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第114話:航空技術者は二人組みに耳を傾ける(後編)

 調印式は華やかと言われるほどの状況ではなかった。

 開始と終わりの前後で響く両国の吹奏楽の演奏もどこかぎこちなく、

 西条も表情を強張らせたまま静かに調印を済ませて式を終わらせようとする。


 そんな西条は皇国の力を見せ付けるためなのか、

 あえてヘリコプターを用いて参上した。

 なんで長門の第四砲塔が真横を向いているかと思えば……着陸スペース確保のためか。


 最近は何かとイベントがあると使われるな。

 最初にヘリコプターをそう使った第三帝国の影響があるのだろうか。

 ヘリコプター=イベント用航空機というような図式が出来上がっている。


 俺の中でイベント用航空機というイメージはロケットベルトだったりするんだけどな。

 それはもっと先の話か。


 しかし年末のテスト飛行の頃から気になってはいたが……改めて思うがすごい音だな。

 R-4の頃のローターはまだ未熟。

 一応サイクリックピッチなど一連の機構は完成しているが、各部の処理はまだ甘い。


 おかげで騒音は大きめだ。

 ターナー少将とニミッツ提督は旋回するヘリの様子を見ながら何やらコソコソと語り合っている。


「――なんと耳障りな。これほどの爆音だとは……砲撃されたのかと思ったぞ

 先日のテスト飛行を見学した際は遠くにいたのでそこまで気にならなかったが、

 より近いとこうもなるか」

「戦場で音を聞くだけで第三帝国の者たちが震え上がり、

 王立国家のケガ人が意識を取り戻すとはよく言ったものですな」

「だがあのホバリングは脅威だ。

 シコルスキーは海上における人命救助ぐらいにしか使えんと主張するが私はそうは思わん」

「提督は彼をうまく炊きつけられましたね。おかげで我々もアレを手に入れられそうです」

「ホバリング可能な航空機まで皇国に独り占めされたのではたまらんよ。

 我が国にもシコルスキーがいて助かった。

 陸軍はP-39を開発したメーカーに作らせようとしているが、それでは間に合わんだろう。

 上手くいけば来年には我々も駆逐艦に航空機を搭載できるようになる。

 偵察、機雷散布、爆撃、どういう運用に適しているのか早く試してみたいものだ――」


 本来ならその可能性に気づくのにかなり時間がかかったはずなのだが、

 ロ号の活躍はNUPまで届いていることがよくわかった。

 彼らの輝く目は先ほどの暗い対談とは違う。


 正真正銘の本音が漏れたということで間違いないのだろう。


 そんな二人をよそに、横付けされた長門の艦尾に完全なシングルローター式となった改良型のロ号を用いて飛来した西条は、


 共に同乗していた宮本五十六司令らとゴンドラから降りると、

 艦尾よりゆったりと歩んでいき、

 そのまま調印式の会場であるワシントンへと乗り込んだのである。

 

 西条と司令が二人三脚のようにしてワシントンへと乗り込んだのは皇国海軍への配慮であろうな。

 西条は首相でもあるが陸軍のトップでもある。


 西条だけが一人ワシントンへと向かうと、

 長門を用意させられた海軍はただの使いっぱしりとなってしまうからな。

 二人してワシントンへと乗り込むならどっちの立場がどうだなどとは言えなくなる。


 そういう部分で手を焼きたくない西条らしい処理と言えよう。

 さすがに調印式の机にまで共に向かう事はなかったが、

 宮本司令はニミッツと机を挟んで相対するような位置に陣取って調印の様子を見守っていた。


 彼の手には杖代わりのようにしている軍刀が見えたが、

 まあ皇国海軍の軍人ならば非礼にはならんだろう。


 なんにせよ、この調印も抑止力になるはずだ。

 NUPは早々約束を反故に出来ない。

 皇国を裏切るからにはよほどの手法を用いなければならない。


 俺達はお前らの罠に引っかかって先制攻撃などしない。

 果たしてその状況においてNUPが宣戦布告が出来るとは思わないが、

 どう転ぶか……少し様子を見てみよう。


 ◇


 翌日。

 俺はいつものごとく立川にいた。


 ここ最近やる事と言えば、

 昨年末より皇国を訪れたまま技研に出入りしているシコルスキーとの協議である。


 今もっぱら協議しているのは生産比率。

 茅場などのメーカーから頼まれ、交渉は俺が一律に引き受けている。


 原因は技術的理解がありつつ、

 かつ英語を理解してまともに交渉できる人材が俺しかいなかったからである。

 四井物産の者を呼んでも専門用語が多すぎて流石に交渉にはならないので仕方ない。


 モノを調達したりするのとはワケが違う。

 今後はソレも可能な人間を見つけねばならんが、まだ確保できていないので致し方ない。


 交渉はG.Iよりよほど楽だった。

 お互いの得意分野を活用し、

 開発に邁進する新型機の量産時の生産比率をどう分配するかについて語り合うことが出来るのは、

 こちらの方が多くの面でシコルスキーよりも高い技術を有する為である。


 すでに新型機においては基本設計はほぼほぼ完成しているが、

 俺は当初の俺の計画よりも多くの面で彼らを頼ることにした。


 シコルスキーが得意なのはシャフト構造。


 これは後々のシコルスキーのヘリコプターにおいて大きな特徴となっており、

 さすがに物理的限界ゆえに2660年年代以降の新型機となるとシャフトが減ってきているものの、

 それでも正直言ってエンジン関係の駆動部分はシャフトだらけで

 ビックリするような内部構造となっている。


 俺は当初、テールローターなどシャフトを使う部分においても、

 なるべく皇国製のものを使おうとした。

 技術的な習熟を目指してのことだ。


 しかしそれでは歩留まりが低く、コストが高くなる上に生産性もよろしくない。

 なのでこういった現状の皇国にて不得意な部分は全てシコルスキーに任せてしまう事にした。

 こうすれば生産力が上がるだけでなく品質も上がる。


 今足りない技術は今後メーカーが企業努力してカバーして行けばいい。

 そういう技術協力は互いに惜しまないようにする契約を結ぶ事にしている。

 互いにある程度補完しないと保安部品の管理もままならないからな。


 上手く行けばヤクチアのような大出力エンジン搭載の双発ヘリコプターを作るキッカケとなるかもしれない。


 交渉はその後3日ほどかけて大筋合意に至ったが、

 新型ヘリコプターにおいては皇国で生産するタイプはシコルスキーがおおよそ4割ほどの部位の製造を担当する事になった。


 シコルスキーはメインローターとテイルローター、

 その他シャフトなど駆動部分を主に担当。

 他にも機体の胴体部分の一部も担当する。


 皇国はエンジン、ギアボックス、燃料タンクなどの最重要部位を担当。

 生産効率は皇国での生産が最大級に効率がよくなるよう調整した。 


 一方でシコルスキーが本国でライセンス生産する際には、

 皇国の比率は4割5分にまで減る。


 シコルスキーは胴体構造などを自前にて十分作れるメーカーであり、

 操縦機器その他においても特に問題なく製造できる技術力があるメーカー。

 作れないのはギアボックスとエンジン等だけであり、

 必要なのはそこだけだからだ。


 それでも機体全体を構成する4割5分に相当する部位にあたる。

 ヘリコプターの構造上、

 エンジンやギアボックスその他だけでソレぐらいの割合を占めるという事である。


 ところで一連の構造においては皇国式にメートル・キログラム法を用いているが、

 シコルスキーは元々純粋なNUPの人間ではないので特に抵抗感はない様子だ。

 また、現時点ですでに軍事部門ではメートル・キログラム法へと転換が行われており、

 軍事兵器系へのメートル・キログラム法への抵抗感もさほどない。


 俺としては今より30年以内にヤードポンド法を消滅させたいので、

 その走りとなればいいのだが、

 G.Iのように柔軟に対応してくる例もあって今後もしぶとく生き残るのかもしれない。


 G.Iはヤードポンド法に拘りつつ、

 メートル・キログラム法に対応できるよう設計する事が多く、

 そのおかげで京芝はG.Iの製品を容易に量産できる状況が20年前より既に整っている。


 これら外資系企業の努力が逆に転換への足かせになっている気がするのは気のせいだろうか。

 まぁいい。


 それで、開発中の新型機の構造としては、

 皇国版スカイクレーンはシコルスキーも得意で皇国もそれなりに力をつけつつある、

 鋼管パイプフレームを活用したものとなっている。


 固定翼の航空機関係においては黎明期の頃から俺がやり直す頃においてもまだ存在する、

 枯れた技術ながら割と理想的な構造の1つ。


 航空技術者は60年後においても"どうして鋼管パイプフレームは駆逐できないんだ!"


 ――とは言うが、

 自動車においても過酷な環境で走らせるのはみんなこの構造であることを考えたら、

 普遍的な構造なのだと言え、きっと俺が死んだ後も管理保守が容易なことから生き残り続けることだろう。


 これが最も早く作れるヘリコプター構造であるがため、見た目はとても原始的なものとなった。

 元々ロ号自体もパイプむき出しのフレームを採用しているが、その路線を継続するわけだ。

 黎明期のヘリコプターを逸脱しないことで開発を加速させる。


 双発機はロ号を改良した実験機でその機構に問題が無いことを証明した後、

 俺が大急ぎで設計した鋼管パイプフレームに薄い鋼板を貼り付けた胴体の新型機の開発へと移行する。


 トラス状に組まれたフレームは実に黎明期のヘリコプターらしく気に入らない。

 だが、こうせねばスカイクレーンのようなものは作れない。


 仕様としては燃料タンクなどをフレームの中央に押し込みつつ、

 その両サイドにトラス状に溶接で組まれたパイプフレームが組まれていくデザイン。


 一見すると量産するにあたって手間がかかる構造ではあるが、

 構造体と外皮を組み合わせたセミモノコック構造より製造の手間はかからない。

 また急な設計変更にも対応しやすいという利点もある。

 ……航空力学的には洗練されないがな。


 このような構造にした上で

 ローター直下に外部燃料タンクとして両サイドに増槽を吊り下げるようにする。


 フレームにはフックを引っ掛けられる構造体を前後左右合せて4つ設け、

 新たに作る簡易的な人員収容コンテナにフックを取り付けてこの構造体に引っ掛けて運用する。


 ようは初期型スカイクレーンそのものだ。

 この構造体にワイヤーを引っ掛ければ軽車両程度なら空輸できるというわけである。


 吊り下げ重量は3700kg。

 エンジン性能から言って割とがんばっている重量である。

 全体構造はフレームばかりなので軽く、吊り下げ重量自体にはかなり余裕がある。


 航続距離は内部燃料タンクでは300km。

 外部燃料タンク併用で570kmほど飛べるが、その分積載重量が減る。


 外部燃料タンクを用いた場合の吊り下げ重量は2800kg。

 エンジン馬力に対して一般的な吊り下げ重量に収まってしまう。


 言わば短距離利用でそれなりの重量物を運ぶか、

 長距離利用で未来においては一般的なヘリコプターと同程度のものを運ぶか。

 どちらかを運用側に任せるというわけだ。


 この機体は水平飛行速度も遅く、200km出ない。

 正直俺が望む機体ではない。


 シコルスキーはこれでも十分と評しているが、俺は気に入っていない。

 本命は当然、当初俺が陸軍に提出したプランである。


 こちらは胴体長13m。

 ローターを含めた全長17mで吊り下げ重量2000kg。


 アルミ合金をきちんと用いたヘリコプターと言わんばかりの機体であり、

 後部には中腰姿勢による出入りとはなるが乗降可能なハッチも設けている。


 ハッチは油圧で開閉する仕組みとなっているが、 

 圧力を入れない状態では自重で自然と開くようになっている仕組みだ。


 応力外皮構造となっているが、

 内部の構造では一部大型のフレーム構造体もあるのはヘリコプターゆえ。

 そんな本命においてはシコルスキーが合流したことで当初のプランより構造が強化された部分がある。


 ランディングギアだ。

 ヘリコプターの脚部は大きくわけて二種類ある。


 スキッドと呼ばれるソリのような形状のものと、

 大型ヘリで活用されるランディングギアだ。


 前者の利点は軽くできる上、地上においての安定性が高い。

 定点着陸などをするヘリコプターにおいてはこちらの方がメリットが多い。


 後者の利点は滑走が可能。(前者も多少ならば滑走は可能)


 軍用に用いられるヘリコプターにおいては前者後者双方が混在している。

 しかし実は俺は前者のスキッドを軍用ヘリコプターに活用するのに否定的だ。

 スキッドは文字通り金属の棒。


 実はこれ、岩場などでは大きな負荷が一部にかかって曲がったり破損したりするのである。

 急斜面に着陸できることがメリットとして挙げられるスキッドであるのだが、

 急斜面といっても岩場などでは使えないのだ。


 より重量が重いヘリコプターほどランディングギアなのは、

 重量的利点が減るだけでなく、破損時のリスクが大きすぎるから。


 しかし未来におけるヘリコプターにおいては最終的によほどの小型機で無い限りスキッドを採用しなくなっていく。


 今より20年後以降は装備重量5トン以上のヘリコプターにもっぱら搭載されていたランディングギアは、もはや装備重量3トン程度の機体でも平然と装備するようになり、

 スキッド装備の機体は希少なものとなっていくのだ。 

 

 その最大の理由が地上での運用に制限が生じる事と、

 緊急着陸時の冗長性に欠ける事。

 高速滑走できるランディングギアは緊急時の着陸に適している。


 文字通り着陸して滑っていけばいいわけで、

 水平飛行速度が速くとも降下速度が遅ければ着陸時の衝撃は抑えられるので緊急着陸の幅が広い。


 一方でスキッドタイプだと、

 一応設計上高速滑空できるようスキッドの真下に磨耗しにくい金属プレートが仕込んであるが、

 動画サイトの緊急着陸を見てわかる通り、

 その着陸方法は火花を散らしながら地面を滑っていくもの。


 燃料がこれに引火しうるリスクがある事から、

 小型機でも皇暦2660年代以降のヘリコプターはランディングギアを採用する例が多くなっていく。

 まあ落下速度によってはスキッドが破損してバランスを崩してヘリコプターが横転などする事から、

 安全性を高めようと考える未来の航空機の概念に反しているので重量増加を加味しても採用しづらくなっていくというわけだ。


 これはローターなど他の部分での軽量化により重量的、空間的余裕が出来たといった要因も大きい。

 積極的に採用できるだけ技術が成熟したというわけである。


 まあ採用する例が多くなるといっても実は西側の話で、

 元より滑走着陸の方が安全性が高いと考えていたヤクチアでは殆どのヘリがランディングギア方式。


 そればかりか大型ヘリコプターによっては離陸時に滑走しないと飛べないような代物もある。


 回転翼機だからといって

 垂直離陸をしなければならないという事はないというのがヤクチアの中での常識で、

 一応ランディングギアタイプのヘリコプターもタイヤの偏磨耗を防ぐ為に多少は滑走するのが離陸時の慣例となっているのは西側も変わらないわけだが、

 いわば2660年代になって西側もその流れに追随したと言うべきかもしれないな。


 スーパーアンビュランスなどと呼称されるこの機体は救助機並びに救援機。

 決して定点運用はしない。

 戦場においても飛行するならばいつ何時緊急着陸するかわからない。


 だからなるべくランディングギアを採用したかったが、

 重量面などを考慮して採用を見送っていた。


 しかしシコルスキーが合流したことでシャフトなどが軽量化されたため、

 格納はしない固定式にした上でサスペンションを仕込んでランディングギアへと設計変更する。


 こうすることでオートジャイロのような離着陸が可能となる。

 より理想の救助・救援機となるわけだ。


 ランディングギアについては未来のヘリコプターの基本形としたい所だが、

 シコルスキーはR-4の時点でランディングギアを採用しているように、

 彼もその利点をよく理解しているため、設計変更にはむしろ好意的だった。


 これはもしやするとスーパーアンビュランスによって後の世のヘリコプターからスキッドが消えてしまうかもしれないな。

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