第133話:航空技術者は遠心分離のコストパフォーマンスが異常だと伝える(後編)
長すぎたので分けました。
……現在のアペニンの空軍は多国籍軍だ。
ただし所属する軍人の大半は自国民である。
では何が多国籍かというと、保有する航空機が……である。
彼のカリスマによって空軍は凄まじいこととなっていた。
レンドリース法による兵器供与に留まらず、手に入れられるものは片っ端から手に入れてくる姿勢により、以前調達に成功していたBf109すらアペニンの空軍には配備されているのである。
雑誌で取り上げられていた彼を空軍基地の一角にて写した写真の背後にあったのは……
皇国、王立国家、NUP、第三帝国の機体達であり、さながら航空博物館でも開設したのかといわんばかりものだった。
その中には皇国がもはや不要ということで譲り渡したHe100や、He112B-0の姿もある。
国産戦闘機の生産能力に乏しいアペニンは現在、Mc.202、Re2001の双方の量産がこれよりようやく開始されはじめるかどうかといった所。
正直言って、自国における航空機開発は出遅れているどころの話ではない。
ゆえに状況が整うまでにおいて、これからの戦いについてこれそうもないCR.42やG.50……
そしてC.200といった機体を主力とせず、後衛に回しつつ他国の機体で必死に弱い者いじめをするがごとく飛来してくる第三帝国の戦闘機に食らいついていたのである。
一方で、生産開始間近の新たな主力戦闘機においてはDB601が手に入らなくなってしまった影響で心臓部がマーリンに置き換わっていた。
これは急遽変更されたものであり、正直機体構造は本来の未来にて存在した機体より空力的に劣っているといわざるを得ない。
倒立V型エンジンを急遽正立V型エンジンに置き換えるというのはありとあらゆる部分で構造変更の必要性が生じ、効率的な構造に組み直すならば全てを一から作り直したほうが早くなってしまう。
彼らもそのことを十分に理解していたものと思われる。
ゆえに彼らは決してその状況を由とはせず、足踏みせずに前進を続けていた。
苦難が続く中、彼らは現段階で選ぶことが出来る選択肢を選択して道を切り開いていたのだ。
なんと信じられないことに、こいつらの後継機の開発はすでに始まっていたのだ。
俺が今日の会議で一番驚いたのは、アペニンが皇国に持ち込んだ国内の戦闘機開発状況をまとめた資料である。
彼らは何とグリフォンの開発とライセンス生産に挑む気でいるらしく、王立国家に技術者を派遣して試作型が完成したばかりのグリフォンの開発に関与して製造技術などのノウハウを手にしようと画策していたのだった。
保険としてセントーラスのライセンス生産も考えた行動も行っているようだが、やはりかつてシュナイダーカップに参加して優勝経験もあるプライドゆえか、液冷V型エンジンに拘っている様子である。
アペニンは現時点で1730馬力発揮するV12エンジンが将来有望で未来を切り開くものであることを理解していたのであった。
まだ産声をあげたばかりのエンジンはスピットファイアとは相性が悪かったものの、決して失敗作ではない傑作エンジン。
皇国に求めたのは、これを搭載した新世代シリーズを本大戦のレシプロ機最強レベルに仕上げるための吸気タービン技術の提供であった。
G.55も、Re.2005も、Mc.205も、新たな心臓部として選んだのはDB605でもなければマーリンでもなく、グリフォン。
あくまで技術の提供だけ求め、戦闘機は自分で作るつもりのようだ……
せっかくG.59のように空冷型のような機体を作ろうとあれこれ設計していたのだが、どうやらそれは無駄になったらしい。
最初から逆回転のエンジンに合わせた新造の胴体を作って調節しようと、それを主戦力にジェット戦闘機の供与も受けつつ足掻いて見せようと、そういう姿勢を貫きたい様子である。
その心意気は素直に敬服に値する。
よって彼らの技術で作れる優秀な翼型と胴体構造について意見を出しておこう。
そういう部分におけるアドバイスを拒絶する者達ではない。
様々な要因により運動性は多少劣るかもしれないが……せめてそれなりの最高速は出るような機体になるようサポートしなければ。
「――それに、核爆弾はNUPの力なくして我々の経済的体力ではどだい不可能なものですよ。ウラン濃縮を可能とするには少なくともG.Iの力を借りねば……」
「G.Iだと? どのように核燃料を作ると皇国政府はお考えなのだ?」
「ふむ……信濃! 彼に説明を!」
「はッ……ははッ!」
バルボ将軍らの様子を見ながら妄想にふっけていると、突如として現実に引き戻された。
話の進まぬどうでもいい議論の応酬ばかりしていたので意識が別方向に向いて話の状況が見えないが、遠心分離についての説明をしろということか。
一応、当初より遠心分離がいかに効率が良いのかについてはチャーチルに説明する予定で、NUPという国は抱き込まずとも遠心分離機については技術的制約によりG.Iとの共同開発となるという事については話すことにはなっていた。
それを話せばいいんだな――ウン。
遠心分離機の最大の恐ろしさはコスパ。
ある程度、一定の仕事率を必ず示すがゆえに分離仕事当たりの単価というものを関数で示すことが出来る。
無論、流体力学的な数式である。
計算式としては……
(償却費+経費)/分離仕事 × 分離仕事/生産量=分離仕事当たりの単価となる。
こう言っただけではよくわからないので、もっとわかりやすい数字にて現そう。
今後未来において最もコスパよく燃料を作り出せたのはNUPだ。
この国以上に安くウラン燃料を作れる国はない。
そのNUPが90%以上の核燃料ウランを1kg作るのにかかるコストはわずか30$である。
俺がやり直す直前、すでに21世紀に入って7年とかそこいらの貨幣価値換算でだ。
一方でコスト的には今一歩劣るとされるヤクチアが1kg/75$である。
これは今回、俺が作ろうとしている大量の遠心分離機の集合体たるカスケードで作った場合の費用である。
つまり広島を吹き飛ばした悪魔の兵器に必要なウランは、皇暦2667年頃の貨幣価値にてわずか5000$ということだ。
ここから爆弾を作っても爆弾1個の単価において1万$を超える事はない。
なぜ発展途上国でも核兵器を武装化できてしまうのか……それはここに起因する。
世界の技術大国が遠心分離機やウランを分解するためのエッチングガスの輸出入に大変気を使うのも、ある一点を無視してしまえば核燃料までは途上国でも比較的容易に作れるからだ。
燃料はまだしも兵器開発自体にはそれなりに金がかかるだろうが……管理こそ難しい一方で構造が単純なガンバレル型なら間違いなく1万$は超えないだろう。
現在の貨幣価値においておおよそ330$。
わずか330$で10万人単位どころか1つの都市を地図から消滅させてみせることが出来る悪魔のコアを手に入れることが出来るというわけである。
爆弾の金額は1個につき1000ドル少々といった所だろうか。
1000ドルで10万人単位で人を焼き尽くすなんて、なんて人の命は軽いのだろう……全くもってふざけている。
人の命は1$に満たないのだ。
遠心分離機で最も安価な核爆弾を作った場合においては……
横浜港などに駐留しているNUPの兵士が持ち歩いていて、よく皇国の子供に差し出しているチョコレートよりよほど安いのである。
ここからが問題だ。
なぜ俺は西条を通してこの話をチャーチルにしたのか。
なぜ皇国や王立国家がG.Iと組まねば、経済体力的に濃縮は不可能と断じたか。
それはNUPが当時、カルトロンによって1kgあたり一体いくらかけて濃縮していたかを知れば理解できることであろう。
もしこれをカルトロンによって達成しようとした場合、1kg単位で必要なのは現時点の貨幣価値で3万2800$である。
俺がやり直す直前の貨幣価値にて、広島を吹き飛ばした悪魔の兵器を作るための燃料をこさえるのに200万$オーバー必要ということである。
これは当時のNUPが本気でこれほどの費用をかけて実際に濃縮した数字であり、後から逆算して判明したもの。
非効率なんてもんじゃない。
あのNUPが大戦中にそう多く核爆弾を作れなかった最大の要因はここにある。
時間もコストも天文学的なカルトロン……すなわち電磁濃縮法はNUPですら堪えたのだ。
我々に出来るはずがあるものか。
可能なのは遠心分離法。
それは技術的にただ可能なんじゃない。
コストもあってのことだ。
ようはG.Iの力を借りれば、我々だけでも爆弾は作れるということ。
ただし、どこかで歯止めをかけねば今回の大戦が核戦争になりかねない。
戦闘機より安いのだ。
そこらの戦艦の主砲用の砲弾とそう値段が変わらないのは逆に危険だ。
それを達成する遠心分離機の構造はこうだ。
まず高さは1.78m
一応高さ自体は1.50mから遠心分離機器として十分使い物になる性能と出来るが、現実的にサブ・クリティカル型においては1.50m未満のウラン濃縮用遠心分離機というのは存在しない。
理由は長さが1.70m未満だとさすがに極めて非効率となるからだ。
高さが低くとも効率を高められるスーパー・クリティカルタイプ……つまり回転速度が音速を超えているようなタイプであれば話は別なのだが、そんなもの今の時代において作れるわけがない。
サブ・クリティカル型において最低限の効率を発揮させるには1.70m~1.80mは必要。
サブ・クリティカルを主とするヤクチアも1.70m以上の遠心分離機しか用いていない。
ちなみに未来のNUPの標準的なモデルは3m以上あるが、コスパというのはまず全長ありきというのがこれでわかるだろう。
この3m以上のモデルは当然のごとくスーパークリティカルタイプである。
未来の皇国はおろか、NUP以外の技術大国の技術力でですら全くもって再現できない代物だ。
遠心分離機の構造は回転数の4乗と、全長の1乗によって導き出される。
回転数を上げやすいのは1.50m程度だが、全長の影響も少なくないというわけである。
最も外側にあって回転する回転筒の直径は20cm。
ウラン濃縮用遠心分離機においては最も細いサイズとなるが、各部の耐久性を考慮すると径は太くできない。
NUPは未来において30cm以上のもの平気で採用するが、そんな技術この時代にあるわけがない。
この回転筒は密閉構造の中に仕込まれる。
理由はウラン濃縮時にウランを分離したことで内部の大気と反応して発生するフッ化水素が可燃どころか大気に触れたら爆発しかねない危険なものだからだ。
ゆえに密閉された容器の中に回転筒は封入される。
回転筒には中空シャフト形状の意匠が中心点部位に設けられており、さながら両側に管が取り付けられた酸素タンクのごとき形状。
この中に固定式のガス管が差し込まれて熱を加えられてガス状になったウランが回転筒内部に入り込むようにしなければならない。
ガス管は複数あって一部は回転筒の底付近にまで伸びている。
フッ化ウランのガスは注入用のガス管が中心点の中央付近からコンプレッサーなどを介してガソリンのインジェクターのごとく強烈に噴射されるようになっており、高圧高温のガスは高速回転による遠心力で圧力が分散されることで内部で発生する対流によって回転筒の内壁に押し付けられつつ、温度差や気圧差によって比重の軽い235が回転筒の天井へ、比重の重い238が回転筒の底へと向かう。
底付近では吸入を目的としたガス管が存在し、ここで238を回収。
ただし完全に分離できていないので、ここで回収した238は他の遠心分離機へ向かう循環方式となっており、上澄みにある235の純度の高いガスだけを一部回収して他のガスは何度も循環させて分離を繰り返す。
純度が高い235も純度が高まっただけであるので一旦回収した後は再びカスケード内で循環させて燃料として再投入する形で235の比率を高め、核燃料に採用できる90%以上を目指していくというわけだ。
未来の状況を考えるに必要となる純度は95%である。
そこを目指して濃縮作業を行わねばならない。
ゆえに遠心分離法においては数による勝負が有効。
数千……ヘタすると万単位で遠心分離機を用意して一気に作ってしまうのがヤクチア方式であり、後の未来におけるウラン濃縮のデファクトスタンダードとなっている。
俺が戦後見学したとある発展途上国では6500台の遠心分離機で9ヶ月かけて30kgほど製造していた。
これはサブ・クリティカル型でも比較的効率が良かったので、現段階で同じような効率で作れるとは思っていない。
皇国においてウラン濃縮を行うという場合、最低4500台は必要で……俺はこれでもって1年半で30kgを見込んでいる。
数の勝負とはすなわち、この数を増やせば増やすほど事故のリスクは高まる一方で生産量は増やせるというわけである。
遠心分離機を倍に増やせば製造にかかる日数は1/2となるということだ。
これが"濃縮"という言葉の意味である。
最終的に循環を繰り返したガスは238の純度が高まった段階で全て回収されるわけであるが……
実際にウランを分離させる回転筒は文字通り回転するものであり、密閉容器内には回転が乱れないようダンパと軸受けが必要となる。
軸受けが必要な数は4つ。
密閉容器内に回転筒を上下に支えるものが2つと、密閉容器外のガス管が及ぶ構造部位に循環機構があるため、そこまで回転筒の中空シャフトが伸びるのでそれぞれ2つずつ必要となる。
全て振動を制御する軸受ダンパによって不快な振動を発生させないように制御しなければならないが、特に回転筒の底面はモーターまたはガスタービンエンジンなどの動力を受けて回転するため特に頑丈な軸受けでなければならない。
一連の回転筒などの構造体はニッケル合金か皇国が得意とする耐腐食性アルミ合金。
ステンレスも有効だが技術力が劣る国が全く採用しないように製造が難しいので核開発を行いたい国ほど手を出さない。
2601年の皇国においてステンレスなんてまともに作れないし、NUPですら後20年はしないとまともなステンレスは作れないので当初より考慮しない。
恐らくは様々な理由からアルミ合金が採用される可能性が高いだろうな。
なぜなら前者は溶接が難しくなる要素満載だが、当然にして遠心分離機は隙間などあってはならないので溶接構造でなければならない。
例えばヤクチアは持ち前の冶金技術によってアルミ合金を銀ろう溶接構造としたもので遠心分離機を作っていたが、これは現段階での皇国でも不可能ではないものだ。
特にCs-1の生産を実現化させた今の皇国ならば……な。
これらの開発を今より始めれば、2603年には濃縮ウランの量産体制に移行可能。
以降においてどうするかは、その国に委ねられる。
「チャーチル首相。以上が概要です。すでにG.Iには概略ながら説明済み。彼らは今回の件に1枚噛んでおり、我々に分離技術の提供を求めている状況にありますが……今のはその時に説明したものより踏み込んでのお話となります」
「あー……つまりは、我々にも燃料を精製することが可能だと?」
「G.Iから遠心分離機の提供を受けて、濃縮工場のようなものを作れば可能かと」
「300$でベルリンが地図上から消滅する爆弾が……か」
「チャーチル首相。"NUPがこの話を聞いたら間違いなく興味を示すことでしょう"。そして是非使ってみたいと思う人間も政府内にそれなりに出てくる事でしょう。貴殿がこれからやらねばならないことは、いかにNUPを抱き込んでNUPが使うように仕向けるかです。お互い、20世紀の大罪人として名を残したくありますまい?」
西条の言うとおりだ。
俺がやろうとする方法では、トールボーイとそう変わらぬ価格でリトルボーイが作れてしまう。
核関係で金がかかるのは、結局は放射能対策関係なのだ。
きちんと運用しようと徹底すると、ここに尋常でないほどのコストが必要となってくる。
それらを無視してしまえば、これほど金のかからない強力無比な最悪の武器もない。
だがそれは、人を人と思わない放射能なんて関係ないみたいな国ヤクチアですら迂闊に使えない武器なのだ。
俺がやり直す直前、結局ヤクチアは核戦争を起こさなかった。
それだけの恐怖がこいつにはある。
それは偏に皇国の惨状を知ったからなのかもしれないが……上に立つ者ならどれだけ恐ろしいものかぐらい予測できるはず。
目の前で青ざめた表情に変わりつつある小太りの男も、ようやくその危険性を理解しはじめたに違いない。
ひとたび理性を失えば、5年後以降、我々は再び氷河期に突入した地球において石と木で出来た槍でもって国家という存在すら消滅しかけた状況の中、もはや単語しか残っていない民主主義を守るがために戦うことになるのだ。
そこに民主主義は無いだろう。
俺達が出来るのは、作り方を知るまで。
それ以上の領域に踏み込めば22世紀に王立国家や皇国の存在は無い。
そんなにヤクチアに落としたいというなら、貴様がそれを覚悟の上でやれということだチャーチル。