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第130話:航空技術者は報告を聞いて喜び、考え、そして怒る

「よし、こんな感じでいいか?」

「ええ。後はこちらでまとめさせて頂きます。我が国の物理学の研究者の方々なら十分理解できるだけの情報にはまとまっているようです。彼らの力を借りて王立国家の科学雑誌に寄稿して公開すればよろしいんですね?」

「ああ。世の物理学者の常識が彼方へとぶっ飛ぶぞ」


 皇暦2601年3月29日


 俺は技研内にて例の新型冷却システムについて公開し、その理論に未知の物理学がかかわっていることを証明。


 今回の現象は未完成の量子力学にて推測された領域に踏み込んで発見したものであるとの旨をまとめ、皇国の量子力学研究者達などと技研名義で世界に向けて公開するため、数式などをまとめて証明した書類を橋渡し役として任命された若手の技研の技師に手渡す。


「ところで技官。例の窒化マンガン・ガリウムについてなのですが……新たに面白い事実が発見されたようです」

「どうした?」


 あれ以降、他に応用できないかと挑戦する者は技研に複数人ほどいたが、どうもその結果見つかったことがあるらしい。


 若い技師は目を輝かせて報告してきていた。


「熱膨張せんのです。暖めてやると体積が縮むのですよ。量子力学でその可能性が提唱されていた負熱膨張という現象の発見です。吸熱でかなりの高熱状態となった状況で取り出してみたところ判明致しました」

「スピンの整列現象に伴う相互作用によって電子が均等に均衡を保とうと整列状態を作ることで、その影響を受けた分子などの動きが阻害されて熱による物質の膨張がしなくなるっていうアレか。ガリウム自体がそういう可能性のある物質だとは言われてきてたが、あれは常温より少し上だと液体になってしまうんで不明瞭だったものな」


 そういえばすっかり忘れていた。

 俺がやり直す直前になっても未だ曖昧で完全にその要因が証明できていない存在だ。


 やり直す直前でですら未だに推定の領域でしかない。

 最新の量子力学によって多少光は見えてきた程度で留まる。


 だが、そういう物質があるというのは本来の未来では約20年後に皇国などが相次いで発見し、量子力学の発展に寄与させた。


 どうも俺は期せずに量子力学の領域において20年ほど時計の針を進ませてしまったらしい。


 まあいいさ。


 もともと今回の件はアインシュタインが生きている間に彼に量子力学の可能性を認めさせたかったというのも行動原理の1つともなっているんだ。


 ――などと、頭の中で考えをめぐらし、少し顔の表情が緩んでいるという自覚がある中で、若い技師は話を続けていた事に気づく。


「――皇国の物理学の研究者は今回の発見にかなり興奮されているようです。本当に名前を連ねず組織名で研究発表をされてよろしいんですか?」

「私は計算上存在を肯定されていた現象を発見した事に栄誉を感じない。それが本当に未知の存在だったというなら名を出したかもしれないが……最初に発見したのは計算で辿り着いた人間さ。私はそれを計算式の外で証明したに過ぎない」

「そうですか……一応、一連の技術は技研名義にて秘密特許を出願しておきます」

「そういうのは任せてある。好きにしてくれ」

「ではライセンス契約などについても関わらないということですか?」

「ライセンス契約?」

「京芝などがこの技術に大変興味をもっているんです。冷蔵庫やエアコンに使えるんじゃないかと。フロン類に頼らず、より低電力な方法で冷蔵庫などを作れるんじゃないかと」


 ……そういえば京芝は大昔からフロンを代替する冷蔵庫やエアコンにご熱心だったんだっけか。


 なぜ環境破壊が騒がれる前の段階でフロンを代替する冷蔵庫やエアコンに拘っていたのかはわからない。

 ただ、そのおかげでその技術では後に先行することになる。


 おそらく最初の動機は普遍的な骨子となる機構を生み出してデファクトスタンダードとすることにより、大量のパテント収入が見込める分野だから……ってあたりだとは思う。


 もし皇国が共産主義に落ちていなかったらロイヤリティによる収入のために大規模に投資してデファクトスタンダードとなる規格を生み出そうと商業各分野にて力をいれていただろうことは俺ですら理解できる。


 京芝の人間は戦闘機に使う電子部品やジェット機のエンジン関係の影響で技研によく出入りしているから、最近の技研内の動きを見てその技術を知ったのだろう。


 まあいいんじゃないか。


「構わない。そっちも好きにやってくれと伝えてほしい」

「それでは特許登録に支障がない範囲での研究を認めるよう調整します。技研の所長らは応用できるものは広く研究利用させろとのことですので」

「基本的には同じ考えだ。ライセンス料などは上の連中が判断すればいい」

「承知致しました。それでは自分はこれにて」


 メモ帳になにやら中佐の了承を得るなどと書き込んだ若き技官はそのまま軽い足取りで去っていった。


 さて、俺も今日は忙しいぞ。

 ようやく例のアイツが空を飛ぶ日となった。


 戦車などの開発によって多少遅れが生じていたが、実証試験用の双発式ロ号が完成し、本日技研内に運び込まれる予定なのだ。


 こいつは本当にただのロ号に俺が汎用ヘリコプターとして開発中の双発式エンジンシステムを組み込んだだけのもの。


 鋼管パイプで組まれたフレーム構造を強化しつつ、重心点を下げるために一部バラストを追加した以外は特に手をつけていない。


 バラストを付けた理由は出力が事実上2倍になったことでバランスを崩してひっくり返らないようにするため。


 より安定的な飛行のために不安要素を解消したかったからである。


 燃料タンクの容量などはそのままで、あくまで双発機として飛べることを証明するために念頭を置いた設計でしかない。


 こいつでもって双発エンジン型というものに特段の問題がないことを証明し、各部機構に不具合などなければすぐにキ71こと一式急造型双発輸送回転翼機と名づけられた骨組みだらけのスカイクレーンもどきの製造に着手する。


 すでに詳細設計は終了済で試作が開始されている。


 見た目はXH-17に少しばかり似てなくもない。


 あそこまで背が高いわけではなく、スカイクレーンとXH-17を足して二で割ったような外観となっている。


 急造かつ指定の性能を満たすために人員を収容するコンテナを包み込む構造とするためにこのような形となった。


 無論チップジェットなどではないのだが、2602年までに確実に間に合わせた上で俺が三式汎用ヘリコプター(スーパーアンビュラス)として採用されるために鋭意開発中のヘリコプターと同等の収容力を保たせようとするとこうなる。


 構造のせいで水平飛行時の最高速などに大きな制約が生じているし、運動性も低下しているのだが……世界が求めるのは何よりも収容力らしいので仕方ない。


 無論、もう1つのヘリコプターの方を真打として捉えていないわけではなく、スーパーアンビュラスと開発前から名前が決まっている2603年までに間に合わせる方については、すでにNUP海軍が予算申請をして1200機も仮発注済だったりと、ヘリコプターという存在そのものが商業として軌道に乗り始めていたりする。


 NUP海軍は当初完成型ロ号の購入を検討していたが、新たな汎用ヘリコプターの方が非常に高い完成度となっていることを理解したため、そちらを大規模に導入しようと画策していた。


 ただ汎用ヘリコプターは皇国を含めた地中海協定連合……主に王立国家などを中心に優先的に供与される予定で、初期生産型でNUPに渡るのはわずか25機程度となっている。


 NUPとしてもその25機を見て残りの配備総数を決めるとのことだがまあ本来の未来から考えたら数千単位で配備しようとするのは間違いないだろうな。


 俺の予想ではそれを実現させるために現在皇国内で生産しているCs-1を本国のG.Iの工場でも生産させ、本国のシコルスキーの工場に大規模投資して生産量を大幅に増大させた上で大量導入する腹積もりではないだろうか。


 現状予定されている生産規模だと厳しいからな……


 政治的にそれが可能かどうかはさておき、今の状況にて皇国で生産ラインが構築された際の年ベースでの最大生産数は1500機程度。


 皇国もヘリコプターには大規模な投資を行っており、茅場とシコルスキーの共同出資企業に資金提供して国内に非常に大きな生産工場を設けてもらってはいるのだが、今のところまだ工場設備が完全に整っていないからな……


 大規模な製造工場の完成は10月頃。


 それまでにすべての手筈を整えて早々一式急造型双発輸送回転翼機として採用予定の存在は抹消したい。


 あんなものを俺のヘリコプターとして認めたくもない。

 アレは80機程度の製造で即打ち切る。


 開発時に何か問題が発生したら双発式ロ号を80機ばかり製造して乗り切るつもりすらある。


 死傷者をより減らしたいのは俺も心持を同じくするが、無理を押し通して他に影響も与えることもできない立場にあるだけに諦めている部分だ。


 だからといって開発に手を抜いているわけではないが、急造仕様は何が起こるかわからないのが世の常だからな……


 ところで、NUP海軍が受領予定の25機は皇国海軍に納入予定の52機の約半分であるが、皇国海軍は巡洋艦を中心にわざわざヘリポートを作ってまで導入予定であるそうだ。


 これまで利用してきた火薬式カタパルトを排除しての導入である。


 従来までは水上機で偵察を行っていた海軍としては、偵察だけでなく人員輸送はおろか物資の運び込みすら可能なヘリに絶大な期待を寄せており、これまで求められていた弾着観測や偵察任務と合わせての運用が行えることを陸軍より供与されたロ号で確認できていたが故の当然の帰結である。


 カタパルトは廃止した一方でデリック・クレーンを用いた方式にて降着並びに水揚げすることにより、零観などを今後も併用しての運用が行われるらしいが、最高速度が零観の3分の2程度しかないヘリは爆撃運用は可能であっても空戦等は難しいことから単独運用は行わない方針であるようだ。


 確かに上昇力とホバリング能力があるから敵に襲われても現状での撃墜は容易ではないんだが、相手を倒せるものでもないという所は玉に瑕。


 併せて今後も海軍は水上機に力を注ぐつもりらしい。


 実は俺にはひそかに海軍からの水上機の開発依頼が2年ほど前にあったりしたのだが、高性能化が非常に難しい水上機の分野に関しては油圧カタパルト実装に伴い、小型船による戦闘機の出撃と収容が可能となったことと、戦場が太平洋ではなく大西洋となり周辺に小島が少なく着陸地点が限られることなどから否定的で、開発参入を拒否させてもらった経緯がある。


 当時海軍が作ろうとしていたのは本来の未来にて存在した"紫雲"で間違いない。


 彼らからの要求は最新鋭技術テンコ盛りで最高時速600km発揮可能な水上機を作ってほしいと、そんな難しい要求を掲げて俺にオブザーバーなる名目で事実上の主任設計担当となって開発してほしいと頼み込んできていた。


 機体はあくまで偵察機であり、戦闘はほとんど考慮しないのだという。


 一切の武装を施さぬ分、高速性を担保できうるんじゃないだろうかと……そういうわけだ。

 可能であれば700kmをオーバーできないかというような話もあった。


 まず一般的な双胴フロート式でも600km以上を達成するには2400馬力ほど必要となる。


 2年前にそれを可能とするエンジンなどない。

 700kmオーバーのためには3000馬力級のエンジンが必要となる。


 もはや現状では不可能なスペックである。

 将来を考えてもそんなレシプロエンジンなど殆ど存在しないに等しい。


 となると他の部分で調節せねばならない。

 つまりパワーによるゴリ押しで解決する以外の方法を試みるということだ。


 紫雲では実際にフロート部分の抵抗を減らすために補助フロートを引き込み式にした。


 空気式として空気を抜くとフロートが翼に密着することで抵抗を減らすのだ。


 他にも二重反転プロペラといった新機軸の機構を導入することで足りないエンジンパワーを補おうとした。


 現状において皇国の主流というか…もはやこれしかないみたいな立場にあるエンジンはハ43だが、こいつにB-2タービン過給器をつけても1880馬力程度。


 無茶した機構である吸気タービンでですら2000馬力に届かない。


 こいつを用いて二重反転プロペラを採用し、フロート構造をそのままに紫雲を作れば545kmぐらいは出るかもしれないが、海軍が求めるほど洗練されたものとはならない。


 どうやら海軍は水上機の利便性からどうしても諦めきれず、俺が断った後も川東に依頼してハ43搭載型紫雲を作ってるようだが、当然のごとく上手く行ってないと聞いている。


 近いうちに再度泣きついてくる可能性は十分にあるのだが、水上機はどう足掻いても絶対に中途半端なものにしかならないので俺としては作りたくなかった。


 たとえば時速700kmを出したいというなら攻略法はある。


 まずは紅茶を飲み、邪魔なフロートを取り去るために飛行艇とするのだ。


 そしてレシプロエンジンを捨ててジェットエンジンを採用。胴体内上部にエンジンを潜り込ませる。


 Cs-1だと1基では足りないので双発となり、正面の意匠としては最悪な豚鼻のようなインテークが見えることになるだろう。


 豚鼻の中心にはダイバータレス式インテークのためにこれまた正面からの見た目を悪くするイボのようなものが中心の仕切りとなる部分の両側に取り付けられてしまうことだろう。


 配置上、空気抵抗を考慮しつつ海水という存在を遠ざけるためにはMig-15などと同じくエンジンを胴体の中心に据え置いてその上でフロート上部にあたる部分に押し込む以外に方法はない。


 翼側なんて話にならないし胴体上部に取り付けると重心位置に困る。


 エンジンの排気ガスの影響で尾翼構造がT字翼となったりすると機首上げ気味となり、操縦特性において難がある機体となりかねない。


 そういう要素を一切排除するためにも妙な位置にエンジンを配置することはしない。


 こうすることでとても醜い外観とは裏腹に最高速度750kmぐらいは楽に達成できる。


 というか800km台まで乗せられる自信すらある。

 ただ、それを作れたとしてどうなのだという話だ。


 王立国家はSR.A/1という形で実際に別段特に欠陥機でもなんでもないジェット戦闘飛行艇の開発に成功している。


 俺の案はそいつのエンジンをCs-1にして未来の流体力学を反映させて洗練してみようってな安易な発想に過ぎないが、これが一番手っ取り早く高速水上機とする方法と思われる。


 今から開発すれば2604年頃までに間に合うかもしれない。


 しかしSR.A/1が採用されなかった理由を考えるに開発に前向きになれない。


 あいつが特段性能に問題なかったのに正式採用されなかった理由は、空母さえあれば殆どなんでもできるので最高速度が遅い水上機など要らぬと判断されたため。


 空母による艦上戦闘機運用では足りないと思われた部分は後にVTOL機を作って補完することにも成功しており、どう足掻いても近いうちに限界が来る。


 根本的な航空機としての基本性能がお話にならないため、VTOL機が出るずっと前に見限られる。


 アングルド・デッキが今後生まれて空母の運用効率が大幅に上昇することが見込まれる現状において無茶して作ったとしても数年で死ぬことが確定している。


 じゃあ例えば死ぬことがわかっているからこそあえてジェットエンジンを採用せずに600km台に乗せる方法はないかってな話もあるのだが、確かに方法もなくはない。


 その場合はハ44を利用してパワーでごり押ししつつ補助フロートを油圧引き込み式にし、2400馬力で630km前後を目指す割と保守的な既存の機体を流用した強風のような機体を作るか……


 もしくは挑戦的になるならば推進式プロペラとして飛行艇にするか……だな。


 後者は正直微塵もやる気がない構造だが、未来の航空機事情を考えると後者の方が各種力学的には完成度が高いのがジレンマとして襲い掛かる。


 未来の水上機の実情を見る限り、単発機の場合は推進式にするのが基本。


 全体構造としてはコックピットの真後ろがエンジンとなるわけだが、その方が重心位置などの設定がしやすく視界も確保できるため、飛行艇として無理がない構造とできるからだ。


 その上で翼に補助フロートの類はつけず、胴体構造にスポンソンを設けて水上航行時のバランスを取るようにするのである。


 当然このスポンソンは飛行時において水平尾翼などと同じ効果を発揮するため機体の水平飛行時の揚力を確保する補助翼としての仕事も発揮するわけだが、いうなればこのおかげで事実上の複葉機とも言えなくもない特性を得る。


 まあ翼というには小さすぎて複葉機のデメリットを生じさせるほどのものではないんだが……


 ちなみに水上航行時においての安定性に重点を置いて効力を発揮させるよう狙った構造を組み込む事もあり、そのようなものは皇国の最新鋭の水陸両用航空機であるUS-2の胴体に実際に存在している。


 US-1の頃にはそこまで大きな効果を狙った構造物ではなかったが、US-2になるにあたりより胴体外側に大きく張り出して効果を狙った構造としている。


 そしてこの部分には後部着陸脚が収納されていて様々な仕事を目的とした構造体となっている。


 さらにUS-2の場合はその真下に横波への対策のための構造体が新たに追加されており、上部の構造体の効果を大きく手助けするようになっている。


 US-2がUS-1と比較してさらに荒波に強くなったのは上下に並ぶ2つの構造体のおかげである。

 こちらはあくまで水上を目的としていて空中での効力はさほどでもないがな。


 特に下部のスポンソンは飛行中になんら飛行に寄与する効果を発揮しない。


 上部は多少は揚力を生むよう作られているが、補助翼ほどの効果はない。


 まあ水平飛行時の安定性を多少高められるかもしれないといったところ。


 どちらかといえばあれだけ外に張り出していても飛行時に無駄に乱流などを発生させることなく、水上航行時に大きな仕事をするという意味で大変計算された優秀な構造体だと言える。


 俺の場合は他の単発式飛行艇と同様、間違いなく飛行時にもっと効果を発揮できる構造とするだろうが……


 そいつを採用して単発の推進式プロペラを備えた飛行艇とする場合、空気抵抗の問題でエンジン位置をなるべく高くしたくないので低めにしようと狙ってプロペラ径を短くせねばならず、結果二重反転プロペラを採用……などと考えはじめると段々と震電からも笑われそうな異質極まりない機体になってくるので全くもってやる気が出ないのである。


 仮に600km以上を出せたとしても、仮に偵察機としてそこそこ評価されたとしても、誰がどう見ても皇国面に飛び込んだ航空機ではないか。


 飛行艇そのものが軍事の世界で否定される中、それでも商業用として生き残っている飛行艇(水上機)の事情を知っているからこそ見える最適解は……あまりにも外観も仕様も現時点の大半の航空機からするとかけ離れたもの。


 パッケージングとしてそれが優れていると言われたって……なあ。


 そんなものを作れば後世にて信濃が作った失敗作扱いされるのは必然。


 浪漫はあるが非論理的と言える機体を皇国の限られた開発・生産キャパシティを浪費してまで作りたくない。


 やるとしても既存機の水上機化だけだろうな。

 逃げられないほどに強烈に開発を求められたら三式になる予定の重戦闘機でちょっとこさえてみる程度にとどめて置こう。


 今必要なのはヘリや陸上ジェット戦闘機だ。

 何かあった時のためにアイディアは常に練っておくが、妙な依頼を受けた場合の逃げ道も考え置かねばならぬのがつらいな……ともかく今日の双発式ロ号の試験飛行の成功を祈るぞ。


 ◇


「――例の発動機を双発としたヘリコプターの試験飛行、とても上手く行ったようだな信濃」

「ええ。何とか第一の壁は突破して第二の壁に挑もうかという所です」


 皇暦2601年4月1日。

 この日俺は久々に西条に呼び出されていた。


 呼び出された理由は4日後に行われるチャーチルやムッソリーニを交えた三国による首脳会談に伴い西条が俺に意見を求めたことによる。


 朝から参謀本部に向かった俺は2日前の試験飛行の成功について西条から賞賛を受けていた。


「キ71(一式急造型双発輸送回転翼機)に関しては上手くやってくれとしか言えん。ただ現状において本当に必要な存在でもあることを理解してくれ」

「はっ!」

「……時に信濃、昨年における我が国の死傷者数がようやく確定したが、どれほどか理解しているか?」

「いえ。新聞にも特段記載がありませんでしたので」


 突然の話の切り替わりにさすがに首をかしげてしまう。

 恐らく話の流れからしてヘリコプターにつながっている気がする。


「死者だけで4584名だ……お前の知る未来よりかは少ないといえる。ただ注目すべきはこのうち3000名以上が北部戦線での死者であるということ。西部戦線並びに国境紛争における死者は100人単位であり、戦闘外による病死などが大半なのだ」

「……多いですね。ですがキ70……もといロ号はいまや北部でも使われているのでは?」

「それが実は今回の首脳会談における議題の1つともなるのでな……是非お前に意見を求めたい。西部戦線においてキ70の目覚しい活躍以降、量産が続くキ70は北部にも回された。しかし回収されたはずの負傷兵が助からないケースが非常に多い。原因を探った結果……こいつであることがわかった……」


 西条が机に立てかけた小さい金属の塊。

 それは俺には見覚えのあるものであった。


「――ツッ! これはッ! バカな! 禁止されているはずの!」

「そう、ダムダム弾だ。我々はヤクチアの前身となる存在と戦うときもこいつに苦しめられた。当時の奴らの論理は締結国ではないから……であったが、今は締結国であるはず。にも関わらず連中は平気でこれを使っている。この弾丸は華僑における事変でも使われたが、統一民国となった華僑では当時から現在までにおいて一切製造されてこなかったものだ。当時使われたのは王立国家やNUPなどが密かに横流しした少数のものに限る。弾頭を作ったが禁止宣言の影響で処分に困ったのを処理しようとした結果、華僑の連中は知ってか知らずに使っていた。ただ比率は100発に数発混じるかどうか。だからこそ華僑の事変において皇国陸軍はさほどこれを問題視しなかったのだ……しかしヤクチアときたら平然とこいつを標準弾頭として運用している……これでは大急ぎで後方の設備が整った病院に運び込めたとしても間に合わん。肉を引き裂き、骨を砕き……大いなる苦痛と共に苦しんだ末に息絶えるのだ。ただの銃創とはわけが違う。これでは死者が減らないわけだ」


 苦悶の表情を浮かべる西条がすべてを現している。


 すべてにおいて手を尽くして近代化した皇国陸軍はヤクチアの前身となる戦い以来、本来の未来でも殆ど経験したことのない禁止武装によって苦しめられていた。


 ダムダム弾。

 弾丸のエネルギーを攻撃対象に対してフルに活用する場合はどうすればいいか。


 それは貫通させない事だ。

 貫通させるとはすなわち運動エネルギーを完全に失わないまま外部に放出されているわけである。


 弾丸は人体に留まった方がその弾丸が持つ運動エネルギーのすべてを命中部位に炸裂させることができる。


 ただ当然にして至近距離などであればあるほど、やわらかい部分であればあるほど一般的な弾頭では貫通しやすく、その運動エネルギーを攻撃として転化できない。


 ダムダム弾はある状況の発見をヒントにそれを任意で発生させることを目的として作られた。


 弾道学においてはよく知られていることがある。

 銃の弾丸は発射時点においては弾頭の中心点を中心に綺麗な回転運動を起こしていない。


 ライフリングによって回転エネルギーを与えられた弾丸は発射時点では燃焼ガスなどの影響により、弾頭の重心点を中心にボートのオールを漕いでいるかのような動きを示す。


 この時に人体に命中すると、時として弾丸はその不規則な動きによって人体内でその運動エネルギーを即座に消耗しきって、その結果人体に通常ではありえないほどのダメージを与える事がある。


 ダムダム弾とは、いわば発射からある程度の距離を経過して弾頭の動きが安定した場合においても、弾頭自体が変形することで命中時に人体内で不規則な動きを示すことで一気に運動エネルギーを消耗して通常の弾丸とは比較にならないダメージを与えることを画策したものであり、特に近距離であればあるほどその効果は絶大であるとされる。


 例えそれなりに遠距離であったとしても人体に受けるダメージは計り知れず、前回の戦で重い後遺症を患った陸軍兵士は少なくなかった。


 俺が知る限り、本来の未来において皇国陸軍ならびに海軍兵士がこの弾丸で苦しんだのは華僑の一部だけであり、基本的に2度目の大戦においてこの弾丸を皇国の軍人が使われるケースは殆どなかったと聞いている。


 他方、第三帝国とヤクチアの戦いにおいてはヤクチアが使用したので報復として第三帝国も用いはじめたという話を聞いたことがないわけではなかった。


 ただ、大々的に使ったという話は聞いていない。

 それが隙を生んでいた。


 迂闊だった……北海道における戦闘の時ですら奴らは使っていなかったので特段気にしてなかったが、民族性から考えたら平気で使う連中だったんだ……


 あの時に使わなかったのは皇国の戦力をこれ以上減らさずに皇国を手に入れたかったからか!


「いかな戦車や航空機があったとて、拠点を占領するには歩兵という存在が必要不可欠。一番危険な状況に晒される歩兵がなければ戦争では話にならん。だが、その歩兵を定められたルールを無視した非人道的兵器によって狩ろうなどと……」

「むぐぐぐ……」

「信濃。何か対策などはないか。今日お前に来てもらったのも首脳会談を前にして何かこちらから提案できないか予め検討したかったからなのだ。お前の未来の知恵でどうにかならないか」


 改めてダムダム弾に目を向ける限り、西条がサンプルとしてテーブルの上に立てかけているのは小銃弾であることがわかる。


 これでは現時点で手に入るまともな防弾チョッキでも防ぎきれない。


 根本的な解決方法は戦術によるものではないことが即座に理解できる。


 あるとすれば1つ。


「……首相。それが正しい選択かどうかはわかりません。ただ、私が今頭の中にスッと浮かんだことがあります」

「なんだ。話してみろ」

「……これを理由にNUPの参戦を促せないか……という事です。NUPを揺さぶってヤクチアに使用を控えさせるという考え方もあります。ともかく、戦場で訴えてもどうにもならない。これは政戦で解決せねばならない事です」

「お前もそう思うか……NUPはさておき、陸軍の上の者もほぼ同じ認識だった。戦の上での解決は見込めぬのは間違いなかろう」

「何かできるかわかりませんがG.IのCEOとコンタクトをとってみようとは思います。ともすれば戦況を変えるうねりを生むやもしれませんので」

「期待はしないでおく。首脳会談の前にできそうか?」

「千佳様のお力を借りれば首脳会談前日までに何らかのコンタクトが取れるかもしれません」

「よしわかった。無理のない範囲で頼む」

「はっ!」


 すぐさま俺は部屋を後にして行動に出る。


 久々に背中のあたりに熱を感じていた。

 やはり俺は奴らを許すことなんてできやしない。


 どうせ大半の兵士はそれが禁止なのかどうなのかさえ知らない。


 禁止という文字すら読めないような奴等が2000万人以上の規模であの国には平然といるんだからな。


 ただ支給された弾丸で攻撃した。

 それだけの認識だ。


 それを改めさせる方法なぞそう多くはない。

 あの国は結局、ウラジミールら主導者達とそれが織り成すシステムによって成り立っている。

 感情なんて必要なく、与えられたミッションにYESの反応を示すだけでいいのだ。


 変えるなら頭から押さえ込まねばならないが、そいつらが本気で理解しないなら化学兵器の使用も考えねばならなくなる。


 そうなると報復の先にさらなる報復の応酬となり、その先にあるのは核兵器か。


 ……冗談じゃない。


 その道筋の先にあるのはどちらの国も滅ぶ運命だ。

 清い戦争なんてものはない。


 だが、一方が一方的に苦痛だけを与える戦争もまた許されないことをヤクチアに教えてやる。

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