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第14話:航空技術者は一式に層流翼型を採用し、異次元の可能性に挑む

 軍用機開発において最も重要なことは何か。

 それは3つある。


 1つ。信頼性。

 何よりもどんな過酷な状態でも稼動することが望ましい。


 ハ33に拘るのもそのためだ。


 もう1つが整備・保守性。

 当然にしてそれは信頼性に繋がる。

 単純構造であればあるほど堅牢で修理がしやすく、改良もしやすい。


 最後の1つがコストと製造性。


 上記にも結びつくものだが、製造が難しいものほど戦時中はどんどん品質が落ちて性能が低下していく。



 本来の一式は最終的に全ての面で零を上回った。


 ほぼサイズの変わらぬ一式が当初こそ零に負けていたのにも関わらず、防弾装甲なども採用した上で全方位で零を上回ったのはこれら3つを備えていた事による。


 俺が作りたい新たな一式戦も基本的にはこの3つを踏襲したもの。


 いよいよ全ての手はずが整ったので、長島の胴体開発部と共に未来を変える一式の開発が始まった。


 1日おきに浜松と東京を移動している俺は京芝の子会社から呼び寄せた人間を使ってジェットエンジンの開発も始めているが、こちらはまず基礎研究から始まるため時間がかかる。


 優先度合いとしては一式と、並行して開発が進む双発機のほうが高い。


 俺は双発機部門では西条に希望して四菱の担当となった。


 というか、双発機の開発については長島が開発から下りたので、山崎と四菱による2つのメーカーによる試験機の提出となった。


 長島が下りた原因は深山にある。


 DC-4Eから開発中の深山に手一杯のため、他の中型機以上を開発する余力がない。


 元より双発攻撃機に関しては長島が不得意とするため、当初より四菱の開発顧問となることを希望していたが……あちら側から引いてくれたのが幸運だ。


 今や俺は長島と四菱双方を渡り歩いて戦闘機開発に携わっているが、長島は陸軍のほぼ全ての戦闘機を作りたがっていたので、変に周囲を説得したりされて長島と双発機を作ることになるのは避けたかった。


 双発戦闘機はキ83やキ96など、四菱や山崎の得意分野。


 長島は銀河といった大型機が得意であり、双発戦闘機は月光や天雷ぐらいである。


 双方共に正直言うほど完成度が高くない。


 基本的に月光の仕事は武装が施された百式司令部偵察機が担うこととなり、天雷は失敗作として少数が生産されて計画が終了。


 長島といえば、連山や深山といった大型機群を除くと陸海両軍にて単発機ばかりが目立つ。


 とはいえ、現状四菱も双発機は後に万能攻撃機となった百式司令部偵察機に力を注いでおり、双発戦闘機開発の進行速度がよろしくないので一式に注力しているというのが実状である。


 一式ことキ43と呼称される戦闘機だが、まずエンジンパワーについては現時点で1200馬力級という破格の出力を備えたものが手に入ったのが大きい。


 現在のままだと燃量消費量がハ25の1.5倍と航続距離を大幅に犠牲にするものだが、一方でこれにより当初より三型と並ぶ非常に打たれ強い戦闘機とすることが出来る。


 機体構造としては推力式単排気管は引き続き採用。

 一式とはいうが、エンジン周りは五式ソックリな意匠となる。


 一方、俺は長島の連中に対し新たな翼断面を提示した。


「まさか王立国家や第三帝国が採用しているっていう新鋭翼型を採用するんですか!?」

「当然です。皇国で発見された技術なんでね。これは……」

「確かにそうではありますが……信濃技官はなんとも勇気があるお方だ!」


 梅が咲き乱れる立川にて、長島の胴体開発部の技師が窓ガラスを震えんばかりの声を出した。


 俺が採用しようというのはハリケーンやタイフーン、そしてスピットファイアにてすでに採用されたタイプの層流翼型である。


 ちなみにBf109型には採用されてない。


 同じメーカーがごく最近に作った速度試験機に採用し、以降に登場する新型機に採用される。


 我が皇国において同様の翼型は後に長島飛行機が研究に次ぐ研究の末に海軍機としてたった1機だけ実用化する。


 かの有名な"我に追いつくグラマンナシ"の彩雲である。


 ただし、彩雲の設計をそのまま模倣しても翼の強度がまるで足りない。


 彩雲はあくまで運動性を犠牲に最高速度を引き上げようとしたものであり、戦闘機向けのデザインではないのだ。


 層流翼型について少々説明すると、通常、翼とは水滴を垂らしたかのような形状をしているのが一般的だ。


 こうすることで気圧差を生じさせて揚力を生む。

 未来における航空機も基本的にこの形状を踏襲している。


 ただしこの翼型には実はとんでもない爆弾があるのだ。


 最大翼厚以降の気流は信じられないほどに乱れ、空気抵抗となる乱流を発生させるのである。


 30年後あたりに誕生した未来の旅客機などに、なにやらゴテゴテといろんなパーツが付与されているのはこの乱流制御を目的としたもの。


 その状況も変わりつつあり、より空気抵抗に優れた翼となるものが60年後を境に登場してくるわけだが……


 一連のものを層流翼型と呼び、未来の航空機の基本形となる。


 この空気抵抗の無駄について一番最初に発見したのは皇国の流体力学研究者だというのだから恐ろしい。


 同時期にNUPもその発見について報告しているが、世界で最も最初にその法則性を発見したのは皇国だ。


 しかもその人間は研究者だったのでジェットエンジンの第一人者と同じく研究発表して公開技術としてしまった。


 それが2年前の話である。

 その人物とは恥ずかしながら我が師である谷二郎だ。


 航空技術に興味があった俺はコネを使って大学に潜入し、彼の講義などを聞いていたのだが、そのうち彼の研究室に入り浸るようになった。


 俺が陸軍技研に入ったのも、そんな事をしている10代がいるとヘッドハンティングされた所による部分が大きい。


 俺は技研に入った後も、20歳になるまでは彼の研究室に毎日のように通って流体力学について学ぶ日々であった。


 元々技研自体が谷二郎などの研究者と関係を持っていた影響であり、陸軍が研究機に出資していたのもそういう繋がりがあったため。


 彼こそ皇国の流体力学の権威であり、以降の皇国の流体力学の発展に大きく寄与する人物。


 本人は終生大学教授であり続けたが、彼の多くの発見は皇国の工業技術に大きな影響を与えている。


 俺が流体力学に目覚めてしまったのも彼の影響によるものなのだが、皇国内でいち早くこの技術に食いついたのが陸軍と山崎だったりする。


 陸軍は研究発表後からしばらくはそこまで注目していなかった。


 俺が未来を変えたので状況が異なるものの、本来の未来ではそのまま今年の夏を迎える。


 だが、あることがきっかけで状況が変わる。


 その情報をヒントに新たな速度記録を樹立した第三帝国が"翼に皇国の研究者の技術を用いた"――という発表をしたことから陸軍は大いに関心を持つに至り、自らでもってそれを実証しようと山崎と手を組んだのである。


 奇しくもこの谷二郎の発表については第三帝国も認知しており、それを利用した速度試験機を作っていたのだ。


 この試験機は本年の4月に755kmという記録を出す予定なのだが……


 陸軍としては我が国の技術なのだから本人も近くにいることだし、手伝ってもらってこの記録に追随してみようとするのである。


 それが来年の話であるのだが、同じエンジンを手に入れようとしてまで1年後に700km台の速度を出そうと画策する。


 通称"研三"と呼ばれる陸軍の速度試験機キ78である。


 陸軍はこの時、重戦闘機だけでなく高速戦闘機についても理解があり、自分たちがそれらを手にする夢をまだ諦めていなかった。


 研三開発については弟子だからと俺も動員されているが、今にして思うと一郎とかと違って駆け出しだったので担当した部位の設計構造は稚拙そのもの。


 それでもこの機体こそ俺が始めて本格的に航空機の開発に関わった存在であり、強い思い入れがある。


 今なら間違いなく730km台は軽くだしてやる自信があるのだが、この研三に採用された翼こそが層流翼型である。


 ただしこの時に採用された層流翼型は"LB翼"と呼ばれる、後の未来では"半層流翼型"に分類されるものであり完璧ではなかった。


 研三と呼ばれるこの試験機は本来の未来では皇暦2599年の9月から計画が進むものの、最終的に699.9kmを出す。


 第三帝国より液冷エンジンを輸入してまで作った研三であるが、この結果もまた陸軍が液冷エンジンを諦められない理由となってしまうのだった。


 LB翼はこの後、谷二郎や陸海軍……


 そればかりか国を越えて様々な国家が煮詰めていくわけだが、最も早い段階からほぼ完璧な層流翼型を作っていたのが王立国家だったというわけだ。


 王立国家もまたこの研究発表には大いに関心を持っており、早い段階からより改良した上で航空機に導入していた。


 スピットファイアなど最たる例である。


 なんとなくだが、俺はこの計画に間違いなく引っ張られて700kmを目指すことになりそうだ。


 どうせなら空冷星型で目指してみたくなるものだな。


 俺がこの世界でやり直す直前、空冷星型エンジン……俺がこの世で最高傑作と認知するR-3550は850kmを出した。


 最後に笑ったのは熱力学を極め、過給器でもって瞬間馬力4500に到達した空冷星型エンジンだったのだ。


 この最高記録を液冷では超えられないのだ。

 あまりの驚きに何か熱いものが込みあがってきたのを覚えている。


 NUPの元戦闘機が出したあの記録が忘れられん。


 それはさておき、前述した半層流翼型については後に様々な機体に採用されるわけだが……スピットファイアのような純粋な層流翼型は彩雲に至り、初めてそう呼べる存在に昇華されるわけである。


 この翼型は、極めて層流翼型に近い半層流翼型を装備する彗星が極めて高い飛行特性を持つことを確認したため、長島の技師がさらに改良した翼を装備したものが彩雲というわけだ。


 谷二郎の弟子である俺が作る一式には当然、最初からスピットファイアクラスの層流翼型を採用する。


 長島の技師達は設計図だけで空力特性を理解できているが、これには皇国の研究者による研究発表だったので普通に認知しているからだ。


 この時点で普通に既知の技術なのである。


 だが一方で、そう易々とこの翼型を採用できぬ理由も存在していた。


 それこそが単発戦闘機のジレンマによるもの。


 単純な速度試験機と、戦うための戦闘機とでは構造に持たせるべき強度がまるで違うだけでなく、もう1つ問題があるのだ。


 単発戦闘機においての各種設計配置で最も難しいのは主脚と燃料タンクの配置処理。


 燃料タンクを機内に配置すると重量バランスが崩れて極めて設計が難しくなる上、機体構造の強化が必要になるので設計が難しくなる。


 そのため、列強も我が国も基本的には翼に配置する事が多い。


 ただしこの配置にも国やメーカーごとに特徴が現れる。


 皇国の場合は胴体の中央付近が多い。


 翼の根元から操縦席の真下にまで長方形に長い燃料タンクが配置されている事もあるが……


 大戦後期になると次第にその方式は改められ、操縦席真下に頑丈な防弾タンクを配置し、翼の根元付近にそれぞれ2つの燃料タンクを配置するという構造となっていく。


 つまり燃料タンクは3つあるということだ。


 大戦初期の頃は皇国だけでなく、他国も翼から操縦席までを配置する2つのタンクとその他の燃料タンクといった配置が多かったのだが、四式戦のように3つのタンク形式となるよう改良されていく。


 着陸脚は翼の前方に配置し、燃料タンクは主桁の間に挟まれるようにして防御力を高めるのだ。


 だが俺はこの当たり前の構造を一式に用いることをやめた。


 彩雲、スピットファイアと同じ方法だ。

 主脚は2本の主桁の間に挟みこむようにする。


 こうすることでこの部分は構造上平らになってしまうが、それこそがよりきちんとした層流翼型の構造とできるのである。


 燃料タンクは彩雲と同様に翼の前部分に配置。


 そしてここからが重要だ。

 操縦席の真下にも燃料タンクを配置してしまうのだ。


 こうしたい理由は彩雲と同様に主脚の長さを長くしたいから。


 かねてより皇国の戦闘機はプロペラ径が短く力学的に非効率であった。


 それを知っても尚、どうしようもできなかったのは、思い切った設計をしようとした者がいなかったからだ。


 そもそもが層流翼型ですらすでに実用段階。


 これを用いた戦闘機をつくろうなどというのは誰かがやろうとすれば出来た事。


 タイフーンなどにおけるデータは公開情報だったりするんだ。


 知ってても尚、彩雲に至るまで採用しなかったのは、燃料タンクの配置方法をどうするかという解決方法を見出せなかったからだ。


 というかこの点においてスピットファイアもかなり妥協している。


 あの短く脆弱な主脚についてもそうであるが、何よりも燃料タンクの配置方法自体が妥協の産物。


 航続距離は800km未満という皇国では不採用となるような代物である。


 彩雲では主脚の位置設計において同様の構造を採用しながらも燃料タンクにおいてはスピットファイアより斬新な配置にして解決をしているのである。


 この時点で主翼前方に燃料タンクを配置するなど、普通にして考えれば"被弾を考えたら危なくないか"ーーと思う事だろう。


 それが驚くべきことに、この方が燃料タンクの被弾が大幅に下がることがわかっているのだよ。


 まず1つ。


 ゲームのようにヘッドオン状態になるなど現実世界ではまず存在しない。


 攻撃は常に後方、さらに戦闘機においては基本"上を取った方が勝つ"ので、真上から斜め下に向かって射撃するのが基本。


 そうなるとどうなるか。


 より燃料タンクは翼の前方にあればあるほど被弾率が下がる。


 重量バランスについても、これなら機内に設置するよりも調整しやすく、それ以上に利点があるのは主脚を頑強にしやすいことと、層流翼型にする上で翼の構造を強化しやすい事。


 長島飛行機は主桁を1つないし2つにしつつ、前進角を付けるのが基本。


 一式から四式まで、今現在俺のすぐ近くで興味津々でブループリントを見ている長島の大山技師が積極的に採用する非常にシンプルな構造だ。


 俺はあえてこれを否定しなかった。


 大山が新たな一式向けに設計していた翼の構造を踏襲しつつ、燃料タンクなどの配置を変更したのだ。


 特徴的な上反角6度の翼は構造的強化のために5.7度に改めてはいる。


 胴体全体で安定性を大幅に高められるためである。


 ハ33を採用したことで出力に余裕が出来た一式となったことで、大山は当初より彼が得意とする二本桁方式を用いようとしていた。


 俺はここに改良を加えただけに過ぎない。

 翼構造は極めて単純な骨組みと主桁を採用。


 浅い前進角こそついている主桁だが、真っ直ぐに翼端まで伸びる構造となっている。


 本当はこんな角度を付けたくなくて純粋にもっとシンプルなスピットファイアと同じようにしてしまいたいのだが……


 この方がより粘り強い翼となるので運動性は高まる。

 また燃料容積もこの方が増えるため採用せざるを得ない。


 主桁を支える他の構造部材もとてもシンプルな形状。


 一連の構造によって、空気抵抗の低減だけでなく翼面の広さに対して揚力が大幅に増大し、旋回時の運動性がフラップ無しでも大幅に向上するのだ。


 無論、零のようなファウラー式フラップも搭載する。


 これらを採用することで当初より一式は500km台後半に到達する性能を持ちながらも零と同等かそれ以上の運動性能を発揮できる。


 俺の予想では最高速度は580km台に到達する見込みだが、ハ33の改良が進めば600kmに到達できるのではないか。


 航続距離については操縦席近辺の燃料容積を増やしたため、増槽を付ければ本来の一式と同じく3000kmはいけそうだ。


 全体構造では零では脆弱とされているダイブ性能も確保。


 800km以上のダイブも余裕で可能としている。


 打たれ強く、シンプルで、97式並の運動性能を確保しながら、上昇性能なども十分に確保できている。


 以上が翼の構造となるが、胴体構造にも大幅に手を加える。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ですが、お節介な修正提案をさせてもらいました。 改めて対応表と照らし合わせて読むと、前回読んだ時にはあんまり理解できてなかったなぁと思う部分が多かったりして、面白い作品ですね。 書籍化と…
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