第123話:航空技術者は生存戦略を構築するための道具類を確認する
「えー諸君。今、諸君の目の前に広げられているのは我々次世代戦闘機の操縦士が携行する装備類である」
鉄製の机の上に広げられたのは非常に多くの小物類。
皇暦2601年2月下旬。
俺が戦車の装甲のダメ出しを食らう少し前。
陸軍がサバイバル用携行装備の正式な選定を終了したたため、その説明会が開催されることとなり、特戦隊向けの説明会に俺も参加していた。
このサバイバル用携行装備については俺もそれなりに口出ししており、未来の情報を活用させてもらっている。
また、携行装備の選定においては実際に非常時を想定した訓練を行い、必要なものを見出していったらしい。
俺は原案には関わったが細かい選定作業には関わっていなかった。
なのでどうなったのかとても興味がある。
説明会の場では、今まさに特戦隊の教官の一人が制式採用されたばかりの装備を説明している真っ最中であった。
「まず木製ホルスターであるが、この中には当然にしてモ式大型拳銃が入っている。諸外国ではM712と呼称するモデルである。本銃は今後開発が行われる予定の射出座席に備え付けられているので、普段諸君らはこの拳銃を見る事はない。だがもし万が一の状況となれば座席の後方下部に備え付けてあるので必ず取り出すように」
持ち上げた木製ホルスターの中にはモ式がきちんと入っており、教官は銃床部分の蓋をあけて中から銃を取り出す。
「この通り暴発の危険性があるので弾丸は装填されていない。諸君らには2つの選択肢が用意されている。モ式大型拳銃は基本的に弾倉を用いて装填するタイプではあるが、空の弾倉をこのように装填し、クリップを用いることで……」
装着された状態の空の10発用マガジンを一度取り出した教官は、空の状態のままマガジンを再装填。
その上でホルスター内部からクリップを取り出して十発の弾丸を装填し、ボルトを引いて弾丸を1発装填していつでも撃てる状態とした。
「このように、戦場で弾丸を拾った場合はクリップ装填することも出来るというのがモ式大型拳銃の特徴の1つである。そのため、携行装備として空の10発装填用マガジンを装着したままホルスターの中に入れている。ただし、諸君らが通常使うのはこちらとなろう」
机の上においてある20発のマガジンを取り出すと、高らかに手を振り上げて周囲に見せ付ける。
中には弾丸がすでに装填された状態にあった。
「樹海などにおける一連の訓練により、我々陸軍は携行弾数60発程度が生存戦略を立てる上で理想的との結論に達した――」
机の上を見渡すと携行火器類は他に見当たらない。
ジェット戦闘機のパイロットはモ式大型拳銃のみをサバイバルガンとして用いるのか。
俺が当初提案した時、銃床などを簡単に分解できて意外に小さくまとまるM1921でも、様々な弾丸を運用できる上に近距離でのストッピングパワーに優れるM37でも良いとしていた。
だが最終的に選ばれたのはフルオート射撃も可能な45ACP仕様のモ式だったようだ。
サバイバルガン。
将来にわたって一体どの銃が理想なのかは答えが出ない領域のパイロットの携行兵器。
一般的には拳銃が多いとはされるが、短機関銃を採用している国もそれなりにある。
そして時代が進むにつれ、組み立て式のアサルトライフルなどを採用する国も増えた。
どれが理想なのか、それは作戦展開を行った運用場所によって状況が異なる。
重要なのは戦場のど真ん中で緊急脱出した際、容易に弾丸などが入手できたり、保守管理ができるものであるほうが良いということ。
特殊すぎるものでは破損したら融通が利かない。
弾丸だけでなく銃も入手性の高いものが優れている。
未来の状況を考えれば、例えば西側なら45ACP、9mmの拳銃弾は入手が容易であるし、5.56mmと7.62mmも入手が容易である。
他方、低強度紛争が主流となっていく未来においては一連の武装よりもAK-47と東側の7.62mmの方が入手性に勝り、西側がこれを鑑みてサバイバルガンとして戦闘機に搭載している事例があったとされる。
AK-47の中でも空挺部隊などに採用されたAKMSだったとされるが、M4よりも保守管理が容易であるからとの事と、現地の敵部隊と誤認させることで生存性をより高めさせることが出来たためとされる。
しかし俺がやり直す直前の時には、もはやどちらの勢力も東西入り混じった装備を用いるようになっていたので、その後10年も経てば状況は変わっていたのかもしれない。
2680年頃だろうな。
その頃には西側の特殊部隊などが"AK-47"を使い、東側が鹵獲などした"M4"を使うなどという、逆転現象すらあるのではないかと思われる。
戦場においては敵の陣地内では敵の武器と弾薬の方が入手が容易なので、戦闘機パイロットのサバイバルガンについても現地での柔軟な運用によって変わっていくというわけだ。
それこそ銃を禁止とする国においても入手が容易な12ゲージショットシェルなどを鑑みて、ユーグ地域の永世中立国はショットガンを採用している所もあるわけだが、例えば皇国が何を間違ったか西側に所属することができて、かつ"戦争を放棄したりして銃の所持も禁止したりするような世界"があったとしても、8ゲージ~12ゲージのショットシェルの入手は容易であろうから……
防衛戦闘を行うだけならばソードオフタイプのショットガンを持たせるのは非合理であるとは言えない。
実例があるとは思わないが、検討の内に入ったであろうことは推測できる。
携行火器の模索は今の時代においてすでに始まっている。
というか模索自体は1つ前の大戦から始まっていた。
本格的なサバイバル用の携行装備の選定が始まったのがここ数年といった所だな。
今行われている説明会や一連の選定は皇国が他国に遅れを取っていないという証左であろうか。
現在においては分解した中折れ式の水平二連のライフル弾とショットシェル兼用可能な小銃や、第三帝国であれば戦車にもダメージを入れられるカンプピストルなどが採用されていたが、王立国家やNUPは信頼性からシングルアクションリボルバー銃を使っていた部隊も平然とあった。
ただ弾丸の入手製に難があったので、リボルバーを使う部隊の多くは45ACPを使えるM1917だったという話だ。
皇国においては不時着したB-29の下士官が皇国人の少女をM1917で射殺したため、略式裁判にて死刑とされた事例もある。
B-29のパイロットは例外なくその場で射殺される例もあったが、俺も東京での空襲の際に銃撃戦に至ったことがあった。
俺がモ式用の45ACPを調達したのは、いつもB-29の乗組員からだったな……
頭の中に刻み込まれた思い出したくも無い凄惨な記憶だ……
……ところで、それらの入手はM1917やM1短機関銃などからであって皇国内にてM1911が鹵獲された例は殆どなかった。
実際、俺も大戦中にM1911の実物を見たことが無い。
理由はM1911を用いていたのが一部戦車兵などであり、皇国内において戦車部隊の展開が皆無であったためだと思われる。
東亜の他の戦場でも空挺部隊はM1921かM1カービンのみを持ち歩いていたため、皇国とNUPの戦場の風景にM1911が写る写真がまったくない。
指揮官もなぜかリボルバー銃を所持している者ばかり。
もしかするとセミオート拳銃を皇国に鹵獲されたくなかったのかもしれないな。
現状だとレンドリース法があるから入手自体は簡単に出来るものとなっているが、あのグリップはデカすぎて皇国人の手に合わないから、いらないっちゃいらないんだが。
「――さて、私は先ほど60発と申し上げたが、それらは全て弾倉に装填された状態である。ホルスターには20発の弾倉のものを3つ貼り付ける予定である――」
60発というのはおそらくサバイバル訓練によって出た数字なのだろう。
未来においての戦闘機パイロットが携行する拳銃の弾丸が同じ程度だ。
40発程度だと不足を感じ、概ね50発~70発程度を保有することが多い。
50発程度あればなんだかんだ生き残れるというのだ。
例えば狩猟だとかを考えても20発程度では怖い。
それなりの動物を倒すのに10発ぐらいかかることがあるというしな。
「――ではこのようにホルスターよりモ式大型拳銃を取り出したら、必ず20発の弾倉を装填していただきたい。そのまま10発の弾倉を用いる場合は弾丸を調達し、クリップにて装填すること。ただ気をつけていただきたいのは、地面に落ちているような弾丸は不発弾の可能性が高いので、必ずなんらかの弾倉に装填されたものを用いることである。それも弾倉にある弾丸の初弾などは火薬が湿って使い物にならない可能性が高いので、2発以降のもののみを用いること」
教官はM1921の用のストレートマガジンを懐より取り出すと、信管を抜いているのか、弾丸をマガジンより排莢し、無造作に2発目までを投げ捨ててわかりやすくお手本を交えながら説明している。
戦場に落ちている弾丸は不発弾だと思えとは、俺もやり直す前からきつく教え込まれていた。
手動で排莢などして捨てた弾丸の可能性が高いためである。
そんなのに頼って命を乗せて使って不発だったら洒落にならない。
こちらが先に射撃したのに不発だったせいで命を落としたら笑い話にもならない。
その点は陸軍歩兵も十分に理解できているはずだが、改めて念押ししているようだった。
「ここで気をつけていただきたいのは、弾倉が無ければクリップ装填はできないことである。弾丸を受け止める底となる部分がないので当然であるが、忘れないでいただきたい。これから諸君らはさらに緊急時を想定した訓練に身をささげることとなるが、その際にもう2つ気をつけていただきたいことがある。1つは弾倉がないと使えない銃である以上、弾倉は絶対に捨てないこと。弾倉を排出した際にはよほどの事がない限り必ず回収すること。そしてもう1つ、このホルスターであるが、これはこのように――」
教官は木製のホルスターを机の上から取り出すと、それをモ式のグリップに装着しようと試みる。
これがモ式の面白い特長の1つなのだ。
「このようにストックとなり、命中率を飛躍的に向上させることが出来る。特に自動連続射撃を試みる際においてはストック無しでの命中率は期待できない。また現地での狩猟行為を行う上でも利点となる。どうか弾倉とホルスターは捨てないでいただきたい。またストックとした場合について気をつけねばならないのは、鈍器として銃床を用いて殴りつける使い方は出来ないので注意してもらいたい。そこまでの耐久性は無い。普段の小銃のような使い方はしないこと」
M712の発射サイクルは毎分900発~1000発。
カタログデータでは900発とされるが、当時の物を用いた検証を未来で行ったところ大体1000発未満970発以上の結果となっており、実際にはカタログデータより大幅に連射速度は速い。
諸外国の未来のアサルトライフルが750発~900発であるところ、それに勝る連射速度である。
連射速度においては試作品が毎分1500発だったM1921の原型があまりにも反動が強すぎて1000発に落としたことは有名だが、それでも速すぎたので最終的に700発~800発程度にまで落とした。
つまりM712もといモ式の方が連射力は上回っているのだ。
当然、そんなものを連射したらストック無しではまともに命中させることなど不可能。
ストックがあってもマズルブレーキを標準装備するM1921には劣る。
それでも近距離での攻撃力は絶大。
陸軍が採用した理由はその点を鑑みてのものなのだろうな。
「銃についての細かい説明は今回は省くこととしよう。諸君らも普段から射撃場にて射撃を試みているだろうから、細かい使い方などは心得ている事だろう。それではもう1つ銃と並んで重要な装備をご紹介する」
机の上にコトンと静かにモ式を下ろすと、次に教官は小さな革製の鞘に包まれたナイフを取り出す。
胸の高さ程度までさっと持ち上げるとそのまま鞘のボタンを外して抜刀した。
「なんだありゃ……鉈か?」
「出刃包丁では?」
「静粛に。こちらはより合理的な生存戦略を構築するために新たに考案された短刀……諸外国でナイフと呼ばれるものである。銃剣などではないので、銃にくくりつける設計とはなっていない」
「刃が短すぎませんか。刃渡り10cm程度しかないように見えますが」
遠くにいた下士官と見られる若者が思わず立ち上がって質問を投げかけてしまう。
会場には多くの仕官だけでなく将官もいるのに命知らずな奴だ。
「刃渡りは9.8cmである。素材はコバルト・ハイスをふんだんに使用しているそうである。刃の両サイドにはクロム含有の大変腐食に強い素材を挟み込んで使っているそうだ」
「組成自体は刀にそっくりですな。そうは見えませんが」
俺の想像通り、関市の匠がこさえたサバイバルナイフは割と不評なようだ。
周囲の反応と表情から察することが出来る。
しかし教官は違うようであった。
「諸君らはこの短刀がどれだけの酷使に耐えうるものなのか理解されていないようだな。本短刀は一般的な用途、例えば薪を割ったりするような事をしても全く問題ないものである。今からその性能の片鱗をお見せしよう」
手に持つ姿を見る限り、俺が知るF1より刃が厚くなっている。
おそらく素材の性能が低く、酷使に耐えられるように刃をより厚くする必要性があったのだろう。
形状はそのままハマグリ刃であることには変わりない。
横から見れば小降りな何の変哲も無いナイフ。
しかし真上から刃を見れば、その刃の厚さ、そして柄の部分にまで至る茎の部分の太さに驚く事だろう。
柄は刃と一体化した茎の両サイドを木で挟む構造であり、茎は刃より長く12cm程度はある。
グリップとなる両サイドの木はあくまで滑り止め目的。
最悪は茎だけでも使えるようになっている。
そのような全てが分厚いナイフを手にした教官は、机の上におかれていた何の目的に使うのか不明瞭だった太い薪と細い薪の2つを取り出すと、太い薪をバトニングでもって真っ二つに割って見せた。
「おおっ」
「なんと」
思わず周囲から漏れる声。
新たに正式装備として採用されたサバイバルナイフはその実力を示してみせる。
「私はこの説明会に至る前の段階で、およそ7日間この短刀と少しばかりの食料と水だけで樹海の中を彷徨ったが、ついにこの短刀は刃こぼれすることなく運用できた。この短刀は罠で捕らえた鹿や猪の皮を剥いでも、骨を砕いても切れ味は全く落ちる事は無い。救出されるその日まで諸君らを守りきることであろう。岐阜は関の刀工が、現代の技術をも応用して生み出した短刀である。決して侮るなかれ」
正式名称を"一式生存戦略構築用造兵刀"である。
分類は工業刀であるが、陸軍造兵廠が関市に委託して製造したものであるから造兵刀という名がつく。
試作品の注文は技研を通して俺がしていたのだが、正式な契約は所定の組織を通すために陸軍造兵廠を通して交わされていた。
出来上がった品は俺が知らぬところでいつの間にか実証試験が行われていたようで、説明会で初めて正式採用された実物を目にした。
一式~の名前を知ったのは配布された書面にそう記述があったからだ。
名前を見て一瞬でそれだと理解した。
この時代にパイロット達にこれほどの一品を渡せるのも皇国だからこそだ。
今の時代、皇国の戦闘機パイロットが護身用に持っていたのは折りたたみ式の小さなナイフか、護身用としては心もとない軍刀の小剣、銃剣など。
極稀に長い軍刀をそのまま航空機内に持ち込んで用いていた者がいるらしいが、正直一連の刃物はすぐ切れ味が落ちる上、取り回しが悪かったりなんだりで使い勝手が非常に悪い。
といっても諸外国のナイフも折りたたみ式のものばかりが主流で、この究極のサバイバルナイフは本来の未来においても中々世界に浸透しなかった。
NUPなんかは柄の部分に小道具やらなにやら何でも入れられるようにしたことで、すぐ破損してしまうような脆弱なナイフばかりだったし、ユーグなんかは携帯性ばかり考えて切れ味も耐久性もよろしくないものばかりだった。
今目の前にあるのは、そこに一石を投じた俺がやり直す直前に広まっていったサバイバルナイフの原型ともいえるもの。
とある国がかつて皇国と呼ばれる地に依頼して誕生したもので、自地域においても評判が広まって後に正式採用されたものだ。
NUPはそのナイフに対抗してブラボーワンという生肉処理用のブッチャーナイフを進化させたものを採用するが、ヤクチア含めた諸外国においてはF1という名称でこのナイフの進化系が広まっていく。
折れない。すぐに切れ味が落ちない。スコップなどとしても使える。
刃渡り9.7cm~10cm程度のやや小ぶりのナイフは、最後までパイロット達を裏切らない性能からサバイバルナイフの究極系として認知される。
殺傷力が低い事から戦闘用としての用途には全く向かないものの、9mm程度の銃弾なら容易にはじき返せる事から、胸の中にしまって置く者が少なくない。
肩から胸に下げるホルスターがあるのもそのような効果が期待できるためだ。
遡れば皇国の古代の刃物に辿り着くこいつを、ジェット戦闘機のパイロットは半世紀以上も速い段階で手に入れられる。
もっと喜んで欲しいところだが……使った事がある人間でしか良さは理解できないだろう。
……後で俺も私物として一振り調達しておこう。
一度あの性能を体感すると、万が一に備えて常に持っておかないと不安になるんだ。
「戦闘機内に備え付けられる生存戦略用装備類の中には一応砥石や少量の刀油も含まれている。必要に応じて使うように――」
ナイフを鞘に収めた教官は静かに机の上に置く。
そろそろ時間だな。
机の上を見ると、他に正式採用されたもので印象的なのはハンディトーキ、ハンディトーキ用予備バッテリー2つといったところか。
無線が無いとヘリを呼ぶにもどうにもならない。
信号弾と信号銃などと合わせて活用するのだろう。
非常食もきちんと用意されている。
4日分ぐらいはあるだろうか。
カンパンなどを基本としているが栄養補助用の粉末スープなども用意されていた。
そのあたりは四郎博士が考案したものだろうことは推測できる。
これだけ見れば十分だ。
説明を全て聞いているほどの時間は無い。
今日は実は急遽海軍から呼び出されてしまったのだ。
横須賀に向かわなくてはならない。
本当は一通り聞いてから仕事に戻る予定だったが、宮本指令が何やら俺に話があるらしい。
向かわねば。
説明会が続く中、俺はこそこそと周囲の邪魔にならぬよう退出した。
説明会には将官らの姿もあったが、採用された装備を食い入るように見つめており、他の部隊での運用も検討している様子だった。