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第128話:航空技術者はアインシュタインに喧嘩を売る(前編)

「フッカー卿。あれが噂の新型エンジンでしょうか?」

「いや……おそらくは妙な構造のタービン過給器の実証用のものではないかな。エンジンはハ43……海軍が木星だとか呼称しているヤツの方だ」

「なるほど……それにしても……」

「ああ。なんて静かなプロペラ駆動音なんだ。NUPが密かに華僑の連中に引き渡したというP-38と同等かそれ以上だな。響く音は過給機の音ばかり。排気ガスでも過給機を動かす影響でタービンの音ばかり聞こえてくる」


 梅が咲き誇り、桜がこそこそとツボミをつけ始めた3月中旬。

 首脳会談に先駆けて王立国家屈指の流体力学に関するスーパーエンジニアの一人が皇国に現れた。


 俺の目線の先には王立国家航空研究所所属の者やスピットファイアのメーカーのエンジニアなど名だたる面々がいる。


 彼らは皇国政府の許諾を得て技研の見学に訪れていた。


 鑑賞しているのはハ44の過給器システム。

 現在はその稼動実験用にハ43で試験稼働中。


 俺は表向きはその試験駆動の様子を伺うと称して、彼らの様子を遠くから伺っていた。


 今、やや目線の遠くにて試験稼動させているハ43は従来までのキ43向けの三翅プロペラやキ47向けの四翅プロペラではなく、俺が新たに設計した五翅プロペラとなっている。


 しかもプロペラは木製。


 理由は金属製のプロペラよりも木製の方がしなる特性があることから乱流に対して対応しやすいからだ。

 より静かで安定した駆動を実現できるのである。


 実戦用で金属製が採用されるのは破壊されるリスクが高いためだが、そのリスクを承知の上で木製プロペラとしている戦闘機が無いわけではない。


 本来の未来においては実際にP-51を改良する上でP-51Gが同じような木製五翅プロペラだったが、P-51は割とやかましいプロペラ音にも関わらずG型は異様に静かだったことが映像記録などから確認できる。


 優れた設計士が木の特性を理解して作れば胴体構造に問題があっても静かな機体とできるわけだ。

 流体力学系技術者としてはバラバラと喧しいエンジンは計算力が劣っている証拠。


 静かな駆動を実現できるのはそれだけ無駄な空気の流れがないことを示しているわけだ。

 現在のハ43は新型過給システムを使うと1970馬力ほど出ることがわかっている。


 強烈な圧力に対してさほど馬力向上が見られないのは、従来までの非効率なスーパーチャージャーによるロスが大きい事と、エンジンの全体構造が新型過給システムを考慮していない事に起因する。


 また、強度などが足りていないため、タービン出力は下げた状態ともなっている。

 出力を上げるとさすがのハ43もハ44のごとくオイル漏れを起こしてしまうしな。


 各部を調節してもこれ以上の出力を得ようとするとエンジン構造が耐えられないようだ。

 出力を上げた状態を維持しようとしてすでに3基もダメにした。


 現状においてそれがわかっていても実証実験をしているのは、新型機の胴体の方が順調で今年の夏には間に合うことが確定的なので、ハ44の完成など待っていられないとなってきたからだ。


 胴体構造に問題が無いかどうかをおよそ400馬力以上も非力なエンジンで確認しておき、その上でハ44の完成を待つというわけである。


 航空機開発においてはよくある話だ。

 本来搭載を目指したエンジンが試作機までに間に合わないというのは。


 それこそ世界初のジェット戦闘機となったMe-262ですら一番最初はプロペラエンジンで空を飛んでいるんだ。


 胴体構造を見たいだけならプロペラエンジンでもよかったわけだから第三帝国はそうした。


 俺も完成度は高いほうがいいのでそうする。

 まずは飛ばさねばいろいろなものが見えてこないからな。


 ……にしても、随分と真剣に見ているな。


 特段、興味を持つほどの構造ではないと思うのだが。

 やはりこの過給システムをスピットファイアに乗せようと企んでいるな。


「――うむむ……工作精度はさておき、彼らが開発中のシステムの完成度は高いようだ。秀逸な設計と言えますね」

「流体力学への理解も著しいさ。4年前ほどか。ある時期から皇国の航空機はすさまじく静かなプロペラ音になった。私は皇国の航空機のプロペラ径は間違っていると常日頃感じていたが、ある時期を境にしてプロペラ径が正しい数値になると同時にとてつもなく静かになったんだ。600kmをオーバーした試験機や、長距離飛行で記録を出した航研機あたりからだな。このボオーーっていう静かな低音は私も嫌いではない。我が国のパイロット達も、なぜああできないのかと訴えてくる」

「プロペラだけの問題ではなさそうですね」

「恐らくな。P-38が静かなのもプロペラだけの問題ではないとNUPの技術者達が言っていた。胴体構造にも秘密があるのさ」

「やはり皇国には皇国人らしからぬ航空技術者がいるのでは」

「かもしれない。若手にもの凄い人材がいるとの事だが、新型機においては皇国人の仕事らしからぬ奇抜な発想を用いた構造が多い。亡命した技術者がいるのではないかと疑っている」

「ヤクチアも若手のエースは影武者で、実際には無名の第三帝国かNUPあたりの人間が皇国の航空技術を押し上げていると判断しています。唯一、ポルシェ博士の認識は違うようでしたけどもね」

「くだらん。自動車屋に航空技術の何がわかるというんだ……」


 ふむ……ヤクチアの認識はシェレンコフ大将からも報告を受けているが、王立国家においてもほぼほぼ同じ見解か。


 技研のエースは俺ではなく、他にいると。


 俺はあくまで表向きに発表されているだけの人間で、裏に真打たるベテラン技術者がいる……と。


 まあ確かにある意味ではそうかもな。

 ベテラン技術者は確かにいる。

 俺の頭の中に。


 その技術者は70年以上の歳月を流体力学と皇国の解放に捧げ、別の次元の若手技術者にその情報ごとすべてを託した。


 いわば俺の中にもう1人、世界のありとあらゆる未来の技術を知る技術者はいる。

 本当に凄いのはその人間で、俺はあくまでその記憶を受け継いだ青臭さの残る若者の一人に過ぎない。


 そういう意味では彼らの認識は完全にハズレというわけではない。


「件の技術者の技術的理解は我々の次元を軽く超越しているとしか言えない。スミス。君もあのジェット戦闘機のモックアップを見ただろう?」

「ええ。形状からその効果がまるで算出できない部位が多すぎます」

「それだけじゃない。翼の後退角が浅すぎる。デルタ翼については共和国の技術者が技術の一部を公開していて、我々の要請を快く承諾して公開していない技術文書の提供もしてくれた。皇国の新型戦闘機のシルエット公開以降、あの特徴的な翼は大変興味を惹いた意匠だっただけに非常にありがたい情報提供だった。しかし、彼の計算では後退角は45度というのが現状では最も優れていると結論を出していた。恐らく、第三帝国が開発しているという噂の後退翼なる謎の存在も後退角は45度なのではないかと思われる。しかしポスターで少しばかり描かれた戦闘機の頃から気になってはいたが、皇国の新型ジェット戦闘機の後退角はそれよりも大幅に浅い。さっき遠くから角度を計測してみたが、37.4度しかなかった」

「そういえば先ほどいろいろと小道具を使われてみておりましたね。あれは後退角を計測なさっていたのですか」

「37.4度は黄金比的な何かを感じる。安定性と運動性と失速係数を天秤にかけて、もっとも適した数値がそれなのではないか」


 ……なにやら面白い話をしているな。

 さすがフッカー卿は着眼点が違う。


 翼の後退角を気にする技術者なんて現時点においては彼やタンク博士ぐらいしかいないだろう。

 伊達に王立国家でもトップクラスの評価を得ている者ではないな。


 翼の後退角は900km前後を最高速とし、音速を一切考慮しないというならば31度~33度前後が理想だ。

 未来の航空機においては後退翼をもつ旅客機もこの30度前後で設計される。

 最新鋭のものになればなるほど後退角は浅くなる傾向すらあり、今後理想値も変わるだろう。


 いわば亜音速の世界において最も優れた数値こそ30度前後なのである。


 これが超音速の世界、中でもマッハ2級となると話は別。

 45度に達しない範囲で40度~42度ぐらいの後退角が最低限必要となったりする。


 機体を小型化しつつ全幅を大きく増やさずに翼面積を確保したいユーグの場合、その角度たるや50度を越えていたりするが、各国の特徴が大きく現れるものだ。


 ユーグだけでこさえたタイフーンですら50度を軽く越えていたものな。

 NUPと組んで作ったF-35になって初めて50度未満になれたほどだ。


 このあたりは設計思想次第といったところで、高速航行時の運動性や安定性をある程度犠牲にするなら45度以上も考慮しうる。


 ヤクチアの最新戦闘機Su-57は47度と45度以上ある。

 垂直尾翼ですら45度だ。


 恐らくこれは三次元推力変更ノズルやエンジンのエアインテークをも兼ねている前縁フラップ類などによる補助翼や高揚力装置の併用で運動性を確保しているのだろうと推測される。


 実際にこいつが後退角42度のSu-27と比較して絶望的に運動性が悪いという話は聞かなかった。

 高速巡航性などを保たせつつ運動性をそこそこに妥協した構成であると予想しているが、その実態は不明だ。


 俺がやり直す前の頃はまだ試作機だったしな。

 まあコンピューターなどが出始めればいずれ解明できるだろう。


 このようにマッハ2級戦闘機を作るならば後退角はおのずと増えてしまうものではあるが、実は音速の2.5倍程度なら38度ぐらいあれば十分だったりもする。


 ステルス性をある程度犠牲にした数値ではあるが、それだけあれば2.5を十分出せた上で安定した飛行特性とする事が出来る。


 それらは後退角が38.4度しかないF-15などが証明してくれている。


 まああっちは主翼の事ばかりを考えたせいで水平尾翼にドッグトゥースを配置したり垂直尾翼にあれこれ安定構造物を取り付けたわけだが、それらは高速飛行時のために必要なものであり、平時において必要なものではなかった。


 マッハ2級であの程度の安定構造物を追加するだけで済んだ上で、主翼の後退角を当初設計の45度から大幅に前進させた38度に出来たのは大変評価されるべき所だ。


 F-15はそのために翼端に前進角を付けて調節していた。

 こうなったのは理由もまた興味深い。


 当初より運動性を最大限に据え置いて考えていたF-15。

 45度のまま投入された試作機は亜音速時において急旋回した際、スピンしたり強烈な振動を発生させて空中分解しそうになった。


 原因は後退角45度の翼の影響だった。

 機体を安定化させようとするモーメントが強烈な機動によって機体を振動させるのだ。

 業界用語にてこれを"フラッター"などと呼ぶ。


 この現象を止めるための方法は簡単。

 後退角を減らせばいい。


 しかし後退角を減らせばマッハ1.6以上の超音速航行時の水平飛行時の安定性を失う。


 そこでコンピューターなどを絡めた複雑な計算の果てにNUPがたどり着いたのが、翼端に前進角を付けて切り落とし、そこで生まれた乱流によって翼表面の揚力を確保しようとするものだ。


 こうすることでF-15はマッハ2級でありながら40度未満の翼とする事が可能となり、第三世代戦闘機の中でも固定翼にて破格の運動性を獲得するに至った。


 その帳尻あわせは水平尾翼と垂直尾翼にて行う事となったものの、あの程度で済んだというのは当時の技術者の語り草になっている。


 風洞実験時においては垂直尾翼の真下にベントラルフィンを取り付け、まるでP-38の尾翼形状のようになってしまうような事も発案されていたが、これらは飛行安定性の獲得の代わりにブレイク時に強烈な振動を発生させ、スピンなどを誘発させるので採用できなかったのだ。


 そういった妥協的な産物を排除して比較的スマートな形状と出来た功績は称えられるべきと言える。


 45度など、とりあえず上反角を必要としない理想値を探って見つけた数値に過ぎない。

 F-15はそれを見事に証明してくれた。


 この考えに俺は大きく賛同している。

 だからこそ、俺が設計する限り45度なんて絶対に採用しないぞ。

 運動性を落としたくは無いからな。

 というか、40度未満しか作る気はない。


 後退角を減らせれば減らせるほど優秀な設計の証。

 ステルス機を開発できる頃まで現役だとは思わないが、少なくとも今後俺が設計する戦闘機においては40度未満を絶対とする。


 亜音速機だろうが超音速機だろうがすべての機体が40度未満だ。

 40度以上なんて絶対にお断りだ。


 ふふ……新型戦闘機を見たことで彼らが今後作る機体にも影響したら面白いけどな。

 ユーグの機体は後退角が深すぎる。


「――私は後退角よりも主翼の前縁側の付け根付近に飛び出た鋭い形状の小さなもう1つのデルタ翼とも言えるような突起部分が気になりましたよ。あれは絶対何かある」

「あの形状は水平飛行時になんらかの寄与をするとは思えない。旋回時に何かとてつもない働きをするんじゃないだろうか」

「あの方が主翼の揚力が増加するとか…ですかね」

「かもな。なんたって水平飛行で900kmもの速度まで乗っかると陸軍が言い張る機体だ。正式採用された軍用機がまだ700kmの速度に到達していない今の段階で胸を張って言い切った。急降下すれば音を置き去りにする可能性すらある。実際に出るというなら旋回時には我々には未知の領域たる大気の流れがあるはず。それをも計算して対応させてみせたに違いない」


 やはり流体力学のスペシャリストたりえる者達だと、ちょっとした形状から性能を予測されてしまうものだな。


 モックアップは見せるべきじゃなかったかもしれない。

 ドッグトゥースよりもそちらの方に興味がわいたか。


 そうだよ。

 そいつは別名LERXと呼ばれている存在だ。

 ストレーキなどとは次元の違う存在を最初から搭載しているんだよ。


 俺は雑誌や一部技術書のこいつの解説について以前から思うことがあった。

 これをストレーキだと説明する技術者達に対してだ。


 こいつはそんな生易しいもんじゃない。

 もっとすさまじい効果を得るために、ほぼ全ての最新戦闘機が備えているものだ。


 まずLERXの言葉の意味についてだが、こいつは"翼前縁根元延長"の英語の頭文字をとって略したもの。


 あえてストレーキとは別名称を与えた意味は単純なフィンなどではないからだ。


 ストレーキと呼ばれたものは装着部分周辺において乱流が発生するため、板を装着することで乱流を切り分けたりして安定化を狙ったものを言う。


 機体の各所に板ことストレーキを追加している第二世代ジェット戦闘機は多い。

 つまるところこいつは機体の設計時における流体力学的計算が正しくないので、強引に帳尻あわせしようと板を設計的に追加していったことで装着されたものだ。


 当然、旋回時などにおいてなにかしらの害を生む。

 未来の流体力学を知る者ならば、極力排除しなければならないパーツである。


 一方、LERXは効果自体がまるで違う。

 LERXはYF-17などの試験データを見てわかる通り、LERXの表面にて渦を発生。


 その渦によって主翼表面の層流などが吹き飛ばされたり、渦となっていない大気が渦に押し付けられる形で翼表面を滑っていくため、翼表面を流れる大気が翼から剥離しにくくなり、よりストールしにくくなる効果がある。


 ストレーキの場合は機体の振動抑制など安定化を狙ったものが多いが、LERXは特定以上の迎角などをとった際にその効果を発揮しはじめ、強烈な機動を行っても失速しなくなる効果を狙ったもの。


 飛行安定性ではなく急制動時の失速を極限にまで解消させようとするものだ。

 当然、ある程度の速度でかつある程度の急制動でなければ特に効果は発揮しない。


 LERXは別段飛行時の安定性を狙ったわけではないため、広義の意味においてストレーキの一種ではあったとしてもストレーキとはまるで働きが異なる存在だというわけだ。


 ちなみに未来世界においてはヤクチアもNUPも当たり前のごとくこいつを新型戦闘機に導入していくようになるが、一時は双方共に本来の効果だけでない副次的効果を狙った構造とするように整えていく。


 NUPの場合は急制動時のインテークへの風流調整である。


 F-16やF-18などを見てもらえばわかるだろうが、NUPのLERXはエアインテークよりも前方に取り付けられている事が多く、かつエアインテーク自体がLERXがある部分まで大きく開口を広げている。


 実はインテーク形状を設計するのが不得意なNUPにおいては、急旋回時にエンジンがサージングなどを起こす事が多々あった。


 それこそ試作機のF-15なんて高度1万mでマッハ0.85以上で5G旋回しようものなら、エンジンがサージングを起こして失速してきりもみ落下するほどだった。


 当時F-15がF-14に劣っているなどと言われた原因はこの試作機の出来の悪さにある。


 その原因が斜めに入ってくる風流の流れをエンジンが受け止められない事。


 F-15においてはF-14と同じくインテーク内に斜めに切れ込んだ可動式のフィンを多数仕込み、それを風流の流れに合わせて調節することで対応したが、実際はもっと効率的に風流を流し込む方法があった。


 それこそがLERXによって適切な渦を発生させ、まるで弧を描くような大気の流動を生み出しつつ、エンジン内に野球ボールを遠投するがごとく空気を全力で吹き込む方法である。


 YF-17、YF-16双方でそれを試したNUPは正式採用されたF-18とF-16双方にも導入した。

 結果、従来よりも非常に小さなインテークで良くなり、F-15などの無駄にデカいインテークが完全に無駄だったことが証明されたわけだ。


 F-22においてはステルス性確保のためにこのような構造のLERXは採用されなかったけどな。

 あいつはエンジンまでのインテーク内のダクト構造を"くの字"にすることで対応してる。


 エンジンの付近の上部に乱流を外に逃がす片側三段式の多段式フィンがあって、そいつで上手いこと調整するようにしてる。


 一応、裏側から見てもらえばわかるとおりLERXは主翼部分にちゃんと存在する。

 これが無いともはや最新戦闘機は成り立たないわけである。


 そして最新鋭機に分類されるF-35ではエアインテーク側上部の前縁に前進角を設け、YF-16やYF-17のLERXと同様の効果を発揮させるようにしているわけだが、これも上記二種から得られた貴重なデータを応用したものだ。


 こいつをLERXとは呼ばないが、副次的効果を狙ったものと空力的特性は同じもの。

 つまり1つの仕事に特化させたものをインテーク形状前部および上部に設けたということだ。


 一方のヤクチア。

 ヤクチアがLERXに求めたのはインテーク付近に及ぶ層流を吹き飛ばす効果である。

 しかも層流を渦によって揚力に変えてしまおうという、これまた恐ろしいことを考えているなと言える構造だ。


 エアインテークをLERXの真下に配置しているヤクチア。

 ややねじり下げに近い形状としているこいつは、水平飛行時においてもインテーク上部を流れる層流を吹き飛ばす効果があるわけだが、急制動時においてはインテーク下部に流れ込みはじめる層流を吹き飛ばす効果を持っている。


 元々、インテーク内において縦に蛇がくねったような形状で風流を整えているヤクチアの場合、斜めに入り込む風流など別段どうでも良かった。


 F-22が出る前の段階にてヤクチアはもっと複雑な形状のダクト構造を採用していたんだ。

 そんなんでサージングを起こすような甘い構造にはなっていない。


 それよりもどう対処してもそのままではエンジンに悪影響を与える層流の方をどうにかしたかったのだ。


 エンジンが本来の性能を発揮できなくなるからである。


 ゆえに副次効果としては層流自体を吹き飛ばす事に特化することでエンジンの性能が1歩遅れていてもエンジン性能低下を押さえ込み本来の性能を常時発揮できることでNUPに遅れをとらないよう対応していたのである。


 最新戦闘機Su-57においては専用の前縁フラップのようなものが搭載されていたが、少なくともMig-29やSu-27ではこのような方法で対応していた。


 技術者の一部はアレを可変型LERXと主張するが、俺はフラップの一種だと認識している。


 どうもLERXをインテークに影響させる構造とするとステルス性を低下させるものらしく、ステルス戦闘機へのこのような構造を採用する例は今のところ無いようだ。


 ところで、新型ジェット戦闘機についてもLERXが設けられているがこれはF-35と同じだ。


 LERXはインテークに直接影響するものではなく、インテーク側の構造を煮詰めなおして急制動時の風流も調節できるようにしている。

 そもそもがダイバータレス式はそこまで考えて作られているから機首側の調整で十分だ。


 エアインテークの取り入れ口が前進角を持つのは最初からそこを狙っているため。

 そこまで考えなければならないのがダイバータレス式というものだ。


 彼らがここまで深く考えている事はないだろうと予想されるが、それでもある程度の性能を予測された事に寒気のようなものを感じざるを得ない。


「――しかしフッカー卿、あれはモックアップであって、実際の形状とはまた異なってくるのでは?」

「可能性は否定しないが、私はそんな気がしない。モックアップにわざわざ補助翼やフラップ類を付けている点から、実物もあのような形状なのだと思う……正直なところ整流板などが全く無いのは驚愕に値する。それでも安定して飛べそうな気がするんだ……法則性さえ掴めれば再現できるかもしれない」

「ともかく、皇国の技術を借りて私達の戦闘機をより強化しましょう。技研の様子を見て私はスピットファイアをより改良できうる確信をもてました」

「一時はこの国と争うことも考えていたのだというから恐ろしいものだ。今の戦況を考えたらどうなっていたかわからんぞ」

「まったくです」


 足早に次の見学場所へと移動する技術者たち。

 その様子を静かに見守りながらも、彼らの高い技術理解に冷や汗を流す自分がそこにいた。

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