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第133話:航空技術者は遠心分離のコストパフォーマンスが異常だと伝える(前編)

長すぎるので分けます

「――西条首相。私たちからのプレゼントはどうだったかな。我々としても中々貴国に提供できるものは多くない。だが、提供できる数少ない技術の中では突出したインパクトのあるものだったはずだ」

「確かにおっしゃる通り。しかし同時に非常に扱いに困る危険極まりないものと存じました。お渡ししたウランとプルトニウムに関する危険性を記した研究論文はお読みになられましたか?」

「ただの重金属ではないことなど百も承知。すでに危険性はこちらも独力で多少なりとも理解しつつある。とはいえ、ヤクチアの増長を食い止め、第三帝国の脅威から身を守るためには必要不可欠。第三帝国より早くに"合金管"を完成させ、配備しなければならない」


 皇暦2601年4月4日。

 民衆の戦争の民衆側の主役たる三国の首脳会議は、開幕からチャーチルが凄まじい勢いでかき回してきた。


 こういう会議の様子を見てつくづく思い知らされるのは、別次元だからといっても当人の性格やらなにやらは変わらないということ。


 現状においてチャーチルは立場が変わったに過ぎない。


 本来の未来において、この男は積極的に原爆の使用を推奨した。


 どれだけ推奨したかというとNUPの大統領が皇国に原爆を落とすまでにチャーチルに確認を行ったのが計7回。


 それも慎重に慎重を期して7回も外交文書にて確認を取った一方、急かしたのは他でもないこの男である。


 当人の住む国においては最終的に2605年までの間に核爆弾は完成しなかった一方、放射能やらなにやらに対する危険性の認識はNUPよりも上回っていたにも関わらず、使用については可能であればヤクチアに使うことすら考えていた。


 それで共産主義を倒せるなら安いものだと本気で主張していた男である。


 ただし、回想録にあるとおり、彼が核爆弾を"使える"と定めた時期は大戦終了まで。


 以降は絶対に使えないことも理解した上での行動であり、今後100年以上は核戦争は起きるわけがなく、より強力な核兵器として進化すればするほど使うことができなくなるという……ある種、最も平和な戦略兵器であると称していた。


 また、当初より"自分で使う"ことなど微塵も考えておらず、NUPに使わせることばかり考えていたと言われる。


 使った者だけが加害者となって未来永劫恨まれ続けることを理解していたからである。

 そのための手段は一切選んでいなかった。


 つまるところ現在の彼の考えは皇国と共同開発させて皇国に使わせることに他ならない。


 そう抱き込んでくるであろうことは事前に西条らに説明してあったので、彼の揺さぶりはこちらに通じていなかった。


 なぜなら、皇国も現在における核兵器の運用についてはチャーチルと同じだからだ。

 今後の体制として理想なのは"作り方を知っている"が、平時において武装しないこと。


 平和利用と称して危険な発電事業には手を出す一方、核武装までは行わない。


 大戦中は立場上核武装することになっても、大戦後の新たなる秩序を構築した未来においては破棄するのだ。


 原子力潜水艦や空母に関しては今後の海軍などが考えて選択すればいいことだが、個人的な理想では上記2つも配備しない方がありとあらゆるリスクを減らせるとは思っている。


 ただそれは、すべてにおいて結果を出して皇国が存続できた先の話。


 現段階にて理想を描くには早すぎるがゆえに頭の中の片隅にしまっていた。


「チャーチル首相。共同開発に対する提案に関しては我々も了承できます。そのための予算も人員もそれなりに投入しましょう。しかし我々が使うかどうか、具体的に実戦配備するかは別の話。研究開発によって生まれた技術に関しては常に全てを共有する意思と準備こそございますが、使用と配備に関する意思決定はそれぞれの国が独自に行い、最終判断を行うこととさせていただきたい。でなければ共同開発の話は受け入れられません」

「その言葉は使う気が無いと言っているようなものだぞ西条首相。怖気づいたのか」


 チャーチルは怒りを素直に隠さなかった。

 ここまできて尻込みされたのではNUPに先んじて伝えた意味が無い。


 そう考えている様子である。


 だが皇国はすでにこの時点で方針を決めていた。

 西条は俺の知らぬ間に陛下と対談し、核攻撃の最終意思決定は陛下にあることを確認済み。


 その上で陛下は"命令は下さないと皇国議会の議事録に予め書いておいていただきたい"――と西条に伝えていた。


 言葉だけとはいえ、広島と長崎の状況を知った陛下が、自分が被害に遭う以上に他国に被害を与えるなど許すわけが無い。


 西条は統合参謀本部においても"私が投下意思を示しても、最終決定権は陛下にある"――と主張し、自らが使いたいと進言しても拒絶されるであろうことを統合参謀本部会議にて暗に主張していた。


 宮本司令含めた海軍はこの西条の言葉に何の反応も示さなかったが、一言だけ「――国の存続が危ぶまれる状況において検討の余地はある」――と、防衛兵器としての利用については検討するよう促してはいた。


 作れるかどうか、本当にそのような威力があるかどうか……そんなのを知らずとも簡単に落とせといって落とせるほど皇国の精神は乱れていない。


 そこまでの危機的状況にまで皇国は追い詰められていなかった。


 これがもし本来の未来の2604年頃であったならば、太平洋の海上で爆発させるとか、潜水艦を派遣した決死の自爆攻撃で西海岸を汚染地帯にさせた可能性もあるが、一先ず太平洋は平和なのだ。


 とはいえ、ヤクチアに対して核無しでどう攻めるのかについては議論の余地あり。


 あの数だけは多い国を倒せるだけの戦力は現時点における我々サイドには無い。

 しかも現時点では数だけが多いに留まるが、後10年もすれば技術も磨き上げてくる。


 その前にある程度倒しきる方法など、俺も思い浮かぶものが無かった……


 だが、それでも捻じ曲げたくない皇国の意思がそこにはあるのだ。


「――そう言われればそうかもしれませんが、いかんせん"皇国は弱い国"ですからね。あの国は広い。1発2発で沈む程度の国民総数と国土の広さではない。使ってみて倒しきれず、未来永劫恨まれ続けた先に滅ぶ道を選択することはできませんから……ただ、それは貴方方も同じであるはず。現状において使っても問題ない国はこの世に2つしかない。片方は敵で、片方は敵か味方かわからない第三国……貴方もおわかりのはずだ」


 たった2つのうち、片方については大戦中に完成させることはないだろう。


 ゆえに使っても問題は無いが、使うことのできない国であると言える。


 問題なのはもう片方。

 使っても問題ないだけの自衛力を持ち、経済力を持ち、国民の数もそこそこにいる大国の方だ。


「首相は現在の状況においてNUPを抱き込んで彼らに攻撃を行使させられるとお思いか? 彼らは使うまでに危機感を抱くのは、貴国が現在とは完全に相対する立ち位置にいた時ぐらいだと思われる。彼らは共産主義がいかに危険かわかっていない。海を隔てた先にある国が自国に大した影響を及ぼすはずがないと考えている。NUPは勝つためならば共産主義とすら手を組む者たちだ。ヤクチアに使うなど……」

「ヤクチアを落とした方が大きな利益を得る。そうなれば彼らは動かざるを得ません。今現在、民間企業を通した別口にて交渉中ではありますが……手は打っております」

「具体的に何を?」

「集の鉄道事業の共同経営その他。経済特区として発展著しい地域にて譲歩します。彼らが恐れているのは東亜やユーグの結びつきが強くなって西側の海域……インドラ周辺の海域で第三国が経済的弱体化を狙って火遊びなどを起こし、海運などに重大な影響を及ぼされる可能性を大変憂慮している。陸運の可能性を捨て去らない事で安定的な貿易路を確保しておきたいわけです。そのために一番障害となりうるのは……」

「ヤクチアしかないと言いたいわけなのか!?」

「まあ、全てにおいて譲歩するわけではありません。いくらかは折半する案を提案済みです」


 チャーチルが驚くのは無理も無かった。

 そもそも事前にこの話はしていなかったので、寝耳に水の話である。


 なんたってこの話はここ数日の間に一気に話が生まれて進んだものであるからだ。


 昨日、俺が西条に向井から与えられた情報を伝えるたことで、状況はあれからさらに動いていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なにィ! 南集鉄道からの完全撤退だとォ!?」


 話を聞いて椅子から立ち上がってしまうほどの内容であった。


 西条の執務室に入ってきて早々内容を伝えたところ、彼はすぐさま俺の目の前に向かってきて相手が突きつけてきた内容をまとめた文書を渡すよう促してくる。


「どうぞ。……ご覧のように四井に対しては間違いなくそう主張されてますね。他の皇国企業に対してどう圧力をかけるかは不明。敵対的買収もありえます」

「信濃。奴らは2/3の株も手に入れると思うか?」

「向井氏に対して先方は1/3の取得を当面の目標としているとだけ伝えきてありますが、残り1/3を獲得されるのは時間の問題かと」

「冗談ではない。四井と他民間企業が2/3を取得しているからこそ皇国政府は1/3を手放したのだ。軍の結びつきが強いゆえに議決権や拒否権無しの総計で2/3状態であれば問題ないと……特に特約を結ぶ四井があるからこそ、必要とする影響力を保ち続けられるであろうとの判断だ。すでに大幅に譲歩した今の状況において2/3もの株をNUPに奪われてたまるか!」


 久々に感情的になる西条を見た気がする。


 慢心する様子はない一方で冷静さを保つ姿が多く見られた影響で、最近では首相も板についてきただとか貫禄が出てきただとか言われるようになってきただけに懐かしい光景に感じてしまう。


 本来の未来においても首相となる前はすぐ癇癪を起こす男であったが、首相となってからは幾分冷静な大人な精神を持つようになってはいたが……


 さすがにこの要求内容で感情的にならないようでは逆に病気を疑いたくなる。


 どんな役職に就く成人であっても怒るだけの理由たりえた。


「それで、どうされるおつもりですか」

「1/3に留めさせる。企業経営は好きにやるがいい。だが2/3となるとヤクチア側に奴らが回ってやらかす危険性を一切排除できん。それは奴らが海上輸送においてバラタ周辺でやられたく無い事を、陸運という領域にてこちら側にやるのと同じこと。拒否権無しという事はそういう事だ。ゆえに……四井からの事業撤退を許さず他の皇国企業の1/3の株を彼らに渡すか、我々が1/3を買収して再び直接的影響力を持つ……選択肢はその2つだけだ。これは絶対だ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 状況を聞いた西条はすぐさま鉄道大臣の長島と連絡を取り合い、すぐさま南集鉄道の株券が皇国政府のものとなるよう手配を始めた。


 交渉中に手を出される可能性があったためである。


 特に四井は単独で1/3の株券を保有しない事から、どちらの案においても一旦皇国政府が買い取る必要性があった。


 皇国政府としては四井が1/3の株券を確保しつつ特約を保持し続けるのが理想だが、特約を排除したいNUPに譲歩して皇国政府または皇国政府が買い上げた後に再び四井に与えるなど様々な案を検討中。


 重要なのは南集鉄道においてNUPに認めるのは折半案だけであり、完全にあちら側の手に渡ることは許さないということ。


 NUPの経営手法などに基本口出しはしないが、皇国の国益を大きく損なう独善的な経済活動は許さないことを明確とした上で向井に交渉に臨むよう調整を整えた上で本日に至っている。


 万が一を考慮して外交官を彼のサポートにもつけているほどだった。


 現時点において交渉がどう進むかはわかっていないが、手を打っていないわけではない。


 皇国政府からすると南集鉄道以外においてはほぼ譲歩であり、これ以上の後退はできないというところまでありとあらゆる分野でNUP側に干渉しない姿勢ではあるものの……


 交渉する上ではその条件よりさらに厳しい条件を突きつけられないようある程度厳しい態度で臨んでいる。


 この交渉においてはシベリア鉄道についても触れるらしいが、基本的にこちらも折半案である。


 シベリア鉄道に関しては現時点で海運の2/3の時間で輸送が可能なのだが、将来的には1/3や1/2の時間で物資を輸送してこられる非常に貴重な路線。


 ここにあわせてシルクロード周辺に鉄道を展開することでその輸送力はさらに増大。


 決して皇国にとっても見過ごせない陸上交易路なのだ。


 そこにおいて一定の譲歩をすることがどこまでの状況に繋がるかは正直未知数だが……何もしていないわけではなかった。


 ◇


「ふむ……おっと申し訳ない。会議が中断してしまったな。とても興味深い内容だ。ホワイトハウスを動かすためにロックフェラーの弟の力を借りるか」


 今チャーチルの手の中にあるのは昨日俺が受け取った向井に突きつけられた要求文書の複製。

 西条がこの件の話を切り出したことで会議は一旦中断。


 チャーチルは文書を読む時間を与えられ、読むのに15分ほどの時間を費やした。


 この状況においてムッソリーニは沈黙を守っている。


 あえて口を挟まないのは自国において無関係ではないが関与できる領域の外の話だからであろう。


 核武装や核開発に関しては多少は関与していくつもりであろう事は間違いないが、NUPに直接要求やらなにやらしていけるほどのポジションにいないため……


 今は自分達の番が回ってくるまでひたすら待っている様子である。


 会議の場には先日ニューヨークで演説を行っていたバルボ将軍の姿もあった。


 バルボ将軍はNUP国民からは民衆の戦争における主人公の一人として見られており、ヒーローそのものの扱いをかの国にて受けていた。


 彼本人もそれを演じることで、NUPの大衆から支援や援助の手を差し伸べてくれるよう各地を回っていた。


 空軍の長として戦略を練る中で、同時に政治家としても活動できるのは彼ぐらいなもの。


 それなりに配備できた百式襲撃機や、少数ながら受け取った百式攻撃機などをもって彼は見事に立ち回り、アペニンにおける制空権を不動のものとしていたのである。


 少ない戦力でもって大きな戦力を退けることができるのはやはり名将といわざるを得ない。

 巧みな戦術によって南側から圧力をかけられた第三帝国はひたすら西に進軍する状況にある。


 その彼も沈黙を守っているが、彼がほしいのは核爆弾よりも最新鋭航空機であることは間違いない。


 彼が貪欲に世界各地を放浪しながら戦闘機を求めているのを俺は知っている。


 各国の新聞において取りあげられた記事に、要人と会談して航空機の供与を求めるもの彼の姿が何度も出てくるからである。


 その結果は十分に現れていた。

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