第127話:航空技術者は漏れ出るオイルを止めようとする
――以上に記したように、中性子が人体に与えうる危険性についてを発意するに至った。すでに各所の実験で判明している通り、中性子は物質の原子・分子構造を破壊し、新たな物質の生成を可能とするまるで魔法のような粒子である――
――この粒子を大量に人体に浴びた場合、ただならぬ影響を与えるのは間違いない。――
――特に半世紀ほど前に提唱され、その存在が肯定化されつつある人体に存在するとされる染色体構造を極度に破壊しうるモノである可能性がある。――
――人体についての理解は未だ進まぬが、染色体説が正しいならば人体はこれを破壊されると細胞分裂ができなくなり、人は死に至る。――
――新型爆弾を製作する場合、極めて広範囲においてこの人体の設計図を破壊する破壊行動を行い、人を生きたまま死人としうるモノであることに留意せねばならない――
―人体における大半の部分において細胞分裂が停止した場合、人がおおよそ生きられる最長期間は約90日。90日以内に人は必ず死ぬ。その数学的証明はすでになされている――
――つまるところ、新型爆弾は非人道的すぎる大量破壊兵器であるということである――
「はあ……」
原稿用紙120枚にも及ぶ記述と、計算式を起こしたノートを見てため息が漏れる。
西条との協議があった翌々日にはソレを完成させていた。
こんなのに2日もかかりきりとはな……
現状において核兵器を止める術などなかった。
現在においてウランとプルトニウムについてわかっている事はこいつらが重金属であるという事。
重金属に起因する中毒症状についての危険性は提起されているものの、鉛より比重の重い金属であるという程度の認識しかない。
精製されたプルトニウムを触って「わあ、なんてあったけぇんだ」……なんて、まるで母親のぬくもりを感じたような感想を漏らすような学者が平然といる時代だ。
後30年もしないうちに近づく事すら恐怖する時代が来るわけだが、現時点においてその危険性を語るなど不可能に近い。
あの日、西条との別れ際……
西条は俺に「陛下に未来情報も含めた全てを伝えてほしい」と言ってきた。
その時点でこそまだ早いのではないかと思ったが、今のうちに正しい情報を与えて保険をかけておかなければ、妙なバイアスなどがかかって冷静な判断を失うと西条は考えたのだろう。
俺も段々とそのような気がしてきたので、ありのままについて全てを説明し、千佳様に託して様子を見ようと決めた。
放射線と放射性物質について。
ウランとプルトニウムの関係性。
皇国が一度は無条件降伏を決意した理由。
原爆投下。
原爆の真の危険性と抑止力。
平和利用という名の欺瞞と、それに頼らざるを得ない実情。
最終的に誕生する核融合はこれから200年後300年後を考えた場合、人類は絶対に挑戦しなければならなくなるという事実。
これら全てをありのままに綴った。
それにまつわる計算式も全て記述して……だ。
俺は決してこいつから眼を背けてはいけない立場にある。
だが、俺の肩書きではどうにもできない。
だからこそ陛下にはまず、知ってもらわねばならない。
俺には核兵器について背負うべき責任があるが、力がない分、陛下に代弁してもらわねばならない。
どうしてか。
核兵器誕生の背景には、流体力学が大きく関係している。
……いや違うな。
核兵器は流体力学の進歩によって誕生し、そして進化した。
これが正しいか。
流体力学を破壊という行為に割り振って極限にまで高みを目指した究極系。
それが核兵器なのだ。
核兵器という存在を作る際に関わる学者は単なる物理学者などではない。
その大半が流体力学者だった。
彼らの計算力を使い、数年に及ぶ信じられない期間を核分裂の計算に用いて誕生する存在こそが、マンハッタン計画にて完成した核兵器達。
流体力学とはすなわち、人類を絶滅させる力を人類にもたらした学問であり物理学であるということだ。
その道の技術者である俺は核兵器と直接関わってなどいないが……その責任を負う立場だという自負がある。
俺が戦車を開発する際に行った弾道計算と砲弾が与えるダメージに対する計算などとはレベルが違う。
1つの原子核や原子に中性子が衝突し、連鎖反応を起こして放射状に広がっていく三次元モデルを完璧に計算して証明するためには、その当時理解されていた流体力学を活用して人力計算するしかなかった。
マンハッタン計画においては人力計算の果てにある程度正確な威力を算出できていたわけだが、……ようは俺は核兵器を作れる立場にあるという事だ。
それは自他ともに認められるものだと言える。
やり直す前の世界。
遠い過去に刻まれた記憶。
俺は二度目の大戦の後、皇国を取り戻そうと奮起していた過激派集団に誘われた事がある。
ヤクチアを吹き飛ばす核兵器を作り、シベリア鉄道で運んでモスクワを焼こうと。
お前ならそれが作れるだろうと。
確かに俺は2620年代の時点である程度の情報を知りえていた。
どうやって作るかについてはよく知ってる。
例えば、皇国が今から本気で挑戦して2604年までに完成させる方法があるかと問われれば、ヤクチア式遠心分離で行けば皇国の経済力でも間違いないだろうと答える。
ガス拡散は確実性こそあるが、あまりにも時間がかかりすぎるし、経済的体力が必要で厳しい。
遠心分離ならばヤクチアと同じく多段式にして大量の遠心分離機を用いて分離させる方法で、ガス拡散よりも大幅に省エネルギーかつ高速にて必要なウラン235の塊を得られる。
遠心分離に必要な流体力学的計算は俺にとっては朝飯前。
恐ろしいことにヤクチアは普通に基礎技術を公開していたりする。
まるで「――欲しけりゃくれてやる。やれるもんならやってみろ――」と言わんばかりだ。
まあ、濃縮できただけでは兵器化は容易ではない事を知っているからこそできる訳だ。
そもそもが未来に生きる流体力学者なら、その遠心分離機の構造が割と単純で、純度を高めるなら数の暴力で高めていける事を知っている。
遠心分離するための構造的な部分において必要とされる高回転かつ高トルク型のモーターについては、NUPと並んで高い技術力を誇る皇国ならそう難しくない。
軸受部分の問題さえ解決できればどうにかなる。
最悪軸受に関しては王立国家かNUPから調達してしまえばいい。
また、モーターでは出力が足らないならばガスタービンを用いた遠心分離機とすればいい。
すでに今の皇国にはソレを可能とする存在があるし大量生産もされている。
ただ、俺はそいつを通常兵器以外で使う気はサラサラ無いけどな。
俺と西条の理解は一致している。
だれかが使わねばその恐ろしさを理解できない。
つまり一発目は絶対に誰かが使い、絶対に犠牲者が必要となるということ。
ちょっとした事故程度では兵器としては有用だろうと、毒ガス程度の認識しかされない。
それこそプルトニウムの実験で派手に臨界事故を起こし、ロスアラモス全域が汚染地域になるぐらいになって初めてその危険性が理解されるかどうかといった所だ。
もし工作活動を行うことでそうなるというなら悪事に手を染めてもいいが、それが発覚したことで皇国が責められるリスクを0%にできないのでやりたくないしやらない。
皇国がやるべきは万が一を考えて開発はしておき、武装しないまま技術力を保持し続けること。
俺が現実路線で目指すべきと西条に伝えているのは、迎撃ミサイルと準配備体制という形式だ。
しばらくの間、核ミサイルという存在は登場しない。
そいつをどこよりも先に配備しそうな国は確かにヤクチアではあるが、どう足掻いたって暫くの間は核爆弾としての使い方しか出来ないことが予想される。
その間は航空機の性能から言って皇国に危険が及ぶ可能性は少ない。
問題は2620年代以降だ。
ここから長距離弾道ミサイルが登場しはじめることが予想される。
その状況において相手側が手軽に先制攻撃できないだけの弾道ミサイルレベルのロケットを開発できていれば、迎撃ミサイルの開発で50年ほどはやっていけるだろう。
奴らが迎撃不能な存在を生み出してくると状況が変わってくるが……それまではどうにかなるはずだ。
なので、通常においては核武装はせず、迎撃ミサイルだけを配備する。
このミサイル防衛構想を主軸に、今後の戦略を組み立てたい。
早ければ2620年代後半にはその体制を構築できうる。
そのための宇宙開発競争なら望むところだ。
他方、いつにおいても作れるよう技術を保有したままとしておき、第三国が皇国を攻撃した場合は速やかに迎撃。
その反撃手段として核兵器を用いることを厭わない断固とした立場をとる。
少なくとも表向きにそれを公言する必要性はなく、その可能性が高いと認知される程度であればよく、平時においては"核保有国の外側"から保有国を傍観し、核不拡散や核兵器撤廃を訴える立場をとる。
世界から本気で核兵器という存在を消滅させられるならば初めてその技術を捨てる。
それが可能となるのに何年かかるのか、そもそもそんなことが可能なのか。
どちらにせよ、いつかその願いが叶うまでその体制で皇国という存在を保ち続ける。
俺達は核のスイッチは持たない。
押す気もない。
できれば捨てたい。
しかし他国が配備する限り、反撃手段として対抗できるよう包丁を研ぐがごとく技術を磨き続ける。
このまま皇国が負けなかったことを仮定した世界の秩序体系を考えたらこれしかない。
そのために絶対に犠牲が生まれなければならないだろうことは間違いない。
その事についても黙々と綴った。
第一として皇国が被害者にも加害者にもならない。
戦中これを守りきり、次の時代において正しい選択をしたい。
陛下に対しては、現実と理想は程遠く、いかな平和的理想を描いてもそれを許してくれないため、平和利用と称して欺瞞に満ちた技術を磨かねばならないことをどうか許して欲しいと書いた。
俺は、この目で広島の惨状を見たことがあるにも関わらず……だ。
ヤクチアがウォッカとコサックダンスだけで仲良くなれる国ではない以上、現実に生きて遥か遠くの理想を目指すしかないわけだ。
陛下がご存命の間、それが叶う事はないだろう。
このまま陛下が天寿を全うした上で崩御なされた後、俺が何年生きられるのかはわからない。
それから30年以上生きられたのだとしても、きっと状況が大きく変わる事はないだろう。
皇国を守るためにまずは核兵器開発に協力し、使わない。
最後の一線において絶対に使わせない最終安全装置になってほしいと、素直な思いをまとめあげた。
これを千佳様に明日渡す。
後の判断は陛下次第。
明日からも俺は航空技術者のままでいるために、彼女に全てを託す。
◇
千佳様に手紙を渡した2日後、長島の技術者達が太田の地よりあるものを技研に持ち込んできていた。
その日は特に事前通達などはなく、突然の来訪であったため予定を繰り上げて長島の技術者達と会う。
彼ら持ち込んできたのはハ44の試作品。
ついにタービンを仕込んだ実動型の実証試験モデルが出来上がっていたのだった。
「信濃技官。ようやく形になりました。今日は現状の完成度をご覧いただきたく――」
つらつらと状況を述べる技術者の顔に笑顔はない。
何か問題が発生している様子だ。
「何が不調なんです」
「見ていただければすぐにわかります」
その言葉に、まずは作動状況を見守る事にする。
現在完成したのはあくまで実証試験用であり、本運用が行えるパッケージングされたものほど完成度は高くない。
動作試験用であるため各部の構造は洗練されてないが、本運用時と同じような動作環境となるような構造とはなっている。
ツインブロワー式のスーパーチャージャーなどは、鈍い銀色を纏いながらエンジンに装着されていた。
NUP製のラジエーターなどが装着された一連の動力部は、まるで皇国製ではない何かである。
そのエンジンは静かに唸りはじめたのだった――
◇
「む……」
「見ての通りです。エンジン全体の圧力が高する影響でしょうか。善処はしたのですが一向に改善の兆しが見られません」
ボタボタと垂れる黒い液体。
オイルである。
エンジンオイルが少なくない量にてガスケットなどから漏れ出していた。
「熱問題は解決できました。出力も計測数値上は満足できる数字が出ています。ですがこれでは……短命かつ短期間しか稼動させられないエンジンとなってしまう」
「でしょうね。ガスケットから漏れ出してる感じですか」
「ええ。パッキン素材を何度も見直しましたが、どうにもなりません。NUPや王立国家から選りすぐりの素材を取り寄せてみたりはしたのですが……オイル下がりも顕著に発生するようでして……」
「それは大変よろしくない」
ここに来てまた詰まったか。
オイル漏れ。
本来の未来においては皇国の星型エンジンではこんなの当たり前で、星型エンジンのエンジンオイルの消耗が多いのは当然である!
ーーなんて言われた。4サイクルエンジンなのにである。
しかし実際はというと、NUPや王立国家は全くそんな事がなく、燃料をブチ込むだけで平然と飛べるのが当たり前だった。
そこに関してはハ43もそこまで大きく改善されていない。
ほどほどに漏れる。
多少はしたたるほど漏れる。
整備時にエンジンオイルも充填するのは当たり前。
しかし問題視されるほどの量ではない。
充填は毎回必要というほど漏れ出したりはしない。
だが、今目の前にあるハ44はもはや長時間稼動が不可能なレベルの漏れ方である。
これは恐らく数時間以内に空になる勢いだ。
エンジンがすぐ駄目になってしまう。
原因はわかっている。
エンジン内部のエンジンオイルにかかる油圧が非常に高いのだ。
ウェットサンプが当たり前の星型エンジンにおいては、エンジンにかかる負圧の一部を用いてオイルを潤滑させる構造。
ゆえにエンジンにかかる圧力が高まればそれに乗じてエンジンオイルにかかる圧力も増大する。
誉と呼ばれたハ45でも開発時に負圧の上昇によるオイル漏れに悩まされたというが、全く同じような壁にハ44もブチ当たっていた。
あの時のハ45よりもよっぽど優秀な素材を用いたパッキンを使っているし、各所のシール剤だってNUPの高級品を使っているはずなのにも関わらずハ45と同じになるということは、いかにエンジン内にすさまじい圧力がかかっているかを現している。
「何か改善する方法があればいいのですが」
タービンの高音とプロペラの低音が混ざり合った不協和音が響き渡る試験場の中、困り果てた技術者達は俺に救済を求めていた。
きっと俺ならどうにかできるアイディアがある。
そう思ってるのだろう。
確かにある。
たった1つ、現状では劇薬になるかもしれないが唯一現在の技術でも手に入るモノでこのオイル漏れを大幅に緩和できうる方法が。
ただそれで解決するという絶対的な保証がない。
確かに自動車分野ではそれが劇的な効果を示し、レース界にて多大な成果を出した。
自動車レースのエンジニアにとっては、その物質の扱いに長けた者こそ勝利に近づけるといわれるほどの存在がある。
今の時代においてはさほど注目されていない物質。
まだその効果がハッキリとわかっていない物質。
使うしかないだろうな……
「……航空機と自動車という分野は同じではありません……ですが、自動車界の中で一部の人間が、オイル漏れを抑える効果がある非常に有用な物質だと主張しているものがあります。以前から気にはしていましたが……」
「そんなのあるんですか!?」
「あくまで現段階では噂ほどの代物ですが……試してみる価値はあります」
「一体なんです」
「二硫化モリブデン……輝水鉛鉱から採取できる天然素材です」
「はい!? それって潤滑剤用の物質では? 馬車や汽車の軸受けや航空機のエンジンの軸受けに使うグリース用のものではないのですか?」
「確かにそうなのですが、実は――」
二硫化モリブデン。
実は割とその歴史は古い。
最も最初にこいつが使われたのは馬車。
馬車の軸受け用のグリースだ。
割とそこら中から採取できる物質で、加工もそこまで難しくない。
他方、その潤滑特性が極めて優秀で、さらに耐熱性も高く、工業用品の潤滑剤として産業革命以降もずーーっと重宝されてきた。
とくにこいつの自動車産業への寄与は大きい。
こいつが一体どれだけ自動車産業に貢献したかと言うと、自動車のシャーシや、駆動部のギア類に塗布することで半永久的に無給油としてメンテナンスフリーを実現した所にある。
今日の……違うな、未来の自動車においては駆動部の多くにこいつを用いたグリースが使われている。
その潤滑性能と非常に劣化しにくい特性から、外部から埃やその他などが及ばぬよう完全に密封してしまうことで、廃車にするまで無給油とできる駆動パーツを大量に生み出し、大衆車という存在を不動のものとするわけだ。
つまりは素人でも当たり前に車に乗り続けられるのも、こいつのおかげというわけだ。
こと重機の分野においては苛酷な環境にその身を晒すため、メンテナンスフリーであることが求められた。
ゆえに駆動部のグリースにおいて二硫化モリブデンは多用され、重機類の高性能化へ寄与した。
皇国の高速鉄道である新幹線においても、ドライブシャフト内のギアなどに使われている。
極大負荷と連続運転が当たり前の新幹線においては、他に代用できるグリースが見つからないのだ。
いわば工業製品に無くてはならない存在であり、今よりもこれからの時代において多用される存在である。
その二硫化モリブデンだが、実は非常に面白い特性を持っている。
それがオイル漏れを防ぐ力を発揮するのである。
世の中の鉱物関係においては、粒子状に砕いた際、ある一定以上まで小さく微粒子に粉砕した場合、それに一定の軽い圧力をかけると二次凝集という粒子が大きくなる現象が発生する。
つまり粒子と粒子が重なりあってより大きな粒子を作るのだ。
ある一定の圧力がかかる場所において常にその粒子が及ぶと、粒子と粒子が重なり合って大きな粒子となり、隙間を埋める。
いわばオイル漏れを防ぐ理由はこの"二次凝集"という特性にある。
ちなみにこの二次凝集という現象だが、実は人間の人体においてもその現象が見られる。
止血効果である。
実は人間においては血小板が同じような特性を持っており、同じく二次凝集が発生することで血が止まるのだ。
いわば二硫化モリブデンとは、工業製品に対する止血剤の効果を持つというわけだ。
「――ようは、極めて微細な粒子をエンジンオイルに添加することで、オイル漏れを抑制できるという事なんです。自動車レースではすでにその効果が実証されています」
「航空業界では初耳ですよ!?」
「まあ使われはじめたのはごく最近ですからね……噂では第三帝国が戦車や戦闘機に使ってるとか使ってないとか……」
「ユーグ全域の戦闘機は皆、オイル漏れに悩まされているという話は聞きません。各国が各国なりに解決策を見つけていったのでしょうね」
「ともかく、二硫化モリブデンの話が事実ならば、そいつをエンジンオイルに5%添加してください」
「えっ!? そんなに!?」
「ええ。それぐらい入れちゃっていいらしいです。それと、粒子の大きさは一般的な軸受け用の1/8~1/16程度の極小粒でお願いします。粒が大きいと二次凝集が発生しません。理想値はエンジン仕様によって異なるらしいのでいろいろ試してみてください」
「了解です。二硫化モリブデンは皇国でも流通していますし、すぐに手配します――」
――その後、その日はハ44の現状の性能などを確認して長島の技術者は帰って行った。
渡されたデータを見る限り後一歩という所まできているのはわかっている。
最悪は1回の飛行でセミオーバーホールという極めて整備性が劣悪な機体の状態でデビューさせるしかないかもしれない。
オイル漏れは相当深刻だが、飛べないわけじゃない。
オイルパンを大型化して飛んでる間は保てるようにして、着陸したらエンジンを分解整備。
これではやり直す前の頃のハ45を積んだ疾風とかと殆ど変わらんな……
性能は天と地ではあるのだが、結局皇国の工業技術が大幅躍進したわけではなく、皇国が不得意である分野が弱点として表層化しているわけだ。
まあ長島は大戦後に自動車メーカーを作った際にもやたらオイル漏れする車種がある事から、長島自体がそういう関係の処理が得意ではないメーカーなのかもしれない。
四菱もオイル漏れ自体の報告はあったが、本来の未来においてですらハ25ほどハ33は深刻ではなかったし、事実ハ43はそれが大きな問題と言われるほどじゃない。
二硫化モリブデンは精製状況によっては逆に各部で根詰まりを起こしてエンジンブローの原因になるというが、ハ43にも使ってみるよう技研の連中に報告しておくか?
にじむ程度から、完全にオイル漏れが起きなくなるというならそれは整備時の負担が減るしな……性能が安定化した今だからこそやってみる価値があるか。
よし、試してみよう。