第118話:航空技術者は第一世代MBT以上の存在を生み出そうとする(前編)
長いので分けます
「これが新技術で形成された鋼板ですか?」
「ええ。すでに酸化皮膜は除去済みです。こちらはその技術を用いて熱間鍛造形成した鉄輪になります」
鈍く、ザラザラとしていてまるで光沢がない鋼の板と車輪。
これぞまさしく熱間圧延された鋼板によって形成された特徴そのままであった。
皇暦2601年2月15日。
技術把握のために八幡より呼び寄せた技術員と彼らが昨年から導入を画策し本年にて製品化を開始しはじめた熱間圧延、別名均質圧延鋼板とそれをプレス形成した鉄輪が技研に運び込まれたが……
持ち込まれた素材の質は予想以上。
本来の未来においてかつてNUPのとある軍事専門家が言っていた。
"もし仮にNUPのAGFがまともな組織で、早い段階から熱間圧延によって形成された鋼板を用い、得意の溶接技術を駆使してかつ第三帝国ないしヤクチアの楔形装甲を手に入れて戦車を作っていたならば、第二世代に匹敵するMBTを戦中に送り出す事ができたのではないか。"
"AGFによる戦車兵を蔑ろにする行為により多くの命を戦場にて無駄に消耗し、大量の屍の上に勝利を手にする必要などこれっぽっちもなかったのではないか。"
それと同じことを王立国家や、もしや皇国が出来たらどうなっていたのか……
戦車史を塗り替える技術2つを手に入れた皇国は、今まさにこの専門家が夢描いたものを実現化できる立場にある。
エンジニアの責任は重い。
あとは俺を含めた皇国のエンジニア次第ということになった。
妥協はしない。
全てを注ぎ込む。
「軽い……これで同じ強度なのですか?」
「射爆場にて試してみましたが、引っ張り強度等、強度試験にて出した数値通りの結果を実戦を想定した実証試験においても得ることができました。今回ご用意させていただいた防御鋼板はあえて一部を折り曲げ加工することでさらに外部からの衝撃に強くなっているようです。
NUPで公開されていた基礎技術を再現しようと試みたものですが、やり方自体はそう難しいものではありませんでした」
「ほう……いやはや……褒めるための適当な言葉がみつかりませんな」
「元クルップの方にそうおっしゃっていただけるとは大変光栄です」
新たに技研のメンバーとして迎えられたクルップの元技師達は試験製造され、従来の表面加工された鋼板の2/3の厚さとなった防御鋼板に驚きを隠せないでいる。
ザラついた表面をなでながら時折持ち上げたりなどしてその状態を確かめていた。
これが均質圧延装甲の恐ろしさ。
ただプレスするのではなく、あえて一部を折り曲げ加工をすることで各部の強度を上げる。
ステンレス鋼板でいうビードと同じ考え方である。
装甲板でも端など一部を曲げてやるだけで外部からの衝撃に対して今まで以上に強くなる。
こいつを積層させて中空楔形装甲を作る。
これだけでも従来より大幅な軽量化が可能だ。
元々中空楔形装甲自体が表面硬化装甲の代替として軽量化も視野に入れて作られたもの。
双方が合わさると異次元の領域に踏み出す。
異次元とはすなわち、主力戦車という領域。
ティーガーⅡでも到達できなかった領域である。
アレは重戦車であり、主力戦車ではない。
俺達がこれから作るのはもはや重戦車などではない。
そのためには……
「……この鉄輪は削りだし加工などできますか?」
「可能ですよ信濃技官。どうされるんです?」
「いえね、シェレンコフ大将に今情報収集を頼んでいるのですが、どうもヤクチアにも熱間プレスを用いた成型技術はあるようなんです。あっちの冶金技術も相当なものですからね。
T-34などにも用いられているようなんです。
それで新型戦車用に転輪を熱間プレス成型したものを採用しようと試行錯誤中らしく、星型にプレスされた従来の2/3程度の重量の転輪があるとかないとか……」
「新型戦車に採用したいということですか」
「早い話がギア類など含めて1kg単位で軽量化したいわけです。
陸軍上層部は期待を込めて新型戦車の重量は50t未満、可能な限り45t未満を目指すこととしています。私の簡単な概算では転輪の軽量化などが達成できれば44t未満に出来ると考えています。
熱間プレスされた削りだし加工によって肉抜きされたものを改めて用意できますか?」
「計算書を出していただければ、試作品程度なら2月以内に」
さすがは八幡。
伊達に長崎で海軍から絶大な信頼を得つつ仕事をしているだけはある。
ならば決まりだ。
現時点でT-34用のスターフィッシュ型転輪は完成していない。
だがIS-2などから始まるプレス式の肉抜き削りだし加工の施された転輪は、後々に諸外国も採用するぐらいバネ下重量が軽くなるもの。
妥協はしない以上、シェレンコフ大将を通して成型技術などを盗んできてもらう。
スターフィッシュ形状になるかどうかはわからんが、同じスポークホイールを採用だ。
今回の戦車の主軸となるのは軽量化だ。
本開発案件において上層部は今回も主任設計者として俺を選んだ。
その上で徹底した軽量化と機動力を望んだ。
理由は陸軍技術本部と騎兵学校、そして関東軍を中心とした華僑で経験を積んだ部隊並びにその将校達で三者三様の戦車を求めていたからだ。
現時点で俺は三者からそれぞれ最低条件を課せられている。
矛盾した3つの最低条件……これを確実に達成するためには軽さも必要だった。
それぞれの立場はこうだ。
まず西条ら元関東軍の者たちは、事変による戦場にてチハを含めた皇国国産戦車が対戦車用の野砲や果ては機関銃に容易に貫通される装甲に相当苦しまされた。
特に西条本人は戦場にて貫通した銃弾が眼前を通り過ぎるような想像しただけで身震いするような体験をしている。
そんな彼らが求めたのは当然に重戦車。
たとえ重量が100tだろうが150tだろうが、無敵の装甲でもって敵陣地を突破できるような最高の陸戦兵器を求めていた。
だがそれは彼らがそういった戦車を望んだ時点の皇国……いや、世界のどこを探しても実現不可能な代物。
彼らが望んだ10年後に、西条らの掲げた目標性能を達成した戦車は確かに出てきてはいたが、機動力を削ぎすぎた影響で運用に大きな支障をきたしており、実用的とは言えない代物。
当然、軍部内においてこのような考えを持つのは関東軍を中心とした一部のみで、賛同者は少ない。
一方の技術本部。
従来まで戦車開発の主導権を握っていた技術本部は、共和国とさほど変わらぬ戦車運用を考えていた。
歩兵用の支援兵器としての戦車。
対戦車戦よりも敵歩兵部隊を屠る事に特化した戦闘装甲車。
このようなもので十分だと考えていたのだ。
むしろ必要なのは数であり、そういう意味では彼らの求めたモノというのは本来の未来にて敵側にいたM4シャーマンそのものと言っていい。
しかも、あいつほど装甲も攻撃力も求めてなかった。
そんな彼らが求めたのは生産性と速度、そして重量。
大重量かつ生産性の低いものは認めないと言い切っている。
といっても本来の未来と変わり、皇国の主要国道は舗装されていたりするので、三者の中では各種条件は比較的ゆるいほうだ。
どっちかといえば装填速度など細かい部分での条件が多いが、俺はこういうのは無視することに決めている。
彼らは対戦車戦を視野に入れていない以上、攻撃力関係の話について耳を傾けるべきではない。
そこは上層部も暗に認めている状況下にある。
一方で、耳を傾けねばどうしようもないのが騎兵学校だ。
騎兵学校……そのうち戦車学校と呼ばれるこの組織は、技術本部の求める戦車像に懐疑的で、とても現実的な目線で戦車というものを見ていた。
本来の未来においてはいくつかの戦車開発を技術本部を無視して主導したりしたぐらいだ。
現在は開発中の重駆逐戦車の性能がそこそこに優秀な影響からそのような独断専行はしていないものの、新型戦車については結構な条件をつきつけていた。
中でも二点は絶対とした。
1つが鉄道輸送。
貧弱な皇国の道路網での輸送は時間も労力もかかるため、鉄道輸送は絶対であるとのことだ。
まあ重駆逐戦車の時点でそれを達成していたのだから、今一度新型戦車でも求めるのは当然であろう。
これだけでも重量や車格が大きく制限される。
重量は40t以上だと厳しいし、車体長は7m半程度、全幅は3.2m程度で収めねばならない。
彼らはそれが最も重量その他に制約を課すにあたって有効であると理解しているのだ。
その上で最高時速45km未満の戦車も厳禁とすると主張してきた。
各国の戦闘車両を見ると連携を考える上でもこれより遅いと支障がでるし、そもそも敵に追いつけなくなるからという考えを基にしている。
歩兵部隊との連携を考えれば40km以上あれば十分だが、T-34など高機動な敵を相手に後手を踏む戦車はいらないと言い切っている。
彼らが望んでいるのは恐らく第三帝国のⅤ号戦車ことパンターや、王立国家のクロムウェルなどであろう。
装甲と攻撃力と機動力のバランスを整えた戦車。
それを40t程度で達成しろというのだ。
だが俺はその先を見ている。
パンターやクロムウェルは通過点。
特に敵であるパンターを産んだ国には、もっと恐ろしい攻撃力と防御力を誇る化け物がいる。
パンターと同程度では彼らと戦えない。
そもそもその程度なら重駆逐戦車と大差ない。
それに、そんな戦車は西条達が認めない。
ゆえに……作り上げるならば、これしかない。
最上の装甲と、より高位の攻撃力を持ち、その上でパンターなどの巡航戦車とも言えなくも無い連中に肩を並べる機動性……
すなわち戦後に確固とした基盤が築かれることとなる次の世代の戦車である。
そのためには……ありとあらゆる部分で軽量化を施し、軽量化した分を装甲等に回すしかない。
一応、陸軍上層部からは各組織の要望と達成すべき項目纏めあげた、このようなお触書としたものをいただいている。
"既存の全ての戦車を凌駕する性能を実現化するために製造コストはある程度度外視とする"
"これよりしばらくの間登場する戦車に対し1:1で同等以上に戦えるような性能を保たせる事"
陸軍の覚悟が読み取れる内容だが、俺が陸軍に対して提出した起案書もある意味ぶっとんでいた。
全幅3.21m
車体長7.55m
車重44t未満
回転砲塔を装備し、平地最大速度約50km程度を達成し、傾斜角30度で180mm程度の装甲を500m以内で確実に突破可能な100mm超級の大口径主砲を装備。
装甲は最大防御部分にて280mm相当とする。
最大防御部分とは主に砲塔周囲を指す。
この理由は簡単。
対マウスをも想定しているからだ。
計算上600m以上なら奴の攻撃は通らない。
逆を言えば600mの距離で奴の装甲を貫通できる主砲なら勝てるという事になる。
名実共に皇国の主力となる重戦車だ。
これは紛れも無い第一世代MBTだ。
俺はそれを戦中に投入しようと、そういうわけだ。
そのためにはもっとも重要な構造部材などを作る上での、現時点での皇国企業の能力を把握せねばならない。
熱間圧延と熱間プレス機器を唯一国内で持つのは八幡。
クルップの技術者を技研に招集したその日には八幡に試作品の製造を依頼していたわけだが、その出来は予想以上。
この領域は皇国の得意分野であることを改めて思い知らされる。
思えば皇国はこのジャンルにおいてたった2年で諸外国の10年分以上の遅れを取り戻した。
基礎技術を知っただけで自動車関係では世界に対して猛追した。
戦後のモノコック構造の自動車にも熱間圧延と熱間プレスは用いられていた。
ようは東側を代表する自動車製造王国になれた原動力を今見せ付けられているのか……
やはり2600年以上続く皇国の歴史において熱間鍛造はプレス機器を用いたものではないが、刀や釘を作る上で必要だったりするわけで、そのミームは受け継がれているわけだな。
まさに過去の刀工などが歩んだ道の先がここにある。
各部においての大幅な軽量化が達成できるのは間違いない。
俺が提示した起案書はほぼほぼ達成できると今確信した。
装甲部材はユニット式熱間プレス成型均質圧延中空楔形装甲とする。
めちゃくちゃに長ったらしい名前だが、鋼の性質と中空楔形装甲の仕組みが把握できた以上、未来情報を用いた構造計算によってかなり先進的な構造に出来るはずだ。
クルップの技術者に対して計算書を見せてより合理的な形状を模索していこう。
さあ、いよいよ皇国の誇れる戦車開発のはじまりだ。
すでにある程度の設計は頭の中に出来上がっている。
全体の内容はこうなろう。
内部空間は今後の拡張性も鑑み、大きく余裕をとる。
近代改修が出来るようにしたほうがいい。
サスペンションは引き続きホルストマン式。
転輪側を軽量化してバネ下重量を軽減する。
主機関については俺はマーリンの使用を陸軍に推奨していたが、陸軍は従来方式を踏襲しろと言いつけてきた。
きちんとした理由もあってのことなので引き続き採用する。
理由は複数ある。
1つ。
マーリンを利用した場合に必要なクラッチとプロペラシャフトなどは皇国では自作できず、かといって製造できる国においては他の軍需関係の製造で持ちきりでこちらの分を負担できるほどの余裕がない。
唯一の例外は予め受注できていたホルストマン方式のサスペンションだけ。
例えばNUPはM4戦車などにかかりきりだし、王立国家も王立国家でクルセイダーなどを製造中。
アペニンにはそもそも他国に割り振れるほどのキャパシティがない。
当然ながら皇国において自作が出来ないというのは大きな懸案事項であるのは言うまでもなく、これだけでも従来方式を引き続き採用したくなる。
だがそれだけではなかった。
2つ。
マーリンの燃費が悪すぎる。
戦車に必要なトルクを確保した上でマーリンを用いようとすると、ガソリン機関ゆえに燃料効率は最悪。
思えばセンチュリオンも航続距離は100km未満である。
陸軍としては200km以上を所望しているがマーリンでは間違いなく達成できない。
かといって代替できる軽くてスペースを食わないエンジンなど他に存在せず、現状ではタービンエレクトニックが最適であるとのことだった。
3つ目の理由としては、Cs-1を含めてすでに製造ラインが出来上がっており、さらにCs-1は大量生産の目処がついていること。
陸軍としては2603年中での実戦投入を達成することを目標としており、そのためにはヘタなエンジンを搭載して遅れを取るというのは避けたかったのだ。
俺としても2603年投入という部分は譲れない。
戦車史の未来を考えると、この年が戦中の技術的転換点であり分岐点であり分水嶺と言えるからだ。
航続距離に関してはマーリンよりもCs-1の方が稼ぎやすい。
なぜならタービン機関というのは同じ全力運転であればディーゼルと同じ程度の燃費であり、意外にもガソリン機関の方が燃費効率は悪いのである。
タービン機関の燃費の悪さはタービンを常に高出力で駆動させ続けねばならない事や、低出力で燃費が著しく悪化することなどに起因し、得手とする出力の維持で良いならばガソリン機関を上回るのだ。
だから電源車などは積極的にタービン発電を採用しているわけなのである。
そこで今回は車体長を長くしてより多くの燃料を積載することで220km~230kmの移動が可能なようにする。
7.55mは皇国において陸送する上で限界の長さ。
車幅3.12mに全長7.55mの場合、これ以上となると道路上で支障が出始め、何よりも鉄道輸送する上で輸送不可能な長さとなってしまう。
鉄道輸送の限界が7.55mであり、道路上においては自走よりもトレーラー輸送を考慮した場合の最大許容車体長が皇国では7.55mなのだ。
センチュリオンも車体長は7.55mだが、これは当初計画されたセンチュリオンと現在皇国が実現させようとしている主力戦車が同一の存在であるからだ。
以前同盟国となった際に王立国家の道路や鉄道規格を積極的に導入した皇国と、その本国においての車両に対する長さや幅の許容限界は当然にして同じ。
つまり今皇国が生み出そうとするのは本来生まれて欲しかった理想のセンチュリオンと言い換える事ができなくもない。
あっちも計画当初の車体重量は40t程度だったし、車体幅や車体長はほぼ同じだった。
最終的に達成できなかったけどな。
しかし皇国ではそこは無視できない要素なのだ。
本来の未来以上に舗装路が大幅に増えたとはいえ、王立国家ほど道路状況はよろしくない皇国。
陸軍上層部からは鉄道輸送の要素は捨て去らない事を絶対とされているが、40tをオーバーした分はユニット式の装甲を取り外したりすることで40t未満にして輸送可能なように調節する。
駆逐戦車の頃はフル装備状態での輸送を指示されたが残念ながら今回は達成不可能だ。
だが輸送自体は出来るようにすることで上層部の理解を得ることができた。
しかしながら軽量化のためには燃料だってそう多く積載したくはない。
より燃費を向上させるために燃焼室などの改良も検討中である。
加えて航続距離を伸ばすため、従来では戦車内の他の装置の駆動にも割いていた電力を補助動力装置オンリーで駆動するよう調節。
この補助動力装置は通常は専用の燃料タンクを使うが、緊急時は本体の燃料タンクからの供給を受けての駆動も出来るように設計。
これは特戦隊が運用を繰り返した結果、訓練用の先行試作された試験車両から得られたフィードバックに基づくもので……
砲塔を回転させたりなどすると最高速度が低下したりするため、これらが及ばぬよう訓練中も常時補助動力を稼動させるようになったためである。
緊急時や燃費向上を意図して導入したシステムだったが、常時稼動させた方がエンジンにかかる負荷も下がり結果的に燃料効率が向上したのだ。
思わぬ設計ミスである。
少々PCCシステムを信頼しすぎたかもしれない。
常に運用する側の方がこういう小さいが見過ごせない弱点は見つけてくれるものだ。
このような事が試験運用にてそれなりに見つかった結果、現在量産が開始され来年末までに250両が製造される予定の重駆逐戦車に関しては250両で量産を打ち切る一方、一連のフィードバックを反映した改良を随時施していくことになった。
駆逐戦車はティーガーⅠへの対応車両として十分な性能だが、今後を考えると弱点が多いので最低限2603年までを乗り切れる量だけを製造して西部戦線に投入し、現地で改良を重ねながら1年ほど最前線で耐えてもらう。
250両で打ち切るのもリソースを全てこちらに回さんがためである。
フィードバックされたのはこれだけではなく、外部電源供給によって稼動可能なようにするための電気配線を接続するための仕組みも導入することにした。
これは一部の部隊がエンジンを故障させてしまった際に緊急時に現場にいたエンジニアが急造にて改造を施したもので、鉄道会社から主制御機器と接続するケーブルを持ち込み、投光機のために用いる電源車を用意してその電源施設からの電力供給を受けて戦車を自力移動させた教訓からである。
仕組み上、エンジンと制御機器はほぼ独立しているこの戦車においては、外部から電源供給を受ければ動かす事自体は理論上可能であった。
特戦隊によほど優秀な電気技師がいたのであろう。
よく改造したなといわざるを得ない。
最高速度が出せたわけではないそうだが、移動するに十分な電力の供給を投光機用の電源設備と接続して得たことで故障車は息を吹き返し、その報告を受けた上層部はこの冗長性の高さに注目した。
今後増加するであろう市街地において電源供給は容易。
燃料が無いなら電気を引いてくればいいじゃないという考えはあながち不正解とは言えない。
投光機やレーダー機器などのための電源車は常に各地に配備されている。
ようはそこから電気を得られるようにすればいいのである。
例えば第三帝国内には路面電車やトロリーバスのための架線が市街地中に張り巡らされている。
これはある意味で一定の範囲内においては航続可能距離を無視した無限駆動が出来る可能性を孕んでいる事になる。
そう考えると余計に現時点では非力なディーゼル機関や燃費がタービンエレクトリックを下回るガソリン機関の採用は難しくなってしまうのは間違いなかった。
車両の評価試験を担当した陸軍技術本部においては後退速度が前進と等速であり、前進と後退の素早い切り替えが可能であること、そしてギアチェンジという要素がなく加減速に大変優れる事も評価対象の1つとなっていたが……
後退速度についてはこれより20年ほど経過しないと等速に近しい数字は出ない上に、現状ではまともな後退速度を持つ戦車が皇国のものを除けば第三帝国にあるたった1両の試作車のみであることを考えると陸軍技術本部が高い評価を下すのも致し方ないか……
そのため、引き続きタービンエレクトリックを採用することになったわけだが、無論一連の機構になにも手を加えないわけではない。
モーターは京芝がG.Iの提供する技術により開発に成功した最新鋭のものに変更。
従来の3/4のサイズでありながら出力効率は従来のものと同等以上となったものが搭載される。
京芝は本来の未来においても2600年に画期的かつ超高出力な圧延用のモーターの開発に成功していたが、この圧延用モーターは熱間圧延用のローラーを回すための八幡の求めに応じて開発したもの。
戦中まるで役に立たなかった存在のために生まれたモーターの兄弟となる存在は、今回は圧延で生まれた鋼板を利用した戦車での仕事を任される事になるのだ。