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第121話:航空技術者は話し合う(前編)

後編は後ほど投稿します

 皇暦2601年2月25日。

 今回は珍しく俺からの呼びかけによっての三者会合が開かれる事になった。


 これまでは千佳様や西条が呼びつけていたが、ここで初めてこちらから要望しての会合が実現する。

 耐Gスーツ開発の前にどうしても会合をやっておきたかったのだ。


 理由は決まっている。

 陸軍技術本部の人間がちょくちょく訪れてはあーだこーだと騒ぐのを阻止したい。


 先日俺が激怒して以降訪れてはいないのだが、主力戦車の開発が遅れたら大事に触る。


 そもそも俺はこの戦車を出来れば北進に間に合わせたいと考えている。


 陸軍上層部においては2603年春をもってヤクチアとの戦闘を開始すると決めているが、東亜三国がヤクチアへの機動戦を行うにあたり、絶対に必要不可欠なのが戦車。


 例えば主力戦車が三式重戦車となり、2603年3月までに一定数を投入できたとする。

 冬までに決着が付けられなかった場合、次年度の春に主力戦車はIS-2と戦わねばならない。


 いや、そもそもが主力戦車と対峙したヤクチアがIS-2レベルで妥協するか?

 いきなりIS-3やIS-4クラスが出てくる可能性がある。


 最悪のケースを想定するならば、鹵獲した主力戦車からタービンエレクトニックその他をリバースエンジニアリングしより完成度の高いIS-7を投入してくることを考えねばならない。


 2604年夏以降に主力戦車はティーガーⅡレベルには軽量化されたIS-7と邂逅する可能性がある。


 無論何も考えてないわけじゃない。

 現用の42.5tはあくまで標準仕様。


 陸軍には局地戦仕様として46.5tと48.5tとした装甲強化型タイプを提案している。


 前者は砲等周囲を除いた前面装甲を中心に重装甲化して250mm相当としたもの。


 42.5tタイプは砲塔周囲以外は最低限必要な数値に留めているが、これは対第三帝国においては180~200mm相当ほどあれば十分であるという考え方に基づくもの。


 実際には市街地戦に突入すると46.5tタイプの局地戦仕様が必要となると予想されるが、状況によりけりなため、あくまでラフプランでしかない。


 48.5tタイプは完全に対IS-7を想定している。


 正面装甲全てを280mm相当とするのが48.5tのプランだ。


 当然重くなりすぎるのでギア類などについての構造強化が必要となり、標準仕様とは7割5分程度しかパーツを共通としない派生型となろう。


 46.5tタイプにその必要性はないが、+6tともなると設計変更が必要な箇所がいくつかある。


 稲垣大将をして過剰装甲すぎるのではないかと主張するほどだが、シェレンコフ大将は一定以上の評価を下している。


 それはつい先日行われた戦略会議において新型戦車の運用法や性能諸元について話し合われた際に議題に上がったとのことだが、シェレンコフ大将は現状集めた情報から、すでにヤクチアの戦車技師であるシャシムーリン技師が艦載砲であるB-13を戦車に搭載したがっているという情報を入手しており、48.5tのプランはこれが実現するならばこちらも用意せざるを得なくなるだろうと予測を立てていたそうだ。


 本来の未来においてIS-7自体の開発はもっと後だが、技術者というのは常に先の先を見るものだ。


 当然にしてB-13を搭載しようなどということはもっと前の段階……


 それこそIS-2の段階から検討されていたものの、当時の技術では不可能との結論から搭載されなかったと聞く。


 本来の未来においてはあくまで122mmは妥協の産物だとされていることを俺は知ってるが、シェレンコフ大将はその情報の根拠となる資料の入手に成功していた。


 その情報によって陸軍上層部の面々は凍りついたと聞く。


 こちらが搭載する12cm戦車砲も元は艦載砲。

 そんなバケモノを搭載すれば十二分に戦えるであろうと考えた目算は完全に崩れたからだ。


 正直なところ甘いといわざるを得ない。


 そもそもが俺達が相手にするのはヤクチアだけではないんだぞ。

 第三帝国にも警戒せねばならないんだ。


 現時点において類似したヤクチアに関する情報はすでに第三帝国にも渡っているはずなのだが、本来の未来において総統閣下はこういった情報から2603年にヤクチアは122 mm M-62-T2クラスの侵徹力をもつ主砲を装備した重量級戦車を配備して実戦投入可能と考えていた。


 この考えはあながち外れているとはいえない。

 そしてその不安をかき消すがごとく生み出したのがかの有名なマウスなわけだ。


 総統閣下はウラジミールと心中するつもりなのかどうかは知らないが、一連の情報から敵対せずともマウスを作る可能性は多いにある。


 機動力はさておき、防御と攻撃力の双方において最大級の性能を誇るIS-7とマウス。


 2605年までに投入されうる最大戦闘力はこのクラスであるであるのは間違いなく、さらにこれをも上回る化け物が出てくるかもしれない。


 さすがにラーテが出てくることはないだろうけどな。


 だが計画だけで終わったE100などが量産されて戦場に出てくることがあった場合、相当な苦戦が予想される。


 次期皇国の主力となる戦車はこういった超重量級とも渡り合わねばならないんだ。


 陸軍においてはいくらでも手に入るM4シャーマンを中心に主力戦車を前面に展開することを念頭に入れていたが、T-34がこちらに与えてきた以上の衝撃をあちらに与えられるものだと若干慢心している節があった。


 実際はIS-4やIS-7といったバケモノだけでなく、キーロフ工場が包囲される可能性が低い現状においてはKVシリーズの新型にも注意しなければならない。


 本来の未来において第三帝国はヤクチアを裏切った。

 本年9月から始まる包囲戦によってキーロフの戦車開発工場は閉鎖。

 第三帝国による包囲網によってヤクチアは戦車開発に支障が生じる事になる。


 しかし残念ながら東亜三国からの進軍においてはモスクワより東にある一連の地域であるサンクトペテルブルク周辺には攻め入る事は不可能に近い。


 一連の機動戦はシベリア鉄道を利用する事になっている。


 その要因は華僑周辺においてはヤクチアですらシベリア鉄道に頼らねばまともに軍を展開できないからであり、極東を含めた東側地域は今まさに開発が始まって間もない状況にあるからだ。


 例えば東側地域の主要都市の1つであるクラスノヤルスクもまたシベリア鉄道の沿線上にあるが、その位置はユーラシア大陸の中心部からはかなり南側の位置にある。


 北側の山岳地帯など人が住める環境ではないのでそのような場所に都市があり、シベリア鉄道自体が北側など無視するかのように南側を横断するように敷かれているわけだが、北部にも一応都市はないわけではない。


 しかし北側の都市ノリリスクなどは囚人だけで構成されているようなつまり抑留された者達が地域の開拓や開発を強制されている状況下にある。


 人が住めるような場所ではないから、人ではないような扱いの囚人がその地域に根を下ろすことを強制されているというわけだ。


 この手の地域は正直全く価値がないばかりか、現状において大した戦力の配備もなく、放置しておいてもなんら問題は無い場所。


 積極的に占領すべきはクラスノヤルスクなどの沿線地域であり、唯一沿線から外れて占領を狙ってもいいのはサモトロル油田周辺ぐらいなものだ。


 恐らく俺の予想ではノヴォシビルスクあたりまでは即座に占領できると考えている。


 ここから西へ向かおうとすると沿線地域に軍が展開できるような平野が増えてくるだけでなく、西へ向かうにしたがって人口も増えていくため、東亜三国の連合軍は次第に苦戦を強いられる事になるだろう。


 また、重戦車の脅威もこのあたりの地域から始まると予想される。

 元々ヤクチアは戦車の最大重量を46tに制限していた。

 IS-2などもこの制限を越えないよう居住区画が犠牲となっていた。


 これは鉄道が運べる最大重量が40t前後だった事などに由来するが、重戦車は分解して輸送する事にしたため、46t制限はIS4以降解除される。


 それはいわば輸送後に即時展開することが不可能となることを意味しているわけであり、戦略的機動性を犠牲にしているというわけだ。


 当然シベリア鉄道を通して占領地域を増やしていくような状況下においてはその特性は不利に働くので、しばらくの間は駐留軍を殲滅するだけで事足りる。


 それこそIS-7は現在のヤクチアの技術ではどう軽量化したって60tを切る事はないので鉄道輸送は不可能。

 陸上での輸送となるならばこのあたりの地域で膠着状態に陥るのではないだろうか。


 だとするならばそれこそ早い段階で数を揃えて、IS-2等が出てくる前に優位な状況で睨み合いを展開しつつ、様々な方向からチクチクと攻撃していきたい。


 奴らがまともな兵器を手に入れるまでにヤクチアとの因縁に片を付ける。

 そのためにはまず上から圧力をかけてもらい、技術本部を黙らせねば。


 ――などと考えながら会合の場である陸軍参謀本部へと足を運ばせる最中、通り過ぎようとした電化製品店の前でつい足を止めてしまった。


「お湯を入れて……三分間待つのだぞ!」


 街頭を歩む市民の目をひきつけるための宣伝として設置したのであろう。

 そこそこの大きさの家電製品店に置かれたテレビがそこにあった。


 問題はそこに映し出された不思議な光景だ。


 なにやらCMのようなものが流れているのだが、どんぶりにお湯を入れて何かを作っている。

 お湯を入れる直前、何か粉のようなものをふりかけている姿が見えた。


 これは俺が15年後ぐらいに見る光景のはずだが、なぜこのようなものが?

 夢でも見ているのか。


「3分立てば! ほら完成! 即席うどんのでっきあがりぃー! これぞ皇国の最新鋭の保存食。瞬間冷凍乾燥製法技術で作られた即席麺だあ! 我が社がついに独力で開発に成功したひまわりうどんは全国のデパートで販売中!お湯さえあればいつも貴方の側に打ちたての味わいが楽しめるっ!――」


 ……いつの間に技術が漏れたんだ。


 フリーズドライに関しては陸軍の秘密特許で陸海両軍の厳重な管理の下で製造されていたのに。


 あまり大々的に民間で作られると粗悪品などが出回ってイメージが低下するから、まずは軍用食として採用しつつ、非常食といったような形で民間人にも触れられる機会を用意するように調整したはずだったのに……


 CMの最後に出ていた会社名に見覚えがある。

 本来の未来なら一般的な乾麺を製造していた会社だ。

 俺の記憶が確かなら2613年にちぢれ麺を開発する会社。


 あの会社はフリーズドライ食品の製造には関わっていない。

 だがどうやってか手に入れてテレビ広告を出せるほどの売り上げを出しているようだ。


 フリーズドライによる即席うどん、即席パスタ、即席そばなどは軍の試作段階からその製造が試みられ、特段問題なく成功していた。


 一連のものは乾麺が存在していてフリーズドライとの相性は悪くない。

 スープやつゆ自体もフリーズドライで作ったら砕いて粉末状にしてしまえばいいんだ。


 一連の技法を編み出してからすでに2年以上経過。

 噂程度の情報からその技術を再現したか……あるいは技術を何らかの方法で手に入れたか。


 どちらにせよ民間で即席食品類が出回るようになってしまったか。

 間違いなく未来が変わってきているな。


 こういった変化がなんらかの悪影響を及ぼさねばいいが……

 今のうちに対策を考えるべきかもしれない。


 とりあえずまずは会合だ。

 会合の場で言うことを言わねば!

 俺はその場を足早に去る。


 集合の時間が差し迫っていたたためだった。

 遅れれば何を言われるかわかったものではない。

 急がねば。


 ◇


「しばらくぶりだのう信濃」

「約束の時刻通りに到着か。随分と忙しそうだな。まあ座れ」


 すでに両名は到着済みである。

 落ち着いた様子で用意されたテーブルに着席し、こちらを待ち構えていた。

 テーブルの上には茶菓子も準備されている。


 それはいつもの防音が施された陸軍参謀本部の一室であった。


 とりあえず予定の時間には何とか間に合ったものの、下の立場の人間が定刻通りに到着することは遅刻とほぼ同じことを意味している。


 陸軍においてというよりこの時代の皇国においての常識ならびに慣習としては、10分前には到着している必要性があった。


「すみません」

「気にするな。いろいろ報告は聞いているからな」

「そうだぞ信濃。そなたの仕事っぷりについてはよく聞いておる」


 一言謝罪しつつすぐさまコートを椅子にかけて着席するが、千佳様も西条もこのところの俺の状況を理解していたのか、むしろ労いの言葉すらかけてくれそうな雰囲気すらあった。


 だがそんな言葉を受けつつ団欒というわけにはいかない。

 いわねばならないことがある。


「到着したててで恐縮ではありますが……首相。陸軍技術本部が先日突然前触れも無くつめかけてきました。その際の対応に不備があったことを申し訳なく思いますが、突発的にあのような態度で詰め寄られると応対に困ります。いったい技術本部内で何があったのですか」


 俺は西条に向けてはっきりとした視線を送る。

 本来ならこういった管理は西条などが行わなければならない立場だ。

 陸軍は戦車開発の重要性を理解しているはずだった。


 にもかかわらず独断専行なのか何なのか不明だが、突如難癖を付けるために技研に訪れた行動の真意を問いたい。


「すまんな。実は今陸軍技術本部の組織改変を行う途中でな。お前に報告をしていなかったが、技術本部は来年に解体する」

「存じてますよ。もう1つ技研を作るのでしょう?」

「残念ながらお前の知っている未来の状況からは変わる」

「陸軍技術研究所は作らないということですか」

「そうだ。現状の陸軍技術本部の一部業態は陸軍省兵器局と陸軍兵器廠などと重複している。兵器の正式採用に伴う試験運用等の業務などが……だ」


 そういえば陸軍兵器廠は本来の未来であれば去年の段階で陸軍兵器本部となっていたが、華僑との戦いが早期に避けられた影響で統合されていなかったのか。


 現状の状態は効率がいいとはいえないな。

 似たような業務をする組織が陸軍内にいくつもある。


「――これらは全て陸軍省直下の組織とし、業務を統合する。新たに陸軍省兵器本部を設立し、隷下に技術本部の1~9の研究所などを移動。研究所は新たな名を陸軍省兵器研究所とする」

「技研についてはどうされるんです?」

「一部組織の整理があるが、技研に大きく手は入れない。航空関連はこれまで通り1つの研究所で一括して研究・開発を行う関連組織として軍とは別に技術院の隷下に流体力学研究所を付設する」

「……それはまるで」

「空軍を新設するための布石ではないか……そう言いたいのであろう?」


 千佳様に言いたい言葉を先に述べられてしまったが、上記の統合に技研などを含めないというのは、明らかに今後の陸軍のありようを示しているとしか思えない。


 本来生まれるはずだったのは陸軍省とほぼ同じ立場にある外局の陸軍兵器行政本部と、その下部組織達。


 そして技研においては各課ならびに支部の独立があった。


 一連の独立はそれぞれの上の立場に属する者達が利権をめぐって争いを起こし、研究が散漫になり結果的には失敗だったというのが技研所属の立場の者達が共有する評価だ。


 なので俺は2597年の時点で技研はなるべく現状維持をしつつ体制を強化して欲しいと西条には頼んでいた。


 本来なら2600年に行われる体制強化は西条が航空本部長となった事で2597年の時点で達成。


 技研は理想的な形態を保ちつつ現在まで続いており、出来ればこの体制をしばらくは維持したいとは思っていた。


 ただ俺は例えば組織としての技研の上に陸軍省兵器本部があっても良いと考えており、出来るだけ兵器開発関係の組織はコンパクトかつ円滑な運営が行える状態が好ましいと思っていて、それらについても2597年の時点では伝えていたのである。


 本来の未来においても航空関係は切り離されてはいたのだが、ここまでコンパクトにまとめるなら技研も新設される陸軍省兵器本部に統合してしまってもいいはずだ。


 それをしないということは技研や航空本部、陸軍航空総監部などはいつでも陸軍から切り離せる体制を保たせたいのだとしか思えない。


「私は個人的に長島大臣の意見に賛成の立場だ。いずれ空軍は必要となる。航空機はあまりにも独自の領域に入り込みすぎたからな。ただ私の立場で切り離すことは難しい。やるならこの戦いを乗り切った後に首相の座に座る者。すなわち私の後任の首相として最も有力とされている長島がやるべきだが、その前の段階で土台を組み上げていた方が苦労は少ないだろうからな」


 なるほど。


 あくまで現状においては陸軍の立場を維持するが、空軍設立時に権力闘争などに陥らないように、あらかじめ襖のようなものを作っておくわけか。


 西条自体はその決断を下す気もないという事も理解できることだ。


 彼の求心力の源は航空機にも兵法にそれなりに精通しているからであり、陸軍の長の一人として君臨するからこそ評価されている面が少なからずある。


 それを崩壊させると様々な状況において支障をきたす可能性がある。

 新設された空軍と陸軍が利権をめぐって対立して活動が萎縮しかねない。

 残念ながら陸軍とはそういうリスクを常に孕む組織だ。

 野心家が海軍以上に多いのだ。


 戦中において混乱を生じさせるのは得策ではない。

 一旦戦いが落ち着いてから組織改編に臨む方が混乱は最小限となるだろう。


 俺としては空軍の必要性は感じるが西条の考えを否定する気もまたなかった。

 重要なのは戦に負けないこと。


 現状の体制が上手く行っているならばそれを維持した方が良いに決まっている。


 だとして……


「首相の考えは理解できました。ただ、それと技術本部の暴走との繋がりが若干掴みかねています」

「ようはこの組織改編に伴った人員整理を推し進める上で自らの立場を危うくした者達の一部が点数稼ぎ目的に独断で動いたということだ。何しろ技術本部はそれまで戦車などの開発も担っていたからな。航空技術研究所が基本設計を行い、メーカーが中心に作り上げる現用の体制になって彼らの仕事の殆どは取り上げられた。評価試験は特戦隊が中心に行っており、彼らは上層部から"正式採用せよ"という通達に印を押すだけの立場に成り下がった。元々技術本部に技術者は少なく、各種開発はメーカーの者達に一任してはいたが、日常業務が印を押して兵器の正式採用を認めるだけの組織に落ちたわけだから、殆どの職員は事務職として他の組織に異動されることはなく、以前と同じく戦闘部隊へと再び配属される事になる。彼らにとってはせっかく手に入れた事務職を早々に手放したくは無い」


 そういうことか……


 少々キツい言葉を述べるなら重戦車の開発に失敗したツケ……


 ……もとい責任を取らされることになることでの戦闘員復帰だが、当然、エアコンの効いた技術本部内の椅子を手放したくないので、新組織に異動できるようどげんかせんといかんと無駄に奮起してしまったという感じか。


 なんともはた迷惑な話だ。

 俺は当初から戦車開発には乗り気ではなかったのに。


 その時点で開発できていればこんな事にはならなかったのだ。


「――結果、技術本部は最後の手段として12cm砲の開発について固持し、何とか体裁を保とうと躍起になっていたが、それも統合参謀本部を通して海軍との共同開発ならびに量産の運びとなった。しかも砲身設計などは技研が一枚噛む事になったことでもはや仕事がなくなり、それならば主力戦車の12cm砲の採用を頓挫させ、新たに10cm程度の戦車砲の開発を行おうと行動した。お前の斬新な設計によって全てが崩壊したがな。先日の陸軍参謀本部会議においてはシェレンコフが出してきたデータにより、12cmに拘るお前の意見に多くの賛同が寄せられた」

「……なんとなく事情は飲み込めました。現状ではもう今後あのような事は起こらないと解釈してもよろしいですね?」

「そのはずだ。技術本部はオートジャイロなどの研究部門など、現状においても航空機に精通する研究を行っている箇所があるが、これらは技研に合流させて体制強化を図る。オートジャイロの研究は終了させ、ヘリコプターに関する研究に切り替える。あれはもういらんだろう?」

「ええ」

「信濃。大半の陸戦兵器の開発が陸軍省直下の組織になるということは、我の管理下にもあるということになる。我の目が黒いうちは勝手な真似はさせんぞ」

「ありがとうございます」


 胸を張って堂々としている千佳様がどういう立場で圧力をかけられるのかはよくわからないが、ともかくこれ以上横槍が入る事はなさそうで安心した。


 ならば今日の会合は俺としてはもう十分。


 特段話すことは他にない。

 しかし残念ながら両名には話すことがあるらしく、俺を早々に解放してくれなかった。


 ◇


「それでだな信濃、陸軍参謀本部会議でも話題になったが、新型戦車はいくつほど生産できる予定だ。出来るだけ正確な数字が欲しい」

「車体だけなら2603年1月までに600両は十分に可能ですが、砲は出来て400両分でしょう。予備分を換算してですのでそれを加味しなければ650両分は用意できるものかと」

「800ほどは不可能なのか?」

「車体だけなら可能です。なんたって新型戦車は重駆逐戦車の2割ほどの構造部品を共有しますから、一部製造ラインはすでに出来上がっています。最終的に量産が続く重駆逐戦車の構造部品を更新することでおおよそ3割ほどのパーツは共有する事になります。車体を構成する大半の部品は新造ですが、心臓部や操縦席などの構造は変わりませんから」

「我々としては800両欲しい。現状の戦車製造の余力は全て新型戦車に回す。技術者を鍛えて生産速度を向上させたい」

「兵員輸送車両などの製造も一旦とめるのですか?」


 そもそもが現状の戦車量産体制はかなり集中と選択ができている状態だ。

 陸軍において最も配備数が多くなるであろう戦車はM4。


 こいつは装甲を外した状態で皇国に持ち込まれ、皇国内で鋳造した装甲を被せるだけ。


 各種部品すら製造しない。

 戦場では文字通り使い捨てて新しいものを順次使っていく。


 集や統一民国の主力もM4となる予定であり、統一民国はチハのライセンス生産こそ継続するが大量のM4をレンドリースして使う予定だ。


 統一民国ではM4用の砲弾を生産することになっているが、皇国はこれを使うので砲弾の生産すらしない。


 それらのリソースを重駆逐戦車と兵員輸送車両に用いていたのがこれまでの状態。

 重駆逐戦車は250両が完成したら一旦打ち止めとなるが、兵員輸送車両は生産が継続されると聞いていた。

 それも変えるつもりなのだろうか。


「兵員輸送車両についての生産は継続する。場合によっては一時停止も考慮するが……その上で800両。可能か?」

「車体側は可能です。砲の心配をなさったほうがよろしいかと」

「最悪は九八式十糎高角砲を戦車砲としたものを搭載したタイプを用意する。砲身寿命については順次12cmに切り替えていくので問題ないという考えだ。最悪半数が九八式十糎高角砲になる可能性があると考えておけばいいのだな?」

「そうですね」

「ならば新型12cm戦車砲については何とかするよう努力しよう。なるべく長10cm砲は採用したくないからな」

「しかしなんで800両なんです?私が起案を出した頃は600両あれば……とのことでしたが」


 西条はきょとんとしているが、当然気になるので率直に伺う。

 兵器は多ければ多いほどいいが、200両増やす理由があるはずだ。


「ああ、お前には報告していなかったか。新型戦車については諸外国にも貸与する可能性があるからだ。我々が100mm超の戦車砲を作り上げて戦車に搭載することは諸外国にすでに漏れている。120mmという話までは伝わっていないがな。連合王国に投入した試験車両から諸外国は皇国の戦車に注目していて、貸与を希望している。王立国家が我々の重戦車を欲する理由はよくわからんが、アペニンや統一民国なども貸与でいいので戦力として借り受けたいと申し出ている」


 そういえば西条には伝えていなかったが、王立国家は現状で重戦車の開発に事実上失敗しているんだよな。


 それが結果的にファイアフライの誕生に繋がるが、ファイアフライは妥協で誕生した代物。

 アレよりも間違いなく高性能であることを嗅ぎ付けて王立国家が貸与を希望したか。


 アペニンは……重戦車開発に精を注いでいるが、開発中のP-40はM4シャーマンと殆ど性能的差異がない。


 実質的にP-40は中戦車と言えるが、開発段階では十分に重戦車と言える性能だった。


 意地があるのかP-40の開発は続けているそうだが、P-40より確実に高性能な真の重戦車を欲しがるのも当然か。


 新型戦車の砲にはアペニンの未来技術も使っているだけに反対など出来ないな。


 しかもアペニンは鹵獲以外で三突を手に入れることができないので、セモベンテの開発に支障が出るはず。


 セモベンテの開発は三突の貸与から始まっているのだから、三突の入手が遅れればセモベンテの開発も遅れてしまう。


 今後を見据えて重駆逐戦車の貸与すらあってもいい。

 彼らは戦う武器がないだけで戦う力がないわけじゃない。


 統一民国は……三国の立場上友好関係を示すには必要ではあるが、もし裏切る事があるのであれば出来れば最新兵器は貸与したくない所だな。


 集と違って未だ信用できない。


 ただ西条にはそれなりに勝算があるから名を連ねているのであろう。

 そこは西条に任せよう。


「私は構いませんよ。ただ整備できるのですか?」

「整備は我々がやる。リバースエンジニアリングもさせない。あくまで兵器運用だけを任せる。ヘリコプターと同じだ。そこは変わらない。現用の運用の延長線上に戦車も増えるということだ」

「諸外国は100mm超と回転砲塔装備ということぐらいしか存じていないのですか」

「知りはしないがある程度の性能を逆算できるだけの力はある。最大1040馬力のエンジンを電力変換して得られる出力から、100mm超の大口径砲の搭載は容易であろうと判断している模様だ」

「なるべく詳細な性能は伏せていただければと思います。貸与したことで彼らが武者震いするような状態に配慮していただければ」

「当然だ……と言いたいが、120mm砲を搭載しつつ42.5tの重量だと言ったほうが、ハッタリにしか聞こえないから案外信用せんかもしれんぞ」

「王立国家は均質圧延鋼板の製造が可能ですから詳細な性能が予想されるかもしれません。そこから第三帝国に正確な情報が伝わる可能性があります」

「そうか、確かに……ならば情報は伏せておこう」


 うんうんとうなづきながらこちらの意見に同意する西条だったが、できれば100mm超という情報も漏れ出さないようにはしてほしかった。


 ……すでに諸外国に伝わっている以上諦めるしかないか。


「コホン。それでだな信濃。これは軍事とは完全に別件なのだが、お前にも相談したい案件があるのだがいいか」


 なぜか突然改まって、やや気恥ずかしそうな表情となる。

 一体何の相談だろう。


 恋愛相談だったら怒るが、西条は妻帯者のはず。


「実はだな……キ77が本年中に完成するのだが、それにかこつけて来年にかけてNUPで野球の親善試合をしようという話が持ち上がっていてな。どう思う?」

「は?」

「めじゃーりーぐの選抜チームと戦うらしいぞ信濃面白そうではないか!」


 なぜだか、座っている椅子がそのまま床に吸い込まれるように落ちていく感覚に陥る。

 深い深い底なしの穴に落ちていくような、そんな感覚に陥った。


 どこからともなく声が聞こえてくるようだ。


 ――”そんな事より野球しようぜ 野球!”――


 ……この戦時下に一体何を考えてるんだ!!!

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