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第128話:航空技術者はアインシュタインに喧嘩を売る(中編)

「――――……Ah~」

「ええっと、では皆様――」

「通訳なんかいらん。技研のメンバーは7人いたら4人はそちらの言葉がわかる。第三帝国の言語に通じる技術者も当たり前にいる。それは皇国の航空機メーカーも同じだ」


 ペラペラと台本まで用意してきた話を15分以上も自国の言語で喋っておきながら、今更同じ話を通訳を介して"正しく伝えようとした"王立国家の技術者に対し、ある技研のベテラン技術者は時間の無駄だとばかりに遮った。


 それも皇国の言葉ではなく、相手側の言葉でである。


 ここまでの15分間、彼らが喋っていたのは礼儀とばかり一度は崩れたこれまでの同盟関係に関する祝辞と、今後の王立国家と皇国の未来を明るいものとしようという友好宣言のようなもの。


 そんなのを通訳も併せて30分も聞いているほど技研のエンジニアは暇ではないのだ。


 立場上、矢面に立って偉そうな態度に出る気がしなかった俺は我慢していたが、周囲の様子を見かねたベテラン技術者は己が全部の責任を背負って悪者となることで、話を本題に一気に進めようとしたのだった。


 王立国家は少々浮ついているといわざるを得ない。


 きっと第三帝国やヤクチアで情報収集を行っている限り、ジェット戦闘機が今後4年間出るかどうか怪しいという結論に達し、現状において急ぐべきはBf109や、ようやく量産体制に移行したばかりのFw190だけを脅威として捉え、新型戦闘機などそう簡単に出来上がるわけではないのだから、とりあえず落ち着いて友好ムードを構築しながらスピットファイアの改良案について話し合いたかったのだろうが……


 技研は今それどころではないのだ。

 一番力を入れているジェット戦闘機は密かに四式と呼ばれるようになった。


 上層部は"四式重戦闘機"だとか"四式高速戦闘機"だとか"四式新世代戦闘機"だとか呼び始めるようになっている。


 新聞にまで"立川の新型戦闘機は2604年正式採用を検討中か"――などと記事を書く始末。


 陸軍上層部は2604年1月からの運用を本気で考えていたのだった。


 仮に耐Gスーツなどが完成せずとも運用手法を限定することでそれを可能とし、制空戦闘は2604年下半期より検討していくこととし、当面の間は偵察と精密爆撃を主体で戦っていくのだと決めていた。


 四式となるかどうかはまだ未知数であるが、キ84はなんたってその積載力が破格だ。


 優れた空力計算によって最大飛行可能重量は2600kgを誇る。

 すでに完成したエンジン推力はカタログスペックを十分に満たしており、胴体構造において大幅に重量増となるような問題でも発生しない限り確実に達成できる数値だった。


 ただしこれは2600kgもの重量がある武装1つを装備できるというわけではなく、大重量を支えられるハードポイントが3箇所設けられており、その部分において約800kg程度まで耐えられる構造となっているだけだ。


 3つのハードポイントは500kg爆弾×3または700Lの増槽×3を装備可能で、増槽×3構成なら100kg爆弾×2を翼のハードポイントに装着可能というだけ。


 800kg爆弾の運用は爆弾自体が大きすぎて飛行に影響するので当初より考慮されていない。


 だが、500kg爆弾×3の場合は250kg爆弾×2+100kg爆弾×2を装備可能ではある。


 この状態でも水平飛行速度は800kmを軽く上回る。

 上昇力などに大きく影響が出るが、だとしてもレシプロ高速機並みではある。


 それもこれもエンジンを中央に据え置いてデルタ翼を採用したことで生まれた余裕である。

 キ84は戦闘機であると同時に戦闘爆撃機でもあるわけだ。


 当面の間は空中機動時に7G~8Gほどの制限を受ける戦闘爆撃機としての運用が主体となるものの、新鋭ジェット戦闘機を前線で運用しているという事実だけでも相手に威圧感を与え、一方で自国の戦意高揚に大いに活用できるという事から、陸軍の期待感は保険として開発されている重戦闘機よりもジェット戦闘機に大きく比重を寄せていた。


 重戦闘機は普通に考えてこの大戦中最強格の戦闘機ではあったのだが、陸軍がほしいのは無敵の戦闘爆撃機であったわけだ。


 重戦闘機と同時に開発する攻撃機と違い、やろうと思えば四式となりうるものはベルリンを空爆可能。


 増槽無しでの航続距離ですら1300kmほどあるので、増槽を2つ装備して500kg爆弾1つまたは250kg爆弾3つほどならば、連合王国で手に入れた戦略拠点からベルリンを空爆することが可能。


 まあ正直首都攻撃の意味がどれほどあるのか不明瞭であるし、あまりにも内陸側で故障からの不時着リスクもあるので、総統閣下が移動している瞬間を狙い撃ちするわけでもないなら無理してやるべきではないんだが……可能かどうかと問われれば可能ではあった。


 陸軍自体はベルリンよりもルール川周辺への攻撃を検討しており、とにかく総合的な相手戦力の低下を四式によって達成したい意向だ。


 現状では対空砲火の著しい湾岸の軍事施設への精密爆撃なども同時に敢行することで、相手の海洋戦力を大幅に殺ぐことも念頭に入れていた。


 それだけ期待がかかった新鋭戦闘機。


 万が一があって2604年に間に合わないなどあってはならないとばかりに上層部は適度な圧力を加え続けている。


 ゆえにメーカーと協議して設計を煮詰めるエンジニアの多くはそんなに暇ではなかったのである。

 既存の航空力学を活用した単純構造な練習機なども含めれば、皇国は多くの航空機の開発に邁進している状況にある。


 決して他国の支援を行えるほどの余裕があるわけじゃない。

 それでも尚、負けないために協力するわけだ。


「――我々はエンジニア。エンジニアは共にものづくりに励む中で対話が行えると考えている。両国の明るい未来を祈願する相手は御神体ではなく、作り上げた先の兵器であるはずだ。失礼を承知で申し上げてはいるが、出来ればこの後の自己紹介なども切り上げてすぐに本題に入っていただきたい」

「……確かに貴方のおっしゃる通りだ。ならばすぐに本題に入ろう。それでは……これが我が国の現時点での主力戦闘機の最新型だ」


 シンと静まり返った会議室の黒板に張り出されていくブループリントは、俺が見たこともあるスピットファイアMk.VIIに類似する機体だ。


 図面を見る限りまだ荒削り。

 設計試案段階だと思われる。


 本来の未来ならJu-86Pが登場し、そいつへの対応のために大急ぎで作り上げたMk.VIが本年の7月に初飛行を行うわけだが、アレは二段二速のマーリンじゃなかったりなんだりで普通に失敗作。


 Mk.VIIは二段二速のマーリンを搭載して今一度やり直した高高度飛行を考慮したスピットファイアだ。


 エンジンは二段二速の最新型だが、それ以外にも非常に特徴的な装備がこいつにはあった。


「……コックピットは……与圧室で間違いないですね?」

「そうだ。我々はこの機体をMk.VIIと呼んでいる。第三帝国が高高度飛行可能な爆撃機を開発中ということで、我々はMk.VをベースにMk.VIを開発していた。最低限貴国のキ47ほどの高さまで飛べなければ今後の戦略構想が練れないと軍からも促されてな。しかし、それがあまりにも稚拙で……我々は皇国の技術を借りた上で、Mk.VIIという呼称で最高到達高度1万4000mまで可能な高速戦闘機を作りたい」

「ううむ……」


 俺の質問に対してすぐさま反応したスピットファイアのメーカーの技術者の声色から伺う限り、彼らの今後の方針は本来の未来と変わらない様子が伺える。


 ただ確証が持てないので、改めて問いかけてみることにした。


「我々は事前に王立国家ではマーリンに代わるエンジンを開発中と伺っていますが、それを搭載するおつもりはないということで?」

「今の所、その予定はない。平行して開発はしているが……出来れば頼らずに済む方がいい」


 つまり、本来の未来と意思は変わらぬということか。


 グリフォン搭載スピットファイア。

 またの名をMk.XII。


 フッカー卿を含めた王立国家のエンジニアは最後までマーリンでどうにかしようと奮闘していた。

 理由は簡単だった。


 マーリンを搭載することを考えてギリギリまで設計を詰めてしまっていたスピットファイアは、尾翼を含めた胴体全体の設計がマーリンのエンジンの回転方向に合わせられていた。


 よって回転方向が逆のグリフォンとの相性が最悪なのを理解していた。


 グリフォン自体はまるでスピットファイアのせいで欠陥エンジンのように思えるが、グリフォンに合わせた戦闘機を王立国家が作れていれば間違いなく大戦最強格の戦闘機が作れていたぐらい、グリフォンもまた名機だった。


 マーリンの信頼性をそのままに、馬力を大幅に向上。

 エンジンの全体構造もコンパクトにまとまっていて、燃費もそこそこ。


 ただ、増大した重量をスピットファイアが支えるには難しく、重心点のズレを胴体の延長で調整せねばならないなど、ありとあらゆる部分にて無理があった。


 スピットファイアとは結局はマーリンの搭載だけを考えて特化された戦闘機だったのだ。


 それこそフッカー卿がどう足掻いたってどうにもならないぐらい、ギリギリまで選択と集中で突き詰めた傑作機だったのだ。


 P-51を別物にして、傑作戦闘機として化けさせたフッカー卿ですら、グリフォンを搭載したスピットファイアはお手上げに近かった。


 むしろ当時のメーカーの認識では"搭載しても飛ばない"と言われたぐらいで、何とか戦闘機として飛ぶことが出来るまで仕上げた当時のフッカー卿を含めたエンジニアの涙ぐましい努力が伺える。


 未来にて何度も見た図面を今の時代に見ると震えてくる……


 角型のジュラルミン製のパイプを縦に多段式にいくつも束ね、パイプの先端を斜めにカットしつつ、一段一段上下に本数を減らしていく構造となった主桁より生み出された、あの美しい主翼。


 これを戦前に1から設計したというんだ。


 それだけじゃない。

 各部の構造部材も生産性と効率を突き詰めた構造ばかり。


 量産が可能でなければならないが、かといって戦中の技術向上によって誕生する戦闘機達に遅れをとらぬよう、戦前でありながら戦後を見据えて作ったとしか言いようがない全体構造。


 これと並ぶ戦前設計は本来の未来の一式隼ぐらいなものだ。


 鹵獲した隼をレストアして飛ばそうとしたNUPのあるエンジニアはこう言った。

 隼には主桁が無い……と。

 隼は当時としては非常に先進的な未来を見据えた多主桁構造。


 全ての構造部材でもって主桁とする革新的構造だった。

 後の時代に長島が航空機の翼を設計する上で世界でも屈指の技術を獲得するに至ることが一目でわかる構造だ。


 それこそ、スピットファイアを皇国で量産しろといわれたら、今の時代においてそれを可能とするのは長島しかいない。


 その技術力がある唯一のメーカーだと言い切れる。


 現時点で作れと言われて「応!」と言い切れるのは、今この会議室内でも関心しつつも小声で"発想はなかったが、俺達でも作れそうだな"――と言っている長島だけ。


 新型ジェット戦闘機の翼を作れるのも長島だからだ。


 スピットファイアの場合、それを胴体全体にも応用している。

 とにかく構造部材が少ない。


 これは逆を言えば拡張性こそあるものの、その拡張に対して重量が大幅に増加すると強度が足りなくなる弱点を抱えることを意味していた。


 グリフォン搭載型が苦しんだのは補強部材を追加しようにも中々追加できない突き詰めすぎた基本設計にあったのだ。


 だからこそフッカー卿ら、王立国家のエンジニアは最後までマーリンをどうにかしようとしていた。

 マーリンでどうにかしようとしていた。


 当然、皇国にて吸気タービンなる王立国家でも研究されて注目されている技術で高速重戦闘機を作っていると噂を聞けば、それでもってMk.VIIをどうにかしようと考えるのは道理。


 だがしかし……いつの世においてもことがそう上手く運ぶわけが無い。


「……技研が提供していただいた例の過給システム。あれは大変にすばらしい。概算ではありますがマーリンをきちんと2000馬力級にできうるものです。2120馬力ぐらいは出せるのではないかと……ただ、それをスピットファイアにそのまま搭載できるかというと……」

「スペース的に厳しそうだ」

「ええまあ……強度的にもかなり厳しいことこの上ない」


 若手のエンジニアは現実の壁にぶち当たり苦悶の表情を浮かべる。


「かといって、貴国において新型機を1から開発する余裕もないわけだろう?」

「今から作るんじゃ3年はかかります。とてもではないですが間に合いません」

「すでに皇国政府からは貴国の新世代戦闘機の供与を受ける許諾を大筋合意の上でいただいていますが……それまで戦うための機体であり、その上で主戦力として前線で戦う戦闘機であるためには……」

「既存機であるスピットファイアを改良してみせるというわけしかないわけか……信濃中佐。我々から新たに提供できる技術を説明したらどうだ。これだけでも大分かわるはず」


 年功序列というのは嫌なものだ。

 上官ではあるものの、年齢は二周りも上となるとまるで部下扱い。

 まあ皇国の風習の1つだけに仕方ない。


 こういう技研内での様子も、俺の背後に影武者がいると勘違いされる理由なんだろう。


「ではこれを」


 俺はそれまで風呂敷に包んで手にもっていた物体をゴトンと音をたてて会議室の机の上に置く。

 それは鈍い銀色を放ち、ザラザラとした肌触りのアルミの押し出し材であった。


 ただし、それはただのアルミの押し出し材ではなかった。

 俺は若手の技術者に資料を配布させ、しばらくその場で沈黙。


 資料が渡りきったら息を静かに吸い込んで話をはじめる。


「今置きましたのは我々が2596年の時点で開発に成功していた新たなジュラルミン素材。通称"超々ジュラルミン"です。資料をご覧の通り、既存のジュラルミンの1.5倍以上の耐久性があります」

「な……S24より1.5倍と!?」

「ええ。引っ張り強度の数値ではありますがね」

「では皇国の戦闘機はこれらを用いていたからこそ、これほどまでに――」

「いえ、違います。現在までに正式採用した戦闘機には使っておりません。なぜなら――」


 超々ジュラルミン。

 皇国での正式名称はESDという。


 この超々ジュラルミン、本来の未来においては一式隼を除いた皇国の戦闘機に多用された。

 その高性能っぷりから皇国の非力なエンジンを大きく下支えした素材であり、零はこいつを多用してあの性能を獲得するに至った。


 だが俺はこいつをこれまで使っていなかった。

 理由は単純。


 生産性、加工性などが極めて悪く、さらにESDには重大な弱点があったからだ。

 それは耐腐食性と耐久性。


 ESDはアルマイト処理が難しく、均一にアルマイト処理をするのが大変であった。

 ゆえに塗装で誤魔化したりなんだりしていたわけであるが、それだけでも腐食しやすかったのに加え、アルマイト処理しても腐食し易い素材だったのだ。


 そして最も俺が気に入らない点として、高振動し続けるとすぐ耐久性が低下してしまう弱点があった。

 カタログスペックの性能をずっと維持できない。


 当時のNUPの調査では飛行時間150時間で零は本来の性能を維持できなくなっていたことが調査結果により明らかにされている。


 皇国の試験データでも約100時間。

 100時間使ったらその機体は前線から退くか本土にてオーバーホールして構造部材を総入れ替え。


 性能低下後も飛行可能な性能を維持できるのは約2年。

 2年過ぎると胴体や翼が破断してしまうリスクがあった。


 これは一型から三型に改造された隼とは全く状況が異なる。

 隼は末期の状況で本土に修理に戻った一型を三型に改造できた。

 それはあくまで修理扱いでオーバーホールみたいな総入れ替えではない。


 隼は1000時間以上飛行しても性能低下はほとんど確認されていない。

 現地改修でまともに飛ばすために主桁に鋼の補強板を入れるしかなかった零とは全く違う。


 こんな耐久性の欠片もないモンを緒戦の戦闘機に投入できるわけがない。

 だから俺はこれまでに一切使っていなかった。


 零においては75%も設計を組み替える際に多用された超々ジュラルミンを全部撤廃したほどだ。


 あいつの製造コストが大幅に下がった要因はそれだ。

 超々ジュラルミンの多用と、あの大量のパーツ数が零のコストをどれだけ増大させてたかって、S24を使っているならエンジンもう1機を余裕で搭載できるほどだ。


 つまり双発機の方が安くなるほどだ。

 生産性を考慮したらそんな事は出来ない。


 だが、これからは違う。

 これからの戦いにおいてはより強固な部材が必要となる。

 耐久性をある程度度外視してでも、その部材を使わねばならない場合もある。


 だからジェット戦闘機においてはESDを一時的にとはいえ積極的に使う予定である。


「超々ジュラルミンは未完成です。完璧ではない。なので改良中です。もはや手段を選んでいられないので、今私たちはS24を開発したメーカーであるアルコンと交渉を行っています。こいつを改良し、弱点を撤廃しつつS24と同じ耐久性にできないか。S24よりさらなる耐腐食性を獲得するに至ることができないか……何分、ライセンス契約等ありますので交渉は難航中ですが、夏までに合意に至りたいと考えております。とにかく早くそんな素材がほしいので契約手法を決める交渉はひとまず後回しにして開発だけをしようという事になり、来月初めを目処に超々ジュラルミンに関する資料を提供する予定です」

「それを開発できうる見込みはあるのですか?」

「NUPのメーカーは80%の確率で開発できうると豪語してます。2603年頃には間に合うのではないかとも。今はそれを信用するしかありません」


 まあ俺は間に合うと信じているさ。

 なんたってアルコンは2602年7月から開発して2603年4月には量産化に移行してるんだ。


 俺の知る未来において不動の合金。

 A7075こそそれなのだ。

 実質的な強度はESDの12%減だが、耐久性の次元がまるで違う。

 S24以上の耐腐食性も獲得している。


 が、精製方法においてはNUPのノウハウがなければならず、俺にはこれがよくわかっていない。

 皇国も耐久性には気にかけていて当時ESDの改良を行っていたのだが、その中には全く同じ組成のものもあった。


 にも関わらずA7075は当時においては作れなかったんだ。


 後の未来において超々ジュラルミンの名を不動のものとしたA7075は、その祖となる存在がESDではあるのだが、このESDにクロムを添加して作られたA7075はどうやってクロムを添加しているのかわからない。


 A7075は熱処理合金だけに当時の皇国の工作機械による熱処理の方法が正しくなかったのだといわざるを得ない。


 熱処理自体の方法も一緒だったのに皇国はESD止まりで、NUPはA7075を作れたのがその証左。

 現在においても皇国は同じ病に陥っているため、本家本元であるアルコンに改良を依頼せざるを得ない状況というわけだ。


 これは完全に俺の判断ミスだったかもしれない。

 認識の乖離があった。


 俺の理解では、本来の未来においてNUP製の工作機械などの導入が頓挫したことでESDの改良が滞ったと認識していた。


 だから2600年時点で導入できていたのだから、2601年頃にはA7075相当の素材が出来るのだとばかり思っていた。


 このあたりは均質圧延鋼と同じであると。

 しかしどうも熱処理が必要なアルミ合金は奥が深いらしく違ったのだ。


 これまではヤクチアに渡る可能性もあってアルコンへの開発依頼については統合参謀本部も慎重な姿勢を保っていた。


 しかし待てども待てども完成しない。

 よってレンドリース法が制定され、反共主義でまとまりつつある今のNUPに頼る事になってしまったのだ。


 嫌だな全く……NUPを頼らんと俺達は一歩二歩必ず劣った状況で戦わねばならない。

 A7075を2600年には作れていたならもっと新世代航空機達の開発は楽だったろうに。


 だが、逆を言えばA7075の強度を逆算して設計し、完成するまでの間はESDで乗り切る……今ならそれが出来るということだ。


 ちなみにジェット機は最初からA7075を使う事を前提に設計している。

 量産に移行する時点では間に合うだろうし、間に合わなければ初期生産分はESDで代替。

 その程度のやや甘い見積もりでいる。


 それでおそらく大丈夫だと思えるほど、アルコンに対する信頼は厚い。

 入手から1年未満で量産してみせたのは零が大暴れしたからという背景もあるが、今回は2年以上も余裕を見積もってるわけだ。


 当然、重戦闘機においてもそれを多用する。

 攻撃機においても。


 熱入れの技術に関してはヤクチアもかなりのものを持っていたものの、結局2610年代に入るまで7075に相当するジュラルミンを手に入れられなかったことから、NUP経由でヤクチアに渡ってもどうにかなるとも考えている。


 無論、交渉においてはヤクチアに絶対に渡さない事を主眼に入れているがな。

 ライセンス料よりも第三国に渡らぬ機密管理の徹底の方が重要だ。


 ライセンス料が安くとも最悪は皇国政府が皇国のメーカーに補填させられる。


「図面を見る限り、スピットファイアの構造部材は最も強度が必要な部位にてS24を基に作られているようです。NUPがコードナンバー7075として開発する素材、そして我々がすでに手にしたESD。これらを使うだけでも機体の重量増大に対する強度不足の不安は大幅に払拭されるかと」

「その代わりESDを使えば飛行時間100時間~130時間で性能が低下してしまう事となる……」

「交換が容易な部位に多用することで対応するしかありませんね――」


 幸い、スピットファイアは翼などを簡単に取り外せる事から、主桁などに多用することに特段問題はない。

 胴体後部も簡単に取り外せる。


 機体後部を文字通り入れ替えてしまう使い方をするしかない。

 7075が間に合うまでそれで戦う。


 例えば2602年初頭にMk.VIIを投入できるなら、1年ほど我慢すりゃいいだけの話である。

 大幅な設計変更が難しい以上、それで乗り切る他ない。


 しかしそれだけで乗り切れるほど新型過給システムは甘くなかった。


 そして俺は完全なるスピットファイアMk.VIIとするため……

 俺はアインシュタインに喧嘩を売る事になったのだった――

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