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第113話:航空技術者は受け取る

 中山との会話を切り上げた俺は長島大臣の下へと向かった。

 反応は好意的とはいえ、状況達成のために多大なる迷惑をかけた。


 その道中で交渉が大筋合意に至って解散となった後に千佳様に声をかけられた事を思い出していた。


~~~~~~~~~~~


「――信濃。そなたは交渉ごとに向かぬ性格じゃ。生来真面目にすぎる上に相手の引き出しから条件を引き出すという事が出来ぬ」


 京芝から戻る帰路の車の中、突然の呟きに少々驚いてしまったが、やはり千佳様もそう感じられたかといった感じだ。


 俺も交渉が得意でないなという事についてはやり直す前から痛感してはいたが、もはやそれは大人への階段を上る少女にすら理解できてしまうほどだという事である。


「自分は一介の技術者に過ぎぬものですから……」


 言い訳がましいが、所詮は技術者。


 改めて言われるとグサッとくるものがあるものの、素直にそれを認めるしかなかった。


「リーダーに向かぬとは思わん。加賀でのカタパルトの件、そしてビスマルクの件。双方共に優れたリーダーシップでもって達成をしたと聞く。そなたが得意なのは同じ志をもって行動すべき者達の心に問いかけることじゃ。同じ志を持たぬ、まったく異なる立場を持つ者たちとの対話は得意ではないな?」

「そうですね……」


 そりゃあそうだ。

 俺は商売人のノウハウなんて欠片もない。


 そういう環境は幼少の頃よりなかった。


 両親共に商売人ではない。


 武士の家系だった。

 経営者ではあるが商売人とは立場が違う。


 つまるところ俺が得意なのと俺の両親が得意なのは同じ。

 定められた目標に向かって一致団結して挑む。


 そのために先陣を切って導く。

 親とやっている事は変わらない。


 両親を支えているのは銭勘定が得意でその心意気に惚れ込んだ者達だ。

 常にそういうもの達に支えられてきたから振り返らずに前を向いて行動していた。


 俺も同じ事を模倣しているに過ぎないが。

 今日支える立場になったのは、俺より年下のお姫様ってだけだ。


「今回の件でようわかった。これからの皇国に必要なのは交渉人じゃ。本来ならばあの場には陸軍が重用する四井物産におるような者達が必要であった」

「今日の千佳様はまことにタフネゴシエイターでございました。あっちの言葉でこういう厳しい交渉ごとを乗り切る者をそう言います」

「世辞はいい。ならば、今後の事を考え陸軍にそのタフネゴシエイターとやらを用意しようではないか。まずは四井物産に声をかけてみようかのう」

「千佳様に任せます。そっち方面はまるで門外漢ですので」


 タフネゴシエイターの必要性については確かに感じてはいた。


 俺達がヤクチアの前身の国と戦った際には、皇国のタフネゴシエイターが王立国家を説得して多額の融資を受けたりしたからだ。


 皇国はそういった者達と技術者が国家としての未来を切り開いていった。

 だが、ここまで性急な行動でなければ是清ほどの人物は必要ないと思ってたんだ。


 甘かった。

 本気で負けない気でいるなら、今の皇国に必要なのは是清級の交渉人で間違いない。


 毎回毎回勅命だと出していれば陛下への求心力が下がる。


 この手の勅命が今回が最後にしたいというのはきっと千佳様も同じ考えだ。

 我が皇国の王は傲慢であってはならない。


 その感情を共有している気がする。


「いいか信濃。我でも出来る事はたくさんある。必要ならばすぐに呼べ。3年前のあの日、そなたはそのために我に頭を下げたのであろうが!」

「すみません」

「何をあやまることがあるかっ!」

「うっ、すみませ――」

「しつこいっ」


~~~~~~~~~~~~~~


 頭を小突かれつつも結局何度も謝る以外その場を乗り切る方法がなかった。

 重荷を背負わせたくない。


 そんなのは俺だけで十分だ。

 だがそれでも、今回の件に関しては多大なる感謝はしている。


 これでCs-1はどうにかなるはずだ。

 後はシコルスキーとの交渉だ。


 頼むぞシコルスキー。

 陸軍の手を振り払ってくれ。


 ◇


 長島大臣は今回の件について特段責める事などなかった。

 むしろ好機と捉えており、貪欲に技術を吸収する気のようだ。


 未来ある有望な若手の技術者を出向させて技術を会得させるつもりらしい。


 一般論で考えるならジェットエンジンを開発するライバル企業は多ければ多い方がいい。

 それぞれがそれぞれ作り、その上で競い合う。


 そして世界で戦うために一致団結して1つのモノを作り上げる。

 これが後の未来のジェットエンジン開発ならびに製造の構図。


 皇国もそうであるべきだとは長島大臣も考えているようだ。

 この人は本当に未来が見えているな。

 本当に未来人ではないんだろうか。


 しかし彼から未来に関する情報は一言も聞いたことがない。

 本当に未来の人間ならばそろそろ勘付かせるような一言があってもいいが、どうも違うようだ。


 そんな彼からはやや残念な報告もあった。

 ハ44の開発が遅れ気味であるという事である。


 原因は俺がキ63に採用予定のハ44に対し2400馬力級という高い目標を掲げているため。

 最新鋭かつ皇国のレシプロ戦闘機として個人的に最終型と位置づけているのが現在開発中のキ63である。


 長島大臣曰く、問題はエンジンよりも排気タービン側にあるとのこと。

 高い出力を得るためのブースト圧を確保できないとの事であった。


 ハ44においては王立国家から技術供与を受けたことで二段二速の自動遠心クラッチを本来の未来よりも早い段階で開発に成功させた上で搭載しているが、これが従来から採用が続く排気と吸気の単純二段式排気タービンとの相性がよろしくない。


 開戦当初のNUPが排気タービン搭載機のエンジンを一段二速としたのも、二段二速とすると吸気側がより高圧となって制御が難しくなるが故であったが、まさにその壁にぶつかった。


 原因は空気の膨張だ。

 空気は高圧となるとより高温になりやすくなる。

 高温になると空気はどうなるかといえば常識的に考えて膨張する。


 しかしその空気が持つ運動エネルギーというのは膨張に対して増加するわけではない。

 膨張するということはつまりその空間内に存在する大気の密度が実際には低くなるということであるからだ。


 ようは熱量が高い場合、見かけよりも大気が薄いということである。

 ここに70年後の未来のジェットエンジンの燃焼室にブレイクスルーが発生する要因がある。


 より低温であればあるほど運動エネルギーは多く回収できると、そういうわけだ。


 つまり二段二速にして圧力を高めたはずの酸素というのは、レシプロエンジンでは燃焼活動によって膨張することになるシリンダー内においてはそこまで大きな影響を及ぼさない一方、(影響がないわけではなく、半世紀後の未来においては重要となってくるが)


 単純に大気というものを圧縮して圧力を高めるタービンという世界においては、タービン内の空気が高熱化するとエネルギー効率は落ちてしまうというジレンマがあるというわけだ。


 圧力を高めたくないならば二段二速をやめるしかない。


 しかし二段二速をやめると2000馬力級エンジンにはならない。

 ハ43に毛が生えた程度のエンジンに成り下がってしまうのだ。


 王立国家は戦中ジェットエンジンを作れる技術がありながら排気タービンという存在に手を出さなかった最大の理由は、そうこう苦労するぐらいなら単純にスーパーチャージャーの改良だけで液冷エンジンはパワーアップ可能なのだから、無理して手を出さない方が必要な性能を誇るエンジンを量産化できるからと考えたからである。


 液冷エンジンの場合、冷却機構が優秀ならいくらでも送り込む大気の温度を下げることが出来る。

 液体を流す方向や液体そのものの冷却機構を調整して設計してやればいい話である。


 ようはシリンダー内に送り込む前の段階で冷やして運動エネルギーを増加させつつ、シリンダー内で存分にエネルギーを増加させてクランクシャフトを回せばいい。


 王立国家の場合はスーパーチャージャーという、エンジンの動力によってブースト圧を高める実は液冷エンジンの構造的には当時としては極めて理にかなっている構造を採用することでマーリンを2000馬力級まで引き上げて見せた。


 それが可能なのも吸気側の空気の加熱を押さえ込みやすい液冷エンジンの特性と、それに合わせて機械式による圧縮主要によって無限大にブースト圧を高めていき、エンジンのオーバーヒートとバーターにかけて限界点を目指すことが可能ということが可能な仕組みが故。


 なんだかんだマーリンを作れるようになった皇国も同じ領域に挑戦してみるのもアリかもしれないが、今からの方向転換では完成して量産化する前に王立国家から供与を受けた方が早くなるし、おまけにまごまごしているとジェット戦闘機が完成しかねない状況にある。


 一方の星型空冷エンジンを採用する皇国。


 そもそもがスーパーチャージャーによる恩恵が少ない皇国の星型エンジンにおいては一連の機構は基本的に遠心クラッチと呼ばれ、ブースト圧を強烈なまでに高めるのではなく、文字通り車のギアチェンジとほぼ同様の考え方でエンジンパワーを向上させている。


 仕組みとしては非常に原始的なものだ。


 吸気口から得た外気は一端ラジエーターやエアクリーナーを通った後、キャブレターまたはインジェクターによって燃料が噴射された後、混合気となる。


 この混合気を1つの大きな遠心式タービンでもって圧縮し、各シリンダーへと流し込んでいくわけだ。


 このタービンはエンジンのクランクシャフトと直結しており、その駆動にはエンジンパワーを浪費して使う。


 ゆえに極めて効率が悪い。


 従来までの皇国はここにギアを2つ用いた自動二段変速のシステムを用いていたが、その手前にもう1つその機構を搭載することで二段二速としたのがハ44の特徴である。


 まあ後々ハ43にも採用されるであろう機構だ。

 だがこの構造には限界がある。


 外から流入する大気を冷却に用いる空冷の場合、ブースト圧を高めても冷却する方法は限られる。


 エンジンの駆動力をブースト圧に変換する一連の機構では、ブースト圧を高めるとはすなわちエンジンの回転数を上げる事を意味する。


 当然エンジンは過熱しがちになる。


 ゆえにブースト圧を高めるには限界があり、スーパーチャージャーなどと呼べるほどに大幅な圧力を加えるような事は出来ない。


 星型……もとい空冷エンジンが排気タービンと相性がいいとされるのは、排気タービンが吸気と排気の双方の流動する大気のエネルギーだけを用いており、加熱する要因がそのままではさほど無いからである。


 しかし二段二式の遠心クラッチとすると必然的に排気側の温度が上がる以上、タービン全体の温度が上がって吸気側の空気が膨張し、得られるエネルギーが少なくなってしまう。


 このジレンマの解決方法としてNUPが戦中に考案した方法は2つ。


 1つはB-17のように排気タービンとエンジンの距離を離し、排気ならびに吸気パイプを露出させて冷却させてしまおうというもの。


 長い吸気と排気のパイプも上空の大気を利用した空冷によって冷えるため、熱膨張によるエネルギーロスを最小限に留めようとしている。


 さらにいうとB-17やB-24の場合は吸気側を2つとし、排気側で暖められてしまった熱を緩和しようとしている。


 2つ目の吸気口にはラジエーターすら設けているほどだ。


 当然にしてこの構造はスペースが限られる戦闘機においては採用しづらい。

 NUPのP-47ではそれをやったけどな。


 一見するとどこに排気タービンがあるかわからないP-47は、操縦席の遥か後方に排気タービンがある。


 前述する問題の解決のためにそうせざるを得なかったわけだ。

 おかげで重心設計などに問題が生じて運動性が大幅に低下している。


 皇国にて開発中の新型戦闘機においてこの構造を採用する予定はない。

 燃料タンクスペースも無くなるからな。


 もう1つはB-29で試してみた排気タービンですらも二段二組とし、従来は片側一段だったものを片側二段にしてしまい、一度圧縮した空気をもう一度圧縮してしまうことで、加熱を最小限にブースト圧を高めようと考えた。


 これが上手く行ったかといえば大失敗。


 エンジン加熱問題はB-29において最後まで大きな壁となり、B-29が少しでもダメージを受ければ即座に墜落してしまう脆い航空機となる原因の1つともなっている。


 そんなNUPは戦後もう1つの解答に辿り着く。

 それがターボコンパウンドである。


 事実上のツインターボであったB-29に対し、旅客機として必要な信頼性確保のためにNUPが考え出したのは、3つの排気タービンを駆使して6気筒ごとにそれぞれの吸気と排気のエネルギーを回収。


 均等配置である排気タービンは冷却がしやすい位置にあり、回収した排気ガスをクランクシャフトに直結する継手を用いて還元する仕組みである。


 こうすることでB-29で問題となった加熱は解決されたばかりか、ターボコンパウンドはその仕組み上、ある意味では機械式過給器的要素も持つハイブリッドシステムであり、強制空冷ファンを併用したR-3350はB-29では2000馬力だったがL-1049では3000馬力級とする事が可能となっていた。


 そんなR-3350はすでに本来の未来においても実証試験用モデルが稼動している時期。

 今の未来においても開発が減退する要素がないため着々と開発が進んでいる頃合であろう。


 来年には新型エンジンとして産声をあげ、当初こそキャブレターだった試験モデルはインジェクターを採用するなど最終的に重複ありの3万箇所に及ぶ設計変更の末に完成してB-29に採用される。


 正直言ってレンドリース法によってR-3350の入手も難しくない現在の皇国においては、B-29採用の排気タービンの入手も可能なのだから、高熱化するエンジンに目を瞑ってハ43にマグネシム製排気タービンを搭載させて2400馬力を目指すという手も無くは無い。


 しかしせっかくここまで来たのだから出来ればNUPに頼りたくないというのが本音だ。


 最悪はそちらを頼るとしても、現状ではターボコンパウンドを含めた解決方法を模索して2400馬力を目指すのが得策と言える。


 俺は長島大臣にキ63開発開始当初から長島のメンバーに伝えていたNUPがすでに考案し終わっているターボコンパウンドの技術について改めて説明し、整備性を落としてターボコンパウンドを採用することも視野にいれた多面的な解決を模索するよう促した。


 大臣としてもNUPが2000馬力級の18気筒エンジンの開発が順調に進んでいることを認知していたため、なんとしてでも2601年には完成してみせると意気込んでいたが、キ63は保険の意味合いとしても必要な機体だけに2602年までにはなんとしてでも間に合わせたい。


 もはや俺の力だけではどうにもならない分野だけに祈るしかないが、可能な限りサポートする事を彼に約束してから立川に戻った。


 ◇


 皇暦2600年12月29日


 第三帝国による再びのロンドン空襲が失敗に終わり、ドーバー海峡と連合王国周辺の制空権がゆらぎはじめたことが後日報道でも伝えられたその日、皇国にとっては非常に大きな手土産をもって現れたのがシコルスキーであった。


 彼は新たに整備された調布飛行場にチャーターしたDC-3輸送機を伴って現れると、すぐさま立川にソレを運び込んで俺を含めた一同を驚かせる。


 前日までに当日において技術者その他を集めるだけ集めて欲しいと電報にて伝えてきたが、トラックにより運び込まれて目の前に現れたのは……皇国が今まさに欲しいモノそのものであった。


「いやあ、陸軍の目を盗んで開発するのは苦労しました。技研の方々が送られた設計図はとても刺激的でワクワクしました。これが私の意思ならびに答えです。どうです?」


 G.Iとの交渉から遅れること3週間近く。

 彼が立川に持ち込んだものは3つ。


 そのうち2つは俺ですら言葉を失うものである。

 それはキ70もといロ号用のメインローターであった。


 2600年に彼が考案し、2601年からVS-300シリーズにて試し始め、2602年には世界に先駆けて実用化するはずだった先行試作されたR-4ヘリコプターに搭載されるものをロ号に合わせて改良してみせたもの。


 俺は予め彼に対してロ号と新型機二種の設計図面を送付してはいた。

 NUP陸軍に盗まれないよう、皇国陸軍の使いの者が直接手渡す方法で……である。


 シコルスキーはそれを受け取って応えてみせた形だ。


 完成されたメインローターは現在固定ピッチにて採用されている二枚翅ではなく三枚翅。

 1枚における仕事率を減らし、安定性を確保しようと努めたもの。


 1040馬力を支えるため、各部の構造はR-4に採用されるものと比較するとかなり頑強な構造となっている。


 ローターの真上にサイクリックピッチ制御用の構造体が大きくせり出すように伸びているが、この頃のサイクリックピッチは今日のように複雑な構造をローター直下に内包できるわけがなく、効率低下を覚悟しながら大きく真上に構造体をせり出すように据え置いて制御しようとする。


 その仕組みは正直、どうやったら思いつくのかとしか思えない構造。

 簡単に言うとローターブレードなどがある中心部のすぐ真下の部分に重りを搭載。


 この部分の遠心力の作用を利用して連動して動く機構を搭載。


 この構造体の自動ならびに操縦による任意の手動による開度によってピッチ角をなめらかに回転中に変更してみせるという、2600年代によくそれをソレを思いついて実行できたなと思わざるを得ないような構造となっている。


 この重りを一般的にスワッシュプレートと呼び、メインローターに対して斜めに角度を付けられて回転するよう不均衡な重量バランスとしている。


 元々ローター自体がジャイロスコピック・プリセッションの影響を加味して回転方向に合わせて傾けてあるものであるため、それをさらに強調する重りと考えてもらっていい。


 この不均衡な重量バランスをジャイロ効果を最大限に活用して傾けたまま回転させた際に、連携して構造体が動き、プロペラブレードのピッチ角が回転時の状況に合わせて自動的または制御装置からの入力によって手動での変更が試みられてヘリコプターは水平飛行が可能となるという事だ。


 スワッシュプレートは仕組み上、常に一定方向に傾いたまま回転し、その結果傾きに合わせて構造体が上下してピッチ角が回転時の状況によって変わるということである。


 ここには流体力学などが殆ど影響しない分野。


 スワッシュプレートの仕組みこそわかっている俺ではあるが、1040馬力に耐えてなめらかにピッチ角を変更する構造を1から設計するというのは不可能であった。


 そのため皇暦2582年に発明された一連のスワッシュプレートの技術文書などを茅場に渡して開発するよう求めていたが、結果的にそれは上手く行かず、本家本元のシングルーローター式ヘリコプターを実現化させた男によってロ号は完成する事になりそうだ。


「空母加賀にてその存在を見た時から、何とかしてみせたいなとは思っておりました。キ70の設計図を見る前からある程度頭の中では出来上がっていたものです。後ほど試していただけたらと思います」

「言葉もありません。ありがとうございます」


 どうやらシコルスキーには加賀内で見たロ号に大変興味があったようだ。


 Vs-300用と平行してロ号のものも少しずつ構想を練っていたようだが、詳細な設計図を受け取ってその開発は加速したものと見られる。


 1月半ほどで完成させた理由はそこにあったようだ。


 そんな彼はもう1つローターを持ってきていた。


 俺が個人的にスカイクレーンと呼称している皇国の新型双発シングルローター式ヘリコプター用の5枚翅のものである。


 こちらはあくまで2000馬力級と聞いて、俺が渡した一連の設計図におけるギアボックス構造などを見て試験的にこさえたものらしいのだが、十分な完成度を誇っているように見えた。


 現状の茅場にこのようなメインローター構造を開発する力は無い。


 奇しくも皇国のヘリコプターに新たな息吹きを与えたのは、元々はヤクチア出身で、かつ西側のヘリコプターの礎を築き上げた者であったようだ。


「実はですねMr.シナノ。私は我が国の陸軍との関係性を断ち切りました。今回来日できたのもそのおかげです。かねてより陸軍への信頼はありませんでした。私が陸軍との関係性を強めていたのは開発資金を海軍より多く提供してくれたからに他なりません。だが私はこの技術を第三帝国やヤクチアに渡す気などない。できれば今後の開発においては皇国からの支援を受けたく思います」

「そちらは問題ありません。可能な限り対応しますよ」

「ありがとうございます。それと、実は現在私は海軍との関係性を強めています。できればその件においてもご相談が」

「なんですって?」


 なんとNUP海軍か。

 本来の未来においてシコルスキーは陸海両軍と関係性を強めて開発資金を調達。


 後の世を切り開くR-4ヘリコプターなど一連の存在を誕生させていく事になる。


 とはいえ、それは一筋縄ではいかなかった。


 海軍においてはヘリコプターにおいて2つの派閥が生まれ、その結果開発資金の予算組み立てに支障が生じたのである。


 2つの派閥のうち1つはヘリコプターに対潜水艦用兵器としての未来を感じた者。

 鈍足かつ対空兵器を持たぬ潜水艦への攻撃兵器として有用だと考えたのだ。


 もう1つは現在の王立国家などと同じく救助機としての航空機として未来を感じた者。

 だが残念なことに後者の方が派閥としての力が弱く、シコルスキーは後の世にてこのような言葉を残している。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「海軍は人を生かす兵器よりも人をより殺す兵器を求めている。救助機などに魅力など微塵も感じない。その言葉が今でも心の中に突き刺さっている――」――と。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 実はシコルスキー本人はヘリコプターを現在使われるロ号と同じような運用で用いるものとして捉えていた。


 そのために必要な装備をいくつも発明しているほどで、陸海両軍に使ってもらうよう懇願していたほどだ。


 だからこそ単純に人を運ぶ事だけを目的にヘリコプターを求める陸軍よりも、明確に海難救助などを目的に開発したい派閥のいる海軍に魅力を感じていたが、一連の派閥集団は戦中の2602年まで押さえ込まれて海軍は迷走。


 最終的に陸軍の予算にて作ったはずのR-4の試作機7機を陸軍を説得する形で海軍に供与させ、そこで自身が発明した救助用装備を試してもらい、さらに政府高官などにも訴えかけ、各種ロビー活動の果てにもう1つの派閥の力を強めて開発資金を得ることで実現化させた。


 当時の政治家の残した手記などを確認する限り、陸軍に対するアプローチよりも海軍へ向けてのアプローチの方がよほど強かったと書かれる件についてはVS-300にわざわざ離着水可能なフロートを搭載して実験してみせたりなどといった一連のシコルスキーの行動を見て見ればよくわかる。


 本当に作りたかったものは俺が送った設計図二種。


 つまり俺が勝手に皇国版スカイクレーンと呼ぶものと、いつの間にかスーパーアンビュラスと呼称されている双発式シングルローター型ヘリコプターというわけだ。


「Mr.シナノ。王立国家における報告から回転翼機のある戦場とそうでない戦場においての死者は10倍ほど乖離があるそうですね。我が国の海軍もさすがにその数字は見過ごせなかったようです。海軍においては海難救助その他に使える高性能ヘリコプターを開発できないかと私に打診してきました。そこでですね……」

「共同開発ですか? 構いませんよ」

「よろしいのですか?」


 あまりにも即答だったので驚きを隠せないシコルスキーであったが、俺は真顔のままである。

 問題ないという理由がはっきりしていたからだ。


「恐らくはMr.シコルスキーにおいてはローター開発や操縦システムなどに注力してもらう事になりますが、いつの間にか皇国内でもスーパーアンビュラスなどと呼ばれる新型双発機を、例えばギアボックスやエンジンなど我々にしか作れないパーツを供与し、そちらがライセンス生産してみせるというのは特段問題ありません。エンジンもなんだかんだ今後はG.Iとの共同開発品になりますので半分はNUP製といっていいものですし、技術が渡って困るのは陸軍であって我々がお互いに持つ技術が第三帝国やヤクチアへ無闇に渡らなければいいだけですから」

「その言葉を聞いてとても安心しております。実はMr.シナノが渡してくれた新型双発機二種の設計図をニミッツ提督などに見られてしまったのですよ。彼は皇国との共同開発によって2602年頃にソレを量産するならば潤沢な開発予算を提供していただけるとおっしゃってまして」


 なるほどな。

 王立国家での活躍を聞いた海軍がヘリコプターに興味を抱かぬはずが無い。


 現状のNUPでまともなヘリコプターを作れるのはシコルスキーのみ。


 ともすると彼は海軍から監視されていて、皇国の人間が現れたりしたのを見て推測をたてて接触を試みたか。


 ニミッツ大将は11月下旬の段階にてすでに太平洋艦隊司令長官に任命予定だった。

 来年初頭に行われる調印式にも現れる。


 つまり、彼は西条らと首脳レベルの交渉が直接できる立場にある男。

 それを見越して海軍はシコルスキーと接触を試みたに違いない。


 双発機については地中海協定連合軍に対してそれなりに開発状況を打ち明けている事から、彼らを通してそのような存在がある事の予測を立てる事は可能。


 結果的に欧州での実績などを勘案した結果、本来よりも大幅に早く救助機・救援機の派閥が発言力を得たのだろう。


 2年前倒しって所だな。


 本来の未来でも発言力を高めた者達がニミッツ大将を説得して開発資金を調達していたが、早い段階でニミッツ大将はヘリコプターの有用性に気づいたわけだ。


 そしてその救助機・救援機のためにシコルスキーが開発し、2602年に海軍に売り込んだヘリコプター用装備が今目の前にある。


 俺がスーパーアンビュラスと呼ばれるタイプにて装備させたかった存在。

 救助用ハーネスと救助用のホイストだ。


 実は世界に先駆けてこれを真っ先にヘリコプターに実装してみせたのが他ならぬNUPであり、シコルスキーだ。

 ホイスト降下は救助には必要不可欠。


 本格的な活用はR-5から始まるが、装備自体の試験運用はR-4の先行試作型より開始されている。

 ホイスト装置自体を陸上にて何度も試験を行いはじめたのは本年からだ。


 彼は最初から俺が良く知る救助用ヘリコプターを構想していた事になるわけだが、ようは今日の救助ヘリコプターの救助方法など一連の手法の確立もシコルスキーの手によって行われたといって過言ではない。


 だからこそ俺は今回の件で戦後までにシコルスキーと手を組みたくて仕方なかった。

 2600年代中盤までにシコルスキーが思い描いた真の救助機を完成させる。

 そうすることで皇国における平和的なヘリコプター運用の道が開けると思ったのである。


 彼は仮称スーパーアンビュラスの構造を見てホイストとハーネスが足りないと思ったに違いない。

 これがあれば担架を空中収容できるではないか……そう思ったに違いない。


 こいつがあれば崖や山間部など、そのままではヘリコプターが着陸できない場所でも負傷者を収容できる。


 海難救助においても絶大なる力を発揮する。


 サイクリックピッチ機構と並ぶ、救助、救援機としてのヘリコプターに必要な要素が揃ったぞ!


 ◇


 皇暦2600年12月31日

 この日、多くの陸軍将校、そしてNUPの海軍将校らが立川に集められた。


 それは航空機の歴史にとっては記念すべき日だ。

 この日、真の意味で回転翼機が誕生した。


 メインのローターとテイルローターしか持たぬキ70ことロ号は、山高帽を被った男の操縦によって離陸。


 急遽取り付けられた足場にはしがみ付くように皇国陸軍の人間が乗り込み、そして空中から山高帽の男がNUPより持ち込んで急遽搭載したホイスト装置を用いて皇国陸軍兵士がホイスト降下の後に、人形を乗せた担架を回収。



 人類史上初の、もっとも正しい形でのヘリコプター救助が実行され、見事に成功を収める。

 本来なら2年後に行われるはずだったヘリコプターからの救助試験だ。


 後20年もしないうちに民間においても海難、山岳救助が行われるようになっていくわけだが、その先駆けとなる試験飛行となった。


 NUP海軍側には調印式に先駆けて横浜に降り立っていたニミッツなども招かれていたが、彼らも新時代の幕開けに感嘆とした様子でその姿を見守っていた。


 しかしなんだ……ろくな訓練もせずにキ70ことロ号を乗りこなしたシコルスキー……

 この男は本当に未来人ではないんだろうか。


 当時からしてオーパーツと呼ばれた存在であるヘリコプターを生み出した男は、さも当たり前のごとくロ号を乗りこなして見せた。


 こういう人間が当たり前にいるというのが現実世界であり、感動と同時に恐怖を覚える。


 いつの時代も天才というのは理解不能な高みにいるものなのか……

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― 新着の感想 ―
ターボコンパウンドは付け焼き刃でしかないんだよなぁ 結局は排気抵抗でしかない訳ですし
[気になる点] 過給器周りの説明が極めて分かりにくいです。 SCと遠心クラッチが同義なのか?とか、二段2速が何にかかるのか、どういう意味を持つのか?とか、読んでいて思いました。 英国のSCは容積式で…
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