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第15話:航空技術者は一式に真新しい胴体構造と尾翼を採用する

「信濃技官。この構造は一体?」

「ええ、実はですね――」


 大山がさっそく機体後部の形状について問いかけてきた。


 ここも俺が大幅に変更した部分だ。


 胴体構造については大山がすでに思いついている水平尾翼と垂直尾翼の配置構造があったのだが、俺はこれを逆の配置へと変更した。


 大山が二式と四式にて採用するのは水平尾翼の後方に垂直尾翼を配置する方法。


 こうすることで垂直尾翼の効果を高められて機体の安定性が増すのだが、実はこの処理は正しくない。


 WW2における胴体後部の尾翼の処理については3つの方法が提示された。


 1つは大山が試みた方法であり、垂直尾翼を大きく後ろに伸ばしてしまう方法。


 もう1つがNUPやアペニンなどが示したように、垂直尾翼を大きく真上に張り出してしまう方法。


 そして最後が垂直尾翼を水平尾翼の手前に持ってくる、同じくNUPが試みた方法だ。


 現代の戦闘機においてはほぼ全てNUPが採用した垂直尾翼を水平尾翼の前方に配置する構造がスタンダードとなった。


 そればかりか60年後から誕生しはじめる旅客機ですら、この尾翼処理となって燃費改善に貢献する。


 革命的なすごいターボファンの双発機である777が生まれるんだ……NUPからな。


 しかもそういう構造を示したのはコンピューターだという。


 アレが登場するまでのNUPの旅客機は酷かったが、以降登場するNUPの旅客機の空力特性は俺でも感動してしまうようなものになった。


 もうすでに歳くってたが……俺も777の開発に参画したかった……


 アレはNUP製なのにも関わらず、山崎、四菱、そして長島の三社が全体構造の21%を分担して製造することになる。


 グローバル時代の先駆けだの、雪解けだの、いろいろ言われたな。

 

 当然にして俺もこちらを採用する。


 こいつはNUPにおいては失敗作と揶揄されるF4Uなどで多く採用された構造であり、当時は懐疑的な評価もされた。


 だが、この構造のせいじゃない。

 設計者がヘボだったからだ。


 というより、この構造は風防やエンジンカウルを含めた胴体全ての構造を考慮しなければ乱流調整は非常に難しい極めて繊細な構造となるのである。



 正直な所、F8Fのように真上に張り上げてしまうほうが処理としては楽だが、重量が嵩みやすい。


 こうするとどうなるかというと、機体上部を流れる気流は全て垂直尾翼によって制御されることになる。


 何が利点かといえば、垂直尾翼を短くすることが出来るという点だ。


 効果が大きくなった分、小型軽量化できうるのだ。

 

 垂直尾翼を水平尾翼の後方に配置するよりも垂直尾翼の効果を高められるが、前者は水平尾翼が乱流抑制の効果を発揮する一方で俺が採用する方式においては垂直尾翼に全てがかかっている事になる。


 そういう意味ではある意味でデメリットと言えなくないのだが、胴体構造において流体力学の効果をより高める事ができればむしろメリットの方が大きい。


 また、それって戦闘時において不利ではないのかと思うかもしれないが、そんな事はない。


 戦闘機において一番壊れてほしくないのは水平尾翼と言われるが、垂直尾翼と位置がズレることによって構造的余裕が生まれ、水平尾翼を頑強にできるのがこの構造の最大の利点。


 安定性の処理に困るというならば、水平尾翼にかなりの角度でもって上反角を付けてしまうという手もあるが……

 

 NUPが当初失敗したのはそうしなかったことと、垂直尾翼を前に出しすぎたという部分が大きい。


 俺は当然にして通常通りの方法でもって処理する。

 上反角をつけすぎるとロール性能やマニューバに影響が出る。


 そもそもが垂直尾翼を前方に配置することで胴体後部の寸法を短くできるという利点もあり、より軽量化できるというのも大きい。


 なるべく軽量化しておきたいのは全ての戦闘機においての基本だ。


 ちなみにどうしてこの構造に拘るかと言うと、運動性の更なる向上が期待できるから。


 通常では不可能とされる迎角90度でのラダー操作すら可能になる。


 エンジンパワーさえあれば空戦フラップと併用することでどんな動きになるか想像もつかない。


 俺の想像力が足りないが、テストパイロットの脳内に麻薬が大量分泌されるようなことができるはず。


 捻りこみなど目じゃないような凄まじい空戦機動により、零を完全に捉えることが出来るのだ。


 大山は胴体構造でそんなに上手く乱流抑制ができるのかと不安がっていたが……尾翼含めて機体後部の胴体構造をきちんとしたものに出来ている上、尾翼に関しては非常に頑強にしたので安心してほしい。


 ちょっとやそっとの被弾で性能が低下するなどありえん。


 しかもこの構造……少しばかり模倣しただけでは未知の要素が多くて再現できないからな。


 そういう意味でもあえて採用してるんだ。

 仮に鹵獲されて真似しようにも同じようにはならん。


 おかげで本来の一式より一回りほど機体が大型化したが、胴体構造にはエリアルールなどを採用したことでシンプルかつ流麗な意匠となってくれた。


 機体の計算重量では12.7mm機銃装備で燃料を抜いた乾燥重量2200kgを少し下回る程度。


 本来の一式二型の乾燥重量より200kgほど重く、三型より130kgばかり重い。


 これを達成するためにこの機体の胴体構造にはこの時点で最新かつ最大の特徴となるものを付与している。


 プレス成型圧板構造である。

 外板をただ圧板にするだけでは軽量化を達成できない。


 その分、構造部材を軽量化できるというがさしたる軽量化にはならない。


 だがきちんとなされた計算により構造部材と外板を適切に設計できれば機体を大幅に頑丈にした上で軽量化が達成できる。


 つまりは構造部材をより簡略化し、減らすために外板をプレス成型してある程度形を整えるということだ。


 そうすれば構造部材が減るだけでなく外板を繋ぎ止めるリベット本数も減る。


 組み立て工数を減らしつつ軽量化を達成できるといわけである。


 この時点で圧板構造の可能性について技研では気づいているが、それを採用するのは3年後。


 技研においては億劫になってなかなか手を出さなかった技術が多い。


 こうすればダイブ性能も簡単に確保できるというのにな。


 俺はそういう技術をもてあますような真似はしないし、させない。


 必要な最新技術は余すことなく最新鋭機に採用する。


 その結果として、一式戦闘機一型とは400kgほどの差があるが、俺が設計した一式は当初より三型相当のものとなっており、改良の余地がさほど無い一方で大戦後期と同じだけの性能を有して登場できるようになる。


 これでもむしろよくこの重さに留まったと言えるほどで、このあたりは圧板構造と合わせて後部の胴体設計の恩恵が大きいと言える。


 全長が本来の一式よりやや短い8.38mしかないのだ。

 本来の一式より60cmばかり短くした。


 すでに重量物となる要素は全て最初から導入し、今後の改良による重量増減は最小限となる可能性が高いために後はエンジンパワーアップによる性能改善が主となるとは思うが、細かい部分における改修は続くことだろう。


 変に武装を追加しない場合ならば2300kgは絶対に切ると西条には伝えている。


 本来の一式とは大分見た目が変わっているが気にしない。


 コックピットの風防はキ35と同じく曲面ガラスを採用。


 三組一対となっており、非常に開けた視界となっている。


 ところでこれはガラスといってもプレキシガラスであり、実際にはアクリル樹脂であって未来の戦闘機と同じものだったりする。


 まあ未来のヤクチアに乗っ取られた皇国でもプレキシガラスと呼称しているものであるのだが、零などにも採用された存在でこの時点で実用化されたものだったりするのだ。


 実は本来の一式も当初はそうであったのだが曲面ガラスの成型方法が雑で飛行中に視界が歪んで一部が通常のガラスに変更され、二型乙以降に再び再設計されたものが導入された経緯がある。


 すでにキ35で地盤を整えたので大した技術でもないし、当然にして当初より二型乙を超えていく形状に設計している。


 これも垂直尾翼の効果を強めたいがための選択である。


 無論、防弾ガラスもきちんと完備している上、操縦席周辺には防弾鋼板も配置。


 このヒシライトと呼ばれるアクリル樹脂は重ね合わせると自然と防弾効果を生むのだが、コックピット正面に純粋な防弾ガラスを据え置いた一方……


 風防も防弾能力を確保するために5mmのものを5重に積層させ、12.7mm弾相当のダメージを防ぐよう調節してみた。


 実はこれは皇国軍では大戦末期に至るまで単発戦闘機に採用していない技術だが、透明度を確保したまま積層できる技術はすでに確立されており、当時は軽量化のために不採用となったものをあえて採用したのである。


 皇国がいかにエンジンパワーに泣かされたかわかるエピソードだ。


 コックピット正面は積層した一体成型のプレキシガラスを採用したことで非常に視界が開けたものとなったが、バードストライクなどの危険性についても積層したことで解決した。


 ところで、一連の設計を導入にするにあたり、特に翼について長島の技術者はとても気になったようで、大山も含めて"なぜキ35で試さなかったのか"と口々に主張したが、表向きは「開発期間にそう時間がかけられなかったから」ーーと、説明しておいた。


 実際の理由は絶対に600kmを超えたかったが、一郎に層流翼型の利点について教えたくなかったからだ。


 一郎はキ35にて翼の翼面を薄く、まるで本来の一式のような構造をさせながら逆ガルとするものをこさえた。


 この時点で層流翼型は採用しにくいのだが、仮に層流翼型を採用して一郎がその存在の利点を理解した場合、零にそれを採用されるのが嫌だった。


 なぜなら、俺が一式でやろうとしたことを零でやれば間違いなく海軍はハ25に拘るからである。


 仮にハ33を採用しないならば零には早々に死んでもらう。


 この機体の主脚は設計自由度が強まった故に頑強だが、その理由は地上での離着陸だけを考慮したものではない。


 骨組みの間には12.7mmやホ5こと20mmの搭載すら可能なスペースをあえて残した。

 その上でこの翼も頑強。


 そう。

 俺はこの一式を艦上戦闘機としても使える余地をあえて残している。


 零の後継機が失敗した場合はあらたな一式が零の代わりとなるであろうが、これは単なる保険。


 出来れば一郎にはこの一式を参考に軍用機としてはさらに上の機体を作ってもらいたいのだ。


 烈風ではない。


 名前が烈風であっても姿は烈風ではなく、疾風と同じく量産化が容易な重戦闘機だ。


 そのためには……恐らく俺が油圧カタパルトを実現せねばならないのだが、そちらも目処はついている。


 油圧カタパルトの構造ぐらい知っている。

 近いうちに挑戦するさ。


 あれも流体力学が示した可能性なのだから。


 ◇


 連日に及ぶ長島の胴体開発部との協議を重ね、細かい設計がまとまってきた。


 西条はこれを軽戦闘機と呼ぶのかと問いかけてきたが、12.7mm二門という武装は従来通り採用。


 ただし、12.7mmを翼内に4門追加し、最大6門とできるので確かに軽戦闘機なのかは怪しいところ。


 西条を含めた上層部は皇国製スピットファイアや皇国製Bf109などと呼ぶが、彼らはこちらの設計意図をある程度理解しているようだった。


 こうした理由はハ43にある。


 俺はハ43を一式に搭載することを当初から考えており、そのために本来の一式より少々大型化させた。


 こうすることでやや中途半端な本来の四式の代替になるのではないかと考えたからだ。


 ……というよりも、四式は対爆撃機用などの重戦闘機としたいのだ。


 数々のエースパイロットが主張しているが、対戦闘機戦では12.7mmで十分。


 それはNUPですら否定せず、一郎も最終に12.7mm×4が零の理想だと理解するほどである。


 対爆撃機や対双発重戦闘機に対しては専門の機体を用意する方が正しいのだ。


 最大2200馬力級に到達する本来のハ43は完成するかどうかも怪しいが……今、四菱が平行して必死に開発している。


 彼らは火星と瑞星の開発を中止してまで力を入れている。


 こいつが手に入れば20mm×4という構成すら可能。


 俺としては四式はF8Fベアキャットと真正面から戦える戦闘機としたいんだ。


 一方。一式は一式で仕事があるので、そちらは四式に任せるとしたい。


 ただ、このまま行くと二式が四式の代わりになって四式が誕生しなくなるかもしれんな。


 基本的に四式とは骨子などの形状が極めて類似していて、順当に進化した二式の全方位アップデート版なのだから、最初からアップデートされた存在になるだけだ。


 ともかく、一式の設計がまとまったのは大きな前進だ。


 見てろよ一郎。


 キ35のフィードバックから零を多少なりとも改良したとて俺の作る一式戦は負けないからな。


 特にお前の零における最大の弱点である生産性を無視する設計については、キ35の教訓から見直してほしいばかりだ。

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