―皇国戦記260X―:3話:第三帝国の黒い鴉その2
「何が言いたいのかというとだね若いの……重要なのは主翼構造だ。本当にほしかったのはモックアップが地上でタキシングする写真よりも、風洞実験室にて実験を受ける姿だったのだ。その三面図こそ、私の欲しいデータだったのだよ」
「そう申されてもですね……大型でかつ高速領域の状況を試験できる風洞実験室は皇国にはまだ無いんですよ。小さな模型のデータしかないと以前もご説明した通りでしょう?」
確かにその説明は受けている。
しかしその程度で引き下がっていては困るのだ。
そんな悠長なことを言っている余裕はなどなかった。
何かあるはずなのだ。
でなければ作れるわけがない。
大体が――
「あの小型模型は偽物だ。翼の配置や構造がまるで違う。突起物を大量に取り付けた翼など、大型爆撃機ならまだしも戦闘機に採用するはずがない」
「はあ……私には大体同じ機体に見えましたが……それに翼の突起物は映像の乱れの可能性も……」
「尾翼の配置は小型模型では主翼上だった。だが、ゲーリング元帥が仮組み中の大型モックアップを撮影してきた写真の尾翼は下。そして今回タキシングしていた機体も下だ。私の予想では、皇国陸軍は自信をもって下配置にした戦闘機を送り込んでくる。でなければこうまで徹底して下配置などにはしない」
この当時の私でも、この範囲までにおける予想なら可能だった。
皇国は嘘をつけない子供のような性格をしている。
ゆえに見せ付けたものはそのまま出してくる。
隠すことができない。
しかし隠さない存在が理解不能な領域ゆえに、見ただけではブラフとすら疑いたくなる代物となるのだ。
それはいわば、すでに私達の領域を大きく越えた場所に皇国の技術者がいることを意味していた。
「なんというか……シュミット博士は主翼に着目しておりましたが、タンク博士は主翼よりも尾翼に拘るのですね。シュミット博士はあの翼に整流板がないのはありえないとおっしゃってましたのに。尾翼よりもツルツルして表面に何も施されない翼の方がおかしいと」
「それはシュミット博士が勉強不足なだけだ。三角翼の表面に無駄な突起物は必要ない。リピッシュ博士の三角翼に関する研究論文においてもそのことは説明されている。問題は翼本体よりもその後ろに発生する乱流。あの翼、どうやってそれを制御しているんだ」
「翼の断面形状はこの横からの構図から判断できませんか?」
「駄目だ。なぜか翼が垂れ下がっていてよく見えない。真下から覗き込むように撮影しなければわからないようになっているのだ」
この垂れ下がった翼形状というのも当時においては極めて斬新。
上反角を付けるのが当たり前であるのにも関わらず、デルタ翼とはこうであるといわんばかりの形状。
後にキ84「四式主力戦闘機」と呼ばれる機体を実際に拝見して驚いたが、真横から見て翼の翼断面が判断できない原因はねじり下げ構造と、この妙な曲線美のある翼形状によるものだった。
この翼形状によって乱流はなんと翼の真後ろに発生するのである。
皇国の戦闘機は四式主力戦闘機以降、新たに開発される次の世代の戦闘機が次第に主翼と水平尾翼との距離が縮まっていくことになるが、最高速度が速くなればなるほど当然にして発生する乱流は手前となってしまうため、乱流の影響を受けない位置に尾翼を配置しようとしてそのような設計としていた。
そして四式自体もさらに化ける。
何度も改良が施されて進化していくのだ。
幾重にも改良が及んだ四式主力戦闘機においては、特に戦後の改修型にて水平尾翼に大幅な構造変更があった。
全遊動式尾翼の投入である。
ここまで洗練された主翼においては、全遊動式として尾翼自体を小型化した方が高速飛行時において有利になる。
そのことに気づいたのだ。
低速旋回においてより失速しにくくなった戦後改修型は前縁スラットまで装備し、さらにエンジンも強化された影響で実用型超音速戦闘機として変貌を遂げた。
つまるところこの戦闘機は……実は第一世代ジェット戦闘機ではなかったということである。
それを見越して設計しつつ、戦中で可能な限りの技術を投入して作り上げた第二世代ジェット戦闘機のなりそこないだったのだ。
通常、重量が大きく増大する上に昇降舵エレベーターの効果が大きく向上しすぎて飛行不安定化を招くため、絶対に選びたくない全遊動式を平然と導入するほど主翼の構造は洗練されていた。
初期の四式主力戦闘機ですらあの位置に水平尾翼があるにも関わらず、飛行特性は本当に微妙な機首上げ。
機首が飛行中に自然に下がることがなくほぼ水平飛行をし続ける特性で、高高度においてもほぼ水平飛行が可能だった。
従来の翼だと高高度になればなるほど重心が前気味になって機首が下がる。
薄くなった大気の気流を翼が受け止め切れないからだ。
だが四式主力戦闘機は高度1万2000m以上にならないと機首が下がらず、失速で少しずつ下がるきわめて操縦が楽な部類の戦闘機だったのだ。
翼手前のねじり下げ構造が高高度において気流を圧縮して強烈に機体表面に押し付けるからである。
翼がどの高度でも、どの速度帯でもその能力を失わない。
たとえ高迎角をとってもそうなのだ。
傑作を飛び越えた何かである。
戦後の機体は水平尾翼の構造変更と併せてエンジンの変更や胴体構造の一部見直しが行われていたが、たったこれだけで他国がオロオロしている最中に皇国は超音速飛行可能な実用型ジェット戦闘機の配備に成功。
世界初の超音速水平飛行こそ意地を見せたNUPに奪われたが、実用超音速戦闘機をすぐさま量産して配備し、高らかに「試験飛行などとるに足りない自慢にしかならん」と世界に言わしめたのである。
その領域に踏み込んでいる第二世代ジェット戦闘機のなりそこないに、私は挑まねばならなかったのだ。
しかもこの時の私は、それが第一世代の境界線付近の領域にいる戦闘機であることなど知る由もなかった。
「これではまだ足りんな。これではまだ……」
「新鋭戦闘機の基本設計は固まりませんか?」
「ああ。追加の情報が必要だ」
「了解です。もう少々情報を集めてみます。それでは!」
コツコツと規則正しい足音と共に仕官は立ち去る。
――若き士官が立ち去った後、暫く開発作業を中断して皇国の戦闘機に見入っていた自分がいた。
頭の中にはこの戦闘機が飛んでいる光景。
そして翼表面においてうごめく気流が浮かび上がってくる。
恐らく高迎角度をとった際、この戦闘機は他の戦闘機を大きく凌駕する動きを見せるはず。
極めて安定的に。
鋭く、鋭利な刃物で何かを斬っている最中に即座に切り口の角度を変えるがごとくスパッと軌道を変える。
なぜだかわからないが、これまでの知識を統合するとなんとなくだがその光景が当時の私にも見えた。
実物はこの想像を遥かに凌ぐ化け物だ。
まるで翼端を切ったレシプロ機のように信じられないロールレート。
水平尾翼の配置が絶妙だったことで、水平ロールに近い状況からラダーを切って大きく捻り込む特殊機動。
これを駆使したオーバーシュートに大半のレシプロ機が敵うはずもなく、皇国は三日月斬りやら、後の時代には円月殺法などと呼称する三日月を描くがごとき機動から一撃離脱でFw190すら仕留める化け物が数年後に現れるのだ。
「格闘戦では勝負にならない……間違いない。巴戦だとしても最高速度を活用した一瞬の斬り込みにかける一撃離脱の戦闘機……これだ。最高速度や加速においては一切劣らない戦闘機としなければ勝ち目はないな」
写真を見て想像し、にわかに己の中で基本設計が固まりつつある。
Fw190の詳細設計をしていたはずが、気づくといつの間にか鉛筆を手にとって別の戦闘機の設計をし始めていた。
インスピレーションというか……何かが降りてきた瞬間だ。
エンジニアを長くやっているとこういう瞬間には何度も遭遇する。
後に"フッケバイン"と呼ばれる、四式と凌ぎを削った我が国の戦闘機はこの瞬間生まれたといっても過言ではない。
Ta183。
私が戦中、最後に送り出した第三帝国の誇り。
あの機体は私達、第三帝国のエンジニアの誇りを背負って飛び立ち、その後、その基本形状は黎明期のジェット戦闘機……俗に言う第一世代型の基本形ともなった。
この時の私は知る由もないが、数年以内に投入できたことを今でも己の中の数少ない自慢としている。
まあ、立場上それを表に語れぬのが口惜しいが……一矢報いた戦闘機ではあった。
この時、私は四式から得たインスピレーションにより二案を描いていた。
1つはF-86セイバーの前身となった機体。
もう1つはMig-15の前身となった機体である。
どちらの案も最終的には無駄にならなかったが、戦中送り出したのはMig-15に近い機体。
高迎角における失速特性とスピンは無視した。
重要なのは最高速度だったのは軍も同じ認識。
翼は三角翼と後退翼を後に試す事になるが、三角翼の利点が特段見つからなかったので後退翼に。
三角翼に関しては我が国の理解があまりにも皇国に追いついてなさ過ぎた。
まだ基礎技術を少々知る程度に過ぎなかったのだ。
無尾翼機をあの時代の我が国が簡単に作れるはずもなく、T字尾翼に三角翼はその安定性が高G旋回時に容易にフラッターやストール、スピンを誘発させてしまったのである。
ゆえにその時点では最も理解が進んでいた後退翼とする他なかった。
心臓部を通常推力1800kg相当となるヤンカースjumo004を双発としたのは、皇国の四式から頂いたアイディアである。
このjumo004にはオーグメンターが取り付けられており、加速性能ではこちらに分があった。
途中、私はシュミット博士などからアドバイスを受けて試作機の主翼に整流板を施したが、Me262を送り出したシュミット博士の後に続いてTa183を送り込めたのは今思うと奇跡にすら感じる。
だが皇国が四式を実現したように、私もそれをやり遂げたのだ……
ここから第三帝国の黒い鴉と呼ばれた戦闘機によって空における我が国最後の戦いが始まっていくのである。
皇国はきっとこの時において期待を胸に作り上げていったのかもしれないが、私は不安と恐怖に追いかけられながらの作業だった。
それでも、充実はしていたが……
「博士ッ! 博士!」
そんな日々の始まりを実感したのは後になってのこと。
この日においてはまだ、やかましい若者が突如として戻ってきて湧き上がるイメージの渦をかき消されたような気分でとても腹が立った。
「なんだね。忘れ物でもしたか」
「そうです! お伝えし忘れていたことが2つ! 1つは、これは皇国が開発していると噂の重戦闘機だそうです。まあどうも形は結構変わるみたいですが……参考程度にはなるかと。Fw190の開発に役立ててください」
「……頭が痛いな」
さまざまな意味でそう述べた。
せっかく気持ちが新鋭機にシフトしていたのに、なぜかFw190に話を戻されたのだ。
それと同時に、概略図面と思われるブループリントに描かれた戦闘機にも頭痛を感じざるを得ない。
その機体は明らかに大型機。
桁違いの出力を誇るエンジンを搭載してなければ実現不可能な機体である。
Fw190は百式戦闘機を追い越そうと作り上げているのに、それだけでは足りぬと申すのだ。
設計図が私にそう語りかけてくる。
「2000馬力は越えてきたな。間違いない」
「2400だの2800だの、あれこれ言われてるそうです。単発戦闘機の化け物ですよ」
「なぜ君は興奮しているんだ? 我が方の戦闘機ではないんだぞ」
「あ……いえ、すみません。なんというかあっちの情報をつかんでやったなと」
絶対に嘘である。
スペック至上主義みたいなものが我が国にはあるが、その巨体とエンジン出力を聞いて胸が躍らないわけがない。
敵方の、もしかすると自分を殺めかねない戦闘機に心躍ったのだ。
間違いない。
だが、その時はあえて見ないフリをしてやることにした。
「603と605……軍に開発中のエンジン(jumo213)も含めて提供してほしいと伝えて欲しい。空冷型エンジンだけで果たして勝負になるかわからなくなってきた」
「空冷型のFw190を液冷型にするのですか!? できるのですか!?」
「わが社に不可能などない。やってみせる自信はある。それはそれとして、もう1つの情報とは?」
「皇国が密かに超ジュラルミンを越えた超ジュラルミンを開発していたようです。断片的な技術情報を手に入れました。通常の超ジュラルミンの1.5倍の強度があるそうです」
「そんなものがこの世に存在しうるのか?」
「NUPに量産を依頼したようですが、そちらの詳細は不明です」
「そうか。他にはないのだな?」
「え?……ええ」
「ふむ。何か言いたそうだ」
当時はもうすでに40代を過ぎている。
態度を見れば彼が何か言いたりなさそうな表情なことぐらいすぐに理解できた。
「いえ、なんというか……皇国の技術的発展の速度が著しい理由が気になったので……博士は何か理解するところがないかなと思いまして……特にジュラルミンは我々の技術だったはず。それがまさか皇国によって大幅に改良されるなどと……一昔前は考えられなかったなと」
「君は彼らがいつ、どうしてジュラルミンを手に入れたか知っているか?」
「え? さ、さあ」
「そうか、ならば知るがいい――」
ジュラルミン。
その存在を世界で始めて開発・実用化したのは我々であるのは間違いない。
始まりは偶然ではあったが、ともかく航空機の未来を切り開く世紀の大発見を我が国の技術者は行い、普遍の技術として定着させた。
そのジュラルミンについてだが、皇国は長い間製造もままならなかったものの、ある時期を境にその技術を手に入れる。
はじまりは1度目の大戦。
ドーバーの水上飛行機専用の基地を空爆したLz48飛行船が、ドーバーの対空砲の餌食になってテムズ川に墜落。
この時、偶然にも皇国の技術者がテムズ川に沈んだ我が国の飛行船の破片を手に入れた。
当時彼はグラスゴーの大学に留学中。
とんだ宝物を手に入れたと喜びつつも、その金属を王立国家に渡さずに持ち帰って帰国後に就職した皇国内の金属メーカーで研究を開始。
しかし構造分析から近い金属は作ることができたものの、同じジュラルミンを作ることは叶わなかった。
そこで彼らが行ったことは大戦後戦勝国となった際、我々に「戦時賠償として作り方と加工の方法を教えろ」と要求してきたのだ。
王立国家やNUPが飛行船や航空機を欲しがったのに対し、皇国は「エンジンすらいらぬ。我々が欲しいのは材料である」――といって。
すでに持ち帰って分析し、再現を試みた金属の可能性を皇国の陸軍も海軍も理解していたのだ。
それだけの力がすでにあった。
だからこそ、戦後にジュラルミン製造技術習得団というものを派遣し、賠償金代わりに技術を獲得した。
「その時、彼らは何をやっていたと思う?」
「え?」
「私たちは簡単に教えようとはしなかった。当然ありとあらゆるものを隠して再現させまいとした。だが、彼らは恐ろしい方法を用いて派遣団の技術取得最中の裏で製造することに成功していた」
「まさか……製造工場を丸ごと再現した……とかですか!?」
「そうだ。機械の配置から何から何まで全て寸分違わぬものを用意し、無線電報でその日の作業内容をリアルタイムで配信。その時点までにある程度理解ができていたので、それなりに苦労はしたようだが言葉だけの説明で再現に成功し、すぐさま量産体制を構築。わずか2年後には大量生産に移行している」
「なんと恐ろしいことを」
「泥をすすってでも技術に貪欲に食らいつくのが皇国だ。そして気づくと追い抜かされている……G.Iなどはその成長ぶりをよく理解していることだろう。今では弱電分野では本国のG.Iより京芝の方が優れていると聞く。基礎技術を獲得した後の成長速度が異常に速いのが皇国人の特徴だ」
皇国が大戦中期以降に大量に用いる汎用型ジェットエンジンも、その時点で私は他国からライセンスを受け取ったものだと聞いていた。
しかも他国では失敗扱いだが、基礎的な部分においては成立してなんとか稼動はする程度の失敗作であったと聞く。
後でその存在を見て震え上がったのはいうまでもない。
あのエンジンはまるで……皇国のために開発されていたようなものだった。
ジュラルミンから一気にアルミ合金関連技術で躍進を遂げた皇国にとって、総アルミ合金製ジェットエンジンとの相性は抜群にいい。
あの時点ではまともなステンレス合金1つ作れない皇国においては唯一実用化可能なジェットエンジンだったと言える。
そんなものと出合ったのだから、相次いで新兵器に採用して既存の発想をひっくり返すようなものを実用化していけたのは言うまでもない。
その全ての始まりは油断。
幸運が重なったとはいえ、破片を手に入れられてしまった事による油断。
思えば……私たちを苦しめるのはいつもちょっとした油断からだ。
皇国が成長するとき、私たちは何らかの失態を犯していた。
突撃砲として開発が進む戦車の砲塔が我々が開発したものであったのも、国産航空機の性能が著しく向上する最中、ジュラルミンの押し出し材を作るためのプレスマシンをどうせまともに使いこなせないからと輸出してしまったのも、HEAT弾の製造方法をどうせまともな砲などないと決め付けて安易に受け渡してしまったのも、可愛そうだからと溶接が容易な高張力鋼の技術を渡してしまったのも……
全てが油断から。
どうせなどと考えて安易な行動に出るとこうなる。
しかもこの時、私達は知らなかったことがあった。
彼らが我々を大いに苦しめる新型戦車。
その新型戦車に採用された次世代の装甲の基礎技術も私達から流れたもの。
彼らはそれを一気に進化させて自国の戦車に採用し、史上初の主力戦車を誕生させる。
あの国と刃を交えると考えたら、何もかも受け渡してはいけないのだ。
一切を与えず。
これがあの国に勝つ方法。
何かを与えてしまうとどう化けるかわからない。
「……ううむ……我々の失態で敵を強くしたなどと、思いたくもありませんが……新型のアルミ合金については閣下が今NUPと密かに掛け合って入手手段を整えているとか。少なくとも皇国が開発した合金の断片的な情報は来ております。我々ならきっと再現可能です」
「弱点がなければいいな。耐熱性で劣るとかだと航空機の部位によっては採用しづらい」
「そうですね。私も詳細は把握しておりませんが、期待できるものだそうです」
「新型機への採用を検討させてもらおう」
「博士の作る新型機にも期待させていただいておりますよ。では、ご武運を!」
再び足早に去っていく姿を見届けた後、作業に戻る。
Fw190はこのままの仕様だと性能的に厳しいかもしれない。
すでにプロトタイプが飛行し終えてA型が量産に入っているFw190は、対百式戦闘機を見据えて排気タービンを装備したことなどにより高空性能もそれなりに優秀。
機動性は当初設計からの重量増大によって若干落ちたが、最高速は各部の形状を整えることによって武装した状態でも高度7000mにて678kmを発揮できる性能を得ていた。
しかし、今手元にある図面の戦闘機は間違いなく700kmを越えてくる上、高度上昇能力が抜群に高い気がする。
全体形状はシンプルで標準的だが、何か異様な雰囲気が漂う。
特に翼断面形状が理解不能だ。
詳細は描かれていないが、この形状の翼の効果が予測できない。
これまで私が培ってきた航空力学から推定するに、高速も発揮できるが運動性を損なわないよう極めて失速しにくい形状としているのではないか。
だとすれば700km以上の速度に乗ったまま急速に旋回して追い詰めてくるやもしれん。
現状のFw190は運動エネルギーを失うと再加速に時間がかかり、最初の攻撃で仕留められないとなると百式戦闘機に対して一気に分が悪くなる特徴があった。
形勢が優位なのは1回目の攻撃だけ。
その際に例えば連携した敵機が追いかけてきて振り回されると食われる。
最高速度こそ皇国の方が劣るが、400km以降の加速力は皇国の方がやや優れていた。
スーパーチャージャーの切り替えに難がある影響だと分析しているが、極めてよろしくない。
これでまともに戦えるようになったと考えて油断していると、さらなる化け物二種にやられる。
恐らく重戦闘機はジェット戦闘機の技術が渡らないようにするために前線で戦う主力戦闘機なのだと思われる。
暫くの間はジェット機はある程度戦い方を制限されることになるのであろう。
我々が同じ立場でもそうするはずだ。
ゆえにFw190の改良計画は無駄にはならない。
必要な出力はざっと見て2000馬力。
排気タービン装備の605か603、jumo213で2100馬力以上を出せれば700km台には乗る。
エンジン構造的に胴体直径が小さくできうる我々の方が少々パワーが低いエンジンでも速度的には優位かもしれない。
DB603は冷却問題を抱えているが……例えばラジエーターを胴体直下に配置して、冷却用パイプを機体外に一部露出させてみてはどうだろう。
皇国は何やら強制空冷ファンの開発に成功しているそうだが、それをこちらで再現するという手もある。
百式戦闘機はいくらか落として部品を入手している。
液冷だって強制空冷ファンを活用する意味がないわけではない。
まだ時間はある。
あと2年か3年ほどは。
Fw190は順次改良。
真打は、3年後を目処に投入を目指す。
◇
――そう意気込んだ所で目が覚めた。
この夢を見るといつも夢の先の儚さというものを感じずにはいられなくなる。
夢を見ている間はとてもボンヤリしている意識で、今が何年なのかついつい忘れてしまう。
だが目が覚めると現実が私の首を締め上げる。
あれから40年。
時間は戻らない。
第三帝国のあの日はもう戻らない。
人生として与えられた時間はもう僅か。
少しずつ死が向かってくるのを感じながらも生涯現役を貫く私は、果たして満たされていないのか。
複雑である。
今でも航空エンジニアとして最新鋭機に関わっているのだから、あの時の行動も今の自分にもある程度納得がいっている。
人生において完全に満たされた状態で天寿を全うする人間などそう多くない。
むしろ天職とした航空エンジニアでいられることは対外的に見れば十分満たされた人生のはず。
……きっと私は……四式主力戦闘機を越えたかったのだ。
それが無念で仕方なかったのだ。
あの時、唯一越えることができるかもしれない立場にいながら、それを完全に果たせなかったことをずっと引きずっているのだ。
パイロット達は私を責めなかったが、私は私に満足していないのだ。
もし過去をやり直せるとしたら……みたいなことを最近はついつい考えてしまう。
ああできたんじゃないか、こうできたんじゃないか……そんなアイディアが今の私にはいくつもある。
だが現実はそれを許さない。
ゆえに割り切るしかないのだ。
私は現実に引き戻された悔しさと寂しさを抱えつつもコンピューターのディスプレイに目を向けてそれらを振り払うがごとく再び仕事に没頭しはじめた。
今や設計はコンピューターを通して計算書と睨めっこ。
そのうち設計はコンピューター画面でのみ行うようになるのだろう。
時代は変わった。
変わった時代に置き去りにされぬよう、可能な限りしがみ付いて行こう。
風立ちぬの日本人はすぐに真似をして技術を吸収するというユンカース社のやり取りは恐らくジュラルミンなどを含めた話を比喩したものと思われます。
まああんな事して入手したら警戒もされますね。