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第117話:航空技術者は中空楔形装甲という存在に驚く

「なっ、なんだこりゃあ……」


 皇暦2601年2月上旬のある日のこと。


 その日は午後にとある客人を出迎えて新たな兵器開発に乗り出す検討会議を行う予定を組んでいた所、朝から実証実験を行っている部門の者たちに呼び出されて普段より発動機の試験が行われている区画へと向かう。


 足早にて向かったその先に広がっている光景……まるでそれは墜落事故の現場のようである。


 床に飛び散った大量の金属片。

 鼻をつつくオイルの匂い。


 燃え残ったガソリンがメラメラと音を立てることなく床に炎の絨毯を広げていた。

 付近では消火器を用いての懸命な消火活動が続けられている。


 見る限り、残念な失敗という感じではなさそうだ。

 消火活動に従事する技研の若手は興奮を隠せないでいる。


 こちらが様子を伺っているとそのうちの一人が近づいてきた。


「申し訳ありません信濃中佐。ブースト圧を上げすぎました」

「怪我は無かったのか?」

「ええ。こういう実証試験ですので安全の確保できている場所より発動機の様子を眺めておりました」


 確かに全身真っ黒であるが、それらは酷い油汚れなだけで特段火傷を負っている様子はなかった。


「それで……その……予想以上の吸気圧力に発動機が耐えられなかったようで……」

「長島の技師にシリンダーブロックの構造耐久性においてこれまで以上に安全マージンを大きく取るよう言っておいてくれ。こんなのでは話にならないと」

「了解です」

「熱問題は突破したんだな?」

「熱ダレがなかったからこそのブーストアップです」

「そうか……ならいい。すぐに新しい発動機を調達して試験再開しよう」

「その前に見ていただきたいものが」

「ん?」


 ゴソゴソと尻のポケットから取り出したのは皇国のものではない設計図である。

 おそらく本来ならその男が持つべきものではないはずだが、俺には見覚えのあるものだった。


「……B-24の発動機の詳細設計図か。どこでこれを?」

「G.Iの技術者達です。彼らは冷却方法において新型のB-24に採用された最新のラジエーターを採用することでさらなる軽量化と省スペース化を達成できると主張しております」


 彼が今手に持っているのは、本年より量産が開始され、すでに先行量産機が1月前に王立国家に引き渡されたばかりの最新鋭爆撃機B-24のエンジン部分に相当する図面である。


 B-24もまた排気タービンを装備した機体であるのは有名で、動力部の構成がB-17とはまた異なるものとなっている。


 実はB-24は一部の機構に水冷方式を用いているのだ。


 排気タービンにて吸気した空気をインタークーラーにあてがうというのはB-17などと同じ。


 しかしB-24は水冷式のラジエーターなのである。

 割と未来的な仕組みを導入しているのだ。


 従来までのNUPはB-17のように一連の機構のために広いスペースをエンジン内部などに確保し、インタークーラーは外気との熱交換を利用したものだった。


 つまり純粋な空冷であり、インタークーラーは吸気とはまた異なる冷却専用のダクトを作ったうえで、外部から風流を流し込んでインタークーラーまで向かわせることで排気タービンを通って熱量が上がった空気を冷まそうとしていた。


 この試みはきちんと効果を発揮していたし、長く外に一部が露出する吸気ダクトなどと相まって適切な温度がキャブレターまで向かう構造だった。


 しかしB-24では軽量化などが求められた結果、エンジン部分はより省スペースが求められるようになる。


 それだとそのままではインタークーラーを配置しても冷める前にシリンダー内まで流れ込むようになってしまう。


 そこでB-24においては水冷式ラジエーターを装備し、キャブレターに到達する前の段階の風流が省スペースで冷えるように調節されていた。


 水冷式のラジエーターは空冷型より大幅な小型化が可能という利点を最大限に利用しようとしたのである。


 それだけではなく、あのやぼったいカウル形状でもってエンジン左右から空気を取り込んで内部に浸透するように調節していた。


 構造上水冷式ラジエーターは星型エンジンを直接冷却するものとはなっていない。

 あくまで冷やすのは吸気側の大気だけ。


 後の世の一部のターボ装着型自動車と変わらぬ構造である。


 また上記カウル形状でもって各所に設けられた血管のごとく張り巡らされた細く迷路のようなダクトによって排気タービンその他を冷やす機構もあるが、こちらとも関与せずに独立している。


 つまり大半が空冷であり、水冷式の機構は極一部に留まるということ。


 この時代、一部の国以外で水冷式ラジエーターほど信用ならないものはなく、王立国家やアペニンや第三帝国でもなければ積極的に用いるようなものではないからだ。


 そこはNUPも同じ。


 ただ、排気タービンを含めてエンジンと呼称するならB-24は空水冷と言える。

 狭義の意味では空冷だと思うが広義の意味では空水冷……そんなところだろうか。


 ともかく純粋な空冷ではないわけだ。


 どうやら若い技研の職員が手に持つB-24とは別の設計図を見る限り、G.IはB-24にて成功を収める予定のシステムを新型機に採用したいようだった。


 現段階での構造をG.Iは気に入らなかったのだろう。


 一応、現状のキ63は高すぎるブースト圧を利用して一部の大気を排気側にバイパスさせることで熱量を下げる仕組みを検討中で……


 今目の前にあるスクラップも、実証実験用に本番のシステムと同じ圧力を加えられる仮設のコンプレッサータービンとダクトを組み合わせて同じように排気側をバイパスさせつつ、大型のタービン機関を用いて実際に飛んでいるのと同じような風流を全体に当てて実証試験を行っていたのだが、熱量自体には問題なかった様子だ。


 元々遠心式と比較して軸流式は圧力を加えても熱量が上がりにくい。


 それだけでなく従来の排気タービンと比較し、シャフト軸こそ共通だが吸気と排気側、互いのタービン同士には距離を離すようにし、その部分に対して外気が流入するような構造となっている。


 また空冷方式ながらインタークーラーも装備しており、キ63は俺が未来の流体力学を活用してB-24よりもエアフローには気を使っている。


 例えば強制空冷ファンから送り込まれた大気の一部はB-24と同じく血管のごとく張り巡らされたダクトに流れ込んで各部の機構を冷却しようと試みようとしている。


 それこそツインブロワー式のスーパーチャージャーにすら外気を吹き付けて冷却を試みようとするぐらいである。


 その結果、現時点においても吸気・排気側の熱量増加を極限にまで押さえ込むようにできている。


 各部から取り入れた外気を一切無駄にしないようにしているからだ。

 空冷式ではあるが、がんばってはいる。


 おそらくG.Iはそれをわかってはいても、省スペース化と軽量化が達成できるのだから、それをダシに自社が供給する部品を増やそうとそのような提案を行ったのだろう。


 しかしインタークーラーは……


「君は我が国においてまともに動くラジエーターと、そのラジエーターを支えるシーリング材が調達できると思うか?」

「あっちで全部調達するらしいですよ。現用のように長い排気管の一部を外に露出するような、ヤクチアの新型高高度戦闘機のような方法より高効率だと……排気管自体は短くすべきではないか……だそうで。……比較試験を行ってもよろしいですか?」

「試験までなら。採用するかどうかはこちらに決定権がないからなんとも。G.Iが作れたとしても前線の整備要員が手こずる可能性がある」

「わかりました」

「それと、G.Iの連中に本気で水冷式を導入するというなら、最も効率を高めるならインマニ側にも水冷式インタークーラーを採用すると言っておいてほしい」

「い、インマニ側に?」

「スーパーチャージャーで圧縮された外気を冷やして外気温+40度程度にまで押さえ込めばエンジン出力はさらに上がる。省スペース分を活用するならその方がいい。この国においてまともなインタークーラーが作れるならそうしようと思っていた。当然、その分シリンダー内に運び込まれる大気の量は今よりさらに濃密になる」


 俺が説明しているのは割と未来の自動車にも採用される水冷式の模範解答だ。


 従来までの水冷式インタークーラーは小型高効率化が達成できると考えられていたのだが、水冷式インタークーラーには思わぬ弱点があった。


 それは"吸気温度の下限がラジエーター水温に依存する"ということである。


 つまりインタークーラーの冷却水が60度なら60度未満に温度が下がる事はないということ。


 この解決のために自動車メーカーは奔走し、エンジニアは日々知恵を張り巡らせることになるが、2640年代の頃においてはラジエーターを冷やすサブラジエーターを作るだとか、ラジエーターを巨大化させて冷却水を増やすだとか、重量効率はよろしくとも大規模なスペースを必要とする小型化が難しいお粗末なものとなっていた。


 しかし技術屋はいつだって答えを見つけるもの。


 省スペースを達成した上で水冷式の小型・軽量化の利点を最大限に発揮させる方法ぐらい見つけることができる。


 その答えこそ、インマニ側にもう1つインタークーラーを追加することである。

 燃焼室に極めて近いインマニにおいては、熱伝導によって熱量が大幅に増加するのである。


 ここに水冷式インタークーラーを装備して二重のインタークーラーとすることで、燃焼室に入り込む外気というのは最大で外気温+25度に収めることができる。


 これぞ未来の低燃費エンジンの秘密の1つであり、もっと早く気づけなかったのだろうかと言いたくなるような、意外ながらにもその発想は無かったの典型例な機構である。


 ラジエーターを冷やすためのサブラジエーターを用意するのではなく、再び温度が急上昇する部位にサブラジエーターを仕込むことで、吸気温度を極限にまで下げる。


 今より70年後に技術者が到達する領域。

 そこにあえて踏み込む。


 ハ44の場合、航空機エンジンがため熱量増加はスーパーチャージャーの影響で外気温+40度ぐらいになるだろうが、それでも大幅に冷えた空気は密度が高く、それらがシリンダー内部にて爆発するのを今か今かと待つことになるわけだ。


「そんなパワー押さえ込めるんですか!?」

「押さえ込んでもらわねば困るということだよ」

「は……はあ……承知しました」


 こちらの意図を理解した若手の技研の技師は、頭をかきながら再び後片付けへと戻る。

 インマニ側を冷やす構造は現在の技術でも作れる。


 加工作業はより複雑となるがG.Iのマンパワーを活用すればどうにかなる。


 とにかくパワーだ。

 モアパワー、パワーが必要。


 必要はいいんだが……それにしても改めて周囲をみるに酷い状況だな。

 これから客人が来るというのに俺も後片付けを手伝わねばならなそうだ。


 きっと若手の連中がどこまでエンジンが耐えられるのか技術者としての好奇心をくすぐられ、ブースト圧を極限にまで上げてエンジンを吹き飛ばしたのだろう。


 シリンダーをピストンが貫通している様子からかなりのブーストをかけたことがわかる。


 各シリンダーの一部はクラックどころか大破。

 全てのシリンダーにクラックが入っている。


 大破したシリンダーケースから見るにクランクシャフトまで折損。

 あいつら圧縮比をそのままにブーストかけやがったな。


 そんなもん保って数秒の世界だろうに。


 普段様々な実証試験を行ってエンジンを壊さないように長時間最大出力で稼動し続けられるエンジン制御に長けた者達がどうしたらこうなる。


 そんなにブーストをかけたくなる仕様になっていたか?


 まったく……貴重なエンジンを……


 ◇


 午後。

 上層部の取り計らいによって技研に招待された客人が現れた。


 彼らは皇国人ではない。


 その髭はどこか見たことがある特徴的なもので、姿格好からして即座にユダヤ人と判断できる容姿をしている。


 なぜこの場所にユダヤ人が現れたか。

 それは少し時を遡る。


 連合王国への上陸作戦を敢行する際、俺は特戦隊の者たちと触れ合う機会があっただけでなく、ある存在を生まれて初めてこの目にした。


 それがT-34。

 鹵獲されたT-34は地中海協定連合軍が活用している状況下にある現在、皇国陸軍も例外ではない。


 そのT-34の驚くべき秘密を俺は王立国家にて発見してしまう。

 T-34はなんと回転砲塔でありながらバスケット構造ではなかった。


 回転砲塔にはバスケット構造が必須。

 その認識は完全に誤りで、俺が戦車に無知なだけであったことに気づかされたのである。


 ヤクチアの戦車は大戦期、少なくない種類においてバスケット構造を有していない回転砲塔をもつ戦車が存在したのだ。


 つまり現在開発が順調に進んでいる重駆逐戦車は、やろうと思えば回転砲塔は搭載可能だったのかもしれないことが判明したのである。


 以降。俺は何とか回転砲塔を搭載できないかと考え始めるに至り……今日の日を迎えている。


 とはいえやはり門外漢ゆえに構造設計が上手く行かず、40t未満での運用が可能な回転砲塔を持つ重戦車を作ることは現状知る俺の中での技術を活用してでは不可能という結論しか導き出せず、それを突破する糸口が見つかるまで模索を続けようとしていた。


 ただしその件については重駆逐戦車を無理してでも重戦車に設計変更せよと命じられかねないので上層部には報告していなかったのだ。


 しかし上層部も上層部で王立国家などから技師を呼びつけては設計についての問題点などを洗い出そうと努めており、技師達の意見を伺ったことで現状の駆逐戦車が決して傑作戦車でないことを理解。


 加えて運用部隊からの要求もあって俺と同じく突破口を探ろうと足掻いていた。


 そこに現れたのがユダヤ人技師達であったのだ。


 3月前。

 マクデブルグより死に物狂いで逃げ延びた技師達は敦賀に到着。


 彼らはクルップ社にて労働者として奴隷同然の扱いを受けていた者たち。

 命の危機を感じて逃げ出した者達は、この道10年以上の生粋の戦車と砲塔のスペシャリスト。


 その彼らが皇国にもたらしたのは未来を切り開く新鋭装甲だった。

 俗に言う中空楔形装甲である。


 本来の未来においても、この時期に第三帝国のクニープカンプ博士がすでに開発に成功していたもので、第三帝国の最新鋭戦車に少しずつ採用されていき、レオパルド2などには大々的に採用されていく未来の主力戦車が搭載する次世代の戦車用装甲であり……


 戦中戦車においてはティーガーⅡなどが大きく取り入れたといわれる。


 いったいどういうものなのか……それは見てみないとわからない。

 上層部からは画期的な傾斜型中空楔形装甲だとは聞いている。


 しかし俺には楔形装甲の言葉はわかるが、実際にそれがどういうものなのか想像できない。


 航空工学においてそんなものは無い。

 より知見が広がりそうだからこそ、今日を楽しみにしていた。


 これほど知的探究心をかきたてられるのは久々だ。


 彼らはその見本を持ってくるとの事だったが、トラックに積まれたソレはどうやら人が簡単に持ち運びできるようなものではなく、見本とはいうが実際に装甲としての仕事が出来るものらしい。


 俺は技師達を温かく迎えつつ、すぐさま見本の説明を受けることにした。


 ◇


「つまりこれが中空楔形装甲というものです。第三帝国が五号戦車と名づけて開発中の車両に搭載予定でして、今後の戦況を左右しうる非常に革新的な装甲だと言えます」

「そうかなるほど……これが後の複合装甲に……」

「はて、複合装甲とは?」

「あ……いえ、独り言です」


 あまりに感心しすぎてボロが出た。

 迂闊な発言は気をつけねば……どこで誰が聞いているのかわからないんだ。


 しかしようやく謎が解けた。

 一体複合装甲とは何なのかよくわからなかったんだ。


 今、俺の目の前にあるのは見本として作られた中空楔形装甲である。


 なにやら辺の長さが異なる三角柱となっているが、そのうち2面だけ外板があてがわれ、一面は内部構造が見える状況となっている。


 内部構造は一言で言えば竹である。

 竹でいう節が斜めに傾斜を付けられている。


 しかも節とはいうが、攻撃を受けた際の衝撃でズレたり外れたりしないよう、下部は接合されるが上部の外板とは多少の隙間が設けられている。


 ダメージを受けた際の変形に内部の傾斜装甲板はきちんと対応できるようにしているというわけだ。


 こんな作り方は航空機では絶対にやらない。

 目から鱗が落ちる思いである。


 構造体と外板は接合するものというのは、航空機における常識でしかなかった。


 あのチタンによる防弾板をもつA-10ですら構造体と防弾板は一体化している。

 徹底した省スペース化が求められる航空機においては採用できない設計なんだ。


 軽量化は出来るのだとしても機体が大型化するだけで空力的に不利になる航空機ではなかなか厳しいものがある。


 とはいえ、考え方自体は面白い。

 これが中空楔形装甲というものなのか。


 これはつまり、攻撃が命中した際に1枚の分厚い装甲で防ぐよりも、中空として段階的に運動エネルギーを殺しつつ内部に侵徹させるようにした方が破片がより深部まで到達しにくくなり……


 皇国が開発中のHEAT弾などもそのガスが奥まで届きにくくなるので防御力はより向上しつつ、装甲を1枚の分厚いものとするよりも重量を大幅に削減出来、スペースも有効活用しやすいと……そういう事なのだろう。


 後の戦車も装甲はユニット化された楔形装甲だとは聞いているが、それこそ内部に入れ込んだ板の厚さと量を調節することで装甲の強さを調節できるというわけか。


 しかも板は鋼だけで構成する必要性はない。


 様々な特性をもつ部材を仕込んで砲弾に対応できるようにして防御力を高めるようになるのだろう。

 複合装甲化するにあたってもこの形状は有利。


 驚くことに持ち運ばれた見本は内部に施された板が簡単に取り外せるようになっていたが、中空楔形装甲とはそういうものらしい。


 内部の傾斜装甲はボルト止めであり溶接方式ではないのだ。

 溶接されているのは外板だけである。


 確かに、簡単に交換できないと逆に扱いづらいだけの欠陥品か。

 なるほど、優秀な構造だ……だが。


「この構造、正面を重視すると側面は疎かになったりしませんか。正面に対して板を増やした場合、側面はどう調節するんです」


 構造力学的に見て、中空楔形装甲は中空であるからこそ有効だというわけだが、見本の側面装甲は一見すると70mm相当の一枚の外板のみ。


 正面こそ優れた防御力を発揮する一方で側面は従来どおりの傾斜装甲である。


「一応、ユニットパーツを小型にして2つ、3つと増やしていけば側面の板も総計の板厚は確保できます。この装甲もこのように取り外すと……」

「えっ!?」


 あまりの衝撃に一瞬目の前が真っ白になりそうだった。


 彼らは非常に重たい内部の装甲を複数人で持ち上げると、内部の構造体がそのままスッポリ取れてしまったのである。


 俺が一枚外板と認識したのは外板ではなかった。


 なんと側面に相当する部分は中空といっても隙間は非常に狭いが、三枚の鋼板で構成された積層構造だったのである。


 外板の下に中板と言えるものがあり、さらにその下に俺が外板と同じものだと錯覚していた内壁を担当する三枚目の鋼板があった。


 これらは全て簡単に取り外すことができ、外板のみ溶接されていて内部においては積極的なボルト止め構造。


 より整備性を向上させるための措置だという。

 もしやするとレオパルド2も同じものを採用していないか。


 アレも確か装甲を外した状態の中身の部分にボルトを差し込むような穴が多数みられた。


 つまり今目の前にあるのは、このまま発展していって30年先の主力戦車達に積極的に採用されていく予定の今まさに産声をあげたばかりの雛鳥ともいうべき革新的技術で間違いない。


 実際のレオパルド2を見たわけではないが、なぜだか構造を見てそう断言できる。

 構造体に現代らしくない未来を感じるのだ。


 第三帝国のパンターとティーガーⅡは一部の採用に留まったとはいえ、これと同じようなものを採用していたと聞くが……あの国の技術力は本当にぶっ飛んでるな。


 だが、こちらもそれを再現できるようになった以上、皇国の真の主力戦車には全面的に採用させてもらおうか。


 おっと……技術者がまだ説明を続けている。

 耳を傾けねば。


 あまりの驚きに白昼夢に浸ってしまった。


「――装甲ユニットの小型化は容易です。しかし問題はそうなると重量面における構造的優位性が失われる事です。ユニット化された装甲は基本1つを車体の横に貼り付けるようにして装着することが好ましいので、ユニット自体を積層するようなことはしません。側面装甲は多くて3枚となりますが、基本2枚といった所でしょうか。やはり戦車は正面で撃ち合うものと思われますので側面はある程度の妥協は必要かと」

「その分、他で軽量化して外板を厚くしたりして調節するわけですね」


 装甲をユニット化するということはつまり、本体の構造はより小型化するという事である。


 一枚方式装甲板に拘らなければ車体側に必要となる装甲板の総面積は減り、結果的に軽量化に繋がる。


 未来の主力戦車は装甲を取り外すと毛を刈り取ったアルパカのようになるというが、そうすることでより重装甲にした上で重量増大を回避しているようだな。


「ユニット化された装甲の厚さはクルップの研究者曰く60~80mm厚が現状では有効との事でした。車体本体の外板は40mm程度あれば装甲を支えられるだけの構造とする事ができるはずです。車体本体の最終装甲を40mm、外板を今回の見本のように20mm~30mmの鋼板を組み合わせ総計で80mmほどの装甲厚とすれば理論上は垂直鋼板150mm以上の強さを持つことになります」

「エクセレント。是非採用したいところです」

「これらを形成する上で重要なのがより軽量化できる高張鋼です。皇国の新型はSt52などを採用しているとの事ですが、アレはさして軽くない。もっと軽く頑丈な溶接にも耐える鋼板が必要となるでしょう」


 確かに、St52は正確には高張鋼とは言いにくい代物。

 あれは軟鉄に近い特性を持っていて重量面で有利とはいえない。


 それでも全面的に溶接が可能な鋼板なので皇国陸軍は新型戦車に採用している。


 俺も次の戦車ではもっと軽いものを採用したいと考えていた。

 当然暖めていたアイディアがある。


「王立国家が最近開発したDW鋼というのが、St52と同じく溶接に向いている上、St52よりも優れた特性を有していることがわかっています。王立国家からの技術供与によって皇国にて生産可能です」

「なんとすばらしい。後ほどデータを提供いただけますか」

「もちろんです。それと、王立国家が研究中の均質圧延鋼という、非常に生産性に優れた鋼板の質をより向上させる熱間プレス工作技法も皇国には届いています。DW鋼との合わせ技で使えるかもしれません」


 均質圧延装甲は王立国家が新鋭戦車に採用を予定している、均質圧延された鋼板を熱間プレス技法を用いて形成した装甲板。


 王立国家はセンチュリオン、チーフテンなどに積極的に採用。

 センチュリオンの流れを汲むとされるメルカバMk1にも採用されていたと聞く。


 均質圧延とは簡単に言えばうどんのごとくローラーで引き伸ばした鋼板のこと。


 この当時においては熱間圧延と呼ばれる技法が主であり、この技術は2560年代において先進各国がその技術の確立に力を注ぎ、NUPが実用化に成功したもの。


 NUPは熱間圧延の技法を確立したことにより純モノコック構造の自動車の大量生産に成功し、その技術は民間、軍事を通して大きく成長する。


 この技術が確立されるまで、鋼というのは脆く形成しにくいモノだと考えられていた。

 プレス加工するなら軟鉄であり、鋼は一枚板を削ったりなんだりするしかない。


 ようは押出加工などに適してないとされたのである。


 熱間圧延の特徴とは、熱で鋼をやわらかくしつつ圧力を加えながら再結晶温度以上で形成しなおすことで、粘り強く引っ張り強度の高い鋼板を作ることを可能とした戦中戦後の製鉄関係において革命を起こした存在。


 引き伸ばす際に組成状況を均一に出来るため、カタログスペック通りの性能を鋼板が発揮するようになるのだ。


 この熱を加えて均一にならしたものをさらに熱間鍛造、つまり熱を加えながらのプレス形成してやることで、既存の鋼板を大きく凌駕する極めて粘り強く折損しにくい鋼板を製造加工することができるようになったのである。


 自動車業界にとってはまさに革命であり、70年後の未来の自動車においてはこの世に存在する新車の全てが1度はこの熱間圧延にて加工された鋼板を用いて作られている。


 一連の鋼板を俗にSPH~というが、これらは技術がさらに進むと形成加工時に大規模な設備が必要となったり、より硬さを目指そうとすると脆く折損してしまう弱点が顕著になった事から、さらなる未来に向けてはSPFCと呼ばれる複合圧延鋼板が用いられるようになる。


 このSPFCというのは一度熱間圧延したものを再度、常温にて冷間圧延したもの。


 こうすることで鋼の特性をさらに向上させ、プレス加工に適した性質を保つことが出来る。


 未来の自動車における冷間圧延によるSPFCを用いたホットスタンプ材というのは、2回圧延したSPFCを急速加熱し、熱量を維持したまま熱間プレスにてプレス整形。


 冷えて固まる前にレーザー切除などを行い、完全に冷える前にレーザー溶接までもっていくという、もはや文章だけでは超未来的すぎて何を言ってるかよくわからないような加工および組み付け手法である。


 当然めちゃくちゃに大規模な施設が必要で、熱を加える際に高速炉が必要であったり、極めて精密駆動をするレーザー溶接ロボットが必要だったり、プレス機器にも特殊なシステムが必要だったりと現代では再現不可能。


 噂では未来のかつて皇国と呼ばれた地域の新型戦車にそのホットスタンプ材の技術が応用された装甲が施されているとのことだが定かではない。


 俺の知らない領域だ。


 そもそもが熱を加えると特性が変化する鋼において2度3度と熱を加える事自体が現時点においては頭がイカれてると思われる行為に近いが(現在にて知られる表面硬化処理とは全く次元が異なる)、業界用語における焼きなましという、暖めてやわらかくするのと熱を加えて粘り強くさせる技法を駆使し、極めて精密に温度を調節しながら段階を踏んで加工していくことで初めて実現する鋼板の性能であり、未来の世界においてこれを可能とするのはかつて皇国と呼ばれた地域を含めて極少数。


 しかもその中でもかつて皇国と呼ばれた地域はこの技術において突出した加工能力をもつ。


 未来の主力戦車の多くはかつて皇国と呼ばれた地域が製造した防御鋼板を使うが、他の国では性能を満たした鋼板を作れないのだ。


 やっている事が刀鍛冶のプロセスに近い事から、一連の流れは国外でも刀を例に説明されることが多く、だからこそかつて皇国と呼ばれた地域がこの技術において世界をリードするのだといわれることもある。


 いわばこれからの時代、鋼を製品の素材として用いる上で全ての始まりとなるプロセスこそ、この熱間圧延であり、それによって生まれたものが均質圧延装甲というわけだ。


 皇国においては海軍が主に研究していたが、本来の未来においても本年の1月にNUPからストリップリムと呼ばれる熱間圧延装置を輸入することに成功。


 しかしながら対応するプレス機を入手できなかったことで無用の長物と化してしまった。


 なぜなら、この手の熱間圧延などで生まれる高張力鋼などにおいては、一般的な冷間プレスという、ただ押しつぶして形を形成するには不向きな鋼材特性となってしまうからだ。


 バネのように粘り強くしなるような性質がかえってプレス機によろしくない。


 業界にてスプリングバックと呼ばれる、形が形成後と形成前の中間に戻ってしまう現象が発生し、形状を整えることが出来ない。


 ホットスタンプ材の誕生までの間には、いかにスプリングバックせず、かつ熱を加えても性質が変化しない鋼板となるよう試行錯誤の道のりが続いたわけだが、プレス形成手法すら重要となってくるぐらいデリケートな金属素材となってしまっているのである。


 一度でも熱を加えると性質が変化するからこそ、あえて段階的に特定の熱量を加え、最終工程の溶接がなされた段階で求めた素材の性質……すなわち硬さと粘り強さを両立した素材とするにはたゆみない努力が重ねられた。


 それらはメーカーごとに企業秘密として秘技といわんばかりに隠しているもので、技術系雑誌においても具体的な手法は全く公開されない。


 いつも性能を満たした鋼板を"量産することに成功した"という成功報告だけが伝えられ、いつのまにか自動車などに採用例が増えていく……という流れが続く。


 俺にとっては門外漢な分野に近く、今すぐに再現できようものではない。


 ただ今言えることは、その始まりの技術を皇国も2601年に手に入れることは出来たという事である。


 無論NUPはスプリングバックを知っていたので、熱間圧延用のストリップリム装置を快く提供してくれた。


 この罠に見事に引っかかった皇国ではあったが、今俺がいる世界においては熱間鍛造装置も導入可能な環境が整っている状況である。


 一連のプレス技術はそれらを攻略するためにNUPや王立国家が生み出し、そしてその技術が公開されて知った皇国が大きく発展させるもの。


 基礎を知ってからの皇国の追い上げはすさまじかった。


 それを現在の皇国はもうすでに手に入れているということ。

 熱間プレス機はすでに導入済み。


 なぜなら本来の未来ではそれも同時に購入しようとした所、NUPがプレス機だけ輸出を拒んだからである。


 彼らは知っていたからこそプレス機だけ輸出するのを阻止した。


 現状においては特段阻止する理由がないので当たり前のように届き、皇国は王立国家よりも先に均質圧延鋼装甲を作れる段階に達したということだ。


 しかも熱間圧延装置を手に入れられず、独自開発も頓挫して表面加工をしただけの鋼板を用いるしかなかった第三帝国が表面加工せずに装甲能力を増加させようと苦心の末に開発に成功した中空楔形装甲の技術もたった今手に入った。


 これがなにを意味するかは……エンジニアの腕次第ということになる。

 ただまあ……熱間圧延に関しては……


「――まだ皇国内においても実用段階とはいえないので、最悪は従来と同じく表面硬化装甲にせざるをえないかとは思いますが」

「それは夢のある話ですな。戦車の内部構造については設計図をみさせていただきましたが、もっともっと洗練されたものにできそうなアイディアが我々にはあります」

「期待していますよ」


 こちらが差し出した手を握り返す力はほどほどに強く。

 まだ母国を諦めきれない生気に満ちた温もりと情熱を感じる。


 彼らはユダヤ人であるが同時に第三帝国出身の技術者。

 自らの手で再び母国を解放するために皇国に力を貸したいと陸軍に嘆願した者達。


 彼らの手を借りて……本物の主力戦車を作る。

 うまく行けば2年後に投入できる。


 ノルマンディー攻略において珍妙な無人ロケット兵器を提供するぐらいなら、ティーガーⅡに純粋対抗できる皇国の真打を出すほうが賢明である。

信濃くんが見た装甲はレオパルド2にも採用されている中空楔形装甲です。

当時はまだ研究段階の代物で、

研究成果としてパンターなどに一部箇所で採用されたようです。

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