第122話:航空技術者は計算させる
「シナノ技官。計算結果を反映した図面です。これでよろしいんですか?」
「……ええ……しかしこれはまた……」
「シナノ技官の提案された計算式による構造力学を反映した結果ではありますが、現代の既存の戦車とは一線を画す不思議な見た目ですね」
「率直に言って私も驚いています。図面に書き起こすまで構造がどうなるかボヤけていましたが、こんな外観になるなんて……」
今俺が元クルップの技師から手渡されて目にしている図面。
それは新型戦車の図面である。
今回の新型戦車においては一番最初に出した陸軍のプランについてダメ出しを食らった。
原因は製造性、整備性、保守管理性の全てが劣悪であり、このようなものを大量生産できるとは思えないとの意見だった。
当初俺は砲塔周りにおいてT-72やT-90のような直線と曲線が入り交ざった中空装甲を考えていた。
俺が知る戦車の構造は当然にしてヤクチアの物ぐらいでしかなく、興味本位で訪れたヤクチア本国の博物館などで旧世代の戦車の装甲の断面図を見た程度。
西側の構造は公開されていたものを除き殆ど知ることがなく、それらをベースに東側式とも言える中空装甲を作ろうとした。
だが当然にして曲線も交える構造は非常に複雑。
性能はそれなりであることはクルップの技師も認めていたが、陸軍は大量生産を目指しているため認められる構造ではなかったのだ。
車体装甲で苦労したくないというのが上層部の見解として一致しており、当然見直しを命じられる。
こうなってくるとヤクチア方式は使えない。
俺が知る未来の構造力学を用いて、新たに皇国式として組み上げるほかない。
戦車の装甲。
それは各国の陸軍が最重要機密としている領域である。
なんだかんだ情報は漏れていてそのタイプの戦車の初期型の装甲などは案外資料を手に入れられることが可能だ。
しかし手に入れたとて再現できるほどの情報はなく、概要を知る程度にしかならない。
そしてその構造は各国の特徴が色濃く現れており、そう簡単に真似できるものではない。
その国が得意な加工法。
その国が得意な組み付け方法。
これらを反映して性能を保たせるわけであり、皇国にも皇国に合った装甲がある。
例えば第三世代MBT以降標準となった複合装甲。
こいつもなんだかんだで中空式である。
しかし例えばヤクチアは長さの異なる複合素材の板を角度を付けた上で敷き詰め、さらにそこに合成ゴムなどを充填して板を保持するかのような構造である。
このような構造にしている理由は直接明言されたわけではないのでよくわからない。
ただ、未来の別分野における構造力学から推測はできる。
例えば未来のビルのガラス製の外壁やコンクリート製の高速道路の橋脚などはゴムの緩急剤をかませたり周囲をゴムで囲んで構造体同士を接合することが一般的だ。
これは地震の衝撃をゴムで緩和するためであるわけだが、それだけでなく高速道路ならば橋脚に自動車が衝突するなどといったことも考慮しており、他の部材に計算外の負担をかけないように計算された上で作られている。
これらの構造力学から推測するに命中した砲弾の衝撃が他の部位から伝達してくるのを防ごうとする狙いがあると思われる。
実際、衝撃というのは未来においてはさまざまなセンサーなどで捕捉が可能となっているわけであるが、命中した砲弾を中心に放射状に広がっていく衝撃は部位の構造によってはその一部に負荷が集中することがあり、例えばダメージを受けた際に一部のボルトが吹き飛んだりというのも、そういう要因によってのもの。
ヤクチアが合成ゴムを多用するのは、これらを防ぐことで命中時に命中部位以外の金属やセラミック、その他の複合素材などのプレートの破損リスクを極限にまで減らそうと考えていたからだと思われる。
また、数少ない資料においてはゴムと金属の積層がある場合、命中した砲弾はゴムがサスペンションのような働きを示して金属板が強烈に反復振動することで突入角を変更させ、急速に運動エネルギーを消耗させて最終装甲板到達までの威力を減らすとあった。
ヤクチア式複合装甲がまるで金属板などを保持する構造体などが見当たらないのは、ゴムをクッション剤代わりにするために下手に構造体を設けることが出来ないのだ。
これはヤクチア独自の複合装甲であり、東側とされる他国もあまり採用していないものだ。
中空装甲と言ってもヤクチアの場合は最初の外板と複合装甲の金属プレートとが多少離れているだけで、西側陣営のような一定間隔で複合素材のプレートを敷き詰めるかのような構造ではない。
言うなれば真の意味で複合装甲と言えなくも無い。
この複合装甲に至る前のヤクチアの楔形装甲は同じ材質の圧延鋼板を中空装甲にしつつ、中空部分にゴムを流し込んでいた。
いわばゴムと鋼板の間に他の素材を増やしたのがヤクチアの複合装甲であり、ヤクチアは中空という言葉を用いずに楔形装甲を呼称したが、外板と内側の鋼板までの最初の部分だけHEAT弾対策のために中空としていることで広義の上では中空楔形装甲であるとは思われる。
ヤクチアの戦車に対して中空と呼称する者と単に楔形と呼称する者に分かれるのはそのためだ。
ヤクチアはそれなりにブ厚い外板と薄い鋼板とゴムを組み合わせた装甲であることから、当初から楔形装甲は複合装甲とも言えなくもない。
ただ複合装甲は王立国家の戦車などがセラミックプレートを採用して以降呼称されるようになった呼び名で、一般的にセラミックプレートを用いなければそういわない為に楔形装甲と呼称していたのだ。
これが混乱の元だ。
実はT-72とT-90はセラミックプレートを当初のタイプでは装備していない。
しかし実情を知らぬヤクチアは複数の素材を用いていたが故に「複合装甲」と呼称していたため、T-72とT-90は現在においても当初より複合装甲を装備していると言われる。
狭義で言うならばT-72とT-90の初期型は複合装甲ではなかった。
とある紛争にてT-72の防御力不足が判明して急遽セラミックプレートを追加したのである。
いわば両者が第三世代になったのは改良された以降のタイプということだな。
まあとにかく、自国が持つ技術を改良した果てに複合装甲を纏っていくのが未来の戦車達。
そのためのベースとして中空装甲は存在する。
もし陸軍がこの構造を認めたならば、新型戦車の砲塔周りはレドーム状の形状となり、皇国の複合装甲はヤクチアと同じく長さの異なる板を角度を付けて積層したものになったことだろう。
だが陸軍上層部はそれを拒否した上で俺にこう言った。
"内部の鋼板は多くにおいて同一サイズで使いまわせるようにしろ""外板を厚くするのではなく最終装甲板を厚くして交換作業を容易にしろ"この考え方は完全に西側のソレである。
知る限り西側の多くの戦車が陸軍の主張を具現化させたような構造だ。
例えば王立国家の複合装甲は、一部を除いて同一形状の板を重ね合わせる事が多い。
同一形状のセラミックプレートや強化FRPなどの非金属の複合素材を、まるで本棚の仕切りのごとく並べる。
これらの板はバネのようにしなる金属の構造体でそれぞれを繋ぎとめており、外殻を成す装甲板の内壁にボルト止めなどで接合された状態にある。
一連の装甲は整備性の向上に寄与すると共に、予備装甲板の形状が異なることで"この部位に流用できない!"というようなジレンマを生まないようにすることで戦場での戦力低下リスクを減らそうと務めている。
最終装甲板が分厚いというのは多くの西側の戦車の特長だ。
最終装甲板はなるべく交換せずに済ませたい。
そうすれば戦場で不死鳥のような強さを発揮できる。
それこそが西側の考えである。
ヤクチアの場合、戦場で何度も攻撃が命中しても同じ部位にまるでスナイパーのごとく同じ角度でもって命中しない限り防御力低下を最小限としている構造に対し、西側は防御力自体が極めて高い一方で同じような部位に何度も命中することを考慮していない。
代わりにヤクチアのように戦場ですぐ戦車を捨てるような真似をせずとも、何度も何度も復活して敵集団を消耗させていく性質を持つに至っている。
ヤクチアの場合は自身の土地柄から必ずしも補給がくるわけではないが、西側の場合、自身の国土を含めた主戦場の多くにおいて補給路を設けやすいことから、このような特徴の差を持つに至ったのではないかと考えられる。
ただコスト面でどちらが優秀かと言われるとさほど差異はなく、あくまで整備性などの点の差だけには注意したいところだ。
陸軍としてはこの西側と同じ思想でもって新型戦車を構成したいのだ。
最終装甲板は第三世代MBTと同じく80mm。
外板を80mmとするヤクチア方式とは異なる。
どちらも内部の鋼板は30mmを積層するのは変わらない。
万が一を考えて80mmを最終装甲板にする方が乗員の安全性も確保できると考えているようだ。
ただそれを西側について、それも門外漢な戦車構造においてまるで知らぬ俺に作れというのはいささか無茶がすぎる。
おかげで俺は未来の航空機の構造や戦闘ヘリの構造から、現段階で作れる中空装甲を1から生み出さなくてはならなくなった。
だがそれは容易なものではない。
未来の構造は幾多もの計算の果てに作れるもの。
一人で計算しきれるものではない。
だから皇国の力を結集させて計算してもらったのだ――
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皇暦2601年2月28日
この日から数日の間、東京のとある大学の複数の講義室は貸しきり状態となった。
その日は多くの人間がつめ掛け、講義室内で今か今かとその時を待っている。
彼らは陸軍による破格の手当を目当てに募集に応じた物理学を得意とする数学者達。
我こそは!――といった皇国の中でも優秀とされる理系分野の人間を全国各地から集めた。
その人数約2500名。
陸軍は旅費から何から何まで面倒を見ることになったわけだが、俺の提案に応じたのもそれだけ新型戦車にかける思いがあってのこと。
「――いいですか! 今から渡す計算書についてどんな式を用いてもよいので解を求めてください! 物理学の計算です。東京市内の図書館から参考書となる図書も集めました。算盤や計算尺の使用も認めます。渡された紙の計算式に答えを出してください!――」
まともなコンピューターが無い今の時代。
電卓の代わりになるのは人しかいない。
航空機ならばありとあらゆる計算式を知るために技研のメンバーの力を借りればどうにかなる構造計算だが、戦車の装甲となると話は別。
今回は海軍の技師達にも声をかけて参加してもらったが、やるのは未来の戦車を描くための各種部位の計算式である。
ありとあらゆる角度からありとあらゆる威力を想定した数値を算出してもらう。
そこから逆算して構造を見出していく。
彼らに求めたのは弾道学の基礎情報を出しつつ、30mmの均質圧延鋼板を用いて何枚用いればヤクチアや第三帝国の攻撃を防ぐことができるかだ。
表面硬化させた鋼板と比較すると粘り強い特性を持つ均質圧延鋼は、従来の計算式では計算しきれない。
非常に伸び縮みに強く、きわめて破断しにくい。
俺や元クルップの者たちだけでは計算しているだけで2年か3年はかかる。
そんな時間はない。
その間に皇国は、地中海協定連合は負ける。
再来年には姿を現さねばならない。
来年には試作車が完成していなければならないのだ。
だから皇国民の力を借りた。
俺は集まった者たちに対し、この性質を持つ鋼板を何枚積層しても構わないとした一方、厚さが30mmであることと、同一サイズの鋼板を複数用いることを厳命して解を出させた。
また、理想の角度も見出したいため地面の角度を0度~25度とした上での理想値を追及させた。
これは重量とのバーターとなる数字を求めさせている。
例えば一般的に傾斜の効果は地面が0度に対して30度で実際の厚みの2倍。
20度で2.7倍近くに達する。
しかし重量軽減は45度前後以降は垂直状態とさして変わらないとされている。
傾けた分、長さが増えるからだというわけだ。
だがこれはあくまで"従来までの装甲"の考え方。
1枚の板でそれを達成しようとするからスペースも心もとなくなるわけだし、長さが長くなるのだ。
中空装甲最大の利点は、1つのユニットボックスの中に短い鋼板を何枚も積層することに意味がある。
長い鋼板にする必要性がないからこそ、その重量軽減能力は最大に享受できるというわけだ。
つまりここで重要なのは傾斜角と積層具合。
それもある一定の鉄のボックスの中に30mmの鋼プレートを敷き詰めた場合、それが弾道飛行してくる20kg~30kgに及ぶ飛翔体が命中した際、どの形状ならありとあらゆる状況にて有効な装甲となるか。
飛んでくる砲弾も様々な角度を想定させている。
当然角度は浅ければ浅い方が良いに決まっているが、戦車は常に平地にいるわけではないし、弾丸も真正面から飛んでくるわけではないため、ありとあらゆる状況を想定して計算しなければならない。
集まった者達には連日に及ぶ計算を繰り返し、その答えを見つけてもらうための作業補助をしてもらった。
疲れ果てるまで計算に熱中してもらい、周囲で相談することも認め、最適解の数値を出してもらう。
そうやってどういう積層構造があるのかを見出してもらった。
1枚、また1枚と提出される紙には俺ですら驚かされる発想を持つ者もいた。
最終的に述べ7日間に渡る計算の末、ついに1つの解が見出される。
それは地面に対しての角度22度。
金属ボックスの形状に対し、1枚1枚の金属プレートの配置をズラして配置。
同じサイズの鋼板をあらゆる角度の攻撃から受け止めるようにするためには、同一の大きさのプレートの位置をオフセットさせて並べたほうが有効であることがわかった。
角度は20度に近いが20度ではない。
この結果を見たとき、俺は何かを思い出しかけていた。
エイブラムスだ。
エイブラムスの砲塔付近の装甲がこれと同じような構造になっていた。
あっちはもっと進んだ時代。
コンピューターも使えた時代にセラミックプレートを使った複合装甲を作るのに苦労したNUPが、ヤクチアに負けない戦車をと絶対防御力を保たせようとして見出したもの。
それの初期型の中空複合装甲の構造に極めて似ている。
間違いなくこの計算が合っていることを表していた。
それらの結果を基に再び元クルップの者達と再計算。
各部構造を細かく見た上で生まれた形状。
それは――
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チャレンジャー1だ。
信じられない事に砲塔周囲の構造はチャレンジャー1そっくりとなった。
なんでかわからない。
チャレンジャー1の砲塔周囲の実際の装甲形状は確か、長さの異なるプレートをドミノ状に並べたもので、上下にドミノ状に並べたプレートによって装甲性能を確保していたはずだ。
もっとエイブラムスに似ていいはず。
しかしどう計算しても形状はチャレンジャー1のようになる。
実はこの時の俺は知らなかった。
俺が見たエイブラムスのデータは試作型であるXM1。
XM1の形状は極めてチャレンジャーに似ていたのだということを。
それを知るのは30年以上先のことである。
しかしながら実際にはXM1よりもチャレンジャー1にとても良く似ていた。
あちらもなんだかんだコストを考慮した傾斜型の複合中空装甲である。
同じくコストを考慮したことで何らかの接点が生まれたのかもしれない。
もしくはチャレンジャー1がそうだったように、後の大規模改修も想定して全体的に空間的余裕のある構造としたからこうなったのかもしれない。
余裕を設けすぎたことで砲塔周囲は巨大化し、この時代の戦車らしく無くなってしまった。
大きく後ろに伸びる砲塔後部部位には無線機やら何やらも搭載するが、これには他にも搭載する機器を当初より想定しているためだ。
120mm砲は元々電機式の射照準具を搭載することを念頭に入れて開発が進められていた。
これがトンでもない代物で、6個の円筒と1個の三次元的なカムを複合させた機械式計算機に、複数の抵抗器を組み合わせた電子式の計算機構を組み合わせたハイブリット照準具なのである。
しかもこいつは本来の未来においても遠隔地にてレーダーで捉えた敵の航空機ないし船舶などを無線並行誘導装置によって測定値を送信して遠隔にて敵を捕捉するという、極めて先進的なものなのである。
ただその位置を捕捉するだけではない。
相手の移動する方角と現在位置……すなわち進路と速度をXZYの座標にて"常に算出して"自機との現在位置を比較して照準を誤差修正させることが出来る凄まじいものだ。
レーダーは小型~中型まで対応。
例えばキ47やその他レーダー搭載戦闘機にて敵戦車を捕捉すれば、敵との距離を自動算定して照準修正を行うことが可能という、俺が是が非でも120mm砲の搭載に拘りたい理由になりうるものを装備した状態を標準仕様としていた。
これを本来の未来においては二式二型算定具などと呼称していた。
しかし皇国はこれで終わらない。
この2年後に皇国は地上からの測定においてはレーダー方式が不安定であることを理解し、一部を光学測距に変更した四式算定具を生み出す。
それはわずか1台が完成したきりであったが、その算定具を装備した高射砲は7機ものB-29を落としたとされている。
そいつの完成が2605年8月1日である。
わずか二週間で7機のB-29を落としたと考えればいかに高性能であったかがおわかりだろうか。
信じられないことに世界最高峰クラスの射撃システムを皇国は開発できていた。
俺はもちろんこの四式算定具を装備した状態も想定していて、そのスペースを後部に設けたことで皇国のMBTはよりMBTらしい外観となったのである。
皇国が一連のシステムを戦車に搭載できなかったのは、戦車として構成するためのエンジンその他がなかったからに他ならない。
逆を言えば戦車が生まれてしまえば、遠隔地で捕捉した敵を機械式と電気式を織り交ぜた算定具及び照準具にて計算。
これらによって誤差を修正して極めて高い命中率の攻撃を繰り出すことが出来るわけだ。
あの当時似たようなことが出来たのはNUPと第三帝国のみ。
NUPはB-29の防御システムに同様のものを。
第三帝国は無人攻撃兵器の測距システムとして実用化していた。
いわば皇国もその領域にはいたのだ。
なぜこの戦車が主力戦車たりえるのかはここに集約される。
こいつは初歩的なものながらFCSを装備しているわけだ。
そこまで高精度な射撃システムを搭載する戦車など本来の未来において大戦時には存在しない。
そんなハイテクな機器を内包する予定の砲塔周りの外観は正面だけが傾斜しており、側面は垂直である。
しかし側面の装甲の内部は傾斜しており、側面の外板はユニット式の装甲形状を維持するためなのとコスト削減のために垂直となっている。
その結果が、チャレンジャー1初期型……
2645年までの初期型タイプの左側を両側に採用したような極めてシンプルな外観となっている。
チャレンジャー1は左右非対称。
キューポラのある右側はやや複雑形状で、左側は当初こそシンプルな外観だったものの、Mk.2以降は射撃システムが装着されてゴテゴテした意匠となってしまう。
しかし皇国史上初の戦車はチャレンジャー1と同じく右側にキューポラがあるものの、両側共にチャレンジャー1 Mk.1の左側を左右対称としたような形状で落ち着いた。
その図面を見る限り、この戦車はなんというか……表情がない。
戦闘車両というのは必ず表情を纏うというのがこれまでの俺の中での常識だった。
例えばティーガー1なんかは無口で無愛想な顔つきだが、デンと構えた老練な戦士といったような感じだ。
ティーガー2は鎧を纏った騎士というような感じだが、鎧の内側にある表情のようなものをそれとなく感じ取ることが出来る印象を受ける。
ヤクチアのIS-2なんかはひょうきんな顔つきの者が鎧を纏っているような感じで、決して二枚目ではないが迫力は十分ある。
他方NUPの大戦末期の試作車両なんかは戦場が遠いからかアホ面で、パットンも初期型はそれを引きずっていた。
多くの戦いを経た後に生まれたエイブラムスは顔を一部バイザーで隠しているようではあるが、その裏にあるかのような表情はそれとなく強い覇気を感じるのとは対照的だ。
明らかに平和ボケしている表情が戦後のNUPの戦車には多かった。M3やM4は違うのにな。
NUPの戦車は思えばシェリダンあたりから変わっていったような気がする。
一方で王立国家の戦車は、なんと言うか生真面目な騎士といった感じがする。
ずっとその系譜のまま未来まで来ている感じで、まるで冗談が通じそうにない表情をしているように感じ取れた。
だがチャレンジャー1に似ている皇国の戦車ときたらどうだろう。
まるで表情がない。
完全に表情のないのっぺらぼうな鉄の仮面を被っている。
そんな印象を受ける。
これには元クルップの技師達も深く同意していた。
なぜここまで表情が消えたのか。
今生まれようとしている戦車は第三帝国とヤクチア。
双方の圧力と恐怖に対抗せんがために生み出そうとしているもの。
ゆえにこれから出てくる超重量級戦車に抗おうと立ち上がろうとする戦士だ。
もっと怒りのような表情をもっていても良かったはず。
それがまるで、自身の顔を隠した姿となったのは何を意味するのか……俺にはわからない。
きっと完成したら誰もが冷たさを感じるはずだ。
中空装甲の理を活かして各種構造物を適切に配置した結果、砲塔装甲板周辺が極めてシンプルな見た目となったことでそうなったのかもしれない。
冷たさを助長しているのは履帯付近の中空装甲の影響もあるのかもしれない。
対HEAT用にと第二世代型よろしく履帯にも装甲を施しているが、ほどよく転輪などが隠れているからか。
転輪に関しては第三帝国のようにシュトゥルンにすることも考えたが、重量的余裕があるので当初より中空装甲を施すと決めていた。
結果転輪は隠れる状態となっており、全体の意匠はとてもではないがこの時代のものとは思えない。
だが2601年でもこのような構造には出来るのだ。
各部ユニットの構造などはさして複雑ではない。
均質圧延と中空装甲が見出された戦後には同様の装甲を施した戦車は登場している。
センチュリオンなどにも同様の追加装甲は施されていた。
ただ、ここまで未来的な戦車になるとは思わなかった。
見出された解から未来の構造力学を当てはめたらこうもなろうものか。
きっと世界に衝撃を与えるぞ。
間違いない。
今度の構造は大幅に整備性などが向上した。
これなら陸軍も許可せずにはいられないだろう。
しばらくの間、劇中の日付が前後するかもしれません。