第114話:航空技術者は二人組みに耳を傾ける(前編)
皇暦2601年1月5日
皇国にとって大きな変化をもたらした記念すべき2600年が終わりを告げ、三が日も終わった2日後。
この日、横須賀においてNUPとの調印式が行われた。
皇国は西条が調印に参加し、NUPはニミッツが大統領の代理に代表としてその調印を見届ける役目を負っている。
これから西条に渡される文書は既に大統領が署名を済ませたものであるという事だ。
大統領は体調不良を理由に皇国に訪られなかったが、それだけが理由ではなかろうことは容易に推察出来、皇国のマスコミ各社もほぼほぼ冷静に分析して新聞記事にするほどである。
今の立場で皇国に訪れたとしても雪解けのイメージは構築出来ない。
チェンバレンやチャーチルとは立場が全く異なるのがNUPだ。
ヘタに火種を生むぐらいならば体調不良を理由にホワイトハウスに引きこもり、事だけを済まさせたほうが両国にとってもプラスになるのは目に見えている。
皇国はレンドリース法による恩恵が欲しいが現状ではNUP自体との関係は企業と企業との関係で十分。
国家同士の親密な関係を構築できるほどの信頼がNUPに対して無いからだ。
西条としても現大統領と握手する気など全く無いが、そのような姿を撮影されると変に邪推されかねない上、ヤクチアに付け入る隙を与えかねない。
かといって握手など交わせば西条のイメージが悪くなる。
これでいいのさ。これで。
……しかし改めてこの光景はやや不思議だ。
ワシントンの甲板でその時を待つニミッツの姿自体には貫禄はある。
だがその違和感は拭えない。
俺は現在、調印式の会場となっているワシントンの甲板にいる。
西条は後から合流するという事になっていて、ワシントンの甲板内に用意された皇国の政治家や将校らのために用意された座席の列の一番前の列に腰掛けながら、すぐ近くで状況を見守っているNUP海軍将校らに視線を向けている。
どうしてこの場にいるのがキンメルではなくニミッツなのか。
確かにニミッツは優秀な指揮官であることに否定はしない。
ただ、当時……いや現在というべきか、この時点でのニミッツは上の者達がまだその席に就かずに自身がより上のポストの座に座ることを拒否していたはずだった。
太平洋艦隊司令長官就任は本来よりも1年以上も早い。
こうなった要因としては俺が知る未来と逆の事象が発生したのだと皇国海軍の知り合いから聞いている。
つまり、若輩を理由にポストを蹴ったのはキンメルであり、その結果ニミッツは断るに断れず、二階級特進の上で現在の立場に就いたというのだ。
このあたりは当時の資料を集めて本来の未来で独自に研究した俺が解釈するに、現大統領がどうしても皇国の先制攻撃としたいがためにキンメルをそのポストの座に就かせたからこそ、やり直す前の世界においてキンメルがこの時期に太平洋艦隊司令長官だったのだという話もあるが……
だとしたら現時点においてニミッツを採用した最大の理由は、おそらくアクが強い連中や、鈴を付けておかないとどうにもならない暴れ馬共をコントロールできる唯一の人材として採用したのかもしれない。
元々ニミッツが選ばれた最大の理由がソレであり、ニミッツは見事に尖った連中をコントロールしてみせた。
今、世界は揺れる天秤そのもの。
片側に地中海協定連合、もう片方が第三帝国とヤクチア。
NUPはこのどちらに加担すべきか迷っているはずだ。
その状況において柔軟に対応するに相応しい人材はキンメルではないという事なのだろう。
ニミッツにはその力があるとは俺も思わなくもない。
――などと考えつつ状況を見守っていると、どうやら俺の考えは的中しているようで、皇国人は英語は得意ではないからとばかりにニミッツと現海軍戦争計画部長のターナーの会話が聞こえてきた。
「全くもって随分な歓迎を受けたものだな少将。周辺の空母の甲板上にあるのが例のやつか……」
「戦艦ビスマルクを轟沈せしめた皇国の新兵器です」
「アレは威嚇目的か?」
「当然でしょう。皇国は100%我々を信用していません。何か1つでも怪しい動きをすれば撃つ。そんな所でしょうな」
「1つ聞くが、アレらはすべて射出可能なものか?フェイク。つまりはハリボテは混ざっていないのか」
「部下の報告ではすべて攻撃可能な真性の存在であるとの事ですが、おそらくそう考えるべきでしょう。ヘタに希望を持つべきではありません」
「ううむ……」
俺はその時、身震いしたのか被った帽子のつばを手でつまんで被り直すようなしぐさを見せるニミッツを見た。
ターナーの報告に多少の動揺があったのだろう。
ターナーの情報は正確だ。
アレは全て射出可能。
ただし、撃った後に命中に持っていけるまでの精度のものではないけどな。
おそらく半分以上が射出してしばらくしたらエンジンが停止するか空中で爆発するだろう。
加賀での作戦終了後、海軍では引き続きロケット兵器を運用できるよう、一部の技術者を皇国内で再招集して俺達が残した設計図を基に少しずつ量産した。
しかし加賀にいたスペシャリスト全てが集まったわけではなく、手が空いているメーカーの技師達だったために工作精度は低下。
歩留まりはあの時よりさらに低くなったが、選りすぐりのパーツを選定していられるほどではなく、製造された存在は6発に1発がまともに運用できればいい程度。
今、鳳翔などの甲板にあるのはとりあえず作るだけ作ってみた存在。
射出から20秒程度の飛翔程度なら保障できる、そんな程度の出来のもの。
ターナーの言うとおり"射撃"だけなら出来る。
当たるとは言ってない。
それでも抑止力としての効果は抜群だからこそ、周辺に展開された空母の真上に鎮座されている。
撃てる事が重要なんだ。
撃てるという事実だけでもNUPを揺さぶる力となる。
所詮抑止力なんてそんなもんだ。
「……結局アレは一体何なんだ?」
「王立国家は皇国の兵器を"ミサイル"と呼んでいるそうです。ロケット式誘導弾を一言で表したものだとか。さしずめ巡航式ミサイルといった所なのでしょう。一昨日皇国海軍によって太平洋近海で行われた射撃訓練は非公開でしたが、小型ボートでもってその様子を偵察する事に成功しました。訓練時の標的艦は装甲巡洋艦浅間で映像の撮影にも成功しましたがね、魔法のように射出された弾頭がうごめいて標的艦に向かっていきましたよ」
「……一体どのようにして?」
「わかりませんね。ビスマルク攻撃の際には周辺に航空機がいたというので、本国の技術者はラジオコントロールではないかと疑っておりましたが、そのような類はまるでないまま標的艦にゆらゆらと向かって突撃していきましたよ」
「皇国が公開した映像を私も見たが、どうしてあれは低空飛行するのだろう。そこにヒントがありそうだ。全自動にて誘導するためには低空飛行が必要なのではないか」
「どうでしょうね。我が国の技術者は対空砲火や対レーダー用の対策のためにああしているだけで、別段それなりの高度でも自動で飛行を継続できると考えているようです。自動操縦装置なら我が国にもありますが、それをミサイルに搭載する事は可能ですから」
「確かに、旅客機などを中心に採用されているようだな少将」
「最近ユーグ周辺では無人で飛ぶ皇国の旧型機が敵の戦闘機向かって体当たりする事例などがいくつも確認されてますし、恐らく低空飛行の理由は技術者の主張が事実なのでしょう。その技術者達の見解としては熱源を探知して追っているのではないかなんて話をしておりましたよ」
よし。
どうやら海軍を通しての情報かく乱作戦は成功したらしい。
やった事はキ84ことジェット戦闘機の時と同じ。
あえて締め付けをゆるくした状況で敵に見せつけ、本来以上の評価を与えさせる。
まさか標的艦の付近に甲標的が潜んでいて遠隔操作していたなんて小型ボートからは確認できんだろう。
標的艦である浅間には無線送信などが出来るアンテナは装備されており、それを甲標的と有線接続するだけでそれなりの通信能力を得る事が可能だった。
後は低空を飛行し続けるロケットをラダー操作で誘導して浅間にぶつけるだけ。
ビスマルクの時のようなポップアップは命中確保のために行っていない。
命中後は沈む浅間から有線を切り離しつつ離脱させればいいだけだ。
竜骨がイカれて船体が真っ二つになりそうになった浅間は既に役目を終えており、本来の未来では練習艦としての利用がなされる予定だったが、今の皇国には多少の余裕があるため重巡洋艦並みの装甲を持つ浅間にはあえて名誉ある犠牲となってもらった。
浅間の死は無駄ではなかったようだな。
電波を逆探知する手法も限られている現状では、電波信号が出ていてもそれが何を意味するのか把握するのは困難を極める。
本当にただの信号で、暗号文ですらない。
無線通信といっても言葉を交わそうとするものではない。
NUPは浅間から出る電波を傍受できていたとしても、それが一体何なのかまで把握できず困惑しているに違いない。
「厄介な存在だ。これではもう我々と皇国が戦う事はできんだろう」
「提督。私共の書いた報告書や参謀本部計画局の報告書はお読みになられていないのですか?」
「いや、手元にまだ届いていない。届いているなら目を通している」
「そうですか……後ほど大至急にて届けるよう部下に命じて起きます。それでなのですが、内容について口頭で簡単にご説明しますと、率直に申し上げて現状において我々が皇国と戦うのは得策とは言えません。一昨日の件で追加の報告書をホワイトハウスに提出済みですが、件の兵器は一撃で装甲巡洋艦浅間を撃沈させる威力がありました。浅間は修繕不可能な破損をしているという話もありましたが、命中部位は装甲部分です。浅間の装甲から考えても我々がもつ巡洋艦クラスの大半が一撃で沈められると思われます」
そらそうだ。
腐っても長門の主砲弾頭を改良したものを搭載している。
悪いがボルチモア級重巡洋艦ですら貫通可能だ。
アレの最大装甲厚が152mm。
150mmなら余裕で貫通できる事はすでにビスマルクで証明済み。
砲戦でも優位な立場であった太平洋のNUPの艦隊の大半は、今や皇国と立場を逆とする。
……"まともに当たれば"という酷い条件がつくが……
「120kmという射程距離でという話だな?」
「そうです。世界は丸い。地球という存在が丸い以上地平線というものが存在し、我が艦隊の限界射程距離は60km前後。レーダーを用いた所でそれは変わりません。皇国はその2倍の距離を攻撃射程とする事に成功したわけです。それもちょっとした巡洋艦……そればかりか空母ですら戦艦の主砲並の兵器を保有している。現状の我が軍と皇国海軍の単純戦力差で言えば4:6といった所です。ただ実際の戦争となれば工業生産力や兵力といったものが効いてきますから、本当に4:6なのかは国力によって左右されます。工業生産力で圧倒する我が国ではありますが、人も兵器も戦争においては消耗品。少ない損害でより多くの被害を相手に与え続ければ容易に戦況は引っくり返る」
「かつて皇国がヤクチアの前身の国に対してやったように……だな」
「そうですね。提督はビスマルクの人的被害をご存知ですか」
「5分の4が艦と運命を共にしたと報告を受けている」
「ええ。そのとおりです。艦隊戦において1つの船が撃沈される場合、おおよそ3分の1から4分の1程度しか、その艦に乗る乗組員は助からないのは提督もご存知かと思いますが、これは砲戦での話ですので航空機が主体となる今後はまた状況が変わることとは思いますが、皇国は一撃でも当たれば重巡洋艦以下を葬れるわけですから、無人攻撃兵器という、極めて人的被害の少ない存在によって我々の持つ兵力をガッツリと削っていくことが可能です」
「厄介だな。無人攻撃兵器などこれまでの軍事評論家は戦への投入を想定していなかっただろうそのような話をしていたのはSFを描く小説家ぐらいなもんだ」
いや、第三帝国は普通にソレを考えて新兵器をこさえていたから、そのような想定がなかったのはNUPぐらいなものだ。
王立国家も無人攻撃兵器については昨年より研究が開始されているが、それは歴史の変わった現在だけでなく本来の未来と変わらぬもの。
まあそれらの研究を応用して実際に完成したソイツは世紀の珍兵器だったけどな。
あの国はそういう国だが、無人攻撃兵器という観点がなかったわけじゃない。
一方のNUPはV-1などによってその必要性が訴えられると、JB-2、ASM-N-2 BAT、SAM-N-2 Larkなどが相次いで開発されている。
正直言うと俺は一連の兵器の開発がV-1やV-2に影響されていた事を踏まえ、皇国が先走った事によってより早期に開発が始まることに不安がないわけではない。
しかし、一連の兵器の主要構成部品を製造していたのはG.I。
特に赤外線誘導は皇国に密かに技術が流れてケ号爆弾などに繋がった。
NUPが早い段階で誘導弾をこさえようとすれば、必然的に皇国のミサイル開発も加速する。
これを防ぐ手立ては戦時中ですら無かった。
両社は互いに技術情報を共有していて、互いに電子機器などの製造を行える技術力があったからだ。
つまり俺達が努力してもNUPの誘導弾開発は加速し、奴らが努力しても俺達の開発は加速する運命共同体となっている以上、割り切らねばならんのだ。
そういうのは他の分野にもあり、レーダー開発の状況1つとってしても、王立国家が主要部品を量産を依頼したのはG.Iで、そのG.Iはあろうことか開戦直前の京芝に作らせるような行為をしている事からも、そこは諦めるしかない。
むしろG.Iが開発して実戦に投入し、皇国では再現しきれなかったものを現在の世界では容易に調達可能であることを喜ぶべきだ。
そのリスクについてNUP、とくに今俺のすぐ傍にいる両人は果たして理解しているのだろうか……
会話の様子を見る限りは、どうもそのような様子はないようだ。
「――まったくもってフィクションですよ提督。でも憂慮すべきは無人攻撃兵器だけではない。特に現状において我々が皇国に対してまともに勝負できる要撃機がない事から、脅威となるのはミサイルだけでなく航空雷撃なども含まれる事となります」
「カタパルトの件については私も耳にしている」
「……私も今回の報告書をまとめるにあたり首をかしげたくなる事があるのですが、皇国は当時王立国家が開発中で、現在我々も手を出している油圧式カタパルトをいつの間にか配備する事に成功していました。噂では王立国家から技術供与があったなどとは聞きます。皇国は鳳翔建造時などに王立国家と技術交換などを行っておりましたが、再び関係性を強めた結果手に入れたのか、数年前まではまるで頓珍漢な機構を開発しては苦労しているという話だったのにも関わらず、王国での即位式の前後で技術と運用ノウハウを確立し、今では港の周囲にいる空母全てが設置を完了。雷撃可能な重攻撃機を小型空母からも作戦展開できるようになっており、航空運用能力は格段に上昇しています」
「油圧式でも改良していけば10t程度までの航空機を空母から射出できるそうだな。これまで皇国海軍が陸上運用専門としていたような戦闘爆撃機も今後は海から飛び立つ可能性があるわけか」
戦中に実用化された油圧式カタパルトで射出可能な最大重量は12t。
俺も当然それは視野に入れている。
そのためには王立国家が今後開発する新型のアキュムレーターが必要になるが、12tともなれば空母が運用する攻撃機の幅は広がるばかりか、ちょっとした爆撃機だって運用可能となる。
NUPが警戒しないわけがない。
「そうです。なので数学で戦況予測を行う場合はそれら全てを考慮した上で行わなければならない。我々が計算してみた所、1回の戦闘における両国の人的被害の割合は少なくとも1:9です。皇国の軍人1名に対し、我々は少なくとも9人の命を失う計算。ビスマルク攻撃時の皇国の死傷者は0だった事を考えてもこんなのは皮算用ですが、両国の巡洋艦の損耗比率もこれに準じると思われます。特に皇国海軍は例のミサイルを潜水艦に搭載する予定があるらしく、それが実用化されると奇襲攻撃によってどれだけの被害に至るかは……算定不能です。通常戦闘においてもバンバン巡洋艦クラスが沈められていくと、補填しても間に合わなくなる。1週間に一隻を投入できてもその一週間で沈む巡洋艦の数が一隻以上ならマイナスだ。我々は育てた精鋭をどんどん失って実戦経験も皆無な者達ばかりとなり、その運用効率はジェットコースターが落下するがごとく低下していく。敵は経験を積んで熟練者ばかりとなり、こちらは新米ばかりで挑むようになり、より戦況としては不利になっていき……ある臨界点に達すると工業力の高さで戦線の維持をカバーできなくなり破綻する皇国は一度それでヤクチアの前身となる国家に対し引き分け以上に持ち込んでいます」
「それでは無理だな少将。それは無理だ。私がその立場で戦争するかどうかについて意見を問われたらNOを突きつける。当然報告書にはそう書いたのだな?」
「無論ですよ。既に提出したものも、新たに提出したものもどちらにもそう書きました」
しかしまあ本当に国家機密にあたりそうな情報をペラペラとしゃべるもんだ。
ブラフにも感じなくも無いが、その表情は真剣そのもの。
話半分で聞き耳は立てているつもりだが、そんな話をよりにもよって調印式前の皇国の政治家も多少はいる場で行うか?
まあ周辺に英語が出来る外交官が一人もいないことを確認して気が緩んでいるのかもしれないが、第三帝国での失敗もあるし、罠に引っかからないように身構えつつ、この話が事実である可能性も多少はあるので内容は把握しておくか。
「さすがのホワイトハウスもこれ以上大統領を好きにさせて皇国を直接煽るような真似はさせんでしょう。第三帝国も注目している新世代戦闘機とやらも気にかかりますからね。それこそ妙な動きをするならば体調不良の果てに…………というカバーストーリーもすでに考えた上で上院は行動し、大統領もそのリスクを理解した上で行動しているはずです。よほどの愚か者でなければね」
「とはいえ、ヤクチアや第三帝国との関係性を完全に断ち切る事も出来まい。人の数だけで言えばユーグ連合よりヤクチアと第三帝国の二国が上回る。ヘタにあのハゲ頭に加担してチョビ髭男が笑う状況になるのも好ましくない」
「提督。皇国と王立国家を甘く見ない方がいいですよ。我々の計算では皇国のみですら、戦でもって完全に完膚なきまで叩き潰すにはヤクチアと手を組むしかありません。何しろ皇国は華僑で殆ど被害を出さずに事を収めましたからね。まだまだ戦う体力がある。王立国家もまた粘り強く戦える兵士を多く保有しています。もし仮に今の状況で"ヤクチアと第三帝国とアペニンと皇国"、この四国が手を組んでいた場合、我々はユーグに加担すれば確実に敗戦国の仲間入りとなっています。昨年の11月に亡くなったチェンバレンは議会にこう説明していたそうです。ヤクチアと第三帝国に勝つためには、皇国を絶対に敵に回してはならない……とね」
チェンバレン……か。
結局、彼は本来の未来と同じく11月9日に亡くなった。
人生最後のその日、彼はチャーチルを呼び出して何かを語りかけたそうだが、チャーチルはそれについて特段語っていないのでその内容についてはよくわからない。
ただ、翌日のチャーチルの演説において宥和政策への批判は無かった。
政敵であったことを認めたチャーチルだったが、宥和政策が成功かどうかは王立国家の今後の未来にかかってるとし、彼が最後に遺した地中海協定への評価を保留した。
本来の未来よりチェンバレンはよほど抗ってみせたはずだ。
それをわかっているチャーチルは彼もまた愛国者であり、この戦が終わった暁には戦勝を報告しに行くと演説を締めくくっている。
まさかその国葬にムッソリーニの姿があるなんて誰が想像できただろう。
バルボとムッソリーニ。
運ばれていく棺を見送る二人の姿に俺は未来のユーグの形を見たような気がした。
この二人はチャーチルと並んで間違いなく今後の中心人物になるはずだ。
特にバルボ将軍の将たる者としての活躍に期待せざるを得ない。
彼の兵器の戦闘力差をひっくり返す戦術がユーグで光る事だろう。
そういうカリスマがいるからこそ、NUPはかつて皇国が味わった先行きの見えない不安に苛まれているいるのだろう。
まさに視線の先にいる二人の様子がそれを表している。
「現状の東亜三国とまともに戦おうと考えるのは一部の東亜人嫌いのレイシストぐらいです。不用意に摩擦を生じさせて戦ともなれば、それだけでも我々が最終手段と位置づける戦において我々が許容できうる被害を軽く超えてくる死者を出す事になりましょう」
「どうかな。今後の状況次第ではそれを覚悟せねばならないこともあるやもしれん。ターナー少将。貴官も理解しているとは思うが、我々はある意味で皇国が掲げるスローガンと同じものをスローガンとしている。この戦にて絶対に負けてはならない――ということだ。それは勝利とはまた違う。そのためにはいつでも鞍替え出来るよう整えなければならない。多少の犠牲を伴ってもだ。鞍替えする領域の者達が大きな不満を持たないような形で鞍替え出来るように整えねばならない」
ニミッツは噂どおりの愛国者だな。
世界の裏で揺れ動く天秤をしっかりと捉えた上で、将たる者として何を判断すべきか理解できている。
苦悶の表情を浮かべながら呟く様子をして言葉と表情が一致していない様子から、出来ればやりたくない様子ではあるな。
「理解はしているつもりです。ただ、それは我が軍の仕事ではありません。ヤクチアに媚を売るのは陸軍や上院の一部で十分です。我々が皇国や王立国家等の信用を失うような行動は慎むべきです。断固として進言致します。言わば我々が誠意を見せることで信頼を獲得し、戦後においてNUPに不利益が及ばないようにすべきなのですよ」
「貴官はそう考えるのか?」
「提督もそう考えていただかねば。例えば戦後国際連盟に代わる新たな組織が生まれた際、今度こそ常任理事国になれるようにならねば国際社会において地位を築けなくなる。そうなれば50年後において提督以下我々の評価は散々なものとなるでしょう。もしそこで誰かが誠意を見せて活動していれば……などと未来を生きるものたちに言われぬよう、我々はこれまで通りの立場を守り、健全な組織として立ち振る舞う。道化になる必要性など微塵もございません」
「確かにそうかもしれないな」
「現大統領など状況次第でいつでも始末できます。その逆もしかり。ヤクチアと手を組む為に太平洋から艦隊を引く為のカバーストーリーを我々も用意しつつ、今目の前の事に集中すれば良いだけです。私は正直言って、地中海協定連合のために何らかの手段にて軍を投入すべきと考えておりますがね」
「ほう。私もここだけの話、南郷提督の故郷に爆弾を落とすような真似をしたくはないのだ。NUPの生存を第一とするが、皇国は第二の故郷とも思える場所でもある。ターナー少将。何か手を打ってみてくれないか」
「今のところ検討中なのがハワイにいる皇国の移民者達です。彼らの二世が丁度いい年頃の若者なわけですが、我が軍への入隊を希望する者も多い。究極的には彼らは皇国人ですから、最悪皇国人であったと切り捨てる事が可能。ヤクチアへの言い訳も立てられます」
「一方でNUPの人間であるとして皇国への面目を立てる事も可能か」
「血は争えません。相性はいいはずです。言葉の壁はありますがどうにかなるでしょう。陸軍の調査では勤勉で勇敢で屈強と三拍子揃ってるそうです。我が海軍で全て囲い込むことを検討してみます」
「頼む」
……ハワイにいる皇国移民者?
もしやそれはNUP史上最強の陸戦歩兵部隊と言われた第442連隊の前身となった者達か!?
地雷原の中を突撃戦法でもってかいくぐり、わずか30分で第三帝国の要塞を落としたという、あの伝説の?
M1ガーランドにトンプソンを標準装備にしたという、現皇国陸軍歩兵部隊に近代化と重武装化を施すにあたって少なからず参考にした本家本元の部隊か!?
もし事実なら朗報だ。
彼らは本来の未来においてもNUPにおいて最も勲章を獲得したと言われる精鋭部隊。
その3万3000人は戦況をも動かした。
可能ならば是非とも戦力に加えたい。
早急に西条と相談だな。
状況によってはユーグにおける歩兵部隊の切り札となりうる。
大統領交代後の外交の架け橋としての活躍も期待される。
今聞いている話が事実であることを望むぞ。