第124話:航空技術者は膨らませる
横須賀を訪れた俺は、宮本司令によって建造中のドックにまずは案内される。
見せたいものがあるそうだ。
そこにあったのは建造中の潜水艦。
俺の考案した潜水艦はすでに着工していたのだった。
「これが我が軍における君の成果の1つだ。各種施工部分の技術を確立するのに手間取ったが、ようやく建造にこぎつける事ができた。完成は3年後を想定している。同年には3隻ほど進水する」
「ブロック構造と全溶接構造なのですか?」
「そうだ。失敗したくなかったので着工までに構造部位を何度も見直した。次々に真新しい技術が諸外国から入ってくるので何度も設計をやり直すことになったよ。特に溶接技術はここのところの技術革新が激しい。どの時点で見切りをつけるかに大変苦労した」
確かに、この頃はTIG溶接など溶接関係においてNUPがバンバンブレイクスルーを起こすので、詳細設計中にさらに単純軽量化が可能な手法が編み出されていった。
もっと溶接技術を煮詰めたいなら後2年ぐらい待ってから着工した方がよいのだが、そうなると今度は建造中に多くの潜水艦を保有する第三帝国との戦いが終わっている可能性がある。
圧延の技術が手に入った以上、無理して待たずとも高性能な外殻は作れるだろうし、大戦中に投入するなら今がベストな時期かもしれない。
「さて、もう1つのドックに向かおうか。もう1つ見てもらいたいものがある」
どうやらまだ本題ではなさそうだ。
宮本司令はもう1つ見せたいものがあるという。
そちらは戦艦のドックである。
新型戦艦だろうか。
俺はそれにはさほど興味はないのだが。
何とか表情に出さないようにして向かう。
本題において何か障害になるといけない。
そこにあったのは俺が忘れかけていた存在だった――
◇
「これは……扶桑ですか」
「そうだ。昨年の9月に終わる予定だった大規模改装は結局12月まで伸びてしまった。呉で改装終了後、横須賀に運んできたんだ」
「改めて見ると半分空母みたいですね」
見上げた先にあるのは、非常に巨大な飛行甲板。
その姿は、後部が空母で前部が戦艦という、絶対に未来において皇国面に落ちたとか言われそうなスタイルである。
第四砲塔までを撤去したことで艦橋の後ろ部分が完全に飛行甲板となっていた。
ただ、その姿は当初の改装案と異なっている。
俺が見た構図では確か飛行甲板は煙突を挟んでV字となっていたはずだ。
だが、今目の前にある扶桑はV字の飛行甲板ではなく、通常の飛行甲板である。
煙突は右舷中央から加賀のごとく海面へ向けて煤煙を落とし込むような構造で処理されていた。
呉の匠による巧みな設計変更といえるだろう。
師走まで完成が遅れた要因は間違いなくこれであろう。
だが、このおかげで飛行甲板の大きさは軽空母並みとなっていた。
今後の航空機の運用を考えたら絶対にこの構造の方が正しい。
いい仕事だ。
「私は例の加賀の戦果以来、扶桑型を完全な空母としなかったことを若干後悔しているよ」
「司令が構造変更について指示を出されたのですか」
「ああ、呉の者達にもうちょっとどうにかしてくれとは言った。完成が多少遅れてもいいからと。その成果が我々の目の前にあるわけだが……ありったけの砲塔よりも飛行甲板の方が欲しい。空母が攻撃能力を持つに至った今ならば、まさにそう思える」
「といっても、新型戦艦の建造はやめられないのでしょう?」
「そっちもそっちで新たな運用方法を考える予定だ。ロケット兵器がある以上、大口径主砲に頼る必要性は薄れた。特に中途半端な砲塔の必要性を感じない。大和と名づける予定の新型戦艦からは4つある副砲を全て取り外すことになった。防御力に不安があったからね。その上で新たな搭載兵器を模索したいと思っている」
「新たな搭載兵器ですか?」
「そうだ。実はすでに西条君には話した提案なのだが、改めて君にも伺いたいと思ってね。今日はそのために呼んだんだ」
まさか巡航ミサイルを大和に搭載しろと言うんじゃないだろうな。
出来なくは無いかもしれないが、誘導方法に難がある。
今すぐには作れない。
ただ聞くだけは聞いておこう。
「提案について詳細を教えてください」
「君が開発している新型戦車。設計データを見せてもらったがあれはすばらしいものだと思う。我が海軍の砲術士が噂の新型砲の話の一端を聞いて出向や異動願いを出してくるほどだ。今回の大戦において砲撃戦は皆無となろうことが予測できるから、周囲からの視線に耐え切れなくなってきている者が増え始めていてね。だがあの12cm砲の砲身。あれは陸軍ではすぐに大量生産できるものではない。間違いなく苦戦する。大口径砲の製造に関するノウハウが構築できていない。まともに作れるようになる段階において大量生産できるのは我が方だと思う」
確かに、12cm高射砲は本来の未来ですら製造に海軍の力を借りたとされる。
12cm砲で製造ノウハウを確立させてその後へと歩んでいった。
その未来が変わらないなら陸軍だけの力に頼ると大変な事になるかもしれない。
800欲しいのに50ほどしか集まらなかったでは……
「君の所は最低800両分の砲が必要らしいね? ならば砲身など陸軍では難しい主要部分は我々に作らせてくれ。陸軍が出したデータ通りのものを作ろう」
「その代わりの条件は誘導兵器ですか?」
「ふふ。理解が早くて助かる。西条君には2つ提案させてもらった。1つは12cm砲に搭載予定の算定具および照準具の技術をこちらにも提供してもらいたい事。もう1つが戦艦からカタパルト無しで射出可能な誘導ロケット兵器だ。加賀の出した戦果を大和級でも出す。大艦巨砲主義の幕引きは世界最大級の戦艦で行いたい。誘導ロケット兵器での戦果は自己否定でもあるが、このままだと大和が報われん。超弩級戦艦に最後の仕事をいただけないか。出来上がった戦艦が艦隊戦を出来なかったなどと笑い話にもならないからね」
「……第三帝国などとの戦いが終わるまでの間の完成という話でしたら。2605年頃までの間という話でしたら協力致します。例えば2603年ですとか2604年という話であれば難しいと言わざるを得ません」
「構わない。シュペーの借りは大和か信濃で返させる」
「信濃?」
「もう1つの新型戦艦の名だ。名づけるにあたって君にもあやかってみた。同じ名前の戦艦に最後の花道を与えてやって欲しい」
「……承知しました。私からも首相に口ぞえしておきます。ただ最大限努力は致しますが、必ず成功するものではないとだけ。手を抜くつもりは一切ありませんが、未知の領域ゆえ……」
「理解はしているつもりだ。ただ加賀の件があっただけに期待している。がんばってくれ」
ポンポンと肩を叩くと静かに去っていく宮本司令。
一人置いていかれた俺は、しばらくの間何も考えず扶桑を見つめながらその場に留まっていた。
対艦巡航ミサイルを作るにはいくつかの技術を確立せねばならない。
使うとなればジェットエンジン式だろうが、射出1段目は固体ロケットが必要となるはず。
射出後にジェットエンジンを稼動させて飛び、何らかの方法で敵めがけて自動誘導する方法を確立せねばならない。
この間と同じように遠隔誘導という手はあるが、射出システムなどを確立している間に敵の対空防御は大幅に増強されるだろうし、第三帝国ならそろそろタネに気づく頃だろう。
同じ手は使えないだろうな。
やるしかないか……
その前にやるべきことをやらねば。
今必要なのは、耐Gスーツ。
目の前の事から順々に片付けていかねばならない。
中距離ミサイルの開発もあることだし、全てを平行してやっていかねば。
◇
横須賀から技研に戻った俺は、現状の耐Gスーツの状況を確認する。
メーカーに現状の試作品を持ってきてもらい、何がどうなっているのかこの目で見るのだ。
まあ報告では話にならない性能だとは聞いている。
ただ、どれほどのものなのか確認してみなければ改良もなにもあったものではないので、まずは見てから判断する。
横須賀から立川に戻ったのはその日の夜だった。
メーカーの人間はすでに帰っており、立川にいるのは開発を担当する部署の人間だけとなっていた。
「これが噂の?」
「ええ、メープルの公開技術を基に我々で再現を試みようとしました。どうも実物は王立国家で試験利用もされてるようです」
……これはまさしく……初期型の耐Gスーツだ……
耐Gスーツ。
実は航空機用としてこの手の装備は与圧服よりも後に登場している事はあまり知られていない。
耐Gスーツが先で与圧服が後だと思っている者が歴史研究者に非常に多いが、実用化されたのは与圧服の方が先で対Gスーツの方が後なのである。
与圧服は高高度まで人類が到達可能となった2570年代から研究が開始され、2580年代には現在の与圧服や宇宙服の原型となる存在の概要と概念が発表された。
その後2585年には実験用の試作品が完成し、高度1万3000mでの試験運用が行われているほどだ。
一連の研究はその後も続いたが、2592年には実用的な与圧服の開発にNUPが成功。
2596年には高度1万5000mでの飛行試験を行い、実は今の皇国の立場なら新型ジェット戦闘機のために入手することは不可能ではない。
一方で耐Gスーツに関してもとりあえず形となっているものはある。
ただこちらは実用的とは言い難い代物であり、実用的なものはもっと先で今より3年後になる。
その実用的なスーツの開発も2595年と与圧服と比較するとかなり遅い。
一連のタイムラグはある時期に至るまでG自体の諸問題について熱心な研究者が少なかったのが原因だ。
その最大の要因は航空機の高速化よりも一足早く高高度に到達する方法を人類が編み出したからであるが、次第に高速化する航空機によって徐々にその危険性が認識されはじめていくようになるのである。
当時Gにおける諸問題の研究はNUPやメープル、第三帝国などが積極的だった。
三国は共に急降下爆撃に熱心だったのだが、その際に起きる人体の症状……
つまり皇国風にいうとブラックアウトの症状にいち早く気づいたたため、その影響を緩和しようと研究を開始したのである。
ブラックアウトなどのGの増加によって現れる症状が、どのような要因で引き起こされるのかについては、動物などを用いた試験によって脳貧血が起きるからだとなんとなしに判明していくが、人体のどの部分をどう対処すればいいのか、体の各部分にどのような影響があるのかについては、第三帝国が2593年に後の時代において訓練機ともなる遠心力発生装置の開発に成功し、そしてこれを公開技術としたことでNUPなども相次いで追随。
以降、耐Gスーツの必要性を感じた主要研究国はスーツの研究開発に邁進する。
そんな中で一番最初に実戦投入されたメープルが開発したタイプを皇国で再現しようと試みたのが今目の前にあるものだ。
外観はウェーダーとか胴付長とか言われるような被服そっくり。
後の時代の耐Gスーツと比較して極めて完成度は低い。
ようはウェーダーの構造を二重ないし三重構造とし、中に水を流し込んで足を圧迫しようというのがメープルが考えた耐Gスーツなのである。
当然、常に水を入れているためにチャポンチャポンとすごく動きづらく、尻などにも水が入っているのでまるでウォーターベッドに挟まれているかのような不快な気分になる代物。
水を入れて膨らませると下半身全体が膨らんで操縦にすら影響が出かねない。
まさに黎明期の発明品とはこういうものだというのを教えてくれる。
そしてそれを皇国で再現したものが、目の前にあるものなのだろう。
「……水漏れが起きるというのはどの部分からです?」
「歩いたりなんだりで変形する影響なのかゴムの蒸着が剥がれてしまうんです。シール剤もダメで……一体成型するしかないんですかね……」
手にとって見ると構造は二重または三重構造。
合成ゴムを蒸着で張り合わせた代物。
その中に一体何Lの水を入れるのかってな話であるが、おそらく20L以上入れると思われる。
水漏れの原因は構造自体が巨大すぎること。
ウェーダー全体に水を浸透させる仕組みであるのが災いしている。
この時代の蒸着なんてそこまできちんとしていない。
人間の日々の行動、操縦時の動きの変形が何度も行われるとどこかが破損し、そこから漏れた水が破損を広げて……といったような状況になるのだろう。
かといってゴムの厚さをあまり厚くすると身動きが取れなくなる上に重くなるため、分厚い構造にして水漏れを防ぐようにすることは出来ないのだ。
触った感じではゴムは1層につき3mm~4mm程度。
これを二層か三層程度にしているが……
「うぐぐっ……こいつぁ……」
手に持ってみたが、両手で持っていないと重すぎてどうにもならない。
重さだけで15kgは間違いなくある。
15kg以上あるウェーダーまたは胴付長だ。
水を入れたら重さはどうなるかわからない。
これを用いて操縦するというのは厳しすぎる。
ラダー操作が出来なくなる可能性がある。
緊急脱出時においても重さがGを増加させて悪影響を及ぼす可能性が高い。
当然Gは重さとなって人体にのしかかるのだから、パイロットの身なりは軽ければ軽い方がいい。
人為的に重くするような事は避けたいのだ。
「この重さは厳しいですね……」
「エアポンプに変更します? しかし大気の方が圧力が強くて保つ素材があるかどうか……」
「何か方法がないか考えて見ます。今日答えが出るような問題ではないですからね」
「わかりました」
「答えが見つかり次第メーカーなども再選定します。1から組みなおさないと……」
「名案が思いついたら連絡をください。それまで現状のまま改良を続けますよ」
「承知しました」
もう夜も遅いので一通り状況を確認した後に解散した。
その日はあれやこれやと動き回って疲れを感じていたのもある。
最近はとにかく忙しくて余裕が無い。
慢性疲労を感じずにはいられなかった。
だが足を止めるわけにはいかないので、四郎博士から怪しいビタミン剤などを提供してもらって体を奮い立たせていた。
疲労がポンと取れるというようなものではなく、ビタミンの錠剤の試作品である。
ビタミン生産と量産は四郎博士などが精を注いでいる分野なのだが、その生産は上手く行っていない。
だが少量の生産は現時点で可能なため、試供品を技研内などで配布していたのは有名だ。
おそらくこれはチアミンなどのビタミンB1などの錠剤と思われるが、この手のものはやはり効果を体感し辛く、ファイト1発とならないのが辛い。
とはいえ、無いのとあるのでは疲労感が異なるので、周囲がドン引きするほど薬を飲むようになっていた。
四郎博士は劇薬を好まない男であるし、研究部門も栄養サプリメントであるので、別段麻薬を飲んでいるわけではないのだが、病気になったなどと思われはじめているようだった。
健康体だが疲れてるだけさ……そう、疲れているだけ……
◇
耐Gスーツの試作品を確認して以降、暇な時間を見てアイディアを練る。
まず第一に水をエアに変更するかどうかを考える。
水の耐Gスーツは未来においては主流ではなくなっている。
だが空気式よりも反応性に優れるのでエアレースなどで多用されている。
ヤクチアは2620年代初頭までウォーター式を主流としていた。
掃除機のホースを足などに巻きつけたようなデザインのものだ。
NUPのSF作品でヤクチアを模した兵士がホースだらけになるのはこういったデザインの影響だと思われる。
ヤクチアはこういうものを隠さず合理的な実用性重視としたものとするので、非常に目立つしインパクトを与えるのだ。
実際に使ってみると性能が低いとかそんな事は無い。
ただ、ウォーター式は高高度において凍結リスクがある上に水が冷えると体温を奪うので次第に戦闘機の分野では避けられるようになっていったのはヤクチアも同じだった。
だが、現状でエアに拘る必要性が全く無いのも同じ。
作りやすさを考えると圧力をかけて一気に圧迫させられる水の方が有利であり、エアに拘ったからNUPの耐Gスーツ開発は苦戦した。
まあエアに拘ったからその後において有利に動けたのも事実。
どうすれば良いやら。
◇
「うーん? こりゃ例のGなんたら用スーツって奴か。太ももの部分だけしかないじゃんか」
「血流の殆どはここを通っているから、ここで血流を抑えれば十分。ふくらはぎなどを圧迫しても効果は薄いってNUPの公開情報にも書いてあっただろ」
中山が指を指し示して興味を浮かべるのは俺が今デザインしている耐Gスーツ。
といっても単なるイラストであり設計図ですらない。
いわゆるデザイン画というものだ。
その姿は完全に未来の西側とヤクチアが自身以外の国で使うようにとこさえた耐Gスーツのデザインそのまま。
実際の内部機構などはまったく考えついておらず、実現化する可能性は微塵も無い。
「つまりいつもの集中と選択って奴か。まー今開発中のやつって全体重量30kgとかになるんだろ。ありゃ重過ぎるとは俺も思った」
「ともかく集中させてくれ……」
まだそのシステムすら思い浮かんでいないのに、こうもあーだこうだと言われたらストレスが溜まる。
今は無駄な情報をカットして一所懸命に耐Gスーツに全力を注ぎたいのに・・・…
「はいはい失礼しやしたー。信濃、あんまり気負いすぎるなよ!倒れたほうがロスはデカいんだからな!」
「わかってる!」
さすがにこちらの状況を察して退散してくれたので助かった。
今日はすこぶる体調が良くない。
今少し大きな声を出しただけで頭痛がする。
大きな音を聞くだけで眩暈がするほどだ。
この状況でも簡単に休むわけにはいかない。
ある程度までアイディアを練らねばメーカーに任せる事もできないからな。
……さて、とりえあえず全体構造を大幅に簡略化しようと試みてはいるがが、システム構造が思いつかないのにはまいった。
耐Gスーツ全体のシステム構造なんて知らないぞ。
あれから7日。
流体関係の様々な道具や機構を見てアイディアを練るが、一向に閃くようなものはなかった。
素直にNUPからレンドリースするのが速いだろうか。
それだと最初のうちはまともな戦闘が出来なくなる。
もし第三帝国がまともなジェット戦闘機とまともな耐Gスーツをこさえていたらどうなるかわからない。
それにNUP式の耐Gスーツについても疑問符が付く部分が多々ある。
あきらめて待つことは出来ないな。
とりあえず少し休もう。
午前中でこの状態では午後まで保たない。
「うっ!」
その時だった。
椅子から立ち上がり、外に出て新鮮な空気を吸おうとした時である。
椅子に座っていた状態でせき止められた血流が足へと流れた影響で貧血を起こしたのか、目の前が歪み……そしてそのまま意識を失った。
◇
「――なのサン! 信濃さん!」
「うう………ここは?」
「医務室ですよ。大丈夫ですか? 設計室で倒れてたんですよ」
目の前にいるのは技研専属の医師であった。
「倒れてからどれほど意識を失ってました?」
「1時間ほどですかね。しばらく休まれたほうがいい。元々信濃さんは低血圧気味です。疲労で貧血を起こしたのでしょう」
「そうですか……」
そうだ……俺は今日、疲れからいつもの日課のランニングを忘れていた。
俺がランニングを始めたのは医師の勧め。
低血圧で朝に弱いのを改善するため、運動して血圧をあげればいいという考えから。
子供の頃から貧血気味だった状況は朝のランニングで大幅に改善。
それを疲れているからと今日はやらなかったのがよろしくなかった。
血圧が低いまま、椅子に朝から2時間以上座り続けて立ち上がったことで貧血を起こしたのだ。
迂闊だった……
「今血圧を測りますから。手を出してください」
「ああ、はい……」
右手を差し出すと、医師は上腕部になにやらくるくるとまきつける。
その上でシュポシュポと空気を送り始めた。
「イツツ……」
「おっと失礼」
その勢いがあまりにも強く、一瞬血流が止まったかと思うほど。
陸軍の医師はどうしてこうも診療が荒いのか……
虫歯だからとその場で抜歯したりするのが陸軍式だが、血圧ぐらい丁寧に測って……
……待て。
俺は今どうなっている?
右手に脈を強く感じる。
血流が押さえつけられて、ドクンドクンと心臓の鼓動のようなものを血管から感じる。
圧迫して血が止まる?
何で圧迫して血を止めている?
「あの……この血圧測定器、後ほど御借りしてもよろしいですか?」
「はい? どうされました?」
「予備でもいいんで動く奴を……今考えているアイディアに使えそうなんです」
「はあ、別に測定器は他にもありますからお貸ししますよ。きちんと返却していただければ……」
「ありがとうございます!」
「うーむ。顔色が先ほどよりも優れてきておりますね。血圧も上が98……少々低めですが大丈夫でしょう。1時間ほど部屋で安静にされてから仕事にお戻りください」
「はい!」
今すぐ設計室に戻りたい衝動を抑えながらも少しだけ体を休める。
これだ。
この構造だ。
こいつを参考に太ももを圧迫できりゃいいんだ。
こいつを活用して真新しい機構を見出せばいい。
内部に入れるのは水だろうが空気だろうがなんだっていい。
これを作った医療メーカーが力になってくれるかもしれない。
思い出したぞ。
思い出した!
ヤクチアもNUPもそうやって作っていったんだ。
出だしは血圧測定器。
ここからアイディアを経て、実用型を編み出すんだ。
構造を知らないなら同じ道をたどって模索するしかない。
やるぞ俺は!