第119話:航空技術者は反動を流体力学でもって半減させてみせる
主力戦車の開発が始まってすぐのこと。
俺はさらに具体的になった基本仕様を上層部に送達していたが、さすがに異次元の性能すぎたのか翌日にはメッセンジャー役の士官が技研に尋ねて来る事になってしまった。
正直今は1分も無駄にできない状況だというのに。
「信濃技官! 信濃技官はいるか!」
「何か御用ですか。大声を出さずとも、この部屋にいる皇国人は私だけですが」
引き戸をたたきつけるがごとく音を立てて入ってきたのは、陸軍技術本部にも併任で所属する同階級の陸軍士官である。
俺は技術士官であるため、立場上こちらの方が階級的には低い事になる。
元クルップの者たちは本国での経験からとっさに身構えたり隠れたりなどしたが、すぐさま皇国の軍人と理解して持ち場に戻った。
一種のPTSDのようなものにかかっている可能性もあるのに手荒な真似を。
彼らの力なくしての完成はありえないというのに。
もう1つ階級が低い者を向かわせて来ていたならば怒鳴りつけていたかもしれない。
さすがに階級社会には抗えない。
ただ、不満そうな態度は隠しきれず顔に出ている感じはしていた。
それを抑えられないのは肉体が若いからであろう。
未来の記憶があるだけで未だにその精神は成熟仕切っていないのかもしれない。
「技官。12cm砲を搭載する予定であるという話は貴官が提出した、さらに煮詰まった基本仕様書の内容にも記載されているのを目にした。だが技術本部としてはやや承服できかねる。貴官は減装弾を使うおつもりか?」
「まさか。そんなものでは発射速度が落ちる。第三帝国の最新戦車に勝てません」
「そうはいうがな技官。12cm砲の単純発射効力は70tを越えるのだぞ。履帯を装備している戦車である場合、重心にもよるが一般的に発射効力が車重の1.4倍の砲が搭載可能上限とされる。これは命中を除外した数値であり、あくまで発射できうるというだけだ。ところが貴官の提示した標準仕様での最大装備重量は42.5tだ! 42.5tでは約60t程度の発射効力にしか耐えられん!そのままでは10.7cm程度が限界のはずだ!」
あー……
……確か俺はその件についてもきちんとレポートをまとめて提出したはずだが、流し読みでもして見落としたのか……ともかく、こちらの話を信用していないようだな。
「第三帝国の技術を陸軍技術本部もある程度は掌握されているはず。マズルブレーキを使えば――」
「我々もその技術については承知している。しかしマズルブレーキの最大効力はどう足掻いても反動を30%しか抑制できんとの事だ。仮に発射効力が72tと仮定しても50.4t。諸外国における一般論としては発射効力と車重が等倍でないと命中率は大きく下がる。貴官はこれを理解されて――」
「30%などというのは現時点での第三帝国の技術的限界数値に過ぎません。私は新型砲塔の反動を半減させてみせます。そのための手段も書いたはず。確実に40t級に搭載できるよう仕上げてみせる」
「具体的にどうするのか改めて伺いたい。魔術の類などではないのだな? 上層部は重力を操る人材でも中に仕込むのかと懐疑的だ。反動を抑制するイメージを脳内に描けば砲弾の反動が半減するわけではないのだぞ!」
「そんな原理も不明な存在すらしえないものを航空技術者たる私が採用すると思っているのか!! 技術本部所属ともあろう人間がふざけるのも大概にしておけ!」
今まで陸軍関係で俺が怒る事はほぼ無かった。
多少キツい発言をメーカーの技術者にぶつける事はあっても口論になった事はない。
ただ、その言葉があまりに非論理的すぎた論理の飛躍であったので、ついカッとなる。
連日忙しく技研の中を駆け回る中、貴重な時間をくだらない問答に割く時間などない。
その1分が1人の生死を分けるのが戦場だ。
あと1分早くソレが到着していたら助かった命があるかもしれない。
これがありとあらゆる場所で起こりえる。
俺は実際にその姿をこの目で見てきた。
やり直す前の話ではあるが、1分早く行動したことで救われた命をいくつも見てきた。
この士官はそれを知らん。
恐らく一度も実際の戦場を目にしたことが無い。
だからそんなふざけた話をこちらに振る。
目の前の男は弛んでいる。
はっきりとそう言えた。
「ではどうやって――」
「少しの間、黙っていろ。今からお前のために10分割いてやる。技術本部の連中には今から話す話をすべてそのまま伝えろ。その上で12cm砲の採用は絶対であると言っておけ。いいか――」
――実際の砲の反動というのは後座長と火薬量などで決まる。
後座長が長ければ長い程、砲の反動というのは抑制できる。
火薬量が減れば減るほど威力を犠牲に反動は抑制できる。
俺が今回の主力戦車に採用する後座長は60cm。
後の世界のユーグやNUPそして皇国を含めた世界各国が長年の研究と実戦などの蓄積の果てに見出した反動を極限にまで抑制した上での最適解である。
後座長を長くすれば長くするほど戦闘室の空間などは狭くなるが、戦闘室の空間確保と反動軽減の両立が可能なギリギリの数値がこれで、これ以上の後座長は効果に対して失われる内部領域に目を逸らせなくなる。
実際には、この60cmを達成出来ないのが世の主力戦車であり、大半の戦車は40cm程度で妥協する。
かつて皇国と呼ばれた地域では、この60cmの後座長とした仕様を今より70年後の最新戦闘車両に採用するが、60cmという数値はそれまでの同地域の過去の戦車達にすら例がない。
当然にしてこの数値を俺は採用する。
この60cmの後座長については第三帝国とアペニンが大戦中すでに気づいていた。
本年の時点で。
第三帝国が貸与した三突によってアペニンはそれを理解することができたのだ。
だが問題はアペニンの当時の技術力では三突は作れなかったことだ。
再現を試みようとしたが製造可能な車両が軽すぎて砲の反動に耐えられないものだったのだ。
そこで彼らが苦肉の策として投入したマズルブレーキこそ、俺が主力戦車に採用予定のマズルブレーキの始祖にあたる。
本来の未来ではマルチポート式マズルブレーキと呼ばれるこいつは、マズルブレーキに多数の穴を設けてその効力をより増大させようと画策したもの。
アペニンの技術力では当時において33%程度しか反動を相殺できなかったとされるが、こいつの性能は決して侮れないものであり、搭載されたセモベンテM40/M41の砲撃命中率は決して低くなかった。
少なくとも第三帝国の30%に届くかどうかのモノより高性能だった。
俺が搭載するのは未来の流体力学のすべてを結集させたもの。
それまで延べ半世紀以上にわたって、より効力の高いマズルブレーキの開発を続けた皇国が、アペニンが投入したチェンタウロ偵察戦車の外観からその効力を理解してそれを再現したばかりか、40%弱しかなかったチェンタウロ偵察戦車を大幅に超越して半減するまでに進化させた存在。
俺が知る未来において皇国にしか作れない、皇国の、皇国による、皇国だけの反動半減機構。
原理さえわかれば現時点でも作れるがゆえ、それを搭載してやろうというのだ。
仕組みはこうだ。
そもそもマズルブレーキというのは俺がGPCSにて対処しようとした存在を活用したものである。
GPCSにおいては業界用語にて"シンダ"と呼ばれる不完全燃焼の粉塵が外部に放出された直後に燃焼活動を起こすことで機関車にダメージを与えるのを燃焼効率の向上によって防ぐものだった。
GPCS搭載の蒸気機関車については近々王立国家の技術者が技術提供のために視察するぐらい環境にも良いような代物であるわけだが……それはさておき、ようは装薬の多い砲や銃というのも同様の現象が起きているわけである。
一般的に火薬量が少ないと砲身内で完全燃焼してしまい、弾丸や砲弾を押し出す力だけしか発揮しないのが火薬を用いた砲の世界……
いわば弾道学での常識。
しかし当然にして完全に燃焼しきる程度の火薬量では、湿度や気温によって燃焼状況が変化するがゆえに不安がある。
よって大半の砲における砲弾において装薬量は大幅に超過気味であり、少なくない量の火薬は燃焼時のガスと共に外に排出され、大気と触れ合った直後に爆発および燃焼する。
この爆発要因は圧力変化によるものであるとされ、圧力が開放されると同時に燃焼するのは蒸気機関車におけるシンダと同じだ。
この時の運動エネルギーを砲弾の進行方向とは真逆に発生させる事ができれば反動は減るのではないか。
これこそがマズルブレーキの原理だ。
つまり現実世界において装薬量が少なかったりすると本来の働きはしないという事になる。
一部小口径の拳銃においてマズルブレーキがオプションに存在しないのは、弾丸自体の反動が少ないだけでなくバレル内で燃焼しきってしまい、マズルブレーキがその効力を発揮出来ないからである。
無論このマズルブレーキ。ただ穴をあけりゃいいってわけじゃない。
第二世代の主力戦車に多く採用されたマズルブレーキは、砲の両サイドから炎を噴出させて反動を減らそうとするものだった。
これが全くもって非効率であったことに一番最初に気づいたのがアペニンである。
従来のマズルブレーキは弾道を不安定にさせ、APFSDSなどの弾道をきわめて不安定なものにさせるため、APFSDSが主力となる未来世界においてはマズルブレーキの採用は控えられていた。
その影響の要因として彼らはバレル内にて回転する砲弾によって生じた回転するガスの流動が、実は燃焼していない装薬にも影響しているのではないかと考えた。
無理して流動する不完全燃焼の装薬の流れを無理やり変更しているから、射出される砲弾に影響を与えてしまうのではないかと考えるに至った。
これが正解だったのだ。
砲塔内でどういう現象が起こっているかを改めて理解しなおせば、それに対応したマズルブレーキを作ることは簡単だった。
撃鉄が下ろされて発火した火薬。
これによって弾丸が押し出される際、砲身内部においては回転物または回転に至る機構があれば当然にして内部のガスや粒子も回転する。
この仕組みを応用したのが流体継ぎ手であるわけだから当然である。
滑空砲においては回転を発生させるための筒が。
ライフル砲においてはライフリングそのものと弾丸本体が弾丸を押し上げようとするガスを回転させるのだ。
この時、特にライフル砲においては面白い現象が発生している。
ライフリング内には燃焼ガスが外へ逃げようと弾丸を追い越して高速挺進するが、不完全燃焼の火薬は高熱のガスの壁と圧力双方に押さえ込まれ、ライフリングにおいて凸になっている部分を高速で進む。
これは推力単排気管によるロケットと同じ。
高熱のガスがバリアーとなり、より冷たい粒子はその上をすべるように進む。
その際にもっとも進みやすいのはライフリングにおいて凸の部分。
ここに押し付けられながら進む。
当然にしてライフリングは螺旋構造。
螺旋構造のまま高速で加速しつつ砲身内を移動するわけだ。
だから、その螺旋構造に沿って孔をあけてやればこの時発生した運動エネルギーを削ぐ事なく別方向へのエネルギーへと転換できる。
孔をライフリングに沿って螺旋状に配置し、孔自体は未来の脱出ロケットのごとく斜め後方に砲尾に向けて角度を付けて噴出するようにする。
これがマズルブレーキ構造の正解だったのである。
ただし、ただ螺旋状に孔を配置しただけではだめだったのだ。
アペニンは当初それをやって37%強という反動を抑制するマズルブレーキを開発したが、それだけでは意味がない事に後々に気づく。
これでは大戦中に作ったマルチポート式からさほど大きな進化をしていない。
まだ何か足りない要素がある。
実は皇国も独自に螺旋状のマズルブレーキには到達していたが、アペニンがここから思いつく方法については実物を確認しなければ理解できなかった。
様々な機構の研究の果てにアペニンが理解した到達点はこうだ。
マズルブレーキを砲の先端に配置すると、弾丸が通り抜けて砲身内部の圧力は急速に減退。
マズルブレーキより後方へ放出するジェット気流の効力も急速に減退する。
ジェット気流の効力を高めるためには蓋をする……
つまり圧力が減らないようにしたままの状態を維持しなければならない。
ならどうすればいいか。
答えは簡単である。
マズルブレーキを先端よりやや後方に装着すればいいのである。
こいつの長さは口径や火薬量そして弾速などによって変わるが、秒速860mクラスの120mm砲で約60cmといったところだ。
マズルブレーキから噴出したガスは弾丸が蓋になることで圧力を維持したまま後方に噴出。
これによってより反動を大きく相殺する事ができるようになるのだ。
元々戦車においては似たような構造としてフュームエキストラクターなどと呼ばれる減圧装置があった。
小さな穴を大量に開けて砲尾に向けてガスを噴出させることで戦闘室内に有毒なガスが流れ込まないようにするものだ。
だがこれは螺旋構造にはなってない。
上記次世代型マズルブレーキというのは、こうした一連の有毒ガスなどすべてを反動機構として利用せんとするものであり、従来の反動も一部抑制できうるとされたフュームエキストラクターと純粋なマズルブレーキの現時点における融合究極系である。
ただし、これをもってしても反動軽減率は43%程度。
完全な半減にはあともう一工夫必要だった。
それを見いだしたのがかつて皇国と呼ばれた地域の技術者であるである。
彼らは上記機構にもう一工夫施すことで51%という反動軽減を達成。
その仕組みは割と単純だった。
"不完全燃焼火薬が流れ込む専用の溝を作ってやればいい"――である。
本来なら発射効力50tある105mmライフル砲を皇国は26tしかない装輪式の装甲車に搭載しようとした。
履帯すら装備していない戦闘車両ゆえ、基本的に反動軽減は砲のみで達成せねばならない。
当初よりアペニンの技術を外観だけからリバースエンジニアリングしたものを用いる予定だったが、それだけでは足りない事に実証試験にて気づく。
そこで皇国は様々な試験とこれまでの研究データの成果を利用し、ライフリングの中に約30度毎に1つずつ、ライフリングの溝よりもやや底の浅い溝を掘る事にしたのだ。
その溝の幅はライフリングの溝3本分ほどもあり、これによって砲身内部のライフリング構造は非常に特徴的なものとなる。
この溝が重要だったのだ。
燃焼ガスはより深く掘られた溝に集中して移動する。
一方で浅く掘られた溝においては周囲の燃焼ガスによって阻まれて誘導されてきた不完全燃焼の粒子がまとまる。
この要因は火薬の燃焼速度は砲弾の移動速度より速く、気圧差の影響もあってより外へ向かおうとするので深いライフリングの溝を高速挺進するからだ。
しかも燃焼ガスはこの時、ライフリングの溝に沿って外に逃げようとするものと、砲身の円の中心点を砲弾めがけて突き進んだ果てに砲弾にぶつかる燃焼ガスの2つが存在し、砲弾にぶつかった燃焼ガスは弾丸を押し上げつつ後から続く燃焼ガスによって砲弾の壁に跳ね返されて砲身の内壁に押し付けられるよう一部が逆流するかのような動きを示す。
この動きによって燃焼ガスより素早く移動する事がなく、燃焼ガスの壁によって行き場を失った不完全燃焼の火薬の粒子は、自身の温度が低いがゆえに浅い溝によってライフリングの溝を高熱が流れる事によって高熱化したライフリングの凸部分よりもより温度の低い幅が広くやや浅い溝に自然と誘導され、その溝の中をすべるようにして砲身の先端へ向けて突き進む事になる。
後はこの広い部分の溝に沿って孔をあけてやれば従来以上に大量の燃焼ガスを砲尾に向かって放出して反動を軽減できるというわけだ。
当然にしてその運動エネルギーを全く削ぐことなく……だ。
孔の始点はあえて砲身の頭頂部などを避け、全ての燃焼ガスが放出された際に視界を遮りにくくするよう配慮する。
といっても皇国の機構においては発射ガスの35%を後方の反動抑制に使うため、発射時に砲に沿って巨大な炎のリングが形成され、通常のマズルブレーキよりは非常に視界を遮るものではあるので必要な処置かどうかは疑問が残るのだが……それでもないよりマシらしい。
当然発射ガスの35%も使うもんだから発射音が非常に独特なものとなる。
一般的な戦車の音が非常に乾いた破裂音なのに対しバキンと乾いた金属を叩いたような音が多く混じった不思議な発射音となる。
マズルブレーキがサイレンサーと同じような効果を発揮しているためだ。
発射音自体が従来より小さくなっている。
遠くから音だけ聞くと本来より口径が小さい砲と誤認するほどだ。
音だけでなく発射煙も砲身先端から出る量は当然にして少なくなる。
その分、マズルブレーキ周囲に巨大な炎のリングなどが形成されるため総合的に見ると発射炎はきわめて大きい。
敵は音ではなく光でこちらとの距離を見極めてくることが予想される。
こいつはどうしようもない。
目に見えて大きい炎が見られるが、それが反動を軽減している証なのだ。
以上の構造を再現する。
後座長60cmとした上で42.5tの車両に12cm砲を搭載し、一切の減装弾を使わず運用する。
俯角と迎角はそれぞれ-10/20度。
砲安定装置としてM4ごとレンドリースしてきた1軸式の砲安定装置も搭載する。
将来的に二軸式とするための余裕は十分あるほどデカいので、そちらも併せて検討する。
垂直側のみとはいえこれで行進間射撃も十二分に可能。
現状の重駆逐戦車にも搭載スペースがあるので搭載した上で行進間射撃訓練も実施。
戦場を縦横無尽に走りぬけながら高性能な砲による砲撃の嵐を浴びせてやりたい。
最終的には赤外線による測距装置についても2605年春頃までに搭載を検討したい。
まあ平均的な第一世代~第二世代MBTとそう変わらん性能には至ってくれるはず。
迎角は30度ぐらいにしてやりたいが後座長60cmのせいで基本設計の段階でどう調整しても不可能であることがわかっている。
残念ながら20度だ。
ここは妥協せざるを得ない。
それ以外においては概ね高性能にまとまっているはずさ。
ところで、俺はやり直す前の未来において基礎技術の技術関連書の中でフュームエキストラクターはほぼ不要であるとの記述を確認しており、実際に上記機構を再現するにあたってはフュームエキストラクターは排除する予定だ。
しかし、かつて皇国と呼ばれた地域の最新式戦闘車両にはフュームエキストラクターも引き続き採用されている。
この理由はわからない。
フュームエキストラクターが同型の105mm砲を装備する従来の戦闘車両より大幅に小型化されているのも、その仕事の殆どはマズルブレーキが担当するからだろうとは推測できる。
一説には普段は使わないという話もあるが、残念ながら俺は試作車両しか知らないのでどうなっているかわからない。
ただ、フュームエキストラクターが上側にしか設置されていないので砲身の跳ね上がりを抑制することも目的に砲の後方に配置したという話もある。
いかんせんやり直す前に正式採用するに至っていなかった最新車両だけにその情報は全てを手に入れられていない。
航空技術者の立場として流体力学が関与する分野だけにマズルブレーキの情報こそ手に入れたが、全ての情報は軍の機密だけに軍から距離を取らざるを得なくなった未来においては一連の情報について全てを把握する事は不可能だった。
ただ、俺が手に入れた技術情報の中では実質的に不要だとは聞いている。
各種断片的な情報でも副次的に搭載しているものとされているし、技術書から導き出された計算と辻褄が合う。
まあ試してみて必要なら付け足せばいい。
皇国式のマズルブレーキが作れるならばそう難しい構造ではない。
重要なのは上記構造の砲身を作る場合、現時点において海軍しか保有していない自緊砲身の技術を用いなければならないということだ。
あらかじめ拡大後の孔の大きさを計算した小さな孔を空けておき、自己緊縮法にて砲身を形成する。
自己緊縮法とは海軍が本来の未来の大和の主砲などに用いたもので、少々小さく作った砲を水圧などで内側から圧力をかけて拡張するもの。
こうすることで砲は常に形状を戻そうとするスプリングバックに近い応力を保つようになり、砲の発射などに対して膨張する力に抵抗力を持つ事になる。
より寿命が長く頑丈な砲になるという事である。
その考え方は弓に近い。
現状の陸軍においての野砲は遠心鋳造。
これは鋳造用の管を高速回転させ、その中に溶けた鉄を流し込むというもの。
遠心分離機と考え方は同じで、不純物は外側に向かい遠心力によって熱間圧延ほどではないが鋼の質が均一に近くなるため現時点ではそれなりに主流と言える製造法の1つ。
完成した砲は外側を磨いて不純物を取り除き、内側もライフリングなどを施しながら整えてやればそれなりの砲身が出来上がる。
ただし自己緊縮法より耐久性が劣る。
また軽量化にも寄与しない。
陸軍は全体的な設計面で合理的な構造として軽量化を達成していたが、もっと軽量化できる技術が近くにあったのである。
砲身は当然単肉砲身。
より高性能な砲身とするため、当然にして均質圧延鋼板を用いて鍛造する。
遠心式の鋳造では話にならない。
つまりはこの当時のヤクチアと同じ方式だな。
12cm砲の製造にあたっては海軍の全面的な協力を得ると上層部に伝えたのもそのためだ。
12cm砲をより高性能かつ戦車砲として信頼性の足るものとして設計を一部見直す。
特に砲身部分の構造は大幅に手が加わる。
均質圧延鋼板と熱間鍛造を全面的に採用する事などにより本来の12cm高射砲より軽量化される見込みだ。
これらと元クルップの技師と設計した装甲を合わせて42.5tとする。
装甲は砲塔周辺の正面が280mm相当。
外板を80mmとして30mm~60mm鋼板を積層する。
それ以外も30mm~35mm鋼板を積層して150mm相当とする。
これらを複合し42.5tというと、ヤクチアの第二世代相当MBTとほぼほぼ同重量だが、それらより若干軽量なのはタービンエレクトリックの影響。
現時点における妥協点など迎角ぐらいだ。
「――以上だ。何か反論は?」
上記の情報を要約するような形で未来情報などは伏せたまま伝えたが、士官はうろたえた様子を見せながら黙り込んでいる。
「反論が無いならば申し訳ないがお引取り願おう。技術本部へ戻って今伝えた情報をそのまま伝えるように」
「……技官。最後に1つだけ伺おう。そのような構造の砲身の交換は容易なのか?」
「60度捻ればスポンと外せるように設計する予定だ。海軍がすでにその技術を確立している。この戦車において砲は全面的に海軍の技術を頼るが、そうでなければ陸軍の要求性能を達成する事はできない。要求性能を完全に満たすことで我々は第三帝国の重戦車に初めて真っ向から勝負できるというわけですよ」
「わかった……そのまま今日聞いたことを上の者に伝えよう。貴官の努力に今後も期待する。それでは!」
去り際の士官の表情は事務的だった。
気に入らないな。
今後もこうやってちょっかいを出されるようでは先行きに不安を感じる。
俺がやるべき事は戦車だけではない。
戦車はむしろメインではないぐらいだ。
ある程度進んだら戦車は元クルップの者達に任せる予定。
それだけの技術的理解が彼らにはある。
元々第三帝国もマズルブレーキに関してはかなり進んだ理解を得ていた。
ゆえに技研にいる技術者も俺の理論についてはすぐさま理解できた。
航空力学における各種理解をそのまま砲塔の反動機構に利用する。
流体力学の恐ろしさはここにある。
高度に発展した技術は魔法の領域とはいうが、別に魔法ではない。
流体という存在を見つめなおせば反動を半減させるぐらい可能なのさ。