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第131話:航空技術者は交渉人と共に危ういゲームに興じる

 NUPの力に頼って揺さぶりをかける。

 言葉を述べるだけなら簡単だが容易なことではない。


 脳内で状況を整理せずともすぐに答えが出る。

 G.Iなどの皇国に多額の出資を行っている企業は結論から言えばNUPで牙城を築くことに失敗していた。


 大統領の首は挿げ替わることがなかった。


 現時点におけるNUPの大統領はレンドリース法こそ認め、ユーグと東亜の均衡を維持しつつも参戦には消極的の立場をとる。


 そればかりかウラジミールに対して悪感情など抱いていない。


 彼にとってウラジミールとは己の敵にならぬならNUP以外の国に絶えず圧力をかけてこちらの要求を飲ませやすくする行動を勝手にしてくれる体のいい友人だ。


 現時点でNUPの力を借りれば簡単に踏み潰すことが出来る程度の三下で、どう考えても鼠が猫を噛むようなことがない。


 ユーグと東亜が結託してヤクチアと争い、ユーグや東亜から莫大な金をせしめて自国の経済力をより強固なものとする。


 そうすることを永久に続けて世界の秩序をコントロールする。

 それがあの大統領は可能だと考えている。


 ヤクチアなど取るに足らない程度の国だと。

 実際問題、レンドリースを受けられないヤクチアは俺が想像する以上に弱いのは事実だ。


 まともな無線機も無いヤクチアの連携力の無さは大粛清の影響だけでは片付けられないものがある。


 だが、奴らはとにかく数が多く、そして工業力も決してバカに出来ない。


 奴らは本来の未来では2000万人以上の単位の死者を出している。


 その数、皇国の5倍。


 2600万人もの死者を出しながらも、その後の冷戦期においてヤクチアはNUPに対峙するだけの体力を保ち続けた。


 その影の功労者の1人である皇国は現在明確にヤクチアとは敵対関係にある。


 皇国が今現在においてほどほどに平和な影響はヤクチアが北部戦線に手間取っているのに加え、集に多額の出資活動を行っているNUP企業を保護する目的でNUPが艦隊派遣まで行い、さらに実際に発動するのか全くもって不明瞭な防共協定があることに他ならない。


 西条は上辺だけの協定でもけん制になるとして陛下との協議の上でこれを結んだという。


 千佳様の話では王立国家やNUPと絶対に戦いたくない陛下の意思が存分に働いた結果であるとのことで、西条に働きかけて陸軍並びに海軍の強硬派に楔を打つ目的があったという。


 俺はNUPと戦う未来だったとしても受け入れていた。

 だが一方でNUPはある程度の技術開発を進めれば参戦には踏み切れないとも考えていた。


 G.Iの力は必要だが、万が一戦争に至るならば関係解消も致し方なしとも考えていた。


 しかし条件が整うならば……この世からクバのような社会主義国を除いた共産主義を根底から抹殺してしまいたい。


 そう考えていたのでG.Iの力を全力で借りていたし、NUPとの参戦はそのために回避したいとも考えていた。


 ただ、今後50年を考えたらNUPの立場は本来の未来より弱めておきたいと思う。


 例えば俺が割と好きな王立国家の二輪メーカーは2643年のNUPのある行動で一度死んだ。


 時の大統領が国外メーカー全ての二輪の関税を10倍以上に引き上げたからだ。


 ユーグはこれに対抗できず、第三帝国が滅んで生まれ変わった国も含めて全世界の二輪メーカーが大ダメージを受けた。


 俺は自国のメーカー1つを生き残らせるためにこのような横暴を平然と行う国を許したくない。

 仮に皇国が西側において頭角を現すことが出来るならば尚更のこと。


 ユーグは30数年後にその時の復讐とばかりに今度はNUPの二輪メーカーに対して高関税をかけるが、冷戦から続くこういった保護主義によって生じた貿易摩擦は最終的にヤクチアに対して大きな隙を生むことになる。


 此度の戦……理想はユーグ主要国と東亜とNUPの3つの均衡が保たれた状態にて終わらせねばならぬ。


 東亜は現時点での三国を中心に経済発展を遂げればNUPに対抗できる気がする。

 ユーグはユーグで連合を組めばNUPに対抗できるはず。


 互いに手を取り合って仲良くダンスを踊る関係でなくていい。

 多少けん制しあう関係でも経済力と国際的発言力で均衡を保てればいい。


 例えばNUPが保護主義的な動きを示したら東亜は即座にユーグと手を結んで対抗。

 結果NUPを沈黙させてしまうことが出来るだけの影響力を与えられるようになりたい。


 ならば現時点においてどうしていけばいいか。

 それは企業としてはまだしも、国家としてのNUPの力を殆ど借りずに……いや、NUPという国に大きな借りを作らずに状況を変化させなければならない。


 ならば考え方はこうだ。

 NUP企業が望む対価を資本主義的に差し出しつつ、NUP企業が"自発的"に働きかけてNUPが動く形で皇国という国家が関わらないようにすればいいわけである。


 言うは易しだが、やるべきはこうだ。

 だからまずはG.Iを通して条件を引き出す。


 そのために千佳様と共にG.Iの社長にまずは何を彼らが企業として求めているかを伺い、その上で何を対価として支払えば彼らがホワイトハウスを揺さぶれるのか……そこを見極めねば。


 ◇


 皇暦2601年4月2日深夜。

 首脳会談2日前……実質的にほぼ前日と言える状況の最中、G.IのCEOウィルソンとの協議の場がもたれた。


 俺は前回の交渉の時点で後手を踏んでいるため、交渉自体は千佳様に一任している。


 まだ十代の少女に何を任せているのだと自嘲したくなるが、彼女に伝えるべき方針と知りうる情報と知識を伝え、その上で彼女に理解が難しい言葉や用語が出てきた際にわかりやすく説明する通訳のような立場となろうと考えていた。


 ところが、彼女は別途交渉人をたてていたのである。

 どうやら千佳様は俺が伝えたかったことをすでにその交渉人に伝達済みの様子。


 今回、千佳様の隣には本来の未来なら2年後に四井を去る事になるが、もし彼が戦後まで四井の舵取りを行えていれば……もし彼が大蔵大臣など国家の資産運営に携われていたら……などと評価される傑物、向井清治なおいきよはるがいたのだった。


 彼こそG.Iと茅場その他航空機メーカー共同出資の会社を設立にまでもっていった功労者の一人。


 現時点の皇国において彼以上の交渉人など思いつかぬといわれる男であり、戦前はロンドンの支店などに勤めて無茶とも言えるようなライセンス契約などをいくつも成立させてきた化け物。


 なんといってもこの男はたった一人で1度目の大戦が終わるまでの間に四井物産の輸出取引額を4倍にした四井の最終兵器。


 四井は同時期までにそれまでの輸出取引額を8倍、国外での貿易取引額を10倍としていたが、その半分はこの男が結んだ契約によって生じたものなのである。


 信じられないだろうが本当の話だ。


 今の世界においては事変が早期に解決した影響で辞任に繋がるような事件となった違法取引など行うことなく、正規の取引にて山西省上水道建設などのインフラ建設事業契約を統一民国と結ぶなど、はっきり言ってこの男がなぜ現時点にて大蔵大臣でないのか不思議で仕方ないほどの人材であった。


 何しろこの男ときたら皇国の一企業の重役の立場でしかないにも関わらず、まるで一列強国家によるODA事業を展開するような真似を四井物産という民間企業でもって行っているのである。


 そもそも皇国が行っている集や統一民国などにおける国外インフラ事業はほぼこの男一人が舵取りを行う状況にあり、あの蒋懐石をして「向井のような男を10人生むことが出来れば統一民国は間違いなく30年以内に世界一位の経済力を持つ経済大国に化ける」――と、素直な感想を述べるほど。


 向井は元々東亜三国経済共同体構想を掲げて行動していた男ではあったし、後のユーグ連合のごとき全ての国が独立する正しい形の大東亜共栄圏を本気で実現できうると述べていた男であるのだが……


 ――今の状況は彼の理想形態そのものであり、蒋懐石ですら一度ひとたび彼が出向けば国賓並みの手厚いもてなしにて出迎え、彼とは事実上肩を組むも同然の関係で事変の片付いた華僑を皇国並の近代国家に変貌させようと積極的な事業展開を行っていた。


 現地の新聞においても「目を輝かせながら向井と統一民国の未来を語り合った――」などと綴られているが、上下水道……水力発電所……ダム建設……治水事業……2599年に行われた商談において彼は統一民国と幾多にも及ぶ大規模事業契約を結び、経済力が弱く困窮する華僑の民にパンと仕事を与え、皇国の職人達に大量の金が舞い込む金の風を吹かせたのであった。


 この状況において国内事業においても全くもって手を抜かないのが向井という男の恐ろしさ。


 今にして思えば統一民国がなんだかんだ共同歩調をとっているのは向井の影響が少なからずあるからなのかもしれない。


 華僑の者達は皆向井の掲げる構想をあざ笑うことなど不可能であると聞く。


 事業は順調ながら道半ば。

 ここで皇国と手を切るメリットなど全く無いといえる。


 千佳様が今後の皇国の未来を左右するに値する契約事における交渉人として選んだ男は、まさしくその立場に相応しい人物であったと言えるな。


「話は聞かせていただきましたよ。Mr.ナオイ……プリンセス。それで我々にどうしていただきたいのですか?」


 ウィルソンは今回の交渉を楽しみにしていたようだ。

 表情が柔らかく、明らかにこの時間を楽しんでいる様子が伺える。

 俺と千佳様だけだとこうはならない。


 まるでポーカーのテーブルに立ち、手札を広げながら山札が捲れる状況を待っているかのようだ。

 ルールはテキサスホールデム。


 お互いに持つカードは2枚。

 山札の状況で勝敗が決まる。


 どちらが果たして強い役を作れるのか……その状況で勝っても負けても笑い飛ばせるような心持でもって緊張感とスリルを楽しんでいる。


 例えるならそんな状況にあるように見えた。

 なんたって向井の背後にある四井の総資産はG.Iに匹敵するもの。


 肩書きは重役とはいえ、事実上CEOと遜色がない立場にいる向井は皇国人では数少ない"完全に対等な立場にいる人間"。


 この男は千佳様による財閥の者たちへの呼びかけに応えて呼び出され、考えうるありとあらゆる条件を引き出して共同企業誕生への道筋を開いた男。


 ウィルソンにとって"忘れられないひと時を演出した"人物なのだから当然である。


「ダムダム弾の使用は当初の戦闘より行っていたことがわかっています。これを何とかして止める時の流れを生みたい……ということです」


 さすが10年以上もロンドンにいたロンドン帰りの男は、王立国家の言葉も見事に使いこなしていた。


 通訳は不要だ。


「皇国政府は関与せず……さも審判員のごとく戦において正々堂々と戦えと圧力をNUPが単独でかける……容易ではありませんな」

「然り。ですが、定められたルールをヤクチアだけが唯一逸脱している以上、不可能でもないと同時に考えておりますよ」

「NUPは資本主義国家です。大きな利益なくして一方に傾くなどありえない……Mr.ナオイはこの部屋にいる者の中で私以上にそれをご存知であるはず。皇国は何を提供していただけるんでしょうか?」

「ふむ……Mr.ウィルソン。貴方様が目当てとしているものが何か……当ててみせましょうか」

「ええどうぞ」

「貴方は無限のエネルギーを取り出せるかもしれない未来のテェクノロジィーを欲しがっている。それがすでに皇国にてある程度形になっているのではないかと……」

「ふふっ……ふふふふ……その通りです。それは都市を吹き飛ばす爆弾よりよほど価値があるものだ。半永久的に空を飛べる時代が来るかもしれないのですからね」


 本来の未来においても2601年の段階においてウィルソンは皇国が原子炉の開発に成功していたのではないかと睨んでいた。


 少し前に公開された研究結果は、実は皇国が原子炉を作って行ったものであり、実用化こそまだなれど新たなエネルギー機関の雛形ともいえる存在が皇国にある……そう思わざるを得ないほどの発表であったのは事実。


 ウィルソンは連鎖核反応に必要なウランは濃縮が必要なことぐらい知っていたので、皇国はウラン濃縮能力とそれを用いた原子炉を保有していたのではないのかと考えずにはいらえなかったのだ。


 結局見つからずに戦争へと至ってしまったが、戦中も京芝と連絡を取り合いながら存在しない原子炉を探していたことは後に見つかる京芝とのやり取りから判明している。


 残念だなウィルソン。

 原子炉もなけりゃそのエネルギー機関によって永久に空を飛べる時代も来ない。


 貴方が知らない危険性が核技術の分野には眠っている。


 とはいえウィルソン自体は生涯を通じてCEOとしての立場として核技術を追い求めていったのは事実。


 なんたってこいつを利用して原子力空母だの原子力潜水艦だのを実現化させていったのは他でもないG.Iであり、核の平和利用のための委員会を立ち上げた際の委員長になったのもこの男。


 目の前にいる男はそれが爆弾という形となる前の段階から期待を寄せつつも、攻撃兵器としての運用を認めず、それ以外の方向性での利用方法を模索し続けた男。


 一企業の長として次の時代を担う技術には貪欲なのは今もこれからも変わらないというわけか。


「Mr.ナオイ。この話を持ちかけるということは、私がここ1年近くずっと探っていた価値ある情報をお持ちであるという認識でよろしいですか?」

「Mr.ウィルソン。貴方はどこまでを求め、どの段階から求める状況を達成できるのですか。例えば原子力機関に関して言うならば、機関が必要なのか燃料を精製する技術が必要なのか……」


 向井の得意技は少しの情報からあたかもその技術のジャンルについて精通しているがごとく振る舞い、相手側の技術者を納得させ契約を得ること。


 彼は千佳様を通して俺が書いたレポートに目を通したかもしれないが、数学が得意といっても経済学とか経営学が得意なだけで物理学者ではない。


 しかしまるで物理学にそれなりに精通する技術者のごとく語っている。


 基本的には契約を結んだ後に技術に精通する者達を見出して全て任せるのが彼のスタイルであるが、この方法に騙されるに近い状況でどれだけの企業が契約を結んだか……


 一歩間違えばただの詐欺師なのだが、詐欺師とならないのは本当に適切な人材や企業を見出せる謎の判断力にあるようだ。


「無論手に入れられるのは多いに越したことはありませんが、貴方を相手にして多くを要求できないことぐらい理解しているつもりです。まず重要なのは全てに直結する燃料に関してです。これは最低条件です」

「G.Iが核燃料という分野において主導権を握るようになりたい……ということですかな」

「その通り。核燃料には未来がある……散々苦しめられたロックフェラーが作り上げた秩序を塗り替えることができるかもしれない。燃料を我々が作れるということは核技術の方向性のありようをある程度コントロールできることになる。例えば世界を破滅させる爆弾にもなりますよといって大統領の気を引いた後に実際の兵器の開発を早めることも遅らせることも多少は自由になる……すなわち手綱を握るということです」


 ……なぜだか俺の頭の中には原子炉の制御棒が忽然と浮かんだ。


 まさしくウィルソンがやろうとしているのは制御棒を動かす、それそのものだ。

 暴れ馬を手綱で制御するのとは絶対に違う。


 原子力分野の技術開発において主導権を握ってコントロールするというのは、今の時代において原子炉の制御棒を動かすのとなんら変わらない。


 コントロールに失敗すれば大変な事になる。


 それをわかっているのかわかっていないのか……

 俺にはウィルソンを見定めるだけの力は無かった。


 千佳様の方を見ると千佳様は向井に信用を寄せている一方、原子力分野に関しては明らかに気に入らぬ様子。


 核関連技術に関する単語が出る度に手に力がこもっていた。


「あーっと……信濃技官。確か君は陸軍が握っているウラン濃縮法について詳しかったな。それについて概要を説明してくれないか」


 は?


 自分でも実際にその声を思わず漏らしてしまったと誤認するほどである。


 突然話を振ってきたので思わず数秒硬直してしまった。


 確か俺はウランの濃縮については千佳様を通して陛下に話が伝わるように原稿用紙にまとめて書いたが、詳しい濃縮方法については記述していなかったと記憶している。


 どちらかといえば原子爆弾について詳しく書いていたのだ。


 その基礎となる濃縮に関しては濃縮してからウラン235を抽出し――といったことしか触れていない。


 重要なのは爆弾や核分裂についてや放射線障害についてだったのでそこは割愛している。


 陛下ならば濃縮については自ら見聞を広められるであろうという考えもあってのこと。


 千佳様に渡した資料には当然俺の名前は伏せている。

 千佳様はその性格上、俺がその手の技術に詳しいなどとは伝えていないはず。


 優れた航空技術者……その程度しか話していないはずだ。


 ヘタにあーだこーだ凄い人物と持ち上げると変な目で見られて何があるかわからないからと、千佳様は俺の正体を存じ上げている陛下以外には俺の詳細について語りたがらなかった。


 つまり目の前にいる男は、ただの航空技術者として紹介していた男にカマをかけるがごとく話を振ったはずなのである。


 にもかかわらずこの男は"信濃ならば語れる"――と自信を持った様子で顔を向けている。

 これが向井という男か……


 ただのカンであるに違いない。

 そのただのカンで正しい山札を引いて役を作るか。


 もし仮に今の彼の手札がツーペアだったとしたら、俺を引いてスリーカードになっている。

 フルハウスを作る気だってのか。


 この流れに乗るか乗るまいか……乗るしかないだろうな。


 俺の持つ流体力学とG.Iの技術で可能なウラン濃縮法があるだけに……その前にウィルソンがどこから各種情報を得ているのかだけ伺っておこう。


「お話をする前に……Mr.ウィルソン。貴方はどこで濃縮などの情報を? 私のような士官程度では簡単に知ることの出来ない最高機密に値するものですよ」

「王立国家には友人も多くおりましてね……なんたって我々はレーダー開発やら何やら王立国家の技術者が発明する新兵器の量産を行っていますから。あちらが発明して私たちが量産・製品化を行う。それが当たり前になっている以上、最新技術についての情報は常に私の下に集まります。Mr.シナノ。あなたがMAUD委員会についてご存知かどうかは知りませんが、彼らの最終報告書案は私の手元にもう届いているのですよ」


 それは初耳だ。

 記録が取れるなら録音しておきたい情報だな。

 ということはこの男もマンハッタン計画創案に携わった影の権力者の一人か。


 あの計画を持ち上げる際には多くの民間企業の参入と後押しがあったと聞く。


 この男の場合は爆弾という餌をブラ下げて原子炉について見出したかったんだろうが、結果は爆弾が完成してしまい望まぬ恐怖を味わう事になる。


 投下に最後まで反対した人物の一人ではあるが、彼の興味は原子炉しかない。


 G.Iが原子力発電を手に入ればマンハッタン計画から手を引きそうな人間ではあるのだが……

 どこまで信用すればよいやら。


「ということはMr.ウィルソンは私たちが予想を立てるとおり、この分野において大統領を本気で揺さぶることが出来る人物であるようですね……ならば少しだけお話を致しましょうか――」


 ウラン濃縮。

 2601年現在においてすでにウランの性質はある程度解明され、235と238の分別が必要なことと濃縮と称して235だけを取り出す必要性については理解されている。


 国家としてのNUPは本来ならばあと3ヶ月先ほど後でその事実について知る事になる。

 現時点で遠心分離による濃縮法はすでに提示されていた。


 ただし遠心分離機器による濃縮は実験的に試みられたもののものの見事に失敗。


 それを行うために必要な要素や理解が欠けていたために一時遠心分離はウラン濃縮に適さない方法と見限られた。


 遠心分離機自体はここ10年程度で生まれた存在だ。


 元々は医療用で、血液からヘモグロビンを取り出すために遠心分離が有効と判断されてタービンを用いて出来ないかと模索されたもの。


 応用が出来るということで工業分野に広まっていったものだが、通常は工業技術が医療に応用されるところ逆を辿ったという珍しい例である。


 当初のウラン濃縮においては粉塵化したウランを遠心分離すればどうにかなるのではないかと考えられたのだが、その程度で235と238を分離できるほどウランの組成状況は甘くなかったのである。


 実際にはウランガスと呼ばれる気体に近い状況でないと235と238を仕分けることが出来ない。

 少なくとも兵器として用いたいならば尚更である。


 皇国におけるウラン濃縮においてはそのために融点を下げる六フッ化ウランという今日でもウラン濃縮に使われる状態とする方法まで自力で到達していたが、遠心分離などに目も暮れず熱拡散に拘った。


 一方のNUPは六フッ化ウランに到達するまでの間に全ての方法を試し、六フッ化ウランを見出して以降も全ての濃縮方法でもってウラン濃縮を試してみたが、G.Iの協力があったにも関わらず遠心分離には失敗した。


 実は俺はG.Iが失敗した原因と、もし仮にG.Iが成功していたならば皇国に後10発は核が落とされていたであろうことを知っている。


 G.Iが遠心分離に失敗した理由……それは流体力学的理解が第三帝国より遅れていたことで遠心分離に必要とされた分離機内の回転速度を500m/毎秒と見積もり……


 しかも共振という、その時点では未知の領域分野への理解が薄かった影響で作ったはいいが強烈な振動に構造物が耐えられず破損してしまうことにあった。


 実は後に第三帝国からヤクチアに渡った技術者は遠心分離に必要な回転速度は300m/秒であると理解しており、これがヤクチア内にて共振の発生原理の解明とあいまって遠心分離法によるブレイクスルーを起こすのだ。


 ちなみに時速換算で言うとG.Iが作ろうとした遠心分離機のタービン回転速度は1800km~1900kmでマッハ1.8とかそんなレベル。


 一方の第三帝国からヤクチアに渡った技術者がヤクチアで実現したタービン回転速度は1080kmと、なんと超音速にも達しないマッハ0.96とかそんな程度。


 各部の構造にかかる負荷は速度の4乗で増加することを考えたら、500m/秒でないと遠心分離できないと見出して失敗したことはある意味で皇国が2発の攻撃だけで済んだという、不幸中の幸いであったかのように感じられなくも無い。


 ただ速度への理解があっても共振への理解がなかったので上手く行ったとは言いがたいか。


 共振に関しては2610年代になって遠心分離機とはいわば1本の棒が高速回転しているのと同じ状況であり、共振は棒の長さに比例して共振が発生する速度が小さくなる……


 すなわち、より低回転によって、共振……つまり制御不能なまでの強烈な小刻みかつ連続したの振動が発生するということが解明されたため、ヤクチアは共振が発生する速度を大きくするよう遠心分離機の長さを短くし、共振が発生しない回転数を300m/秒に調節して遠心分離する方法を見出し、後は数の暴力でもって大量の遠心分離機を用いてウラン濃縮をしてしまう画期的な方法を編み出した。


 G.Iの遠心分離機は胴長だったため、速度だけでなく共振の解決にも苦労していたが、なんてことはなく短くすれば良かったのだった。


 この共振の原理の発見はジェットエンジン開発途上において発見されたもので、後にこれを緩和するためジェットエンジンはタービン部位の場所に応じて回転数を使い分ける二軸、三軸型が主流となっていく。


 棒を短く独立させてしてしまえば不快な振動が発生せずによりタービンの効率が上がるからだ。


 ウラン濃縮に必要な遠心分離機においては当初より二軸や三軸型の構造が当たり前であったのだが、回転速度がジェットエンジンとは比較にならないため共振の問題が顕著となっていたところ、ジェットエンジンの進化によって同様のジレンマに到達したことで解明されたということである。


 ちなみに共振が発生するよりも遅い速度で遠心分離する遠心分離機のことをサブ・クリティカル型と呼び、共振状態を超えた速度で遠心分離する遠心分離機をスーパークリティカルと呼ぶ。


 共振状態を突破した強烈に振動して構造体にダメージを与えかけない強烈な負荷がかかる状態でも軸受け構造や全体構造の調整によってその状態を維持したままの運用が可能。


 未来においては毎秒450m/秒で回転しつつ、すさまじく胴長な遠心分離機が登場しており、効率が上がればあがるほど省エネでかつ純度の高い核燃料を作れることから日々各国が研究を重ねている。


 省エネとなる理由は単純に必要となる遠心分離機の数を減らせる分、その遠心分離機を動かすモーターの数を減らせるためだ。


 数を減らすために1つの遠心分離機の効率を上げるには回転速度を上げるだけでなく遠心分離機の径も大きくすることでその効率は上昇するが、その分、各部にかかる負荷はより強くなる。


 俺のような流体力学と構造力学、材料工学を理解する者ともなると"分離機の長さと径で性能がわかる"と言われ、最重要国家機密ゆえに基本的にどの国も遠心分離機の長さはわからないように写真を出すのが一般的。


 しかしながらなぜかNUPとヤクチアは当たり前のように公開し、世界各国を煽ってたりする。


 この二国がこの世界においてはトップクラスの技術を持つといわれるが、ことNUPの遠心分離機の長さは異常ともいえるほどで、その遠心分離機のメーカーの1つが他でもないG.Iなのであった。


 G.I曰く、ウラン粒子本体にかかる負荷は重力定数換算で900Gオーバーとのこと。

 つまり地球の900倍の重さがのしかかっているということである。


 まるでバトル漫画の主人公が修行に使う数値にも感じるが、さすがに900Gというのは聞いたことが無い。


 漫画内に登場する架空の種族である尻尾の生えた人種でも生存不可能なんじゃないだろうか。


 構造からいってタービンを用いるものなので当然であるのだが、つまりこの会社はいつの日かその領域に到達できる者達であるということだ。


 なんたってあの時描いた500m/秒の遠心分離機を実現化させてしまうんだから。


 "やっぱ俺達は正しかったんだよ"――と言わんばかりに。


 が、現在において彼らはそれを知らない。


 だから俺は伝える。

 もっと効率が良くて実現可能な方法を。

 未来の情報を包み隠しながら知る限りの全てを。


 300m/秒。


 全長1m70~1m80程度のものを4500台用意して適切な構造とすれば、濃縮率95%のウランを1年と半年で30kg作れると。


 タービンにかかる負荷を考えると遠心分離機の筒の径も細くなることだろうが、300m/秒なら難しくない。


 なぜなら、皇国が作れるタービン機関の最高速度は現時点で325m/秒まで到達しているからだ。


 それはジェットエンジンではなく蒸気タービンだが、原材料にして60t~70tの天然ウランから濃縮率95%のウラン235を30kg作れる。


 その30kgのうち10kgを核分裂させられたらニューヨークをこの世から完全に消滅させることが出来る計算だ。


「――皇国の意志は1つ。第三帝国が作っているというならば我々は1歩2歩遅れている状況にあると見てソレを開発するが、核武装まではしない。平和利用方法があるというならばソレを考えますが、核物質には非常に危険な毒があると見ています」

「Mr.シナノ……皇国はいったいどの領域まで……」

「ご想像にお任せしますよ。私が話したのは計算によって推定された机上の空論かもしれないし、すでに実行に移して得られた結果の話かもしれない。Mr.ウィルソン……貴方が答えに近づいていたことは間違いないです」

「Mr.シナノ。例えば1つの遠心分離機において――」

「――コホン。……Mr.ウィルソン。これ以上の情報はそれそのものが貴方方が対価を支払わねばならない価値あるものです。我々は貴方方が核燃料製造分野において道筋を開けることを知っているからこそ、今日の場を設けさせていただいたわけですよ。そこまでの技術的理解がある。核燃料精製のためのライセンス契約を結びたいというならば、ダムダム弾を使用不能とさせる前提条件が契約内容に含まれる事になります。これだけは譲ることが出来ない」


 会話を挟むにはベストなタイミングだった。

 向井はウィルソンの態度を見て俺がこれ以上の情報を出すかもしれない前に状況に介入する。


 ウィルソンの迷いに対してさらに情報を出すことを静止したのは絶妙だった。


 この介入によって皇国はどこまで到達しているのか完全に明瞭となることなく、ウィルソンを大きく揺さぶったのは間違いない。


「――我々にはホワイトハウスを動かす知恵などありませんが、貴方にはあるはず。もうすでに明日となってしまいましたが……何らかの朗報を首脳会談前後に持ち込めますか?」


 向井は現状の手札で作られた役でもってウィルソンへの要求を突きつける。

 それで十分と判断した様子であった。


「……少々お時間を頂きたい。これは大変に難しい問題です」

「会談終了後でも構いませんが、今月中には答えを出していただければ――」


 ……スリーカード止まりだな。

 フルハウスは完成しなかった

 ウィルソンはベットを大きく賭けることなく次のゲームに移行したい様子だ。


 その日はこれ以上どうすることも出来なかった。

 ただ1つ言える事は……向井は5:5の勝負を当たり前に展開できる勝負師ではあるということ。


 恐らくウィルソンの手札はツーペアといったところで、大統領近辺を完全に動かせるようなこちらを負けさせるような強力な手札は無い。


 それだけの手札があればこちらは山札を引くがごとく更なる情報を出して役を整えねばならなかったが、山札をめくる前の段階で相手がゲームを一旦終わらせた。


 ただ、彼は原子力機関を手に入れたいという野望と信念と執念と欲がある。


 それがどう化けるかを……見守るしかないか。


 会談後の帰りの道。

 俺と千佳様は向井と別れて二人で車に乗って移動したが、彼女は黙って外を見つめるだけだった。

 理由はなんとなく察する。


 大人の汚い世界に幻滅したとかそういうものだろう。


 申し訳ないが千佳様、使いたくなくとも負けないためには使わなければならない手段というものはあるというのを理解して欲しい。

1983年の関税10倍によってトライアンフは1度死んだ。

しかし決して欧州はこの時に受けた屈辱を忘れたりはしない。

30数年後。


この時の復讐とばかりにハーレーに対してバカみたいに関税をかけ、ハーレーは米国工場を国外に移転させることとなる。


ちなみにアメリカがトライアンフや日本メーカーにかけた関税が49%

EUがハーレーにかけた関税が31%

ツィッターではどうせなら49%にしろと訴えた本国トライアンフユーザーが多数おりましたとさ。

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― 新着の感想 ―
フッターのハーレー話については藤沢さんと入交さんのアメリカ戦略が面白いですよね
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