表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/341

番外編14:美を追い求めた博士の報告

 12月29日の空襲の失敗は、我らが闘争に暗雲がたちこめる事態となった。

 原因の1つは連合王国である。


 開戦当初連合王国は王立国家の期待も空しく、壁にもならず我が軍の進軍を許し、我々はロンドンへの切符を手に入れたとばかりに胸が高鳴った。


 その状況が再びひっくり返された後、未だにウィンゲーネにある支線塔周辺は奪還できていない。


 西部戦線の中でも多くの新兵器が投入される激戦区となったあの場所はフランデレン地域の東側にあたり、周辺には工業地帯もあり、ナポレオン戦争の前後においてはユーグの中でも特に経済的に発展していた地域だとされる。


 王立国家の作者が描いた奇妙な短編小説であるフランダースの犬はこの地域の物語ではあるが、ウィンゲーレからは100km少々東のアントウェルペンを舞台とする。


 あの作品内では歴史に揉まれ、様々な国によって統治された傷跡が色濃く描写されているが、フランデレン地域全体がそのような場所であり、支線塔周辺もその例に漏れない。


 それは今も変わらぬからこそ、一度は第三帝国の傘下となったかの地域は、今や王立国家や東亜の者達が駆け回るかつてないほどまでに混沌とした状況下にあった。


 我が国の現在の悩みと言えば、目下その活躍が地中海協定連合軍にて轟く新兵器達そのものだ。


 総統官邸では一連の兵器群に対抗できる手段を模索するため、毎日日替わりで専門家が訪れるようになっている。


 ベルリン市民への演説のために総統閣下の執務室に訪れた宣伝相である私は優先順位がもっとも低く、予め日付と時刻を定めた上で謁見を申し込んでいたものの、同時刻に現れた男によって執務室の端に立たされたままとなった。


 とんだ羞恥だ。

 しかし、このような経験はすでに1度や2度ではない。


 技術者との対話が終わるまで、私は沈黙を守るしかないのである。

 どうやら私は今日、ポルシェ博士の雄弁を観衆として見守らねばならぬようだ。


「閣下。開発中の皇国の新型駆逐戦車のデータがある程度揃いました。ありとあらゆる手段を用いての情報収集活動にて集まった資料を総括した結果をお知らせします」

「すでに多少報告は耳に入っているぞ。結局、フランデレン地方に現れた3両は先行量産型の完成版ではないというのだな?」

「そうです。フランデレンの地に現れたのは皇国が最近宣伝にご熱心な特戦隊の訓練用に砲塔周りを急造して作り上げた自走砲に過ぎません」

「ならば完成版は75mm程度に砲がダウンサイジングされる可能性が……」

「断じてそれはありませんね」

「ぬぅ」


 こちらにも聞こえるほどギリギリと羽ペンを握り締める総統閣下の姿は、現状の我が国を表している。


 わずか3両の戦車と鹵獲されたヤクチアの戦車達に我々の戦車部隊は成す術がないのだ。


 ダメージがまるで通らないばかりか、3両の戦車の攻撃力は尋常なものではなく、その榴弾の威力はトーチカをも破壊可能であり、ガンシップと航空部隊の支援攻撃によって、フランデレン地方は完全に敵側に奪還された状態にある。


 現状、消耗することを厭わなければデュッセルドルフの爆撃は可能。


 共和国を攻め落とした我々に対し、王立国家と皇国は完全に楔を打ち込んでいる状況にあった。

 この場所を再奪還せねば王立国家への爆撃も難しいことが先日証明されたばかりだ。


 支線塔周辺には相次いで臨時の空港が作られ、そこから迎撃に出た戦闘機により多くの爆撃機が落とされた。


 立場上、敵は爆撃機を撃墜した後にロンドンにて補給を受けることが可能であり、増槽を装備せずとも迎撃に出られる事は敵にとって優位に働いた。


 我々は出撃した場合は戻ってこねばならぬためそうはいかんわけだ。


 共和国側に回り込んだとしてもそれなりの距離を飛行せねばならない位置にロンドンはあり、総統閣下は航空部隊運用に対する戦略の転換を迫られる状況にある。


 その前の段階でどうにかせんがためにも、今日ポルシェ博士を呼びつけているわけだ。


 私を差し置いて彼と真剣な話を交わすのはまずは地上部隊から駆逐しようという閣下のお考えによるもの。


 しかしどうやら雲行きは怪しいままであるようだ。


「――皇国は88mm砲塔を搭載せんがためなのか回転砲としておりません。つまりは88mm砲の搭載を当初より念頭に入れた戦闘車両だという事です。88mmの貫通力はFlakの2割減と言った所。砲身が我が国の純正品と比較して延長されており、そこらの75mm野砲とは桁が違います」

「砲の出所はわかったのか?」

「おそらく華僑地域に提供したモンキーモデルだと思われますが、皇国流に整備性や耐久性向上のための改良が施されている上、純正品や提供品では確認できない砲身延長がなされている模様です。一説には華僑にて独自に砲身延長されたものを皇国でさらに改良したという話も……その他戦車についての詳細な構造については完全に把握できておりませんが、完成版も実質的には自走砲です。対戦車自走砲……我々が"突撃砲"と呼称するモノに類する存在かと」

「装甲は75mmのままか?」

「急造の自走砲は全周に渡って75mmでしたが完成版は側面のみです。正面は100mm以上とのこと。急造型も車体側側面が傾斜しておりましたが、さらに洗練された傾斜装甲のようです。Flakでも貫通するには700m未満……ある程度の接近が必要になるかと」

「最高速度は」

「50km未満40km以上。それなりに軽い分、出力に余裕があるが故にそこそこの速度は出ます」

「登坂能力も戦場で撮影された映像を見る限り高そうだった。何故だ?」

「当然です。ケーブルカーが必要そうな地域をケーブル無しで走る路面電車と同じシステムを搭載し、さらにモーターまで同じときている。履帯は王立国家の技術提供もあったようで粘着性は十分ですちょっとした創意工夫によって短期間で随分なものを仕上げてきたもんですよ」


 ポルシェ博士は敵の兵器の紹介だというのに妙にテンションが高い。

 我々はそれで少なくない被害を出しているのに正気なのかこの男は。


 総統はなぜこの男を気に入っているのか理解できない。

 私よりよほど"狂っている"ではないか。


「ポルシェ博士。率直に問おう。我々にこれを撃破しうる戦車は開発可能か?」

「可能でしょう。ただし、皇国と同じモノを作れと言われれば首を横に振りますがね」

「どうしてだ。何が足りぬというのだ」

「閣下。皇国は鉄道技術、こと電鉄においてはNUPと肩を並べる国です。我々を大きく凌駕する分野でもあります。PCCシステムはG.Iも開発に関与している最新鋭の整流子型制御器です。特許情報はある程度公開されていますが我々にはとても作れるものではありません。あれを自国内で量産できるのは皇国とNUPだけです。もっと言えば整流子関係の細かいパーツは元々皇国で量産していたものです。つまり皇国だからこそ、あの戦車は作れるというわけですよ。一連のパーツにおいてそれなりに量が必要となる銅においても、我々にとっては大変貴重な"レアメタル"ですが、皇国においては大量に産出しないだけで自国で補える程度には産出しますからねえ。銅の使用に制限が及ぶ我が国ではとてもとても……残念ながら」

「では諦めるというのかね博士」

「いえ。ある程度の機構は理解できましたからね。超多段制御とやらを実現化できずとも我が国らしい構造でもって皇国が生み出そうとしているモノを再現してしまえばよいのです。一度すべての要素を分解して、自国流に再構築して組みなおす。技術者として皇国が見せた手本は私の知的探究心を大いに揺さぶるものでした。閣下。回転砲塔は必ずしも必要ではないという考えの下、やらせていただきます。ある程度対抗できうるモノを開発してみませますよ」

「構わんが、通常の内燃機関で動く戦車も同時に開発するからな。開発失敗は許されん。博士ばかりに任せていると私の椅子が危うくなるのでな。申し訳ないが議会の決定には従ってもらおう」

「一向に構いませんよ」


 この博士の余裕は一体何なのだろう。

 私には技術者という人間がよくわからない。


 Bf109を開発した者は頑固で斜に構えていてクセが強く、話しかけるのも億劫になるほど自尊心も高い男であったが、この男はこの男で戦争など大義名分にすぎんとばかりに、レースにでも参戦するかのごとく兵器を開発している。


 閣下は信頼を寄せているようだが、上層部の評価はそう高くない。

 この男はどこまで行っても車屋であるという話には同意だ。


 皇国が鉄道技術を用いて戦車を作ったというなら尚更に門外漢であろう。

 口八丁でなければいいがな。


「ああ、そういえば閣下。報告書には特段この戦車の開発者に関する話はありませんでしたが、一連の簡易設計図から見るに基本設計を担当した人間は航空技術者です」

「航空技術者? 私に報告に来た者は鉄道技術者だと主張していたのだが?」

「鉄道技術者ならばここまで重心設計に拘ったりしません。この戦車、内部システムの全体像は鉄道そのものですが、各種機器の配置具合はどう見ても航空機系のソレです。エンジンを中心としたレイアウトはとても戦車らしくありません。正直に申し上げて戦車としては美しくない。重心設計とエンジン保護に気を回しすぎて、本末転倒な構造がいくつもあります」

「具体的にどういう部分なのだ?」

「エンジン周辺にわざわざエンジンを覆う装甲のような構造体を設けています。まるで例の皇国の襲撃機のようですが、そんな事をするぐらいなら外板の厚みを増やした方がいい。エンジン周囲を装甲で覆う分、内部空間が狭くなってしまっている。エンジンはもっと後方に配置した方がよかったはずです。本家本元の戦車技師ではありませんな。自動車関係の設計経験0であるのは間違いない」

「なぜそう言い切れるのだ」

「私は自動車屋でもありますが航空技術者もそれなりに熟知しております。皇国の戦車のレイアウト配置は私が設計したT80ソックリではないですか。ボディを被せない状態のT80は閣下もご覧になられたはずでは?」

「言われてみれば確かに……」


 確かにT80は私も見たことがあるが、言われてみれば似ていると思えなくも無い。


 だがT80の完成度が高さを自慢していたのは他でもない博士だ。


 その理論でいけばT80も欠陥品という事になるし、逆にT80が優れているというならば皇国の戦車も完成度は高いのではないのか。


「世界最高速の記録を達成せんがために航空力学を自動車に導入してみせたT80ではありますが、アレは700km台を目指すからあのような配置レイアウトとなったのです。そんな航空力学がさほど必要ない戦車にT80と同じような構造配置にする利点は殆どありません。自動車設計経験がまるで無い航空技術者なら合点が行きます」


 ふむ。本流の技師が設計したというわけではないなら弱点もありそうなものだ。


 しかしそれらがあるというような報告は聞いていない。


 宣伝相として演説を考える上で最近は市民の気が逸れないよう苦労しているというのに、まるで欠陥品のごとく言うものだ。


 その見解が本当に当たっていたとしても、市民に対して我が国の方がすべてにおいて上回っているなどと言えぬ状況と成りつつあるのにな。


 まったくもって気に入らん。

 他の軍上層部の者達だけでなく私もこの男が心底気に入らないというのが再確認できた。


 総統は違う様子であるのが実に空しい。

 閣下はどうしてそう真剣に耳を傾けるのだ。


「それはつまり……もしや皇国の戦車に改良の余地があるという事か?」

「ふふふ。私が言いたいことを代弁していただきありがたく思います。例えば全長を大きく伸ばして配置スペースを洗練させれば回転砲塔を載せたまま50t未満とできましょう。その構造にすべきだと誰も気づかないのが皇国の弱点。すなわち、一連のアイディアを持つ者があまりも戦車に門外漢すぎた事で、本来生まれるべき存在が生まれてこなかったからこそ、打倒可能な存在を生み出せるというわけです。きっと皇国においては今後5年間はまともな開発はできんでしょう」

「どうかな……貴公のように突如として閃く可能性はある。技術者というのはそういうものだ。慢心はするな」

「まあ、設計者本人のアイディアではないでしょう。真打が出てくるとするならば……その設計者は他者の持つ技術を基本設計に内包させる能力が極めて秀でている男となります。タンク博士のような力を持ちつつムルトホップ技師のような力を併せ持つスーパーマンがいるとは思えませんがね」

「私は常に最悪を想定している。しかし今の状況は私が考えた状況よりもよほど酷い。原因は皇国の航空技術の発展を予測できなかったことだ。その発展を支えるのが航空技術者なのだぞ。甘く見るな」

「……そうですね。では心してとりかかるとしましょう」


 常に自信に満ちた男は、スタスタと音を立てながら執務室から去っていく。


 次にこの男と対面する際に現れる兵器は果たして第三帝国の要となりうるのかどうか……

 私はならない方に賭けてもいい。


 根拠はないが、この男が総統閣下の胸を躍らせるものを用意できるとは思わん。


 電気式の戦車は正しかった。

 そうなのかもしれない。


 だが、そうだとしてタービンエンジンをまだまともに作れる段階ではない我が国において、皇国の戦車とそう並ぶ電動式戦車など誕生するものか。


 もし完成した暁には、宣伝相として華やかに宣伝してやろうではないか。

 そのようなビジョンが浮かばぬからこそ皮肉ってやれる。


 今なら本人を目の前にその皮肉をぶつけてやれそうだ。

 今度会うことがあったらそう言ってやろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ