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第111話:航空技術者は大量生産のためにジョーカーを切る

 西条と計画について話し終えた俺はすぐさま新型ヘリコプターの基本設計を行いだす。

 重要なのは各種機器の配置と、ギアボックス構造。


 双発機以上のヘリコプターの場合、特にギアボックス構造が各社の特徴として現れる。

 ギアボックスの構造がエンジン配置を決定づけるからだ。


 エンジン配置に関しては主としてヤクチアなど東側が本当の意味で並列配置としており、ギアボックス構造も極めてシンプル。


 非常に頑丈でやや長いシャフトを用いて、前方に配置したエンジンから機体左右に向けて湾曲している排気ダクトを貫通する形でメインシャフトが後方のメインローター下部のギアボックスまで伸びる。


 これがシンプルで極めて整備コストがかからない。


 ギアボックス内はローター接続用シャフトを除けばギアしかない。


 シャフトと接続されたギアボックス自体を簡単に取り外せるが、未来の皇国においてはこの整備コストは皇歴2650年代にて1時間500円。


 1回における整備時間は12時間~48時間。


 西側の整備費用が1時間数千円~数万円単位な事を考えると破格の整備費用である。


 燃料消費を抑えればそこらの固定機より安い値段でヘリコプターによる旅客事業が立ち上げられるほどであり、皇国でもヤクチアからの指導もあって積極的に事業が展開された。


 この一連の構造はメインシャフトの耐久性にすべてがかかっていると言っていいが、非常に頑強かつ高精度に作られたメインシャフトによってヤクチアは一連の設計を拡大するだけで1万馬力以上のエンジンの負荷にすら耐えられるようなことを可能としている。


 西側は2660年以降とならないとそんな事出来ない。


 では西側ではどういう構造が主流なのかというと、短いシャフトとギアを複数組み合わせた構造が主流。


 双発機はM字ないしW字形状で、W字やM字の中心部分にもう1本カウンタートルクを発生させるためのシャフトが伸びていたりする。


 こんなもの整備費用が安いわけがなく、商業用の2000馬力級~4000馬力級となるとコスト削減のためにより構造が簡便なものとなっているが、それでもヤクチアほどシンプルではない。


 だがヤクチアと違う点がただ1つある。

 ヤクチア方式はその仕組み上、実は3発以上にできない。


 強靭なメインシャフトに頼っているヤクチアの場合、ギアボックス後方はテイルローター用シャフトならびにギアを許容することすらできない。


 トランスミッションは前方の負荷を後方のギアがどうにかしようとする構造であるためだ。


 Mi-24においてはパワーアップのためにエンジンを追加することが検討されたが、これが原因で大変苦労したという。


 結局Mi-24は後にヤクチアの大型ヘリで稀に使われる補助エンジンというものが搭載。


 ギアボックスの耐久性を鑑みて最小限の負荷だけで済む程度の妥協のエンジンを搭載させ、ホバリングや上昇時などで活用しているに過ぎない。


 一体どうしてそんな構造にならざるを得ないのかというと、詳細はこうだ。


 メインエンジンから延びるメインシャフト2本はギアボックスに接続される。


 ギアボックス内にはメインシャフトと接続する2つの遊星ギア付きシャフトがあるが、これを巨大なリング状の遊星ギア2枚でサンドイッチしている。


 双方のギアは当然上下で回転が逆回転となり、メインローターなどの振動を抑制。


 このリング状のギアのとその中心にあるメインシャフトの付近に一連のサイクリックピッチなどの油圧機器や制御機器などの構造体をブチ込んでいる。


 西側の場合、主としてメインローターと接続する遊星ギアは巨大な歯車といった感じで、このような中空構造ではないし、おまけに歯車とシャフトが接合された一体構造。


 ヤクチアではメインシャフトとメインの遊星ギアは接続関係にはあるが独立しているのと対照的で大きな違いがある。


 これはいかにヤクチアの金属加工技術が優れているかを示している。


 ハンバーガー状のギアボックス内には複数のギアを用いて反トルクを発生。

 メインシャフトの振動も最小限にするようにしている。


 一方、ヤクチアの一般的な大型ヘリのギアボックスは西側と違う点がある。


 それはメインのギアボックスとテイルローターが直接接続されていない事。


 一連の構造は強大な負荷がかかるゆえ、テイルローター用のシャフト付きギアを許容できない。


 実はここに西側が苦労しているエンジン出力向上のための攻略法があるのだ。


 かねてより西側は高い出力を誇るエンジンを搭載できずに苦労していた。


 その結果が3発エンジンであり、Ch-53もヤクチアと比較するとエンジンパワーは低い。


 一般的にこれは小型高出力のジェットエンジンが作れないからと各種航空機系雑誌で書かれるが、それは半分間違いだ。


 重量単位の馬力では西側の方がむしろ勝っている。


 より高効率なエンジンを作る技術は西側も負けていない。


 作れないのではない。


 物理的、熱力学的限界によって出力などこれ以上上げられないのだから、単純に巨大かつハイパワーなエンジンに耐えられるギアボックス構造を作れないだけだ。


 各種効率を求めればそりゃ小型でなければならないのは確かにそうだが、ヘリコプターにおいては必ずしも小型である必要性はない。


 ギアボックスが大型高出力に耐えられればいくらでも大型化できる。


 それを証明しているのがヤクチアであり、ヤクチアが示した模範解答とはメインローター下部にテイルローター用シャフトと接続するサブギアボックスを設置。


 ここからさらにテイルローター用に出力を落とすサブギアボックスをもう1つ配置。


 一連の構造は重量増大を招くが、大型高出力なエンジンを搭載できることで、ヤクチアは基本双発機がメインとなり無茶な設計はほとんど必要なくなった。


 Mi-24が補助エンジンを搭載したのは元がただの輸送用ヘリを戦闘と輸送で併用できるようにしたせいであり、設計的に無茶がありすぎたのである。


 原型を魔改造するにあたり、エンジンを大型化しようならば1から作り直すことになるのでできず、その対応が補助エンジンだったというわけだ。


 構造上、メインのギアボックスは後方に何も接続できない。

 カウンタートルク発生用ギアはシャフトから応力を得ることを許容できない。


 ゆえにメインエンジンのやや後方真上に補助エンジンを搭載。


 後方といってもメインのギアボックスの前方ではある。


 その上でメインのローター上部のギアと直接接続。


 これがMi-24のパワー不足を補うギリギリの苦肉の策であるほど、基本構造や基本設計として優秀なギアボックスには拡張性がなかった。


 ギアボックス単体の完成度が高すぎたとも言える。


 一連の構造ではエンジンの出力に合わせて全てをどんどん拡大対応していくだけでいい。

 双発機としてはそれでいいのだから上記欠陥は完全な欠陥であるとは言えない。


 単純に双発機の究極系なだけだ。


 一方の西側。

 ギアの製造が得意ではない西側はカウンタートルク発生をシャフトに頼る。


 短いシャフトとギアを組み合わせ、シャフトでカウンタートルクを発生させるからこそ、メインのギアボックスはテイルローターとも直接接続。


 各所で反トルクを分散させるがゆえ、メインのギアボックスにおける負荷が少なく許容負荷に余裕もあり3発エンジンを可能とした。


 さて、俺がどうして双発に拘るか。


 今これを茅場の設計陣に話すことができればすぐ理解されるだろう。


 つまり、俺がやりたい方式においては3発エンジン許容は避けたいわけである。


 俺がやりたいのはヤクチアと皇国式を混ぜたハイブリッド構造だからだ。


 なぜそうしたいか。


 ギアの製造、開発において皇国は現時点で……そして将来的にも世界トップクラスの品質を誇るからである。


 ことギアに関して困ることなど皇国では全くない。

 現時点で困るのはシャフトであり、ギアの精度はヤクチア以上。


 つまり構造さえ適切ならあのハンバーガー型ギアボックスなど容易。


 ロ号の場合は実験機の意味合いもあってリング状ではないものの、メインのギアボックスはヤクチアとほぼ同じくギアばかりでシャフトは全くない。


 というか作れない。


 だからこそロ号は1040馬力の出力に耐えて飛行できるわけだし、2600年の現在において破格の飛行性能を得ている。


 シャフトは作れないがギアは作れる事がロ号というオーパーツ誕生をけん引した。


 ここは踏襲せねばならない。


 一方で双発機となる以上、シャフト構造は避けて通れないものでもある。


 しかしMi-8以降のヤクチア式メインシャフトなど作れるわけがない。

 そこで新型双発ヘリにおいてはこうする。


 西側の構造を一部フィードバックし、俺が持つ構造力学などを最大限に活用して新たな構造とする。


 1つ、Cs-1のメインシャフトの隣にギアを新たに追加。

 ここに短いシャフトとギアを組み合わせたものを接続させる。


 こうすることでエンジン中央に新たに外側に飛び出る駆動軸とギアが現れ、Ch-53のごとく横にオフセットする形でエンジン左右の間隔を離してエンジンを配置できる。


 その上、ヤクチアのものより、その配置具合はよりメインローターに近づく。


 ヤクチアタイプよりさらに後方にエンジンが移動するというわけだ。


 重心位置としてはヤクチアよりさらに最適な位置となる。


 Ch-53では横にオフセットしたものをシャフトとギアを組み合わせてW字状にしてカウンタートルクを発生させて振動などを抑制するが、皇国方式では複数のギアだけでカウンタートルクを発生。


 エンジン横に配置されたギアとシャフトの構造体は事実上のサブギアボックスであり、メインギアボックスと接続する。


 メインエンジンのすぐ近くにサブギアボックスがあるというのはまさに西側方式。


 これを皇国式に作り替えている。


 サブギアボックスは減速器であると同時にメインボックスに適切なパワーを送り込む。


 メインギアボックスはサブギアボックスと"ギア同士"で接続。

 エンジン、ギアボックス、サブギアボックスはすべて独立構造。


 接続はするが構造体としてそれぞれパッケージングされている。


 メインのギアボックスはヤクチアと同じ。

 中空のリング状の遊星ギアでサンドイッチさせる。


 ただしここからは西側と同じ。


 サブギアボックスによって負荷が低くなったがゆえ、メインギアボックスはテイルローターと直接接続させる。


 ただし接続はヤクチア方式と同じくメインローターシャフト下部からだ。


 ハンバーガー型のギアボックスでは、構造上ハンバーガー構造の中にテイルローター用ギアを仕込むことはできない。


 カウンタートルクを発生させるためのギアを複数必要とするからだ。


 ただし構造上サブギアボックスは不要。


 接続するギアのギア比だけ調節して回転数を適切なものとすればいいだけ。


 メインギアボックスの下部におけるギアの大きさなどを調節するだけでいいわけだ。


 ヤクチアでは負荷が強すぎるがゆえに2つもサブギアボックスを必要としているが、皇国の構造の場合、エンジンの出力が向上してもサブギアボックスは最大でも、もう1つ追加するだけで済む。


 メインエンジン側にサブギアボックスを配置したからだ。


 一連のパッケージングにより、エンジン配置は重ヘリコプターとして理想的な機体やや前方とすることができる。


 双発ヘリコプターの場合、ギアボックスを単純構造にしたいとなると、どうしてもエンジンを後方にしたくなる。


 そうすることでメインのギアボックスとの直接的な接続をしてコンパクトな配置関係にすることができる。


 だがそれは重心設計においては最悪。


 西側の古い軍用双発ヘリコプターのエンジン排気ダクトがあろうことか上を向いているのは、ここで発生している推力で少しでも機首を上げようとしないとバランスを保てないからである。


 俺が作る新型ヘリコプターでそんな真似はしない。


 排気は速度が微妙に犠牲になるが安定性を向上させられる真横。

 西側は真後ろがお好きの様子だが、安定性を考えたら真横が一番いい。


 西側の商業ヘリコプターも最新鋭だと真横が増えてきたのは、やっぱり安定性は無視できないからだ。


 俺の航空機設計において最も比重を占めているのは飛行安定性なのだから真横にするに決まっている。


 俺がやり直す直前に開発が開始されたCh-53eも真横を向いているそうだ。


 理想形はやっぱアレなんだよな。 


 排気は真横で、エンジン位置はやや前方またはメインローターの真横が双発機の理想。


 エンジン位置は重量物を後方に押し込むことができるようになって全体許容重量が増大し、重量物の適切な配置は高い飛行特性を獲得させやすくなる。


 被弾を軽減させるために両サイドやや後方としている戦闘ヘリも、次世代になればなるほどローター付近にエンジンが前方に移動していくのはそのためだ。


 ヤクチアの新型なんて当たり前のごとく真横に配置してきたが、あの新型はエンジンとメインギアボックスを直接接続している。


 内部空間が大幅に犠牲になるので戦闘ヘリにしか使えんが、俺がもし戦闘ヘリを作るならヤクチアと同じく真横に配置する予定だ。


 燃料タンクだけあればいい戦闘ヘリならそれが可能であるわけだが、ようは後方ではダメなのだ。


 やや前方が理想なのは輸送式ヘリコプター。

 積載物を後方に搭載するがゆえ、重心的な問題を考えるとその方がいい。


 新型の双発ヘリコプターはやや前方にエンジンを配置できることから、燃料タンクは諸外国の輸送ヘリの模範解答にならって床面に配置。


 当然防弾タンクである。


 そしてエンジン位置のやや後方真下あたりに追加で増槽も接続できるようにする。


 今後の重心設計に従って位置は変わるが、エンジンが後ろだと機首の真下とかになって被弾確率が高まる事を考えるといい配置だ。


 積載物などを収容するのと同じ位置に増槽を配置できるようにする。


 出入口は増槽燃料タンクのやや前方となり、機体中央、メインローターの真下。


 エンジンを前方にオフセットしたことで機体構造的に大幅に余裕があるので、両サイドにスライド式の大型ドアを設けられる。


 エンジンを後方とすると後部にはバカデカい構造部材などを作らねばならんのでこうはできない。


 構造部材を分散配置できるということを考えれば正解は前方配置というわけだ。


 逆を言えば、積載物という存在がなければすべてを中央に集約出来、ヤクチアの新型戦闘ヘリはそうしたわけだ。


 皇国の双発機はあくまで輸送ヘリなのでそうはならんがな。


 だからこそ輸送ヘリに必要な要素を突き詰めて効率化させる。


 テイルローターのシャフトは機体上部に押し込めることで、後方に上部から真下に向かって西側方式に観音開きにてパカッと開く後部ハッチも設ける。


 機体を高出力大型化すれば機動輸送車両だって搭載できることだろう。


 新型機においてはやや狭く中腰でないと出入りできないが、あるのとないのでは全く違う。


 運用としては中にいる乗組員が持ち込まれた担架を引っ張って中に押し込むことになろうが、あるのとないのでは積み込み時間が全く違う。


 大型のスライドドアからも出入りできるがこっちは結局地面からやや離れた位置になり、戦闘中に手間取っては大事に障る。


 後方ハッチからソフトウェア的運用でもって素早く負傷者を収容。


 輸送ヘリとして考えた場合も、こちらだと積み荷を素早く収容できる。


 以上の構造により、床面のメイン燃料タンクに満載した状態ではおよそ航続距離500km。

 両サイドの増槽を積載量とのバーターで調整することにより700kmほどを可能とする。


 輸送ヘリ的皇国式模範解答の完成である。


 これを西条に提出し、いざ開発!


 ――となる予定だった。


 ◇


 皇暦2600年11月22日。

 俺は上層部に呼び出しを受けてしまう。


 噂では新型ヘリの設計に上層部が完全に納得しなかったらしい。


 何が間違っていたのか。


 エンジン3つは不可能だと簡単な漫画のような図式の解説まで入れたものを提出したんだぞ!


 しかし陸軍参謀本部へと向かった俺は思わぬ要求を突き付けられた。


 それは現実と理想のハザマに苦しめられた上層部が俺に求める解決案もとい救済だったのである。


「――信濃君。先日の新型機の設計は見せてもらった。運用面も考え抜いた素晴らしい構造であるのは間違いない。だがしかし、これは我々が、"今"求めるものとは違うのだよ」


 申し訳なさそうに話すのは陸軍航空本部総務部長の本田率道少将。


 これまで一切合切こちらにクレームを入れたことのない陸軍としては穏やかな性格の持ち主は、ここにきて初めてこちらを説得するがごとく何かを訴えようとしていた。


「おっしゃる意味が若干わかりかねます。今とはいつのことなのですか」

「…………信濃技官。文字通りの意味だ。おそらくこの構造ならば2602年には間に合う可能性はある。各部の構造は君らしい皇国が秀でた技術を多用しており無茶がないというメーカーの報告もある。だが我々が今日君を呼びつけたのは2602年まで待っていられないからなのだ。この機体の開発は継続してほしい。それは否定しない。まさしく今後の皇国のヘリコプターの礎となる存在だと運用側である航空部隊も認めている。メーカーの話ではエンジンがより強力となっても構造を拡大すればいいとのことだそうで、大型化はエンジンの改良をもって達成できるとも聞いた。整備性も君のことだから悪くないのだろう」


 俺のやや強めの口調に口を開けなかった少将の代わりに応えたのは山井中将である。


 本来の未来においてはマレーの虎と呼ばれ、しばらく前まで第三帝国などユーグを飛び回って最新鋭兵器について調査を行っていた調査隊の長であり、直近では連合王国における支線塔付近の戦闘状態を確認する調査を行っていたと聞く。


 彼はおそらく俺よりも前線の状況を把握しているのは間違いない。


「時に信濃技官。君はトリアージという言葉をご存知か」

「別名選別医療と呼ばれるものですね。皇国では差別的で人権侵害になるからと完全な導入はされていない……」


 突然切り出した言葉は直接的にはヘリコプターとは何の関係もない用語。


 だが何か引っかかるものではある。


「そう、かつてナイチンゲールが原案を生み出した医療行為だ。効率的であっても差別的ゆえ、我が国での採用は退けられている。だが2600年現在、我が軍においても新たなトリアージの採用が検討されることとなった。要因は連合王国と王立国家の状況だ」

「まさかロ号……失礼。キ70によって状況変化が生じているのですか?」

「その通りだ。察しがいいな。救助機、救援機としてのキ70によってこれまで死を待つだけの者たちに希望の光がともされた。君は太ももの動脈を貫通する銃創を受けてから応急手当てをして生存できる時間を知っているか?」

「いえ……」


 動脈貫通は重症だ。

 ほおっておけば死に至る。


 もって数時間程度だろうか?


 適切に治療しても手術なくしての回復は見込めない。


「おおよそ6時間。これが生存限界。後方に運ぶことができれば生きられるが、これまでそういう人間は付近に医者がいない限り死の宣告を受けたと同義であり、戦場で生きたまま死体の扱いを受けた。選別的治療なくしても生きることができないからだ。6時間程度経過すると出血性ショックなどにより確実に死去するので、それまでの間に近くの野戦病棟まで辿り着くかどうかが生死を分ける」

「キ70があれば助けられる……わけですね」

「それも、より効率的にだよ。私が連合王国入りした要因は周辺の戦場における死者の数が北部戦線と比較して異様に少ないからだ。ざっと統計をとってみたが、負傷兵の発生とそこから死に至る数字において、連合王国近辺は北部やキ70のいない戦場の1/12も死者が少ない。将官は数字ででしか命を測れないとはいうが、この数字は将たる者として無視できん。前線にいる現場兵士の言葉よりも心に響く。彼らの言葉をより強くするに足る数字だ。理由を探ればすぐ答えがでた」

「その答えとはなんでしょう?」


 1/12……それは山井中将ら調査隊を連合王国に向かわせるだけの数字だ。

 だがロ号だけでそれが達成できるはずがない。


 運用面だ。


 組織的なソフトウェアでもって何かやっている。


「医者も人間。当然にして得意な治療と不得意な治療がある。ある治療では素早く完了できるが、ある治療では時間がかかり苦戦する。例えば得意な治療だけを必要とする負傷者を効率的に運び込めれば、病院における医療効率は大幅に増加する上、必要となる医療物資も限定的で無駄がなくなる。限りある医療物資の効率運用が可能。航続距離600km以上あるキ70は現状でも負傷者を最大10人同時に運べる」

「最大水平飛行速度120km~160km前後出して……ですね」

「左様。連合王国から王立国家までの距離はおよそ直線距離にして400km前後。3時間程度で向かうことができる。現在キ70が行っているのは、まずは野戦病棟までの飛行。そこでトリアージを受け、手術が必要でも数時間生存可能な者は応急処置の上で後方の王立国家へ運ばれる。王立国家ではそれぞれ得意な医療行為ごとに病院を切り分け、キ70はそれぞれの病院に配分するがごとく人を運び込むが、あらかじめキ70の往復場所は決められていて同じ場所しか往復しない。そこすら効率化している。一連の方法はナイチンゲールという、トリアージの原案を生み出した王立国家の看護婦が提案したとのことだ。しかも彼女はナイチンゲール看護学校の卒業者で、そればかりか本人から直接教育を受けたこともある者だという。その看護婦は受け継がれたナイチンゲールの意志をさらなる方向へ拡大してみせたのだ」


 王立国家は今そんな状態だったのか……


 それは王立国家だからこそ考えつき、そして実行できたものだ。

 普通はできるはずがない。


 ナイチンゲールという存在と、彼女が残したミームがそうさせたのだ。


 王立国家の王族はナイチンゲールの言葉をよく聞いた。


 彼女はありとあらゆる統計的データを残し、それらを適切に実行できる地盤を作り上げた。


 しかし彼女が編み出したトリアージには最大の欠点があった。

 前線の負傷者を適切に高速で運べる手段など当時はなかったからだ。


 だから見捨てるという選択肢が残され、差別的医療として皇国などでは禁忌とされた。


 だが彼女は時代がそれを解決することを予見していないわけではなかった。

 当時からすでに飛行船はあったし、気球という存在もあった。


 彼女が亡くなる1年前にはドーバー海峡を飛行機が横断させてみせた。

 そういうものがいつか出来うるという希望を最後まで信じていた。


 何らかの輸送手段における患者の輸送は最終的にドクターヘリにまでつながる。

 その可能性についても一言二言残している。


 彼女が達成できなかった夢を、王立国家は実行に移したわけか。


 適切な医療のために各病院の医者の配置すら転換して整えてみせる。

 こんな無茶……皇国では真似できない。


「技官。改良されたトリアージは前線での負傷の状態を医療班などが適切に判断している。応急処置だけでいいならばその場で治療、そうでなければキ70で運ぶ。野戦病棟で十分ないし、どうにもできないと判断されれば即座に後方へ。野戦病棟では医療行為に限界がある以上、その場で緊急手術を行うに相応しい者たち以外は海を越えて運ばれる。一連の活動をするキ70がなんと呼ばれるか知っているか」

「さしずめフライングアンビュランスってところですかね」

「そんな生易しいものではない。"スーパー"アンビュランスだ。名前に"超"と名付けるほどの活躍をしている。今必要なのは、より多くの人員を、より素早く、より安定的に運べる存在だ。2年待っていられない。飛べばいい。キ70の双発拡大版またはそれ以上にエンジンを積んだ機体を今すぐに大量生産してほしい。一連の機体は北部戦線でも最前線以外で使う。来年の春までに70機以上ほしいのだ。君が作ろうとしている機体が欲しいのも事実だが、来年の春までに数が整う機体でいい、今できる技術で即座に作れる機体を用意できないか」

「双発機以上の場合、絶対にサイクリックピッチという機構が必要です。現状で1年以内にそれを作るのは不可能に近い」

「何か方法はあるはずだ。短期間で達成できる方法があるはずだ。2602年までに君の作ろうとした理想の機体の前に、今投入できるものが」


 あるはずといわれても……


 ようは20人単位で人を運べる化け物ということだろう。

 もはやそれは病棟ごと運ぶようなものだぞ。


 ……病棟ごと運ぶ……か。


 実際にそれをやった例はあることにはある。

 だがアレはものすごいハイパワーなエンジンであったからこそ、それを可能とした。


 2000馬力級だと可能な最大離陸重量は約6t。


 各部を選択と集中で軽量化して積載量を絞り出しても3500kgが限界だ。


 それでコンテナみたいなものを運ぶものを急造で……か。


 サイクリックピッチがあればどうにかなるかもしれないが……


 どちらにせよ双発エンジン式の実験機はロ号を用いて作ろうとは思っていた。

 先に本命の案を提出してからにしようと思ってたがな。


 最初にそれを出すとそっちを本命にされかねなかったからそうした。


 だがそれでもほしいのは実験機もどきか。

 もはやそれを可能とする方法はたった1つしかない。


「……完成度70%といえる程度のものでしたら可能かもしれません。ただし、ダメ元です。失敗した場合はキ70の量産だけで2年乗り切ってください」

「来年の春までにより高性能なヘリコプターを最低70機、欲を言えば140機。頼んだぞ技官。前線の兵士が貴官の作る回転翼機を待っている。私が知る限りのデータでは、ある皇国陸軍兵士は1週間前に負傷して入院したが入院後3日で退院。その者は退院後から5日で再び入院となる負傷をしたが現在も病院内にて経過良好の状態で入院中。本来ならば間違いなく死去していた重症だったという。この者はつい1年前なら1度奇跡的に生還できても2度目の生などなかったはずだ。世界が、我々がどうしても必要な存在なのだ。頼む。一人でも多くの命を救い上げる存在を提供してくれ」

「信濃中佐。計画了解。目標達成のため本日より立川に引きこもります。上層部の将官方。できれば本計画を即座に達成するために私に2つのメーカーと取引する権限をいただきたい」

「どこだそれは」

「NUPです――」


 もはやそれ以外に手立てはない。


 その言葉に表情が曇る上層部の者達。


 だが一体どうしてそれを即座に可能にするというのだ。


 2602年までにやらねばならぬなら覚悟を決めてもらう。


「無論、最大限NUPの"国家そのもの"を増強させないよう配慮します。民間企業レベルの交流とできるよう契約を結びます。そうでなければ土台不可能。それが不可能だというなら、私はこの計画においてあるともわからぬ拒否権を行使させていただきたい」

「信濃。私が許可する。やれ。お前なりの方法があるというのだろう?」

「首相……いえ、西条大将。そうでございます。できる限り努力いたしますので、それでは!」


 他の連中の何やら一言二言交わしたい様子があったが無視して外に出る。


 西条が手でもって外に出ることを許していたため、事後処理は彼に任せる。


 この間一言も発しなかった西条としては周囲を説得しきれなかったことを悔いていたのであろう。


 だから鶴の一声を出したのだ。


 これは当然己が全責任を背負うということ。


 それができるリーダーシップがあるからこそ陸軍は今どうにかなっているようなものだ。


 やってやるさ。

 できる限り。


 ◇


 翌日。

 俺はすぐさま2名の人間を皇国に呼び寄せた。


 一人はサイクリックピッチにおいては最も進んだ技術を誇るシコルスキー社のシコルスキー本人。


 新型機開発において必要不可欠でありながら、今まさに誕生してVs-300に採用予定の将来のシングルローター式ヘリコプターのサイクリックピッチを左右する機構を生み出したばかり。


 もはや茅場による完成は待っていられない。


 サイクリックピッチは彼に託す。


 この世にそれを生み出した者にしか現時点で早急に完成させられる者はいない。


 そしてもう1名はG.IのCEOであるウィルソン。


 Cs-1の共同開発を持ち掛ける。


 大量生産するにあたってはG.Iでなければどうにもならない。


 資本的に考えてもだ。


 どうせタービン技術などは芝浦タービンがG.Iの事実上の子会社みたいなもので、Cs-1のタービンの国産化には事実上G.Iの技術者であるNUPの人間も携わっていた。


 俺の予想ではJ-35がそれなりに前倒しされる可能性はすでにあった。


 ならば、芝浦タービンとG.Iには新たにジェットエンジンを製造する共同会社を設立してもらい、今後のジェットエンジンに関しては皇国の他のメーカーも長島などに地力をつけてもらう一方で、高性能なG.Iのエンジンを主軸に航空機開発を考えていく。


 もしもの事を考えたらJ-35を2605年までに量産することは念頭に入れたほうがいい。


 俺はそう考えて大統領選まで答えを待とうとは思っていた。


 約20日前に行われた大統領選は痛み分けの敗北。


 ユーグ救済を第一とするウィルキーは民衆の票を大きく得ることができなかった。


 彼によるユーグ支援の一連の政策はNUPが貧しくなる可能性があり、大恐慌の引き金になると考えられたらしい。


 一方、世論においては大統領側近にコミンテルンと関わる者たちが多くいることが判明したと報道され、現大統領自体も大苦戦した。


 おそらく近く上院下院は捻じれた状態になるだろう。

 民主主義的自浄作用が働くことによって。


 その民衆が苦戦の末に選んだ答えはこうだ。


1.レンドリース法は認める。

2.皇国を含めた各国への軍事支援は最小限とするが限定的に認める。

3.ヤクチア、第三帝国への支援は今後一切認めない。

4.コミンテルンの関係者とみられる者たちを更迭、あるいは国外追放とする。


 皇国には晴れてNUPの艦隊が本格的に投入されることになった。


 表向きは防共だが本心と本音は自国の利益の保護。


 自国第一主義を掲げたとしても、石油精製などで大きな利益を王立国家のロイヤルクラウンと折半するNUPにとって東亜三国が共同統治している油田は絶対防衛領域であった。


 まさか敗戦もしていないにも関わらず、横須賀にて調印式を行う事になろうとは。


 ヤクチアに飲み込まれた本来の未来にも存在しない歴史的な一幕をこれから見る事になる。


 もし皇国がNUPにのみ負けていたのだとしたら、きっとミズーリあたりが横須賀にきたのだろうな。


 だが皇国は負けたわけではない。

 調印式は防共協定のためのものだ。


 横須賀にはノースカロライナ級戦艦の2番艦ワシントンが訪れるという。

 大統領の代わりという意味合いを大いに含んでワシントンが選ばれた。


 こちらが出迎えるのは先の戦闘にて小破した長門。


 長門はビスマルクを誘い出すための作戦に従事した結果、幾重にも及ぶ潜水艦の奇襲攻撃を受けたが、新型レーダー装備と相まって大艦巨砲主義の意地を見せ、何とか踏みとどまって生存。


 呉における修理のため、一旦陸奥共々帰国することとなり、連合艦隊旗艦を榛名に譲って戻ってきていた。


 調印式は政府を模したワシントンと長門が横付けされる状態でワシントンの甲板で行われるらしい。


 あっちの新聞では調印式のための机は白い家の形にしろだとかアメリカンジョークが書かれていたが、どうやらNUPとの決戦は回避されるようだ。


 ただしユーグへの派兵には応じないことから、戦わないだけで味方というわけでもない。

 皇国を守るというのも名目上のためで、守りたいのは油田の利益だけだ。



 この状況においてNUPを100%信じる事はしない。

 だからこそ、やや厳しい契約条件を提示して共同開発を申し込む。


 G.Iが得するのは後々の時代に他の国家に負けないジェットエンジンを早い段階で作ることができる。


 シコルスキーの場合は双発機もといターボシャフト系ヘリコプター関係の設計データを知ることができる。


 両社共に本国での技術利用は一定の年数を設けた上でその一切を制限させる。


 現地工場として皇国に技術者を呼び寄せ、こちらにて製造にかかわってもらう。


 シコルスキーの場合はおそらく本国でのサイクリックピッチの開発に拘るだろう。


 だがそこは大きな問題ではない。

 ジェットエンジン装備型のヘリコプターの詳細を知った上でもエンジンがなく開発はすぐできない。


 ようはG.Iを抱き込む事で作らせない契約を生み出せるというわけだ。


 芝浦タービンと三社でもって運命共同体となってもらおう。


 その上で作るのは……シコルスキーが夢みたスカイクレーンの俺なりの2600年代における解釈だ……


 航空機開発においてリスクのあるジョーカーを切らせてもらう。

信濃の考えたギアボックス構造は実は西側のいくつかのメーカーが提唱している大型機用のギアボックス構造です。

一部の技術はCh-53Kなどにすでにフィードバックされています。


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