。
ゆっくりと太田地域を周遊して戻ってきた。
飛行時間は述べ1時間に満たないものの、特段不具合なども無い様子である。
そんな深山。
エンジン換装がすでに予定されている。
ハ43からハ44へ。
これによりこの機体はオール長島製となり、最高速度が30kmばかり向上する予定だ。
積載量に変更は無い。
吸気タービンなどの異質なものは搭載しない。
一方で向井の交渉によって新たにNUPから供与が認められたB-8タービンを装備。
二段二速ツイン排気タービンによって高度1万m以上の上空においても1900馬力ほどを発揮できる予定のハ44を4基搭載する。
高度7000m程度までなら2100馬力ほどの最大出力。
燃費重視のため馬力は大きく底上げされない予定だが、それでも1基につき200馬力以上も向上。
かのB-29に匹敵するだけの出力を得ることになった。
重量の増大が予測されるが、こんなの超々ジュラルミンの解禁でどうとでもなる。
現時点では限界に限界にまで切り詰めた構造ゆえに飛行時における運動性などもそれなりに低いものとなっているが、ハ44によってそちらの方面も改善することとなるだろう。
今後深山は長距離飛行試験などを経て、製造中の3機が完成した後に実戦配備へと至るものの、運用法についてはまだ確立してない。
重要なのはB-29ほど巨体ではないがB-17と同等クラスの巨体を誇る長距離爆撃機をタービン以外、皇国の力で作ることができたという点だ。
これがヤクチアなどへ揺さぶりをかけることとなろう。
今後はさらなる大型機の開発だって検討しなければ。
◇
「――信濃くん、例のスピットに搭載する予定の翼端の構造体……あれと似たようなものはこちらに搭載できんもんかね?――」
初飛行終了後。
長島の技術者から伝えられたウィングレットについて興味を示した長島大臣は、深山へのウィングレットの搭載について要求してきた。
「形状がスピットファイアとは異なるものでも良いのでしたら可能です。あれは翼ごとに設計が変わってくるものですから」
「そうか。それはありがたい。形状が変わってもいいので1つこさえてほしい。部下達は小さな模型による風洞実験で、あれは燃費改善に寄与するのではないかと分析した。だとすれば是非深山に欲しいんだ。なるべく長く飛べることが深山には利点になるからね。頼んだぞ信濃君!」
「後ほど基礎設計したデータをお渡しします――」
この人は全くもって抜かりがない。
それが有用だと思えば即調達してこようとするしたたかさがある。
ウィングレットは深山のような若干後退角のある形状のテーパー翼にも有効だ。
結局、主翼における翼端というのは多かれ少なかれ風流が下部から上部へ流れ込んでくる。
深山の場合は一般的な上に伸ばすウィングレットでそれを抑制すれば航続距離が伸びるだろうか。
運動性にも多少寄与しそうだが、重要なのは燃費。
より燃費に特化した形状に整えよう。
ハ44はハ43より燃費が改善しているという話もあるが……実物はどうなるかわからない。
航続距離は減らせないからな。
◇
「なにィ!?第三帝国のジェットエンジンが本年中に爆撃機に搭載され、飛行試験を開始する予定!?」
その日のうちに技研に戻った俺は、諜報部経由で伝えられた情報によって衝撃を受けた。
深山初飛行成功の浮かれ気分が全て打ち砕かれる。
あまりの衝撃に立ちくらみがしてしまい、傍にあった椅子を杖がわりに体を支えるほどである。
「そのようです。メーカーはヤンカースと聞いています。004というコードネームで呼ばれる代物です。推力こそ我が国のCs-1のターボジェット型であるネ0と同等程度ではありますが……耐熱合金で構成されたジェットエンジンとして完成の域であると……」
「排気タービン入手の影響ですか」
「否定できません」
本来ならば2602年3月であったところ、ジェットエンジンの試験運用は半年ほど前倒ししての試験開始……
ともすれば2604年初頭にはMe262あたりが出てくる可能性がある……
「技官。先方のエンジンはいくつも改良案があって同時並行で開発が進む模様です。現在の出力がこちらと相違ない程度であったとしても油断しないでください」
「……わかっているつもりではあります。こちらも改良案に手を出す予定でしたし、至急開発チームを手配するようにしましょう」
「中佐の努力に期待します。それではっ!」
――きっかけは排気タービンの入手だ……間違いない。
メッセンジャーとなっていた諜報部の若い士官が立ち去った後、すぐさま俺は状況確認のために設計室に引きこもって検討を開始した。
あちらのジェットエンジン開発が何によって手間取り、2602年まで航空機に搭載しての試験稼動がズレ込んだのかを改めて記憶を整理しながら認識しなおす。
――当時。
第三帝国は耐熱合金の成分についての認識などにおいてG.Iより遅れていた。
製造中のエンジンの開発はそもそもが遠心式ではなく軸流式としたことで精密駆動が必要なパーツ点数が一気に増加。
合わせて当時の第三帝国流のジェットエンジンの理解により、耐熱合金が必要になってこの耐熱合金の製造に大変な苦労を要した。
結局、初期型はまともに量産できる代物ではないとされたものの、その性能が破格のものであったため量産計画を立案。
併せて専用の新型ジェット戦闘機の開発計画にも邁進する。
ただし専用の新型ジェットエンジン搭載型戦闘機に関しては2599年頃からであり、実はエンジンと同時にすでに戦闘機開発自体も始まっていた。
Me262が構造的に現用のレシプロ機から胴体構造などが大きな飛躍を果たしていないのは、設計が戦前設計をベースとしていたからだ。
事実上戦前設計ではない皇国の新型ジェット戦闘機とは立場が異なる。
BF109の開発が滞ったシュミット博士は、恐らくMe262で挽回を図る気でいるはず。
そこに帳尻を合わせるがごとくエンジンが間に合う可能性が高い……か。
ただ、まだ慌てる時間じゃない。
こちらの戦闘機は来年の春には試作機が飛べる。
すでに試作機は夏ごろより組み立て始める状況を整えつつある。
例えば対Gスーツとか新型レーダーとか、そういう新世代装備を度外視して戦場に投入するだけならこちらの方が先に投入できる。
無論相応のリスクを背負うことになるが……Me262がある程度早い段階で出てきたとしても対応できる。
Me262より確実に高性能な機体として。
問題はMe262より後。
ジェットエンジンの完成が早まるなら、第三帝国は緊急戦闘機計画を早期に発動してジェット戦闘機を主体に多種多様な戦闘機を送り込もうとするはず。
もうすでに計画が立ち上がっていて、発動にまで至っている可能性すらある。
そうなってくるとこちらの戦闘機を上回る化け物が出てくるかもしれない。
例えばHeS011なんかを双発で搭載した機体なんかが出てきたら……こちらの機体を大きく上回る1000km台で飛行する戦闘機によって蹂躙されかねない。
今、実際に現れてほしくない戦闘機の姿がある。
Mig-15だ。
あれは構造的には大戦中に出せたものだ。
エンジンも含めて出そうと思えば出せたものだ。
あいつの心臓部は遠心式であったが、仮に遠心式でなくとも総推力が2600kgに届く代物ならMig-15と同等性能な代物を出してくることは第三帝国には不可能ではないかもしれない。
そして仮に第三帝国がそれを出してこないと想定しても、このまま行くと2607年頃にヤクチアが繰り出してくる可能性が高い。
アレの初飛行は2607年。
なんらかの手法で奴らが遠心式エンジンを手に入れたら、本来の未来において試作機が飛んだ時期に戦闘機として飛んでくる可能性がある。
元より俺は新型戦闘機は対Mig-19まで考えている。
マッハ1級超音速戦闘機として新型戦闘機は改良の果てに生まれ変わるのだ。
Mig-15にすら劣る戦闘機のままとする予定などなく、何度も改良してMig-19とすら対等以上に戦える機体とする腹積もりでいる。
つまり現段階で俺がすべきことは……Mig-15が持つ推力2600kg以上の心臓部と同等な、最低限総推力2600kg以上の構成とできるエンジンを新型戦闘機に大戦中に搭載して飛ばすように手配すること。
これ以外にもはや対処のしようがない。
だが遠心式ではなく軸流式を選んだ皇国がエンジンを簡単に改良できるわけがない。
なんたってこちらが手を組んでいるのはジェットエンジンでは一端出遅れてしまうG.Iだ。
2度目の大戦中に彼らにただ改良を求めたところで、どこまでエンジン性能が改善するかわからない。
しかもネ0のベースはCs-1。
一筋縄ではいかない特殊な機構を持つエンジン。
ネ0の構造をそのままに、新たに耐熱合金を搭載してアフターバーナーを搭載したところで推力は足りないし燃料不足の心配もある。
そして耐熱合金の加工が得意ではない上に資源不足な皇国にとってその選択はエンジン量産に大きな支障を起こしかねない。
ネ0が一部の界隈にて"神風"と呼称される最大の理由は、耐熱合金を全く使用しないことで早期から大量生産に成功したという点に尽きる。
Mig-15はヤクチアの世界最高峰の冶金技術によって大量生産される可能性が高いのであって、これに対抗するためにはとにかく数が必要だ。
理想はアルミ合金である現状を維持したまま、大量生産が可能でかつMig-15にはとりあえず真正面から勝負を挑める状態のCs-1の改良型……もはやそれはCs-2と呼称すべき存在だが、それを生み出すこと。
やれるか……俺に……
いや、やるんだ。
俺にだって意地はある。
そして航空業界から遠ざかっても尚、流体力学研究を諦めなかったという航空エンジニアとしての自負がある。
未来の航空機の最新エンジンの断片的な情報を基にいくつか自分なりに考えてみた機構などもある。
現状の850kgの推力を最低1300kg以上にする方法……あるはずだ。
頭の中にある情報をかき集めればできるはずだ。
もはやエンジン開発などからは大きく離れた立場ながら、日々努力した結果到達した俺なりの到達点でもってCs-1をCs-2にし、ネ0をネ0-Ⅱとする。
やるさ……やってやるさ!