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第121話:航空技術者は話し合う(後編)

「どうしたのだ信濃。目が濁っておるぞ?」

「あ……いやその……」


 さすがに気持ちを覆い隠せなかったのか、千佳様にすらそれとなく察されているようだった。

 まあそういう表情にはなるか。


「言いたいことはわからんでもない。この状況下で何故そのような行事を行う必要性があるのか……だろう」

「うむ? 信濃は知らんのか?確かキ77が完成した暁に何をするのかについては聞いておったはずであるが」


 キ77。

 谷博士ら航研が主導で開発していた航続距離1万8000kmという長距離旅客機。


 爆撃機としての素養がないわけでもないが人を飛ばす以上の積載力は持っていない。


 ただこいつはNUP製の与圧室を持ち、きわめて快適な空間を提供しつつ、NUPまで無着陸で飛行できる力を持つとされる代物。


 完成後には御召航空機として陛下を乗せてハワイあたりまで向かう予定があるとは聞いていた。


 だがそれ以上については何も知らない。

 皇室サイドの考えなど理解できるはずもなく、おまけにこちらの耳に入るような立場でもない。


 いつキ77がハワイを目的地としなくなり、さらには野球選手を乗せる予定となっていったかの過程も知らない。


 だがなんとなくだが、千佳様のニュアンスに悪寒がする。

 御召飛行機の立場が崩れていない気がする。

 それと野球が絡んでいるというのか?


「ええと……私が知っているのはキ77に陛下がお乗り頂き、ハワイあたりに向かう予定があるということだけです。御召航空機となることについては認知しておりますが」

「つまりは目的地と目的が変わったということだ。御召航空機の立場は変わっておらん」


 いやな予感が当たった。

 つまり陛下は野球のためにNUP本土へ向かうというのか。

 一体どうして。


「……陛下のお考えがよくわかりません」

「外交のためじゃ信濃」


 外交……野球外交に一体なにがあるのだろう。

 戦時下にそんなことをして諸外国から受けるイメージが悪くなるだけなのではないか。


 今ユーグを中心に一体1日に何人の人間が亡くなっているのかわからないのに。


 確かに皇国は平和さ。

 戦争をユーグに押し込める事に成功した東亜は戦争の気配を感じないほど平和だ。


 だがすぐ目の前に殺し合いがあることを感じ取れるぐらいには各国の凄惨な映像や写真が国内に出回っている。


 何よりも皇国人にとってもそれは無関係ではない。

 華僑の事変を攻略したが故に大幅に人の消耗は和らいでいるが、今日もどこかであの地にて果てる兵がいるんだ。


 より生きられた者の可能性を握りつぶしている状況を完全にひっくり返すまでに変えるまでに至っていない。

 分母が減っただけだ。


「まだ納得しておらんようじゃな。よいか信濃。今の情勢でNUPにただ向かうとあれば、世界と世間はどう見る。陛下が向かうとなれば国賓として扱われる。そしてひとたび大統領と会食でもすればNUPとの雪解けを想起させる」

「なるほど……」

「陛下の最終目的地はNUPではなくロンドンだ。キ77でロンドンまで向かう。NUPはあくまで通過点。野球観戦だけしかしない。会食はおろか大統領との会合その他一切行わない。こうすることで皇国は完全にNUPと友好関係を結んだわけではないことを内外に示しつつ、最終目的地であるロンドンの宮殿に向かうことで王立国家との友好関係をアピールできる。信用出来ない者は無視を決め込みつつ、民間ベースでの交流関係があることを証明する機会として野球に白羽の矢が立ったのだ」

「元々野球交流は続いておったからのう。野球ほど政治とは隔絶されたNUPとの交流が可能なものなどない。例えばG.Iの現地工場を視察するだけでも政治的とみなされるではないか」


 つまり皇室はこう言いたいわけだ。

 野球は犠牲になったのだと。


 NUPとの現在の関係のありようを示すための犠牲に。


 そのために皇国選抜を久々に復活させてNUPのメジャーリーグ選抜と戦うわけか。


 皇室は陛下がNUPのプロパガンダに悪用されぬよう、その上で我が国の航空機の性能を知らしめて相手にけん制できるよう、考えに考えぬいて出した答えが野球であると……そういうわけか。


「信濃。他にそういう存在があるというならば提案してくれ。陸軍にはレスリングを挙げる者もいたが、数十年前のように相撲力士とレスラーを対決させるような見世物に近い格闘技を陛下がご覧になる天覧試合とするわけにはいかんだろう」

「紳士的ではないですね」

「皇国はテニスもそれなりだが、テニスは大戦によって各国で大会が中断中。陛下のご興味のあるスポーツにおいては野球ぐらいしか活動が継続されているものがない。サッカーはNUPではマイナースポーツであるし、フットボールは逆に皇国がマイナースポーツであるしな」

「陛下は相手国とそれなりに接戦となりながら勝てるスポーツを所望しておる。どちらかに圧倒的に有利不利な差がつけば興ざめしてしまうが、そういうものがない中で皇国が勝てる可能性のある競技は他にないであろう?」

「野球ってそんな強いんでしたっけ?」

「栄治と隅田博の二大巨頭がいるではないか。巨神軍はマイナーリーグの者達にはそれなりに勝っている。メジャー選抜に対しても勝機はあるはずだ」


 栄治?


 確か俺の記憶ではもうすでに肩を壊しているはずだが……違うのか。

 スポーツ関係はあまり興味が無く、ラジオで試合結果を聞くこともない。


 新聞でも読み飛ばしてしまうのでさほど意識していなかった。


 彼は陸軍には入っていないのか。


「首相。栄治投手は陸軍所属ではないのですか?」

「華僑との戦いが避けられたからな。プロスポーツ選手の召集などされておらんぞ。お前の知る世界では召集されたのか?」

「ええまあ……」

「そうか。だが今も尚プロ野球で投手をやっているぞ。昨年は隅田の42勝と並んで31勝の快勝。最近ではエースを隅田に譲るが巨神の二大巨頭の一角を担う存在だ」


 そうか……俺が知らないうちに3年以上を棒に振った世界から、3年を巨神軍に捧げてエースとしての地位を築き上げる世界へ歴史が変わっていたのだな。


 栄治以外にも優秀な投手が後二人ほどいたはずだが、隅田博と合わせて戦えば勝てるかもしれないという目算か。


 打者についてはよくわからんが、キャッチャーにおいてはカイザーと呼ばれる優秀なのがいると聞いた。


 新聞で眼鏡のキングオブキャッチャーと報道されていた男だ。

 一面の見出しで報道されていた影響でそれとなく覚えている。

 すさまじい強肩はまるでカノン砲のごとくとか書かれていたっけな。


「あれですか。チームは昨年のベスト9などを中心に組むのですか」

「当然皇国選抜だからな。投打において抜かりのない布陣で挑むことになるだろう。2年連続首位打者の河上などもチーム入りすることになろうな。一連の選手選抜などは監督などに一任することになろうが、皇国としては天覧試合でもあるが故、全力でもって挑むようにと念を押すつもりだ」


 そこまで話が出来上がっているのなら俺が介入しても、もはやどうにもならんだろう。


 恐らくピリピリしたムードを少しでも和らげたいNUPサイドと、皇国の野球を過小評価などしていないマイティ・オドールなどの思惑が一致したりしたのだろう。


 ともすると野球を五輪競技にしたい者達による活動もあったかもしれんが、民間において少なからず存在する融和ムードをより両国に浸透させたいのかもしれない。


 それならば俺が進言すべきことは1つだな。


「承知しました。特段これ以上私から野球開催について異議を唱えることなどはありません。ただ首相。皇国選抜を組む上で私から1つ提案が」

「なんだ」

「隅田博に皇国の国籍を与えてやってください。我々はこれからヤクチアと戦うかもしれないという時に、皇国のエースナンバーを背負うかもしれない人間を無国籍扱いのままNUPに送り出すつもりですか」

「ううむ……それは確かに」


 西条の表情がやや曇る。

 こちらの言い分は理解できるが行動し辛いといったような様子である。


「彼はそこらの皇国人よりも皇国の魂を持つ人間ですよ。しかも共産主義のヤクチアとは無関係です。我々は反共主義を叫んでヤクチアと敵対する以上、共産主義とは無関係な隅田博は正式に隅田博として皇国人となるべきです。父親の件(殺人)は彼とは関係ない。列強国としての器の大きさを見せ付けるならば、彼に国籍を与えるべきです」

「……善処はしよう。お前の意見が通るよう調整はしてみる。だが期待はするなよ」

「実現するよう最大限の圧力をかけていただかなければ。皇国選抜は出身地域がNUPの皇国系の選手であれ、国籍をもった人間で臨む。そうしていただきたい」

「確かに皇国の選抜選手であるのに無国籍の者が混ざるというのは、天覧試合に相応しくないのう。我も陛下に相談を持ちかけてみるか」

「千佳様からもお願いします」

「うむ。わかった」


 千佳様がそうおっしゃるという事は恐らくどうにかなることだろう。

 陛下も考慮してくださるはずだ。


 何しろ隅田は日本語しか喋れない上に日本男児たりえる勤勉な性格をもつ男。

 与えるに相応しいだけの資格はもっている。


「しかし写真で見てみたが隅田という男……なんとも背が高いのう。こんな身長の投手など今後皇国に生まれることなどありえるのであろうか……」


 千佳様が手に持つのは隅田投手のブロマイドであった。

 先ほどからずっとテーブルの上に置かれていた束になったものがそれだったのだ。


 この企画が始まった際に手に入れたのか誰かから渡されたのかは知らないが、傍らにブロマイドの束をこさえている事から、彼女はそれなりに今回の企画に前向きであることが理解できる。


 もしやすると隅田の剛速球を見てファンになったのかもしれない。

 全盛期の栄治と隅田は球界を代表する速球派。


 巨神などもはやこの2名がいて負ける要素があるとは思えないほどだ。

 実際、本来の未来においては栄治がおらずとも昨年は優勝している。


 それはさておき、彼女の心配はある意味で無用なものだ。

 なぜなら皇国には――


「ご心配なく。いつの日か皇国にはメジャーでもノーヒットノーランを達成できるような、身長190cm近い怪物級選手が現れたりします。ヤクチアに飲み込まれた影響で亡命する以外にメジャーリーグ選手となることはできませんが、本大戦で敗北しなければ自然に移籍することで……皇国の国籍を得たままメジャーで活躍できる皇国人も現れることでしょう」

「だとしてもさすがにあの"ルース"に勝てる者は出てきまい」

「どうでしょうね。私が過去へと戻る直前。皇国には陸奥みちのくに1000年に1人の逸材なる選手が生まれたと話題になっておりました。年齢15でストレートの球は147kmを出し、身長180cm以上ありました。将来の速球は160kmを期待され、メジャーでも年20本のホームランを余裕で打て、ともすると"ホームラン王"にすらなるかもしれないと期待された逸材です。私は彼が高等教育機関を卒業前の段階で160km投げられたと確信しています」

「……どうしたらそんな鬼の子のような者が生まれるのじゃ」

「それは本当に人間か?」

「さあ? 婚姻統制などが影響されているかもしれませんね」


 この未来の歴史を好意的に捉えられるかどうかでいえば俺は好意的には捉えていない。


 皇暦2605年。

 無条件降伏を飲んでいざ調印式に向かおうとした最中。


 ヤクチアは調印式真っ最中の東京湾を攻撃して第二の真珠湾攻撃のようなものを起こした。

 ウラジミールは休戦を認めなかった。


 原因は次代の大統領による裏切りだという。


 皇国を赤い手から遠ざけようとした大統領は、現大統領とのヤルタでの密約を反故にし、チャーチルらと会談を重ねて皇国の行く末をヤルタ会談とはまた別な方向へと進ませようとした。


 その要因としては華僑とヤクチアにおける不穏な動きに対し、皇国を防波堤として防衛ラインを構築しようとした事だが、他方、その時点においてNUPは皇国の工業技術などを徹底的に潰そうと考えており、一連の行動にウラジミールが憤慨したためとされる。


 ウラジミールは皇国の工業技術を高く評価しており、"NUPとの共同管理となってもその恩恵が受けられる"状態を臨んでいた。


 ゆえに皇国を農業大国にしようなどという、第三帝国に対して実際に行われたモーゲンソー・プランと並ぶ愚かな行為を彼は許さなかったのだ。


 ただしそれが皇国の明るい未来に繋がったわけではない。


 ヤクチアとの関係が拗れたことで一度は無条件降伏を飲もうとした皇国はそれみたことかとばかりに攻撃を各国の裏切りと捉え本土決戦に移行。


 実際に裏切ったのは停戦や休戦をまるで考慮していなかったヤクチアだったことは、その時点では理解していなかった。


 おかげでただでさえ多くの死者が出ていたのにさらに多くの死者を重ねる結果となった。

 最終的に皇国はヤクチアに飲まれ、無条件降伏すら生易しいような状況に陥る。

 その後はすぐに再軍備が始まり、NUPとの戦いは2610年代にまでもつれ込む。


 そして最終的に皇国は太平洋の東側からNUPを追い出す事に成功する。


 しかし多くの犠牲を伴う辛勝でしかなく、ハワイやグアムを再び占領したとて、それは実質的に皇国の占領地ではなかったのだ。


 その後の皇国と一連の地域は事実は小説より奇なりを地で行くヤクチアの地域の1つとなった。


 工業力確保のために婚姻統制などが敷かれただけでなく、各種企業の就労時間は11時間以上。


 休日などなく、寝るか働く以外にすることなどないような生活を強制されることになる。


 西側諸外国の基本労働時間は7.5時間~8時間でそれ以降の労働は残業時間であり、残業に合わせた手当てなどがもらえるのだというが……


 皇国にそのような手当てなどなかった。


 西側から言わせれば皇国は月の残業時間が120時間を越えるのが当たり前あり、発狂して自殺する者も多い。


 しかし政策によって1家族2人以上の子供をもうけなければ流刑となるため、皇国民は本土決戦にて大幅に減らした人口を強制的に増やすハメになった。


 もはや恋愛婚などというものは皇国にはないといって過言ではない。

 22までに相手を決められなければ当局が自動的に選定し、2年以内に第一子を設けなければならない。


 そのため前もって結婚して何度も相手を変えながら子を作るというような事も横行した。

 女性と付き合う前提条件はより多くの子が産めるかどうか。

 多ければ多いほど手厚い保証が受けられ、生活はより安定しやすくなる。


 当局は常に家族や子の状況を監視し、子は初等~中等教育時には様々な試験を受けて将来の適正を見出されることになる。


 運動能力に適正が無い者は理系の道に歩むことを強制され、運動能力があっても適性のある者は技術者や研究者としての道を歩むことになる。


 工業力をより高める人材を何度も試験を繰り返して見出していくのだ。

 例えば物理が得意でも化学が得意でないような人間は当たり前のようにいる。


 物理などに適性はないが、手先は器用で職人として開花するような人材もいる。


 それらを見出して選定していくのだ。

 一切の適性がないと判断されれば3Kの仕事を押し付けられる。

 幕府主体の封建社会の時代より悲惨な管理社会である。


 それは競馬の世界などと変わらない。


 どういう男と女の掛け合わせたらより優秀な人材が生まれるのか。

 壮大な人体実験の実験場に落ちるのである。

 霊長類において優良個体とされる血統を見出すための試験場となるのだ。


 ゲノム研究が盛んになる頃になるとそれは加速した。


 それこそ素養が無いとされたような者も薬学発展のための生贄とすることが出来るので無駄が無いというのがヤクチアの考えで、もはやその特異な環境には西側すら興味を抱いて観察していたほど。


 ヤクチアに落ちた皇国の国民の一連のデータは薬学や生物学に大変大きな貢献を果たしたなどと……皮肉のように科学雑誌に記述されるほどだ。


 笑えないことに、皇国はそのような環境に対して適性があったらしい。

 国民は華僑の者達すら異常だと言い張る環境を受け入れてしまっていた。


 ウラジミールが描いた、"皇国を根底から叩き潰しつつも、皇国の持つ魅力だけは享受できるようにする"――という政策は悲しい事に成功を収める。


 皇国は上から命令されて働く事に疑念を持たない人間が多かったから、150時間働くような働き蟻の人生を強要されても疑問を抱かない者ばかりなのだ。


 そんな皇国の数少ない楽しみの1つが野球やサッカーなどの球技であり、プロ野球はある意味で逃げ道の1つであった。


 工場や研究所で一生働かされるよりかは、よほどまともな生活が約束される。


 そのために精を出す男児は後をたたなかった。

 ただそれはメジャーリーグ選手のような莫大な報酬を得る生活などではなく、11時間の就労時間が無くなる程度の薄い幸福でしかなかった。


 だがいつの日か本当に優秀な選手はNUPが亡命させて引き抜くようになった。

 きっとあのルースの再来と言われた男も18を過ぎればメジャーに行くのであろう。

 すでに皇国に潜入して活動するスカウトが目をつけているとの話だった。


 ヤクチアは野球にさほど興味が無いのでその状況を放任していたが、逆を言えばまともな生活を得られる数少ない手段が野球などのメジャー球技にはあった。

 だから皇国の人間はより熱中するようになったのだ。


 ガス抜きと拘束力を調節された管理社会において皇国は少なくないメジャーリーグ級選手を輩出したが、それでも俺が知る限り活躍したのはノーヒットノーランを達成できた投手ぐらい。


 もし皇国が共産主義でなかったのであれば、あちらでも評価されるホームランバッターやスラッガーなどが生まれたのではないのか。


 もし皇国が共産主義でなかったのであれば、1年から4番で甲子園に出場して、毎回優勝か準優勝しかしないような投手と野手のコンビなどが生まれたりしたのではないか。


 そういった妄想は尽きないが、結局は空に描いた餅でしかない。


 俺も昔は……やり直す前の若い頃は野球を嫌ってはいなかったが、いつしか野球だけが救いとばかりに戦うことから目を背ける市民の姿を直視できなくなり、野球ごと目を逸らすようになっていた。


 思えば今において野球が大戦の影響で中止になっていないのだとすれば、これまでの俺の努力は多少は今を生きる野球人達に貢献できたのだろうか。


「―なの! 信濃! 手にずいぶん力が入っておるぞ。大丈夫か」

「……少し昔を思い出していました。大丈夫です。ところでロンドンに向かうとの話ですが大丈夫なのですか。あそこはまだ危険では?」

「総統閣下は王族達を攻撃できまい。ウラジミールとは違う。陛下がおられる間は攻撃は無いと見ている。陛下が傷つくことがあれば第三帝国の大義名分は揺らぐことになるからな」

「……確かに」


 この時期においても王立国家の国王はバッキンガム宮殿に居を構える。

 俺が知る限り、食料などは配給制としており、民と同じく制限された生活を送って国民の先頭に立って抗っていたと聞く。


 機会があるなら陛下にバッキンガム宮殿の状況をうかがってみたいほどだ。

 訪れた者達が皆口を揃えて、石炭や薪の消費量を減らすために暖房すら付けずに防寒着だけで寒さを凌いでいたといわれるほどだ。


 皇国内においても耐える王立国家として報道されていたが、陛下が向かわれるのも、気を引き締めるためなのかもしれない。


「可能なら私もバッキンガム宮殿の様子は見てみたい気がしますね。もちろんありったけの救援物資を伴って」

「本気で述べているとは思わんが……申し訳ないが信濃。それは駄目だ。お前には近く訪れる客人の対応をしてもらわねばならない」

「はい? また第三帝国からの亡命者か何かですか」

「王立国家からフッカー卿が。アペニンからはバルボ将軍やガリボルディ司令官がこちらへ来る。両国の首脳らと共にだ。双方とも現状の最新鋭航空機を伴ってな。目的は2つ。1つは皇国の新技術や新兵器の提供を改めて申し入れるため。戦闘機や戦車について彼らも耳に入れている。とくにガリボルディ司令官は第三帝国が暴れだしたピラミッドのある砂漠地帯周辺にてロンメルを叩きたい様子だ」


 ……本来はロンメルと組んでいたガリボルディ司令官か。

 ロンメル卿すら認める歴戦の猛者。


 北のサハラ砂漠のある大地で王立国家を叩きのめした戦いでは少なからず存在感を現した男。

 バルボ将軍の右腕だ。


 もしや……まだそれなりに数が揃っていないが着実に量産されている重駆逐戦車の貸与を願い出る気だろうか。


 後々現れるであろうティーガー1に対抗しようと思うならそう考えても当然か。

 司令官も元同盟国だっただけに一連の戦車の存在をなんとなく察知しているはずだ。


 重駆逐戦車もそれなりに評価されていたんだな。

 ところで最新鋭機を伴うという言葉が引っかかる。

 何をしたいのだろう。


 前者はスピットファイアだとして、後者はG.55やC.205あたりだろうか……まさか。


「まさか首相。スピットファイアとG.55などを改良しろというんじゃありませんよね」

「その通りだ。ジェット戦闘機はまだ完成には至っていない。それに立場上最新鋭の技術を有する戦闘機はそう簡単に消耗できん。となると既存の戦闘機のバージョンアップが必要となる。両国の主力となるレシプロ戦闘機はマーリンを装備するが、出力向上を画策している。必死でどうにかできまいかとあれこれ行動した結果、お前の吸気タービンに興味を抱いた。スピットファイアとアペニンの新型レシプロ戦闘機をまともに戦える重戦闘機にする。それこそが両国がお前に望んでいる願いだ」


 ……なんてこった。


 ついに俺は皇国以外の戦闘機にまで手を出すのか。


 スピットファイアは戦後興味を引かれて内部構造などを個人的に研究したことはあるが、G.55なんて同じ同盟国でありながらどういう構造なのかわかっていないほど存在感のない機体なのに。


 しかも俺の知っているG.55はDB605を装備していたが、今存在するG.55はマーリンを装備しているのか。


 これは手がかかりそうだ。

 だが、このまま行くと航空戦力において王立国家やアペニンを頼れなくなる。


 そうなると戦局はより厳しいものとなることは間違いない。

 改良は俺に課された義務なのは言うまでもないな。


「……中々忙しい身ではありますががんばってはみます。彼らはいつごろこちらに?」

「来月だ。来月開く首脳会談に合わせて技術者と共に皇国に訪れる。何やら両国は皇国に見せたいものもあるらしい。とっておきの最新鋭航空機だそうだ。大方予想はつく」

「ジェット機ですね」

「アペニンは昨年飛んで大々的に宣伝していたからな。それをダシに皇国のジェット戦闘機の貸与を申し入れている身でもある。技術的に劣っていないのだから運用できる……とな」

「王立国家も飛べる機体を保有している可能性が高いです。本来の未来においても5月には飛ばせていましたし」

「ああ。恐らくアペニンと同じ理屈で供与を受けるつもりなのだろう。まあ両国はユーグでもとても重要な地位にある国。邪険にはせんさ」

「一部渡したくない技術もありますのでモンキーモデルも検討させてください」

「そのあたりは任せる。ただ、戦闘機の改良については手を抜くな」

「かしこまりました」


 まだ梅が辛うじて咲くか咲かないかの季節。

 どうやら桜が咲く前にもう一波乱ありそうだ。


 スピットファイアとG.55。

 どう調理すればよいやら……

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